ピルグリムネスト浄化作戦:斬艦の虹



<オープニング>


●ピルグリムネスト浄化作戦
 数万体のピルグリムがひしめいていたピルグリムネストに繋がる巨大豆の木の通路も、3000名を越える冒険者が踏破した後には、動くピルグリムの姿を見る事はできなくなっていた。
 命を失い白く濁った流体となったピルグリムの死体の多くは、豆の木を流れ落ち、光の海へと落下して消え去っていった。

 たとえ数万体のピルグリムといえど、一度に戦闘に加われる数は1000体にも満たない。
 巨大豆の木に住み着いているピルグリムは、数こそ多くても、一体一体は冒険者の敵では無い弱敵である。
 冒険者達は、常に同数以上での戦闘を行いながらピルグリムを掃討した為、目立った被害を受ける事無く、巨大豆の木のピルグリムの掃討を完了させたのだった。

 そして、彼らの目の前に広がったのはピルグリムの荒野……ピルグリム戦争とそれに続くギガンティックピルグリムの追討戦以来、3年ぶりに足を踏み入れた浮島の姿であった。

 早速、冒険者達は橋頭堡を拠点として周辺の調査に赴く。
 その道中は、ピルグリムの襲撃など危険の多いものであったが、橋頭堡の仲間達のフォローもあり、調査に向かった冒険者達は、かつてのギガンティックピルグリムをはるかに凌駕する巨大なピルグリムを数体発見する事ができた。
 浮島を分割統治するかのような巨大ピルグリムは、巨大船のようなフォルムを持ち、天空に向けて大きくせりだす威容を誇っていた。
 その巨大なピルグリム……ピルグリムシップこそが、ピルグリムマザー無き後のピルグリムを統括する中枢部分であるのは間違いの無いところだ。
 つまり、このピルグリムシップの全てを一気に倒しきる事ができれば、残るピルグリムの脅威はほぼ完全に霧散するだろう。

 そして、いよいよ、ピルグリムネスト浄化作戦は、予定された最後の段階へと進む事になる。
 ピルグリムシップの中枢を破壊すべく、精鋭の冒険者達が戦いの場へ赴くのだ。

●斬艦の虹
「皆様にはピルグリムシップの一体を討伐してきていただきたいのです」
 銀糸の髪。まっすぐなその瞳は空の青。
 硬く生真面目そうな表情からその内心はうかがい知れぬが、エンジェルの霊査士・エリアード(a90210)は少しだけ口早。青年は卓上に羊皮紙を広げてさっそく説明を始めた。

 まずピルグリムシップを外壁から破壊して侵入し、体内に無数に張り巡らされたトンネル状の通路部を通って、シップ中心部へと至る。
 冒険者をしのぐ能力を持つ巨大な敵に対して、真正面から当たってもいたずらに被害を増やすばかり。故に。
 ――懐へともぐりこみ急所へと肉薄し、一気に刺し貫く。今回の作戦はそういった類のものだ。

 居合わせた内、何人かの冒険者達はピルグリムマザー擁するピルグリムコロニーでの戦い、あるいはドラゴンロード戦を想起したのも無理からぬこと。
 ただし、此度の戦いでは『道』を維持する必要はないし、ピルグリムを寄せ集めて形成された白壁が攻撃を仕掛けてくるのも中央部のみのようだとエリアードが付け加えた。

「通路は迷宮のように入り組んではいますが、全ての通路は中央部へと繋がっています」
 視線を冒険者から羊皮紙へと落とし、そこに描かれた略図を指でなぞる。それは彼が視た、最短の距離と時間で目的地到達が可能な道筋なのだという。
 だがその通路部にも徘徊するピルグリム群は存在する。特に強力な進化を遂げた戦闘個体……融合型ピルグリムも4体、存在するようだとも告げられた。
「最短踏破を採れば道中には必ずやこの4体が立ち塞がり、皆様を全力で排除しようとするでしょう。脅威ではありますが、実は今回、必ずしも無理に討ち取る必要はないかもしれません」

