風の峡谷



<オープニング>


●風の峡谷
 天穹で幾重にも折り重なる雲が、何かに急き立てられるかのように押し流されていく。
 翳りを帯びた薄雲は灰青と淡藤で濃淡を織り成して、幾重にも降りた雲の紗幕の彼方に輝く陽の光でその縁を彩っていた。遥かなる天穹を気忙しく旅する雲が光と影を落とす大地は、鮮やかな赤銅色の断崖を折り重ねた大峡谷。雲間から射す陽光と幾重にも重なる雲の影は絶え間なく大地を駆け、深い断崖連なる峡谷へ鮮麗に移ろう薔薇や赤錆色の陰影を齎していた。
 天と地の狭間に吹くのは荒く猛る風だ。
 嵐の狂乱を孕み荒ぶ風ではなく、複雑な地形に生み出されただひたすらに地平の彼方を目指す、勁き風。
 逸るように吹く風は天の薄雲と地の砂塵を連れ、深き断崖の地を彼方まで翔けていく。
 抗えぬ力に押し流される雲を仰げば心が逸り、地平へと駆ける砂塵が頬を掠れば心急き立てられる。曰く言い難い焦燥に突き動かされて地を蹴るけれど、ひとたる身が至ること叶うのは広大な峡谷を望む断崖の縁までだ。
 けれど断崖の縁へと至れば天地の狭間へ心が解き放たれる。
 解き放たれた心は薔薇と赤錆色の陰影踊る赤銅色の峡谷を自在に翔けて、深い断崖の底を奔る水流の飛沫を浴び、瑪瑙を思わす縞模様の岩肌を翔け上って天へと至るのだ。

「無論――『そのような気分になる』という話ですけれど」

 藍深き霊査士・テフィン(a90155)は僅かばかりの含みを持たせたまま艶やかに笑み、赤銅色の峡谷への誘いを切り出した。彼の地はこれといった名を持たず、ただ風の峡谷とだけ呼ばれている。

●灰の薔薇
 断崖の縁をなぞるように歩けば勁い風に煽られて、峡谷の底へ転落しそうになるのを何とか堪えて崖の縁に腰掛ける。遥か眼下から響いてくる急流の音に耳を澄ませば心が躍り、まるで水の中でそうするように宙で足を泳がせる。
「危ないことは解っているのですけれど……あまりにも心地好くて」
 過去の悪戯を告白するかのように声を潜め、風の峡谷での己の過ごし方を語った彼女は、ふふ、と小さな笑みを零した。
 気づかぬうちに心は幾つもの枷に縛られているけれど、彼の地で風に吹かれればそのすべてから解き放たれるような心地になるという。その解放感は激しい嵐が過ぎ去った後に射す眩い陽光のように圧倒的で、ある種の人間を魅了してやまないのだとテフィンは語った。
「天地の狭間に解き放たれる心地は……ある種の人間には、あまりにも魅惑的。そのため、翔けた心がもとへ戻ることを忘れぬよう……峡谷へ向かう者はこのお守りを携えるのが慣わしですの」
 ある種の人間がどのような者を指すのかは告げぬまま、テフィンはそれまで指で弄んでいた飾り紐を皆の前に掲げて見せる。灰味を帯びた薔薇色の組紐に小さな金鈴を括りつけた、飾り紐。
 峡谷の岩を砕いて染めたというその色は、褪せたようでありながらも灰の中で咲き誇る薔薇の如き力強さを持っている。組紐を静かに揺らせば金の鈴が震え、幽かでありながらも凛と澄んだ音を響かせた。
「小さな音ですけれど、峡谷の風の中でも不思議とこの鈴の音は確り聴こえますの。この鈴の音には翔ける心へと呼びかける力があるというのが……その辺りの、言い伝え」
 大峡谷の雄大な景色に心を呑まれたとしても、澄んだ鈴の音が耳に届けば我に返ることができる――ということだろうか。
 何故だかあまり具体的な言葉を紡ぐ気分ではないらしいテフィンはそこで話を切り、飾り紐は簡単に手に入るから、もし良ければ共に峡谷へ行ってみないかと微笑んだ。

 逸る風吹く断崖の縁へと至れば、天地の狭間に心が解き放たれる。
 そんな言い伝えがまことしやかに囁かれている――風の峡谷へと。


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参加者
NPC:藍深き霊査士・テフィン(a90155)



