それは湧きあふるる澄泉のように



<オープニング>


●愁眉
 うららかな昼下がり。
 清浄な淡光にも似たかぐわしき神気を纏い、冒険者達の前に姿を現したのは神殿の主たる存在。
 女神、フォーナ。
「よく来てくださいました。お忙しい所、皆さまをお呼びしたのは他でもありません」
 皆さまに救っていただきたい人々がいる。それが女神たっての願いだった。
 
●赤い大地と炎と
 ――燃える梢。

 荒涼と赤茶けた、堅く痩せた土壌ばかりが続く荒野。
 それがかつて彼らの先祖が様々な苦難を乗り越え切り拓いていった大地の姿だった。
 小さなひとつの苗がやがて枝を伸ばし実を結び、オリーブ畑となっていった。
 幾つもの年月と月日とを積み重ね、徐々にその規模を広げてゆき。
 赤土の上、濃緑は鮮やかに葉を、枝を、伸ばした。

 ――乾いた、風の強い夜だった。

 それらが全て失われるのには三日と掛からなかった。
 強風に煽られ燃え広がった火事は瞬く間にオリーブの林を覆い尽くし、灰燼に帰した。
 あっけない、終焉だった。
 黒煙に巻かれ、猛火を逃れ。瞬く間に林全体に広がった火事に誰もが為す術はなかったが幸いにして、火事による人死には皆無だった。やや離れた立地と間に横たわる水路のおかげで住宅部への延焼はほぼ免れ得た。
 互いの無事を心から喜びあった彼ら。
 だが、焼け落ちた水車小屋とオリーブ樹の燃え滓だけが横たわる焦土が彼らに現実を突きつける。
 自分達は、築き上げてきたものすべてを今失ったのだと。
 
「おかーさん、村の大人のひとがおうちに集まったのは水車小屋をなおす相談?」
「……そうね。オリーブ畑がもとに戻ったら必要ね」
 村の集会場を兼ねた村長宅の大広間に小さな頭がぴょこんと現れた。
 この春八つになったばかりの幼い息子の頭を撫ぜ村長の娘は笑もうとした。が、あまりうまくいかず息子は不安げに母の顔を見上げた。
 もう寝なさいと促され部屋を出る娘と孫の後ろ姿が完全に2階に遠ざかったのを確認した後。
 栗毛色の顎髭を片手で弄りながら、村長は話を再開した。

「……やはり盗賊紛いの真似でもせねば食ってゆけぬか」
 当面をしのぐ為の蓄えならばある。だが、それとてせいぜいが1年ほどが限界。
 オリーブを苗から植え直し、あるいは地中に残る根を世話し……再び収穫を望めるほどにオリーブ畑が復興するまで何年かかるかは分からぬが、その間を村の皆で食いつなげる程の財など何処をひっくり返しても捻り出せはしない。

「次に水を求めて訪れた旅の一団が」
「屈強そうでなければ」
「金目の物でも持っていれば」
 ロクに宿場町も緑も無いこの広い辺境の荒野。水やひとときの休息を求めて身を寄せる商隊や旅芸人の一座など、旅人の往来も無い訳ではない。
 村のより懐奥深くに引き入れて大勢でそれらを襲い、奪い、そして口を塞げば……。
「身売りよりはマシだ」
「数年の我慢だ。 ……俺たちはここで生きる以外のすべを知らねぇんだから」
 陰鬱な弾まぬ声たちによって相談は進み、その日の寄り合いはお開きとなった。

 自分達は悪くない。
 誰にも迷惑などかけず身を寄せ合い生きてきた、ただそれだけなのに。
 不条理な、突然の災厄。
 ならば奪われた自分達が奪う側に廻って何が悪い? そうせねば生きられないというのに。

 ――喪われたのは木々だけではない。そこで伝え、繋がれてきた、心。

 女神の澄みわたる声に。女神の唇が語る、今回手を差し伸べるべき人々の窮状に。
 翠瞳の少年は今にも泣き出しそうな顔を必死に堪え、拳を握り耳を傾けていた。

●翠緑
「皆さまのお力で彼らを止め、救っていただきたいのです」
 彼らが凶行をおこない、もはや引き返せなくなってしまう前に。
 フォーナは一瞬悲しげに睫毛を伏せた。
 が、すぐに憂いの表情を解き、見るものの心を温める優美な微笑を浮かべた。
 居並ぶ冒険者達を安心させるように。そして安心したかのように。
「心渇き苦しむ彼らが癒され再びやり直そうとする希望を取り戻し、祈りを注いだその時にこそ。種は必ずや想いに応え、大地に息吹を注いでくれるでしょう」
 お手をと穏やかに女神に促され。
 迷える小鳩・カタン(a90387)がおずおずと伸ばした小さな掌の上にそっと乗せられた、一粒の種。
 美しい光を放つ女神からの預かりものは、だが、それだけでは何の力も無い。

