【フリーベル・ハウスの秘密】絵の中の葡萄酒



<オープニング>


●フリーベル・ハウスの秘密
 夏の眩い青空に真白に輝く雲が楽しげな模様を描き出す。
 鳥の形をした雲が影を落とす大地は、柔らかでなだらかな起伏が緩やかに連なる丘陵地だ。
 丘は明るい若草色をした瑞々しい草に覆われて、所々では羊が長閑に草を食んでいる。草の香を抱いた夏風がゆるりと丘を吹き渡れば、気侭に自生したセージが淡い薄紫の花を楽しげに揺らした。
 牧歌的な風景が広がる丘陵地の片隅、ひときわ大きくなだらかな丘の上には、少しばかり古めかしい館が建っている。初夏から秋まで薔薇色の実をつけるラズベリーの垣根に囲まれて、一年を通じて淡いアプリコットオレンジの花を咲かせる薔薇のアーチから望めるその館は、かつてこの辺り一帯の荘園主だったフリーベル家の荘園屋敷だ。
 本家のフリーベルが絶えたのはもう随分と昔の話。
 今では分家筋に当たる、貴族でも何でもないごく普通の人物が、この館の主となっていた。

 街の宿屋を切り盛りしていたフリーベル夫人が隠居を決めたのは、七十歳を迎えた春のこと。
 夫は十年前に他界しているけれど、息子夫婦は元より働き者だし、一番下の孫も立派に仕事を手伝える年になったから、宿屋の今後については何も心配することはない。だがこれで安心して楽隠居できると思ったのに、いざ身を引いてみれば夫人は酷く手持ち無沙汰になってしまった。
 毎日が穏やかに過ぎていくけれど、忙しなく客の世話を焼いていた宿での日々が日ごとに懐かしく思えてくる。結局自分は誰かの世話をしている時間が一番楽しいのだという結論に至ったときに思い出したのが、丘の上の館のことだった。
 丘の上に建つ、明るいクリーム色の石で造られた大きな館、フリーベル・ハウス。
 館の最後の主だった叔父は独り身のままこの世を去ったから、館は今自分のものとなっている。
 住まいは街にあったから、これまでは最低限の手入れしかしてこなかったけれど、いっそ思い切り手を入れてみてはどうだろう。古びてはいても館はとても確りした造りだし、大きな館だから部屋もかなりの数がある。丁寧に手を入れれば庭には花が溢れるだろうし、ゆっくりと保養したい人々を招く宿にはもってこいだ。
 丘の上のフリーベル・ハウスを手入れして、長閑な丘陵地で保養するためのホテルにする。
 この考えはたちまちフリーベル夫人を魅了した。

●絵の中の葡萄酒
 本格的に手入れを始めれば、すぐさまフリーベル・ハウスは往時の美しさを取り戻した。
 薔薇のアーチから館へと続くアプローチには可愛らしい鳥の形に刈り込まれたトピアリーが並び、庭には季節の花々が咲き乱れている。今の時期は碧の水を湛えた池に咲く睡蓮が盛りだ。
 館の中の至るところに掛けられていた埃避けの布もすべて取り払われて、窓も家具も何もかもがぴかぴかに磨き上げられている。後はそう――館の『秘密』の手入れが終われば、いつでも宿として開業することができるだろう。
 薔薇の花を切りつつ夫人がそんなことを考えていたある昼下がりに、事件は起きた。

「フリーベル夫人がその時持っていた『秘密』の鍵が、カラスに奪われてしまいましたの」
 金色をした美しい鍵だそうですから、と藍深き霊査士・テフィン(a90155)が続ければ、光り物好きって言いますもんねとハニーハンター・ボギー(a90182)が訳知り顔で頷いた。
「で、そのカラスは丘ふたつ越えたところにある森に逃げ込んだのですけれど……運悪く、先頃からその森に棲みついていた狐グドン達に狩られてしまいましたの」
「自然界の掟は厳しいのですね……!」
 眉根を寄せたボギーは不意に何かに気づいたように瞬きをする。
「あれ。じゃ、鍵は何処行ったんですか?」
「……鍵には首に掛ける金鎖がついているのですけれど、それが気に入ったのか……群れのボスであるピルグリムグドンが、自分の首飾りに」
「あちゃあ」
「と言う訳で、皆様にはグドンの群れを退治して、鍵を取り戻して頂くようお願い致しますの」
 狐グドンの数は三十ほど。数体が弓を持っているが、まあグドンの腕なら冒険者には問題ない。
 少々厄介なのは群れを率いているピルグリムグドンだろう。この個体は細い刃の様な腕を振るい、翔剣士の使う衝撃波に似た技で攻撃してくると霊査士は語る。
「けれど、皆様の腕なら余程ヘタを打たない限り、すぐ決着をつけられると思いますの。グドン達を退治した後は、夫人に鍵を届けて……『秘密』探しを手伝ってあげて下さいまし」
「秘密?」
「ええ。フリーベル・ハウスには、色々な秘密の仕掛けがあるのですって」

