【雪娘の花冠】徒爾の風儀



<オープニング>


●雪娘の花冠
 発展を繰り返す都会から遠く離れた地で、小さな村がひっそりと生活を営んでいる。
 彼の地は晩春まで雪に閉ざされ、今年も短き夏を待ち望んでいた。
 そして、その村はエラールの名で呼ばれている。

●山の呼び声
 冒険者は依頼された通りに凶悪な狼を倒し、狼の群れもその数を大きく減らしている。
 村を抱くヴェンティ山の平和は、恙無く護られたかに見えた。
 しかし、守部たる女は凍える雪原を歩き、ささやかな山の異変を知った。
「これは……」
 吹き荒ぶ白い風が、真紅の花弁を巻き上げている。
 それは一枚でも二枚でもなく、まるで、花畑から掬えるだけを浚って来たような――。

●徒爾の風儀
「その、花弁の一枚は此処に」
 荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は古びたの木製のテーブルに、生成りの木綿で織られたハンカチを置いた。そっと開けば、果肉を思わせる赤の花弁が顔を出す。
「これは……、アネモネの花でしょうか」
「そう?」
 馥郁たる翠楼・エテルノ(a90356)が目を細めて花弁を撫でるも、私に花の知識は無いから、と霊査士は素っ気無く返答した。そして、その花弁が何処から遣って来たのかを説明する。
「狼たちが、今年『移動を繰り返す』ようになるまで棲息していた場所」
 つまりこの花弁は、山頂付近に聳える岩壁の隙間から吹き降ろされたものらしい。
「……でも今は、岩壁にとても大きな穴が開いているの」
 一見すれば洞窟のようだと紡いでから霊査士は微かに溜息を吐く。
 その穴を開けた何者かを退治すること、それが今回の依頼であると集う冒険者を見渡した。
 狼が安楽の場と見定めた地より、彼らを排斥した存在は「モンスター」である。
 それは暴風を手繰る者だ。強風に吹き飛ばされたなら、冒険者の隊列が否応無しに乱される。風を束ねて放てば、身に纏わりついて自由な動きを阻むだろう。その外見は掴みどころのない、光の球体にも似たものだと霊査士は告げた。
 そこに現れた以上、モンスターは何らかの原因が生じれば再びの移動を行うだろう。
 今度こそ人里に至らないと言う保障は無い。
「危険の芽は確実に摘み取らないと。……それが仕事だもの」
 羊皮紙を畳み直しながら、彼女は思い出したような素振りで言う。
「……案内の女性は連れて行ってね。場所、判らないでしょう?」
 彼女が待っていること、そして、彼女からの伝言を霊査士は口にした。
「帰路は『涙』が指し示す、と」


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参加者
聖砂の銀獅子・オーエン(a00660)
白狼の傭兵騎士・シーナ(a02280)
煤の双眸・クローチェ(a38525)
桃華の歌姫・アユナ(a45615)
銀騎士・エドワード(a46285)
湖月・レイ(a47568)
のんびり医術士・シグレ(a53481)
朝焼けに祈る星・アマネ(a61980)
微笑みの盾・シャルーア(a62073)
風に祈る楽師・ルウティア(a70638)
NPC:馥郁たる翠楼・エテルノ(a90356)



