折れた心



<オープニング>


「冒険者は糞です。屑です」
「冒険者は力の使い方を知らない愚か者です」
 村人は土間にはいつくばり、喉から絞り出すようにして呪いの言葉を吐く。
「声が小さいよぉ」
 村中の毛布を敷き詰めた部屋から緊張感の欠片もない声が聞こえてくる。
「冒険者は糞です。屑です」
「冒険者、は、力の使い方を知らない愚か者です」
 既に逆らおうという気力はない。
 ほんのわずかに口ごもった村長が文字通り一ひねりで挽肉と化したことで、村人達の心は恐怖一色に染まっていた。
「笑顔がないよぉ」
 戯画化した猿のような外見の異形が、柔らかな毛布の感触を楽しみながら猫なで声を出す。
「冒険者は」
「冒険者、は」
 従わねば隣人が死ぬ。
 それでも従わねば家族が死ぬ。
 そこまで逆らって初めて死ねる。
「糞です。屑です」
「愚か者です」
 何かが壊れる音が聞こえた気がした。
 けれど村人はもう何も感じられない。
「うんうん。その調子だよぉ」
 遠い昔にドラゴンとしての力と誇りを奪われたソレは、心を蹂躙することで己の心が満たされていくのを感じていた。

「ドラグナーの活動が確認されたわ」
 エルフの霊査士・エスタ(a90003)は前置き抜きで本題に入った。
「場所は軌道に乗りつつあった戸数20程度の規模の開拓村。ドラグナーは村に備蓄された食糧と種籾を食い尽くし、今は村長宅に陣取って村人を弄んでいる」
「状況は」
 能面のような表情をした冒険者が詳細な情報を求める。
「村人が騒げば家から出て殺し、そうでないときは家に籠もりきりね。村長宅は頑丈さだけが取り柄の2部屋からなる丸木小屋。獣対策で窓は小さく勝手口も無し。ドアも頑丈だから力ずくで突入する場合はかなり大きな音が出ると思う」
「村人は」
「飢餓の手前の状態だから体力はかなり低いわ。それ以上に問題なのは精神状態。ここまで強い負荷がかかっていると反応が予想できない。助けに来ました、ありがとう協力します、なんて展開は望み薄だと思ってちょうだい」
 霊視で余程ろくでもないものを視たのか、霊査士の目には酷く暗い光が宿っている。
「村長宅の周囲はドラグナーが更地にしているわ。生存者はドラグナーに呼ばれない限り全員その更地にいるわ」
「能力は」
 余程強靱な意志力を持っているらしく、冒険者は声にも顔にも一切の表情を出さない。
「能力は体力高め、攻撃手段は単体格闘攻撃、装甲は極めて薄い。視力と聴力がドラグナーにしては低いわね」
 爪が食い込み血が流れる拳に気付かないふりをしながら、霊査士は淡々と説明する。
「家屋も村人も、移動するドラグナーに触れただけで粉砕される可能性があるわ。ドラグナーを倒した時点で村人が10人生きていれば依頼は成功、そう思ってくれていいわ」
 こう言わざるを得ない霊査士の顔には、消そうとしても消しきれない自己嫌悪の感情がにじんでいた。


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参加者
縁・イツキ(a00311)
業の刻印・ヴァイス(a06493)
封魔・ハガネ(a09806)
永久の語り部・ルナ(a18266)
エンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)
希望の翼・リゼル(a22862)
終焉の探求者・ガイヤ(a32280)
エルフの邪竜導士・キファ(a65349)


<リプレイ>

●死臭
(「エスタが持ってきた話という時点で予想はしてたけど」)
 縁・イツキ(a00311)は光を反射しないよう泥がなすりつけられた遠眼鏡をエンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)に返しながら、内心ため息をついていた。
 ドラグナーがいる場所から流れてくる臭気が酷い。
 多数の戦場を踏み超えてきたイツキだからこそ平静を装えるが、覚悟と能力はあっても踏んだ場数が少ない者はそうもいかない。
(「わあ」)
 エルフの邪竜導士・キファ(a65349)は満面の笑みを浮かべていた。
 ただし目は血走り、杖を握る手は力の込めすぎで白くなっている。
 彼がみつめるのは村の中心にある更地。
 正確にはそこにいくつも転がっている骸だ。
 乾燥して縮みんだ人型を覆っているのは蠅のたぐいだろう。いくつかの骸は腐敗がかなり進んでいるようで、風下でないのに目と鼻が痛くなるほどの臭いがここからでも感じられる。
(「……同意したいですの」)
 メイフェアは大型の魔楽器を抱えた血濡れの断裁者・ルナ(a18266)にちらりと視線を向けた。
 ドラグナーは全て悪。
 その言葉が説得力を持つ情景が目の前にある。
 同胞の死臭にまみれ無気力に座り込む村人達。
 痩せこけた体から生気が感じられず、それ以上に気配を感じられない。
 暴力と恐怖によって依って立つ価値観を根こそぎ破壊された彼等は、遠くから見れば人形と見分けがつかないかもしれない。
(「子供がほとんどいないってことは」)
 業の刻印・ヴァイス(a06493)は意識して顎の力を抜く。
 そうでもしないと奥歯が全て砕けるまで奥歯をかみしめ、音をたててしまう気がする。
(「仕掛けるのは」)」
 メイフィアは予め取り決めていたハンドサインで皆に問いかける。
(「夜は避けざるを得ないわ。本格的な照明もホーリーライトも無いから万一ドラグナーが逃げに徹したら」)
 グランスティードを駆使して追いかけたとしても撒かれてしまう可能性が高い。タスクリーダーを使ったイツキの返答に誰も反論することはできなかった。
(「始めるぞ」)
 終焉の探求者・ガイヤ(a32280)のハンドサインを合図に、冒険者達は無言で行動を開始した。