<リプレイ>

●銀朱
 翔ける風に踊る砂塵は黄昏に見る夢の如く淡い煉瓦色に辺りを霞ませて、霞の彼方、遥か天穹を抗い難い焦燥と共に翔ける雲は灰青と淡藤の翳りと潤みを帯びていた。幾重にも折り重なる雲は緩い澱みを思わす色を抱き、けれどその彼方に輝く陽の光を眩い金に透かして、不安定な揺らぎを内包したまま勁き風に押し流されていく。
 心騒がす揺らぎの合間に見え隠れする空はひときわ鮮やかで、逸る心のままに赤銅色の大地を駆けていたフィードは遥かな蒼穹へと手を伸ばした。けれど焦がれてやまぬ蒼に指先が届くかに思えた刹那、ひとたる身は薔薇と赤錆色の陰影踊る大峡谷の断崖の縁へと至る。
 あと一歩、あと半歩。
 湧き上がる衝動をただ心だけに昇華させ、ともすれば背を押さんとする風に僅かばかりの花弁を乗せた。掌から舞い上がる紫と紅の花弁は渡りへ旅立つ蝶のように、彼方を目指し天と地の狭間へ飛び立っていく。陽光と雲影の合間を翔ける蝶を見遣れば心急いたけど、失われたものへ縋ろうと軋みをあげる心だけを勁き風に解き放つ。
 天の薄雲と地の砂塵、そして花の蝶を浚って翔ける風に、眦から零れた熱のかけらが煌き踊った。
 赤銅色の大地に寝そべれば、背に伝わるのは硬い岩肌の感触だ。
 仰向けのまま断崖の縁から頭を出せば、軽く首を仰け反らせたキョウの視界には頭上に広がる大峡谷と遥か眼下に広がる天穹が映り込む。くるりと回った空を流れる雲はまるで足元を翔けていくようで、翔ける雲に乗れば風の裾を捕まえられる様な気がした。
 いつかその日が来たら、真っ先にあの花の庭へ。
 逸る風にただ約束だけを乗せる彼が確り手を握っていてくれたから、セラフィンはもう一方の手を遥かな空へと差し伸べる。掌上から風に流れ行くのは花の種。砂粒のように小さな命の結晶が風に浚われていく感触が擽ったくて、微かな笑みを風に溶かした。
 灰青揺らぐ薄雲や煉瓦色の砂塵と共に翔け、いつかきっと風の彼方に花が咲く。
 ただ一瞬銀砂の如く煌いて、命の結晶は深く雄大な峡谷の彼方へ消え去った。覗き込めば赤銅色の峡谷は絶え間なく翔ける光と影で様々に色を変え、深い茜や鮮やかな銀朱でノリスの視界を染め上げる。風が猛れば淡く視界を霞ませていた砂塵が払われて、不意に眼前に広がった光景にセインは軽く息を呑んだ。深く大地を抉り地平の彼方まで連なる大峡谷は、鮮麗に移ろう陰影で刻一刻とその姿を変えていく。鈴の音に自身を縛るものの正体を悟り、自嘲めいた笑みを口元に刻んだ。
 猛り逸る風に吹かれれば、胸奥に閉じ込めたものが堰を切って溢れ出すような感覚に襲われた。
 衝かれた様に胸に手を遣れば風の中に旧き友の声を聴いた気がして、ハンゾーは僅かばかり瞳を緩める。立ち止まりかけた背に吹く風は誰かの手に似ていて、知らず熱を帯びた視界が揺らいだ。
 此処はきっと世界の果て。
 果ての彼方に彼女が旅立ってしまったことが寂しくて、断崖の縁に立ったチグユーノは背の翼を羽ばたかせた。翔け去る風を捕まえたくて、けれど風に乗れはしないと知っていて。
 瞼を閉じれば風の流れを翼に感じ、今にも翔けだしそうになる心を抑え背中から大地に倒れこむ。
 強くなるから。
 いつかまた会えるその時に、ずっと一緒だよって笑顔で言うために。
 頬を掠めた砂塵は、ハジがそれと気づいた時にはもう遥か彼方へと翔け去っていた。
 世界の片隅に取り残されたような心地で鈴を握りしめ、胸を締めつける感覚に寂しさという名があることを知って唇を引き結ぶ。俯かずに前を見据えれば、何処までも続く天と地の狭間が瞳に映った。
 空は姿を消した白き翼のもとにも続いていて、強く蒼い風は朗らかに笑って背を押してくれる。
 今までも、これからも――ずっと。
 陽光と雲影は互いを追うようにして、赤銅色の峡谷を翔けていく。
 空への境界たる崖の端に立てば胸が躍り、大きく手を広げればバーミリオンの心は勁き風へと解き放たれた。鮮やかな色に溢れた天地の狭間を翔ければ心は何処までも透きとおっていく。
「誰かに会いたいから風になりたい、なんて思った事はあるか、な」
「風を追いかけてればいつか会える、なんてことなら」
 傍らのボギーに訊けばそう返されて、自然と口元に笑みが浮かんだ。
 風と共に翔けられるなら、いつの日か――手の届かぬ処へも。