<リプレイ>

●山頂の洞窟
 ヴェンティの名を冠する山は今日も晴天に恵まれていた。
 山の天候は変わり易いと言うが、吹雪が遠く思われるのは良いことだ。
「前回に続いて此度の騒ぎ……」
 登山途中、周囲へ警戒を向けながら不意に銀騎士・エドワード(a46285)が呟きを零す。雪の堅さを確かめるように踏み締めながら、いや、と湖月・レイ(a47568)はかぶりを振った。立て続けに事件が起きたと言うよりも、これは原因と結果でしか無いのだろう。
 あの狼たちには、と泥棒牛・クローチェ(a38525)が言葉を選びながら後を継ぐ。
「理から外れるに相応する理由があった」
 そういうことだろうと銀灰の毛皮に顔を埋めて呟いた。
 他者の世界を捻じ曲げることを何も思わないものは確かに居る。
 けれど、それらに向ける想い以上に、柄の表層しか掬い得なかったのではと悔やまれた。自身への呆れは我知らず白い溜息を吐かせる。
「……所以が知れんだけに、いつもより風が気に掛かるわ」
 レイの見遣る先で、冬風は凍えた雪を巻き上げた。
 散る花弁の赤は命を象徴し、冬に沈む山の白は潔癖を示すのだろうか。推測に推測を重ねれば流血沙汰は望ましくないようにも思われて、如何思うかと朝焼けに祈る星・アマネ(a61980)は馥郁たる翠楼・エテルノ(a90356)に問い掛けた。
「尚、早急に敵を討たねばなりませんね」
 その発言が戦いを厭うと言う意味を持たず、ただ山に住まう人々が血を流す先を忌避されるならば、と彼は酷く柔らかい口調で述べる。
「帰りが遅くなるようなら山小屋へ寄れ」
 道順を尋ねる微笑みの盾・シャルーア(a62073)に、方角を示唆しながらコロナが答えた。出来るならば登りのルートを辿って帰還するのが無難だろうと彼の危惧に意見を添える。
 その様子を眺めていたレイと不意に視線が合わされば、何か気掛かりがあるのなら言えば良い、と彼女は簡素に先を促した。虚を突かれたレイは目を瞬いて言い澱むも、ただ嫌いではなく思えたのだと正直に思いを述べる。今度はコロナが目を見開いて、「嗚呼、いや、私も君を嫌いではないが」と幾らかの狼狽も滲ませた。
 やがて、中空を鮮やかな赤の花弁が舞い始める。
「見えるか? あれが、その岩壁だ」
 コロナが指し示した先に、白い雪帽子を被る灰色の岩肌が覗いている。

●雪娘の花冠
 のんびり医術士・シグレ(a53481)が、案内は此処までで充分だとコロナに応えた。
「守部として見届けたいのかも知れないけど、コロナさん自身の安全が最優先ですから」
 穏やかな声音で丁寧に言葉を手繰り、モンスターを倒しさえすればその後も山を護り続けていく役目が誰にあるのかも明瞭である、とコロナを護ることもまた自分たち冒険者の仕事なのだとシグレは微笑む。彼らの会話を聞いていたアマネは、それが守部という役割の意味か、と些か感心したように顎を引いた。
 シグレの言葉を受けたコロナは浅い息を吐く。
 そして、有難い響きだ、と彼女にしては随分と瞳を緩めた。
 それに君たちの判断を疑うつもりは無い、とシャルーアらに軽い視線を向ける。
「また会おうね。約束よ」
 そう告げて明夜珠・ルウティア(a70638)が手を差し出せば、コロナは困惑混じりに苦笑しながらもその手を取った。軽い握手の後、冷えた掌に確かなぬくもりが宿されたような気がしてルウティアは指先を握り込む。受け取ったように感じられる、この願いを果たしたいと強く気を引き締めた。
 白狼の傭兵騎士・シーナ(a02280)の相棒である月花葬歌・シーリス(a01389)が駆るグランスティードに同乗し、其の侭コロナは村までの帰還を開始する。戦闘へ彼女を巻き込まず済んだことには安堵して、村まで無事に辿り着けるよう祈りながら桃華の歌姫・アユナ(a45615)は小さくなり行くその影を見守った。
 そして、白い視界には繰り返し紅が舞う。
 雪原に点々と落とす導のように、その密やかな残滓は数を増していた。
「……もう、そんな季節になるのですね」
 アネモネの花は古い言葉で風を示すのだと聞いた覚えがある。蕾を開かせるのは花弁を撫でる早春の風かと記憶を探れば、シャルーアの口からは感嘆にも似た感慨が零れた。雪で包まれた山頂付近にも花は咲くものなのか、と微かな違和感にも近い驚きを聖砂の銀獅子・オーエン(a00660)は胸中に留める。兎にも角にも今は目前の敵を倒し、人々の心に明日への希望を齎すことだけ考えよう。
 冒険者たちはクローチェに先導を任せ、聳える岩壁へ向けて徐々に接近する。不意の襲撃に備え、警戒を絶やさず、万一の折には味方の援護に走れるよう気を配った。霊査士の告げた「穴」は非常に判り易く開いており、そこからは決して冷たくない風が噴き出している。
 洞窟の奥から時折、可憐な花弁が放たれる様にルウティアは思わず首を傾げた。
 戦闘時の隊列により近い形で歩を進めようとクローチェが言えば、エドワードが皆に詳細な隊列を指示する。決して狭くない洞穴を進む最中、シャルーアは軽くシグレの肩に触れ、迫る戦闘に向けて守護の誓いを立てた。そして岩の半ばまで達すれば、目映い陽光が冒険者たちを照らし出す。

