北へ



<オープニング>


 日も暮れた夕刻、1隻の船がミナモの国の港へと入る。目立たずに、人知れず入港を果たしたその船は、とある密命を受けて派遣された船であり。約束の者たちが訪れるのを静かに待っていた。
 やがて暫しの時が過ぎ去り、待ち人たちが港へと到着し。
「……船を出して戴きかたじけない。公には出来ぬが、姫さまも方々に謝意を伝えるようにと言われていた」
「いいさ。アタイもまんざら無関係じゃないしね」
 船に乗り込む者たちを横目に、甲板で言葉を交し合う2人の女性。1人はミナモの国の武士であり、もう1人はセイカグド州を縄張りとする海賊集団の頭目であった。
「で、船に乗せるのはその村の者たちだけなのかい?」
「いや、他にもカスミ様からの指示もあって確認した所、関わりのある数人が同行者になっている。差し障りがあるだろうか?」
「ま、多少の増減なら想定の内さ。他の州でも同行人を拾って行く予定だしねぇ。大船に乗ったつもりで任せといておくれよ」
「うむ」
 2人の語らいが続く内にも乗船作業は続き、時を置かずして最後の1人が船に乗り込む。
「さてと、そろそろ出航するよ。アンタはどうするんだい?」
「見届け役として同行させてもらう。構わないか?」
「そうかい。まあ勝手にするといいさ。他の連中もね」
 女頭目は楽しげに笑って見せると出航の準備に取り掛かり、入航時と同じく音もなく船は港を出る。
 北への進路を取って。
 ミナモの国の公式記録には、その日の夜に港を出入りした船は記載されていない。
 真実を知る者は、船に乗り込んだ少数の者たちだけであった。

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参加者
NPC:アソウ一家総領・チヒロ(a90332)



