【読書の時間?】棋譜



<オープニング>


 縦横の升目に区切られたフィールドに、それぞれ違う役割の駒が並んでいる。
 二人のプレイヤーは交互に駒を動かして奪い合い、王の駒を取った側の勝利。良くあるゲームだ。

「楽しいなぁ」
 フリッツ・メルツェルは口の右端を吊り上げ、顔の半分だけで笑ってみせた。
「こうして遊興に耽っていると、過酷な労働の辛い記憶が洗い流されていくようだ。……弓兵を十一の十に」
「二、四、傭兵」
 フリッツと寡黙な対戦相手は交互に駒を移動させていく。双方、執拗に防御を固めていたが、とうとうフリッツが魔術師の駒を敵陣に進ませた。

「無理だ。できない」
 敵方の歩兵の駒を前に、魔術師の駒が呟く。
「いいんだ。やれ」
 歩兵の駒が静かに諭した。
「こうするしかないんだ。助けが来るまで子供達を守るには……子供達さえ無事なら、村はまた」
「三文芝居も面白いけど」
 フリッツの声が歩兵の駒を黙らせた。
「長過ぎるとゲームのテンポが崩れるよ。早く殺れ。さもないと……」
 視線を広場の端に向ける。そこには人質にされた子供達がいた。据わった目つきの、ナイフを手にした男女に囲まれている。
「うう」
 駒達の口から、言葉にならない祈りが漏れ出た。肉切り包丁が音を立て、歩兵の駒が倒れる。急速に広がる血溜りが涙を呑みこんでいった。
「ははは! さあ、どう防ぐ?」
 フリッツは右半面で哄笑し、蒼白な対戦相手を促す。左半面は物言わぬ氷の塊だった。

●棋譜
「フリッツと名乗るドラグナーが辺境の村を占拠しました。ドラグナーを倒し、村を解放してください」
 午後の霊査士・イストファーネが説明する。
「フリッツは強い部類ではなく、倒すだけなら難しくないでしょう。問題は村人の存在です。
 村には三種類の村人がいます。
 ドラグナーの力に屈し、甘言にのせられて手下になってしまった男女が十人。
 手足を縛られ、目隠しと猿轡をされて人質になっている子供達が十五人。
 そして人質を取られ、ゲームの駒に使われている男女です。

 フリッツが興じているのは『チャトラ』という、何処にでもあるような盤上遊戯ですね。
 村の広場に大きな升目を描き、フリッツと対戦相手の村人自身が王の駒になるという趣向です。
 これは霊視したフリッツと村人による勝負の棋譜です」
 イストファーネのメモを、一万頁と二千頁前から・カロリナ達は受け取る。
「とにかく防御を固めたがるみたいですね」
「現在数ゲームが終わりました。駒となる村人が五名足りなくなり、チャトラは中断しています。フリッツは手下を使い、村を通りかかる人間を騙して捕らえさせようとしているようです。
 チャトラのゲーム中以外、フリッツは常に子供をひとり抱きかかえて過ごしています。ゲームに興じている時に最も油断するのは確かですね。
 もともと考えの浅い奴ですから、上手く口説けばある程度行動を誘導できるでしょう。

 フリッツは右半身が少年、左半身が氷像の姿をしています。
 特殊能力は、十メートル視界内の者を魔氷で動けなくする氷の息、十メートル直線上のひとりを貫く氷の弾丸、手近のひとりに斬りつける氷の刃です。

 最低限、子供達は無事に取り戻してください。駒にされている村人は死ぬ覚悟ができています。ドラグナーの手下の処遇は皆さんにお任せします」
 ドラグナーより冒険者につく方が賢明だと悟らせれば、こちらに引き戻すのも難しくないでしょう、とイストファーネは結んだ。


マスターからのコメントを見る

参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
緩やかな爽風・パルミス(a16452)
雷獣・テルル(a24625)
輝ける蒼き星剣・カイン(a44957)
銀青の飛竜・ウィザード(a47044)
風薫月橘・メレリラ(a50837)
汚れた手のひら・レイ(a69323)

NPC:次のページへ・カロリナ(a90108)



<リプレイ>

「たしか相手の駒を再利用できるルールがあったよな?」
 雷獣・テルル(a24625)は酒場のテーブルに広げた棋譜の一枚に目を落としながら、
「前にカロリナさんから借りた本で読んだけど、僧侶、女王がとった駒はこちらのものとして利用できるってヤツ」
「ええ。地域によってはそのようなルールもあります」
 銀青の飛竜・ウィザード(a47044)がやはり棋譜を読みながら請合う。カロリナも頷いた。
「ソレを使えば無傷で駒をとれるんだな」
「こちらがただ守りに徹しているよりもフリッツをゲームに熱中させ、注意を逸らせますね」
 冒険者達は話し合い、他の者が駒になりドラグナーの気を引いている間に緩やかな爽風・パルミス(a16452)、輝ける蒼き星剣・カイン(a44957)、カロリナがフリッツの手下を説得、若しくは拘束して人質を救出するという作戦を立てた。