 たとえば、書斎に造りつけられた棚の飾りを操作して扉を開く隠し部屋。
 玄関ホールから二階へ上がる大階段の下には薔薇の庭への隠し通路が造られて、広間へ続く回廊の大きな柱の中には中二階の秘密の小部屋へ続く階段が隠されている。談話室にある大理石造りの立派な暖炉の隠し扉は何故だか厨房へと繋がっていて、豪奢な美術品が並べられた応接間に飾られた葡萄畑の風景画の裏には、秘密のワインバーへの扉が隠されている。

「今回カラスが奪っていったのは、葡萄畑の風景画の裏で使う鍵。風景画の裏にあるワインバーの何処かに、秘密のワイン蔵に続く隠し扉があるはずだそうですの。出来れば皆様も一緒にそれを探して欲しいとのこと」
「……め、めちゃめちゃ面白そうですね!」
 瞳を輝かせてリス尻尾をぴんと立てたボギーの様子に、霊査士は楽しげな笑みを浮かべた。
「では……フリーベル・ハウスの秘密を探しに、行ってらっしゃいませ」


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参加者
柳緑花紅・セイガ(a01345)
駆け昇る流星・フレア(a26738)
空言の紅・ヨル(a31238)
白と舞う翠櫻・リタ(a35760)
無限の旋律を奏でる七色の音階・クロウ(a38657)
風任せの術士・ローシュン(a58607)
わたゆきのはね・フィリシア(a71294)
光射す森閑・リオネラ(a73272)
NPC:ハニーハンター・ボギー(a90182)



<リプレイ>

●秘密の鍵
 秋には豊かな実りを齎すだろう様々な広葉樹が梢を広げる森には、夏の生命力に満ちて生い茂る鮮緑の葉の合間から眩い木漏れ日が降りそそいでいる。
 鮮やかな光と影、そして濃い緑の香に満ちた森へと足を踏み入れれば、冒険者達はすぐさまそれを見出すことができた。茂みを掻き分けて作った簡素な道だ。
 敵へ近づいているのを感じてほわほわ逆立つ羽毛の上に明るい緑のチュニックを羽織りなおしつつ、無限の旋律を奏でる七色の音階・クロウ(a38657)が「グドン、近いみたいですよ」と仲間達へ目配せを送る。柳緑花紅・セイガ(a01345)はああと小さく頷いて、ハニーハンター・ボギー(a90182)の背中をポンと叩いた。
「ボギー、本体落としたら俺が拾ってやるから安心しろ」
 何が本体ですかーとむくれつつクマぬいぐるみを隠すボギーの様子にふんわりとした笑みをくすくすと零し、わたゆきのはね・フィリシア(a71294)は魔力を導くためのリュートを抱え込む。秘密という響きには胸が高鳴るけれど、秘密に触れるための第一歩はこの森でのグドン退治。頑張りますのと前を見遣れば、木立の向こうに彼らの集落と思しき場所が見えてきた。
 森の樹々がそこだけ途切れたような、開けた場所。たむろしているグドンらは他所から移ってきたばかりなのか、そこにはまだ木とボロ布を組み合わせたテントらしきものが一つあるだけだ。
