射抜く月弓



<オープニング>


 いつか遠い日に寄り添った背を求め、月と太陽のように地を廻る。
 永い時を経て未だ決着のつかない追いかけっこ。
 長く光と離れて歩む月は闇の中、その喪失に気付く筈もなく。
 求めるものは歪んだ約束。時尽きる場所へ続く道を彩る、血の朱のみ。

 阻むものは、全て、敵。

「とある街道の入り口――その東側にある森に、少年型のモンスターが現れました」
 エルフの霊査士・ユリシアは凛とした声音で冒険者達を呼び集め、よどみなく仕事の内容を告げる。
「先日までは人家のない山地にいたのですが、そこに入るまでに既に二つの村と野宿中の狩人数名、そして狩猟小屋が幾つか彼によって壊滅しています。皆さんの足で急げば、彼が街道のある平野に辿り着くまでには間に合うでしょう」
 つい先日、討伐されたばかりの「少女」とよく似た面立ちと同等の力を持つモンスターの様子を、霊査士は淡々と語る。
「少女が単騎ながら複数との戦いに長けていたのと同様――いえ、この少年はそれ以上に複数を相手取る戦いを得意としています。少女同様、同盟内においても精強と謳われる冒険者でさえ危険な勝負となるかもしれません」
 少年が手にするのは銀色の大弓。
 降り注ぐ矢の嵐は広場で笑う子らを一瞬で肉塊へと変え、日向に語らう老人達を血の海に沈める。
 木蔭から放たれた長い追尾の矢は、逃げ惑う母の背を抱えた赤子ともども射抜いた。
 村長の家に隠れて震えていた村人らは、爆ぜる炎の矢で跡形もなく消し飛ばされた。
 複数に効果の及ぶ高威力の攻撃を多く持ち、避け難い狙い済ました一撃をも持つ代わり、これといって異常を齎すような攻撃は持っていないようだ。しかし、背負った矢筒に収められた三本の銀の矢にだけは「自身を癒す」効果があるようだとユリシアは告げる。
 少年は何にも惑わず迷わない。
 ただ淡々と、機械のような正確さと無慈悲さをもって矢を放つ。
「このモンスターは戦場を利用する狡猾さも兼ね備えています。森は深く、木蔭や小さな洞なども多く存在しますから、不意打ちされる可能性は非常に高いといえるでしょう」
 だが、絶望呼ぶ歩みは此処で止めねばならない。
 ユリシアは静かに冒険者達を見回した。
「かの少女を倒した皆様ならば、この少年も打倒できるはずです。どうか――」

 白い指先が地図の一点をひたと示す。そして歌うように金の霊査士は告げる。
 かの輝きを、疾く滅せよと。


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参加者
鸞玉の塵・エン(a00389)
旋律調和・クール(a09477)
嵐との契約者・ヴィナ(a09787)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
蒼銀の風謳い・ラティメリア(a42336)
風伯・ヴァンアーブル(a43604)
輝ける蒼き星剣・カイン(a44957)
翠鳴至風・ヴァイン(a49717)