 街道に暖かな日が注ぎ、咲き初めた花々を白い蝶が巡る。
 長閑な風景だった。道の先には占拠された村があり、凄惨な殺戮が行われているというのに、春はそれには無関心に、或いは許容しているかのように穏やかな展開を始めている。
 偽り隠すもの・レイ(a69323)はしかし、ドラグナーの所業にはっきりと相容れないものを感じていた。
「遊びで命を奪うか……」
 守る為に力を振るう。レイは強い決意を胸に春の中を歩く。
 武器は酒場に置いてあり、纏った黒衣は一見ただのコートだった。外見だけでは冒険者と解らないだろう。共に歩く四人もそのような服装をしていた。
「子供達を人質にとるなんて……本当にドラグナーって悪知恵が働いて残忍で許しがたい存在ね。きっちり退治しないと」
 風薫月橘・メレリラ(a50837)は何の特徴もない手袋を嵌めた手を固く握る。
(「前回は無駄な犠牲をずいぶんだしちまった……」)
 テルルが村に巣食うドラグナーと戦うのは、これが二度目だった。
(「今回は子供が人質だ、失敗は絶対にできないぜ」)
「来ました……恐らく彼等でしょう」
 ストールを体に巻いたウィザードが小声で注意を喚起する。
 街道をこちらに向かって来る数人の姿があった。どことなく落ち着かない様子ながら、目に異様な光がある。
 メレリラとウィザードはすぐ冒険者であることを明かして説得しようとしたが、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)に止められた。
「説得に失敗しても蜘蛛糸で拘束すれば……」
「ですが……この場では説得された風を装って、村に着いたらフリッツに私達が冒険者であることを明かすという場合もあるのでは? そうしたらチャトラを始める所の騒ぎではありません」
 結局、ラジスラヴァが通りすがりの旅人の代表として接近し、休憩できる場所として村に案内されることになった。

「案内されていくようです〜」
 駒班の様子を望遠レンズで見ていたパルミスが、カインとカロリナに知らせた。
 三人は街道に他の誰もいないことを確認しながら、村人と駒班の後を追う。
 フリッツのような奴のために、子供たちの未来を閉ざさせるわけにはいかない。必ず皆を助け出す。カインは確かめるように呟いた。
「必ず、助け出して見せる」


 土を湿らす血の臭い。主のいない暗い家。隠そうとしても隠し切れない死の気配が、うっすらと村を覆っていた。
 広場に通された冒険者達の前に、ドラグナーが姿を現した。右半身は少年で左半身は氷像という、聞いた通りの姿をしている。疲れを知らないかのように微動だにしない左手が、年端もいかない幼子をがっちりと抱えていた。
 チャトラの駒になればゲームの推移によって生き残る可能性がある、断れば今すぐ殺す、というフリッツの話を、一向はすぐに飲んだ。
「お前達、妙に素直だな」
 あどけなささえ残る少年の顔が愉快気に微笑む。
「すぐゲームを始められそうだ」
「私はチャトラ女流三段、ものすごく強いからね。あなたに勝って仲間五人で確実に生き残り続けられるわ」
 メレリラが大きなことを言う。
「ところで、僧侶と女王のルールはどうするの? 地域によって扱いが違うのよ」
「へえ、いつの間にか要らざる改悪をしていたんだな」
「一番戦略性が高くて刺激的なのはね……」
 メレリラはゲームとしての面白さを強調し、駒の生け捕りのあるルールを許容させた。
 広場に盤が描かれ、メレリラとフリッツを王とする駒達が並ぶ。レイ、ウィザード、テルル、ラジスラヴァは話の成り行き上、全員メレリラの操る陣営となった。
 フリッツが邪魔な幼子を手下に預け、ゲームが始まる。


