今年だけは独り占め



<オープニング>


●今年だけは独り占め
「ギャロから申し出があり、今回はこんな村に出向いて欲しいと言ってきたわ」
 希望する者がいれば参加してもいいのではないか……と、レピアが言った。霊査を行った結果、危険な要素は何もなかったらしい。

「水着っていうやつ? 暑い季節には海とか川とかで泳いだりする時に着るんだろう? 同盟諸国では庶民だけではなく貴族や王族でさえ、肌も露わな水着で人前に出ると聞くよ。やー僕はいいと思うんだよね、そういうのって」
 楽しそうにギャロは言う。最近はノスフェラトゥの貴族達にも同盟諸国の冒険者風の水着が求められるという。
「元々水辺で着る服をこしらえる村はあったんだけどね。そこの知識だけじゃあ同盟風の水着は作れないだろう。村のみんなから泣かんばかりに頼まれちゃってさ、僕もとっても困ってしまっているわけ。だからさ、誰か協力してくれないかなぁ。難しく考えることはないよ。君たちが欲しい水着を教えてくれればいいだけだよ。それを忠実に仕立ててみせるからね。色々奉仕させちゃうからさ」
 あまり困った様子ではなかったが、ギャロはそう言って片目をつぶった。村では即席で大きな池を作りそこに綺麗な水を溜めているという。作ったばかりの水着で泳ぐことも出来るだろう。池の近くで飲み食いをする事も出来そうだ。

 ギャロが去った後、レピアは付け加える。
「皆さんには1人2枚分の案を出して欲しいそうよ。その内1つはあなたの寸法に合わせてすぐに仕立てて……今年はもう作らない。今年の夏だけは、それはあなただけの水着、なのですって。もし、水着を新調するつもりがあるならが行ってみてもいいのかもしれないわ。私は着ないつもりだけれど……」
 ゆるやかに曲線を描く長い黒髪を手で背へと払い、レピアは薄く笑った。


マスターからのコメントを見る

参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)
白銀の山嶺・フォーネ(a11250)
星空のエピタフ・ヒィオ(a18338)
無銘の・ウラ(a46515)
青碧の百合姫・ユリカ(a47596)
綾なす火炎の小獅子・スゥベル(a64211)
えきぞちっくますこっと・トミィ(a64965)
ワンワン尻尾の武道家・シルヴィア(a73331)
ハイドランジア・シルキー(a74872)


<リプレイ>

 独特の空が淡い紫にぼんやりと輝く。今は昼間なので空は紫色の雲に覆われてしまっている様にも見える。けれど、これがこの地では普通の事であった。そして『水に入る時に着る装備をこしらえる村』略して水着村は大きくもなく小さくもない、ごく一般的な規模の外からはなんの変哲もない普通の村であった。


「でもさ、なんだって最近になって急にノスフェラトゥの貴族さん達が同盟諸国の冒険者風の水着を欲しがるんだろう?」
 ワンワン尻尾の武道家・シルヴィア(a73331)は最初に感じた疑問をつい口にした。
「冒険者の皆様がこちらにお出ましになる機会が増えたからだと思いますわ」
 お針子見習いの少女が寝転がったシルヴィアのすぐ横にある小さなテーブルに運んできた皿を置く。細かくした肉や野菜を混ぜてこね、焼いた料理からまだ湯気が立ち上っている。シルヴィアは軽い所作で起きあがると皿の上を見て感嘆した。
「美味しそうだな。へぇ! こんな料理もあるんじゃないか。いっただきま〜〜す!」
「お口にあいますか?」
「うん! 美味いんだよ!」
 水を張った人工の池の周りで食べる肉料理もまた格別だ。心地の良い風が吹き抜けるが、それも遠くで村人達が風を送っている。
「そっかぁ。そういえば、前よりも今はノスフェラトゥの人が同盟諸国の冒険者を見かける機会が増えたって事なんだよな。中にはそういう服装をしてみたいって思う人も出てくる訳だよね」
「左様でございます」
「ふ〜ん」
 シルヴィアの目にはお針子見習いが嘘を言っている様に見えない。本当にそう信じているのだろう。


