標的は重騎士



<オープニング>


 ランドアースは統一され平和な世界へと少しずつ変わってきている。けれど、時折起こる大きな戦いは、これまでとは桁違いの被害を出すこともあり、広大な同盟諸国に住む無辜の人々はまだその平和を享受しているとは言えなかった。

 そして人の往来も少ない荒れ地には今もモンスターが徘徊する地がある。いつの頃からか、その荒れ地には3体のモンスターが居着いていた。どれも古く同じ意匠であったらしい防具を着込んでいるが、その姿はもう人とは思えない。沢山の野獣を継ぎ接ぎにした様な身体が無理に2足歩行をして、ボロボロの胴着を身につけているような格好だ。彼等は何をするでもなくその荒れ地を規則正しく練り歩き、近づくモノをなんであれ屠ってしまう。かつては街道の抜け道として時折旅人が行き交う場所であったが、もう今はここを通る者はいなくなっていた。

 使う者がいなくなれば、ここにモンスターが居るという情報さえ時間とともに風化してしまう。つい先日、この荒れ地に足を踏み入れた商隊が襲われた。雨で河川が増水し橋が通れなくなったせいで道を探して迷い込んだらしい。雨がしとどに降る荒れ地で、商隊の護衛であった傭兵2人がモンスターの手にかかって惨殺された。ゆっくりとした動きながら、疲れも恐れも後退もないモンスターの攻撃受け、冒険者ではない傭兵達が生き残る事は出来なかった。倒れた2人は引き裂かれバラバラになって息絶えた。逃げのびた商隊の者達によれば、モンスターは鎧を身につけている者を襲うと言う。それも重装備の者程襲われやすい。
「やはりモンスターを野放しにはしておけません。どうか、冒険者の手で彼等を終わらせてあげて下さい」
 霊査士はそう告げた。

 荒れ地には今も雨が降り続いているらしい。


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参加者
業の刻印・ヴァイス(a06493)
親愛なる隣りの魔王・マオーガー(a17833)
大地を翔ける蒼き翼・カナメ(a22508)
沈勇なる龍神の魂宿りし者・リュウ(a31467)
武騎士・アレスタ(a32233)
誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)
木漏れ日に舞う舞闘拳士・シャロン(a32664)
青碧の百合姫・ユリカ(a47596)


<リプレイ>

●雨の荒野
 荒野に雨が降る。しとしとと陰気に降り続く雨にひからびて草木も生えていない荒野はぬかるむ泥の大地へと変わった。そこへ規則正しい足音が響く。1つ、2つ……そして3つ。かりそめの命となっても、記憶も理性も失ってしまっても、雨に濡れ泥だらけになっても、異形の者達が歩みを止める事はない。失われた命の滑稽で醜悪な模造品の様に、3体のモンスターはこの地を守っているかのようであった。

「素手が武道家、派手な武器持ちが狂戦士……残りのが医術士だろうな」
 雨でけぶる中では遠眼鏡を使っても遠くまでは見通せない。だが、逆に雨で敵の足音が響くので距離や方向が計りやすい。業の刻印・ヴァイス(a06493)は遠眼鏡をおろし、仲間を見た。
「重騎士さんを集中して狙うなんてなにか恨みでもあったのかな?」
 ぽつりとつぶやくように木漏れ日に舞う舞闘拳士・シャロン(a32664)が言う。その答えはもうどこにもない。当のモンスター達でさえ知ることは出来ない。
「さて……手強い相手になりそうだな」
 沈勇なる龍神の魂宿りし者・リュウ(a31467)はうっとうしそうに顔にかかる雨を腕をかざしながら敵を見る。
「お前達と一緒に戦うのは久しぶりだな。よろしく頼むぜ?」
 大地を翔ける蒼き翼・カナメ(a22508)は傍らに立つリュウと誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)へと声を掛ける。
「はい……よろしくおねがいします」
 足場の悪い戦場を考えて履き替えた靴の紐を直す手を止め、レオンハルトはカナメとリュウへ向き直る。複雑な心中は表情に出さないようにとは思うけれど、コツンとカナメに額を小突かれた。
「忘れ去られた存在……不憫にはござろうが、拙者達が知ったからには必ずや討ち取ってみせるでござる」
 武騎士・アレスタ(a32233)の立派で重装備な防具も雨に濡れ、幾筋もの筋となって流れていく。
「私も作戦通りに頑張りますわ」
 雨に濡れる髪や服を気にしながらも青碧の百合姫・ユリカ(a47596)が決意を述べる。大事なドレスなのだが、すっかり濡れて重くユリカの身体にまとわりつき、体温を奪っていく。それは何もユリカだけではない。レインハルトとアレスタ以外は特別天候や戦場への対策は考えていなかった。身体は濡れるまま、足元は沈むままだ。
「さてと。ここんとこ体もなまってたし運動相手にゃ充分過ぎる敵じゃねぇの」
 親愛なる隣りの魔王・マオーガー(a17833)の革で作られた身軽な装備も雨に濡れ、心なしか重くなった様であった。