●小物
 ドラグナーは床にだらしなく寝転がったまま天井を見上げていた。
 古代ヒト族と比べれば拙すぎる技術で作りあげられたこの環境ではあるが、あの過酷な環境を長年にわたって味わった後では至上の快楽に感じられる。
 このまま目を閉じこの環境が年月を経て崩れ去るまで惰眠を貪りたい。
 しかしそれが自殺行為であることに気付けないほど鈍くはないのだ。敵味方双方にとって不幸なことに。
「あれだけ派手にやらかせる連中だから、予想より弱い個体の割合が多いと仮定しても」
 うんざりする。
 これまで好きに楽しめたのは敵兵力(冒険者)がいない場所だったからだ。
 己より遥かに格上の存在を滅ぼした敵兵力(冒険者)の一部は、いずれ必ずこの地にやって来る。
「でなけりゃ精神的な拠り所ににならないよねぇ」
 精神的な責めに対する村人達の耐性は予想よりずっと高かった。
 圧倒的な力の差があるにもかかわらず長時間壊れなかったのは、それだけ敵兵力(冒険者)が実績を積み信頼されているということなのだろう。
「敵が近くにいない場所なんてのが分かればさっさと移るんだけどねぇ」
 毛布にくるまり、その柔らかさと温かさを味わいながらごろりと横を向く。
 危険が迫るのを理性では感じ取りながら、ドラグナーは未だ動こうとはしなかった。