 攻撃や防御に使えそうなものは見当たらないなと駆け昇る流星・フレア(a26738)は煌く炎の奔る剣の鞘を払い、森に逃げ込まれたら厄介かも、と空言の紅・ヨル(a31238)は華奢な手を覆う純白の術手袋を改めて嵌めなおす。そういえば突入のタイミングを決めていなかったと思った瞬間、ボロ布テントの影から姿を現した刃の如き腕を持つグドンが此方を指して声を上げた。
「み、見つかっちゃった!?」
「みたいですね!」
 己の気配や物音への気遣いが足りなければ相手に気づかれるのも当然のこと。此方へと向かってくる大柄なグドンの胸に金の輝きを見出して、フレアは即座に刃を振り抜いた。夜を渡る焔にも似た軌跡からは音速の衝撃波が奔り、併せてヨルが純白と紅で宙を薙げば木漏れ日踊る足元の影から冷たい虚無の手が翔ける。
 衝撃波と影の手に深く身体を抉られたピルグリムグドンが猛るように吼えた。
 来るかとグランスティードを駆ったセイガへ向けて、白と舞う翠櫻・リタ(a35760)が護りの力を降ろす。聖性を帯びた護りの力は彼の鎧をひときわ強固なものへと変化させたが――ピルグリムグドンが刃の腕で風を裂けば、そこからは先程フレアが放ったものと同質の力が迸った。鋭い衝撃波は鎧を透過し、セイガの脇腹を直接抉る。
「ボギー殿!」
「はいです!」
 血の匂いに勢いづいたグドン達がセイガに群がろうとする様を見遣り、風任せの術士・ローシュン(a58607)が漆黒に煌く針の群れを招来する。針の雨を降らせればボギーが放った輝く矢も雨となって降りそそぎ、同じく機を併せたフィリシアの紡いだ魔力も数多の針と化してグドン達を薙ぎ払った。
 だが辛うじて術の範囲外にいた一体のグドンが、弓を捨て森の中へ逃げ込んでいく。
「あのグドンは任せて下さい!」
 即座にグランスティードの首を巡らせた光射す森閑・リオネラ(a73272)が小さくなっていく影を追っていく様を目の端に捉えつつ、クロウは残ったピルグリムグドンを真直ぐ見据えて柔らかな眠りを誘う旋律を紡ぎあげた。
 敵が頽れた機を逃さずフレアが衝撃波を放てば、肩口を大きく裂かれたピルグリムグドンは眠りから引き戻される。だがリタが間髪入れずに白金のマグノリア咲く杖を振るえば、中空に描かれた紋章陣から縛めの木の葉が噴出し、七色に変幻しながらピルグリムグドンの身体を押さえ込んだ。
 虹色に輝く木の葉の合間で揺れる金の色こそ、冒険者達が求める『秘密』の鍵。
「ったく分相応ってものがあるっての。コイツは返してもらうぜ!」
 淡やかな光のように響くヨルの歌に傷が塞がれていくのを感じつつ、セイガは呼び覚ました破壊衝動のままに剣を振り下ろす。蒼き桜咲く刃は強大な力を上乗せされて、敵の頭蓋を打ち砕いた。
 隙のない策で臨めたとは言い難かったが、然程強力な敵でなかったのが幸いだったろう。逃げたグドンを追っていったリオネラも難なく相手を仕留めて戻り、群れの殲滅を果たした冒険者達は一様に安堵の息を洩らした。
 血の海に沈もうとする鍵を慌ててヨルが取り上げて、柔らかな布で汚れを丁寧に拭い取る。輝きを取り戻した鍵の上を淡い光の波が渡っていって、その様に思わず口元を綻ばせた。
「……この鍵は、どんな秘密を開いてくれるのかな」

