卑劣なる多腕



<オープニング>


「お前が選ばれた奴か……」
「ヒッ!」
 目の前に立つ怪物の姿に、少女は思わず悲鳴を上げた。
 ヒトをぶよぶよと膨らませ、昆虫の足を幾本も生やしたなら、こんな姿になるだろうか。もっとも、こんな濃紫の肌をしたヒトなどいはしない。
 少女を見て笑うその顔は、人間の形を残して、一際おぞましい。
 唐突に出現したこのドラグナーによって、辺境の村は瞬く間に掌握されていた。
 毒の霧によって村長を殺害したドラグナーは、村長の家に居座ると、村人達にこう告げたのだ。
『若い娘を1人差し出せば、他の連中は助けてやる』
 そして今、生贄に選ばれた少女はロープで縛り上げられ、ドラグナーの前に引き出されていた。
「お、お願いします、どうか命だけは!」
「くくっ……いいだろう」
「えっ?」
 その言葉に、少女の瞳に一瞬希望が宿った瞬間、ドラグナーの多腕が閃いた。
 それぞれの腕の先端に備えられた鋭い爪が、少女の体を無数の肉片へと変じせしめるまで、さほどの時間はかからない。噴き出した血が、地面を朱に染めた。
「なーんて言うわけねーだろうが、夢見てんじゃねーよ、バーカ!」
 血に染まりながらゲラゲラと笑い転げていたドラグナーは、近くにいた村人を一瞥する。
「この死体、片付けとけ。それと、次は年とか気にしねぇから3人な。出さなけりゃ皆殺しだ」
 頷く村人の顔は、絶望の色に染まっていた。

●卑劣なる難敵
「ドラグナーが辺境の小村を支配して、村人達に生贄を出すよう要求してるわ。今回の依頼の目的は、村人達を守るのと、このドラグナーを倒すことね」
 オウカはテーブルについた冒険者達を見渡した。
「このドラグナーは残虐だけど、警戒心も強いらしいの。特定の村人だけが、こいつのいる村長の家に近付くことを許されているみたいね。だから、みんなが近付いたら、一目散に逃げ出してしまうと思うわ」
 それでは村人は守れても、ドラグナーは倒せない。
 どうすればいいんだ、と言いたげに自分を見つめる冒険者達に、オウカは頷いて続ける。
「ドラグナーは、また生贄を要求しているみたいなの。この生贄を村長の家に運び込む時だけは相手も警戒心を緩めるみたいだから、生贄と、生贄を運んで行く人に扮すれば、簡単にドラグナーに接近出来るわ。村人達も、説明すれば、きっと協力してくれるだろうしね」
 村人達も明日は我が身という状況からは脱却したいのだろうから、入れ替わるよう求めるのは難しくないだろうとオウカは語る。
 勿論、ドラグナーに自分達が来たことを気取られてはならない。
 秘密裏に村人に接触し、協力要請を行う必要があるだろう。
「ただ、相手のところに行く時、大きな武器とか、鎧は持ち込めないから注意が必要ね。隠すなり、別の物に偽装するなり、手はあると思うけど」
 戦闘に入るまで、相手に自分達が冒険者だと気取られてはならないと、オウカは改めて注意する。
「相手は腐食性の毒霧を吐くのと、沢山ある腕で連続攻撃を仕掛けるのが得意技のようね。相手はド汚いヤツだけど、知性あるドラグナーだから、それを忘れると痛い目を見るかも知れないわ」
 警句を発し、オウカは冒険者達を見渡した。
「これ以上一人たりとも村人を殺させず、確実にドラグナーを倒してちょうだい。みんななら、それが出来るって信じてるわ」


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参加者
灰色の貴人・ハルト(a00681)
青の天秤・ティン(a01467)
気儘な矛先・クリュウ(a07682)
刃物狂いの・モルバ(a19666)
翠麗花・リアンシェ(a22889)
蒼穹に閃く刃・ジギィ(a34507)
叫鴉・エドワード(a48491)
ヒトリの武人・ナツルォ(a61049)
仁吼義狭・シリュウ(a62751)
希望の腕・サータリア(a65361)


