秘密のお茶会 〜星空の草原



<オープニング>


●星空の草原
 夏を迎える草原に、一年の内で最も美しい夜が訪れる。
 深く蒼く澄み渡る夜の闇に抱かれ、鮮やかな若草色の草原は濃藍の海へと変わる。
 夏草の海に訪れるのは星降る夜だ。
 頭上遥かに広がる天穹は艶やかな瑠璃色硝子を幾重にも重ねた色で、限りなく深く透きとおる紺瑠璃の空には金砂の星が瞬いている。柔らかに輝く月は蜂蜜をひとしずく溶かしたみたいな真珠色。甘やかな淡金を帯びた月の光に導かれ、星達は夏草の草原へと降りて来る。
 草原の海へと降りた星は優しい白へと色を変える。涼やかな水の香と濃い草の匂いを抱いた風が渡れば夏草の波間に純白の星が揺れ、爽やかな花の香りを立ち上らせた。
 月と星の明かりにほんのり輝く草原の星は、けぶるように優しい白の花を咲かせたラベンダー。
 濃藍に染まる草原には純白の星が散りばめられて、夏草が夜風にさざめくたびに瞬いている。
 花の星咲く星空の草原へ、小さな小さな旅に出よう。
 片手に燈り、片手にはチーズとワインを詰めたバスケット。
 何処か艶かしく何処か懐かしい夏の夜風が流れれば、草原は軽やかな葉ずれの歌に包まれる。
 星空の草原の端、丘の麓に流れる川の水音も重なって、天と地の星空には命の音色が優しく響く。

 ――――――。

 夏草のさざめきは草原の彼方まで広がるけれど。
 命の音色にくるんだ小さな小さなささやきは、自分と傍らにいるひとだけのもの。

●秘密のお茶会
 瑞々しい夏草の中に純白のラベンダーが咲く草原がある。
 夏の夜には草の波間に淡い光を孕んだ純白の花が揺れ、まるで真白な星が瞬いているように見えることから、その地は星空の草原と呼ばれていた。
 彼方まで広がる草原には羊や山羊が放牧されていて、地に広がる草原を一望できる丘の上には、彼らの乳からチーズを作り出すことを生業とした熟成士と呼ばれる人物が住んでいる。
「その熟成士様のチーズを……星空の草原で味わいに行こうかと思うのですけれど」
 藍深き霊査士・テフィン(a90155)はそう言って、粉雪のように白くシルクのようにさらりとした美しい白かびに覆われたチーズにナイフを入れた。現れるのは今にもとろりと溶け出しそうに柔らかで、淡く艶やかなクリーム色だ。切り分けられたそれを口へと運べば、優しい苦味を帯びる白かびに包まれたチーズは想像以上に滑らかで、たちまち舌の上で蕩けて濃厚なミルクの風味と旨味を広げていく。
 瑠璃の瞳を細めうっとりと吐息を洩らした湖畔のマダム・アデイラ(a90274)は、草と水の香る草原で食べたらもうめちゃめちゃ美味しいやろね、と幸せそうに口元を綻ばせた。
「草原の端、丘の麓には川が流れていて……とても心地好い風が吹きますの。涼やかな風に吹かれ星空の草原を眺めつつチーズを摘むひとときは……とても、素敵」
 樹氷を思わせる繊細な青かびが入ったチーズを摘みつつ、テフィンは微かに声を弾ませながら深い紅玉色に煌く山査子酒の杯を傾ける。濃厚な香りと味わいを持つこの酒は意外にブルーチーズによく合うのだという。青かびチーズに蜂蜜を垂らし軽い発泡葡萄酒と合わせるのも良いし、爽やかな酸味を持つ作りたてのフレッシュチーズを果物のコンフィチュールと一緒にタルトレットに乗せ、温かな珈琲や紅茶と一緒に楽しむのも良いだろう。
 穏やかに輝く燈り、そして好みのチーズと飲み物を持って、丘の斜面や川のほとり、星空の草原に揺れる夏草の中など、思い思いの場所に腰を下ろして静かに語らいながら夏の夜を過ごす。
 星空の草原は広い。
 皆から離れた場所でそっと囁きかわすなら、誰にも邪魔されない秘密のひとときが過ごせるはず。
「あんまり声高に言いたくはないけど、誰かにこっそり聴いて欲しい話って……あるもんね」
 何処か懐かしげに瞳を緩めたアデイラに、テフィンが「ふふ」と微笑んだ。
「そう、たとえば……アデイラ様が――――に、――――らっしゃる話……とか?」
「〜〜〜〜!!!!」
 不意を突かれたアデイラが曰く言い難い表情でテーブルに突っ伏した。
 そのまま頬をテーブルに付けるように横を向き、細かな気泡の立ち上る発泡葡萄酒の杯を見遣って自信なさげな声音を洩らす。
「やっぱり……やっぱりそうなんかなぁ……?」
「いやだ、当てずっぽうで言ってみただけですの」
 星空の草原でゆっくり考えをめぐらせれば何か見えてくるかもしれませんからと、楽しげに笑みを零しながらテフィンが草原への誘いを口にする。

