ウィッグと白グドン



<オープニング>


「どうかしら」
 その日酒場に現れたエルフの霊査士・エスタ(a90003)の頭には、巨大なふたつの巻き貝……ではなく縦ロールがあった。
「正直微妙」
「あと5歳若ければねー」
「指さしちゃいけません」
 自分に向けられる生暖かい視線に気付いたエスタはこほんと咳払いをしてウィッグを取り外す。
 表情だけはいつものままだが頬が羞恥で赤く染まっていた。
「街道を荒らしているグドンの群れを退治して欲しいの。奪ったかつらと上着を利用し人間のふりをして対象に近づき、気付かれた時点で本性を出して襲いかかるという手口を繰り返しているわ。数は総勢30前後。見た目は笑えるかもしれないけど力は本物よ。つがいのピルグリムグドンは鉄球が仕込まれた弁髪と鋼糸が仕込まれた縦ロールを使いこなすかなりの使い手。他のグドン達も腕はともかく判断が的確で、偵察から隠蔽工作までそつなくこなすわ。そして、この連中は少しでも危ないとみればためらわずに逃げるの」
 小さく息を吐く。
「おそらく待ち伏せやおびき寄せをした上で仕掛けるしかないと思う。地元の商人達がノソリン4頭と荷車2台、それと変装用の服やかつらも用意してくれるから、必要だったら使ってちょうだい。それと」
 手に持ったウィッグをいじりながら、困ったような表情で続ける。
「グドン退治のときは出来ればウィッグをつけて欲しい、というのが地元商人達のからの要望よ。おそらく宣伝のためだろうけど、彼等は資材を提供してくれている訳だから、気が向いたら可能な範囲で要望に添ってあげてね。……ネタに走ったウィッグしかないかもしれないけど」


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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
白銀の山嶺・フォーネ(a11250)
月飲み・グランスルグ(a26865)
会葬者・フラワ(a32086)
プーカの忍び・アグロス(a70988)
射通す白羽・ミスティ(a72785)
刃光絢爛・タケ(a73128)
晦・エステル(a73227)


<リプレイ>

●工房にて
 鍛え抜かれた肉体を鋼で包んだプーカの忍び・アグロス(a70988)は兜を被ったまま器用にウィッグを装着する。
 兜用ウィッグという珍妙な物が何故存在するのか理解できないが、普通のウィッグを加工する手間が省けたのは事実だった。
「ウィッグ着けて戦えって、観客ノソリンしか居ないだろ」
 晦・エステル(a73227)は出来の良い……今回の戦いで破損してしまうことを考えれば出来が良すぎるととさえいえるウィッグを手にしたままため息をつく。
 あの冒険者が使用したのと同型です! などと言って売り出すつもりなのだろうが、努力の仕方を根本的に間違っている気がする。
「このカツラや衣装は、グドンたちが私達冒険者に叶わないと思って戦わずに逃げてしまう、という最悪な事態を防ぐために用意してくれたのでは無いでしょうか」
 アグロスが商人達をフォローする。
「そういう考え方もできるか」
 エステルは商人達を見直そうとする。
「これがネタウィッグ」
「うーん、情けなくてナイスでござる」
 が、白羽の牙狩人・ミスティ(a72785)や刃光絢爛・タケ(a73128)が喜々として棚から取り出したウィッグを見て、商人達への評価を変な連中から駄目な連中に変更することした。
 ミスティが手にとったのは巨大なツインロール付きウィッグ。
 冒険者並の体力持ち主でなければ重さで首がおかしくなりそうだ。
 タケが手に取った茶色のアフロカツラは重さはまともそうだが、正気を疑われかねないレベルの奇抜すぎるデザインだった。
「道楽でやっているのかもしれないわね」
 想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)はようやく見つけたまともなツインテールウィッグを手に取りながら呟く。この場にあるウィッグは用途が限られすぎるものの割合が多すぎるのだ。
「あまり考えない方がいいのかもしれないです」
 商人達の趣味嗜好を理解すると人間として駄目になりそうな気がしたアグロスは、兜の上の銀の髪を揺らしながら準備にとりかかるのだった。