<リプレイ>

●偽りの始まり
「な、なんだ、あんた達!?」
 怯える男の目には、見知らぬ者達が突然現れたかのように見えたのだろう。
 先立って他の村人に聞いていた人相から、目の前の男がドラグナーの元へ怪しまれずに行くことの出来る村人であることを確認し、青の天秤・ティン(a01467)は男に静かにするよう促す。
「トマスさんですね。お静かに。僕達は冒険者です」
「……!」
 男の目に期待の光が過ぎるのを、蒼穹に閃く刃・ジギィ(a34507)は見た。
 ほっとしたような息を一つつくと、トマスは冒険者達に頭を下げる。
「よく、よく来てくれました……」
 こちらの手を取る彼の目の端に光る物を認め、ティンはトマスの肩を慰めるように軽く叩く。
 ドラグナーからの意に沿わぬ命令を実行させられる役となっていた事は、トマスにとって相当な重圧だったのだろう。
「ありがとうございます、これで……」
「いや、礼は後だ。まず、あいつを倒すための話をしようか」
 ようやく訪れた救いの手に感謝の言葉を発しようとした彼を制し、灰色の貴人・ハルト(a00681)は改めて問う。
「ドラグナーのところに生贄を連れて行くまで、時間はどれだけあるかな?」
「生贄にされる方は、もう決まっているのですか?」
 ハルトに続いてジギィにも問われ、トマスは顔に疑問の表情を浮かべた。
 ハルトは相手を安心させるように静かな笑みを浮かべると、
「実は、生贄になりたいという人がいるんだけれど」
「……はぁ?」

●偽りの争い
 それからしばらくの時間が過ぎた。
 村長の家の中、村を支配したドラグナーは目を見開き、村の様子を凝視する。
 もうすぐ、村人達が生贄を連れて来る時間だと察し、ドラグナーはいびつに歪んだ笑みを浮かべた。眠ることを必要としないドラグナーの瞳は、殺戮への欲望でぎらついて見える。
 その時だ。
「……なんだァ?」
 村の中が不意に慌しくなった。
「脱走だ! 生贄が逃げたぞ!」
「逃がすな、追え!」
 幾人かの人間達があげる声がドラグナーの元に届き、歪んだ笑みは知らず深まった。
「まだ、逃げ出すような気骨のある者がいやがったのかぁ……ククッ」
 生贄として差し出されるはずだった者が抜け出せば、新たな生贄を選ばなければならない。
 もし新たに生贄を選ぶことになれば、選ばれるのは自分かも知れないし、自分の家族かも知れない。だからこそ、村人達は生贄として選ばれた者を絶対に逃がそうとはしないのだ。
 だが、それは自分達が生きるために隣人を差し出すことを意味している。
 いずれにせよ誰かの死しか待ちえない選択肢は、村人達には絶望と苦悩を、そしてその村人達を目にするドラグナーにはこの上ない快楽を与えていた。

 そして、その快楽に酔っていたドラグナーは、先ほど聞こえた声がこの村の住人のものではない事にも気付かなかった。

●偽りの道行き
「とっとと放せボケ! 何で俺が殺されなきゃならねぇんだ! 俺の代わりにお前がくたばっときゃいいだろうが!」
 縄で拘束された叫鴉・エドワード(a48491)は、自分達を取り囲む冒険者達に向けて声を張り上げた。出迎える仲間達の表情は苦笑のそれだ。
「うるさい! いいから黙って歩け!」
 応ずる声を、ヒトリの武人・ナツルォ(a61049)が上げる。
 ドラグナーの待ち受ける村長の家に向かう道中、村の道々に彼らを見る人の姿は無い。
 先だって潜入したジギィ、ティン達は、村人達に決して外に出ないよう伝えていたためだ。
 仮に戦闘になっても、一般人に被害が出る可能性は低い。村長の家の中でことを納めることが出来れば最良だが。
「ふ、ふぇぇぇぇ……ん」
「大丈夫ですよ、落ち着いて……」
 エドワードと同じく生贄に扮した希望の腕・サータリア(a65361)が、泣く翠玉の祈花・リアンシェ(a22889)を慰める。
 勿論いずれの涙も嘘泣きのそれだ。
(「女性は、怖いですね……」)
 女性陣に聞かれたら異論が出そうなことを思いつつ、刃物狂いの・モルバ(a19666)は皆の姿におかしな部分がないか、見渡した。
 冒険者達は一様に外套を被り、正体が露顕しないようにしている。先ほどの騒ぎが実際にあったものとドラグナーに確信させるため、それらの外套にはモルバの手によって、まるで土の上を転げ回ったかのような偽装が施されているという周到ぶり。
 生贄達の腕を縛って見える縄も、実際のところは少し力を入れれば切れるようなものだ。
「ほら、急げ!」
 ナツルォと言い争う真似をしていたエドワードの背中をハルトが小突き、進むよう促す。
 そうするうち、彼らはドラグナーの待つ村長の家の前に辿り着いた。
「では、お願いします」
「……はい」
 緊張に声を少し震わせながら、トマスがモルバに促されて扉をノック。
「今回の生贄達を、連れて参りました」
 命じる声は、すぐに聞こえる。
「何、チンタラやってやがる。早く連れて来い!」

