凍夜戯 〜紅羽鴉と刃金の魔女



<オープニング>


●夜は紅く凍てゆく
 その女は姫君だった。
 あるいは娼婦だった。剣を振るう女騎士だったこともあり、時には古代の女神ですらあった。
 今宵のその女は姫君だった。

 旅の一座の、次の街での演目は姫君と羊飼いのロマンス。
 舞台衣裳に身に包んだ女はその夜、宿を離れ小さなカンテラひとつを提げて街外れでひとり、稽古に勤しんでいた。
 見目麗しい容貌からヒロイン役を振られる事の多い彼女だが台詞覚えはよろしくない。
 今日の稽古でも又ヘマをした。それを自覚し恥じての日課だ。
「素人らしさもウケているのだからなんて座長さんの、フォローになってない慰めを真に受けていたら、また露出が高いドレスで媚びを振り撒くだけの役が廻ってくるに決まってるんだもの……!」
 立ちのぼる息が白い。
 舞踏シーンの練習もしたいからと着込んできた姫君の衣裳は、とりあえず上等な布地で身体を覆う面積も広い。
「……でも流石に外套ぐらいは羽織ってくるべきだったかな?」
 白絹の肘上手袋越しでもかじかみだした手をさすりながらぼやく姫君。
 ここ最近の夜の冷え込みは特に厳しい。体は大切な商売道具、風邪でも引こうものなら一大事だ。

 ふと。
 宿へと戻ろうとした女の前に小さな人影がひとつ、唐突に現れた。
「箒の魔女? ……あぁティリラ、あんたまた衣裳で勝手に遊…………っ……!?」
 一座のやんちゃな子役のいつものいたずらだろうと女は歩み寄ろうとした。
 だが、それが果たされる事はなかった。永遠に。

 声ひとつ、足音ひとつ立てずに町の方角を目指す黒く小さな人影。
 その頭上で追うようにしてぱさり、羽音が鳴った。
 一刀のもと、腰から上を断ち斬られた女の亡骸にはらり、鴉の羽が舞い落ちる。
 それは鮮血よりも尚、紅い。横たわる姫君に手向けられた花であるかの様に。

 ――その夜。街道沿いの小さな宿場町がまたひとつ、消滅した。

●魔女たちの舞踏夜
 エルフの霊査士・ラクウェル(a90339)が居並ぶ冒険者達に求めたのは、強靭な『力』。
 ただそれだけ。
 個としての、戦闘集団としての、錬り上げられた『力』のみ。

 とある街道伝いに夜な夜なモンスターが現れ人々を虐殺して廻っている。
 これを討つべし、と。
「敵は二体で一対のモンスターです」

 片方は長く鮮やかな赤毛を左右2本の太いおさげに編んだ幼い少女。童話じみた魔女の扮装なのだという。つば広の三角帽子を揺らし、黒衣の上のぶかぶか黒マントをやや引きずるようにして歩く。
 加えて、巨大な箒まで両手で抱えるようにして持ち歩いて離さないのだから、何も知らぬ者が見掛ければ微笑ましい仮装姿にしか映らぬだろう。
 だが、その箒は形こそ魔女の木箒であっても、硬く冷たい鋼鉄の光沢と重量とを備えた武器。
 いや、『兇器』だ。丸みを帯びたその長柄は、見た目に反して斬撃・突殺用だった。
 小さき『魔女』が舞踏にも似た軽やかな体捌きと共に刃金の箒を振るえば、そこから生み出されるのは鎌鼬にも似た鋭利な衝撃波。傷口はどれも刀剣と見まごうばかりの見事な切断面だった。
 これまでに多くの無辜の民の命が抗う術もなく一撃で刎死、あるいは無残に四肢を斬り刻まれながら息絶えていったのだ。

 もう片方は大鴉。但し、全身に纏うのは夜闇の漆黒ではなく鮮血の色の深紅だという。
「幸い『紅鴉』の方は体力も防御力も『魔女』に比すればやや劣ります。ですがモンスターとしての強さは決して『魔女』より格下ではありません」
 こちらも又、たちの悪い状態異常を幾つも宿した術と翼を駆使して、的確に標的の弱点を突く難敵。
 広域殲滅力を保持する分、単体攻撃手段しか持たない『魔女』よりも民への脅威度はより高いともいえる。