●深緋
 好きだから、愛おしいから、どうか幸せでいて。
 たとえそこに私が関わっていなくても、いいから。
 砂塵を孕んで翔ける風は胸奥にある風の流砂に触れ、あの日の想いを鮮明に浮かびあがらせた。
 次々に込みあげる想いが心で万華鏡のように踊るけど、その中から伝えるべき言葉を選び取る。
 またね。
 ありがとう。
 ……大好き。
 礼を言うべきは僕の方とセリハは穏やかに瞳を細め、風に流れた何かには触れずにマイヤの言葉を受け取った。翔ける風に命の力を感じはすれど、元より枷を感じぬ心が翔け行くことはない。
 けれど彼女の心はきっと世界を翔けるのだろうと小さく笑んで、心赴く侭にと言葉を贈る。
「好き旅を……そして、また何時か」
 何時の日も、同じ風の中に在るのだから。
 風に煽られるままに解き放てば、透きとおる翼を得た心は天地の狭間を自在に翔けた。けれど瑪瑙めいた鮮やかな岩肌を翔け天へと至った刹那、凛と響いた音にレインの心は引き戻される。
 指先に触れるは金の鈴。
 今望んでいたのは鈴の音ではなくて、あの日望んでいたのはただ傍に居てくれることだけで。
 それだけで、良かったのに。
 翔ける風だけに聴こえる言葉を囁いて、地平の彼方を真直ぐ見据えた。
 掌に握り胸へと抱けば、猛る風が幾ら髪を煽ろうと掌中の鈴はちりりとも鳴りはしない。
 鳴らない鈴はまるで己自身のような気がして、リアンシェは小さな鈴を更に強く握りこむ。断崖の縁に腰掛ければ眼前には深く大きな峡谷が広がって、届かなかった手の先にある距離を思わせた。
 鳴らない鈴はきっとずっと震えることなく崖の上。
 静かに変わらず、あのひとを見つめたままでいる。
 両腕で均衡を取りつつ断崖を歩く彼女を引き寄せれば、波打つ漆黒の髪だけが風に踊った。
 背中から抱きとめた藍深き霊査士・テフィン(a90155)に問いの形で罪悪感を吐露すれば、絡めた指先を軽く噛まれた。それに慣れつつある己に苦笑しながら、許しておくれとボサツは囁きを落とす。
 肩越しに見遣る天地の狭間は遠く、翔ける風に思いを馳せれば胸には鈍い疼きが生まれ来る。
 けれど凛と鳴った音に瞳を瞬かせれば、まだ許してないけどこれは別、と彼女の唇が優しく目蓋に触れてきた。
「見てクロ! 雲の流れが速いの、空がこんなに近――」
 猛る風が旅立つ断崖で振り返れば空を背負ったクローチェの姿が眩しく見えて、ルーツァは不意に言葉を途切れさせる。何、と怪訝そうに返しつつ差し伸べてくれた彼の手を取って、貴方はきっと自由に空を翔けるのねと寂しさを滲ませないよう紡いだ。
「この鈴はきっとお前の棄て切れないもの達で、残す大切なものがある限りここに戻って来れるだろ」
 戻って来れなくなるのが怖いと心を解き放つことに怯える彼女の手を頬に押し当てて、クローチェは金の鈴を小さく鳴らす。俺の鈴はアンタ自身なんだろうとは、上手く言葉にならなかったけれど。
 貴方の翼に縋っても良いかしらと躊躇いがちに問う彼女の手を強く握り、翔ける風に心を馳せる。
 腕には大切なものを抱きこんで、遥かな空へと。

