calme



<オープニング>


 夕照りの中にそびえる鐘楼の影が、陽光の残滓に照らされた街に落ちている。毎日毎夜、夜の訪れを報せるために鳴らされていた晩鐘は、その日、鳴らなかった。おそらく、明日も、明後日も、その次の日も、鳴ることはないだろう。
 鐘の打ち手を遠ざけている者は、鐘楼の天辺より下界を望む大鴉。血のように赤い夕照りを浴びても、露ほども温かみを感じさせない濡羽色の存在は、まるで死の使いのように、ただ街を見下ろし佇んでいる。
「とある街に赴き、街のはずれに建つ鐘楼に留まり続けているモンスターを、討ち果して欲しい」
 女はそう言いながら、ロウソクの火に葉巻をかざした。途端に、甘くくすんだ芳香があたりに立ちこめ始める。女の名は、暗夜の霊査士・ジナイーダ(a90388)。霊査の術で見えた光景を、冒険者に伝える役目を負った女。
「人の身の丈ほどもある大鴉。しなやかで動きは軽く、身を裂く衝撃波を放ち、風のような素早い連撃を繰出す。無論、空も飛ぶ……けれど、ひとたび戦となれば己の射程を固持し、最大でも十メートルより高くには昇らないわ。もっとも、逃亡を企てた際はその限りではないでしょうけれど」
 煙をくゆらせる葉巻を指に挟んだまま、女は言葉を続ける。今のところ、その大鴉が起こした事件は、ない。しかし街のはずれとは言え、モンスターが居れば住民は避難せざるを得なく、事実、街は疲弊し寂れはじめていた。大鴉の留まる鐘楼はおよそ二十メートルの高さで、その回りには建物らしい建物もなく、開けた空間が広がっているという。
「闘争心は強いわね。おそらく冒険者が鐘楼に近づけば、舞い降りて排除にかかって来るはず。空を舞う相手には、前に立つ者、後ろに立つ者の意味は、無くなってしまう……重々気をつけて頂戴」
 完遂を期待してる……女はそう言うと押し黙り、葉巻を唇へと運んでいった。


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参加者
煤の双眸・クローチェ(a38525)
刻の白露・セッカ(a45448)
湖月・レイ(a47568)
アフロの医術士・ウィズ(a47838)
在地願為連理枝・レミール(a64556)
蒼天を往く烏羽・ラス(a64943)
七竈・エッシェ(a69115)
久遠なる湖晶・ジリアン(a69406)


<リプレイ>


 茜空に、無数の鴉が飛び交っている。けたたましい鴉の鳴声は、古くから嘲笑の言葉とされてきた。であれば、空を飛ぶ鴉は何を嘲笑っているのであろうか。地を這う生き物全てを、それとも、愚行繰り返す人間を、高みより見下ろし、嘲笑しているのであろうか。
「見えました。距離は……百メートルは無さそう、ですね」
 久遠なる湖晶・ジリアン(a69406)は遠眼鏡を下ろすと、乗り出していた身体を石段の陰に引っ込めた。鐘楼の天辺より街を見下ろす大鴉。その心の内が気に掛かるが、今はそのことに思考を向ける時ではない。彼は守護天使の加護を仲間たちに施して、円陣の内側へ戻っていく。
「……時間が、止められてる」
 打たれ弱い術士たちを円で囲む陣を、冒険者は敷いていた。円の外に位置する七竈・エッシェ(a69115)が、額にかかる前髪を払いながら、鐘楼の上に視線を向ける。思わずついて出た言葉は、言い得て妙であった。動く者は空を往く『普通の』鴉たちだけという、異様な光景。
「なるほど。死の使いとは良く言ったものね」
 違和感に気づいたのか、今まで鐘楼の上で微動だにしていなかった大鴉は、身体を反転させ冒険者たちへ視線を向けた。風に揺れる金鳳花・レミール(a64556)が慌てて身を伏せる。だが今さら隠れたところで仕方がないと判じたのか、彼女は堂々とその姿を鐘楼の建つ高台へと晒した。その肩にエッシェが手を掛け、守護の誓いの言葉を告げる。
「死にせよ神にせよ、何の使いにしても、上から見下ろす所は同じか……」
 高台へと至る石段を駆け上がる冒険者たち。湖月・レイ(a47568)は肩を覆うマフラーを巻き直しつつ、佩刀を抜く。動き出した時間の結末に、彼女の漆黒の瞳はさしたる興味を示さない。
 赤い空に影が飛び、それと同時に冒険者たちは、白い地を駆け出した。