 エリアードの霊査によれば、中央部での決戦に勝利を収められればその時点で融合型を含めた警護のピルグリム全てが、完全に無力化する可能性が高いとのこと。
 強力な衛兵との遭遇回避は迷宮を利して通路を迂回すればそう難しくはない。あえて強敵を無視し、中央部での決戦のみに全力を注ぐ策も可能なのだとエンジェルの青年は告げた。
 だが、中央部での戦闘が長引けば異変に気づき、続々と援軍として押し寄せてくる懸念もある。
 あるいは、決戦前の消耗と引き換えに後顧の憂いを断つか。
「どちらにも一長があり一短もあること。対融合型についての方針判断は皆様にお任せします」

 羊皮紙上の指が再びすべり、今度はほぼ中央の円形状の囲みを示して、止まった。
 その箇所こそ今回の目的地であると同時に撃破目標。
「中央部に存在する大部屋。その空洞そのものがひとつのピルグリムであり、融合型ピルグリムなど遥かに凌駕する戦闘力を備えているのです」
 天井・壁・床に至るまですべてが敵。上下左右、室内の何処からでも襲い来る腕や触手の攻撃をかいくぐりながら反撃し、ピルグリムシップの息の根を止めねばならないのだ。
「室内にはそれら全てを制御する『中枢』が存在します」
 ピルグリムシップの要にして弱点。
 ピルグリム頭部をやや大きめに模したような外見とサイズのそれは、ピルグリム色の室内へ埋没し巧妙に隠されているのだと云う。
「頭部を暴き、厳重な護りを突破し、完膚なきまで討ち砕く。それを為しえた時、忌まわしき船は沈黙することでしょう」

 あるいは、最重要部を守護する為の行動パターンのようなものが存在するとして。
 具体的に予測を立て手段を講じた上で、戦いに臨むことが出来れば……頭部発見までの時間を少しでも短縮できるかもしれない。
 ただそれは同時に、限られた戦力の中から攻めと守りの手を割くことにもなる。戦闘に専念しつつ着実に『中枢』を炙り出す方が、結局は、近道となるかもしれない。
 どちらにせよ意思統一は必須だろう。

「シップと一体化した中心部は、ドラゴン同様バッドステータスを寄せ付けません。極めて苦しい戦いとなるでしょう……ですが」
 死地と分かっていながら、送り出すことしか出来ない自分。
 だが後悔は無い。
「皆様ならばいかなる苦難であろうと乗り越え、勝利し、帰ってきて下さると信じています」

 !注意!
 このシナリオは同盟諸国の命運を掛けた重要なシナリオ(全体シナリオ)となっています。全体シナリオは、通常の依頼よりも危険度が高く、その結果は全体の状況に大きな影響を与えます。
 全体シナリオでは『グリモアエフェクト』と言う特別なグリモアの加護を得る事ができます。このグリモアエフェクトを得たキャラクターは、シナリオ中に1回だけ非常に強力な力(攻撃或いは行動)を発揮する事ができます。

 グリモアエフェクトは参加者全員が『グリモアエフェクトに相応しい行為』を行う事で発揮しやすくなります。
 この『グリモアエフェクトに相応しい行為』はシナリオ毎に変化します。
 エンジェルの霊査士・エリアードの『グリモアエフェクトに相応しい行為』は『協力(consensus)』となります。
 グリモアエフェクトの詳しい内容は『図書館』をご確認ください。


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参加者
紫晶の泪月・ヒヅキ(a00023)
忘却武人・ラン(a20145)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
餞黎花・リオン(a28537)
咲き初めの・ケイカ(a30416)
守護と慈愛の拳闘淑女・クレア(a37112)
花魁・ハナ(a46014)
形無しの暗炎・サタナエル(a46088)
黄色の羽毛・ピヨピヨ(a57902)
白で黒・ティルタ(a65476)