●偽りの支配者
「ここまでは、順調……と」
 気儘な矛先・クリュウ(a07682)と仁吼義狭・シリュウ(a62751)、それにジギの3人は、村長宅の入り口正面にある家の影に隠れていた。
 仲間達は村長の家に入り込むのに成功している。
 後は仲間達からの合図を待つばかりだ。
 ドラグナーに気取られぬよう、息を潜めて待機する彼らの足元で、仲間達が預けた武器がぶつかり合って軽い音を立てた。

「よう、来たな……で、手前ェらは何だァ……?」
「いや、こいつが逃げようとしましてね? 逃げかけたのを僕達が捕まえて来たんですよ」
 ドラグナーの問いに、ティンはそう言って誤魔化した。相手が新たに問いを発する前に、ドラグナーに聞こえる程度の小声でナツルォが呟く。
「自分だけが逃げようなんて考えるからだッ! 仕方無いんだ、お前等が悪いんだ…ッ」

 彼女の悔悟にまみれた声に嗜虐心を満足させたような表情を浮かべたドラグナーに、生贄役のリアンシェとサータリアが懇願する。
「お願いします、なんでもしますから……」
「どうか、命だけは……!」
 必死で命を長らえようとして見える生贄達の姿にドラグナーは新たな趣向を思いついたのか、生贄を連れて来た者達に命令を下す。
「男は殺せ。女は犯して殺せ。俺は少々疲れたんでな。お前等に殺人の快楽を経験させてやろう」
 あまりの内容に内心で舌打ちしながら、モルバは気付いた。
 縄で縛られたまま、エドワードがドラグナーとの距離を縮めている。
 彼はドラグナーにすがりつくように、
「御命令ならば何でも従います……誰にも怪しまれないように他所から生贄を調達も出来ます! だから、どうか命だけは……!!」
「ええい、やかましい!」
 振り払う動きと共にフードが揺れ、男の紫の髪、そして見慣れぬ顔がドラグナーの目に映る。
「あン?」
 疑問の心が、ドラグナーの口から呟きとして漏れる。
 だが、その疑問を追求する余裕はドラグナーには与えられなかった。
 自分の足元にすがり付いていたエドワードが、雷を纏わせた腕をドラグナーに叩き込んだのだ。

