星狩り



<オープニング>


 死ぬ前に一度描いてみたい花があるんじゃ。
 天から降る星のように淡く輝く白い花。子どもの頃の子守唄にあった花。
 眠らない子には「星の花」は見られない――――。

「今回は事件といいますより、依頼、でしょうか」
 見慣れない霊査士が紅茶を一口飲みながら、静かに切り出した。
 緑の髪に緑の瞳。額に緑の宝石を抱き、髪の裾に花を散らした女はドリアッドだとすぐにわかるだろう。
 冒険者たちの視線に気付くと小首を傾げて女は微笑んだ。
「ああ、私、霊査士のエレールナと申します。以後よろしくお願い致しますね」
 ドリアッドの霊査士・エレールナ(a90395)は控えめに自己紹介をすると指を組んだ。
「街の画家のおじいさんがどうしても描いてみたい花があると言うのです。ですが自分で取りに行くのは少々難しい場所にありまして。そこで皆様にご協力をお願い致したく」
 エレールナはそう言うと地図を広げた。
「ここから少々歩いた森の奥にある花です。昼の間は蕾すらないのですが、夕方になると蕾が出、白い花が咲きます。それは摘まないと朝が来たときに枯れてしまうそうです。名はそれにちなんで『星の花』と呼ばれています」
 ですが、とエレールナは困ったように眉を落とした。
「問題が二つございますの。一つは白い花は群生していて本物の星の花を探すのは大変難しいのですわ。本物は星の光のみに照らされると淡く輝くそうですが、月の光ですと偽物も輝いてしまうので見分けるのが困難だと言われております」
 そこでエレールナは紅茶を一口啜った。ほんわりと幸せそうな表情を作ってから、すぐに表情を引き締める。
「もう一つの問題はそこにたどり着くまでの障害、ですわ。その……ドリアッドの私が言うことではないのですが、どうやら最近、その星の花の花畑に行く途中に大木の変異種が住み着いてしまったらしく……。巨大な木で、動きますからどれがその変異種かはすぐにわかると思うのですが、8本の2メートル近い枝を触手のように動かし、鞭で打つように打撃を与えたり、拘束をしたり……最近は安心して森の小動物も過ごせないという話ですの」
 エレールナは自分の身内の恥だと言いたげにしょんぼりとした。少し俯いていたがすぐに顔をあげて周囲を見渡す。
「周囲は森ですから火を使っての攻撃は森を燃やしかねませんわ。それだけはご注意くださいましね。後は皆様方の機転にお任せしたく思いますの。……ではお話をまとめますわね」
 エレールナは広げた地図に細い指を置いた。
「森に入っていただき、まず大木の変異種をどうにかしていただきます。それから奥の花畑で夜に本物の星の花を摘んで戻ってきていただく――まとめてしまいますと簡単なのですけれども」
 エレールナは頬に片手を当てて、ほぅ、とため息をついた。
「申し訳ありませんが、どなたかお引き受けくださる方はいらっしゃいませんでしょうか……?」


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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
風花・シャルティナ(a42878)
猫と紅茶がお好き・ファリアス(a43674)
天鍵・カイエ(a43931)
紫天黒狗・ゼロ(a50949)
闇の珠玉・アロイス(a73429)
夜香・ザジ(a73819)


