【美の旋律】美の申し子、再び。



<オープニング>


「や〜やぁ。良いお日和で」
 外は雨。それにも関わらず、だらしない顔でやって来たヒトの霊査士・ブレントは頭を掻いた。
「トリュースって奴を知ってるかね? 知ってる者は知ってると思うが……以前、村で盗賊行為をしていた奴だ」
 そいつがどうかしたのか、と問われブレントは肩をひょいと竦めた。
「なあに、そいつが村を脱走したのさ」
 トリュースはある村で盗賊行為を行い、また家々に放火という悪事を働いたのだが、まったくもって本人に罪の意識は薄い。
 何でも、放火をしたのは
「薄汚い壁とセンスの無い屋根で作られたような入れ物の存在を放っておくなど、私には耐えられない!」
 との事。自分を美の申し子などとのたまう大馬鹿者である。
 そのトリュースは冒険者たちに捕まった後、その村でこき使われていたのだが、逃げ出した。村人達は逃げられた事に悔しがったが、もう二度とあんな奴と関わる事は無いだろうし、これに懲りて悪さをしなくなるだろうと探す事はせず放っておいた。
 だが、思わぬところで遭遇する事になる。
「奴さんは逃げ出した村から歩いて一日程かかるところの村にいるんだと。村と村は物資交換していて、物資を運んでいった時村人が目撃してるのさ」
 そこで一旦言葉を切ると、ブレントは苦笑し頭を掻いた。
「どうもその村一番の富豪に気に入られたみたいでな〜肩で風きって堂々と生活してるんだと」
 それなら問題はないじゃないか、との冒険者の声にブレントはうんうんと頷いた。
「そうなんだよなぁ……普通に生活しててくれりゃ〜問題はないんだよ」
 その村は工芸の盛んな村で、トリュースが逃げ出した村から農作物や加工食品などを受け取り、物々交換で日用品や刃物、装飾品を提供している。
 だが、トリュースが来てから装飾品から日用雑貨にいたるまでデザイン重視に変わってしまった。おまけに職人達を一箇所に集めて自分好みの製品を作らせているようなのだ。
「トリュースの逃げ出した村は今放火からの復興真っ最中でな、いろいろ物入りな訳だ。それに、職人たちの方も一箇所に缶詰にされてあれやこれやと注文ばっかり押し付けてくるのに辟易してる。っつー事で利害一致で何とかしてくれと依頼が来た訳なのさ」
 ブレントはやる気の無さそうな声で締めくくった。
「ま、どうにかしてくれ。よろしくな〜」

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参加者
勇者誕生・ローレック(a01098)
さすらいのギター宣教師・フェイ(a02632)
鋼帝・マージュ(a04820)
銀の竪琴・アイシャ(a04915)
ぽややん娘・ルミナ(a06127)
食の探究者・クリス(a07740)
秘宝探索者・フィル(a07851)
識らざる者・ジャン(a08996)


<リプレイ>

●作戦会議と称した意気込み語ろう。
「ナルシストは去れ!」
 黄昏の刃・ローレック(a01098)はぐっと拳を握った。
「まったく、トリュースのヤツは面倒な事をしてくれる」
 と、ローレックほど激しい感情では無いものの、呆れた感じで食の探究者・クリス(a07740)は額を押さえた。
「で、皆さんはどうしますか〜? 私は富豪さん説得の根回しとトリュースさんとのフールダンス♪」
 のほほんと笑いながら言ったぽややん娘・ルミナ(a06127)は他の冒険者達を見た。
「僕は富豪の説得します。トリュースさんについてはお任せします」
 にっこり微笑んだ秘宝探索者・フィル(a07851)の言葉に白先尾・マージュ(a04820)は元気に親指を立てウインクした。
「堂々と、問答無用で捕まえるよ」
「うむ。己の価値観を他人に押し付けるのはいけないと思うのだ」
 守護の剣・フェイ(a02632)はどこか神妙に頷く。
「でも、美しいものを愛するのは素晴らしい事だと思いますわ」
 微笑んだ碧藍の瞬き・アイシャ(a04915)は、わざわざ身支度を整えて来ている。
「美を追い求める姿は悪いとは思えないが……」
 ヒトの紋章術士・ジャン(a08996)も、アイシャの言葉に小さく頷き呟くが顔を上げた。
「私はトリュースを懲らしめ隊の所に連れ出す事にします」
「では、とっとと片付けよう」
 クリスはそう言うと、なだらかな斜面の下に見える村に顔を向けた。

