澱む谷



<オープニング>


 そこはかつて戦場だった。
 少数の冒険者が複雑な地形を活かして多数の敵を迎え撃ち、それ以上の侵攻を何度も防いだという。
 防衛施設は朽ちて土となり守り手も攻め手も時の流れの中に消えた。
 残ったのは守り手の残骸のみである。

●澱む谷
「モンスターは1体だけよ」
 エルフの霊査士・エスタ(a90003)は机の上に地図を広げながら口元だけで微笑む。
「全長2メートル程の壺型で、足が遅くて装甲が厚くて頑丈で、攻撃手段は衝撃波と麻痺効果もある毒ガスというか強烈な悪臭の2つ。いずれも威力は低めよ」
 霊査士は谷の中央を指さす。
「場所はこの谷。年中湿気が多くて倒木等で極めて移動しにくい地形で、一度モンスターに近づくと撤退は困難かもしれないわ。それに」
 口元が歪む。
「筋肉が異様に発達した猿が10頭ここに住み着いているの。この猿達はモンスターの臭いにそれなりの耐性がある上、モンスターは人間しか相手にしないから両者は対立していないわ。そしてこの猿達はモンスターに戦闘をしかけた段階でこちらに仕掛けてくる可能性が高い」
 1体1体はモンスターに比べれば弱いだろうが、おそらく身軽に動けるであろう猿達をモンスターと同時に相手にするとなると、かなり厳しい戦いになるだろう。
「やっかいなことにモンスターも猿もこの場からほとんど離れようとしないから、誘い出し各個撃破することはおそらく無理。悪条件だらけの戦いになるから徹底的に対策をたてた上で現地に向かってちょうだい」


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参加者
邪・カイ(a00656)
玄鱗屠竜道士・バジヤベル(a08014)
封魔・ハガネ(a09806)
音律神子・セイル(a11395)
輝ける蒼き星剣・カイン(a44957)
いつか星の大海へ・ミレアム(a45171)
闇色の・モニカ(a46747)
混沌と調和の不死鳥・エイフィス(a58646)
消え逝く緑・フィルメイア(a67175)
天逆猟兵・ゼオヴァイン(a70505)


<リプレイ>

●第三の敵
「難儀よな」
 玄鱗屠竜道士・バジヤベル(a08014)は臭気漂う汚泥に目を向けため息をついた。
 湿原で生まれ育った彼にとり、この場の有様は珍しくはあっても驚くような状況ではない。実際適切な装備を調えてきた彼は移動に難儀などしていないし、彼に誘導される冒険者達も手間取りながらも順調に移動している。
「矢を射るだけならともかく回避や格闘武器の扱いについては考えたくないですねわ」
 いつか星の大海へ・ミレアム(a45171)は憂鬱な顔でつぶやく。
 今は敵と足下の警戒だけしていれば済むため移動は面倒ではあっても困難ではない。しかしモンスターと半ば異形と化した猿の群れを同時に相手にする場合、足下の確認に割く時間は減少し深い沼や罠のように張り出した木の根に捕まる可能性が高くなる。
 ミレアムは軽装に徹しているためバジヤベル並に動けているが、ほとんどの者は彼女程徹底していないので運が悪ければ一方的に敵の攻撃を受け続けることになるだろう。
 封魔・ハガネ(a09806)はちらりと横に目を向ける。
 己の背にある退魔剣の柄には、遠い地にある国の紋が刻まれた珠が組紐で取り付けられている。
「心の準備が必要なようです」
 モンスターに対しても猿もどきに対しても10人がかりで万全の対策を立てた自負はあるが、地形に関しては甘かったかもしれない。
 紋に恥じない働きをするため、ハガネは軽装を活かし湿地を静かに踏み越えていくのだった。