 青碧の百合姫・ユリカ(a47596)はさっそくお針子達に案を伝えた。
「私、ユリカ姫用の水着は胸当ての部分に百合の花をあしらった感じのものになるとよいと思いますわ」
「ユリカ姫様は大輪の百合の花の様に清楚でお美しくいらっしゃいますもの」
「きっとお似合いです」
 お針子達は口々にユリカを褒めそやす。
「ユリカ姫様、もう1つはどのようなものでございますか?」
「ユリカ姫様のお考え、どんな素晴らしい水着なのでしょうか」
 ユリカはニッコリと笑う。
「村に差し上げる水着のデザインとしては、やはり胸あての部分に百合の花があしらった感じになりますわ。基本的には同じ感じですけど、仕立ててみると若干形が異なるような感じでしょうか?」
「そんな、もったいないです。ユリカ姫様と同じ意匠をいただくなんて」
「百合の花はユリカ姫様が一番お似合いです」
「そんな事ありませんわ。私用は少し素朴に、村で仕立てる水着は豪華になるようにすると良いのですわ」
 ユリカは終始にこやかに機嫌よく話している。


「夏の花をイメージしたのですっ。鮮やかで夏らしいって思いませんかっ?」
 ハイドランジア・シルキー(a74872)が描いたデザイン画には向日葵の花が大きく描かれていた。太陽の花とも、太陽を恋い慕う花とも言われる向日葵は夏に相応しい真っ先に思い浮かべる花だ。
「胸の部分にこの花を使うのですか?」
「そうなんですっ。片方ずつ2輪の花が胸に咲いている様にして、腰の部分にも花びらと同じ黄色を使うんですっ! きっと可愛いですっ!」
 シルキーは楽しそうに自分がデザインした水着を思い描く。
「ではさっそく試作に入りたいと思いますので、シルキー様にも是非監修していただけないでしょうか?」
「わかりましたっ! お任せ下さいっ」
 お針子達の申し出にシルキーは即答してうなずく。
「では、同時に採寸もさせていただいて、シルキー様の水着の方も作成に入らせていただきます」
「よろしゅうございますか?」
「こちらの水着は何をイメージしてお考えになったのですか?」
「これこれ、そんなに一度にお尋ねしてもシルキー様はお一人なのですよ」
「いいんですっ。何でも聞いてくださいっ」
 年かさのお針子に怒られてシュンとなってしまった若いお針子達が可哀相で、ついシルキーは取りなすような事を言う。


 一軒の家の中で想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は村人であるお針子達と相談をしていた。
「ラジスラヴァ様、川の水で冷やした果実の汁です。よろしかったらお飲み下さいませ」
 まだ幼さの残る少女がお針子見習いのお仕着せを誇らしくまとい、盆から取っ手のついた入れ物をラジスラヴァの前に置く。
「ありがとう。ちょっと休憩しましょうか?」
 少女が先輩であろうお針子達にも飲み物を配っていたので、ラジスラヴァはそう言って椅子に座ったまま伸びをする。それから少女の持ってきた飲み物の入れ物へと手を伸ばした。
「ラジスラヴァ様がそう仰るのでしたら……」
「そう致しましょうか」
 同じように机に向かっていたお針子達も姿勢を崩し、飲み物に口をつける。
「ラジスラヴァ様のご考案なさったデザインには発色の良い染料が必要でございますね」
 お針子の1人がデザイン画を手に取り、ホッと溜め息をつく。鮮やかなビキニとその上から肩と腰を覆う短かく薄い布。特に上に羽織る布は乾いたときと濡れた時の透け感が微妙で難しい。
「でもね、きっと素敵な……着ている人もそれを見ている人もウキウキするような、凄い水着になると思うのよね」


「やっぱりお披露目をするのですね」
 出来上がってきた水着の仮縫いをしながら、白銀の山嶺・フォーネ(a11250)はそっと溜め息をついた。今はこの屋には女性3人しかいないから良いけれど、出来上がった水着を着て大勢に披露するのはどうにも気恥ずかしい。どれ程の人数が集まるのかわからないけれど、フォーネの脳裏には村人全員が集まっている様な光景が浮かんでいた。
「申し訳ありませんが、もう少し背筋を伸ばしお胸を張っていただけませんでしょうか?」
「しつけの糸を外してピンを留めさせていただきます。危のうございますので、じっとなさってくださいまし」
 フォーネの身体に布を付け、何やら計ったり目印をつけたりしているお針子達が申し訳なさそうに頼み込む。
「わかりました。ごめんなさい」
 フォーネはゆっくりと動いて姿勢を正す。そこからはもうどうにも動けなくなってしまった。自分のせいでこのお針子達が叱られては可哀相だ。やっと仮縫いが終わって服を着ると、本当にホッとしたのかフォーネは先ほどより大きな安堵の溜め息をついた。
「フォーネ様はそんなにお披露目がお嫌なのですか?」
 2人のお針子達の助手の様な事をしていた若い娘が首を傾げて言う。溜め息を違う意味に捉えた様だ。
「……えぇ、いえ、そうではありません。とても嬉しくて楽しみにしています」
「よかったぁ」
 娘はぱぁっと笑顔を浮かべた。