<リプレイ>

●濃緑に潜む
 森は不自然なほどの静寂に包まれていた。鳥も獣も蟲も何処かへと姿を隠し、冒険者達以外の生物の気配は酷く薄い。
 その空気を喩えるならば、張り詰めた弓の弦。
 強靭な殺意は限界まで引き絞られ、今にも何処かで牙を剥こうとしている。
「太陽の光がなきゃ月は輝けない……ってね」
 予想よりは明るい森の中を進みながら、最果ての君・クール(a09477)は頭上に茂る枝葉の向きを確かめる。今のところ目指す方向を違えてはいないようだ。
「……ちょっとやり過ぎたかな」
 黒頭巾に漆黒のマントを装備した鸞玉の塵・エン(a00389)の姿は、却って森の風景から浮いていた。いくら深い森といっても、夜中ではないのだから少し薄暗い程度のもの。蒼翠弓・ハジ(a26881) のように擬態色のマントを用いれば良かったのだろうが――光を反射する鎧そのままで向かうよりは良いだろうと気を取り直す。
 歩む冒険者達の傍らには、森に入る際にハジから齎された小さな守護存在が浮かんでいた。有効か無意味かは分からないが、少なくとも敵の攻撃が来たと感じた瞬間、上手い具合に彼らを降臨させられる確率はゼロに等しい。よって時間切れのリスクを考えて尚、最初に天使を呼び出す方をハジは選んだ。
(「大弓の少年……元はどんな冒険者だったんだか」)
 今更見た目に惑わされる事はないが、せめて迅速に倒す事が後輩冒険者としての情けか。
 そう考えつつ蒼銀の風謳い・ラティメリア(a42336)は獣の姿を探してみるが、やはり森に入った時の印象通り影すら見当たらない。けれども、その点について憂慮する必要は無いように思われた。
 一歩進むごとに周囲の空気が鋭くなり、針のように肌を刺す。強大すぎる気配は場を支配しながらも、森のざわめきはどの方向からそれが放たれるのかを巧みに隠していた。

 先を行く仲間達から僅かに距離を取り、木々の陰に隠れつつ風伯・ヴァンアーブル(a43604)は慎重に周囲を探って歩く。既に己と輝ける蒼き星剣・カイン(a44957)には守り高める術を施してあるし、隣を行く翠鳴至風・ヴァイン(a49717)もまた彼自身の力で鎧の強度を高めてあった。
 森に入ってからというもの、木蔭や茂みは数えるのも嫌になるほど連続しており、集中すればするだけ何処もかしこも怪しく見える。薄暗さにぼかされた影は時折生物のそれとも錯覚されて、次第に集中力を磨耗させていく。しかしそんなじりじりした空気を、ヴァインだけは僅かに楽しんでもいた。
(「久々に忍びらしー仕事じゃねェ? 腕が鳴るわ」)
 影に潜み慎重に機を狙い、隙を突く戦いこそ忍びが得意とする所。決意を胸に再び警戒の視線を森に向ける。
 つと葉に覆われた頭上を仰ぎ見たヴァインの目に、一条の光が差した。
「来た!」
 咄嗟に声を掛けるも、前後左右の何れからでもなく、天高くから無数に注ぐ矢を確実に避ける手立てはない。
 グリモアの加護によって半減され、更に天使の守りがあって尚深い傷を刻む矢に舌打ちしつつも、咄嗟にはどの方角からの攻撃かを判じかねて前衛達は暫し困惑する。
 各々を守護する召還獣が何処からともなく現れて戦闘状態へと移行する中、もしや木の上に潜んではいないかとカインがチェインシュートを打ち込むも、鎖に絡んだ武器は虚しく枝葉を切り落とすに終わった。同じくクールが怪しいと見た方向に光の雨を降らせるも、これも意味を成さない。
 仲間の傷を拭い去るべくラティメリアが紡ぐ気合に満ちた歌が、開戦の合図となった。

●隠れる者
 牙狩人の使うジャスティスレインと霊査士の話した「降り注ぐ矢の雨」は、恐らく同じもの。これらは自身の頭上高くから矢を降らせる攻撃であるから、極端に言えば敵に直接矢を向ける必要すらない。30メートルの距離があれば枝葉に覆われた森の中のこと、弓が反射する光が届く可能性も高くは無い。
 敵を視認さえ出来れば、こうした場所での不意打ちに非常に適していると言えるだろう。暫くはハジと敵が放つ矢の雨が交互に降り注ぎ、膨れ上がる双方の殺気で肌さえ焦げそうな緊迫した時間が続く。けれどもこれらの大部分は、各人が所持する回復術によって拭い去られた。
「成る程。狡猾、とはこういう事ですか……」
 初回は攻撃を免れた別働隊のヴァンアーブルらも、二度目以降は少なくない打撃を受けている。それはつまり、魔物が視界に彼らを捉えたという事を意味した。恐らくはチェインシュートで樹上を狙った時の音で気付かれたのだろう。 
 何時までこの状態が続くのかと、誰もが危ぶみ始めた瞬間。
「ぐ……ッ」
「!? カインさん!」
 鮮やかな線を虚空に描き、一本の矢がカインを襲った。彼の胸に過たず命中した矢は一瞬で消え失せ、傷口から鮮やかな赤が噴き出す。
 やはり、位置を把握されている。別働隊としては大変宜しくない事態だった。
「攻撃は、最大の防御だからね……とことんやってやろうじゃない」
 ともあれ、ようやく明確に位置を探れる攻撃をして来た事は僥倖と、嵐と共に進みゆく・ヴィナ(a09787)は矢の飛来した方向へ得物を掲げ走り出す。
 しかしなるべく目立たないように動こうと考えてはいても、明確な方針なく心許なさげな動きが「倒しやすい」と映ったのか――今度は彼女へと必殺の矢が襲い掛かった。