<リプレイ>

●さまよいうつろふもの
 ――強く。在りし日の誓いを胸の奥に。

 掌中に真白の守を包み、そっと握りしめ……少女は顔を上げた。前へと。
 花魁・ハナ(a46014)の華奢な拳は力強く、振り上げられた。
「いっくぞー! です。皆でいってきますを言ったら、ただいまも皆でデス!」
 可憐な声が朗らかに仲間を鼓舞した。
 激戦をかいくぐり目指す白と灰の稜線へと駆けるのは十名の冒険者。
 予測されていたよりはやや疎らな敵影。だが進む彼らには微塵の油断も無い。
「……除いて貰おう」
 紅蓮の戦槌が黒針を撒けば目指す前に立ち塞がろうとしていたピルグリム群は瞬く間すら無く地に倒れてゆく。形無しの暗炎・サタナエル(a46088)の術から逃れ得た敵は僅かに1体。
「コッチはボクにまかせてくださいですよぅ」
 なめらかな足運びでグンと間合いを詰めた咲き初めの・ケイカ(a30416)の左手から。
 ひとひら。
 そう銘された儀礼演舞の曲り刀の軌跡が弧を描く。すれ違いざま一刀、易々とピルグリムの白い頭を刎ね落とした。冒険者達は一瞥もくれず駆け抜ける。
 勝てと。進む背を押すかの様な、風。
 彼方の戦場では多くの仲間達が奮戦し、敵兵を惹きつけ減らし続けてくれている。
 深緑の布を躍らせて振り返る。後方追撃を担うひとりである蒼翠弓・ハジ(a26881)は必ずやそれに報いる勝利を手にと心に誓う。
「武運を」
 ひとたび放たれた鏃の役目は唯ひとつ。まっすぐに的を貫き、命を射止める事のみなのだから。

 程なく、十の矢はまずピルグリムシップ外壁部へと取り付く事に成功した。
 略図の書き込まれた羊皮紙を片手に、白で黒・ティルタ(a65476)はより有利な、融合型ピルグリムを迂回し易い通路への侵入を可能とするポイントへと仲間をナビゲートする。
 船、と言い表された存在は途揺るぎなく聳え立つ巨敵。
「白い悪魔の船着場、じゃの」
 感情の抑えられたサタナエルの台詞からは、だが、必ずや此れを船の墓場にとの滾りが奥底から立ちのぼる。
 白き楽園と同盟を巡り合わせた、未知なる脅威。引き起こされた数々の戦いと悲劇。
 だが。
「そろそろ過去になるべきだわ」
 ――『ピルグリム』。
 凍てた呟きと共に紫晶の泪月・ヒヅキ(a00023)の銀髪を捲いて漆黒の炎が具現した。

「待っていてくれる人、守るべき人の為に、必ず成功させて、生きて帰ります!」
 立ち塞がるもの全てを討ち砕く決意こめて。
 赤グローブに覆われた拳から突き出された剛拳麗女・クレア(a37112)の右ストレート。本人が期待した建造物破壊効果は発揮されなかったが、それでも繰り出された一撃は白灰壁を揺るがせ、穴を穿つ。抉り散らされた壁面は輪郭を失いどろりと地に流れた。壁穴に次々と吸い込まれる攻撃。
「あと少し」
「…………破壊……する」
 餞殉花・リオン(a28537)が遂に貫通させると、常からの茫洋と眠たげな云いとは裏腹、忘却武人・ラン(a20145)は両手に構えた斬首斧を力強く振り降ろした。
 数人通り抜けられるだけの穴が開いた。と同時に通路側にいたピルグリム3体と鉢合わせの形になった。だが油断無く備えていたティルタが即応で白革手袋に覆われた手を翳して生んだ紋章の光条の援護で大事には到らず。
「目標、巨艦撃沈だよ!」
 しんがりを自認する黄色の羽毛・ピヨピヨ(a57902)の勇ましい檄を背に、冒険者達は次々と艦内へと飛び込んでゆくのだった。

●胎蔵
 薄暗いとも薄明るいともつかぬ白闇のトンネル内。
 道中を護る4体の融合型との遭遇、そして可能ならば戦闘自体を出来得る限り回避したい一行は声や物音を押し殺し、照明を最低限に絞っての行軍。
 ティルタが体内略図を元にハンドサインで指示を出し、同様の写しを持参したサタナエルは通過した道で得た情報を手早く書き込み探索の効率を上げる。それも彼女達術士や回復役を縦列の中央に挟んで護る前衛陣の献身あればこそ実行可能な作業。

