蒼氷の亡霊兵:アイスブルー・ギガンティック



<オープニング>


●蒼氷の亡霊兵
 それは、ある日突然出現した。
 なんの前触れも無く、忽然と姿をあらわしたそれは、各地で同盟諸国を敵とするように戦闘行動を開始した。
 敵の共通点は、その体表が蒼い氷のようなもので覆われている事。
 そしてもう一つ、かつて同盟諸国が戦い討ち果たした敵であるということ。
 かつて滅ぼした敵が蘇り同盟諸国に復讐を果たそうとでもいうのだろうか。

 その不気味な敵の進軍は、同盟諸国の各地で次々と起こり始めていた。

 ※※※

「皆、集まってくれたかしら」
 ヒトの霊査士・リゼル(a90007)は、異変の噂を聞きつけて集まった冒険者達に説明を始めた。

「今、ランドアースでは不思議な事件が起こっているの。蒼い氷をまとった亡霊のような集団が、大陸のあちこちに現れて悪さをしてるみたいなのよ」
 蒼氷の亡霊兵とも言うべき敵達は、モンスターでもアンデッドでも無く、今まで冒険者達が戦った事の無い敵だというのだ。

「場所によっては千体以上の集団が現れている場所もあるみたいだし、数が少ない所でも強大な敵の存在が確認されているわ。彼らが現れた理由はわからないけれど、放置する事はできないから……状況が判明した所から討伐に向って欲しいの」

 リゼルはそう言うと、詳しい事は担当の霊査士から話を聞いて欲しいといって、冒険者達に頭を下げ、最後に1つだけつけ加えた。

「この一連の事件の現場には、擬似ドラゴン界のような空間が形成されていてドラゴンウォリアーとなって戦うことができるわ。これ自体は、悪い事では無いけれど……。少し嫌な予感がするわよね」
 
●アイスブルー・ギガンティック
 冒険者達が待つテーブルにやって来たリゼルが広げたのは、旧グドン地域の地図。
『グドン地域完全制圧』で大勢の冒険者が討伐した後は、グドンの数も激減していたはずのその地に現れたモノの名を、眼鏡の霊査士は告げた。
「かつての『グドン地域強行探索部隊』の活躍を思い出して欲しいの。
 部隊が発見したモノは、数万匹以上のグドンの群れ。それを率いる数百のピルグリムグドンとピルグリムワーム達……そして」

 ――ギガンティックピルグリム。

 喉の奥でうめくように呟いたのは誰の声だったか。その声にリゼルは頷いた。
「そう。『グドン地域掃討戦』で倒したはずの、異形たちが現れたの。
 あの時と同じ戦闘力で――違うのは、全身に蒼氷を纏っている事と、ピルグリムやワームのみならず、グドンまでも統率された動きをする事ね。グドンの全てを食らいつくし増殖する浅ましい本性は見えず、むしろ戦闘に専念する軍隊のような感じを受けたわ。
 そして何故かは霊査でも解らなかったけれど、この敵がいる場所は疑似ドラゴン空間に似た性質があるの」
 つまり、ドラゴンウォリアーとなって戦える。強大な力を得る代わりに、広大なグドン地域にドラゴンウォリアーはたった10人しか存在できないが。

 リゼルが広げたのは当時の作戦地図だった。
「覚えている人もいるかしら。当時は7つのルートに別れて、グドンに食い荒らされた死滅の森を制圧していったわ。
 今回は、
 ルート2『南方辺境ルート』、 ルート3『北方辺境ルート』、
 ルート7『チキンレッグ街道周辺制圧ルート』
 この3つのルートから侵攻して欲しいの。
 ピルグリムグドンはドラゴンウォリアーの敵ではないけれど……現在ここは、開拓民が入植して開拓中なの。
 このままでは幾つかの開拓村がグドンの群れに呑まれてしまうわ。
 今から行けば村が襲われる間際に到着するから、群れを倒し開拓民を救って」