●未知との遭遇
 それは滅多にお目にかかれない獲物だった。
 大型の荷車2台にノソリン4頭に、手間が非常にかかりそうな髪型の人間が6人。
 護衛があんな髪型をすることは考え辛いから、戦力は見た目よりもさらに少ないと思っていいだろう。
 荷台に満載された樽から発せられる刺激臭には覚えがある。一度だけ手に入れたことのある味付け肉だ。あの味を思い出すだけで口腔に唾液が溢れる。あれをもう一度口に出来るなら少々の無理をしても構わないだろう。
 無言のまま手を振り合図を送る。
 体力面では頼りないがそれ以外の面では役に立つ手下達が身をかがめたまま走り、荷車を大きく迂回して人間の退路を断とうとする。
 相棒に視線を向けると、彼は白い顔に獰猛な笑みを浮かべ頷く。
 彼女は頷き返してから髪を……異様に頑丈な糸が仕込まれたそれを手に取る。以前の襲撃で手に入れ長い時間をかけて強化してきたこれは彼女の自慢だ。
 彼女は未だほとんど動きのない人間達へ足音を殺し近づいていく。
 しかしヒトが急に振り返り、最初から気付いていたかのように彼女に目を向けてくる。
「少々待ちくたびれましたわ」
 白銀の山嶺・フォーネ(a11250)はあでやかに微笑む。
 その身を包むのは、夜会に出席するには少々実用的すぎるものの、この場においては違和感すら感じさせる洒落たドレス。
 ドレスの黒と艶やかな白い肌との対比はなまめかしく、腰まで届く金色の髪とあいまって非現実感すら感じさせる程の華やかさだった。
「……」
 弁髪のピルグリムグドンが気圧され生唾を飲み込み立ちすくむ。
 種族が異なるため顔にみとれたりはしないが、鮮やかな色が見事な形で組み合わせた美しさとフォーネの矜持に裏打ちされた迫力は、種族が異なっていてさえ通じていた。
 だが縦ロールのピルグリムグドンは気圧されはしても動きをとめたりはしない。
 連れ合いを叱咤するように吠えるとそのまま大き首を振るって縦ロールを伸ばす。
 しかし力の込めすぎでフォーネを外れてノソリンに向かった鋼糸は、長大な鉄杖により弾かれる。
「ノソリンに手は出さないでもらおうか」
 鉄杖を手に荷台の影から現れたのは可憐なメイド服に身を包んだ黒髪のエルフ。
 強い光の宿った青の瞳でピルグリムグドンを見据えながら、杖を持たぬ手でおびえるノソリンの首筋を優しくなでている。
 姿こそ優しいげだが、内心の怒りを表すかのような黒炎がその身を覆っていた。
「あなた達の悪行もここで終わりです! あなたの髪にかけて、かかってきなさい!」
 2人の淑女の背後の横でミスティが見栄を切る。
 長い銀髪を多数の横向きのロールにした髪型は、彼女の体をその力と心映えにふさわしい大きさに見せている。
 弁髪のピルグリムグドンはそんな彼女を脅威をとらえ、弁髪の末端にとりつけられた鉄球を思い切りなげつけようとする。
 が、死角から放たれた刃に肩から胸を抉られ、苦痛と混乱で動きを止められてしまう。
「死羽が舞うのは夜のみではないぞ」
 月飲み・グランスルグ(a26865)は得物からピルグリムの血を振り払いながらうそぶく。闇色の羽を持つチキンレッグにふさわしく、アビリティの力を身にまとい陽光の中に潜み敵の背後をとったのだ。
 仇をとるつもりか縦ロールがグランスルグに巻き付き切り刻もうとするが、陽光を受け鈍く輝く黒の刃が割り込んでくる。
「おーほっほっほっほ! あなた方の考えることなど全てお見通しですわよ!」
 フォーネは高速高威力の一撃を全て受け流すことはできず大きなダメージを負っている。しかし高らかな笑い声に曇りなど一片も存在しない。自身の力と仲間の援護に絶大な自信を抱いているのだ。
「な゛ぁ〜んっ」
「ぎしゃぁぁぁっ!?」
 背後から響いてくるグドンの悲鳴を伴奏に、縦ロール白グドンとフォーネが激しく切り結ぶ。
「ぶるぅあー、な゛ぁ〜んっ」
 グランスティードの背で仁王立ちする会葬者・フラワ(a32086)が、よく分からないがとにかく大迫力な言葉を投げかけつつグドンを追い回す。
 グドン達はピルグリムグドンが注意を引いている間に背後から襲いかかるつもりだったのだが、ノソリンっぽい人間と見たことのない力強い四つ足が突然現れたことで出端をくじかれたあげく強烈に威嚇され、ピルグリムグドンと連携するチャンスを失ってしまったのだ。
(「尻尾がひっかかって樽から出られないなぁ〜ん。動きづらいなぁ〜ん」)
 フラワは腕を組んで雄々しく立ちながら、内心ちょっぴり涙目であった。
 隠れていた樽から上半身と足を出して隠れていたグランスティードに飛び乗るところまでは良かったが、もともと無理矢理樽の中に押し込んでいた尻尾がひっかかり抜けなくなってしまっているのだ。
「な゛ぁ〜んっ」
 巨大なツインドリルを頭上の光輪で照らし、ヒーリングウェーブ奥義でハイテンションなフォーネを援護しながら、フラワはとりあえず勢いに身を任せることにした。