「ずいぶんといい定石を知っているのね」
「古くからある定石だよ」
「チャトラを打ってどのくらいなの?」
「いつ始めたか、もう覚えていない」
 打つ手を考えるふりをしながら、ゲームを引き伸ばそうとするメレリラの声。フリッツの声も機嫌が良いように聞こえる。
 カインとパルミスは声どころか足音もさせないよう、村の入口から広場の隅、人質と手下達がいる一角へ進んでいった。二人が安全を確認したルートを、カロリナと土塊の下僕達がついていく。
 広場の片隅で子供達を囲む手下達は、駒の様子だけでなく周囲も注意深く見回していた。
 ハイドインシャドウでも近づけないと判断したパルミスは説得を諦める。
『いち、に、さんで蜘蛛糸を使います〜。用意を〜』
 タスクリーダーで全員に報せてから、手下達全員を何とか射程に収める位置で粘り蜘蛛糸を放つ。
「うわ!」
 突如拘束された手下達の驚きの声。すぐそこでアビリティが使われた為、冒険者達の召喚獣は戦闘状態になる。
 それとほとんど同時にテルル、ウィザード、メレリラ、レイはウェポン・オーバードライブや黒炎覚醒を発動し、フリッツに向かって駆け出した。ラジスラヴァは駒にされていた村人達に避難を呼び掛け、カインとカロリナ、下僕達は素早く子供達に走り寄る。


 チャトラは難航していた。
 僧侶と女王の駒があっても、殺人が発生せず、冒険者が戦闘行為に巻き込まれないようにするには、やはり積極的に駒を進めることはできなかった。
 その為、冒険者達が戦闘態勢で駆け出した時、フリッツとの距離はまだかなり開いていた。

「冒険者か……全員動くな」
 召喚獣を見て、フリッツはすぐ隣にいた駒を左手に掴み、人質にする。更に氷の吐息で盤上の村人達を魔氷に包み、移動できなくした。
 駒にされていた村人が人質にされたらどうするか、冒険者達は何も決めていなかった。
「わ、私のことは構いません。早く子供達を逃がして、この化け物を!」
 フリッツに掴まれている青年が言った。恐怖に抗い必死に絞り出した声はしわがれていて、顔はぐしゃぐしゃに歪んでいる。
 冒険者達は僅かに躊躇ったが、しかし最早どうしようもなかった。すぐまた動き出す。
 ラジスラヴァの歌声で凍らされた村人の幾人かが自由になり、避難する。レイ達四人はまだ凍った村人達を縫うように避けつつフリッツへ向かう。
「良いわ。行くのよ」
 カロリナも子供を抱えた下僕達に号令し、自分もカインと共に両脇に幼児を抱えて村の外へと走った。パルミスは彼らとフリッツを断絶するように立ちはだかる。
「動くなと……くっ」
 ようやく射程内に入った冒険者達の攻撃がフリッツに放たれる。それが届くより僅かに早く、フリッツは人質の頭蓋を割ってから放り捨て、防御姿勢をとった。
 レイが氷狼の爪牙を素早く繰り出しドラグナーを怯ませる。ウィザードの放つ炎は魔氷と魔炎に敵を包み、テルルのデュエルアタックは気合と共に相手を打ち据えた。そしてメレリラの起こした突風がフリッツを村人達から引き離す。
「これで詰みだ」
 動きを封じられたドラグナーに、ウィザードが言い放った。

 フリッツの犠牲者は、あの青年で最後だった。
 パルミス、ウィザードがフリッツの動きを封じながら、或いはテルルが攻撃の矛先を自分に向けさせながら戦う間にラジスラヴァが残りの駒達全員を避難させた。メレリラのヒーリングウェーブのおかげで脱落者は出ず、子供達を安全な場所へ逃がしたカイン、カロリナも合流すると、レイの呪痕を受けたドラグナーの氷の半身が砕け、もう半身がぐしゃりと崩れ落ちるのに時間はかからなかった。


「彼らを許すことはできないと言うんですね?」
 ラジスラヴァが、生き残った駒達とドラグナーの手下だった者達の間に立っている。
「ええ。解っています。死ぬのが怖くて仕方なく従ったのだと。一番悪いのはあの化け物です。ですが……」
「私達も、今更許して貰えるとは思っておりません」
 どうにでもしてくれ、手下だった者は額を地面につけながら言った。
「手下だった人達は村を出て、二度と戻らない。それで良いですね?」
 もっと手ひどい罰を要求する者もいたが、ラジスラヴァの仲裁で惨事は避けられた。

「おにいちゃん、どうして死んじゃったの……」
 最後の犠牲者となった青年の亡骸に、まだ小さな妹が取りすがって泣いていた。彼女は両親も殺されており、これから多くの苦難を受けるだろう。
 必ず、助け出して見せる――。
 カインは少女を見守りながら、自分の言葉を思い出していた。


マスター:魚通河 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:7人
作成日:2008/04/01
得票数:ダーク8 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
雷獣・テルル(a24625)  2009年09月12日 17時  通報
結局、全員は助けられなかったな。
全てを助けるのは無理とはいうけど……辛い。