「強固な結びつきを有するこの一対の連携は状況に応じて柔軟に変化し、攻防どの局面でも極めて効果的に機能します」  
 地を駆けて惨劇を繰り広げる『魔女』の獲物を一匹たりと逃すまいと援護する、天翔ける『紅鴉』。
 あるいは死を撒き散らし続ける『紅鴉』の飛翔を守護する、刃金の『魔女』の楯としての献身。
 グリモアの加護を失い記憶も誇りすらも喪った『魔』達を効率の良い殺戮へと衝き動かすのは、戦士としての本能なのだろうか。

「加えて、この一対は互いに近接距離にまで近づいた時のみ、互いの傷を癒し合う事が可能なようなのです」
 治癒の力は2体のモンスターが同時に発動させた場合に限り、彼女らが備える強大な攻撃力から更に威力を上乗せして齎されるという。
 どちらか片方が行動不能な状態にあっても、行動可能な残り片方が射程に捉えれば相手を癒す事も出来るがその場合の回復量は同時発動時程では無い。
「それはバッドステータスの解除も可能なのか?」
 冒険者のひとりが発した問い。
 幸運が彼女達に味方すれば、と、金髪の霊査士は縦に小さく頷いた。
 ただ、敵の回復行動は脅威であると同時に、苛烈極める猛攻の途切れ目でもある。
 互いにとっての諸刃の剣、阻止するにせよ利用するにせよ状況に応じた事細かな戦術が要求されるだろう。

「『彼女』達は神出鬼没ですが徐々に南下しているようです。次の夜に出現する場所は無人の廃村。この上ない、好機です」
 既に噂は広がり街道の人通りもぱったりと途絶えている。被害が周囲に及ばないよう気を配る必要はない。皆さまが為すべきは『魔女と鴉を狩る』、ただそれだけですと金髪の霊査士は告げた。
「それと、冬の夜は冷え込みます。今回の舞台となる街道付近でも雪が積もりつつあるようです」
 モンスター出現の晩での降雪は無いそうだが雪かきや踏み固める者なく降り積もり凍てるであろう廃村のこと、防寒以外にも雪対策を講じた方がよさそうだ。

「くれぐれも油断無きよう。皆さまに、御武運を」
 掌中の紫珠を冷たく煌かせながら霊査士は冒険者たちをそう送り出すのだった。

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参加者
凛花葬月・シーリス(a01389)
羅漢・ウィルヘルム(a11356)
風舞淡雪・シファ(a22895)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
銀蟾・カルア(a28603)
静謐なる黒焔・シエロ(a34675)
東雲を護る宵藍の星・アルタイル(a37072)
花魁・ハナ(a46014)
紅神詩・リツ(a60573)
消え逝く緑・フィルメイア(a67175)


<リプレイ>

●夜への道
 街道に面した交易都市。
 殺戮の夜に怯え続ける街に立ち寄り、自前で揃え切れなかった装備を整え終えた一行。
「どうせ眼の邪魔になるだけだから私の分はそっちで使うといいわ」
 東風吹姫・フィルメイア(a67175)は自前のカンテラを羅漢・ウィルヘルム(a11356)に手渡した。
 敵遭遇前は各々の照明器具と併せ、フィルメイアと東雲を護る宵藍の星・アルタイル(a37072)、2名居るエルフの夜目を活用しての索敵というのが今回の予定。
 ついでにとフィルメイアは花魁・ハナ(a46014)も呼び寄せ、敵遭遇後に彼女ら医術士3人が受け持つホーリーライトの色についても念を押す。彼女の声は快活で、その伝える処は明瞭。
「ふむ、黄色にでもしておくかと考えていたんだがな」
「色は緑、鴉が魔女に合流する際は赤光に変えて合図。これに揃えて頂戴、ウィルヘルム。ハナもね」
 頭上で交わされるやりとりを見上げていた小白梅の少女は素直にこくんと頷いた。