●暴風の光跡
 洞窟の奥には真紅の花畑が広がっていた。
 見上げた天井には無色の水晶が氷花の如き姿で咲き、青く澄み渡った今日の空を透かしている。ささやかな陽射しは透明な花弁の重なりで深みを増し、一面のアネモネと共に一足早い春の世界を生み出していた。そして、その空洞の中央には煌く光球が浮かび上がっている。
 咄嗟に地を蹴ったオーエンが、敵が此方への反応を見せるより早く、漆黒の牙で光を薙いだ。
 無造作にも見える一閃は、彼が駆る青いグランスティードから精密さを与えられ、また彼自身の厳然たる覚悟によりその威を増した。痛烈な一撃は何の問題も無く光に食い込み、やはり接敵状態を保ち続けることが肝要かと彼に手応えを教えてくれる。
 続いて、御揃いのふんわりフードを被ったふたりが飛び出した。
 レイが粘着性の高い白糸を解き放ち、僅かに遅れてクローチェが不吉な絵柄の描かれたカードを鋭く投げる。意気消沈したように見えた球体を糸が絡め取り、重ねるように触れたカードが敵の光を切り裂くも不運の発露には至らない。
 その直後に身動ぎした光球が拘束を脱し、意気を取り戻せば即座に暴風を吹きつけた。
 紅の花弁が散らされて空間を埋め、殆どの冒険者が後方へ吹き飛ばされる。
 暴風の影響を完全に受け流したアユナは、術手袋に覆われた指先で桃花を咲かせた扇を操った。幸せを運ぶ願いを纏えば激励の想いを篭めて高らかに歌う。その凱歌に、踏み止まったルウティアの浅いとは言えぬ傷までがすべて綺麗に癒された。決して油断出来ない相手だと敵を見据えて、桜色の手袋を嵌めた両手を前に突き出す。ルウティアの生み出した虚無の手が光を砕けば、白絹を靡かせたアマネの制御する虚無が手を創りあげてそれに続いた。手応えは薄いが、確実に相手の体力を減じていることもまた事実。しかし既に癒えているから良いようなものの、後もう少し傷が深ければ地に伏していたかも知れない、とアマネは顔を強張らせた。
 ぎこちない動きで暴風の害より隊列に復帰したエドワードは、彼女に対して護りの誓いを立てる。アマネは感謝を口にし、これで暫くは持ち堪えることが出来るだろうと安堵もした。やはり金属製の鎧を着込んで冬の山を登るには、防寒のために大量の綿を詰める必要がある。特に金属製の全身鎧を装備したエドワードは、動きの自由を大幅に奪われた状態での戦闘参加を余儀なくされていた。
 シーナもまた、厚く着込んだ防寒着のせいで動きが鈍い。潜在する力を引き出された斧槍を翳して敵に肉薄するも、猛烈な勢いで振り下ろされた切っ先は光を掠めたに終わる。
 果たして戦闘は長引くかに見えた。