 淡く光を孕んだ純白の花咲く星空の草原で。
 涼やかな夜風が奏でる命の音色の中に、囁きかわす――秘密の言葉。


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参加者
NPC:湖畔のマダム・アデイラ(a90274)



<リプレイ>

●星彩
 深い瑠璃色の夜空からは、澄んだ蒼を帯びた闇が世界へと降りてくる。
 夏の夜闇に抱かれた草原は濃藍に染まる。けれど夏草の合間に咲くラベンダーの花は、夜空から降る月と星の明かりを抱き、淡い白の光を孕んでいた。
 夏草と水の香纏う夜風が渡れば、草原の夜空には純白の星が瞬いて。
 聴こえるのはただ――夏草のさざめきと、草原の片隅を流れる川のせせらぎだけ。
 草原の音を聴きつつ杯を満たせば、デューンの心は自然と凪いだ。
 細やかに泡立つ薔薇と深みが際立つ赤は霊査士と湖畔のマダム・アデイラ(a90274)に振舞って、己の杯には少しずつ呑んでいた樽の葡萄酒を注ぐ。亡きひとを偲ぶよすがとなる葡萄酒を。
 深紅の薔薇が花開く様を思わす濃厚な香りに瞳を緩め、一口含んで口元を綻ばせる。
「……あぁ、また味が変わったな」
 胸を苛む哀しみも苦しみも、時を経れば穏やかに思い返せる想い出へと変わっていく。
 若い渋味が舌を刺す葡萄酒が、時を重ねて深く豊かな味わいを手に入れるかのように。
 夏草薫る風に葡萄酒の香りが溶けていく、そんな夜にはいつもと違う言葉を交わしてみたくて、深い青玉の瞳を緩めたペテネーラは軽やかな葉ずれの音に小さな囁きを忍ばせた。
「ねぇ、いくつ星座を見つけられる?」
 軽く目を瞠ったガルスタは「数えてみるか」と微かに笑んで、真白な星が揺れる草原と金砂の星が瞬く夜空へと瞳を向ける。彼女が用意した桃とフレッシュチーズを口に運べば、優しく瑞々しい味わいが心を穏やかな安らぎで満たしてくれた。
 ありがとうと紡がれた言葉には柔らかな笑みを返す。
 思っている以上に自分は彼を頼りにしているのだろうけど、何だか悔しいから、気づいてあげない。
 頬が火照るのはきっと、葡萄酒のせいだけではないのだろう。
 胸の内にある想いを言葉にするのは難しくて、ギルガメッシュは自分でも何を言ってるのか判らなくなりながら、頼りなげな吐息を零して抱えた膝に顔を埋めた。可愛いなぁと笑うアデイラは、まず大切なのは『好き』って気持ちで自分をいっぱいにすることかなぁと囁き、冷たい硝子杯をギルガメッシュの頬にぴとりとくっつける。硝子が纏う水滴と流れる風の感触が、少しだけ心を落ち着かせてくれた。
 星空を仰ぎほのかな躊躇いを振り切って、あのね、とこっそり耳打ちをする。
 囁かれたオリエの言葉にアデイラは幾度か瞬きをして、うん、と何処か嬉しげに微笑んだ。おいでと広げられた腕の中に身を委ねれば、細波めいた夏草の音と胸の温もりに微睡むような心地になる。
 真白なフレッシュチーズの上には、夜空のように煌く葡萄のコンフィチュール。
 鮮やかなコントラストが綺麗なタルトレットを並べ葡萄果汁で乾杯すれば、フォーネの唇からは自然と笑みが零れた。つられるようにシラユキも笑みを零し、秘密の話はないけれどと他愛もない話を風の中で二人囁き交わす。くすくすと笑い合いながら「あーん」と食べさせ合うタルトは、甘酸っぱくて優しい幸せの味がした。
 出逢いは祭りの日の偶然で。
 けれど今こうして温かな友愛で結ばれているのは、ちょっとした運命なのだろうと思う。
 夏草の細波に抱かれ、粉雪めいた白かびに覆われたチーズをゆっくり賞味するユンの姿を遠目に見遣り、銀の後れ毛をふわりと掠める夜風の艶かしさを感じつつ、サフィアは恋人の隣に腰を下ろす。
 滑らかな白かびの中からは柔らかな淡いクリーム色のチーズが蕩けてきた。クラッカーで掬って口へ運べば濃厚なミルクの風味が広がっていく。美味いなとヒィユが嬉しげに微笑んだから、サフィアも胸に満ちてくる幸せのままに笑みを浮かべた。
 胸が少しずつ高鳴っていくのはきっと、こうして二人で出かけるのが始めてのことだから。
 交わす言葉はいつもと変わりないのに、ひとつひとつがほのかに光を抱いているかのよう。
 ありがとうと囁き交わし、恋人達は静かに唇を重ねた。
 星降る夜の、夏草の中。
 夏草の匂いで胸を満たせば、初夏の花の香りが鼻先を擽った。
 地上に咲く、命の星の香り。
 世界を呑み込む奔流の中で背を押してくれた手が今この身を抱きしめている。背中を押してくれてありがとうと紡ぎ、柔らかで温かな腕に包まれ請われるままに身を屈めれば、大好き、と囁いた唇が額に触れた。抱擁と口づけを受け入れることそのものが言葉よりも何よりも感謝を伝えられるような気がして、ハルトは微かな笑みを浮かべて僅かに瞳を伏せる。
 裡に抱えていた想いは痛みと後悔に彩られ、けれど仄かな甘さを帯びた疼きをも齎していた。
 吐露した想いにあの日の言葉を重ね、正直まいったよと囁けば、アデイラからは何となくは解ってて言うたんよと微笑みが返る。けれど彼女の言葉に支えられ、あの日のすべてを駆け抜けた。
 ありがとうと再び紡げば、うん、と潤みを帯びた声が届く。
 伸ばした手は星には届かずに。
 けれど地上にも星があることを知った。