 黄昏の空を裂く黒い矢とでも言おうか。大鴉は獲物を定めるべく旋回し、徐々にその高度を落としていく。不用意に降りてきた大鴉を捉え、レイが黒衣に包まれた細腕を振るい、身の自由を奪う蜘蛛糸を空中に放った。絡め取るかと思われたその糸は、すんでのところでかわされてしまった。しかし、互いの射程を先に見極めたのは、大鴉ではなく冒険者たちであった。
 レミールがすかさず一歩突出し、盾を構えながら眩い光を空に向けて放つ。羽ばたきは止められないが、大鴉の注目を集めるには十分な効果は得られたようだ。恐るべき急降下で迫った鉤爪を、彼女は盾でいなし、幾重にも講じられた守りの術で苦も無く防いでみせる。
 再び飛び立とうとする大鴉に生まれた一瞬の隙を突き、煤の双眸・クローチェ(a38525)が死角より忍び寄る。モノクロームの様相に茜を混じらせ、男にしては端麗な指先に蜘蛛の糸を絡ませ、彼は大鴉を地に留めようと腕を手繰った。首に巻かれたベルの音に、大鴉が気取られるよりも早く腕を払ったはずだが、またしても大鴉は拘束の術から逃れてしまった。一瞬、彼の瞳と鴉の瞳が合った。
 反撃を避けるために身をひるがえしたクローチェの陰に控えていたのは、蒼天を往く烏羽・ラス(a64943)であった。油断無く構えた大剣を振るえば、切っ先は大鴉を捉えることができただろう。しかし彼は当初の作戦に従い、大鴉の自由を奪うために暴風思わす咆哮をあげた。濡羽色の髪をざわめかせ、地をも震わす怒声が鳴り響く。
 功は奏さない。一連の牽制は敵の苦手とする力ではなく、望んだ結果は得られない。黒い羽を落とし、大鴉は再び空へと昇っていく。しかし、刻の白露・セッカ(a45448)は慌てる素振りを見せず、パンジャを嵌めた手指を宙に滑らせた。ともすれば緊迫感に欠ける表情だが、描かれた紋章より立ち昇る緑の槍は、空を舞う大鴉を容赦なく貫いた。打ち据えた木の葉が大鴉の身の自由を奪い、ついにその身体を地へと落とすことに成功する。舞い落ちる黒羽に彼女はただ一言、呟いた。綺麗……と。
 もんどり打つ大鴉に、機を窺っていたエッシェが突撃する。脇に確りと構えられた矛の穂先が、地上でもたつく大鴉の横腹へ深々と突き立つ。突撃の勢いで石畳に激しく擦られながら、大鴉が苦痛を孕んだ悲鳴をあげた。
「啼くな、このっ!」
 強引に穂先を振り抜くと、大鴉が石畳の上で跳ねた。幸福の在処・ウィズ(a47838)はその様を見て、取るべき手だてを変更した。すぐ横に位置するジリアンに目配せをし、彼は大鴉に更なる追撃を施すべく、決して得手ではない紋章術を用いた。
「そこからはどいてもらうよ」
 例え己が鐘楼を守る存在だと思っていたとしても、それは叶わぬ身に落ちたことを大鴉に知らしめるために、彼は虚空より召喚した気高き銀狼を、もがく大鴉へとけしかけた。
「後ろは僕が!」
 先の合図を理解したジリアンが、銀狼の動きと同調し、癒しをもたらす光の波を周囲に広めていく。柔らかな口唇に当てられた魔楽器が奏でる音色は七色の光を帯び、傷つけられた仲間の身体を治癒していく。銀狼に喰らいつかれ、けたたましい鳴声を大鴉があげた。激しく翼を羽ばたかせ、再び空へ戻ろうとしている様を見るに、拘束は運悪くとかれてしまったらしい。
 舞い上がる大鴉にレイが迫り、細身の刃を払う。大鴉が烈風を放ったのは、それと同時であった。黒の翼と七色纏う黒刃が夕空に交差し、不可視の刃が宙を走り互いの身に深い裂傷を負わす。
「偶には大地もどうだい……?」
 純白のケープに落ちる黒羽を払うと、セッカはひどく緩慢な動きで顔を空へ向けた。描かれた紋章より放たれるのは、先と同じく緑の縛撃だ。横目で敵を捉えるその伏しがちな眼は、どこか妖しげな艶を帯びている。空中で動きを止められた大鴉は、鋭角を描き大地へと落ちていく。
 地に激突する間際、敵に猛追したラスが、横手に構えていた大剣を切り上げた。掬うかのように弧を描いた剣閃は、大鴉の体躯をしたたかに打ち、骨肉を強引に断つ独特の感触を彼の腕に伝える。空へと返さぬために、そのまま地へと叩きつければ、大鴉は石畳の上を成すすべも無く滑っていく。
 おびただしい血のりが、橙色に染まった石畳に、赤黒い線と点を描く。痛々しくもある。が、これが世の摂理であるのなら、心痛めるなど人間の傲慢に他ならない。クローチェは駆けていた足を止め、その勢いのままに身体を半回転させた。鋼糸に絡ませた不吉な札を撃ち、抗いがたい不運を大鴉の身に刻ませる。