「本当に助かりました」
 男性の仕立て屋達が一斉に針を動かしている。真摯に針を布に潜らせ糸と布を服に仕立てていく光景に目を奪われる。綾なす火炎の小獅子・スゥベル(a64211)は職人達の仕事を飽きもせずに眺めていた。少しずつスゥベルの頭の中だけにしかなかった物が形を取り始める。黒く小さな布地に黄色の糸が差し入れられる。
「今度の物には適度な伸び縮みがございますので、今度こそスゥベル様の仰る物が出来上がると思います」
 職人達の中で最も年輩の男はうやうやしく言う。
「男性らしさを強調しながらも、下品にならないというのは難しいかもしれませんが、そこが腕の見せ所だと思うのです。難易度は高いと思いますが、この村の方々ならきっと大丈夫です」
 スゥベルは全幅の信頼を寄せているかのような屈託のない笑みを浮かべる。けれど、不意にその表情を曇らせた。
「けれど、この水着は着用する人を選ぶものになってしまうかもしれません。それでもよかったのでしょうか?」
 布地の少ないビキニ型の男性水着は着用する者の肉体を引き立たせるものだ。当然、その肉体は相応に精悍で引き締まった男性美を持っていなくてはならないだろう。
「試着する者については只今選考しております」
 もしもビシッとこれを着こなす者がいたら……スゥベルは心が騒ぐのを感じた。


「実はなかなか殿方用の装具を考案してくださる方はいらっしゃいませんので、困っておりました」
「やっぱそうだったんだ。そうじゃないかと思って、男性用のを考えて来たんだよね」
 琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)は快活に笑い、デザインの細部を村のお針子達に伝える。男性用と言うことで集まったお針子達の半数は男性であったが、皆何年も仕立ての仕事をしてきた熟練だという。
「この様にゆるやかな仕様は村では珍しい」
「左様で。青や橙をこのように使うのもまた斬新です」
「やっぱり?」
 ミルッヒは機嫌よく笑う。ザックリとした素材を使い、腰の上の方から膝のすぐ上ぐらいまで広く覆い、布の色味は鮮やかでまばゆいものばかりを選択する。
「腕輪や足首のアクセサリーなんかも水着と同じ色で揃えると素敵かもしれないよ。うん、男性用だから、少し大振りで大胆な装飾品を使うといいかも」
「その旨申し添えておきましょう」
「それがよろしゅうございますな」
「ミルッヒ様、そろそろミルッヒ様専用の装備についてもご相談いたしたく……まずは採寸をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「勿論!」
 ミルッヒは勢いよく立ち上がった。


「お邪魔ではないと嬉しいんですの」
 淡く薄い布に刺繍をする手を休め、花一輪・ヒィオ(a18338)はお針子達へと目を向けた。皆、ヒィオが提案した水着の製作をしている。
「邪魔だなんて……そんなことはありませんわ」
「そうですわ」
 ヒィオの口調に感化されてしまったのか、お針子達は皆おっとりと緩やかな口調で話しをし、柔らかい笑みを浮かべる。その間も手だけは休めず、小さなパーツが完成しドンドンデザイン画の水着が再現されていく。
「それがノソリンの足跡なのでございますか?」
「えぇ! そうですの。可愛いでしょう?」
 ヒィオの手が魔法の様に滑らかなに動くと薄い布の上に足跡が浮かび上がる。刺繍の糸が描くのは、可愛らしくデフォルメされたノソリンの足跡であった。その布をスカートの様にして水着に巻き付けるのだ。
「可愛いですわ、ヒィオ様」
「ヒィオ様は可愛いものが大好きでいらっしゃいますのね」
「えぇ、とっても好きですの。ですから、今回はとても楽しみにしていましたのよ。さぁ、出来ましたわ」
 糸を留めると、ヒィオは手元の布を両手で掴んで掲げる。幻のノソリンが布の上を縦横無尽に歩き廻った愛らしい跡が残っていた。