●偽りの終わり
「チ、やっぱ武器が無けりゃ効かねぇか……」
「て、てめぇら、まさか!」
 ドラグナーの外皮に攻撃を防がれ、手を軽く振るエドワード。
 だが、ドラグナーの驚愕の理由はそれだけではなかった。それまで何も持っていなかったはずの生贄を連れて来た者達の手に、武器が現れたのだ。
「冒険者……! だが、人質がいりゃぁ!」
 苦渋を含んだ声で吐き捨てると同時、ドラグナーは生贄の少女の片方を掴まんと腕を伸ばす。
 だが、人質を取ろうとしたその動きはサータリアが身を翻したことで容易く回避された。
 彼女は伸ばされた腕へと手を伸ばすと、ドラグナーの足を払う。
 腕を突き出した勢いのまま、体勢を崩すドラグナーの肥満体に、サータリアはさらに体重をかけた。重力に引かれるまま、勢い良く床に叩きつけられる。
「これ以上の蛮行、絶対に許しません!」
 サータリアの叫びと共に、ドラグナーの体は再び、今度は弧を描いて床に激突した。
 動きを止めたその瞬間を逃さず、ナツルォの剣が雷を帯びる。
「お前みたいに頭が回るヤツは、厄介だ……だが、だからこそ絶対に逃がす訳にはいかない!」
 突き立てられる刃をぶよぶよと膨れ上がった腹で受け止めたドラグナーは、倒れたままにその口腔から凄まじい勢いで紫色の煙を吐き出した。猛毒の吐息が、冒険者達の肉体を侵していく。
「危なかった……トマスさんに下がっていてもらって正解でしたね」
 冒険者達にここまで協力してくれたトマスは、この家の中には入っていない。
 一人ごちると、肌を刺す痛みを無視してモルバは声を張り上げ歌い出した。
 発動するガッツソングは仲間達に癒しをもたらし、そして彼らを飛び越えるようにして後続は来る。
「逃亡は絶対にさせてはいけません! ヤツの動きを封じて下さい!」
「心得た!」
 ジギィの声に続いて疾る剣閃は2つ、クリュウとシリュウのものだ。
「何……!」
「喋るな。お前を潰す!」
 跳躍から発動するのはデュエルアタック、振り下ろされる刃の前に、ドラグナーが身を守るべく掲げた腕が断ち割られる。
「これ以上、誰の命も奪わせませんも……!」
 さらにリアンシェの祈りが、仲間達の身を犯す猛毒を振り払う。
 こいつを逃がしてはならない。
 ドラグナー本人を除いてこの場の誰にも一致するその考えを、冒険者達は忠実に実行した。
 行使される攻撃は怒りと麻痺で彩られて行動すらドラグナーの思い通りにさせない。
 逃亡を試みようにも、動こうとしたところに突き入れられるサータリアの破鎧掌、そして冒険者達の包囲自体が、それを認めようもんかった。
 幾重にも重ねられた守りを突破して冒険者達を倒すだけの戦闘能力を、ドラグナーは有してはいなかったのだ。
「王になりたいなら、己の夢にでも籠っていればよかったな。唯一お前に都合が良い、お前だけの空間だ。わかったか? 木偶の坊」
「ち、畜生……!」
 シリュウの見え透いた挑発に、しかし反撃するだけの余裕ももはやドラグナーには無い。
 満身創痍といった状況のドラグナーは、再び猛毒の霧を噴出すとその虫のような手足で天井の梁にしがみつく。だが、
「それは、お見通しだよ」
 ドラグナーの方を見向きもせず、ハルトの手の中で剣の柄が向きを転じた。
 頭上を薙ぎ払う軌道を描いた一閃は、ドラグナーの悲鳴と血を天井に染み込ませ、ついで体を床に叩き落す。
 痛みにうめくドラグナーの視界を、黒いものが横切った。
 それはドラグナーの頭を飛び越すようにして跳躍したクリュウであり、その手には輝く一刀が握られている。
 そして跳躍したならば着地は必然であり、その落ち行く先はドラグナーの腹の上だ。
「はぁあああっ!!」
 気迫のこもった叫びと共に刃は突き立てられ、再びの悲鳴が部屋に満ちた。
 ナツルォとモルバの電刃衝によって、自慢の多腕も次々と使い物にならなくされていく。
「何の罪もない人が受けた苦しみ、何倍にも返して差し上げましょう。存分に苦しみながら逝きなさい……!」
 ジギィの声にも怒りがこもった。
 もはや、ドラグナーが絶命寸前であることは誰の目にも明らかだ。
 ヒューヒューと甲高い呼吸音を立てて喘ぐドラグナーに、エドワードは軽く声をかける。
「よう、一つ取引しねぇか? 他のドラグナーを差し出せば見逃してやるよ」
「それは……」
 本当か、と声を発しようとしたドラグナーの顔色が、確かに蒼褪めるのを冒険者達は目にした。
 前に、自分は生殺与奪の権利を奪った相手とどんな遣り取りをしたのか思い出したのだろう。
 そして、あの時のドラグナーと同じように、エドワードは態度を一変させ、
「なーんて言うわけねーだろうが、夢見てんじゃねーよ、バーカ!」
 翻る刃がドラグナーの首を薙ぐ。
 一瞬の後に血は噴き上がり、嫌な匂いがその場に満ちた。
「護れた、ですも……」
 リアンシェはかみ締めるように呟いた。
 戦いが終わったことを察したのだろう、村のあちこちから、村人達の声が聞こえ始める。
「これで、ようやく……」
 瞳を閉じて、モルバは小さく息をつく。
 村には、平和が戻ったのだ。
 そこに新たな悲しみを加えずに済んだ事が、今の冒険者達には何より喜ばしく思えたのだった。


マスター:真壁真人 紹介ページ
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希望の腕・サータリア(a65361)  2009年09月12日 19時  通報
ドラグナー依頼は失敗も多いのですが……万事うまくいった数少ない例ですね。