<リプレイ>

●船上にて
 船旅は、決して快適であるとは言い難かった。冬場の寒さや荒天なども要因となっていたが、最大の理由は――
「コイツで最後だぜッ!」
 最後の敵を切り伏せながら侍魂・トト(a09356)が叫ぶ。今回の船旅の性質上、他の船との接触を避ける航路を取っていた為、度々海の魔物たちとの戦いを余儀なくされていたのだ。
「よし、それじゃあ船足を緩めつつ、周囲の確認を急ぎなッ!」
 良く通る声で水夫たちにアソウ一家総領・チヒロ(a90332)が指示を飛ばす。
 多数の冒険者が乗っている事もあって、怪異の撃退は容易であったが、回避運動の為に船が大きく揺れる事もしばしばあったのである。
「周囲に異常なしとの事です。今回も無事に凌げたみたいですね」
 水夫たちに混じって操船作業をしていた飛翔紅狼・ハヤト(a62004)が、見張りからの報告を皆に伝えて。
「ようし、みんな上がって来てもいいぞ!」
 周囲の安全を確認して、武器を納めながら白銀に瞬く星・アルジェント(a26075)が船倉に退避していた者たちに呼び掛けると、揺れる船倉での一時がよほど堪えたのか、その言葉を待ちかねていたかのように人々が甲板へと上がって来る。
 彼等は、身内から鬼を出したり、または鬼により庇護されていた者たちであり。かつて、北の大地に侵攻した楓華ドリアッド族によって故郷より連れ出され、楓華の各地に散る事となった鬼の一族の末裔であった。
「大丈夫? 辛いなら酔い止めの薬もあるからね?」
 そう声を掛けて、気分が悪そうにしていた年配の女性の背中を擦るのは天照・ムツミ(a28021)で。慣れて来たとは言え、まだ船酔いに苦しむ者は少なくない。ムツミはそうした者たちを献身的に介護して廻っていたのだ。
「おねえちゃん、おうた歌ってよぅ〜!」
「おうた、おうた〜♪」
「ほな、聞かせてあげますな」
 子供たちにせがまれて、龍騎艦隊・イマージナ(a18339)がホワイトガーデンの歌を歌い始める。元々は、船酔いの対策として子供たちの不安を取り除く為に始めたものであったが、いつしか子供たちの娯楽の1つになっており。
「あ〜あ、船倉じゃ俺の話を聞かせくれってせがんでたのになぁ」
 そんな愚痴を零しながらも赤い狐の・サンク(a42685)の顔には笑みが浮かぶ。サンクが語り聞かせる故郷である南の大陸の話や、天の島、地の底の国の話を、子供たちは目を輝かせながら聞いていて。
 しかし、今はイマージナが歌う天の島の歌に夢中な子供たちの、薄情にも思える一面すらも微笑ましい。
「それでは鼓打ちを一曲、ご披露致しましょう……」
 その歌が終わるのを待っていたかのように、鼓を手にして皆の前に進み出たのは、不浄の巫女姫・マイ(a39067)で。
「今日の『運び手』はマイ殿か……」
「ま、戦いの後だし、荒事芸が続くのも何だろうしな」
 舞い手を見てふと呟く水望大社警護方・リンカ(a90282)に、灼空の狂戦士・アスラ(a65123)が苦笑を交えながら答え返す。アスラもマイやムツミらと共に舞い手として、『幸せの運び手』によって文字通り皆に『食事』を振舞う1人であったのだ。
 どうやら、アスラ自身の舞いが槍を振るっての勇壮なものである為に、戦闘を終えて間もない今は自粛しているらしい。そうした細やかな配慮などもあってか、快適とは言い難い船旅に於いても音を上げる者は誰1人としてなかった。
 やがて、『幸せの運び手』によるマイの鼓打ちも終盤を迎えて。
「チヒロ、一杯やらないか?」
「おや、気が利くねぇ♪」
「俺もご一緒させてもらいますよ」
 気が付けば、アルジェントに誘われて一献傾けていたチヒロとハヤトを中心に、恒例となっている『船客』たちも交えてのささやかな酒席が始まりつつあり。
「チヒロは相変わらずだなぁ……」
 昔馴染みの変わらぬ様子にトトが苦笑を浮かべる。
 ある意味、味気のない『食事』に口寂しさを感じてか、初めは遠巻きに様子を窺っていたエミシ州から新たに乗り込んで来た者たちも、1人、また1人とその輪に加わって行く。
 そんな、俄かに活気付いて来た甲板を眺める視線があった。頭をすっぽりと覆うほどの頭巾を被り、表情すら窺い知れないその視線の主は、自分に近付きつつある人影に声を掛けて。
「この方々が故郷を捨てて、新天地へと向かっていると誰が信じましょう……」
「……御意」
 人影――リンカは、目深に頭巾を被ったその者の言葉に頷き返す。
 不安げな顔をしている者がいない訳ではなかったが、悲壮感を顕わにしている者は皆無であり。希望の光のみが彼等の顔に宿っていた。
「熱いから気を付けて飲んでくださいね」
 薬を飲ませる為のお茶を相手に気遣いつつムツミが手渡し。
「次はこちらをお聞きください……」
 鼓に替わり、琴を奏で始めるマイ。
「今宵向かうは新たな地
 されど彼の地はいと寒き地ゆえ!
 皆々の衆、皆の衆
 我が舞とともに己を鼓舞せよ――」
 その琴の演奏に乗って、アスラが槍の舞を披露し。
「寒いから風邪引かんよう暖まりなはれ」
 寝入った子供にイマージナは上着を掛けてやり。
「楓華だけが世界じゃない、世界はもっともっと広いんだ。早く大きくなって、そこに飛び出すんだぜ」
 再び話をせがみに来た子供たちにサンクが物語を語り聞かせて。
 一時の団欒の時は、賑やかに過ぎ去って行くのであった。