 彼らを救い、このルートを制圧していくといずれその先――ルートの合流地点――に『岩砂漠』がある。
 ここにも奥に潜む巨大な主を護るかのようにピルグリムやピルグリムグドン、ピルグリムワームの混成軍が待っている。
「この『岩砂漠』を越えて『粘り谷』へ向かって頂戴。
 粘り谷にはピルグリムが拠り合わさって出来た粘ついた糸が、蜘蛛の巣のように張り巡らされているわ。
 そこには数百ものピルグリムワームが待ちかまえている。
 ワームはドラゴンウォリアーなら1人で戦っても負けることは無いけど、数が多いから、撃破にはかなり手間取りそう。まともにやり合うのは得策ではないと思うわ。
 粘り糸の巣も、ドラゴンウォリアーの力なら破壊できるけど、切った糸が粘って絡みつけば外すのに余計な手間も時間もかかるし……避けて飛べるなら、そうした方が良いわね」
 勿論それが解ってはいても、統率されたワーム達が行く手を遮り、戦う事になる可能性は高いが。

 そして巣に覆われた谷の中央――かつて、グドン地域強行探索部隊を主力とした作戦旅団が駆け下りた谷底に、ギガンティックピルグリムがいる。
 あの巨大な白き異形が、今は蒼氷をまとった姿で再生している。

 ギガンティックピルグリムはドラゴンウォリアー数名分に匹敵する強さだ、とリゼルは言う。
「万全の体制のウォリアー10人がかりなら問題なく倒せるだろうけど、敵の元にたどり着くまでに消耗していたなら、苦戦は免れないわ」
 闇雲に進むのではなく、如何に戦力を保ちつつ攻略していくか。
 しっかりと作戦を立てておく必要があるだろう。
「もしも、全員が戦闘不能、という事態に陥れば、ウォリアーの力を失った者に無数のワームが群がる――そうなれば同盟への帰還は不可能よ。
 だからくれぐれも侮る事のないようにね」
 
 リゼルは地図のルート上に開拓村の位置を書き加え、冒険者に託す。
「何故こんな現象が起きたのかは霊視でも見えなくて解らなかったの。だからといって見過ごしていれば――」
 新天地に希望を見出し、春を迎え耕した大地に種を蒔く人々が犠牲になる。
 だから見せて頂戴。貴方達の――ドラゴンウォリアーの力を。
 そう言ってリゼルは頭を下げた。


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参加者
射手・ヴィン(a01305)
空を望む者・シエルリード(a02850)
涓滴岩穿・ローカル(a07080)
白妙の鉄祈兵・フィアラル(a07621)
琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)
銀露吟望・リンカ(a23298)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
愚者・アスタルテ(a28034)
蒼空の魅惑娘・ミル(a57067)
白鱗奏恍・ラトレイア(a63887)


