雪のくちづけ



<オープニング>


●ランララ聖花祭
 手作りのお菓子を気になる異性に贈る春のイベント、「ランララ聖花祭」も目前の時期。
 聖花祭はそもそも『春の花の女神ランララ』の聖誕祭とされていた。朝開いたばかりの花の蜜で作ったお菓子を贈られた女神は、他の高価で美麗な品々よりも少女の想いを喜んだと言う。
「女神ランララ様は別に堅苦しいこと言わないと思うんですよう」
 気になる異性以外にお菓子を贈っても良いじゃないですか、と深雪の優艶・フラジィル(a90222)は力説する。常日頃からお世話になっている人に、手作りの品で想いを伝えられる日など滅多に無い。この機会を逃してはなるものか、と彼女は毎年この時期が来ると必要以上に気合を入れている。
「異性だろうが同性だろうが『想いを篭めてプレゼントする日』で良いと思うのです」
 ジルはドリアッドさんじゃないので堅苦しいことは知りません、と朗らかに微笑んだ。
「とても素敵なお言葉かと思います。本質さえ変わらなければ、その尊さが損なわれることはありませんもの。……女神の聖誕祭を機会に人々が想いを深めているのでしたら、ランララ様もきっと、生誕の祝辞以上にそれを喜んでくださるに違いありませんわ」
 幸福を齎す女・ベアトリーチェ(a90357)の同調を得て、フラジィルはますます胸を張る。
 ついにお歳暮作戦を正当化し始めたのか、と荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は彼女らの話を聞き流しながら薄い本に目を落とした。
「いかにも興味なさそうな顔してレシピ読んでるロザリーさんがジルは好きです」
「……嬉しくないわ」
 今は仕事が無いから、と言い添えながら霊査士は浅い溜息を吐く。暇潰しに開いたお菓子の本は、それなりに華やかでそれなりに愛らしく、不思議と春の彩りを感じさせるものだった。

●雪のくちづけ
 唇の熱で、はらりと溶ける。
 柔らかく繊細で秘めやかなもの。
 儚いくちづけが、想いの先へ届きますように――

 今年フラジィルが持ち込んだものは、淡雪を思わせる純白の砂糖だ。
 彼女の生まれ故郷から程近い場所に降る雪は、いつも優しい甘さを秘めていたと言う。その雪を溶かした後に生成し直して作られる砂糖は「雪のくちづけ」とエンジェルの子らに呼ばれていた。
「誰かへ贈り物をするときによく使われるのです。想いも甘さも、押しつけちゃ駄目ですもの」
 でもジルはこの砂糖ならチョコレートと一番相性が良いと思います、と彼女は言う。
「ふんわり蕩けるように消えて行く感じが、雪もチョコもなんだか少し似てるでしょう?」
 準備は万端だ。
 硝子瓶の中では、様々な彩りが己の出番を待ち侘びている。砂糖漬けにした果実、香ばしく焼いた木の実、ことこと煮込んだ美味しいジャム。バニラエッセンス、ココアパウダー、抹茶に柚子に瑞々しいフルーツ。菓子用のリキュールもたっぷり用意されていた。
 艶やかな赤に染めたチョコレートでハートの形を作ったり、オレンジの蜂蜜漬けにチョコレートを垂らしたり、奮発して特大チョコレートケーキを焼いてみたり、楓華風にチョコレート煎餅やチョコレート饅頭を作ってみるのも面白い。それぞれに出来上がった姿を思い浮かべるだけで心が弾むようだ。
 綺麗な形に整えることは難しいけれど、だからこそ想いの閉じ込め甲斐もあると言うもの。
「そんなわけで、皆さん。ジルと一緒にお菓子作りをしませんか?」
 お菓子のレシピも可愛い素材も選り取り見取り。
 美味しさの秘密には「雪のくちづけ」、最後の仕上げに「想い」が揃えば素敵なお菓子は完成したも同然だ。フラジィルは満面の笑みを浮かべて、酒場の冒険者たちをお菓子作りに誘い始める。

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参加者
NPC:深雪の優艶・フラジィル(a90222)