●星霜
 秘密、と囁き返された問いの答えが肯定なのだと解ったから、フィードはああ、と口元を綻ばせた。
 彼女の杯に薔薇色の桜桃酒を満たし、何処か焦がれるような眼差しを天と地に瞬く星へと向けて。
 不思議なくらい穏やかな心地で紡ぐのは、愛しさと優しさにくるまれた『それ』に憧れる気持ち。
 こればっかりは年季やんねと愛しげに笑んで、アデイラが優しく頬に触れてくる。
 けれどそうやって手を伸ばす子がすごく好き、と囁かれ、何故だか泣きたい心地になって頷いた。
 夏の夜に降る星は、優しく潤んだ闇に抱かれて静かに瞬いている。
 星そのものが瞬いているのではないと知ってはいたけれど。
 あんな存在に、なりたくて。
 星空の草原の片隅を流れる川は、水面に密やかな煌きを湛えてせせらぎを響かせていた。
 硝子杯に満たした蜂蜜酒も桃のコンフィチュールを乗せたフレッシュチーズも甘くて、けれどそれだけに胸塞ぐ想いがひときわ苦く感じられる。絶え間ない水音に紛らせ言葉を落とせば、より苦しさが募って思わずシアは瞳を伏せた。
 ショールで包み込むように抱きとめて、胸の澱を溶かすように髪を撫でる。
 少し離れるくらいにしてみたらと囁いて、アデイラは伏せられた目蓋に唇で触れた。
 切り離すのは簡単で、けれどそれを取り戻すのは難しいから。
 辺りにひとの気配はなくて、ただ涼やかな水の音と夏草のさざめきだけが世界に満ちている。
 夏草に手をつき身を乗り出せば、いつもよりも距離が縮まったような気がした。白葡萄酒の力も借りて躊躇いを捨て、綺麗事のヴェールを取り払った素のままの心を傍らのひとへとぶつける。
 迷い子のような瞳をしたソウェルの言葉にシーナは虚をつかれた風に瞬きをして、胸裡の想いを手繰るように黙り込んだ。やがて開かれた唇から紡がれるのは、ひとつひとつ選び取った真摯な言葉。
「……こんな答えじゃ駄目か?」
 困ったような笑みを向ければはぐらかされたとむくれられ、ありがとなと抱き寄せ口づける。
 誤魔化されませんとソウェルは慌てて顔を背けた。
 けれど火照った頬を撫でていく風の感触が心地好くて、幸せで。
 澄んだ夜闇の中、控えめな燈りの中に朱から銀への移ろいが美しい弓が浮かび上がる。
 持って来てくれたんだと顔を綻ばせるチキチキータからクランベリーの果実水を受け取って、帰ってこれたのは貰った勇気のおかげですからとクーディリシスは嬉しげに声を弾ませた。今度は自分が誰かを励ませるようになりたいという彼にせがまれて、チキチキータは微かな照れを滲ませながら始まりの物語を語りだす。夏草の囁きにそっと望みを紛らせて、クーディリシスの頭を思い切り撫でた。
 柑橘香る紅茶は美味しく淹れられたのに、一緒に味わうひとの姿が見出せない。
 川のほとりに腰を下ろしたエスは小さな吐息を洩らした。聴くはずだった相手の言葉は夜の静寂に包まれて、冗談めかして告げるはずだった自身の言葉は、密やかな川のせせらぎに揺れるだけ。
 清冽な水の気配とせせらぎに惹かれるように水辺へと足を向ける。
 一人では来る勇気がなくてと紡ぐグラースプに果実酒を差し出され、ああと呻きにも似た声を洩らしたカーツェットは、何かに頼らんと本音が話せんのよと杯を受け取り傾けた。
 冷たい茶で唇だけを湿したグラースプは、どうせ味など感じはしないとばかりに水辺へ腰を下ろし、夜闇に煌く水面へ何処か空虚な眼差しを向ける。
 陽の光も水の輝きも、緑の匂いまでも覚えているのに。
 明けぬ夜へ閉じこもるように膝を抱えた彼の唇から零れた言葉を聴きとって、カーツェットは水に浸した足でちゃぷりと音を立てた。落とされた言葉が、他の誰にも届かぬように。
 取り繕うことに慣れた覆いを開き、胸奥に燈る想いを吐き出して。
 肩を並べて、本音の言葉を。
 濃藍の草原には真白な花の星。
 成る程確かに彼女の瞳には世界が鮮やかに映るのだろうと得心し、イドゥナは杯ひとつ乾すだけの時間をアデイラに請う。向ける言葉は、まるで言葉遊びをするかのように。
「グラスに罅が入っていたとして、其れに気付くのは液体を注いだ後でしょうか」
「……注ごうとした時には、もう気付いてると思うんよ」
 紡がれた言葉には肯定も否定も向けず、ただ微かに口の端を擡げ戯言を口にする機会を望む。
 何時でもおいでとの答えを得て、静かに杯を乾した。