●徒爾の風儀
 再び暴風は吹き荒ぶ。
 後衛を庇うように敵との間に割り込んだオーエンは、束ねられた風の直撃を受けて拘束された。
 風が身を裂く痛みこそあるものの、誓いの加護が傷の深さを軽減する。シグレは自分自身の成長を誰よりも理解していた。今日は最後まで立ち続けることが出来ると確信し、痛みの半分を請け負ってくれる仲間に感謝する。ざっと戦況を見渡したシグレは声を張り上げた。
「エテルノさん、お願いします!」
 彼は浅く頷くと紅の指先から凱歌を柔らかに奏で上げる。
 傷は幾らか拭われるも、オーエンの束縛が解けることは無い。
 続けてルウティアとアマネがそれぞれに癒しを歌い、多くの傷を塞いでいく。体力が無い自身が悔やまれても、気持ちの上では負けていない筈とルウティアは強く拳を握り締めた。この山に生きる人々のためにも、魔物は絶対に退治しなければならないと改めて思う。ふと魔物の過去に想い馳せられ、これは憧憬の具現だろうかとアマネは少し気を取られた。
 そして更に数名が爽やかな風を吹かせ、毒を払うことで漸くオーエンの拘束が解かれる。
 味方を背に隠すよう立ち回りながらシャルーアは布で覆われた柄を握り締め、己の力を最大限に高めた一撃を放った。溢れる破壊衝動が、彼の蛮刀に更なる力を齎す。この存在は如何して此処に至り、そして此処で留まったのか。光を削り取りながら悩むも、それらしい答えが思いつかない。
 レイが携えた菊花を思わせる鋼から、気を練ることで形作られた刃が飛ぶ。
 援護にも似た機で放たれた一撃の直後、遂にクローチェの放ったカードが光球に黒点を刻んだ。
 しかし、その煌きは不幸を負ったまま今までとも比類にならぬ暴風を生む。洞窟を揺るがす轟音が響き、すべての花を吹き散らす勢いで満ちた風が冒険者の身を打ちつけられた。シグレの齎した加護の天使が弾け飛び、エドワードが丁寧に配していた鎧聖降臨の守りを持ってしても防ぎ切れない威力を持っている。誰よりも派手に吹き飛ばされたのはクローチェだったが、他者に護りを誓っていたシャルーアとエドワードに掛かる負荷も特別に大きい。この致命的な暴風は、エドワードとアマネ、そしてルウティアから立ち続けるだけの体力を奪った。
 冷や汗が流れるような数瞬が終わり、香木から作られた両手杖を支えにシグレは息を詰める。全身に走る激痛には眩暈もしたが、未だ出来ることがあると七色に輝く癒しの波を周囲へ放った。黒炎を纏ったアユナが歌えば、より強力な癒しが深々と刻まれた傷すらも癒していく。此処で人の命を奪わせてはならぬと力の限りに彼女は音を紡ぎ続けた。
 撤退すべきかシーナは逡巡する。
 だが、倒せない相手ではない筈だ。
 吹き飛ばされようとも心は挫かれずにシャルーアは跳ね起きながら再度接敵し、神の裁きを思わせる強烈な電撃を解き放てば魔物の煌きが僅かに揺らいだ。己が役割は敵を打ち砕くことのみと定めれば、シーナもまた稲妻の闘気を篭めて光球を穿つ。突風が後方に届くことを恐れたシーナは其の侭、束ねられた風の強打を受けて堪え切れずに膝を突いた。だがレイの放つ毒刃が触れると、光は急速に輝きを衰えさせ、やがて何も残さずに消失する。
 戦闘の終わりを悟れば、レイは長い息を吐き出した。
 柔らかな陽光は変わらずに差し込み、散り乱れた花弁だけが地面を覆い隠している。

 傷の手当てを終えた冒険者らは、シャルーアの持つ蒼い雫を頼りとして洞穴を出た。
 光の集う場は自然に作られたものなのか、それとも遥かな昔に誰かが望んだ庭園なのか。
「……待望の春は、もうすぐそこですね」
 過去の答えを示すものなど何もない。
 暖かな場に咲いた風の花を振り返り、アユナは小さくそう呟いた。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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参加者:10人
作成日:2008/03/03
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死亡者:なし
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