●薔薇
 流れる水は遥かな時をかけ、赤銅色の大地に深い峡谷を刻み込んだ。
 風と雲の翔ける空を仰ぎ大地へと寝そべって、心誘う風の歌に耳を傾ける。深く浅く響く音を追えば風の歌は遥か断崖の底を流れる水の歌と重なって、ラティメリアの心を躍らせた。
 涸れずに翔ければきっと、自分も遥かな時を往くのだろう。
 いつかこんな歌を創ろう。
 いつか翔ける風と歌おう。
 澱みなく流れる、時の彼方で。
 翔ける風は断崖の狭間に歌い、流れる水は断崖の底に歌う。
 力強く響き合う音に耳を澄まし、風や水達は歌が上手と御考えになりますかと問えば、短い間を置き瑠璃の瞳が緩んだ。上手とは言わんかなと何か問いたげな瞳で覗き返されれば、途端に堰を切ったようにヘルムウィーゲの瞳から涙が溢れ出す。
「……アデイラ様は……へたっぴ、です……。へたっぴ……過ぎます……」
「……上手くは、なられへんのよ」
 何がとは紡がず少女を抱き寄せて、アデイラは小さく笑って慈しむように彼女の髪を撫でた。
 気紛れに歩く断崖の縁は空との境界。
 猛り逸る空と風の音に小さな呼気をひとつ落とし、ウィーはさざめく心を抱えた胸いっぱいに勁き風の気配を吸い込んでみる。何処までも行ければ良いのにと空へ手を伸ばし、鈴、持って無くてもいいかなと呟けば、何なら仕舞っておくぜとナツルォが手を差し出した。
 なんてね。
 ひっそりそう笑うウィーは、鈴の音に引き戻される気があるのだろうか。
 取り合えずは己の鈴のみを隠しに捻じ込んで、ナツルォは赤錆色の陰影踊る峡谷へと瞳を移した。何処か荒削りな色は自身と彼方で散った誰かを想起させる。彼のかけら、塵ひとつでも、風に乗って此処へ届いてやしないかと思えば、その場を離れがたくて微かな苦笑が洩れた。
 大地とも似た赤茶の髪を揺らし断崖に身を乗り出しかければ、鈴の音が響き猫尻尾かぴんと立った。違うねと苦笑し遥かな地平へと瞳をめぐらせる。彼方へ翔けるため、風に後押しをして欲しくて。
 逸る風に乗り鷹の如く空を翔ければ何処か遠くへ行けそうで、ヒヅキは知らず身を震わせる。
 心流されそうになる感覚が恐ろしくて、けれど何処か酷く、甘くて。
 それは過去に触れるすべを知った時の感覚にも似て、大地に立つ足元を揺るがせた。拠るべき大地に確かな証を見出せなくて、風の誘惑に傾いていく心を止められない。揺らぐ心を解き放てれば、大地に戻れた時に安堵と喜びを見出せるだろうか。
 荒く猛る風の中、澄んだ鈴の音に導かれて。
 疾く流れる風は勁く心地好くて、胸の奥に沈めていた想いが浮かび上がってくる感覚にキヤカは思わず吐息を零した。眦に滲む涙が風に浚われれば、澱の如く沈んでいた哀しみも連なるように浮き上がってくる。彼方へ翔ける風が吹き抜ければ、小さな鈴の音が囁くように微かに響いた。
 瞳を開けばそこには、自ら選び取った道が未来へと続いている。
 優しい風はあるだろうかと断崖の縁をめぐれども、絶え間なく翔ける風は常に猛り逸っていた。
 心騒がせ急き立てる風はやむことなく、天の薄雲も地の砂塵もただひたすら彼方へと翔けていく。
 掌上から風へと羽毛を託し、イストテーブルは祈る様な心地で彼方に舞う羽毛を見送った。
 陽光と雲影は絶え間なく大地を流れ、深い色彩で峡谷を彩っていく。
 風に煽られつつ峡谷を覗けば深い底に水流が煌いて、その眩しさにクレシャは知らず瞳を細めた。流れに呑まれそうな錯覚を覚えれば足が竦み、天を仰げば翔ける雲に時の経過を忘れそうになる。
 鳥影を見出せばかつての憧憬が胸を過ぎったけれど、翔ける風が髪を掬っていけば大地に深く強く根を張る大樹のようで在りたいとの想いが胸を占めた。
 想いは取り留めがなく風のように掴みどころがないけれど。
 きっと――それでいい。