<リプレイ>

●蜜のささやき
 聖花祭も近い日に集った面々は、ひとつの菓子に想いを篭める。
 蕩けるチョコレートを掻き混ぜながら、アッディーオは琥珀色の酒瓶に目を留めた。
 あいつは酒が好きだから。
 あいつは甘すぎるもんが苦手だから。
 彼の日々を思い浮かべて不慣れな手間にも愛情を注ぐ。
「去年のチョコは……」
 探り当てた記憶によれば、味は兎も角、形が落第点と言えた。外側はさっくり内側はしっとりのガトーショコラを、見目も麗しく仕上げることをヒイラギは今年の目標とする。ふわもこふわもこ祈るように呟きながら、キリアは菓子の生地作り開始した。聖花祭への抱負を胸に真っ赤な苺を目に映す。少しくらい失敗しても何より重要なのは「気持ち」に違いない。出来上がりが今から心配だけれど、メルエもまた大切な人のために頑張ろうと思う。
「これが、雪から作られるお砂糖」
 優しい白さを湛えた砂糖を、銀の匙でひと掬い。
 最後の仕上げにこれを使おう、とオウカは作業工程を考える。願いを乗せて咲かせた花には雪を降らせるのだ。雪のくちづけなんて少し照れてしまう響きだけれど、冬空を舞う雪が飾る彩りをリラは春の実りに宿していく。注いだ愛が紡がれるよう、届けば良いと願われた。
「想いも甘さも押しつけちゃ駄目……」
 素敵な言葉、とキョウは瞳を蕩けさせる。
 秘めたくちづけと控えめな感謝を、柔らかに解ける菓子に乗せれば胸が高鳴った。この砂糖は、黄金の海原に隠された楽園に降る雪だと言う。同郷の彼はそれを知っているのだろうか、あの大陸も随分と広いから知らずとも何ら不思議はあるまい。レイナは様々に思いを馳せながら、無邪気に喜んでくれるだろう彼の姿を脳裏に浮かべた。レシピの束を丹念に読み込んでから、ロゼリィは贈りたい相手の優しさを想う。頭の中に自分のレシピを作り上げれば、その手順を羊皮紙に書きつけた。
「もう感謝の言葉じゃ足りないわ。ぎゃふんと言わせるのよ、ぎゃふん」
「まさか、るきたん、これで作るんですか……っ!?」
 めらめらと燃えるルキから秘密兵器を差し出され、フィーは驚きの余り悲鳴染みた声を上げる。赤面しつつ夜鍋クオリティな作品を眺めるも、やがてほんわり微笑んだ。今年こそ大好きな人の甘い笑顔が見てみたいから、飛び切りのらぶを詰め込もうと思う。
「『美しく成長した姿に吃驚』……!?」
 エルスの呟きを繰り返しつつ、深雪の優艶・フラジィル(a90222)は目を輝かせた。それはジルのことですかと確認するほど舞い上がる。彼女に頷いて遣りながら、エルスは自らのレシピを取り出した。ほろ苦い甘さは想う人の居る幸せを囁くようで、つい思考が深みに嵌り掛けていくけれど、今年こそ精一杯の美味しいお菓子を贈りたいと強く強く願われるのだ。
 メロスは、去年と今年の話をする。
 旅に出る人に贈るものでも肩肘を張る気は無いと呟くも、最後かもしれないし、とレシピに落とす眼差しを細めもした。忙しなく過ぎた夏を思い、整わない笑みを交わす。フラジィルは悩んだ末に、此処は飛び切り難しいのに挑戦するのがジル好みですとレシピのひとつを選定した。