「……オリーブの森、この眼でみてみたいのです。だから」 
 カタンもせいいっぱい頑張るのです。
 さしこむ柔らかな陽射しのもと金木犀の髪を揺らしそう心に誓った新米冒険者を伴い、冒険者達はフォーナ神殿を後にするのだった。


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参加者
温・ファオ(a05259)
琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)
大地を歩みゆく者・ラング(a50721)
ペトルーシュカと三つの断章・ラグゼルヴ(a51704)
風任せの術士・ローシュン(a58607)
月光ノ白秋・セイシン(a66997)
淡雪華・ノアゼット(a68408)
復讐の愛貴族・ジェノン(a73855)
NPC:唄運ぶ小鳩・カタン(a90387)



<リプレイ>


 薄雲だけがときおり流れゆく晴天。
 さえぎる物陰もない荒野を乾いた微風がかけぬけてゆく。

「本式の宿場のようには参りませんが、旅の疲れを癒していって下されば何より」
 あまり整備の行き届かぬ、荒れた道沿いを進む九つの人影がぽつんと居を構える小村を見つけたのは正午前。 
 一行で最年長の風任せの術士・ローシュン(a58607)が村人のひとりに水を分けて欲しいと申し出ると村長宅へと案内された。
「手厚い歓待、いたみいります」
 ローシュンがすっかり寛いだ様子で背負っていた荷を片付け、月光ノ白秋・セイシン(a66997)も又、荷の中の商用の帳面らしき冊子を一度手早くあらためた後、仕舞い直す。長く伸ばしたなめらかな緑髪は結い纏めあげ、飾り布できっちりと覆い隠されていた。
 不思議に思われる前にとセイシンが、故郷の風習ですので御不快でなければこのままで失礼をと優美な一笑を浮かべながら断りを入れた。同じく緑髪の雪薔薇の戦士・ノアゼット(a68408)や迷える小鳩・カタン(a90387)も布や帽子で頭髪や額の殆どを覆ういでたち。
 複数のドリアッドの存在が万が一にも不審を感じさせる恐れの無い様にとの配慮からの変装だ。幸い、村長も他の誰もそこから更に重ねての説明を求めた者は居なかった。
 事を起こす前、相手の不審や不興を買いたくないのは向こうも同じなのだろう。

「いやいや。見ればか弱いご婦人や年少の方が多く、野宿の用意も充分といえないご様子。放ってはおけませんからな」
「強引に旅にくっついてきたのはいいけどひたすら荒野と砂埃。そろそろウンザリだった処だよ」
 その点、此処はまさにオアシスだねと。
 質素な旅装揃いの一行の中にあって一人異彩を放つ盛装の少年は、湖水の如き蒼い髪を揺らめかせ何処か芝居めいた仕草で両腕を広げて感謝の念を余す事なく露にした。
 ペトルーシュカと三つの断章・ラグゼルヴ(a51704)は貴公子然とした典雅な所作と物言い。
 『我侭お坊ちゃまとその気まぐれに付き合わされている商人達の図』を作り出す事で、セイレーン族として違和感なく旅商人一行に溶け込む為である。
「そういえばオリーブの木はどうしたの?」
 見事な果樹園があるって聞いて楽しみにしてたんだけどな。ごく軽い口調で尋ねた少年の台詞に村長や娘夫婦はぎくりと一瞬、表情を固めた。互いに顔を見合わせ、それからあの広大な火事痕は隠し通せないと判断したのか、村長は頭を掻き掻き、大火事の件を語り始めた。
「災難でしたね。とても良いオリーブだって聞いたのに」
 それまでは仲間達の傍らに控え、やり取りの様子を伺うだけだった琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)が身を乗り出した。
「それでは……今年の収穫はまったく望めないと?」
 ノアゼットも痛ましげに、村人達への同情、そしてオリーブへの高い関心をみせながら話題にと乗った。それぞれに、あくまでローシュンら目上の商人達の意を受けて語り、彼らの言葉や反応を伺う、見習い商人としてのスタンスを保ちながら村長との会話は進められていった。
 大地を歩みゆく者・ラング(a50721)が、ひょっとして今この村は窮しているのではないかと控えめに問えば、家財は無傷だし蓄えもあるのでお気遣い無用と笑いながらの答えが返ってきた。
 ならば一安心とオリーブの商いについてローシュンが改めて提案する。
 思わぬ申し出に目を丸くした村長。
 結局、急な話で、他の村の者とも話し合わねばならないし積もる話は旅の疲れを充分に取られてからの方がよいでしょうと、交渉の場は夕食後改めて設けるという形で話は纏まった。