●真朱
 淡い翳りを重ね彼方まで続く薄雲の合間から、眩い陽光が射し込めた。
 薔薇と赤錆色の陰影踊る赤銅色の峡谷は、不意に鮮やかな真朱に染まる。
 断崖の縁ぎりぎりの際で足を止め、峡谷の底に響く急流の音を耳を澄ませつつ、シファは逸る風の流れを全身で感じ取っていた。翔ける風と共に心を飛ばせば胸が高鳴って、ともすれば生身の足すら断崖から一歩を踏み出しそうになる。
 押し留めるように響いた鈴の音にくすりと笑い、仰け反るように伸びをした。
 空と同じくらい此処を愛しているから、全てを棄てて風にはなれない。
 けれどもう少し。
 風の峡谷に居る――間だけは。
 押し流されていく雲を仰げば風に大きく髪を煽られて、不意に胸底から不安が湧き上がってきた。
 翔ける風に解き放たれてみたくて、けれどいざ風に触れれば怖くて、バノッサは繋がれた手を確りと握り返す。解き放たれれば自分が自分でなくなりそうだったから、己を繋ぎとめてくれる何かが欲しくてきゅっと唇を引き結んだ。
 ちゃんと繋ぎとめているから。
 不安気な少女へそう伝えるように手を握り直し、アリシアは翔ける風の行く先へと瞳を向ける。
 勁き風の目指すところは世界の彼方。
 心透かす風と共に翔ければ心からの言葉が届くだろうか。
 ありがとう。
 頑張るよ。
 遠い遥かな時の果て、君にまた胸を張って会えるように。
 ただ直向きだったかつての自分を、恥ずかしくも微笑ましいような心地で振り返る。
 抱く思い出は時に心を暖め時に心を焦がす燈火のよう。揺らぐ灯りは前へ進む足を鈍らせているようにも感じられるとセロが紡げば、無理矢理呑み込むよりは一度吐き出してしまった方が良いよと淡い笑みでメロスが応えた。
 行ってらっしゃいと背に手を添えられて、行ってきますとセロは断崖の縁から風に心を解き放つ。
 枷なく翔ける感覚を覚えれば、次は思い出を抱いたまま鈍ることなく駆けられると思うから。
 掌中には金の鈴連なる灰の薔薇。飾り紐を染めた峡谷のように風を見守り抱きしめて、励ましながら道を示したいと思うから、メロスは小さく鈴を鳴らす。
 生まれ変わって戻り来る風を、お帰りなさいと迎え入れるために。
 赤銅色の断崖に腰掛ければ、翔ける風と水の音がレセルヴァータの身体を包み込んだ。
 風はきっと世界の息吹で、水はきっと世界の血潮。
 澱みなく流れることが生きること。
 ありがとうと振り返った少女の髪で金の鈴が凛と鳴り、命の音に鈴が響きあう様に笑ってイルディンは彼女の髪を撫でてやった。色んな世界を見せてやるって約束したから、この風景が誕生日を迎えた彼女への贈り物。此処だったら届くんじゃねと流れる風を示せば、うん、と瞳を輝かせた少女が風に大切な言の葉を乗せる。
 この世界に、私を産んでくれてありがとう。
 地平よりも更なる彼方へ旅立ったひとへも、きっと。

 世界に圧倒される気持ちと、少しばかりの怖れ、そして何よりも――高揚していく、心。
 鮮やかな感情を一緒くたにかき混ぜて、至るところは断崖の縁。
 逸る風に解き放たれればヒギンズの心は一気に赤銅色の峡谷を翔け、急流の水飛沫が生む虹を潜り薔薇と赤錆の陰影奔る断崖を昇って天へと手を伸ばした。思わず手首に巻いた鈴を押さえたくなるけれど、ここは世界との真っ向勝負。
 自分を縛るのはきっと自分で、本当は何処にだって行けるから。
 鈴が鳴るまで行けるところまで翔けてみよう。

 光と影と水と風を翔け抜けて。
 生きることを思い切り、楽しみながら。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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わからない
参加者:33人
作成日:2008/06/30
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