泣きっ面に狼



<オープニング>


 鬱蒼と繁る山林が醸し出す闇の中、彼は自らの運のなさを嘆いていた。
「ついていない……本当についていないな……」
 隣に控える相棒の咽を撫でながら、疲労が溜まり閉じようとしている瞼を叱咤し、出来る限りの笑みを浮かべる。笑わなければますます落ち込んでしまうから。
 狩りにでた彼が足元を掬われ坂道を転がり落ちてからもう丸一日という時間が無常にも流れていた。捻挫した片足を酷使して歩き回ったせいか、最早激痛で感覚がマヒしてしまっている。我ながらよくこれだけ耐えてがんばったなと少し誇らしい気持ちと共に、丸一日という時間を歩き回ったにもかかわらず、未だに迷子から脱せていないことに呆れすら感じる。
 人生何が起こるかわからない。運が悪いときはトコトン落ちるぞ。そう死んだ爺さんが言ってたっけな、と自らの運のなさを呪いながら只一息のため息をつく。
 ただ最早足は限界に達し、これ以上歩くことは困難だろう。その辺に落ちていた木の枝を杖代わりにだましだまし歩いてきたが、少し休憩しないと拙いかもしれない……。
「なあ……ちょっと、休憩しようか」
 そう言いながら、傍らに付き添う自らの相棒の全身を両手でわさわさと撫でる。くすぐったそうに体を振るわせた相棒は、仕返しとでもいうかのように彼の顔をくまなく舐めあげる。
「うわっ、こ、こらっやめろってば……くすぐったいって」
 自らの主人が笑顔を見せていることがよほど嬉しかったのだろう。尾を激しく左右に振りながら少し甲高い声で鳴く。
 今回は運が悪かったけれど、きっといつか良いことがあるかな……。何気ない一時ではあるが、相棒のおかげで心が救われたように思える。彼は自らを組み敷いている毛むくじゃらの相棒をそっと抱きしめ、そっと「ありがとう」と呟いた。
 ――遠くで聞こえる咆哮にも気づかずに。

「依頼だよ。急ぎの用なんだが手の空いてる者がいたら集まってくれ」
 どこか気だるげな雰囲気を漂わせながら、エルフの霊査士・セルフィ(a90389)が冒険者達を集める。だがその顔には心なしか焦りのようなものがあった
「山に出現したでかい狼を退治してきて欲しい。なに難しい依頼じゃあない」
 それぐらいなら大丈夫だ、と意気込む冒険者達。しかしそのうちの1人があることに気づく。何故セルフィは急ぎの依頼だと言ったのだろう、と。怪訝そうな顔をした冒険者に苦笑し、セルフィは気を取り直すかのように大きく息を吸い込み、その勢いで説明を続ける。
「今現在その狼の徘徊する山に、1人の青年とそのペットの犬が迷い込んでいる。青年は怪我をしてしまっていて山からの急な脱出は難しいだろう。このままでは狼の餌食になるのもそう遠い話ではない」
 だが、まだ狼も青年もお互いに存在に気づいては居ないので、今から直行すれば狼と青年達が出くわす場面には間に合うだろう、早急に青年達を保護し狼の退治もしてもらいたい、と早口でセルフィはまくし立てる。
「青年は相棒の犬と斜面で足を滑らせて――滑らせたのは青年だけだがな――足を捻挫している。痛みに耐えながらも山の中をさ迷い歩いているみたいなんだが、足が限界にきたのか少し開けた場所に座り込んでしまっている」
 そして落ち込んだ気分を紛らわせるために犬と遊んでいるところを襲われてしまうだろう、そうならないためにも急いで行ってきてくれ、と周りの冒険者達に半ば頼み込むかのように言うのだった。
「青年達を保護した直後に狼は現れるだろう、みんなの健闘を祈っているよ」
 そして足場が悪いから、青年みたいに足を滑らせないように気をつけろよ、と言いテーブルに置かれたグラスの水を嚥下するのであった。