 真っ黒な体躯を覆う黒い沁み、闇を塗り込めたような存在に真紅が迫る。エッシェの駆るグランスティードが地を蹴り、宙を踊る。枯れ色の外套がひるがえり、その姿はあたかも夕に疾る一羽の猛禽を思わせた。穿つ矛先が空を往く者を地に縫いつけ、口元を引き締めたまま柄をひねれば、悲鳴があたりに響いた。
 ウィズはその声にわずかに眉をひそめる。晩春の風は香りに富み、生まれ育った森の情景を、そして共に過ごしてきた動物たちの姿を思い出さずにはいられない。さりとて、眼前にいるのは無垢なる獣ではないことも、わかっている。浅く息をつき、彼は療術の祈りを口中で紡いだ。広げた手に虹色の乙女が寄り添い、柔らかな波が仲間達の命を救っていく。
 度重なる攻防に、陣が乱れつつあるのを見止めたジリアンが、声を張りあげその旨を前衛に伝えた。地に落ちた敵に追撃するために、陣が縦深していたのだ。仲間と同調するために、守りを磐石にするために、あらかじめ決めておいた陣形へと、冒険者たちは立位置を直していく。ジリアンは同時に、護りの守護天使を降臨させた。
「感謝します。攻勢に乗っている時ほど、気を引き締めねばなりませんね」
 レミールが大鴉に目を向けたまま礼を述べる。下段に構えた曲刀に映る彼女の横顔は、どこか戦いを楽しんでいる風に見えた。儀礼ばった美しい所作で曲刀を構え直すと、彼女は軽やかなステップを踏み、起き上がらんとしていた大鴉へと相対した。
 夕陽は傾き、彼方の山稜へ隠れようとしている。紅と黒に彩られた光景は切り絵めいていて、幻想的ですらある。手にした得物の感触が、あるいは刻まれた傷の痛みだけが、現実に留めておくための錨だ。止められた時間は、まだ、動かない。
 傷つけられた肉体が痛むのか、大鴉は動きを制限されているにも関わらず羽ばたこうとする。
「そろそろ羽休めの頃合や……地に、墜ちるといいわ」
 かろうじて浮き上がったその身に、死の使いが描かれた札を、レイが投げつけた。腹を裂かれよろめく大鴉に押し迫るのは、黒銀の大剣を構えたラスだ。温かみを持たぬ刃が水平に閃き、鋭い風切りの音と共に血風が散る。頬についた返り血を拭うと、陣が乱されぬよう回り込み、敵を牽制する。理に外れた存在であれば、滅することに躊躇はない。
「モンスターの癖に」
 死角より踏み込んだレミールが、体勢を立て直した大鴉に斬撃を見舞う。二度、三度、空を舞う鳳の如く刃が煌めき、赤黒い血糸の織物が紡がれていく。そして怒号と共に下される最後の一撃。
「私と似た技を使うなんて……許しませんっ!」
 燃え尽きる命の残滓が力をもたらしたのか、大鴉は斬撃を耐え、拘束をも跳ね除け、再び空へと逃れていく。中空で反転した大鴉は、前衛の頭上を飛び超え弾丸の如くウィズへと襲いかかった。飛び散る鮮血。短い悲鳴。だがそれは身を呈して庇った少女の……セッカのものであった。手痛い連撃に膝を突きそうになるが、純白の少女はかろうじてそれを堪えた。
 ジリアンがすかさず天に祈りを捧げ、慈愛の女神の祝福をセッカへもたらす。極彩色の口づけは、瞬く間に彼女の身体を元通りに癒した。頭上を掠めるように空へと発った大鴉を、ウィズはわずかに怒りを含んだ視線で追う。紋章より生み出された銀狼が夕映えの宙を駆け走り、鐘楼へと逃れんとしていた大鴉の足を喰い千切った。
 落ちない。両の足をもがれてなお、生きることを放棄するつもりはないらしい。エッシェが地を駆け空に向け刺突を繰出した。雷球が夕映えの空を切り裂き、慈悲もなく大鴉の体躯を撃ち抜く。羽ばたきを止め、くすぶる煙を上げながら、大鴉はゆっくりと墜ちていく。
「……ザンネンだ」
 ぎり、と張りつめた鋼糸が軋む音を上げたのは一瞬のこと。落ちゆく大鴉の身体を絡めとり、クローチェは、ただそれを引き絞った。バラバラに裂かれた大鴉と、彼の瞳がまた、交差した。何も感慨は浮かばない。ただ、互いの生きる場所が違っただけ、その結末に過ぎない。
 気づけば、橙の空はいつしか紫のそれに代わりつつあった。得物に滴る血を拭うと、一同は小さく息をつき、夕闇の空を仰いだ。静かな宵の時が訪れる。凪だった高台に風が吹き、鐘楼の鐘がかすかに鳴った。