 思い切り抱きしめられれば知らず瞳の奥が熱を帯びた。
 彼女の声が潤んでいるのもきっと気のせいではなくて、だからきっと今自分も泣きそうな顔をしているのだろうとヨルは小さな笑みを口元に浮かべる。流れた時は短くて、けれど驚くほどに、長くて。
 哀しみに打ちひしがれて、それでも切ないほどの愛しさに光を見出した。押し流されてしまいそうだった心は拠り所を見つけたけれど、立つことに後ろめたさを覚える気持ちは消えない。
「大丈夫。だってそれは、一番大切なことやもの」
 不安気に零された言葉にアデイラはそう囁いて、ヨルの頬にキスを落とした。

●星明
 瑠璃の夜空と濃藍の草原の境は何処にあるのだろう。
 空の境界を求めて瞳をめぐらせれば、どうしようもない涙が眦に滲んだ。
 瞬きで押し流そうとしても零れぬそれは優しい唇に拭われる。アデイラさんと呼べば抱きしめられて、温もりに包まれれば自然と言葉が溢れ出た。いつもこの温もりが傍にあったから。
 約束を囁き微笑みかければ、瑠璃の瞳から涙が零れた。
 何度も名を呼ばれて、そのたびにアリシアは返事をする。
 これほど無防備に泣く彼女を、初めて見たような気がした。
 涼やかな夜風に温かなシチューの香りが漂えば、わぁとボギーが嬉しげな声を上げる。
 乳清とチーズだけで作られたそれは、新鮮な乳清が手に入る場所ならではの贅沢だ。ふふ、と笑みを零してテルミエールは葡萄酒の杯を取り、ボギーには蜂蜜の乳清割りを渡して杯を合わせた。
 もしも夏の宵が眠りを誘ったなら、語りたい言葉があるけれど。
 夏草の上に寝そべるテフィンが幸せそうだったから、マーハシュリーもその隣に寝そべってみた。
 視界の隅できらりと光るそれに瞳を細め、言葉を選びながら問いを口にする。
 全部話せば長くなるからひとつだけ、と榛色の仔鴨の顎を擽りながら彼女が囁いた。
「硬かった指先が柔らかくなったことに気づいた日には、少し泣いたの」
 何処か懐かしさを帯びた夜風が柔らかに肌を撫でていく。
 夏草のさざめきは穏やかに心を包み、短くて緩やかな夏の夜の優しさを胸へと残した。
 心が澄み渡っていくのが幸せで、リューシャはひとつひとつ言の葉を紡ぐ。口にするたび心が丸みを帯びていくような心地がして、大好きと抱きしめられたアデイラの腕の中で心からの笑みを咲かせた。
 気泡煌く葡萄酒の杯を合わせれば、夏の夜に小さな光のかけらが弾ける。
 舌先に踊る刺激も楽しくて笑い合い、ミルッヒはアデイラの顔を覗き込んで小さな囁きを紡いだ。
 それはとてもささやかで、けれど何よりも心を暖めてくれる幸せのもと。
 この子はいつも核心ついて来るなぁと微笑んで、アデイラは彼女の頬に口づけた。
 あなたたちのこと、妹や弟みたいに想ってる。
 艶やかに茂る夏草の中に寝そべれば、ひときわ鮮やかな草の香が匂い立つ。