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参加者
翡翠色のレスキュー戦乙女・ナタク(a00229)
蒼炎華・ルヴェンダ(a45027)
ピースメーカー・ナサローク(a58851)
生と死の調律者・ケイト(a63733)
灼炎を生きる銀狼・レヴィアス(a66563)
蒼き撲殺居眠り絵師・マーモ(a68303)
なぁ〜んですなぁ〜ん・キリア(a71164)
白き大鴉・セシル(a72318)


<リプレイ>

●救助は迅速に
「いたいたっ、まだ狼は……来てないね」
 グランスティードに搭乗した翡翠色のレスキュー戦乙女・ナタク(a00229)が、木々の間で座り込んでしまっている1人の青年と1匹の姿を見つけ駆け寄る。
 近くにまだ狼の気配がないことを確認したナタクは、突如よく分からないものに乗ってあらわれたナタクの姿に驚いているダニエルに、自分達は助けに来た冒険者であること、このままここに居ると巨大な狼に襲われてしまうことを教えつつ彼の足の捻挫を確認する。そして軽く包帯を巻くと、まだ状況を飲み込めておらずに困惑しているダニエルをグランスティードへと乗せようとする。だが、そこでダニエルの傍らから敵意を放ちながら唸り声をあげる存在が居た。彼の相棒のリックである。
 リックとしては唐突にあらわれ主人を連れて行こうとするナタクが、まるで悪者であるかのように映ったのだろう。今にも飛びかからんとするリックの様子に慌てた様子で宥めようとするナタク。その時彼女の背後からどきりとする程甘く囁きかけるかのような歌声が発せられる。ナタクのグランスティードに同乗していた蒼炎華・ルヴェンダ(a45027)である。
 1フレーズだけ歌ったルヴェンダは、警戒しているリックへと出来るだけ優しい表情で語りかける。
「リック、お前が警戒してしまうのも無理はないだろう。だが、俺達はお前の主人に危害を与えようとしているわけじゃない。それにこのままこの場所に居るのは危険なんだだ」
 だから早く逃げてくれ、と言うルヴェンダの言葉に、リックは少し考えた様子を見せた後に1つの問いを投げかける。
「ゼッタイ、ダニエル、イジメナイ?」
「ああ、絶対だ」
「……ワカッタ」
 警戒を緩め、ダニエルに駆け寄るリック。それを見たナタクがダニエルに肩を貸しながらグランスティードに乗せ、その場を離脱していく。後を追うように駆けていくリックの後ろ姿を眺めていたルヴェンダの背後から、先ほどのリックのものとは比較にならない程に大きな唸り声が聞こえる。
「……ギリギリだったな」
 危なかった、と振り返ったルヴェンダの眼前に、辺りの生えた草をなぎ払いながら突撃してくる狼の姿があった。