●北へ
 船が到着したのは、一面の雪で覆われた大地であった。此処が約束の地であり、これから彼等が根差し、暮らして行く場所であり。
「着いたよ。此処がホクテキ……アンタらがこれから暮らして行く場所さ」
 この地に足を踏み入れた事のあるチヒロが冷厳な口調で言い放つ。
 肌を刺す寒風が、この地での暮らしの苛酷さを如実に物語る。その様子に『船客』たちが声を失ってしまったのも無理はあるまい。
 いや、此処に来て迷いが生まれてしまったのだろう。
「何を迷うのです? 此処で暮らす事を決めたのは自分自身ではないのですか?」
 だが、不意に響いた若い女の声に、はっとしたように顔を見合わせあう『船客』たち。そう、この地への渡航は己自身の決断。全てのしがらみから抜け出し、謂れなき迫害や差別から逃れる為に。誰に強制された訳でもなかった。
 図らずも鬼との関わりを持ってしまったが故に、楓華での平穏な暮らしを諦めざるを得なかった彼等は、覚悟と決意とを心に刻み直し、再び雪の大地へと視線を向ける。
 其処には、先程までは気付かなかった人影があり。
「鬼……」
 呟くようにハヤトが声を洩らす。白一色の世界から姿を現したのは、この“ホクテキ”と呼ばれる北の大地を故郷とし、守護せし者――鬼であった。その鬼たちの畏怖すべき姿を間近に見て、息を呑む音や、固唾を呑み込む音が船内の各所から上がる。
 上陸の準備は着々と整えられる中、厳つい鎧に身を固めた巨躯の鬼が一行の乗る船へと乗り込んで来る。恐らくは、今回の人員の引渡しの任務を請け負った者であろうか。
「我は貴公等と約束をしたスズカの代理となる。我が同胞等の受け渡し、今は亡き彼の者に成り代わり礼を言わせてもらう」
 一礼をしつつ、鬼は冒険者たちに感謝の言葉を告げる。
「……これをお受け取りください」
「鬼巫女……カスミ様からの書簡どす」
 複雑な面持ちで鬼に手紙を差し出すムツミを横目に、イマージナが言葉を続ける。船出に先駆けて、ムツミとイマージナの2人は水望大社に出向き、鬼巫女・カスミに鬼たちに宛てた手紙を認めてもらっていたのだ。
 その書簡を鬼は無言で受け取り、中身を改める。
「……ッ!?」
 と、書簡に目を通していた鬼の目が、何か驚くべき事が書かれていたのであろうか、大きく見開かれる。しかし、それは一瞬の出来事であり、動揺の色は即座に消され。
 気を取り直すように鬼は『船客』たちに向き直ると、大音声を張り上げる。
「この北の大地に辿り着きし……否、帰還せし我が同朋よ! 数々の艱難辛苦を越え、よくぞ帰って来た。この地は我等が故郷にして、魂の帰る地。我等は新たな同朋の帰還を心より歓迎する!」
 無骨な、しかし熱の篭ったその鬼の言葉に続き、他の鬼たちも喝采の弥栄を上げる。そんな鬼たちの様子をみて、自分たちが乞い願われてこの地に来た事を知り、人々の間に揺蕩っていた不安が雲散霧消する。
 最早、ホクテキへの上陸を躊躇う者は誰もいなかった。
「皆さまもご壮健で……」
 告げるマイの表情には僅かな憂いと、皆を包み込むような慈愛の色が浮かび。
「お兄ちゃん、またねっ!」
「おう、またな!」
 子供たちからの別れの言葉にサンクが笑って答え返す。思いは伝わったのだと確信しながら。
「本当ならホクテキでの生活も補佐してあげたいですけど、口惜しいですわ……。向うでも色々あるやろうけど、頑張ってな」
「うん♪ お姉ちゃんもね」
 イマージナの呼び掛けに子供たちが大きく手を振って別れの言葉を返す。
 そんな冒険者たちから労いの言葉を受けながら、『船客』たちは小船へと乗り込み、次々と新天地へと向かって旅立って行く。
「……あれは?」
 ふと、別れを惜しむ者たちの1組にアルジェントの視線が止まる。リンカと、目深に頭巾を被った『船客』であった。体型などから察するに若い女性であろうか。
「それでは行って参ります」
「姫さま共々、お帰りをお待ちしています」
 言葉を交わしていた頭巾の娘に深々と頭を下げるリンカ。その貴人に対するようなリンカの態度に、相手は誰だろう、そんな疑問が生じた刹那。
 その頭巾の娘とアルジェントの視線とが交差し――
「ま、まさか……!?」
 目を伏せて一礼したその娘は、アルジェントの記憶違いでなければ、見覚えがあり。よもや、“彼女”がこのような所にいる筈が……いていい筈がない。だが、“彼女”ならば、リンカのあの畏まったような態度も頷ける。
「ようし、この荷物で終わりだな……って、どうしたんだ?」
 『船客』たちの荷物の積み下ろしを手伝っていたトトが、不審げな眼差しをアルジェントに向ける。今、確かめれば素性を明らかにする事は難しくはあるまい。
 だが、しかし……
「……いや、何でもない。俺も手伝おう」
 トトにそう告げてアルジェントは先程見た人物を存外に追いやるべく、体を動かし始めて。
「人々が傷付かないようにする為には、コレが1番なんだろうな……」
 ふと、トトは足を止めて鬼の元へと向かう者たちを眺めながらそんな独り言を洩らすが、その言葉を耳にした者は誰もなく。
「私からはこの歌舞を贈らせてもらおう」
 未来への希望に満ちた表情をして船を去り行く者たちを送るべく、アスラが朗々と歌舞を舞い始めながら、アスラはこれからの楓華の情勢は喧嘩両成敗の結論に至ると考えていた。
「幾星霜の彼方より
 我らの泪は続きにけり
 悲しみの果てへと至るには
 また幾星霜の歳がいり
 されど幾星霜かかろうとも
 幾星霜かかろうとも……」
 例え、禍根が太古のものといえど、それを残したは彼等が先祖……ただ、キナイにはその当時を知る者が少なからず存命しているのは確かだが、それも含めて過去の話。
 言の葉に、尽きぬ思いを込めて舞うアスラ。
 時を経て、込められた意味が通じると信じて。
 やがて、大切な人を渡し終えた船は、風を帆に受け静かにホクテキの地より遠ざかり。
 永遠の別れかも知れず。
 ただ、彼の者たちの未来に笑顔があって欲しいと願いながら。
 船は北の大地を離れ、帰路に着いたのであった。