 トンネル状の道の表面はうねうねと常に蠢動し、時に動脈の様にどくりと震えた。
 無数の殺意が渦巻いている。いや、異物を排除すべしという其の殺気は一、なのか。
 風の無い澱んだ空気の中、ハナは息詰まる空気と知らず湧き起こる身震いしたくなる様な感覚に耐え五感を研ぎ澄ませる。
 散発的な遭遇戦の殆どが回避され、避け得ぬ雑兵も瞬く間排除されてゆく。
 『敵接近』、『2体』、『引き返しやりすごす』。矢継ぎ早、ハンドサインが飛んだ。
 蜂のような羽とシルエットの飛行ピルグリムと重厚な岩のような肌と二又に分かれた大角を有する甲虫のようなピルグリム。
『融合型ですね……先の三つ又の道まで戻り迂回しましょう』
 察知されるより早くの発見したケイカからの情報を受け、ハジは心の声で指示を飛ばし踵を返すのだった。

●Iconostasis
 危なげなく、さして消耗する事もなく。ついに辿り着いた白き澱みの果て。
 中央最奥の広間へと続く入口が冒険者達の前に姿を現した。
 先頭を往く縦列のまま部屋内に足を踏み入れた冒険者達のうち前衛3名がまず手酷い歓待に見舞われた。壁や床の一部が隆起しずるりと伸びあがったのだ。
 それらは巨大な腕の形へと硬化するや冒険者達に次々襲い掛かった。
 粘性の白床を力任せ蹴りつけ、強引な方向転換でかわしたクレアの鼻先を硬質な殺意がすりぬけてゆく。ケイカも又横合いの壁から伸びた大腕の一撃に対し、咄嗟の反応。篭手からガリリと擦れる音を立てながらこれを捌き、直撃だけはどうにか凌ぐ。
「っ!? ……速い……」
 斧を構えた態勢のままランは強か抉られ、半身を鮮血に染めた。
「穢れた白を、暴く灯りを我らに」
 後に続いて雪崩れこんだ術士達の内サタナエルが、ついでヒヅキが頭上にホーリーライトの光輪を灯して戦場を照らし出した。ハナが配置へと歩み終えた後、纏う霊布を白光に透かすようにして翻すと癒しの波を撒いたが全快には届かない。
 縦列の最後尾から中央室内へと足を踏み入れ、最後に陣を完成させたピヨピヨも戦歌でもって治癒に加勢する。展開されたのは、術士4名の小円を他6名による外円で取り囲む二重円形陣。
 ふたつの白光のもと陰影を更に際立たせあまさず浮かび上がる、胎の巨大洞。
 白い円形の大部屋。天井はドーム状に弧を描き、思いのほか高く、広かった。
 天頂部周辺に到っては、届くのはハジの矢だけであろう。
 冒険者達の反撃が始まると同時、部屋全体がゆっくり揺らぎさざめいた。
 それは、誤算と云う程の事態ではなかった。が、僅かに想定が足らなかったという後悔も去来した。
 四方を今押し包むものは建造物ではなく生物……そして敵である。故に。
「……くっ」
 ティルタが浴びせた筈の紋章術が効いた様子は壁面から感じられない。
 攻撃対象は破壊されるがままの静物ではなく生きた強敵。故に、相手も防御行動を行う。
「……思えば当然の事でしたよね」
 ただ撃てば当たるという訳にはいかず、此れに抗するには相応の実力と威力が求められるのだと改めて痛感させられながらクレアは拳を叩き込む。
 ずぅんと重い一撃が白い足元にめり込むように沈むと同時、周囲には爆風にも似た拳圧が吹き荒れ、蠢く表皮を剥がし飛ばした。
 一斉射撃では、たとえ敵が中枢発見のヒントとなる変化や反応を起したとしても、どの攻撃に拠って齎されたのかが判別しにくい。故に波状攻撃を選んだ。それは間違いではない。
 それらを、必ず二重円陣を堅く維持したままで実行するという共通方針も、防御や治癒の万全を意図してのものだ。
 だが各人の備える力量や行動精度、攻撃可能範囲の格差は、焼かれ粉砕された箇所と全くの無傷で白く蠢く箇所の二分化をこの上なく明確に生んだ。
 そして、一糸乱れぬ足並みの為には、より遅く、命中に手間取る側へと合わせる必要があるのだ。
「短期決戦とはゆかぬ、か」
 それは何度か攻防を繰り広げた後に洩れた、サタナエルの呟き。