●冬のはなびら
 ランララ聖花祭とは、年に一度訪れる仁義無き乙女戦争である。
 全力で乙女の道を突っ走るシュリに、レシピなどと言う軟弱なものは不要だ。愛の語るままに惜しみなく愛を注いでいく。具体的には、バニラエッセンスとオレンジリキュールをそれぞれ一瓶ずつだ。
 料理の上手な旦那様に、不器用な自分から菓子を贈るのは何だか少し申し訳ない。それでも辛い出来事を繰り返したいとは思わないから、心の弱い自分を妻にしてくれた事実をハルキ自身の胸に染み込ませようとする。リィナールは楽しげにトリュフチョコレートを丸めながら、少しだけ頬を膨れさせた。お互いが噛み合わないように思えて、隔たれた距離に取り残されるような悲しさを覚えることもある。けれど、大好きだからこそ喜んでくれるよう願わずには居られない。
 マリンローズから微笑が絶えない訳は、ふとした瞬間に思い出されるものがあるからだ。いつも傍に居てくれる人へ、日に日に増す愛しさと心からの感謝を伝えよう。サイファもまた不意に笑みを浮かべた。出来上がった菓子の行く末を考えれば、居心地の悪さなど感じる間もなく楽しめる。
 彼の大好きな苺のチョコレートを使うと決めたリンディーユは飴細工と格闘を始めた。綺麗な薔薇の形を作り出すには、まだ暫くの鍛錬が必要とされるだろう。彼女が好むものに相応しく、簡単な手順で美味しく作れるもの、腹が膨れるならば尚更に良い。贅沢な理想を掲げたセンも、そろそろレシピの山から抜け出すことが出来そうだ。
 菓子を作る片手間に、女の子同士が交わす言葉はそれだけで楽しい。
 粉雪の如く掛けられた白砂糖に彩られるフォンダンショコラの秘めた熱が溶け出せば、フラジィルはとても美味しいと顔を綻ばせた。ネフィリムも出来栄えに安堵して頬を緩める。続いて運ばれて来たバナナを使った一品も味見させて貰い、フラジィルは幸せそうな満面の笑顔で居た。
「本当は今年も美味しそうな天使の乙女に捧げたかったのですけど……、なんて内緒で」
 カレンは悪戯っぽく目を細め、胸が高鳴る理由は聖花祭が特別な日だからかと不思議がる。雪のくちづけは素敵な素材だと思う、と微笑むオリエは型を使わずにひとつひとつの菓子を形作っていた。希望に副う品とは言え、喜んでくれるか期待と不安が鬩ぎ合う。
 紅茶葉の独特の香りとチョコレートの甘さを練り込んだ生地を混ぜれば、何故だか心が浮き立つようで思わずキュールは笑みを浮かべた。必要以上には手を貸さず、ただ静かに彼女を見守って居たアキュティリスにもその理由は判るような気がする。贈りたい相手を思えば、手も抜けなくなるのだ。
 包み込んだ想いを知るのは、それを手にした人のみだろう。繊細な雪の甘さに添え、オルーガとヴェルーガはそれぞれ蜜色のカラメルに香ばしい木の実を潜らせた。取り立てて語らうこともなく、ただ受け取り手となる彼らが、封じ込められた想いを見出してくれるよう願っている。

●愛のきらめき
「こうすると、四葉のクローバーみたいになりますなぁ〜ん♪」
 焼きあがったケーキを並べてマヒナが目を輝かせれば、メリーナもまた楽しげに笑みを零した。
 とても素敵で可愛い発想だと感じたから、そのままの形を保たせて仕上げのくちづけを降らせ始める。想いが伝わるよう願う彼女の耳に、クローバーだけに受け取った相手が幸せになれると良い、と素直な感謝を語るマヒナの声が届けられた。
「ハルちゃん、好きな人にあげるお菓子なら焦っちゃ駄目」
 マフィンを作るなら生地を流し込んだ後に空気を抜く手間も欠かせてはならない、優しく想いを篭めることこそ成功の秘訣とレイラは優しく言い聞かせる。ハルジオンは目から鱗と言った風情で彼女の言葉を聞き、今回だけは形も綺麗に作りたいからと改めて意気込みを呟いた。
 蒸留酒が香る甘さ控えめの菓子を味見し、サナは太鼓判を押す。旦那様より先に味見なんて申し訳無い気もしますと笑う彼女を見、少しは料理の腕が上達したろうかとマイヤもまた優しく落ち着きのある愛しい人を思い浮かべて微笑した。ふんわりしたムース・オ・ショコラを作ったサナは、彼女とロザリーに味見を依頼する。適当な仕草で何かを作っていた霊査士は、簡単に頷いて承諾した。
 焼き立てのクッキーでサンドイッチを作りながら、メローは金魚の姿にらぶを添えていく。愛情たっぷりのスイーツは一応、味が本命だ。リレィシァは恋人が大好きなムシャリンの形をしたチョコレートを作ろうとしている。特に角の部分は凛々しく格好良く仕上げねば、と使命感に燃えていた。
「ふんわりとろける甘さになってるかなー」
 ユーティスから味見を託されたフラジィルは、ジルは別に甘味通ではないのですが、と言いつつもマシュマロチョコファッジを頬張る。美味しいと思いますよう、と笑う彼女にお裾分けしつつ彼はただただ笑顔を願った。凍える季節には一瞬の灯火すら酷く暖かで恋しいものだ。思い悩みつつ菓子作りに没頭していたエルクルードは、ふと手を休めるとフラジィルを呼ぶ。少し苦いかも知れないけれど、と断りつつやはり味見を依頼した。
「……あの人、本質は世話焼きで照れ屋さんだと思うんですよ」
 とてもとてもお世話になったのだ、とレミールは紡ぐ。
 フラジィルは少し悩みながら、ジルよりも他の人に聞いた方が良かったかもですね、と霊査士やらに視線を向けた。辛くは無いのですが何と言えば良いのか判らないのですよ、と彼女は微笑む。続けてフラジィルに味見を依頼したクラレートは、苦味の効いていることを確かめて安堵に似た息を吐いた。
「ちょっとビターなくらいは覚悟してて貰いたいの」
 あの人は馬鹿だからあたしの手が入ったものなら何だって喜んでくれる、と天邪鬼な口振りで彼の好意を語る。それでも自分は随分と変わってしまったから、いつまでも気に入る形のまま居られるとは限らない現実がクラレート自身にも苦い。
「……ずっとこんなこと無かったのに」
 調子狂ったんだわ、とぼやきつつ彼女は苦しげに嬉しげに笑って見せた。

