心の傷



<オープニング>


「さてと……依頼の話があるんだが聞いてくれー」
 真昼間の酒場のテーブルの一角に座っていた長髪の少女が突如立ち上がったかと思うと、手を叩きながら自らの話を聞くように促す。
「冒険者のみんな、最近とある村の付近にモンスターが出たらしい。今から行って退治してきてくれ」
 腕輪をしているところを見る限り、新人の霊査士であるようだ。
「私は霊査士のセルフィ。今から説明するモンスターは、多くの人……それも特に男性に大きな心の傷を負わせている」
 頭を無造作に掻きながらエルフの霊査士・セルフィ(a90389)は頭が痛いといった様子で説明を始める。
「村の付近……まあ詳しく言えば村と村をつなぐ道になんだが、変なモンスターが住み着いたらしくてな。幸いまだ死者は出ていないんだが……襲われて家に引きこもっちまったやつが既に結構出てているんだ」
 家に引きこもる? それほどまでに恐ろしいモンスターなんだろうか、と緊張した面持ちで聞く冒険者達に苦笑をしながらセルフィは説明を進める。
「こう、死者を出すほどのことはしないらしい。命の危険は少なそうだから安心してくれ。……精神的にきつそうなんだけどな」
 命の危険は少ないが、精神的にきつい? 視覚的にあまりよろしくない姿をしているのだろうか。冒険者達はお互いの顔を見合わせ、まだ見ぬ敵の姿を想像していく。
「見た目は筋肉質な禿げた大男。格好はビキニパンツ一丁でブリッジだっけ? あの体勢で歩行しているらしい。しかもその見た目の割りにすばしっこくて、かなりの速度で目標へと近づいて逆立ちの体勢に切り替えて抱きついてくるらしい。それも力いっぱいに」
 ……うわぁ。想像したのか何人かの冒険者が嫌そうな顔でこの場から逃げようとする。
「あー、気持ちはわかるが最後まで聞いてくれ。既に行商人や村の人間がそいつに襲われてるんだ。そいつは気を失うまで抱きついた後、大量のキスマークを残して獲物を捨てていくらしい。おかげで死者はいないが、精神的に傷を負った人間が大量に出ているんだ、それも男を重点的に」
 それを聞いてしまうと、乗り気でない者たちも参加をせざるを得なかった。
「まあさしあたっての危険は少ないだろうし、がんばってきてくれ。……くれぐれも無茶なことはしないようにな?」


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参加者
蒼然たる使徒・リスト(a01692)
緑星の戦士・アリュナス(a05791)
紫銀の防壁・リゼ(a32528)
漆黒の執事・ラウレス(a67187)
おねむな吟遊武人・ノノワール(a67723)
朔望月・ノッテ(a69822)
なぁ〜んですなぁ〜ん・キリア(a71164)
蒼焔・フォンティウス(a72821)


<リプレイ>

●帰りたい
「なかなか精神的にきつそうですな……」
 囮役の2人の後ろで身構えている新米店長・アリュナス(a05791)が、視界ぎりぎりにいる今回の敵を見てげんなりと呟いた。
「これはいけませんね……。間違いなく夢に出て来ます」
 頬が引きつった顔に手を当てながら、もうこの時点でも限界だという様子の蒼然たる使徒・リスト(a01692)。冷静な表情の裏では、囮役を買って出てしまった少し前の自分を誠心誠意説得したい気分に駆られている。
 一方の敵といえば、まだこちらに気づいていないのかカサコソという擬音が鳴っているかのような錯覚を覚える姿と動きで右往左往していた。恐ろしく目の毒である。
「あんなマッチョに抱きつかれるだなんて……まっとうな神経の人からみたら地獄、僕はまだそんな目にあうには……」
 道の脇の小さな茂みでしゃがんでいる黒い突然変異・フォンティウス(a72821)が恐怖に震える声で呟く。ちなみに隠れて待機しているつもりなのだが、剣風陣の放つ烈風のせいであまり意味を成してはいなかったりする。
「自分には傷つくものなんて何も無いなぁ〜ん。漢の抱き合いを見せてやるなぁ〜ん」
 愛用しているシルバーソードを地面につきたて気合を入れる残飯処理レイヴン・キリア(a71164)。鎧進化の力の影響で、その身にまとうスポーツビキニが輝く光を纏っている。そんなキリアを仲間たちは暖かいような眩しいものを見るような目で見つめる。
「女性に被害が行きにくいのは幸いですが……よりにも男をターゲットにするとは」
 囮よりも前に出ないよう気をつけながら、遠くで動いている変態を睨みつける漆黒の執事・ラウレス(a67187)。
「むぅ〜、かなり怖い敵なんですよぅ〜!」
 おびえた表情のおねむな吟遊武人・ノノワール(a67723)は、その表情を同情に変化させつつ囮役の2人を見やる。
「噂に聞く変態……もといモンスターですね」
 春になると増えるのかなあ、と思案する朔望月・ノッテ(a69822)。だが、春だからといっても別にあんなのは現れないだろう。
「筋肉美の何たるかをちっとも分かってないっス。筋肉失格っスよ!」
 キリアが自分で鎧進化を使っているのを確認し、紫銀の防壁・リゼ(a32528)は鎧聖降臨を自身の防具へと使う。
 そしてリゼの防具が強化されたとき、遠方にいたモンスターがこちらに気づいたのかその肉体美を躍動させながら移動してくるのだった。ブリッジのまま。
 今冒険者達の心はひとつになった。
(「帰りたい……」)