●誘導作戦開始
 ただ1人で狼の攻撃をしのいでいたルヴェンダに、狼が渾身の一撃であるかのように跳びかかろうとした瞬間、横から飛び出してきた巨躯によって横っ腹を打ち付けられ、血飛沫を上げながら大きく体勢を崩した。
「たかが野良の狼犬ごときに心優しき青年と忠犬をやらせてなるものか……」
 そう言いながら斧の刃についた血を振り払っているのは、ピースメーカー・ナサローク(a58851)である。ここに駆けつける際に使っていたのだろう、鎧進化によって身に纏う鎧は頑強なものへと変化しており、その両足には山道での滑り止め対策として荒縄が巻かれていた。
 足元を注意していたためにナサロークから少し遅れて駆けつけた戦場の白き大鴉・セシル(a72318)は、大きく息を吸いながら所持していたオカリナを鳴らす。怒りをあらわにするかのように大きく唸りながら立ち上がった狼が、その音色で自らの得物が増えていることに気付く。横腹に開いた傷など何の問題にもならないとでもいうかのように一度大きく吼えた後、だらりと舌がでたその口から荒々しい息づかいを辺りに響かせながら、セシルへと跳びかかる。
 横に飛びのくようにしてその攻撃をかわすセシルであったが、完全にはかわしきれずに鋭い爪によって切り裂かれる。しかし、召喚獣であるダークネスクロークが展開し、ダメージは最低限のものへと軽減された。
「ありがとう、クローク。助かったわ」
 そう言って微笑むセシルの飛びのいた先に居た生と死の調律者・ケイト(a63733)。
「ほら、こっちへおいで。お菓子もあるよ?」
 その頭上には眩しく輝く光の輪があり、出来るだけ足場のマシな場所へと狼を誘導するために、出来うる限り興味を引こうとしているのだった。その隣では同じように興味を引くために、残飯処理レイヴン・キリア(a71164)が金属光沢とは違う光を放つ鎧――おそらくナサロークと同じく駆けつける際に鎧進化で強化したのだろう――を身に纏い、必死な表情で口笛を吹いていた。
「ピョ……ヒヒュー、ピロ……ヒュー」
 ……もっとも急いで駆けつけたため、息も絶え絶えになっていて満足に音が出せていなかったりする。だが、それらの効果もあってのことだろうか、狼の放つ雰囲気の中に殺気以外のもの――興味のようなものを感じ取った冒険者達は、そのままそろりそろりと後退し……そして誰かが発した言葉を契機に、一気に後方へと逃げる!
「鬼さんこちら……っと!」
 獲物に逃げられると思ったのだろう、焦ったかのような様子で追いかけくる狼に、灼炎をまといし銀狼・レヴィアス(a66563)が、挑発するかのように笑う。その手には自らの武器である杖が握られており、足を滑らせないようにつきながら駆けていく。
 そして、先ほどまでの場所よりは多少足場がマシであると思われる場所まで誘導できたところで、青き撲殺絵師・マーモ(a68303)が右手を振り上げながら宣言する。
「ふはーっはっはは! このアレイとキーが立ち上がった今、この試合……確実にしょーうっり!」
 そしてゆっくりとマーモの姿が消えていく。ハイドインシャドウで姿を隠したのだ。これで相手から隠れながら攻撃が出来る、とほくそ笑むマーモ。もっとも既に狼から敵であると認識され警戒されている以上、狼にその効果は通用しないし、姿を隠すのに必死でアビリティを使っている余裕などなかったりするのだが。

●足元注意
「行け、銀狼! 力を貸せ」
 ルヴェンダから放たれた銀の狼が、その数倍の大きさを誇る狼へと喰らいつき霧散する。拘束までは出来なかったことを悔しげに見つめ、登山靴に包まれた足を動かし急いで安全圏へと避難していく。
 多少は足場のよい場所での戦闘に持ち込めた冒険者達であったが、それでも足場が悪いことには変わりはなく、それ用の対策が不十分だった者たちは足を滑らせたり、攻撃されるたびに体勢を崩したりと、苦戦を強いられていた。その中で、山道対策をしていたナサロークは比較的軽快な動きで狼に切り込むことが出来ていた。自らの扱う戦斧の重みを叩きつけることで活かしながら、かなりの手傷を負わせている。
 この状況を不利であると悟ったのだろうか、逃げようと反転した狼の瞳に、目も眩むような強烈な光が飛び込んでくる。セシルの放ったスーパースポットライトである。体を痺れさせるまでには至らなかったものの、狼はその強烈な光を目の前にひき付けられるかのように注視してしまう。
「さぁ皆回復するよ、もう少しだから頑張ってね」
 その隙にケイトから放たれた淡い光の波が仲間達の体を優しく包み、その身に受けた傷を癒していく。
「弱いものイジメはお仕置きなぁ〜ん……」
 そう言いながら気合を入れて剣を振り下ろすキリア。その一撃は余所見をしていた狼にとって致命傷ともいえるダメージを与えることに成功する。その狼に駄目押しであるかのようにレヴィアスの紋章の力で作られた槍のようなものが、狼の眉間に突き刺さる。それ自体のダメージはほとんどないようであったが、突き刺さった場所を中心に禍々しい呪痕を刻み付けていく。
 完全に弱っている狼を見て止めを刺そうとしたのだろう、マーモが自らの蹴りを叩きつけようとした瞬間、油断していたのか足を滑らせ体勢を崩してしまう。そのチャンスを逃す相手ではなかった。
 最後の気力を奮い立たせ道ずれにするかのように、体勢を崩したマーモにその鋭い爪を振り下ろす狼。その直後に辺りに飛び散る大量の赤い液体、そしてどこか力の抜けた驚きの声。力なく倒れ伏したマーモの姿を満足げに眺めた狼は、その身を呪痕に蝕まれ、マーモの体にに重なるようにして倒れたのだった。