 貧困がもたらす悪意と悲劇。
 それが逃れ難い悪循環を生み、絶望の連鎖へと人々を突き落とす前に、止められるのならば。
 九つの、神ならぬ冒険者達……いや人の手が。
 人を苦しみと過ちから救うのだと、今、必死に差し伸べられようとしていた。
 

「酷い有様……」
 細い指を赤土と黒煤に染めて温・ファオ(a05259)が地面を掘り起こす。
 既に旅の一行に付き随う薬師だとの素性説明は済ませている。
 この村に立ち寄る前に目に留まり、気に掛かったから、と。ファオは村長宅に通されて程なく村の青年のひとりを伴い火事跡へと足を踏み入れていた。
「……でも、完全に死に絶えてしまった訳ではないようですね」
 丁寧に掻き分ける様にして掘り進んだ先に現れたのは瑞々しさをわずかに残した樹の根の姿。
 逞しくも健気な生命達の息吹に、自然とファオの黒瞳が優しく和らぐ。
 傍らから覗き込んでいた村の青年もまた。だが。
「ええ……少しの辛抱です。またすぐに元の暮らしに戻れます、きっと」
 穏やかだが何処か己を必死に言い聞かせる様な呟き。
(「それまでに、貴方がたの心の方が枯れ果ててしまっては意味がないのですよ?」)
 ファオは睫毛を伏せ曖昧な微笑で応じると、そっと、土を埋め戻し始めるのだった。

「のどかなものだな」
 村の子供達を引き連れ、というか連れられて。
 復讐の愛貴族・ジェノン(a73855)が訪れたのは水車小屋跡の前に広がる広場。
 水車小屋の周りは格好の遊び場だったが、大人の付き添いが無ければ決して近づいては駄目と、昔からきつく言い渡されていたのだそうだ。

 彼は当初、念の為にと警戒を促す立て看板を此処に到るまでの道々に設置しようと考えていた。
 だが彼の独断で事前にそれら全てを準備し持ち運ぶのは様々な面で到底無理との結論に達し断念したのだ。女神も当面他の旅人は居ないと告げていたのだから必要も無さそうだ。
 白髪の青年が見守る先には、子供達が弾けるようにはしゃいで走り廻る姿。その中にはきっちりとバンダナを頭部に巻きつけた少年がいた。
 ノアゼットから、子供達と仲良くなって集めて出来る限り遠ざけて欲しいとの頼み事を、丁寧な説明と助言を交えて託されたカタンだ。
 ファオからも暖かい励ましの言葉を掛けられ、だがそれでもまだカチカチに緊張していたあの内向的そうな少年もすっかりうちとけた様子。
「ジェノンさーん!」
 子供らが何も知らされてないならばそのままで全てを終わらせたい。
 そう強く望む想いが己の中に確かに在る。青年は憮然とそれを認めざるを得ないのだった。

「みんな良い子で仲良く出来たんだね」
 たっぷりと遊んだ末の夕暮れ時。
 我が子を迎えにきた他の大人達に混じり、ミルッヒが手を振りながら駆けてきた。
 ご褒美にと子供1人1人の頭をくしゃりと撫で回しながら、ミルッヒが一個ずつと配ったのは色とりどりの可愛らしいマカロン。
「火事については村長からお聞きしました。お察しします……でも」
 目を細めてそんな光景を眺めながら、同様に迎えに来たラングは周囲の大人達に声を掛けた。
「そうした苦境にあっても皆さんで力強く支えあい、私達の様な通りすがりの旅の者まで、優しく迎え入れて下さる。中々出来ることでありません」
「うん、そんなあなた達に育てられているからこそ子供達もこうして健やかで良い子なんだろうね」
 親達に微笑みかけてのラングの言葉に、ミルッヒも弾けるような笑顔で同意する。
 そこには罪悪感に訴える揺さぶりの一環、という意図も確かにあった。
 だが同時に彼女達の心からの感想でもあった。
 