●雨の戦場
 まっさきに動いたのはヴァイスであった。泥を跳ね上げながら敵へと向かって走る。前衛の位置で戦う為だ。歴戦の経験が敵との距離を正しく目測する。ほぼ同時に敵3体も冒険者達を認識した。整然と並んでいた異形の者達が散開する。黒い泥が盛大に跳ね上がる。
「どれ程のものか……」
 ヴァイスの手に浮かんだ不吉な絵柄のカードが即座に敵の1体、手に武器を持たない武道家型へと飛ぶ。ボロボロになった揃いの防具の横腹が黒く染まる。
「狙うは医術士型の奴だな」
 多人数同士の戦いにおいて回復役を最初に叩くのは定石とも言える。マオーガーはヴァイスよりもやや手前で足を止めた。囮となる重騎士達の邪魔にならない様、前衛やや後ろ寄りを己の定位置と決めていたからだ。
「……っちっ」
 マオーガーの視界の中で見る間に医術士型の敵が後退していく。それでも気合いのこもった叫びと共に突き出された両手の先から凄まじい力がほとばしる。それは後退していく医術士を捉え異形の者は泥の地面に倒れたが、意外にも身軽に起きあがった。
「聖なる想いを炎に封じ……華の如く舞い踊れ!」
 黒い炎がシャロンの身体を駆け上がり包み込む。
「私の名はレオンハルト! あなた方を退治します!」
 腹から大声を出しレオンハルトは名乗りを上げた。防具は動きやすい様に変化しており、アレスタと互いに守るとの誓いも済ませた。雨の冷たさも今はもう感じない。敵医術士型が後退したのを見て取ると、レオンハルトはすぐに攻撃の矛先を敵狂戦士型へと変更した。自らの名を刻んだ愛剣を思いっきり振り下ろす。狂戦士の大きな武器がレオンハルトの剣を受け止めるが、受けきれずに切っ先が防具を裂いた。
「イズル、後は任せた」
 敵を凝視したままカナメは援護の為に呼んだイズルに声を掛ける。けれど返事は待たなかった。『ライクアフェザー』の効果は続いている。ヴァイスと同じぐらい前に出ると、その位置から敵医術士型を狙って蒼龍閃を素早く閃かせた。強靱な剛糸が空を裂き衝撃波が走る。それは泥だらけの敵を撃った。防具が飛び身体が砕ける。
「まだ私の出番ではないみたいです、ヴァイス様」
 レムは力を使わず後衛の位置で待機する。
「私も同様ですね」
 敵の攻撃はまだない。シャリオは『黒炎覚醒』を使った。
「回復役には沈んで貰う!」
 泥を跳ね上げ最前衛の位置まで上がってきたリュウが不吉な絵柄のカードを投げる。カードは後衛位置にいる敵医術士型に命中し胸の辺りが黒く染まった。軋んだような苦悶の呻きが響く。
「序盤は拙者、後方に位置しておりますぞ」
 大仰でありながら動きやすい形に防具を変えたアレスタは後衛位置から『力』をリュウへと送る。革鎧の見た目がさらに軽装備へと変化した。
「……好機」
 イズルの足元から禍々しい虚無の手が伸びる。それはレオンハルトと剣を交えた敵狂戦士を握りつぶそうとするかのように襲いかかった。