 冬の夜の訪れは早い。
「……寒い」
 無言で茫と雪景色に眺め続け、仲間の眼には寒さにも平然とした様子に映っていた紅想詩・リツ(a60573)から漏れた、顔色ひとつ変えない唐突な一言。
 廃村に足を踏み入れた頃にはすっかり陽も沈む。今宵は雪雲の払われた晴天で無風。
(「……真っ新な雪は見てると、少し、心細くなる」)
 だが惑わされたりなどはしない。
 しんしんと凍てゆく空気を読み取った蒼翠弓・ハジ(a26881)の眼に映るのは冴え渡る星々の煌き。
 防寒に防水を念入りに施し冬の夜の凍気から身を守る一行から立ちのぼるのは白い吐息。
 半数の者が夜闇に備えカンテラを提げていた。最前列を進む月花葬歌・シーリス(a01389)は行動の妨げにならぬ様にとしっかり左腰に固定していた。
 ハジも同様の腰装備。又、彼は進むに支障のない光量だけに絞り敵からの発見を遅らせようとしたが……残念ながら別働で動くのでも無い限り、遮光の配慮は全員で揃えなければ意味を成さない。

 ふと静謐なる黒焔・シエロ(a34675)が振り返れば。
 戦闘突入後にかんじきを4つ填めていたのでは手遅れと唯一既に召喚済のグランスティードと自分達とが踏み残した足跡とが、無人の村に連綿と続く。
 動き回らずじっと注意をこらし待ち構える方が得策と彼には思えたが、整備された街道とはまた違う廃村内での積雪の感触に慣れるのを兼ねて探索を、との意見にも一理あると従っていた。
 又、この事前行動のお陰で予期せぬとある危険について彼らは戦闘前に思い至る事が出来た。 
「……ッ」
 硬い衝撃が右足に伝わり、フィルメイアの身体が僅かに揺らぐ。
 万全の備えによって雪に身が沈む事も無く、街道を通り廃村に到着する迄に普段馴染みのない履き心地にもほぼ足を慣らし。
 順調な行軍を続けていた冒険者達を雪下に埋もれる瓦礫群が時に不意うちし、足元を覚束ないものにする。あまりに何度も強く打ちつけ、かんじきが途中で破損でもしたらその途端に足を奪われる事になる。いや、障害物ならば注意深く観察すれば雪の隆起等でどうにか判別がつく。だが。
(「枯れたり凍てついたりしてる井戸跡なんかにすっぽり嵌ろうものなら……ぞっとしないわね」)
 エルフの医術士は体勢を立て直し終えると小さく肩を竦めた。
 以降、敵影を求めての歩みは速度を落とし、より慎重なものとなった。

●紅夜祭
 羽ばたく、気配。
 風舞淡雪・シファ(a22895)がまず羽音の到来を察知した。同様に、音を求めていたシエロの耳にも届き魔女の靴音はと続けて集中しすぐに常に浮遊していると語った霊査士の言葉を思い返した。
 シファがハジに紅鴉の方角を指し示すと、射手の念話が瞬時に仲間へと広がる。魔女の姿がまだ見えない点を同時に指摘し警戒を促した。
 ならば考え得る敵の布陣は、挟撃か。
 バ・カルア(a28603)は事前に取り決めた二種の布陣の内、第二の陣形の選択を指示。
 対紅鴉の前衛A班とハジ、いまだ不在の魔女迎撃を担う予定の前衛B班が、それぞれ後衛陣を庇う位置にとほぼ背中合わせで展開を始める。
 横に並ぶシファからカルアへ鎧聖の守りが与えられた頃にはひとつ、またひとつと緑の輝きが灯る。
 エルフの眼をもって魔女の発見をと眼を凝らしていたアルタイルだったが間近に居並ぶ医術士達の光を前に断念、紅鴉討伐に集中すべくまずは黒炎を我が身に呼び寄せた。