●血臭
(「声をあげぬのは良いとしても、これでは早々に露見するな)」
 ガイヤは乱暴にも見える手つきで女性を抱えあげ運んでいた。
 ドラグナーが居座る家からは死角になっている場所でのみ動いているとはいえ、足音や気配を完全に殺せない以上時間の問題だろう。
「貴方一人で動けないなら大事な人や隣の人を支えながら動いてください、貴方が動いた分だけ助かる人が居るのですよ」
 キファは優しく肩を貸しながら小声で、しかし熱い真心で叱咤する。
 彼等が村人を運ぶ先はただの更地。
 ドラグナーが走り抜けただけでその場にいる全ての村人が粉砕されそうな場所だが、冒険者達は十分な準備を整えていた。
(「そろそろ限界か」)
 心中に沸き上がる無念と後悔を鋼の意志で押さえつけ、ガイヤは軽く手を振って合図をする。
 希望の翼・リゼル(a22862)が小声で眠りの歌を歌い、周囲の村人達を強制的に眠りの国に旅立たせる。
 イツキが活性化中の安全な寝袋はただちに効果を現し、村人達に極めて見つかりにくい状態にする。これでこの更地には、直前まで村人達を運んでいた数体の土塊の下僕と冒険者、そして退避し損ねた村人数人と遺体の姿のみが残ることになる。
「これで……」
 元村長宅にいる村人の救出はまだだが、これ以上を望むのは難しいほど冒険者にとって有利な状況だ。
 しかしこれだけの人数が動いて気付かないほど敵は鈍くない。
 元村長宅の分厚い壁が紙の様に破れ、木片と何かの一部が宙を舞う。
「へえ」
 壁が砕かれる寸前にその場から飛び退いたヴァイスは、青いペインヴァイパーを背に口元をわずかに歪める。
「遅かったおかげで随分愉しませてもらったよぉ、無能な冒険者君?」
 悪意と侮りにまみれた声と共に、瓦礫の中からドラグナーが現れる。
 猿の特徴を持つ身体は人の血で赤黒く染まり、むせ返るような血臭にまみれている。
「弱者を恐怖させた輩を消しに来た」
 瓦礫に混じった、直前まで生きていた者達の一部を見ても顔色も変えず、ガイヤは黒い炎をまとってドラグナーの前に立ちふさがる。
「へぇぇぇ。そんな理屈で遅れたことを正当化するんだぁ」
 心底楽しげな嘲弄の声が死臭の濃い更地に響く。
 それは悪夢のような光景だったが、その光景の中心は少々様子が異なっていた。
 冒涜的表情で笑うドラグナー。その前に傲然と立ちふさがるガイヤ。能面のような無表情をで異形の得物を構えるヴァイス。
 3者の瞳には怒りを含む様々な感情が浮かんでいたが、最も強く表れているのは互いの思考を推測し次の展開を計算する、冷徹といっていいほどに無機質な理性だった。
(「ヒト族の半数は消えた。つまり敵戦力は量か質か量方揃えてきた。おまけに」)
 ドラグナーは全力で大地を蹴る。
 衝撃で大穴が空き粉塵があたり一面を覆うが、ガイヤの生み出した虚無の手と鋭く突き出された巨大杭は正確にドラグナーの腹に突き立っていた。
「ちっ」
 かつては村人の精神を汚すために、今は冒険者の精神を揺さぶるために被っていた仮面を脱ぎ捨てる。
「嫌な連中だぁ」
 ドラグナーは防御を捨てて全力で逃走を開始する。
 刺さったままだったヴァイスの槍が己の内蔵を傷つけるが、逃げ足をゆるめるどころかますます早めていく。
「一人も引っ掛からないってぇのは」
 このドラグナーは村人を人質にとり冒険者に揺さぶりをかけてその連携を崩し、可能なら冒険者を殺し、そうでなくても人質を全て消費してから悠々と逃げるつもりだった。
 それは倫理的にはともかく有効な策であり、冒険者の中で交渉しようとする者がいるほど村人の被害が増える結果になっただろう。
 だが現実はその逆だった。
「死……」
 ルナの放った黒炎がドラグナーの胸から腹を焼く。
 流れ弾が出るのもおかまいなしの攻撃は、攻撃力に偏った能力のドラグナーに決して浅くない傷を負わせていた。
 ドラグナーは腹から体液が流れるのを止めようともせずに走る。
 途中で惚けた村人に体が触れたような気がするが、速度に変化がないため気にすることさえしない。
「っ……」
 遠くなっていくドラグナーの足音を聞きながら、キファは全身の痛みを無視して気力を振り絞り腕の中にいる幼子に笑顔を向ける。
 とっさに飛び込んだものの間に合わず、ドラグナーとの接触の際の衝撃で絶命した女性……おそらくは幼子の母親であろう遺体を背に隠しながら。
「もう大丈夫ですから」
 ガラス玉のような無機質な目をした幼子は何も反応しない。
 いつ回復するか、そもそも回復するかどうかさえ分からないが、それでもキファは助けるための努力を止めるつもりはなかった。
「……」
 リゼルは無言で金のグランスティードに乗り、キファ達をそのままにドラグナーを追う。
「か……ぁっ」
「……難しいか」
 弓をおろして駆け出しながら、イツキは苦くつぶやく。
 稲妻の矢を正中線上に叩き込んだにもかかわらず、ドラグナーの速度は緩んでいない。振り切られることはないだろうが、逃げに徹せられた場合長期戦になる可能性が高い。
 冒険者達は感情を押し殺し、村を離れドラグナーを追うのだった。

●薄暮の追撃
「しつこいなぁ」
 封魔・ハガネ(a09806)の放った蜘蛛の糸を力任せに引きちぎりながら、ドラグナーは平静な声でつぶやく。
 間合いをとりハガネの射程から逃れて逃走を続けるが、既に行く手には重厚な装備で身を固めた天使が立ちふさがっている。
「ここで止めますの」
 凶悪な棘が生えた鉄塊が、その戦闘力に比べれば貧弱としかいえないドラグナーの守りを打ち抜き胸元に吸い込まれる。
 ドラグナーは無理矢理足を進め、深い裂傷をいくつもつくりながらメイフェアを振り切る。
 体液は流れない。全力疾走の合間に攻防をするような戦いを延々と続けた結果、ほとんどの冒険者の脱落と引き替えにドラグナーの命は突きかけているのだ。
 ドラグナーの脳裏に諦めが浮かぶことはない。
 しかし既に金のグランスティードに乗ったリゼルが、背後にハガネを乗せた上で先回りしていた。
「本当にしつ」
「黙れ蛆虫野郎」
 完全に据わった目つきでにらみつけながら、リゼルは炎に包まれた木の葉を放つ。
 炎が腹の穴の底を焼き、ハガネの気の刃が続けざまに打ち込まれた時点で限界が訪れる。
「こい」
 最後の瞬間まで、後悔を感じることはなかった。


マスター:のるん 紹介ページ
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