 村長宅の大広間、大テーブルを囲んでの夕食のひととき。
 近所の女性達が調理や給仕の手伝いにと老若何人も訪れ、卓を囲む冒険者達の前に大皿を並べ、酒杯にエールを注いでゆく。無論、未成年勢にはジュース。
 山海の珍味などは無く手放しに豪勢と呼べる程ではないが種類の少ない食材に工夫を凝らし手間を惜しまず作り上げられた郷土料理の数々。
「素晴らしい」
「ええ。皆さんからの心尽くし……本当に、心に沁みます」
 ローシュンが漏らした感嘆は本心からのもの。ファオも仕上げにオリーブオイルを効かせた野菜スープに、にこやかに舌鼓を打つ。
 ご馳走を目の前にして孫……テオという名だそうだ……は大はしゃぎでおかわりを求め、客人達に旅の話をせがんだ。そこには確かな憩いが存在していた。

 食後しばらくの歓談の後。
 事前の指示通りカタンが、今度はギターで楽曲を聴かせたいと誘うやテオは喜んで応じた。大人の話の邪魔にならぬようにとジェノンが促せば極自然な形で少年2人は別室へと向かっていく。
「では改めて」
 切り出したのはローシュン。村長宅には一家と手伝いの女性達の他に、遅れて村の長老格にあたる老人達も数人訪問してきた。
「復興の援助と引き換えに優先取引を、というお話でしたが」
 収穫まで何年掛かるか分からない、とびきりの良質という訳でもない。そんな農産物に何故肩入れするのか? 疑問に冒険者達はひとつひとつ丁寧に答え、警戒心を取り除いてゆく。
「君達さえ良ければ僕も少しの援助くらい出来るけれど」
 オリーブ料理、絶品だったもの。
 ラグゼルヴの貌は甘やかされた貴族子息の仮面のまま、にっこり優美に言葉を添える。
(「嘘は、少し苦手かもしれない。 ――吐くのも、吐かれるのも」)
 だが援けたいという想いも、救える手段を携えている事も、それは決して嘘ではない。
 だから……。

 粘り強く、誠意をこめた説得が功を奏し、援助の申し出は快く受け入れられた。
 だがその前に、と。村長は深く深く、頭を下げた。
「ひとつ、皆様に謝らねばならない事があるのです……」
 誠実には誠実を。彼らは正直に、襲撃計画の事を告白し、謝罪を繰り返した。
 それでも赦して下さるというのならば今から他の村人達を説得し制止してくる、とも告げた。


 冒険者達は2階部に支度された男女それぞれの部屋で床に就いた。
 村長一家は念の為別の家に移っての外泊。誰ひとり眠る事無く、ただ夜明けを待つ。
 いまだ襲撃は無い。このまま朝を迎えられればその時こそ村人に光の種の存在を明かし、大地に力を注ぐ儀式を行う事が出来るだろう。
(「背負わないで済むはずの罪業は背負わせたくない、な」)
 狐尻尾をきゅっと丸め、ミルッヒはくるまった毛布の隙間から黄色い月あかりを見つめた。
 冒険者達の誰もが、祈るようにして。刻を、朝日を待っていた。
 説得だけでそれが実現できたのならばどんなに喜ばしい事か。

 男性陣に割り当てられた部屋の外から廊下の床板が軋む音が鳴った。
 ラグゼルヴが、そう数は多くは無くおそらくは2人と潜ませた声で仲間に警戒を促した。
「残念です」
 素早く跳ね起きたセイシンの片手には既に例の帳面、ではなくこれも巧妙に偽装を施した魔道書。
 外側から鍵をかけられた音が響く。階下からは村長ら複数の制止の大声が聞こえきた、が、すぐにそんな旨いハナシがあるはずないと、より大音量の罵声によって遮られた。
「どうやら村人の意見は現在二分しているようですね……」
 自分達の援助や提案に耳を傾け前向きに改心した者と、それを信じられない者と。
 そして後者が強攻策に出た。幸い、村人同士で傷つけあうような事態には至ってない様だが静観していられる筈もない。扉に向け、蛇の杖を掲げるとジュノンが無言でブラックフレイムを浴びせた。