<リプレイ>

●森の中へ
「おそらくは今日が最適でしょう。新月、雲と風、青空の濃さ、どれをとっても夜空の透明度はかなりのものと期待できます」
 蒼翠弓・ハジ(a26881)は森の入り口で仲間に告げた。
「新月であれば間違いなく月はでないし、風が強い日は雲がなく空気が澄んでいるから星も出やすい」
 闇の珠玉・アロイス(a73429)もハジの言葉に同意した。ハジと話していた紫天黒狗・ゼロ(a50949)も頷く。
「これくらいの天気なら夜も問題ないだろう。日の高いうちに森へ入ろう」
 問題の星の花は星の光でしか確認できない。出発日を選ぶのは殊更慎重になった。
 夏の青空は澄み渡り、青は高く、濃い色を描いている。
 全員異論はなく、森の中へと踏み込んだ。
「問題は、星の花のある方向がおおよそしかわからないことか」
 ゼロがぼやくと痕跡を探しながら歩いていた夜香・ザジ(a73819)は注意深く音も探りながら口を開く。
「敵に気取られないうちに発見したいものですが……」
 そのザジの足元を茶色いウサギが横切っていく。それを見た想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は甘く優しい歌を小声で紡いだ。魅了の歌だ。ウサギはラジスラヴァの歌声に足を止める。
「こんにちは。あなたは動く木について何か知らないかしら?」
「シッテル。デモ、アレ、コワイ」
「木のある方向を教えてくれるだけでいいの。どっちの方向かしら?」
 ウサギは暫く迷ったようだった。それから冒険者たちの左斜め前方に二回跳ねる。
「ホウコウ、コッチ。マッスグ。チカヅクノハコワイノ」
「わかったわ、ありがとう。あなたも気をつけてね」
 ラジスラヴァが笑みを浮かべるとウサギは安心したように木のある方向とは逆へと跳ねていく。
「全く、木は木らしく悠然と構えていればよいものを」
 猫と紅茶がお好き・ファリアス(a43674)がやれやれ、と言いたげに首を振る。
「ウサギさんも他の動物さんも可哀相ですわ」
 風花・シャルティナ(a42878)は木々を傷つけないよう歩きながらファリアスに同意する。
「……どちらにしろ倒すだけだ」
 天鍵・カイエ(a43931)が静かに呟く。
「そうだな、他に被害も出ているかもしれない。お相子ってところだろう」
 アロイスも同意してすると各自注意して進み始めた。

●動く木
 音を探っていたザジは次第にあることに気付いた。
 鳥の声が少なくなっている。何かがみしみしと音を立てている。明らかに森とは異質の音だ。
「――います」
 言葉はそれで足りた。全員が注意深くさらに踏み込むと動く大木が否応なしに目に入ってきた。
「なるべく早く倒してやりたい。樹木でも痛みを感じるというから」
 アロイスの言葉に頷くようにファリアスが護りの天使達を全員にかける。
「ファリアス、ハジ、ラジスラヴァ、後ろは頼んだ!」
 ゼロが地を蹴り前衛としての立ち位置を取る。遅れまいとシャルティナ、カイエ、ザジ、アロイスが続く。全員が武器を抜く前にハジは長い弦の弓を構えていた。他の動かぬ木の隙間を縫うために矢を射る。ホーミングアロー。木々を回避するように曲りながら動く大木へと矢は突き刺さった。
 それが戦闘の合図。ライクアフェザーを使いながらのシャルティナとカイエが少し遅れる。大木がこちらに気付く前にゼロの刀は既に抜かれていた。ブラッディエッジ。大木の中央を刀が貫く。続いてザジのサンダークラッシュ。剣が雷の光を帯びて振り下ろされた。畳みかけるようにアロイスの粘り蜘蛛糸が枝に絡みつく。その枝で攻撃をしようとしていた大木は動きを封じられみしみしと動いた。
「糸はすぐに切られるかもしれません、手を休めずに!」
 ファリアスが護りの天使達をかけながら叫ぶ。ハジは頷くともう一度矢を射る。追いついたシャルティナとカイエが同時に薔薇の剣戟を放った。花弁が舞い、幾筋もの剣の軌跡が走る。ゼロはにやりと笑ってバッドラックシュートを放つ。不吉なカードが花弁と共に舞った。
「俺たちに会ったことが不幸の始まりだな」
 ザジのサンダークラッシュ、アロイスの飛燕連撃が大木へ突き刺さる。勝負は決まったかに思われた。樹皮ははげ、ひび割れ、大木の動きが鈍くなっていく……が。
「……ああっ!」
 ラジスラヴァが叫ぶ。絡みついていた蜘蛛の糸が引きちぎられたのだ。
「くっ」
 ハジが貫き通す矢に技を変える。それでも大木は倒れない。前列にいる人間を薙ぎ払うように枝がしなった。五本の枝が前列の五人の体をしたたかに打ちつける。木々の隙間を五人は転がった。だが枝は八本あるのだ。あと三本。余った枝はカイエへと集中し、その体を締め上げるように浮き上がらせた。
「カイエさん!」
 シャルティナの手が一瞬止まる。カイエは躊躇せずに叫んだ。
「枝の数が減っている今がチャンスだ! 一斉攻撃を!」
「待って下さい、それよりも解除を……!」
「いや、カイエの意見は正しい」
 ラジスラヴァの叫びをゼロは起き上がりながら冷静な声で制した。
「畳みかける!」
 ゼロの刀が大木の中央を突き刺すと同時にザジもゼロと同じ位置を狙い、注意深く剣を振り下ろす。アロイスも再度飛燕連撃を見舞った。シャルティナも躊躇いながら木の幹に剣を突き立てる。
「カイエさん、抜けられますか」
 ファリアスが術の準備をしながら尋ねた。
「このくらいなら、大丈夫だ」
 カイエは力をこめず、力を抜くようにして枝をすり抜けた。すとんと着地をする。
 同時に柔らかな淡い光が全員を包み込んだ。ファリアスのヒーリングウェーブだ。呼応するようにラジスラヴァが高らかな凱歌を紡いだ。
「あと数撃だろう」
 傷が癒えるのを感じながらアロイスが大木を睨みつける。
「終わりにしましょう」
 ハジのホーミングアローが飛ぶ。大木が最後の力を振り絞りその枝を振り回す。怪我を負いながらも全員が最後の攻撃へと転じた。ゼロの刀が、ザジの剣が、アロイスの刃が飛ぶ。
「シャルティナ、同時に動こう」
「わかりましたわ」
 カイエの声にシャルティナが駆け寄る。合図はいらなかった。同時に薔薇の剣戟が走る。
「……その枝に人ではなく花を飾ってあげるよ」
「最後くらい綺麗に咲けばよろしいですわ」
 二人の声が響く中、大木はようやく動かなくなった。