●運が良かった? 悪かった?
「ああ……本当に助かったよ。まさかあんな巨大な狼が近くに居たなんて……」
 冒険者達の倒した狼の亡骸が埋葬されるところを見ていたダニエルは、もし襲われていたら……と恐ろしげに体を振るわせる。「やっぱりついてないのかなあ……」という呟きにナタクが反論する。
「確かに足を滑らせて怪我をしたのは『ついてない』のかもしれないけど、結局こうやって助け出されたんだもん、『ついてない』なんて事は無いでしょ?」
 前向きに考えた方がいいよ、と笑うナタクに「そ、そうなのかな……」と自信なさ気なダニエル。
「運が悪いといえば、狼の方だろう。好きであんな姿になったわけではあるまい……」
 墓の前で手を合わせているルヴェンダであるが、どこかすっきりしない、といった表情であった。確かに彼の言うように、もっとも運のなかったのは狼であったのかもしれない。
「これでよし……と、暫く無理はいけないよ?」
 ダニエルの捻挫を検診していたケイトが、応急処置を終え1つ大きく息を吐く。ちゃんと地元の医者にも見て貰うように、とダニエルに念を押しながら振り返り、「君もだよ」と包帯まみれのマーモに言うのであった。だが、うー、と唸るようなマーモの視線の先には、ダニエルに頼んでリックと遊んでいる者たちの姿があった。
「いーなー……俺もあんなふうな相棒ほしいなー……」
 どうやら話を聞いていなかったことが分かり、ケイトは今度は大きなため息をつくのであった。
「よしよし……良い子だな。これを食べるか?」
 リックの頭を撫でながら、小さな肉を差し出すナサローク。狼と戦っていたときとは打って変わって、穏やかな表情で毛むくじゃらの頭を優しく撫でる。先ほどまで警戒していたリックも、冒険者達が悪人でないとわかると、尻尾を軽く振りながらリラックスした様子でじゃれつくのであった。
 ナサロークに変わってもらって次に頭を撫でるのはセシルだ。偉い偉い、と言いながら両手で包み込むようにリックの頭を撫で回す。
「賢い、いい子ですね」
「僕の……大事な相棒だからね」
 セシルの言葉に対するダニエルの言葉には、本当に彼がリックを大事にしているのだと分かるほどに優しい響きを伴っていた。ただただ優しい表情を、ダニエルはリックに向けている。
「次は俺、俺の番なぁ〜ん!」
「いーや、次は俺の番だ!」
 次にリックと遊ぶ順番を主張しあうキリアとレヴィアス。どちらも次こそは自分の番であると譲ろうとしない。そんな2人に「2人とも一緒に遊べばいいんじゃないかな?」というダニエルの鶴の一声がとぶ。顔をあわせてその手があったか、といった様子のキリアとレヴィアス。先ほどまでいがみあっていたのをころっと忘れて、仲良くリックを構いにいくのであった。
「おー、良い子良い子なんだぜなぁ〜ん」
「お前みたいな忠犬、お兄さん大好きだー♪」
 2人にもみくちゃにされるリックであったが、尻尾は存分に振られているのできっと楽しんでいるのだろう。山の中に楽しげな犬の鳴き声が一声響き渡った。


マスター:原人 紹介ページ
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シュヴァルツェ・キリア(a71164)  2010年06月30日 22時  通報
彼と彼の犬は今でも元気にしているであろうかなぁ〜ん。

私もあの犬の様な相棒が欲しいなと思った依頼でしたなぁ〜ん。