 怯んだかのように数歩後退した敵狂戦士の背後から敵武道家がレオンハルトに殴りかかった。長い年月の為か、それとも異形の者となった時からなのか……敵の顔は崩れ表情はわからない。けれど吹きつける強風の様な憎悪の風がまともにレオンハルトへと向かう。
「……っく」
 ギリギリまで反らし思いっきり振り下ろされた拳はレオンハルトの額の1点を狙っていた。回避も受け流すことも出来ず、モロに喰らったレオンハルトは召喚獣もろとも泥の大地に転がった。2転して上向けになると雨が顔を叩く。
「うっ……」
 アレスタも苦悶の表情を浮かべ、隣のレムが『ヒーリングウェーブ』を使う。けれど敵の攻撃は続く。大きな武器を振るって敵狂戦士が倒れたレオンハルトへと更に攻撃を仕掛けたのだ。黒い染みは消えている。ありったけの力を込めた重い一撃が躊躇なく振り下ろされた。痛烈な攻撃……だが、『鎧聖降臨』と『君を守ると誓う』と誓約したアレスタのお陰で手酷い傷とはならない。敵後衛から『ヒーリングウェーブ』の淡い光が広がる。医術士型の胸にももう黒い染みはない。
「私の、緑の魔法をくらいなさい!」
 ユリカは敵味方が入り乱れる最前線にまで突出していた。前衛の仲間達から後方に離れて戦う事の多い医術士だが、敵医術士型を攻撃するにはここまであがってこなければ届かない。足元がおぼつかないぬかるんだ地面に悲しくなりながらも、ユリカは幻の木の葉を飛ばせる。けれど敵の動きを止めることが出来ない。
「もう少し頑張って下さい」
 ユミコの『ディバインヒール』がレオンハルトを癒していく。

 冒険者達の何人かは戦闘の序盤で楽に敵医術士型を倒せると思っていた。或いは特に何も深くは考えていなかったのかもしれない。戦闘の補助にと沢山の仲間を呼び、彼等に回復役を担当してもらったのだから、後は力押しでもなんとかなると思ったのかもしれない。けれど思惑に反して敵の医術士はそう簡単には崩れなかった。攻撃は命中するしダメージも負っているようだが、それがどれ程のものなのかはわからない。突進して敵医術士に直接攻撃し、大ダメージを狙うことは出来る。けれどそうすれば味方後衛のアビリティが届く範囲を外れ、孤立或いは分断されるおそれがある。そこまで考えなくても、味方後衛から離れ過ぎずに戦うというのはもはや戦いの定石となっていて、今回は誰もそれを覆してまで危険かもしれない作戦を採ろうとはしなかった。また仲間が大人数となった事でキッチリと取り決めていない即興的な連携攻撃を行う阿吽の呼吸が存在する余地もなくなってしまう。
 結果、戦いは長引いた。降り続く雨とぬかるんだ地面も、冒険者達の動きを鈍らせ普段よりもより消耗させる。それは敵も同じ条件だろうが、表情もなく知性もない敵は辛そうでもないし、苦しそうでもない。