●長い旅の終わり
 ミナモの港までもう間もなくとの声が甲板を駆け抜け、長かった船上にての旅路は、あと僅かな時を残すばかりとなっていた。いや、この楓華列島で過ごして来た日々が、と言い換えるべきか。
「皆さん、これまで本当にお世話になったね」
「なぁに、気にするこたねえぜ。気が向いたら戻って来るんだぞ?」
 これまでの感謝の意を伝えるハヤトに、アソウ一家の者たちはケレン味のない言葉を返して別れを惜しみ。
「それで、今後はどうするつもりなの?」
 船上から遥かに続く北の空を眺めていたマイに、問い掛けるムツミ。
「……今更、元の地位には戻れません」
 一瞬、思いを巡らせるかのように目を閉じるマイ。過ぎ去りし過去は、消せるものではない。だが――
「でも心だけは、昔の、巫女だった頃と一緒の人を信じ、誰かを守るために勇気と慈愛を尽くす自分に戻れたような気が致します。これも多分、皆さんのおかげです。ありがとうございました」
 そのマイの答えに微笑みながら大きく頷いて見せたムツミは、すぐ側にいたリンカに向き直って声を掛ける。
「……今も鬼が憎い?」
「それは……」
 その問いに、逡巡するような素振りを見せるリンカ。かつての彼女ならば、迷わずに憎いと告げた事だろうが……。そんなリンカの変化を察して、ムツミは答えを聞かぬままに言葉を続けて。
「正直、ボクもすぐには許せない。けれど今日移住した人たちは、好き。天子様の言もあった。全て民が幸せに暮らせるように……これからの楓華をお願いね。でも、また冒険者が必要になったら……いつでも呼んで!」
「国を、民を守るは当然の事……だが、ムツミ殿の言葉、確と心に刻もう」
 相変わらずな生真面目な言葉と共に差し出されたリンカの手を、ムツミは苦笑を浮かべつつも力強く握り締める。
「いつか機会があったらセリカ姫にもマナツ姫にも、お礼を言わなければならないですね。その時には、甘い大陸のお菓子と同盟に帰った人の、活躍のお話をセットで、お返しを致しますね」
「ああ。楽しみにしている」
 続いて掛けられたマイの言葉に頷いて返すリンカの表情は明るく。
「ムツミ、ありがとな。この半年の間の事は、決して忘れる事の出来ない思い出だぜ」
「うちも、ありがとさん言うとくな」
「私からも礼を言わせてもらおう」
「みんな……」
 サンク、イマージナ、そしてアスラの言葉に、ムツミは込み上げるものを噛み殺しつつ、大きく頷いてみせて。
「チヒロにも世話になったな。俺たち、同盟の冒険者が楓華を去った後はよろしく頼むぞ」
「……ええと、まあ、任せときな?」
 彼女にしては些か歯切れの悪いチヒロの答えに、少し首を捻るアルジェントであったが。
「その場に居なかったオレには、何も言う権利はないんだけど……」
 独り言ちるように告げられたトトの言葉に、他の者たちも耳を傾ける。
「でも今回の事が、単に彼等が助かったってだけじゃなく、彼等がコレからの楓華を変える為の架け橋になってくれれば――」
 万感の思いを噛み締めるように、トトは一旦言葉を区切って。
「……今までに流れた血も、少しは報われるんじゃないかな……きっと」
「そうだねぇ……」
 トトの言葉にチヒロはふっと笑って見せながら頷いて。
 船が港へと入る。
 長い、長い旅の終わりを告げるべく。
 親しき者たちの明日に幸多からん事を心より願いながら――

【END】


マスター:五十嵐ばさら 紹介ページ
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