『……武運を』
 自身の背丈にも届こうかという長弓の弦に指を掛け、伝達の最後に朴訥と言い添えたハジ。
 轟音と共に深緑纏う戦柱が戦場に招来され、かつて列強種族トロウルを守護した召喚獣が今は彼ら同盟の戦士達を見守る。
 武運ならばお互いにと浮かべた微笑に戦意を灯し、シーリスは真銀の刃を抜き放つ。卓越したその豪技も又トロウルの秘技。裁きの雷が緑の夜空を翔け、今は黒ずんで映る紅の翼を強か打ち据える。
 紅鴉は高度を僅かに上げると一際大きく羽ばたいた。有り得ぬ程多くの鴉羽が翼下に生まれ集まり、豪雪の如き質量を伴って地上に降り注ぐ。
「だめ、ですよ……なんのために……こんな!」
 失われた多くの命への悼みと、意味無き殺戮を繰り返す一対への哀れみと。
 ハナの痛切な叫びも『魔』へとは届かない。【磔刑】は鴉へと寄せた冒険者達の身を刺し貫いて地に繋ぎ留めた。
 
「拙いな」
 短い舌打ちは紫菫の少年のもの。状態異常を癒せる仲間は皆ライトを灯す能力と声を飛ばす能力を発揮し終えたばかりで、今すぐに【磔刑】をうち払う術を紡げるのは己のみ。
 頼む、とシファに小さく声を掛け、迷わず後衛寄りに下がったカルアは仲間の身が静謐を取り戻すようにと祈りを捧げた。
「……やはり合わせて来たね」
 不機嫌そうな声と共に。
 黒猫の少年は付き従う黒蛇と力を合わせて生み出した蒼黒い呪いの鎖を廃屋の脇へ……そこに潜み機を窺っていたもう一体の敵・魔女へと解き放ち、絡め捕らえた。
 魔女の狙いは祈りに集中を始めたカルアだったのだろう。
 歓喜と殺意に満ちて振り上げられようとしていた刃金の動きがぴたりと空で止まる。釘づけとなった魔女帽が忌々しげに左右へと揺れた。

「純粋に己の意思で殺戮を愉しんでいるのか、はたまた……」
 紅の戒めから解放されたリツは、雪上と思えぬ優雅な足運びで雪具を滑らせ楯を翳し、次なる敵の攻めに備える。反動麻痺の隙を狙いたくもあったが己はまず前衛役として立ち続けねばならない。
 前衛A班と呼ばれるリツとシーリスの役割は、長射程の技をもって一刻も早く紅鴉を撃ち墜とす事。
 シエロ以外の全員を投入した術士陣には3名もの医術士を擁し、状態異常に強い耐性を備え静謐の祈りでの支援も可能な牙狩人ハジもこちらに廻しての主力。
「魔女に鴉……典型的といえば典型的か。まぁ、モンスターに典型的もへったくれもないがな」
 撒かれた軽傷もウィルヘルムが癒した。眼鏡越し、まだ前衛両班とも己の射程内である事を視認してから、北天の星の名を戴く白篭手で覆われた腕を構える。
 特に後衛陣は、回復を挟まず二撃、あるいは大技ひとつモロに喰らえば沈む体力・防具の者が殆どなのだ。自分は幾分か守りが厚い部類。最悪、己が身を楯にして持ちこたえる算段であった。
 2人の術が完全に仲間を癒しきった事に安堵し、フィルメイアは黒炎を纏って銀杖『ジゼル』の魔力を更に高める。ハナも護天使を仲間達の下へと送り出した。
「……纏めて彼岸へ送って差し上げましょう」
 初太刀に続き、鴉へと叩き込まれた二撃目を生んだのもまたシーリスの黒竜剣。
 揺るぎ無き雷音と剣筋を追って、ようやく態勢を整えたアルタイルの紋章火球とリツからの真空波が矢継ぎ早、戦場を駆けた。
 