●迫り来る肉体美
「時間稼ぎと……いきましょうか」
 少しでも抱きつくまでの時間を延ばそうと、アリュナスが眼前に迫り来る裸体へ砂礫衝を放つ。舞い上げられた砂礫と衝撃がモンスターを襲うが、少し後方に飛んだだけでその突進を止めるには至らない。
 その間にキリアの後ろに移動したリストが、全身に黒い炎を纏っていく。
「万年ロンリーの俺に失うものなんて……何も無いなぁ〜ん!」
 輝くビキニを穿いたキリアが一直線にモンスターへと駆けていく。両腕を大きく広げ、全てを包み込むかのような仕草でキリアはモンスターへと疾駆する。そのキリアの両目から流れる暖かな水。その水が顎に到達すると同時に、モンスターがその姿……いや、体勢を変化させる。
 発達し薄っすらと汗の粒が浮いた大胸筋と鍛えこまれた鋼のような腹筋を強調するようなブリッジの体勢から、上下逆さまの倒立の体勢へと変化し……そのままキリアへと丸太のような両足を伸ばす!
 がばっと嫌な音をさせながら、さながら合体でもするかのように密着する筋肉ビキニと輝くビキニ。
「うっ、あああ、何かが、何かが密着してるなぁ〜ん! よ、予想以上だなぁ〜ん」
 心なしか輝くビキニ男がもがきながら叫んでいる気がするが、きっと混乱してよくないものでも見ているのだろう、仲間たちはそうすることで心の平穏を保とうとした。
「なあ、あれって……」
 モンスターの背後を取ろうとしていたフォンティウスがあることに気づいた。……いや、気づいてしまった。
 そう、モンスターが自らの長身と腕の角度を調節することで……自らの股の部分を使って相手の首を固定していることに。
「……無駄に器用ですね」
 見るに耐えないというか、最早目の前にいるということも忘れられたらどれだけ楽になるのだろう。そう思いながらラウレスは銀色に光る狼達をモンスターへと放つ。
 銀狼達が筋肉ビキニを襲うが……抱きつきをやめようとはしない。
「だったら、踊らせちゃうのですよぅ〜」
 体全体でリズムを取りながら、ノノワールが楽しげにフールダンス♪ を踊り始める。だがモンスターがそのリズムに乗ることはなく、ただただ目の前の獲物へと夢中である。
「がんばってください!」
 囮のキリアへと声援を飛ばしながら、ノッテはヘブンズフィールドを展開する。薄い光が戦場を覆っていく。
「貴様は筋肉を全然分かってねぇっス! 筋肉ナメんじゃねぇっス!」
 上段に構えた包丁を使い、兜割りを放つリゼ。しかし、抱きついた格好のモンスターは器用に横にずれることでその攻撃をかわしてしまう。
「……器用すぎっスよ」
 うなだれるリゼの肩を叩きながら、拙いなといった様子でアリュナスが破鎧掌で引き剥がしにかかる。もろにその一撃を喰らったモンスターは、その魔手を遂にキリアから離し後退する。長く……嫌な戦いになると誰もが予感せざるを得なかった。

●増える被害者
「すごく……大きかった……なぁ〜ん。……ウ、ボァ……なぁ〜ん」
 混乱から回復したキリアがよろよろと立ち上がる。顔面は蒼白になり、身体的な負傷は見当たらないが、精神的な負傷をかなり負ってしまっているようだ。混乱から回復したために、目をそらすことが出来た現実に向き合ってしまったともいえるだろう。ある意味で混乱は救いでもあったのかもしれない。心の負傷を必死で押さえ込み、大岩斬を放つ。
「今から私が身代わりになるのは純粋に助けようと思うからであって決して決して熱く抱き合う2人に触発されたとかその気があるわけでは断じてないことを希望のグリモアに誓って……」
 虚ろな目をしながら滔々と辞世の句を読み上げていくリスト。ぼろぼろになったキリアの前に立ち、モンスターの注意を引き付けようとデモニックフレイムを打つ。
「これ以上好きにはさせません。さあ、来なさい」
 心の中で涙しながらその身を晒すリスト。炎に包まれたモンスターは、その身に受けた多くの傷をものともせず、喜悦に顔を歪めリストの体を拘束した。
(「皆さん、出来るだけ早く倒してくださ……うわあぁぁなんか生暖かいものが体に密着して――」)
 現実逃避という名の心の会話を容易く破り、嫌に暑苦しく生々しい感触を送りつけてくるモンスター。そこへフォンティウスが流水撃を使い攻撃する。……攻撃した後すぐに後退してこちらに興味がいかないように気をつけながら。
「抱きつかれるのは絶対イヤだからね……」
 精神的に磨耗してしまっているキリアを見つつ、フォンティウスは心から思った。囮に志願しなくてよかったと。