●星の花畑
 ラジスラヴァが再び動物に道を聞き、花畑に到着したのは夕方から宵にかけてだった。白い蕾が揺れている。ハジは早速知識を利用して葉や茎、蕾を一つ一つ見ていく。どうやら星の光が届かなければわからないようだ。
「ところでお茶でもいかがですか」
 ファリアスがのんびりと言った。先刻の戦いで傷は治ったものの、精神的には疲弊していた面々の顔が明るくなる。
「紅茶でよければどうぞ。持って来たんです」
「いただきます」
「ご馳走になりますね」
「いただければ」
「お気遣いありがとうございます」
 ハジ、シャルティナ、アロイス、ザジが手を伸ばす。カイエもカップを受け取ると小さく笑った。
「星も茶を御所望らしい」
 カップの紅茶に満天の星空が映っていた。ハジの見立てどおり今日はよく星が見える。まるで空から降ってくるかのようだ。
 そして星の光を浴びて白い花が満開に咲き乱れる。さわさわと風に揺れる白い花々。その中で空から降り注ぐ星の光に微かに光る花がところどころ見て取れる。
「地に煌く星か……見事なもんだな」
 ゼロが思わず感嘆の声を漏らした。
 それは確かに白の花の中で咲く花畑の星だった。微かで慎ましやかな輝きは月よりは星によく似ている。
 冒険者たちはその光景を暫し見入ってからハジを中心にして何人かが星の花を摘み始める。
「花を傷めないよう気をつけてくださいね」
「ええ、気をつけるわ」
 ラジスラヴァは自分の分も摘みながら、依頼の分は竹筒へと仕舞う。ファリアスもラジスラヴァの様子に微笑みながらやはり自分の分も一輪摘んだ。
 ハジは偽物の花を一輪、迷ってから摘んだ。
「俺は月光を受け輝くこの花も不思議だと思うので」
「俺も似たような意見だな。満月の頃に咲いている偽の花を見に来てみたい」
 アロイスがハジの手の一輪を見ながら花畑を見渡す。
「月のときにしか見ることのできない花も見る価値はあるだろう」
「できればおじいさんにもこの花畑をみせたかったです」
 シャルティナは紅茶を飲みながら、そっと目を伏せる。
「その分、シャナはこの光景をしっかりと心に焼き付けておくのです」
「ええ、持って帰る花を喜んでくださればいいのですが」
 ザジがシャルティナの言葉に同意するように頷いた。
「ゼロさんはお茶はどうですか」
 ファリアスが聞くとゼロは肩を竦めた。ラジスラヴァがくすりと笑う。
「紅茶よりお酒のほうがいいって顔をしているわよ」
「まったくもってそのとおりだ」
「お酒はないけれど、踊りで酔わせてあげるわ。噂の子守唄の旋律を覚えてきたの」
 ラジスラヴァは伸びやかな声で歌を紡いだ。
「眠らない子には星の花は見られない。
 お休みよい子、夢の中で星をご覧―――――」
 緩やかなラジスラヴァの舞い。
「誰もがゆっくりと景色を眺められる場所が、増えるといいですね」
 ハジが揺れる花を見ながら呟いた。


マスター:水城みつき 紹介ページ
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作成日:2008/07/28
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