●猿
「ちょっと待ちぃ」
 闇色の・モニカ(a46747)は赤いグランスティードの上から魔杖を伸ばし、蜘蛛の糸や桃色の矢を放とうとしていた手を押しとどめる。
「得物を振るったらその時点で交渉不成立だぜ。作戦通りするつもりならしばらく待ち」
 汚泥を蹴るようにしてモンスターに向かっていく面々に意識を向けないようにしながら、目だけで音律神子・セイル(a11395)を促す。
「先程から申し上げているとおり私達はあなたがたの邪魔をするつもりは無いのです」
 魅惑的な旋律に乗せて説得を行う。
 猿もどきは笑顔じみたものを浮かべながら首をかしげ、魅了の歌奥義の影響下に入ったことで得た言葉を発する。
「ここ、食い物、とる場所」
 片言なのは与えられた語彙の少なさが原因ではなく猿達がおかれた状況が原因だった。ここは人間にとっては極めつけの悪環境だが、猿達にとっては餌が少ない冬でも多少は腹を満たせる貴重な餌場なのだ。
「私達はここで漁も採取もしません。ここを通らせてもらいたいだけなのです」
 筋肉が異様に発達したことで猿に見えなくなってしまったそれは仲間を見るが、知性を与えられていない者達はそれの変わりように困惑しきっているだけだった。
 どう使うかは理解できないが凶器にしか見えないものをこちらに向けてくる天逆猟兵・ゼオヴァイン(a70505)に、薄い刃に触れれば指が落ちてしまいそうなチャクラムを構えるミレアム。
 猿もどき達はほとんど知性は持たないものの野生の本能で冒険者達の危険性を悟り、異常な行動をし始めた同属をすぐに援護できる距離で様子を見ている。
「このままおとなしくしていれば」
 ゼオヴァインはそこまで言って口を閉じる。
 人語が通じるのは1匹のみ。戦わないつもりなら態度と行動のみで相手を誘導するつもりでいかざるを得ない。
「猿は故意に倒さない。やる気を表に出すのは駄目絶対」
 モニカは小声で自分自身に言い聞かせていた。本来の彼女は相手の殺気に反応して仲間に対する癒しと敵に対する破壊を振りまく。しかしそんな態度を見せれば、警戒を続けるかこのまま襲いかかるかぎりぎりの所にいる猿達を激発させることになるのは確実だ。
「こういう形の戦いになるとは思わなかったわね」
 目に力を込めて相手が激発しない程度に威圧しつつミレアムが口元だけで苦笑する。
「同感。あちらの戦いの方がまだ好みだぜ」
 その言葉を聞いたミレアムは、苦笑を引きつり笑いに変えていた。

●臭いと舌先三寸
「助かった」
 ようやく回復できた邪・カイ(a00656)は、軽く手をあげることで東風吹姫・フィルメイア(a67175)に対する感謝を示す。
 モンスターの吐き出す空気は臭いの性質が耐え難いという次元ではなかった。鼻の許容できない刺激物をまき散らすことで、一時的に動きを封じるという種類の攻撃だったのだ。
 状態異常からの回復率が極めて高い静謐の祈り改をフィルメイアが使っていなかったらどうなったかを考えると全身で謝意を表したくなるが、戦闘中にそんなことをしている時間はない。
「否定はできないね」
 泥と臭気の中でさえ鮮やかさを失わない天地を護る光と闇の不死鳥・エイフィス(a58646)がオルロイの双剣を振るう。
 純白の刀身かな放たれた衝撃波は腐れ木や岩を透過し、古びた壺のような外見を持つモンスターに直撃する。
「猿にかたがつくまで壺の足止めって作戦だが」
 輝ける蒼き星剣・カイン(a44957)は酷い足場を力業で踏み越えながら長剣シャイニングエクセリオンを抜き放つ。
「足止め班だけで倒しちまっていいんだよな」
 猛烈な勢いで刃を打ち下ろす。
 苔と泥と何かが腐ったものに覆われていた壺の表面が脈打つように震え、細かく亀裂が走る。
「っ」
 カインの目が細められる。
 強度を失ったモンスターの表皮の亀裂から、薄く色の付いた気体が猛烈な勢いで吹き出してきたのだ。
 鼻で感じられたのは臭気ではなく激痛だった。だがすぐに痛みを感じる機能すら失われ、視界が歪み、平衡感覚が失われ立っていることさえ困難になる。
 それを餌を得る絶好の機会と認識していたらしく、群れの外縁に位置していた猿もどきがカインの喉笛めがけて爪を振るう。
「……」
 しかし爪が鍛えようの無い喉をえぐるよりも早く、ハガネが童子切『安綱』の腹を添えるにして爪の軌道を逸らす。
 バジヤベルはすぐさま移動して群れの視線を遮る形で爪を振り下ろしたものの前に立ち、暗黒の鎖を放つ。
「しばらく黙っておれ」
 鎖はモンスターには効果を現さなかったが特異とはいえ猿でしかないそれが抵抗できるはずもなく、がんじがらめに巻き付かれて腐れた沼に倒れ伏す。
 バジヤベルは手のひらを猿の口に押し当てる。悲鳴をあげられては交渉の障害になりかねないからだ。
「交渉は難しいんだぜ」
 前衛の苦闘に気付いた後衛のモニカは遠い目をして空を見上げた。
 既に交渉というよりモンスター対冒険者の戦いから注意をそらすことが目的となりつつある。
 ゼオヴァイもミレアムも群れを刺激しないようしつつ迂回してモンスターを射撃できる場所へ移動しつつあった。
「この地には忘れられた物語がたくさんあるのでしょう……。我々は食ではなく浪漫を求めてここに来たのです」
 セイルは吟遊詩人らしい話術を駆使して詐欺師のように相手を翻弄する。何故こんな展開になったのか考えるとモニカに倣って空を見上げたいところだが、舌で10頭近い群れを押さえ込むという役割がある以上逃げることはできない。
 モニカも現実逃避しているわけではなくやる気のないふりをして静謐の祈り奥義に集中しているだけなのだから。