 世界に息づく命の香りは鮮明で、愛しさが心を溶かし切なさが胸を締めつけた。
 心を縛っていたものは何時しか姿を変えて、募るままにこの身も心も衝き動かそうとする。抗おうとしてはみたけれど、もう既に心の堰を切って溢れていた。
「自分を、変えてみようかなって思うんです」
 アデイラさんに聞いて欲しかったと紡げば、セリハちゃんがセリハちゃんのまま幸せにならんとあたしは怒ると額に口づけを落とされる。
 伸ばした指先が、あたたかな何かに触れた。
 爽やかなオレンジマーマレードをフレッシュチーズに落とせば、夏らしい香りが鼻先を擽った。
 こういうのが好きなのかと訊くゼオンには「さぁ?」と笑みを交えて返し、ピアニーは流れる風の向かうままに星空の草原に瞳を向ける。そよぐ草の合間に花が揺れる、そんな景色も好きだと思った。
 緩やかな時を楽しむように紅茶を口に運ぶ彼の耳元へ、花咲くような唇を寄せる。
「あんまり頑張らないでね? あたしが追いつけなくなっちゃうから」
 彼が瞳を瞬かせれば冗談よ、と囁いて、微かな本音を風に溶かして微笑んだ。

 凍てつく冬を越え優しい春を過ぎて迎えた夏の夜は、何もかもがこんなにも鮮やかだ。
 夏草と水の薫る風の中で彼女の手を取れば、思わぬ温かさにトールの口元が綻んでいく。
 息づく彼女の命が愛しくて、胸奥からはただ感謝が溢れ出た。
「愛しています、フィー。どうか私の妻になって下さい」
 彼の掌が熱くて、サフィールは泣きたいような心地になった。
 凍てついた心を熱くて優しい彼の心が溶かしてくれたから、彼こそがもう、私のすべて。
 ありがとう。私に愛と、生きる意味をくれて。
「私を、貴方の家族にして下さい……」

 深く煌く紅玉を溶かしたような山査子酒は甘く、けれど身体の奥に小さな熱を燈して行く。
 熱を宥めるように大きく夜風を吸い込んで、ありったけの勇気を奮い起こして問い掛ければ、彼女はよしよしと頭を撫でてくれた。
 好きやなぁと思った時に胸が痛くなるかどうかかなぁと囁かれ、ルーツァはこくりと頷きそっと胸に手を当ててみる。けれど一旦見失ってしまった境界は果実酒に溶けたブルーチーズの辛味の如く曖昧で。過去が小さな楔のように心を引き止めるから、言葉を落とせば視線が揺れた。
 彼女の囁きにアデイラは、あたしは四回結婚したよと不思議そうに瞳を瞬かせる。
「愛されることやなくて、愛することでひとは幸せになるんやと思う」
 だから『そう』でも、『そう』でなくても。

 いっぱい愛して、いっぱい幸せになっておいで。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:34人
作成日:2008/07/10
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