「な、なんだぁ……っ!?」
 一方、1階に位置する女性陣の部屋。
 男性陣を足止めした隙に女性陣の身柄を抑えて反抗を封じ込める。襲撃人数は大幅に減じたが当初の打ち合わせ手筈通りに事を運べば実行は難しくはない。
 焦燥と疑心に囚われた一団が乱暴に部屋へと踏み込む。それと同時、夜闇に包まれていた筈の室内が突如、白昼の如き光に包まれた。
 ホーリーライトの光輪。そして、落雷じみた轟音が巻き起こるや出現した召喚獣。
 完全に度肝を抜かれた青年達を粘性の糸が、咆哮が、誘眠の歌声が瞬く間、無力化していった。

 怪我人のひとりも出ない、あっという間の決着。
「『悪事、千里を走る』という。旅商人が貴殿らの村で姿を消したことはすぐに伝わる」
 道を踏み外した者を天も地も人も決して捨て置かない。ローシュンが厳しい口調で青年達の見通しの甘さを咎めた。だがそれは怒りに任せてのものではなく、理性と良心に訴えかける為。
「神様は見てるよ、全部。でも誰かが見てるとかじゃない、愚かな報いは必ず返ってくる」
 だって誰でもないキミ達自身が知ってるんだから。
 ミルッヒは凛とそう説いた後……でも一生懸命も返ってくる、ちゃんとねと。優しく微笑みかけた。

「騙してごめんね……」
 一方で、信頼を寄せた一団が実は冒険者であったことに村長達も驚きと戸惑いを隠せない様子。
 ラグゼルヴは貴族子息の仮面を外し、一人の人間として頭を下げた。
「ただ……大地に在り続ける。それを理由に大地を穢すのは、悲しいことだと思ったから」
 村に援助を行う用意がある事、オリーブ畑が見たいという想い。それらは決して嘘ではない本当なのだと強く念を押して。
「皆さんから受けたもてなしはこの荒野にあって泉にも等しいものでした」
 悪事に手を染めるのではなく、此処に宿場や交易所を置くことで生活を支えてはどうか。貴方がたならばきっと出来る筈とラングは提案した。ノアゼットも又必死に訴えかける。
「ご先祖様だって苦難を乗り越えてきた筈です。貴方達もオリーブの花が咲き誇る村を子供達に残す為、村の土を信じて、もう一度頑張りませんか?」
「子供達に笑顔を向けることが出来ますか」
 セイシンは諭す様に。ファオは焼け跡に同行した青年の顔を見出し後、穏やかに語りかけた。
「奪う営みではなく、木と共に育む営みへ……再び歩み出しませんか?」

 大丈夫、やり直せるのだ。信じて欲しいのだと。
 冒険者の言葉は清水の様に、ゆっくりと村人達の心へと沁みこんでゆく。
「……土を」
「オリーブ畑を」
「水車小屋もだな」
 もう一度、まっとうな手で取り戻してみせるのだと。

 差し伸べたその手に、今、確かに、手は重ねられたのだ。
 

 爽やかな朝日の中。
 しん、と静まり返ったオリーブ畑跡の、ほぼ中央。
 カタンから種を受け取った村長が切り株の傍らにそれを埋め、土を被せてゆく。

 当たり前の事を見失っていった。
 伝えるのならば、奪うのでは作ることを。
 後ろめたい影など何ひとつない糧を、営みをこそ、我が子らへ。その先の裔へと。
 想いを胸に、一心に祈りを捧げる村人達。

 ――水音?

 刹那。
 種から目映いばかりの光が天へと噴き上げ、まるで雨のように辺りに拡がり、優しく降り注いだ。
 光のシャワーは次々に芽吹きを呼び寄せてゆく。
 呆然と絶句した後、歓喜に沸き立ち、涙を浮かべ抱き合う村人達。

「……白い蕾が」
 心に光を運ぶお手伝いが出来たと目頭を熱くしながら光景を見守るファオの目に留まったのは、特に顕著な成長を遂げた1本のオリーブ。それは既に花を結ぼうとしていた。
 かつてこの地が切り拓いた時植えられた最初の一株なのだと。
 村長は誇らしげに冒険者達に語るのだった。


マスター:銀條彦 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2008/06/02
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