●絵の中の葡萄酒
 森を抜ければ鮮やかに広がる青空からは、鮮烈な夏の陽射しが降りそそぐ。
 緩やかに稜線を描くなだらかな丘をふたつ越えれば、ひときわ大きな丘の上に明るいクリーム色の石で造られた館、フリーベル・ハウスが見えてきた。
 透けるように淡い薄紫の花を咲かせたセージと、瑞々しく茂る夏草を揺らす風に背を押されるように丘を登れば、垣根に実った薔薇色のラズベリーと濃緑のアーチに咲くアプリコットオレンジの薔薇の花までもがはっきりと見えてくる。
 柔らかな雪を思わす白髪を結い上げた老婦人がアーチの傍に佇んでいて、お帰りなさい、と温かな微笑みで冒険者達を出迎えてくれた。
 宿を切り盛りしてた頃もきっとこんな風に客を迎えていたんだろうなと思いつつ、ヨルは衣服の裾を摘んで淑やかに挨拶をする。取り戻した鍵を手渡せば、フリーベル夫人はあらあらと相好を崩した。
「本当にありがとうね、お疲れ様」
 心底嬉しげに笑みを深めた夫人にさあ中へと促され、フレアはよろしくお願いしま〜すと丁寧に礼をしてから薔薇のアーチを潜る。甘やかなミルクに夕陽を溶かしたような色の薔薇は優しい香りを漂わせ、薔薇好きなフレアの心を弾ませた。
「今日はボク達が力になりますっ。ゆったりとしていて下さいねっ」
「あらあら、ありがとう。けどね……ゆったりしてばかりなのも、退屈なのよ」
 何せ暇を持て余しているものだからとフレアに微笑みを返しつつ、夫人はトピアリーの並ぶアプローチをのんびりと歩いていく。アプローチの先には優しいクリーム色の石で造られた大きな館に、乳白色の大理石で作られた張り出しのポーチ。小鳥のトピアリーの合間から覗く庭では深い碧の水を湛えた池が館の姿を映していて、穏やかに揺れる水面には目も覚めるような純白の睡蓮が咲いていた。
「綺麗な館ですね。きっと人気の宿になると思いますよ」
 羽毛をふわりと震わせクロウが紡げば、そう言って貰えると嬉しいわと夫人が目尻に優しげな皺を寄せた。花と緑に満ちた庭に流れる時間はとても穏やかで、館に幾つも隠されているという不思議な仕掛けは心を躍らせる。客として来ることができればと思っていると、両開きの玄関扉を開けた夫人が、開業できた時には皆で遊びに来てねと明るい笑顔でクロウ達を振り返った。
「素敵ですの……!」
 吹き抜けの玄関ホールへ足を踏み入れたフィリシアが、陶然と瞳を細めて感嘆の声を上げる。
 広い空間に敷き詰められた生成り色の大理石が窓から射し込む光を明るく照り返し、辺りを彩る深い琥珀色に磨かれた胡桃材の調度が暖かみを添える。落ち着いた象牙色に塗られた壁には伝統的な蔓花模様が描かれていて、時を重ねたその色が僅かに褪せている様が、何処かほっとするような安らぎを見る者に齎していた。
 香りの良い花や香草を焚きしめたような香りが淡く漂う様も好ましくて、フィリシアは声を弾ませながら薔薇の庭へ続いている仕掛けを見せて欲しいと夫人に願う。あらあらと微笑んだ夫人はホールから二階へと上がる大階段の脇に少女を手招いて、階段の飾り細工に紛れていた黄銅の薔薇を捻ってみせる。すると微かに軋んだ音を立て、大階段の下に作られた隠し通路へと続く扉が開いた。
 葡萄畑の絵画の後ろに秘密のワインバーがあるように、何かの仕掛けがあるところにはそれにちなんだ印があるのでは、と訊ねるも、そういう所もあるし、そうでない所もあるのよと穏やかに夫人が返す。全部の仕掛けが見たいと望めば、それはちょっと難しいわねと微笑まれた。
「仕掛けのうち幾つかの場所で使う鍵は……今、私の手元にないのよ」
 大抵は鍵なんて必要ないのだけれど、と朗らかに笑って、応接間へ行きましょうと夫人は冒険者達を誘う。
 ここにも隠し部屋があるのよと回廊に飾られた絵画を扉のように開いて見せられ、大きく瞳を瞬かせたリオネラは楽しいですねと小さく口元を綻ばせた。こういった仕掛けを楽しく感じる人間がすべからく仕掛けの謎解きも得意なら、と謎解きに自信のない己に軽い溜息も洩れる。
 館に鼠がいるなら話を聞きたいと辺りを見回していたクロウは、早々に自身の計画を諦めざるを得ないと悟った。館には鼠どころか小さな羽虫の一匹すらもいない。長年宿を切り盛りしてきた夫人は、客に不快感を与える害虫や害獣の駆除を真っ先に行ったのだろう。
 一昼夜かけて探索させて欲しいと願い出たリタに「昼間のうちに見つからないようならね」と返した夫人は、秘密のワイン蔵にある隠し扉も探したいという彼女の申し出に「あらあら」と瞳を瞠る。叔父様は何か言い残してませんでしたかとリタが重ねて問えば、ワインバーからワイン蔵へ行けることと、ワイン蔵から何処かへ続く通路があることしか聞いてないのと答えられた。
 趣ある絵画が何枚も飾られた応接間の奥に、葡萄畑を描いた一際大きな絵画が飾られている。
 開けてみると夫人に声をかけられ、ローシュンが精緻な細工を施された額縁に手を掛けてみれば、葡萄畑の絵画はいとも容易く手前に開いた。絵画の後ろの壁には古めかしい樫の扉が設えられていて、夫人が鍵穴に金色の鍵を差し入れる。
 かちりという音と共に樫の扉は壁の奥に開かれ、中からはふわりと葡萄酒の香りが漂ってきた。