 魔女と相対する前衛B班、カルアとシファが果たすべき役割は極めて困難なものであった。
 少数で強敵たる魔女に対峙し紅鴉から引き剥がす。後衛から対魔女の援護に廻るシエロを含め誰か一人でも倒れるを許されない。
 しかも、仲間が紅鴉を倒すまで勝ち過ぎる事すら許されない。
「貴方がたは……生前から、縁ある方々だったのでしょう……か」
 シファは静かに魔女を見据えたまま、剣柄を握りしめる力を僅かに強める。
 喪失は、癒し難い痛み。異形と化した時に、彼女達は、互いを一度失い合ったのだろうか。
「だとすれば……難敵……」
 だが負ける訳にはいかない。舞花を編んだレース飾りのケープコートに注がれた、堅き護りの意志。
 魔女は絡む黒鎖を霧散させ、気づいた時にはシファの斜め後ろ、死角へと到達する。
「っ!?」
 刃金の穂先が低い位置から鋭く、執拗に突き上げられた。
 踊る様な初撃がシファの脇腹に襲いかかった、その時、割り込んだ白銀色の外套の召喚獣が鉄箒からの衝撃波を僅かに逸らし、完璧な直撃には至らなかった。
 技に長けた敵を凌ぐに適した防具と間に合った鎧聖の守り。白き舞花の武道家は黒き魔女の前に凛と翠光を浴びて立ちはだかる。
 浮遊したままバックステップの動作で後ずさった魔女。再び前へと踏み込んだカルアが雪を散らしフェイントを掛ける都度残像が生じ、防ぐに難い横薙ぎの一撃を見舞った。
 響く凍てた金属音。腕に伝わる確かな、だが、硬い手応え。守りもまた刃金であるという敵故に。

 ――翼もつものの天敵は狩人という事か。
 鴉の殺意は徐々に【磔刑】も高度も物ともせず雷矢を放ち拘束を解くハジへと集まっていた。
 後衛を含めたより多くの敵への【磔刑】を止め、前寄りに立つハジを沈めんと距離と高度を保ちながら【火刑】を注ぐ鴉。 
 魔女との合流阻止、そしてピラーに守られたハジを要とした【磔刑】封殺。この2点を為せば鴉討伐は困難ではない。故に、回復手が充分なのを確認しフィルメイアはハジ援護へと身を乗り出した。
 放たれた黒炎をかわす飛翔。向けられた紅い目。そして……。
「フィルメイアさん!?」
 致し方なかった。が、流石にキツい。ハナがくれた羽が妙にゆっくりと吹き飛ぶ様を見送りながら……姫のふたつ名をもつ女は意識を手放した。
「間に合わなかったか」
 吹き飛ばされ叩きつけられ、雪中埋もれた仲間へと駆け寄るウィルヘルム。
 戦闘域に放置しては命に関わる。ハジは常には無い大きく挑発的な腕の動きで弓を揺らし翼を招いた。風の無い夜に深緑色の守り布がはためく。
 2人分の重みでより深く沈むかんじきの歩を強引に進め、傍らの廃屋内に彼女を横たえた。
「冷えるだろうが、ここなら雪が無いだけマシってことで勘弁してくれ」
 青ざめたフィルメイアを尚も苛む【火刑】の紅炎を凱歌の調べで払い除け、再び戦場へ。

「誰も欠けちゃだめなんですからね……!」
 ハナの癒しが。慈悲無き刃を振り上げるリツの鋭撃が。仲間を護らんと走るシーリスの挺身が。
 反撃の一矢を引き絞るハジを支えた。雷鳴が鴉を貫いた。急速に沈む翼……いや……。
「【夜】が来ます」
 一気に高度を下げ、魔女を目指し始めたのだ。ハナは迷わず警告の色に灯りを染め直す。

 夜が、視界が、赤に変わりゆく。

●夜の終焉 〜Tu fui ego eris
 突然の、紅鴉の行動変化と緑から赤への視界変化。
 アルタイルが鷲の表題を綴る蒼の書を手繰る。虹葉の縛撃が翼に追い縋るが果たせずすり抜けた。
「くっ……下、足元っ」
 シーリスの破鎧掌も届かない。保護色という程ではないがやりづらい。だが一度染めた視界は合図の用を終えたからといって瞬時に戻せるものでもない。満身創痍の紅鴉は魔女を求め、翔ける。