「明日こそは……夜を告げる鐘が鳴るといいな……」
 セッカが身体についた血を拭いながら、ぽそりと呟く。疲れのためか、いつにもまして双眸は眠たげだ。いま目を瞑ったら、そのまま寝入ってしまうかもしれない。慌てて仲間が声をかける。
「そうですね。明日からは……いえ、今宵からだって、きっと鳴らせますよ」
 鐘楼のたもとの基礎に腰掛けて、ジリアンが微笑みかけた。先の鐘の音はあまりに小さすぎて、幻聴だった気もする。しかしあえて、彼はそのことを誰にも尋ねずにいた。
「鐘楼の下に埋めてあげたいけれど、これでは無理かな」
 石畳で補強された高台は、亡骸を埋められるような場所が見当たらなかった。辺りを見て回っていたウィズが、そびえ建つ鐘楼を見上げながら、溜息混じりに言う。紅紫の空に黒いシルエットを浮かばせた鐘楼は、巨大な墓標を思わせた。
「自然は自然に……か」
 同じく上をみやっていたラスが、何かを見止め呟いた。つられて幾人かが空を見上げた。そこには、未だ数を減じていない鴉たちの姿があった。戦の途中では気づかなかったが、けたたましい鳴声も相変わらずだ。
「……そういうのは、キライじゃあない」
 死に場所くらいは、くれてやるさ。クローチェはボリボリと頭を掻くと、小さく肩をすくめる。遠巻きに空をゆく鴉たちは、大鴉の亡骸を求めているように見えたからだ。
「オッケー! 決まりね。それじゃ、さ。手伝っておくれよ」
 辺りを包んだ小さな沈黙を、エッシェが手を叩き払拭した。腕をまくると、「うわ、こりゃ酷いね」などとうそぶきながら、彼女は大鴉の亡骸を高台の淵へ抱えていく。その後を、仲間たちが続いた。
 空より降りた鴉たちに埋もれ、大鴉の姿はやがて見えなくなった。宵空に無数の黒い羽が舞い落ちる。その一枚をレイは手にとり、厳かに、かつ騒がしく執り行われる鳥葬を、静かに見守っていた。
「……どうしたん?」
 ふとレイは横にいたレミールに声をかけた。神妙な面持ちの彼女は、問いかけに気づかなかったのか、しばしの間をおいて向き直った。
「いえ。正々堂々、お相手できました……よね? 私たちは」
 ふわり、と寂しげな笑顔をこぼす。かつての同輩に敬意を払って挑んだはずだが、清々しい戦などありようもない。そんな彼女の問いに、レイはただ一言、「無論」とだけ答えた。
 永遠とも思えた夕暮が終わり、今日という日が終わる。風はもう吹かないらしい。続く凪のうちに、街を見下ろしていた呪詛は消え失せた。


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作成日:2008/05/07
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