<リプレイ>

●再生の森
 ――亡くなった人はお休みしてて欲しいですぅ。
 これ以上悲しい人増やすのは嫌ですよぅ……絶対絶対、村の人もみんなも守るですよぅ!
 グドン地域へと向う銀露吟望・リンカ(a23298)は、自らの足で地面を蹴るのももどかしく。開拓村へと急ぐストライダーの忍び・ローカル(a07080)の身体が突如、ふわり、大地を離れた。ぐん、と加速し風を切る感覚に振り向けば、ローカルの後を追う琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)や仲間達の姿にも変化が現れている。ドラゴンウォリアー化はミルッヒに白金の双角と二本の蛇尾をもたらしていた。
 地上の様子が見渡せる様、木々よりも高く飛び上がった樹上の射手・ヴィン(a01305)が手にした羊皮紙の束は『グドン地域掃討戦』の作戦指令書だった。
 当時の第1作戦旅団で決められた7つのルートのうち、現在開拓民がいるのはルート2、3、7の3カ所。
 ヴィンの眼下に広がる『死滅の森』と呼ばれた森も、グドン地域の中心から遠い所では、グドンが激減してから少しづつ緑の息吹を取り戻していた。新緑の時期に芽生えた若葉は喰われる事なく5月の日差しに葉を広げる。
 ヴィンと同じ指令書を持つリンカはそれを頭に叩き込み仲間を導きルート7へと向かう。エンジェルの翼を模した方位磁石で方向を見定めて。
 ――グドン地域強行探索部隊の団員として、あの時得たこと全てが指針。
「再度倒すのみ――武運を」
 少しだけ年若く、幼くなった顔と声で蒼翠弓・ハジ(a26881)は別れ征く仲間に告げルート3へ飛ぶ。
 掃討戦当時に比べれば復活した森の見通しは決して良くない。しかしそれも普通の冒険者ならば、の話。
 時に木々の上を、時に上空高く舞い上がり。空を望む者・シエルリード(a02850)は見開いた赤茶の瞳で下界を見る。ドラゴンウォリアーとして強化された視力は、空飛ぶ猛禽の鳥のように一般人が残す僅かな手がかりも見逃さない。
 前方に、細くたなびく白い煙。昼餉の準備中なのか、煙の出元は粗末な小屋。周囲には耕され、小さな緑の苗が植えられた畝傍が見える。
 シエルリードの伝える言葉に、辺りを見回すミルッヒは煙の更に遙か前方に、進軍してくる蒼氷の集団を認めた。
「村に到達する前に止めてくれよう」
 怜悧非情な声音でつぶやき、急襲をしかけたミルッヒは、ハジと共に先制の矢で爆撃する。
 突然の空襲にも地上では為す術もない。バラバラの死体が転がる中、空しく天に向かい矢を放つ生き残りのグドンに、シエルリードの光の紋章が輝雨と降り注ぎ鉄槌を下す。
「亡霊兵……どこから来た何者なのか……今は解らないけれど。
 日々を一生懸命生きている人達を脅かすのは許せないよ」

 リンカに導かれ、空を駆ける白妙の鉄祈兵・フィアラル(a07621)が、空の高みから見下ろす光景は、信じがたい物だった。
 無数のグドンの群れが、いくつもの集団に別れ、進軍している。ピルグリムグドンに率いられた一つ一つの集団は整然とした陣形をとり、地形に合わせて陣形を変える。
 一糸乱れぬ歩調。緑が戻りつつある森の中を進んでなお、美味な餌には見向きもしない。
 グドンにはあり得そうにないその行動は、まるで、何かの知性が憑依したかのよう、とデンジャラスタイフーンを巻き起こしながらフィアラルは思う。
 愚者・アスタルテ(a28034)の拳の鱗が、紋章の光で蒼い硬玉の様に照り映える。
 蒼氷の群れを光の豪雨で潰しながら森を抜けたその先に、土地が広がっていた。赤茶け荒れたグドン地域の中にあって、水辺は貴重な輝くオアシス。
 水が流れる川に沿って広がる緑の耕地と、点在する開拓小屋、そして開拓民の姿。
 周囲の森から、新たなグドンの群れが村へと――人へ向かうのも見える。
「建物に隠れて、下さい!!」
 遙か遠くの上空からアスタルテの大声が響くのと同時に。
『……ニンゲン、消エタ?』
 片言の言葉で独りごちる部隊の長たる双頭のピルグリムグドンの前に、開拓民の姿は無い。
 部下の蒼氷のグドン達も目標が消えた事に驚き、きょろきょろ辺りを見回し探している。
 アスタルテの目にも、今は開拓民の姿は見えない。
(「疑似ドラゴン界に似た蒼氷の空間の中に、ドラゴンウォリアーが作った本物の疑似ドラゴン界が、できているような感じがします、ね」)
 この場のグドン達が全て倒れ、本物の疑似ドラゴン界が解消されるまでは界の外の開拓民に接触することは出来ないのだろう。
 とっさに叫んだ自分の大声が届いている事を祈りながら。
 アスタルテの頭上が再び紋章で輝き、フィアラルの起こす暴風に、群れは蹂躙されていく。
「私でも、この村を救うことぐらい出来るはずよ?」
 木陰に潜む一体も、地上に降り立ったリンカの衝撃波で粉微塵にちぎれ飛んだ。
 数刻後――。
 ばさり、黒い禍々しい翼を広げ、リンカが開拓村の上空をなめるように飛び越える。周囲に残党は居ないことを確かめ、もう一つの村を救いに飛び去っていく。
 畑を耕す人々は空飛ぶ異形の姿を呆然と見つめていた。