 魔女も動いた。
 シファの掌底が何発かに1度魔女を吹き飛ばし、シエロの鎖とカルアの刃が魔女の前進を押し留める。じりじり鴉との距離を離す攻防を繰り返した後。
 さくっ……。
 これまで足音ひとつ立てず戦ってきた魔女の踵が初めて、一歩だけ雪を踏んで、跳ねた。石畳であればあるいはカツンと高らかな靴音を立てたのであろうか。
 合流する気だ。察したカルアが声を荒げ、続けて他の後衛にも拘束の援護を促そうとしたのと赤の合図がほぼ同時。

 羽ばたく、気配。 
 拘束も吹き飛ばしも間に合わない。ならば身をもって阻むしかない、何人かが意を決し駆けた眼前で2体は邂逅を果たす。
 赤光よりも紅く禍々しい光が迸り、魔女の身体へと吸い込まれていった。

 唐突に、空が赤と緑に色分けられた。
 一つの場に灯る光はひとつだけ。より強いウィルヘルムが緑光のまま戻った為その場だけ赤光は押しやられているのだ。緑空の下、黒鴉へと戻った獲物にもう一矢が刺さると今度こそ力尽き、墜ちた。
「回復、しなかった……?」
 【夜】発動に成功した筈の鴉のあっけない最期にハジが訝しげに呟く。
 片方だけが用いても効果を発揮する【夜】。つまり。
「片身すら捨て石にして……最大威力の【大刃金】に繋げる気か」

 ――刃金の呪に世界よ歪め、廻れ廻れ、螺旋の月

 否。月すら墜とす、と。
 【夜】を啜り鋭さを増した【大刃金】の威を削いだのは、村正と銘されし太刀。
 シエロが操る虚無の手が魔女衣を刃金から唯の布切れへと変えた一瞬。二閃三閃、次々と。
 カルアの意思のままに白刃は魔女の身に襲いかかった。魔女帽が天高く飛び、鴉めいた紅眼と額の碧石が露となる。憎悪に昂ぶる幼女の貌は『魔』そのもの。
 ズブリと雪の地面に箒柄を沈め、有り得ない大跳躍で魔女は飛んだ。刃金の箒に跨り、唸る旋風に乗っての錐もみ突撃。

 ――数多の生命を捩じ切り、屠り、尚、満たされぬ終わり無き夜の刃金……

 断じて、否。
 蹂躙の螺旋軌道を描く刃金に真っ向対し、退かず折れず。
 魂を重ねた濃緑の衣が共に駆け、注がれた鎧聖の加護は堅い彼の守りを更に全きものとした。
 響き渡る激突音。そして……。

「……耐えやがったか」
 緊迫の後、思わず漏れた微笑。ウィルヘルムが凱歌を注げば少年は軽く手をあげて礼を述べ、太刀を構え直す。

 最大の切り札を誰1人倒せぬまま使い減らし、多勢に包囲された魔女に残された刃金は【鉄槌】のみ。時に危うい強撃が術士達を襲うが隙の無い回復と、何より攻め手が確実に勝利を引き寄せる。
「惨劇を繰り返させる訳にはいかない」
 【靴音】の切れめ、間合いを詰めたシーリスが鎧砕きの一撃を食い込ませるのに息を合わせ、決意と共にアルタイルが七色に輝く幾何紋章を紡ぎノヴァを炸裂させた。それはほぼ致命傷に近い痛手。
 そして。
「可哀想とは思うけれど……」
 浮かぶのは精々が、同情。そう嘯いて十字架が魔女を刺し貫いた。
 小さな背に深々と突き立てられる『十字の宣誓』。じわり、リツの細い肩に伝播る死の感触。

 遺されたのは墓標の如く刺さる刃金の箒と、紅い鴉羽。
 リツは無言、ただ十字を切った。
 何人かがフィルメイアの元へと走り何人かは雪上に座り込む。押し寄せた疲労、乱れたまま吐かれた荒い呼吸が幾つも白く立ちのぼる。

 だがそれは、生ける者達の生命が発する熱の証でもあった。


マスター:銀條彦 紹介ページ
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作成日:2008/01/30
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