●雪のくちづけ
 菓子作りを終えた者たちは、続いてラッピングに取り掛かる。
 カエサルもまた誇らしげな微笑と共に料理慣れした手つきで、レシピにお手本として描かれるようなチョコレートタルトを綺麗に完成させた。暖かな橙のリボンを取る彼の横では、リントが小箱に愛らしい千代紙を敷き詰めている。無闇に華美な装飾は好まず、慎ましやかな範囲で手を止めた。
「……好き嫌いがない相手というのも意外に困るわね」
 それでも彼が甘いもの好きで良かった、と聖花祭を前にした試練へセラは立ち向かう。バターで軽く炒めた林檎を、柔らかくなりすぎないよう気遣いながらキャラメルで煮詰めた。
 チョコレートに湯を流し込み掛けるなど失敗フラグに迫りつつ、寸前で回避を成功させて来たアネモネはティアレスを呼ぶ。不味いものは贈れぬのだと語るアネモネに、彼は微妙そうな顔をしつつ菓子を摘み「悪くないと思うが」と端的に回答した。
 ユヅキは贈る相手を想い、ひとつひとつに思いを篭める。ほんのり甘いお団子の中には、苦味も含んだ大人のチョコレートクリームを詰め込んだ。落ち着いた甘みのスポンジを白く彩り、後は包装するだけかとゲッカは満足げに息を吐く。こんな日は料理が得意であることを嬉しく思えた。
 もう離れたくないと願われるから、濃藍の果実と深紅の果実を添わせて並べる。マシェルは微かに頬を染めつつ、想いを閉じ込めるように雪のくちづけを降らせた。大切な人のためのお菓子作りは、普段よりとても楽しいものだ。どうか喜んで貰えるようにと願いながら、彼の笑顔を思い浮かべてリリスが微笑む。考えれば不安も膨らむけれど、感謝の気持ちを贈りたい。焼酎を注いでしまえば味見も出来ないが、リノンはそれも何とか気持ちで補おうとする。
「……お酒、入れ過ぎたかな」
 歪な形をパウダーで誤魔化した菓子のひと欠片を味見して、ハニエルは再びレシピを見直しながらも首を傾げた。相手の好みを思えば強ち失敗でもないのだろう。何より笑顔が見たいけれど、少しは驚いてくれたならとも願われた。
「大丈夫だと思う……?」
 オレンジピールと胡桃を混ぜ込んだシフォンの余りを味見しながら、サフィアルスは幾らか不安げに問い掛ける。美味しいに決まっている、とレインは親友を見返して微笑んだ。
「サフィが作ったんだもの、絶対喜んでくれると思うわ」
 ふわりと幸せの広がるような優しい口溶けのチョコレートを味見しつつ、贈る相手が甘いもの好きで羨ましい、とサフィアルスは微笑んで見せる。出来上がってしまえば、後は当日を待つばかりだ。
 特別な日には特別な大好きを伝えよう。
 唇の熱でふわりと溶かして儚くも余韻を残そう。
 くちづけの甘さを引き立てるため、苦味の中にぎゅっと想いを詰め込んでいく。口に運ぶたび、ふたりのキスを思い返してくれたならと願い、ショコラは自身の想像にほんのりと頬を赤らめた。
 過ぎ去った聖花祭の思い出に改めて、今年の聖花祭で応えようと思う。
 他愛も無い話であれば簡単に喋ることも出来るけれど、何よりも強く思うことは少しも伝えられぬまま月日は過ぎていた。菓子に篭めれば素直に語れるものもあるだろうから、これからは言葉にも想いを乗せられるようにイングリドは希望も抱く。
 甘い香りがふわりと広がる、聖花祭を前にしたある日の午後。
 陽射しは春を思わせる温みで世界を照らしていた。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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わからない
参加者:53人
作成日:2008/02/11
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