 一つめの開拓村を救った後、もう一つの村を目指してルート2を飛んでいた、自分らしく輝いて・ラトレイア(a63887)は『導きの翼』の名を持つ方位磁石と、作戦図と、見下ろす景色とを見比べて、誤りが無いことを確認していた。
 少なくともこのグドン地域に関しては、蒼氷の力は方向を狂わす作用が無いと解った。「蒼氷の亡霊兵か。新しく現れたドラゴンロードが関係しているのかな?」
 蒼空の魅惑娘・ミル(a57067)がふと、そんな事を思う。証拠はまだ何所にもないけれど――。
 高々度に昇り、先の様子を見ていたヴィンが明らかに人の手で整然と切り開かれた一角を見つける。その周辺に、小さく蟻の様に蠢く物体の集団が幾つかあることも。
「縛!」
 ローカルの手から放たれた粘り蜘蛛糸は、森の中を征く部隊の足を止め。
 進路の前を塞ぐべく、森に分散する部隊へ飛んでいく。
「樹ごとふっとばしても」
 1つめの村で、疑似ドラゴン界内の樹は映像にすぎず。界が消えれば無事な姿を見せることを知っていたヴィンは森ごとグドン達を爆撃していく。
 村の中へ侵入したグドンの姿に、ミルが村ごと界を生み出した。
 低空に降下して人の姿が消えた村の中を飛び回るラトレイアは思う。
「歴史は繰り返す……とは言うけど」
 人の生活の場が、グドンの大群に蹂躙され穢された過去が甦る。こんな繰り返しは勘弁してほしいわね、と。
「過去の亡霊は、過去へお帰り願いましょうか?」
 吟遊詩人は建物の影に蠢く触手たちに眠りの歌を聴かせ、ミルのエンブレムシャワーが永遠の眠りを与えていく。

 村から離れた畑では、一家族が農作業をしていた。がちゃがちゃと迫るグドンの姿に気付き、我先に逃げ出す。足をもつれさせ、少女が転んだその時、ミルとラトレイアが村から飛んできた。
 地面に転んだ身体を必死で起こした少女は、グドンの群れが居ない事に気が付いた。
「私……夢でも見てたの?」
 恐る恐る、群れを見かけた場所へ行ってみると、そこには大地に刻まれたばかりの無数の足跡が残っていた。――夢じゃなかった。
 何処かに潜んでいるのか、怯えた瞳が辺りを見回し――ふと、上を見上げると。
 鳥? ううん、違う、羽を広げているけれど身体は人の形をしている。
 人? でも飛んでいる――。
 それは森の中を壊滅させたローカルとヴィン、彼らを追って飛ぶミルとアトレイアであることを少女は知る由もない。
「……神様?」
 遥か遠くへ飛び去っていくその姿を、少女は茫然と――恐怖も忘れて魅入っていた。