「リオンさん!」
 満身創痍の忍びをヒヅキから注がれた光が癒した。
 終わりの見えぬ攻防に身の危険を感じたのかシップからの反撃は眼に見えて激化した。
 それまで部屋の四方から自在に出し入れし冒険者全員を攻め立てていた白腕が突如、4本にまで減じた。だが手数と引き換えにする様に新たな腕たちはどれもがひと回り巨大化し、表面を灰色の岩肌のような鱗が覆い尽くす。更に硬度を高めたのだろう。
 灰の豪腕が生み出す破壊力は飛躍的に増しており、しかも麻痺効果まで備え始めていた。
「……大丈夫」 
 遥か格上敵、その手の中で闘うというのはこういう事か。来ると分かっていても、かわせない。確かに眼前に横たわる敵なのに攻撃が効かない。
 彼女だけではない。守りの薄い者、体力や実戦経験の劣る者はほぼ一撃で根こそぎ体力を抉り取られては治癒で持ち直す、の繰り返しだった。当たり処が悪ければ生命に関わりかねないだろう。
 同様に戦闘不能ギリギリの処で踏みとどまり癒しを得たランが首を巡らせたその時、貌が凍った。
「……融合型……」
「!?」
 通路部からいつの間にか2体のピルグリムが接近しつつあったのだ。
 一体はいかつい体格で蠍のような大鋏を振り上げた、おそらくは戦士タイプ。もう一体はほっそりとしなやかな体に蛾のような羽を生やした飛行型。
 だが最悪は更に畳み掛けてきたようだった。
 蛾羽のピルグリムが羽ばたくや入口周辺の攻撃完了箇所の表皮がみるみると、塞がれていったのだから。

●修羅と虹
 斧の柄に手を掛けるや、ランは弾けるようにして駆け出した。
 折角此処まで暴き、抉じ開けた中枢への道と目印。
 このまま室内に立ち入らせ、修復など施されていっては此処までの戦い全てが水泡に帰す。
「邪魔は…………させない」
 シップ中央部とは比較にならぬとはいえ単体で冒険者を上回る強敵。それが2体。
 だが。
 なればこそ、この護衛兵達をシップ中枢へ加勢させる訳にはいかないのだ。
 蠍型の鋏が蛾型の援護に放った真空波が片腿を深く裂いた、が、止まらぬ。
 必勝の想いがその背を押した。傷む武人の足を動かし、有り得ぬ神速の抜刀術を閃かせた。

「居合い――『蝉時雨』!」

 奇跡のような軌跡、掴み取った一瞬の勝機。
 入り身からの居合い斬り奥義が左袈裟に決まり、白の蛾羽はバラバラと燐粉と羽の破片を振りまきながら失速した。

 ぐらり、白の世界が傾いた。
 ――否。

(「……自分、だ……」)
 背から腹を後方の床から生えた豪腕が斜めに貫いていた。
 鮮紅。
 叩きつけられた床の感触は最悪だ。心もち柔らかく感じたことだけが救いか。
 温かな癒しの術が降り注ぐのを肌に感じる。
「……――ッ!」
 誰かの絶叫が響いた。おそらくは己の名を呼んでいるのだろう。
 あるいは複数かもしれない、が、うまく聞き取れない。
 細く白い喉を仰け反らせ、血を吐き、ランが仰ぎ見た天井は高く白く、歪だった。

 ――アア、ナンダカヒドク……ネムイ……。

「行かせない!」
 ふらふらと舞い上がろうとした蛾羽にティルタが業火をもって引導を渡し、撃ち墜とした。修復能力に特化したこの個体の耐久力が著しく劣っていた事が幸いした。
 残る1体、蠍鋏の攻撃を阻んだのは血腐れと呼ばれる鎖鎌。音も無く切り裂いた斬襲が撒いたのは白い肉片と体液。リオンは鉄鎖をしならせ手元へと引き戻した。
 赤は生命、躍動の証。赤の血を持たぬお前達に啜られるなど我慢ならないとばかり火花を散らし、押し留める。
 駆け寄る暇もない今の状況で倒れ臥したランの容態は判断がつかない。
 だが元より安全域も脱出口も存在しない戦場。ならば今は生存を信じて敵を食い止め、治癒を注ぎ続けるしかない。範囲攻撃の尽きたピヨピヨも又通路側へとはせ参じた。壁として回復役として。
 数々の挺身と事前取り決めの徹底が、戦局を支え続けていた。