 視界が炎の朱に染まる。
 咄嗟に身を捻ったがヴィナの技量では避けきれず、熱く焼けた爆風に打たれ倒れこむ。
 この時点で彼女は悟った。
 対策も、経験も、何もかもが不足している。
 常に冷静な対処を、多彩な攻撃をと考えてはいた。しかし題目を思いついた時点で思考は止まり、具体的なことは何一つ脳裏に描かれていなかった。己の甘さと敵の強大さを同時に思い知らされ、ヴィナは薄れ行く意識の中で歯噛みする。
 自身が傷つくだけならまだ良かった――けれど往々にして、一人のミスは仲間全員の負担を増やしてしまうのだ。
 傷を癒すべくラティメリアがガッツソングを歌い上げるも、既にヴィナは意識を手離していた。
「っ、こちらからか!」
 エンは肌を掠める矢をかわし、クールと共に森を駆ける。ともかく敵の位置を見定め、距離を詰めねば話にならない。
 木々の枝葉を体で折る勢いで攻撃の来た方向へ進めば、鈴鳴るような澄んだ笑い声がした。
 ――暗い森の影、いくらか高い位置にある小さな洞の前に佇んで、少年が笑っている。
 その位置からは丁度、冒険者達のいた小さな広場がよく見通せた。
 後ろで結わえた銀の髪。澄み渡る冬空色の瞳。一見すれば旅人のような装いと、美しくも強大な威力を備えた弓の組み合わせが何処かちぐはぐな。
 狩り甲斐ある獲物の到来に、魔物は嬉しげに微笑んで首を傾げた。

●焦燥
 予定はようやく本来のスタート地点へと回帰する。
 笑みと同時に放たれた矢をかわし、エンは手繰る鋼糸から一陣の疾風を放った。同時にクールの手にした両手杖から碧緑の業火が生じて少年に襲い掛かる。刃の如き疾風は寸前でかわされるも、エンの目的は元より行動の阻害。彼の一撃を避けたことで、同時に生じた炎を避けきれず魔物は不快げに顔を歪めた。
 二人の誘導によって姿を現した少年は一見、ほとんど無傷のように思われた。
「こりゃ回り込んでる余裕はねえな……」
「そのようですね……急急如律令! 銀狼!」
 射手たる少年の目は正確だ。何より事前に気付かれてしまったのが痛い。
 このままでは本格的な攻撃に入れないと判じてヴァインは回り込みを中断し、不吉な柄のカードを投じた。合わせてヴァンアーブルが銀に輝く狼を呼び出す。少年はカードを僅かに身を捻ることで避けると、腕に噛みついた銀狼をも振り払った。
 続いてハジが鮫牙の矢を打ち込むが、技に優れた少年に同じく技を得意とするハジやヴァインの攻撃は届き辛い。包囲しようにも木々が邪魔して、すぐには戦いやすい場所へと移動できない。逆に言えば少年が打ち込む攻撃も彼らには当たり辛いのだが、他の仲間達はそうはいかない。
 辛うじて包み込むような陣形が完成した時には、全体の回復術の半分を使い切っていた。