 知己であるフォーネが仮縫いをしている間は無銘の・ウラ(a46515)も1人でいる以外にない。口をギュッとへの字に結び怒ったような顔をしている。
「冒険者様? もしもし、冒険者様ではありませんか?」
 それが自分を呼んでいるとは思わなかったウラは真正面で声を掛けられ、ぱちぱちと何度もまばたきした。それから左右を振り返り誰も居ないことを確認する。
「その『冒険者様』とはわしのことじゃろうか?」
「はい! 冒険様!」
 まだ子供と言って良い元気そうな男の子だった。ウラよりも4、5歳は年下だろうか
「やっぱり! 僕はまだ見習いだから、池を作るお手伝いをしているんです」
 男の子はその身体よりも大きなスコップを3本も抱えている。
「……そうで、あったか。それは……かえって、迷惑を……」
「迷惑なんて! 光栄です!」
 聞き取りにくい小さな声でつぶやくウラの声に男の子は大きな声で被せる。
「みんなとっても張り切ってます。あ、僕、そろそろ行かなきゃ。本当にありがとうございます!」
 男の子はペコリと頭を下げるとスコップを抱きかかえるようにして走っていく。
「……そこまで期待されては仕様がない。わしもひとつ、知恵を授けてやるとしようかのぉ」
 ウラは自分用にとあてがわれた家に向かって歩きだした。


 さすがに水着を専門にこしらえる村だけあって冒険者達が提案した2着ずつの水着はすぐに出来上がった。そして、冒険者達の発案で池のほとりを会場としてお披露目会が開催される。村に提案した水着は村の者が、そして自分用の水着は冒険者達が着用する。
「始まったね」
 池の周りに寝そべっても良い傾斜の椅子を並べ、ミルッヒは冷やした果物を食べながら言った。やや年輩の村人が仕切っているらしく、大きな声で披露の開催を宣言している。
「あれ、ボクが提案した水着です!」
 えきぞちっくますこっと・トミィ(a64965)は自分で運んできた冷たい飲み物を仲間達に振る舞いながら、丁度出てきた村人を指さす。それは細いひも状の布がウエストから幾つも垂れ下がっていて、歩くたびにゆらゆらと揺れるものであった。更に動物の絵が描かれた布を腰に巻いた水着や、向日葵の水着、百合の花の水着も若い村人が来て出てくる。
「みんな、こういうのを考えていたんですね」
 トミィは1人つぶやく。皆、この村に着てからは制作活動に没頭していたので、互いにどのような水着をこしらえているのか内緒にしているわけではないが、知らなかったのだ。
「わしの水着じゃ」
 ウラが小声で言う。はきこみが浅い黒のビキニには白い線でハイビスカスが描かれている。ノソリンの足跡をあしらったもの、胸元のリボンは可愛いけれど背中が大きくあいた大人っぽい水着や薄い布を羽織る水着、それから男性用の物も2通り出来上がっている。
「揺れる〜〜」
 スゥベルは大満足だった。ハッキリ言ってスゥベルのデザインした男性用水着は斬新で一歩間違うとセクシーすぎてしまうものであったが、村の若者はギリギリのところで踏みとどまっていた。日焼けではないのだろうが、筋肉の浮く浅黒い肌も良い。
「次はボク達のお披露目だね。なんだかドキドキしてきちゃったよ」
 手にした日傘を抱え、上気した赤い頬でトミィが皆に言う。身体には水着と同じ生地を巻き付け、着ている水着が見えないようになっている。
「水着を着るのは初めてなのですわ」
 ユリカも緊張しているようだ。
「村の人だけじゃなくてもっと沢山の人に見て貰いたかったけれど、しょうがないね。じゃ行こうか」
 ラジスラヴァは皆を促し歩き出す。
「終わったらみんなで水浴びをしましょうっ」
「そうだな。デザインだけじゃないなくて水着には性能も大事だよね!」
 シルキーとシルヴィアも足取りも軽く、舞台へと向かっていく。
「きっと涼しくて心地よいのでしょうね」
 フォーネは目を背けているウラにそっと手を伸ばす。一瞬の間をおいてウラはその手に自分の手を乗せた。
「ぐるぐると一生懸命泳いで廻ったら、川の様に流れる水になるんですの?」
 ヒィオは小首を傾げる。
「流水の池……なんて、面白そう!」
 トミィの目に子供らしい悪戯っ子めいた光が灯る。数刻後、新作の水着のまま水にはまって流され、トミィは全身ずぶぬれになるのだが、それは今よりまだ少し後のお話。
「わふ〜〜〜!」


マスター:蒼紅深 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:10人
作成日:2008/08/15
得票数:ほのぼの10 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
ワンワン尻尾の武道家・シルヴィア(a73331)  2009年10月02日 08時  通報
自分だけの水着が欲しくて参加した初めての依頼だよう♪当時は、ワイルドファイア大運動会での水着コンテストも近づいていていたから、まさに!ジャストタイミングで一石二鳥な依頼だったんだよう♪………また地獄で遊びたかったなぁ。残念だよう。