 戦闘開始と同時に使用した『黒炎覚醒』や『鎧聖降臨』が効果を失う頃、敵味方の陣形が崩れ出した。きっかけは些細なことであった。
「ちょっとしつこいかもしれないが、悪く思うなよ」
 先ほどは外したが今度こそヴァイスが放った鋭い槍の様な紋章の塊は敵医術士に命中した。敵の左肩がほんの少し砕け散る。
「ここは出るぜ。いい加減、1つぐらい沈ませておかねぇと先がキツいからな!」
 マオーガーは前に出た。最前衛に立つ仲間の後ろからでは敵医術士には攻撃が届かない。ならば前に出るしかない。例えそれが孤立を招くとしても……だ。
「いっけぇええ!!」
 獰猛な咆哮の様な声と共に渾身の力が合わせた両手の平から迸る。それは確かに敵医術士に命中し、砕けた左肩が更に崩れた。
「今度はボクが使うよ。他の人はアビリティを温存してよね! 木々の囁きに祈りを乗せて……皆を癒す光と成せ!」
 シャロンの身体から淡く輝く光が波の様に戦場を漂い広がっていく。暖かい癒しの力だ。
「アレスタさん、済みません」
「ここからは拙者にお任せあれ!」
 レオンハルトは『ガッツソング』を使い切っり退いた。この作戦はレオンハルトの心にもかなりの負担を強いていた。それでもギリギリまで耐えたつもりだがそろそろ心身共に限界であった。逆にアレスタが後衛の位置から満を持して前へと出る。息のあった行動は舞踊の様に美しい。2人とも召喚獣の機動性もあり、同じだけ距離を稼いで立ち位置を変える。けれど今までレオンハルトを狙っていた武道家型と狂戦士型の敵2体は標的を変えない。そのままレオンハルトを執拗に追いかけてきたのだ。一時的に狭い範囲に敵味方が入り乱れる。
「レオンハルト! 敵の攻撃がお前から外れていない!」
 カナメが叫ぶ。その目の前をレオンハルト以外に目もくれずに狂戦士型と武道家型の敵が通り過ぎる。一瞬の躊躇いの後、カナメは素早く狂戦士型の敵へと攻撃を仕掛ける。その動きに近くで戦うリョウが反応した。
「カナメ、私も共に!」
 光の軌跡が剛糸の動きをなぞり、闇の闘気をまとった太刀が音のない隠密の刃となって刹那の煌めきを放ち、薔薇が咲き乱れる。背を切り裂かれた狂戦士型は動けなくなる。
 けれど仲間の不調も武道家型は気にならない様だった。全身からみなぎる憎しみの業火が闘気の様に立ち上り……けれど後退したレオンハルトには攻撃が届かない。
「があああああぁぁぁ!」
 無念の思いがうなり声となり、その優しい程そっと振り下ろされた無骨な手は……未だ上がり気味の場所にいて、まさに敵と近接していたユリカの肩へと降ろされた。
「きゃあっ!」
 悲鳴をあげてユリカは凄まじい力に泥の地面へと叩きつけられた。濡れそぼっていた身体は一瞬で泥まみれになる。それだけではない。あり得ない程の衝撃をモロに喰らって、もはや息も出来ない程全身のあちこちが苦痛を訴える。攻撃を行った舞踏家型は更にレオンハルトを追って移動していく。
「……」
 当然声も出ない。泥に半分はまりながら痙攣するかのように手足の先を動かす事しかもう出来ない。シャリオ、イズル、そしてレムから一斉に傷を癒すアビリティが飛ぶ。けれど、ユリカの動きに変化はない。更に動けなかった狂戦士型が手にした大きな武器を振るい始めた。その敵がひたと見据えるのはレオンハルトだがやはり接近して攻撃するには距離があると判断したのか、闘気を込めた武器を振り周囲に渦巻く竜巻を喚ぶ。密集していた冒険者達は前衛も後衛も等しくその竜巻に巻き込まれ、手傷を負った。反動で敵狂戦士型は麻痺に陥るが、泥の中でユリカはぐったりと動かなくなっていた。雨がゆっくりとユリカの泥を洗い流していく。敵医術士型とユミコの身体から癒しの光が沸き起こり、2人の波紋は相容れる事なく戦場に2つの波を広げていく。共に仲間達のダメージが軽減され、傷が治り痛みが消える。

 ユリカが戦闘状態を維持出来なくなったが、他の者達は壮健であった。敵も味方も泥に汚れ、雨に洗われ……終わりの見えない戦いを続けていた。決して劣勢というわけではないが、ただ決定的で圧倒的な力を集中し、敵の回復を上回り倒すことが出来ないのだ。
「カナメ! どうする?」
 ぼんやりと光輝く泥の地面の上で戦いながら、ヴァイスが言った。
「俺はまだ戦えちゃうぜ!」
 シニカルな笑みを浮かべ、敵医術士型へと攻撃を繰り返すマオーガーだが、『ガッツソング』はもう使えない。
「ボクだってまだまだ戦えるけど『ヒーリングウェーブ』はあと3回かな?」
 泥の中からユリカを救い出したシャロンもまた、体中泥だらけだが瞳にはまだ闘志が籠もっている。
「私にはもう癒しの力は使えませんが、戦う手段は残っています」
 敵の攻撃を回避しながらレオンハルトが言った。それでもかわしきれない無数の傷が防具にも肌にも跡を残し、血が流れる。
「っつ……なんのまだまだ。拙者はあと2回ほど『ガッツソング』を吟じる余力を残してござる」
 何度目かの『君を守ると誓う』により、レオンハルトのダメージがアレスタにも伝わる。
「口惜しいが……退こう!」
 唇を噛みしめカナメは言った。無理をすれば医術士型は倒せるかもしれない。けれど、仲間の被害は更に増えるだろうし、それでもまだ2体残っている。
「撤退! 早く」
 牽制代わりに攻撃を仕掛け、カナメはもう一度大きな声で言った。そうでもなければ、降る雨と泥を走る音に声はかき消され、遠くの仲間達にまで届かない。
「此処までとはな……」
 口惜しそうに言うと、リョウも太刀を大きく振るって敵を威嚇し少しずつ後退する。ユリカを抱えたレオンハルトが真っ先に戦場を離脱し、続いて後衛と前衛が離れすぎないようにしながら後退する。レオンハルトを追い続けた異形の者達だが、ある所まで追うとそこで立ち止まり……やがてきびすを返し戻っていった。

 戦いが終わっても雨はまだ降り止まない。


マスター:蒼紅深 紹介ページ
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