●富豪を説得してみよう。
「えーっと、つまり……どういう事なのかな?」
「しっかりしぃや、アンタ! トリュース様を追い出せ言うてるんやで!?」
「あーあー」
「あーあー、やあらへん!」
 目の前に座る中年夫婦に冒険者達は顔を合わせた。
 富豪らしくふくよかな体格の中年男性は穏やかな顔で、言動がのんびりとしている。きっと、頭の中も同じくのんびりなのだろう。
 女性の方は正反対に細い針金のような体型で、歳を感じさせない鋭い目をしキビキビチャキチャキと言葉も行動も切れがある。
「……どうやら」 
「主導権は奥さんの方ですね」
「兎に角、これを見てほしい」
 クリスが手渡したのは村人達の署名。
「村人たちは、今の状況をどうにかしなければ、仕事を止めると言っている」
「なんやって?」
 細い眉を吊り上げる富豪夫人。もちろん、村人達はトリュース注文ばかりの仕事を止めたいだけなのだが、クリスは少しばかり誇張し真剣な面持ちで言った。
 それに続き、フィルは身を乗り出した。
「今、お隣の村は復興中で生活品が足りなくて困っているんです」
「それとトリュース様となんの関係があるんや?! 生活品ならあるやろ。それもってき!」
「さっきからトリュース様、トリュース様って何なんだ、一体」
「トリュース様はトリュース様や。あの美しさが分からんやなんて、まったく田舎もんは困るわ」
 ふんと鼻で笑った夫人にローレックの笑みが引き攣る。
「その美しいだけの奴の為に折角の取引先と今までの富を失くすつもりか?」
 クリスが言うと、今度は夫人の方が引き攣る。
「あー……それは、どういう事かね?」
「皆さんトリュースのせいで迷惑していると言う事なんですよ」
 フィルの言葉に富豪は間延びした相槌の手を入れるが、すぐに首を傾げる。
「これを見ても分からないか? 皆、トリュースの自分勝手な指図に辟易してるんだ」
 署名を指で弾きながら言ったクリスに更に首を傾げる富豪は夫人を見た。
「あーでも、トリュースさんは……技術指導の先生なんだよなぁ、おまえ」
『は?』
 先生と言う言葉に、ローレック、クリス、フィルは耳を疑い素っ頓狂な声を上げるが、夫人はその言葉に勢いを得て捲くし立てる。
「そうやそうや! トリュース様は大事な先生や。先生を追い出す事なんか出来るわけないやろ!!」
 ダンダン、と机を叩きながら怒鳴る夫人に負けじと言い返そうとしたクリスは、外の騒がしさに口を閉じた。

●抗議集会しましょ。
「はい、皆さん〜声を合わせて〜」
『トリュース反対! 仕事を元に戻せー!』
 ルミナの掛け声にあわせて職人達が拳を振り上げる。富豪夫妻を説得している間に職人たちを連れ出し、館前に集めて直接抗議してもらおうと考えたのである。
「はい、もう一声〜」
『トリュースは出て行けー! トリュースは出て行けー!』
 慌てて飛び出してきた夫人は唖然と職人達のデモを見ていたが、やがて顔を怒りで赤くした。
「一体なんなんやー!!」
「みりゃ分かるだろ。デモだな」
 皮肉っぽい笑みを浮かべたローレックはデモを止めさせようとする夫人を尻目に屋敷へと戻る。
「これはまた壮観ですね」
 微笑を浮かべながら見渡したフィルは隣の富豪を見た。
「どうですか? 皆さん、こんなに困っていたんですよ」
「ん〜……おかしいのぉ。一体どういう事なんだぁ?」
 明らかにまだ事態を把握していない中年男にクリスは大きく溜息をつくと、一から説明を始めた。
「やめい、やめーい! やめんか、あんたら!!」
「ダメですよ。皆さん直接言いたい事があるんですから〜」
 怒鳴る夫人にのんびり言ったルミナは職人代表にバトンタッチ。職人代表と夫人は喧々轟々言い合いを始めた。
 それを満足そうに見ていたルミナはふっと気づく。
「あれ。そういえば……トリュースさんはどこだろう?」