●フリーベル・ハウスの秘密
「いいねいいね、此処にも隠し扉やら何やらの仕掛けがいっぱいあるんだろ?」
 真っ先に扉を潜ったセイガが楽しげに声を弾ませ辺りを見回した。
 扉の中は深い飴色をした樫材の調度で揃えられた小ぢんまりとしたバーになっており、至るところに意味ありげな飾り彫りが施されていた。やっぱり絵とかレリーフかなと呟けば、その辺り怪しいですよねと拳を握ったヨルが柱の葡萄レリーフに目を留める。
 えいと葡萄レリーフを捻れば柱の一部がかたんと開いて、如何にも高級そうな葡萄酒が現れた。
「こ、こんな所に隠しボトルが……!」
「此方からはカトラリーが出てきました……!」
 思わずヨルが歓喜の声を上げれば、微かに弾んだリオネラの声が重なる。カウンターテーブルの裏で見つけた突起を引いてみれば、天板がスライドして銀のカトラリーセットが出てきたらしい。
 窓枠に凭れかかっていたローシュンは、これは面白いと興味深げに瞳を細めた。
 窓の外には清楚な白薔薇が咲いている。夜にはバーの灯りに照らされさぞや艶かしく映えるのだろうと思いつつ、光の有無で様子を変えるような物はないかと辺りに瞳を巡らせた。だが見込みのある場所で聖なる光を使おうと考えるも、どのような場所なら見込みがあるのかは判断つかない。
 次々と仕掛けを見つけていったのは、事前に自分なりの目星をつけていた者達だった。
「棚を横にスライドしたら隠し扉……とか?」
「あー、あるある! ところでさ、あのカウンターの中の棚、回転しそうな気がしない?」
「やはり家具の後ろは基本ですよね」
 行ってみるかと悪戯っぽく笑ったセイガがカウンターを乗り越えれば、フレアも手をついてひらりと飛び越え、クロウは律儀に回り込んでくる。目を付けた大きな棚をせーので押せば、ぐるんと回転した棚の奥にワインバー専用と思しき小さなキッチンが見つかった。
 あらあらと嬉しげにキッチンを覗き込む夫人の傍で、リタがバーの中央にフワリンを召喚する。まあ可愛いと瞳を瞠る夫人に微笑んで、リタはカウンター内へ呼びかけた。
「フレアさん、天井から下がってる紐引いてみてくれません?」
 はーいと元気よく答えたフレアがフワリンの背に乗って、ちょっぴり背伸びをしながら金色の飾り紐を引いてみる。すると天井の中央が開いて、繊細な硝子のシャンデリアが静かに下りて来た。
 適宜休憩を挟みながらバーを探索し、冒険者達は幾つもの仕掛けを見出していく。
 だが肝心な隠し扉はなかなか発見できずにいた。
 バーの内部や周囲をマッピングすれば何かわかるかも、と皆で手分けして地図を作ってはみたが、このバー自体が変則的な隠し部屋であるためか、大した成果は得られなかった。館全体をマッピングすることは叶わなかったものの、とりあえずバーの壁周りに隠し空間はないようだと結論付ける。
 となれば――残るは、地下だ。
 床を叩いてみましょうかとリオネラが綴織の絨毯をくるくる巻いて端に寄せれば、その下からは胡桃色とコルク色をした小さな板を市松模様に敷き詰めた床が現れた。
 何かがあれば他と音が異なるはずと皆で床に屈みこみ、少しずつタイミングをずらしながら扉をノックするように床を叩いてみる。自分が鳴らした音に誰かが答えてくれるようで、皆ですると楽しいですのとフィリシアは小さく笑みを零した。
 少し場所を変え、床を叩いてみれば、他と響きが異なる音が耳に届く。
「ここみたいですの……!」
 鍵穴があるかもと目を凝らせば、胡桃色とコルク色の板の間の隙間が目についた。押せば板がスライドし、それに伴って周りの板も動く。幾度か板を動かしてみれば床下に鉄の扉が現れた。叩けば澄んだ音を響かせる鉄扉を開けば地下へと階段が伸びている。
 階段の先に広がっていたのは――煉瓦造りのワイン蔵。

 結論から言えば、冒険者達が今回見つけることが出来たのはそこまでだった。
 足りなかったのは時間ではなく、心構えだったのだろう。ワイン蔵での具体的な探索方法を考えていた者は少なく、蔵の探索は遅々として進まなかった。
 蔵の先にある秘密は機会があれば探してみましょうかと探索を切り上げて、フリーベル夫人は皆に軽食を振舞った。ラズベリーを練り込んだパンに瑞々しいレタスと玉葱、そして甘辛く炙り焼いた鴨肉を挟んだものに、薔薇茶と桃果汁を割った冷たい炭酸水。
 これは大人だけねと片目を瞑った夫人が差し出したパイナップルとオレンジのサングリアの杯を受け取って、頂きますと柔らかに瞳を細める。
 硝子杯を透かす優しい煌きは、きっと夫人そのものだ。
 生きていることを愛する人はとても美しいものと微笑んで、ヨルは秘密のワイン蔵を探索して見つけた不思議な形のコルク栓をそっと握り締めた。

 これがきっと、蔵の先へと至る鍵になる。


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参加者:8人
作成日:2008/07/30
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