 縦ロールグドンはフォーネが押さえ、既に完全に回復した弁髪グドンにはタケとグランスルグが壁となって立ちふさがる。
「さす、がに、痛いです……」
 アグロスはダークネスクロークにより直撃だけは避けているが、味方からの絶え間ない回復術による援護でも癒しきれないダメージを受け続けている。
「それがしと交代するでござる」
 タケは身軽な動きでするりとアグロスと弁髪グドンの間に割り込みながら高速の回し蹴りを放つ。
「おそろしくタフでござる……なっ」
 タケは腹にめり込む鉄球で息を詰まらせながら、それでも飄々とした態度を崩さない。
「罪なきを襲って訪れるのは死のみでござる。ここで終わってもらうでござるよ」
 何があっても倒れるつもりはない。
 ラジスラヴァの癒しの歌に支えられながら、タケは死力つくしてピルグリムグドンの前進を防いでいく。
「……」
 グランスルグは華やかな騒々しさに目を細める。
 命の取り合いではあるが祭りの高揚感に近い物が戦場全体を包んでいる。不快感はないが戸惑いに近いものがあった。
「やれやれ」
 敵の数がまだ多くそれなりの数の視線が己に向けられている以上ハイドインシャドウからシャドウスラッシュという戦法が使えないと判断し、蜘蛛の糸を放って近くにいるグドンをまとめて拘束する。
 しかし粘り蜘蛛糸改の射程外のグドン達は、押さえ込まれつつあるピルグリムグドンに気付き退路を確保すべく動き出す。
(「まずいな」)
 組織だった動きで撤退を試みられた場合、ピルグリムグドンを含むほとんど全て討ち取れはするだろうが何体か始末しきれない可能性もある。
 だがグランスルグの懸念は杞憂に終わる。
 ミスティが放つ真紅の矢が次々に着弾し、周辺に展開していたグドン達は強制的に植え付けられた怒りで連携した行動をとれなくなってしまったのだ。
 そのまま近づいてきたところをアグロスが放った蜘蛛の糸で足止めされ、辛うじて蜘蛛の糸から逃れた少数のグドンもラジスラヴァの眠りの歌で奥義で動きを封じられる。
「これでお仕舞いですわ!」
 グドンがまとめて主戦場に近づいてきたことに気付き、フォーネが気合の声と共に極限まで高めた闘気を解放する。
 怯えて縮こまるノソリンや戦闘の余波で地面に転がった荷物には一切の影響を与えず、グドンのみを粉砕していく。
「これで8対2だ! 目に優しくない奴らを終わらせるぞ」
 エステルが三頭の黒い炎を連続で弁髪グドンに浴びせ。
「どこ見ているですか。こっちですよ」
 タケから少しでも注意を逸らすために、ミスティがピルグリムグドンの死角となる軌道で矢を放ち続ける。
「これで」
 タケは左肩に押し潰すようにめり込んだ鉄球を強靭な意志で無視し、全身を押しつけるようにして闘神の剣を突き出す。
 それはタケの会心の一撃ではあったが、弁髪グドンならぎりぎり回避できる程度の一撃でしかなかった。
 だがグドンとは事なり冒険者は1人ではない。
「っ!?」
 弁髪ピルグリムグドンの股がはぜ割れる。
 2体のピルグリムグドンが眼前の冒険者に気をとられた隙にハイドインシャドウ奥義で身を隠したグランスルグによる一撃だ。
 弁髪グドンは激痛に動きを止めてしまい、タケの剣をまともにくらう。
「さらばでござる」
 柄に力をこめてひねる。
 弁髪グドンは断末魔の悲鳴をあげることすらできず、身体をびくりと震わせてそのまま動けなくなる。
 連れ合いの死に気付いた縦ロールグドンが駆け寄ろうとする。が、アグロスの一矢で牽制されたところにフォーネの刃が深々と叩き込まれる。
「ぐるぉっ」
 絶叫はエステルが放った黒炎に口腔ごと焼かれて消える。
 力を失った白い身体が大地に倒れ伏す音は、儚いほど小さかった。

●ウィッグをとって
「オラ、なしてあンなこっ恥ずかしい事……」
「あの」
 ずーんと落ち込んでいるフォーネにアグロスが声をかけようとするが、エステルが無言のまま首を振って止める。
「そっとしておいてやれ」
 ウィッグをとったフォーネは清楚と堅実を絵に描いたような淑女だった。少なくとも高笑いをするような人物ではない。
「勢いってこわいな゛ぁ〜ん……じゃなくてなぁ〜ん」
 フラワはようやく解放されたノソ尻尾を軽く振りながら深刻っぽく呟く。
「若いでござるな」
 グドンの群れを埋めた地面に小さな花をたむけたタケが立ち上がり、にこりと微笑む。フォーネと年の差はほとんどないのだが、まだアフロウィッグを装着したままなので違和感はほとんどなかった。
「そろそろ行こう。ウィッグにご執心な変人達に勝利の知らせを届けないとな」
 エステルに促され、冒険者達は4頭のノソリン達と共に帰路へつくのだった。


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