●どんなに傷ついたって
 戦闘は予想以上に長引いていた。何故ならば、予想以上に自らの肉体の傷を凌駕する煩悩にまみれたモンスターの体力が高かったためである。
 かなりの手傷を負わせているにもかかわらず、多少動きが鈍ったような気がする? 程度で囮役のキリアとリストを交替で愛でていくモンスターの執念には、冒険者達は呆れを通り越して恐怖を抱かせるほどであった。ちなみに現在は何度目になったか分からないキリアのハグ中である。
 心の癒しにはならないと分かりつつ、ラウレスはヒーリングウェーブで囮の2人の傷を癒していく。
「きっと、あと少しなんですよぅ。みんながんばって」
 そう言いながら高らかな凱歌でノノワールは混乱の解除を図る。……まあ混乱の解除が心の傷を着実に増やしていることに気づいていなかったりするのだが。
「聖女の熱き口づけを持って、呪われし呪縛解き放たれよ!」
 だからもう少しがんばってください。心苦しいものをノッテは感じながら、キリアへと癒しの聖女を飛ばす。少し露出多めの聖女はキリアの額へと優しい口づけをする。心なしかキリアの顔が安らいだように思えたが、自らの現状を思い出し更に落ち込んだのは言うまでも無い。
 先ほど囮から解放されぐったりしているリストに黙祷を一瞬の黙祷を捧げたリゼは、今度こそ当てると言わんばかりに兜割りで攻撃する。そこにすかさずアリュナスが破鎧掌を当て、再度引き剥がしに成功する。
 流石に体力も切れてきたのか自慢のブリッジ体勢を保つのが精一杯になってきたモンスター。そこに何度も見せられた、もとい体験せられた地獄の感触から立ち上がってきたキリアが大岩斬を放つ。その一撃が致命傷となったのか、モンスターの動きが少し止まる。――しかし今日最大の悲劇はここからだった。
 最後の力を振り絞ってキリアにモンスターが抱きつく。そして今まで逆だった体勢を元に戻し――。
「い、いけない」
 何かに気づいたリストがデモニックフレイムを放とうとするが間に合わず。
 キリアの口に当てられた熱く濃厚な柔らかい物体、ついで吸引されているような感触。
(「――ああ、終わった……なぁ〜ん」)
 その数瞬後、消し炭になりクローン化したモンスターと、白目をむき血の涙を流し立ちすくむキリアがいた。

●多すぎた代償
「これが……熊であれば良かったのに」
 アリュナスは目の前に倒れ伏した2人の男を見つめしみじみと呟く。今回の敵はあまりにも多くのものを奪い去っていったように思えたのだ。
「ああ……早く帰ってこの記憶を浄化したい。もうこの場所から早く離れたい」
 口元を押さえ目を瞑りながら恋人のことを考えることで、早くも記憶を消そうとしているラウレス。
「それにしても、なんで男性を襲っていたのかしら?」
 手を顎に沿えノッテは考える。しかし、いい考えが浮かばなかったのか趣味的な問題なのだろうと結論付けることにした。
「はぁ、はぁ……もう、二度とこんな依頼受けるもんか」
 息も荒く半ば泣きそうな顔で呻くフォンティウス。抱きつかれはしなかったものの、逆立ちの変態モンスターは確実に15歳の少年の心を侵犯していたようだ。
「だ、大丈夫? 元気出してなんですよぅ〜!」
 崩れ落ちているリストをノノワールはぎゅーっと抱きしめる。心の傷が癒えるかどうかは分からないけれど、少しでも楽になればいいなと考えながら。無言で首を振りながら、リストはゆっくりと目を閉じる。
(「これでいい……これでよかったんです」)
 そう思わなければ自分を保つことなど出来なかった。
「大丈夫っスか?」
 先ほどノノワールがしていたように、そっとリゼがキリアを抱きしめようとする。女の子が抱きしめれば、男の子は癒されるって聞いたっス! という優しい心遣いであった。――が。
「……今回のことは見なかったことにしてくれ……なぁ〜ん……!」
 抱擁から逃げ出し何処へと走り去っていくキリア。
「な、なんで逃げるんスか! ちょっと!」
 逃げるキリアを追いかけるリゼ。
 哀しいかな筋骨隆々のリゼの体が、キリアに先ほどのモンスターを連想させていたのは言うまでも無い。
「落ち着いてくださいっスー!」
 19歳の少年の心の傷に……合掌。


マスター:原人 紹介ページ
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   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
シュヴァルツェ・キリア(a71164)  2010年05月23日 02時  通報
ファーストの代償は大きいけど無事にロンリーを卒業したという……でも、黒歴史で仕舞い込みたい思い出に変わりは無いなぁ〜ん。