●お仕置きをしましょうか。
「やはり、こんな田舎にいても私のような才能溢れる者はすぐに見つかってしまうのだね」
 憂いを帯びた表情で言いながら髪を掻き揚げた、長身細身の人物にジャンは相槌を打った。
「えぇ、その通りです。私の主人はあなたのデザインした品物の数々を拝見し、是非ともお会いしお話をしたいと申されてるのです」
「そうでしたか。いや、私も早くお会いしたいですよ」
 ジャンの熱心かつ理知的な対応にトリュースもすっかり信用しているようで、悠然と鼻歌でも歌いだしそうに上機嫌な背中を見ながらジャンは小さく息を吐いた。
「美しさは美徳。美しくなければそれだけで罪。この世の全てを美しくする。それこそが私の使命!」
「なーにが使命だよ」
「ぬ。何者!」
 声にトリュースが振り向いた先には腰に手を当てたマージュが立っていた。
「キミはいつかの冒険者じゃないか。まったく、懲りずに再び私の前に現れるとは……」
「懲りてないのはそっちだろ。人々を無理やり軟禁しての無意味なヘンテコデザインのものを作らせているのはわかっているんだ!」
 やれやれと肩を竦めるトリュースにビっと指を突きつけマージュは言った。
「あら。無意味だなんて……それはちょっと失礼ですわ。美しいものを愛するのは素晴らしい事ですもの」
 横から微笑みながら言ったアイシャにマージュの表情は少し迷惑そうに歪む。
「アイシャ……何を言い出すんだよぉ」
「ごめんなさい。でも、私は本当にそう思うものですから」
 そう言い、美しい微笑みを浮かべたアイシャはトリュースを見た。
 トリュースは満面の笑みを浮かべると大きく丁寧なお辞儀をすると、アイシャに近づき手を取り、その甲にキスをした。
「お美しい方。貴女が私を呼んでいたのですね。実は私も探していたのですよ……貴女のような美しい女神を!」
「バカが……」
「なっ!? この私を捕まえてバカとはなんだ。バカとは! 大体、キミなんでこんな所にいるんだ。私は美の事を語り合う為に呼ばれて……」
 フンと笑い飛ばすマージュ。
「それはウソだ。お前を連れ出す為のな」
「何?!」
 トリュースが振り向いた先には連れ出したジャンの姿はない。それでも、すぐに立ち直るバカがいる。
「ふっふっふ。なるほど……そういう事ですか。しかし! 私は世界で最も美しく華麗な美のもうし……」
「美の以下略して、トリ! お縄を頂戴する!」
 名乗り文句をマージュに邪魔され、訳の分からない声を上げるトリュースをアイシャはあらあらと眺め、その横でマージュは持ってきたロープを確かめトリュースに狙いを定め、投げた。
「! ……おっと!」
「ちっ。かわしたか」
 舌打ちしたマージュにふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべたトリュースはじりじりと後退しながら言った。
「そうそう、やられはしませんよ」
 そう言うなり身を翻し逃げ出すトリュース。
「あ、待て!」
「美しい人。またどこかでお会いしましょう!」
 マージュに追いかけられながら猛ダッシュで逃げるトリュースの台詞に、アイシャは微笑んで見送ると自分も歩き出した。

●役者が揃いましたよ。
 富豪屋敷の前で、富豪夫妻。職人達、トリュース、そして冒険者達と役者が揃った。
 ……いや、もう一人。
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 悪を倒せと我を呼ぶ! 仮面ナノダー参上なのだ!」
 鎧進化で体を戦隊服のような格好で覆い、顔は上半分仮面で隠した、仮面ナノダーことフェイが家の上に立っている。
「トリュース! 美の申し子と言いながら本来の道具にある美を見落とすとは片腹痛いのだ!」
「何を。本来の道具にある美ですと?」
「そうなのだ。道具の形には意味がある。その意味を追求したもの……それが機能美なのだ!」
 ビシっと指を突きつけ言い放った仮面ナノダーにグっと言葉に詰まるトリュース。
「その通り。トリュース、見ろ!」
 そう言ったローレックの手には様々なデザインのアクセサリーやらカップやらトリュースが職人達に作らせたと思われる物々。
 なんだ? と皆が見る中ニヤリと笑ったローレックは手を開き、落ちていく品に斬り付け、壊す。
「な、何をするんじゃー!!」
 飛び掛ってきた職人たちにローレックの目が丸くなる。
「俺達の作ったもんを壊すなんて……この、この!」
「あててて! ゴメン。ゴメンって!」
 ローレックはトリュース製品を壊して、トリュースに精神的苦痛を与えようと思ったようだが、トリュースよりも精神的にダメージ受けたのは作った本人達のようだ。ペシペシと叩かれながら逃げるローレックにトリュースが指を突きつけた。
「私の作品を壊した罰です。さぁ、皆の者。その罪深き行いの報いを思い知らせてやるのだ!」
 高笑いを上げるトリュースの横を何かが横切り、目の前の雨水を貯めている大きな木樽が破壊され、トリュースの動きが固まる。
「外したか……次は当てるぞ」
 外したのはわざとなのだが、あえてそう言った仮面ナノダーはすっと目を細めた。
 ジリジリと後退を始めるトリュースだが、今度は逃げられなかった。
「二度も逃がさないよ!」
 丁度走り出そうとしたトリュースの首に縄が絡み、見事マージュは美の申し子を捕らえた。