「カクレンボは終わりだ、イイコは寝る時間だぜ?」
 一度や二度で効かないのは覚悟の上と、ヴァインは再びカードを投じる。しかし何度投げても、カードはよくて少年に傷をつけるだけで不幸を齎せない。何より圧倒的に回避される確率の方が高く、攻撃手段としても効率的とは言い難い。青年は眉を寄せ、一旦攻撃を蛇毒刃に切り替える。
「あんたとあたしと、どっちが鬼の役が上手か比べっこしましょうよ……!」
 降り注ぐ矢の雨に血を流しながらも、歯を食いしばりクールが光の雨を降らせる。望んだような相殺の効果は現れないものの、心に優れた彼女の攻撃は着実に魔物の体力を削っていく。
 一見すれば冒険者側が押しているように見えるが、魔物の能力の高さと狡猾な立ち回り、こちらの微妙な連携のずれによって戦況は膠着したまま。このような状態にあっても魔物側に傾かなかったのは、回復術の豊富さゆえ。しかし魔物とて回復手段はあるのだ。
『アソ、ンデ、あそンで……』
 笑いながら血塗れた少年は銀の矢を自らに打ち込み、傷を癒す。見る間に傷は塞がって、少年は殆ど無傷に戻った。
 銀の矢は三本という制限がある分、強力であるらしい。舌打ちしてカインが雷光を放ち、ヴァインが毒孕む刃を投じて破壊を狙うも、魔物が能力の一つとして有する物が尋常の存在であるはずも無い。もしそうであったとしても、身軽な魔物の背負った細い矢筒を狙うのは至難の技と言えるだろう。
 弾けた雷光と刃は矢筒を掠めるも、傷一つをつけたに過ぎず――到底、破壊は望めそうになかった。

●微笑む者
「厳しい、ですね」
 飄々とした振る舞いは崩さないままにラティメリアが呟いた。
 彼女の紡ぐ力強い歌によって仲間達の傷は浅いが、攻撃アビリティの消費が激しい。今でさえ攻めあぐねているというのに、強力な技が尽きれば後は泥仕合だ。仲間の持つ攻撃アビリティで最も効果が高いのはカインのサンダークラッシュに見えたが、矢筒を狙って撃っている為に大部分が回避されている。魅了の歌が届けばラティメリアもサンダークラッシュを用いる気でいたが、少年はしぶとく抗った。
 もしもこれでエンが援護と阻害重視で動いていなければ、あるいはハジが周囲に声をかけて木蔭を上手く回避に用いていなければ、もっと効率は悪かったかもしれない。
「小さき同胞よ、敵を焼き尽しなさい」
 確実な打撃を与えているのは、実質ヴァンアーブルとクールの放つ業火や光の雨のみ。だがこちらも打ち止めが近付いてきている。ハジの放つ追尾の矢もよく命中していたが、こちらは既に撃ちつくしていた。
 まだ、充分に戦える。
 けれど勝てる気がしない。
 そうこうするうちに――幾度目かの爆風が、カインを地に叩きつけた。巻き込まれてヴァンアーブルも膝を突く。
「回復が残り一割を切りました」
 ラティメリアが淡々と告げる。
「……まだ、いける?」
 肩で息する仲間達を気遣わしげにちらと見やりつつ、クールがヴァンアーブルに問えば苦々しい顔で首が横に振られた。
 それだけで全てを悟り、ハジとヴァインは顔を見合わせて頷きあう。殿になるのであれば、技に優れ回避率の高い彼らが最も適しているだろう。

 決して間違った作戦ではなかった。決して勝てない敵ではなかった。
 けれど些細なズレと不運が全てを狂わせたのだ。
 残るアビリティを全て用い、冒険者達は撤退を開始する。少年は追いすがってきたが、やがて諦めたのかあるいは飽きたのか、森の出口近くで追撃はぱたりと止んだ。

 敵を見失った少年は、つまらなさげに背中から地面に倒れこむ。
 矢筒に残る銀の矢は、残り一本になっていた。
『ふ、フフ。ふふフふふフフ……』
 けれども。
 幼い顔に浮かぶ冷たい微笑は消えないまま。
 殺戮の月は未だ独り、この世に在る。


マスター:海月兎砂 紹介ページ
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