●粘り谷の攻防
「待たせたかしら?」
「こちらも先程着いたばかり。それほどでもない」
 岩砂漠近くの合流地点でリンカとミルッヒは出会う。
 ピィ――♪
 ハジの銀の笛が辺りに響き渡る。
 森に潜む敵も見逃すこと無く開拓村周辺の敵は残らず壊滅させる為に少なからず時間を費やしたルート2の冒険者達を出迎える為に。
「さて、と……。急ぎましょうか」
 岩砂漠を飛び越える事を選んだ一行はローカルの声に頷く。
 届かない触手を伸ばし、諦めず追いすがる敵を後方に置き去りにし。
 前方からは翼や蝶の羽を持つピルグリムグドンが雲霞の如く飛翔してくる。ピルグリムグドンの射程に冒険者を捕らえる前に、アスタルテとシエルリードのエンブレムシャワーが叩き落としていく。
 僅かに光る紋章の領域から外れた敵も、ヴィンの矢が逃さない。
 ――成すべきは、開拓村を護り、ギガンティックピルグリムを倒す事。
 大地に蠢く無数の異形を放置するのはローカルにとって不本意極まりない事ではあったが。
 今すぐ降下し潰したい――そんな衝動的な感情を心の奥に押し込めてローカルは先を急ぐ。
 岩砂漠を飛び越えたフィアラルの目前に、粘り谷が姿を現した。谷の底に張り巡らされた蒼氷色の糸と蠢くワームは避け、ハジはヴィンと共に記憶に残る場へと空を駆ける。
 記憶と違うのは、白い体表が蒼氷と化した――ギガンティック・ピルグリムの頭上へと。
 一緒に命をかけて戦った隊の仲間たちと共に駆けた谷を、今は空から見下ろして。
 ハジの弓に結ばれたバンダナには刺繍の金木犀が咲く。部隊を率いた緑髪の媼が見ているような気がする。
 ヴィンとハジのナパームアローは露払い。ギガンティックごと周辺の巣をワームごと吹き飛ばして花道を開いていく。その合間にもミルの身体を黒炎が包み込み、フィアラルの鎧聖降臨が術士達の防具を強くしていった。
「……凍れる屍は叩き割ってくれよう」
 コレを討ち果たすため、先を示すため――散った人へ報いるためにも。
 ミルッヒが、フィアラルが、ローカルが先陣を切って巨体へと降下していく。
「災厄の蒼氷、砕かせてもらうよ!」
 アトレイアが、ミルが、シエルリードが続く。
 アスタルテは、ぎらり、物言わぬピルグリムの巨大な瞳と目線が合った気がした。
 無いはずの知性が、それと思える光が宿っている――あるいは、それが蒼氷のもたらした力なのか。
 一瞬、辺りが静寂に包まれ、空気が凍り付いたような。気配が『引く』感覚にハジとローカルの背筋がひやりとした。
「衝撃波!」
「来ます!」
 ――――――――――――ドンっ!!
 二人が叫び終わる前に、身体がバラバラに持って行かれそうな衝撃がミルッヒの身を包む。刹那遅れて衝撃音が耳をつんざく。
 ワームが巻き添えになり一瞬で潰されて谷の崖に白い液をべちゃりとまき散らす。
 召還獣を持たない頃の冒険者でもかろうじて耐えられた衝撃波の威力とは、比べものにならない。
 でもドラゴンウォリアー達は耐えている。
「いきなり全開? でも負けない!」
「負の連鎖、断ち斬って見せて……ね?」
 ラトレイアの、リンカの歌う癒やしの歌に励まされて、フィアラルは大岩斬を繰り出し、ローカルは2回、3回と飛燕の如き連撃を投げつける。
 後ろの方から、やりすごしたワーム達が追いついて一斉にヴィンとハジに押し寄せる。目配せに頷き、ワームの壁の左右に別れ放たれた二筋のナパームアローは、爆音と共にワームの壁を吹き飛ばす。
 ギガンティックピルグリムの肩から伸びた腕は、その巨体に見合った長さを持っていた。
 巨大な氷の鎌腕を大きく振りかぶり――!
「上!」
「来るっ!?」
 意識して敵の動きや間合いを見ていたリンカとミルがとっさに叫んで左右へ身をかわす。
 癒やし手を中心とし前後左右に配置した平面的な陣の真上から、頭上に振り下ろされた腕の鋭い鎌先が、陣形の真ん中に――僅かな差で逃げ遅れた白鱗の吟遊詩人の身体に、叩き付けられた。
「ラトレイア!」
 宙に鮮血を撒き散らしながら地面へと墜ちる身体を追ってシエルリードが真っ逆さまに急降下した。必死で手を伸ばし掴みかけたその瞬間、シエルリードの目の前からラトレイアの姿が消えた。
 ぐったりした身体は、疑似ドラゴン界からはじき出され真下の地面に横たわっていた。 地面にはワームが――!!
 群がられてしまう、焦る冒険者達をアスタルテは癒やしの波動と共に制する。
「私たちが、この辺りの敵を全て取り込んでいる間は大丈夫みたい、です」
 ドラゴンウォリアーが1人でも健在なうちは。
 ――ならばこそ、負けられぬ!
「破!」
 ミルッヒとローカルが共に放つ連撃の技が巨大な頭を執拗に責め立てる。巨大な紋章の光球がミルの手から放たれた。フィアラルの一撃でとうとう巨大な頭が潰れ――蒼く凍った核が現れた。