●さて、どうしましょ。
「トリュース様〜あんたら、トリュース様にこんな事して、どうなるか分かってるんか!?」
 怒髪天を突く勢いの夫人はフィルの首をギリギリ締め上げながら、怒鳴る。
「お、落ち着いてください……く、くるしい!」
「はぁ〜トリュースさんは先生じゃなかったのだねぇ」
「だから、そう説明しただろう。どうやら、あんたの奥さんがトリュースに惚れこんでいて、あんたにウソをついていたようだがな」
 クリスの言葉になるほど、と理解しているのか判別出来ない表情で何度も富豪は頷いた。
「さ〜て、どうしてくれようか?」
 縄でぐるぐる巻きにされ、地面に転がるトリュースを見下ろしながら言ったマージュの横でいつの間に戻って来てたのか、フェイが遠くを見つめながら小さく呟いた。
「仮面ナノダーか……私も見てみたかったのだ」
「くそ、解けー! あぁ、美しき人よ。こんな事は美しくない。貴女なら分かってくれますよね?!」
 アイシャを見上げ言ったトリュースに少し困った顔でアイシャは屈んだ。
「トリュース様が作られた品々は本当に美しく、決して間違っているわけではありません。が……皆様、まだ感情がおさまっていない様ですので、頑張ってくださいませ」
「ちょっと!? 美しいひとー!!」
 そそくさと立ち上がるアイシャと入れ替わるようにルミナがにっこり笑顔でトリュースを見下ろした。
「さぁ、トリュースさん。一緒に踊りましょうね♪」
「まて。その前に顔に落書きでもして、哀れな姿にしてやろう」
「それ、楽しそうだな。俺もやらせてくれよ」
 クリスの言葉に所々叩かれた赤い痕を残しているローレックが恐い笑みを浮かべて指を鳴らす。
「い、いやー!!!」
 叫び声を上げるトリュースにじりじりと近づくルミナ、クリス、ローレック。
「……っイタ!」
 突然後ろから強い力に押され、ルミナが振り向くと富豪が立っていた。
「あの、富豪さん……?」
 恐る恐る声を掛けたルミナにふっくらした体で体当たりをしてくる富豪。それを危ういところでかわすが、再び体勢を立て直し富豪は手当たり次第に周りにいる人へと体当たりし始めた。
「ちょ、ちょいとアンタ。どうしたんだい!?」
「アタっ! 富豪さん、ちょっと……止めて下さい〜」
 夫人の次は富豪の攻撃をモロに受けたフィルが富豪の体を押さえようとするが、今度は腕を振り回しはじめる。
「なんだ、一体!?」
「兎に角、富豪を抑えるんだ」
 途端に騒がしくなった中、フッとトリュースの体に巻きついていた縄の感覚が薄くなる。トリュースが首を捻るとジャンが口に指を当て、静かにとジェスチャーし、素早くトリュースを縄から自由にするとそっと耳打ちした。
「あ、トリュースが逃げたぞー!」
 声に冒険者達が振り向けば、すでに小さくなったトリュースの後ろ姿。
「くっそ〜!」
 地団駄を踏んだマージュをちらりと横目で見、ジャンは小さく微笑んだ。

●で、結局。
「よ、お疲れさん。トリュースは逃がしちまったみたいだなぁ」
 冒険者達を出迎えたブレントはにんまり笑むと、一瞬だけ視線をジャンに向けるが何も言わず顎を掻いた。
「ま、村の方はトリュースがいなくなって元どおりになった訳だし、問題はないさ。トリュースも大して実害がある訳じゃなし、ま、ほっとくか」
 なっ、と冒険者達に同意を求めつつ、笑ったブレントに冒険者達はそれぞれの感慨に息を吐いたのだった。


マスター:桧垣友 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2004/06/07
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