「修復タイプー……、今たしかに天井めざしてましたですよねぇ」
 ケイカの指摘に何人かが頷き、他にも思い当たる節を想起させた。
 他への被害が深刻だった為にそちらに眼が移りがちだったが、同時に4本までしか形成出来ない豪腕の内、どれか1つは必ずハジへと襲い掛かっていた。
 彼が実行した攻撃はすべて部屋の上方へ向けてのナパームアローだった。
「中枢は頭上です。遠射程の攻撃すべてを天井へ集めて下さい」
 指示を飛ばすと同時、ハジは炎矢を天頂に向けて番え、射放った。
 紅蓮の爆音が炸裂するが反応は無い。飛距離に長ける反面、攻撃面積の狭さが弓アビリティの泣き処。反応見、一拍ずつの間を置いて。
 紋章光の乱舞が、爆発的な闘気の乱気流が、ドーム天井の方々で炸裂しては表皮を剥ぎ取る。
 艦中央部からの反撃もまた、苛烈を極めた。
 早くはやく。一刻もはやく。
 倒すべきものが護るべきものを食らい尽くす前に。
 殴り合い、潰しあう。巨敵と冒険者との戦いの中で起こった、ひとつの異変。

●白暈 
 此処までの戦闘を観察を援け続けた、ヒヅキが戴く白光の輪。
 変化は唐突に、そこで起こった。
「……っ!?」
 白光の輪が月虹へとその輝きを変えたその直後。
 突如、光は部屋全体を満たさんばかりに膨れ上がった。思わず見上げようとした紫水晶の瞳の端をかすめたのは。
 一対の、濃紫の複眼。

「……見つけた……捉えた、あそこです!」
 光冠は既に、何事もなかったかのように、淡白色のリングの形を取り戻していた。
 ヒヅキは喉の限りに叫び、力の限り炎弾を紡ぎあげて叩きつけた。真下近くに立ち位置を詰めれば弓射程でなくても届く高度だ。
 ――今度こそ決着、清算を、と。
 もろもろと焼け爛れた肉片を垂らしながら、ついに白光のもと晒された中枢部。
「終わらせます」
 放たれた一矢は複雑な軌道を描いて白い頭部へと到達し右眼を穿った。
 ハジの一矢に息を合わせた怒涛の同時攻撃に、首級はひしゃげ、潰れ、焼き裂かれ。
 ボトリ。
 ついには、熟しすぎた柿の実のようなあっけなさで真っ直ぐ床にと落ちた。
 それと同時。
 奮戦及ばず倒れた仲間達を背に庇い、必死に切り結んでいたピヨピヨの前で融合型ピルグリムの動きがぴたりと止まり、ドロドロとひしゃげていった。
「……終わった……の?」

●揺籃
 血溜まりの中、醒める事の無い眠りについた女武人の姿は、まるで赤の埋葬。
「帰りましょう。皆で、一緒に……」
 白い戦闘衣も肌も返り血に染まるのを省みず、クレアがランの亡骸をそっと抱え起した。
 声は凛と気丈。だが長く艶やかな黒髪を垂らし隠したその表情は、窺い知れない。
 体力を残す他の者も倣い、重傷者や戦闘不能者に駆け寄り肩を貸す。
 崩壊を始めた巨艦を走り抜け、溶けゆく白の屍どもを踏み越え。
 遂に行きの大穴から外へと到った。その時。

 ――風。

 撫ぜるように駆け抜けた伊吹とともに円虹を戴く蒼穹の輝きが飛び込んでくる。
 今の彼らの瞳にはそれがひどく眩く、沁みた。


マスター:銀條彦 紹介ページ
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わからない
参加者:10人
作成日:2008/03/29
得票数:冒険活劇2  戦闘21  ダーク8  ほのぼの1 
冒険結果:成功!
重傷者:餞黎花・リオン(a28537) 
死亡者:忘却武人・ラン(a20145) 
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