●消えないもの
 苦し紛れの反撃か、振り回す鎌手を身体で受け止めたアスタルテにリンカの凱歌とシエルリードのヒーリングウェーブが届く。
 見覚えのある核を見据えてハジの弓からホーミングアローが、ヴィンの弓から貫き通す矢が放たれる。
 二つの矢が核に当たった時、蒼氷色の濁り水が天に向かって噴き出した。
 と、粘り谷の糸が崩壊し、ぐったりと動く力を失ったワームが次々と大地に落ちていく。
 かつて大地に降った白い雨は、今は蒼い氷に――蒼雪に変わった。
 きらきらと輝く様はダイヤモンドダストか、雪の舞か。不思議で美しい光景は、音も無く輝きの欠片が舞い降りるその様は、かつての戦いの時と同じ――。
 フィアラルは大切に身につけていた深緑色の本を取り出した。金木犀の意匠の表紙をめくれば、グドン地域強行探索部隊の探索の記録が、女重騎士の記憶と共に甦る。
 書物の最後に記されたのは部隊の凱歌。今こそ歌おう。部隊の仲間達と歌い上げた、あの歌を。
 フィアラルの歌声に、ハジの声も重なった。
 
 いつしかワームの群れも、ギガンティックの巨体も、跡形もなく消えていた。遺骸も、臭いも、体液すらも残さず。まるで全てが幻であったかのように。
 リンカが傷ついた白鱗の身体をそっと支えてやりながら降る雪を見つめていると、それも地面に降り積もる前に、すぅ……と儚く消える。蒼氷の空間も、ミルの背の蒼竜の翼も、2本の角も消え、疑似ドラゴン界が消えていた。
 意識を取り戻したラトレイアは、この戦いが白昼夢では無い事を良く知っていた。
 自分の身を見れば解る。流れ落ちた血は荒れた大地に染みこんでいた。その紅は決して消えない色。
「さて、と……行きましょうか」
 粘り谷を走り回り、白き異形が全て消え去った事を確かめたローカルが、仲間達を促す。
「……結局、この現象の謎は解らなかったです、ね」
 気がかりを残し、アスタルテは何度も何度も谷を振り返る。
 蒼氷が何を意味するかは未だわかんないけど……ミルッヒは誓う。
「何度だって叩き潰して追い還す、絶対」

 冒険者達は同盟への道を征く。
 帰り道にある開拓村の人々は、もはやウォリアーの姿でない冒険者達に、口々に不思議な出来事があった事を話すだろう。
 蒼氷の大群が消えた事を。大群から救われた事を。
『天駆けるひと』を見た事を。


マスター:星砂明里 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
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参加者:10人
作成日:2008/05/19
得票数:冒険活劇11  戦闘10 
冒険結果:成功!
重傷者:白鱗奏恍・ラトレイア(a63887) 
死亡者:なし
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