●爆発
「っ」
 カインは目を細めて刃を構える。
 視覚と嗅覚に異常は残っているが、静謐の祈りの効果で戦闘には問題がない程度には回復している。
「おかえしだ」
 刃から雷を放つ。雷は吸い込まれるように壺の中に消え、ひび割れた表皮から電光がわずかにのぞく。
「これより目標を狙撃する」
 ゼオヴァインが矢を放つ。
 狙いはそれほど鋭くないためモンスターは防御に成功するが、既に装甲を無効化されているので矢の威力をそのままうけることになる。
 さらに狙いが鋭いミレアムの矢に至っては防御すらできず、中心を貫かれたあげく大きな亀裂が出来てしまう。
「硬くてでかいまでは良いが臭いってのはいただけないな」
 猛烈な刺激臭にさらされながらカイは獰猛な笑みを浮かべながら言い放つ。
「それじゃ嫌われるぞ?」
 高らかな凱歌改を発動させる。
 強力な術手袋と邪竜身奥義の組み合わせは強烈で、これまでの戦いで負傷していた冒険者達を完全に回復させる。
「今回に限っては同意させてもらうよ」
 エイフィスはため息をつくようにして同意した。
「ノーコメントということにさせてもらうわ」
 フィルメイアは肩をすくめてから守護天使達を呼び寄せ、仲間の守りを固める。
「そろそろ終わりにしましょ。破壊できたときの臭いが怖いけど」
 彼女は満身創痍のモンスターを指さす。
「全員飛び道具が術を使えるから大丈夫でしょ」
 冒険者全員が敵の能力を的確に判断していたということかもしれない。
 ミレアムとゼオヴァインの矢が降り注ぎ、エイフィスの一撃がファンファーレと共に炸裂し、バジヤベルとフィルメイアの放った黒い炎が表面だけでなく内部も焼いていく。
「勘弁してくれ」
 カインは再び襲ってきた臭気に膝をつくが、既に勝敗は決していた。ハガネが無音で気の刃を数本放ち、その全てが壺に生じた亀裂に吸い込まれる。
 それで限界に達したらしく、モンスターは全身を細かく震わせながら形を崩し、壺じみた外見から湿ったただの土に変わっていく。
「待避してください」
 土の奥にあるものに気付いたハガネが、彼らしくないせっぱ詰まった口調で皆を促す。
「何をして……」
 一時的な知性を持つ猿は不審を抱いた目線を向けてくる。
 群れもモンスターが倒れたことに気付き、餌場を荒らした侵入者に対する攻撃に移ろうとするものもでてくる。
 が、冒険者は群れに対する配慮を捨て去って全速力でその場から離れていく。
「逃げた方が良いですよ」
 セイルも交渉を切り上げて対比を開始する。モンスターから離れているため何が起こったが分からなかったが、沈着冷静と不言実行の生きた実例のようなハガネがあんな声を出した以上、余程の緊急事態だと判断したのだ。
 それから数秒後、壺の内側に封じられていた刺激物が解放される。
 これまでモンスターの臭気を利用して猟を行ってきた猿もどき達にも耐えられないレベルの刺激物が、急速に拡散していく。
「最低限の血しか流さない最高の結果なくせにずいぶんと泥臭いわね、これは」
 フィルメイアはヴェールを手で押さえながら、動く者のいなくなった場所を後にするのだった。


マスター:のるん 紹介ページ
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