波寄せる温泉の里 〜潮騒の月〜



<オープニング>


●波寄せる温泉の里
 夏の夜空は鮮やかに濡れて艶めく漆黒の色。
 満ちた月は淡い金を纏った真珠の色で、儚い明かりを世界へ落とす。
 涯てなく広がる海は濃藍や深縹の色に沈み、夜空との境界は彼方に揺れる漁り火で知れるのみ。
 けれど確かに在るその境界から、満ちてくる潮のざわめきが海を渡って繰り返し寄せてくる。
 深い夜闇に沈む海に立つ波は見えないけれど、白く砕けた波頭は儚き月光を受け、淡い銀に煌く飛沫を振り撒いた。濡れた岩の縁に手をかけ身を乗り出せば、煌々と焚かれた篝火の明かりを浴び金に煌く波が見える。潮が満ちるにつれて波は勢いを増し、黒や海松色の岩が連なる磯や岸壁へと喰らいつかんばかりに襲い掛かってきた。逆巻く波頭が月光と篝火に煌く様をよく見ようと更に身を乗り出せば、ひときわ大きな波に思い切り頭から呑みこまれる。濃い潮の香と冷たい水飛沫に包まれた藍深き霊査士・テフィン(a90155)は楽しげに笑みを零し、霞のように色づく湯の中に身を沈めた。
 此処は海に面した岸壁の中に穿たれた洞窟の奥、宮殿ひとつをも抱え込めそうなほどの大空洞。
 大空洞には薄らと翡翠を溶かし込んだような淡い乳白色の温泉が湧き出しているが、硫黄の香とともに立ち上る湯煙は一定以上に篭もることがない。大空洞の奥には巨大な岩穴がぽっかりと口を開けていて、外界――涯てなき大海原へと繋がっているのだ。
 岩穴から望む大海から寄せる波は荒く、黒や海松色の岩が連なる磯を呑み岸壁を乗り越えて、岩穴から大空洞の中まで押し寄せ岩穴の縁を洗っていく。温かな湯に身体を浸しつつ冷たい波飛沫を浴びるのも、硫黄の香を孕んだ湯煙が清しい潮風に洗われていく様も、とても鮮烈で爽快だ。
「夜だと雄大な海の景色を楽しむのは難しいのですけれど……その分、ゆっくりと潮騒の音を楽しめるような気がしますの。そして……温泉に浸かって身体を芯から温めて、勢いよく寄せてくる冷たい波を頭から思い切り浴びれば、身も心も、洗われるような心地」
 この心地好さは他ではちょっと味わえませんものと悪戯っぽく瞳を瞬かせ、テフィンは冒険者達に誘いを向けた。

●潮騒の月
 濃藍や深縹、そして深い瑠璃に沈む海に落ちる、あえかな月の光。
 岩穴の縁に腰掛けて、淡く煌く波頭を眺めつつ、満ちてくる潮のざわめきに耳を澄ます。
「潮騒が少しずつ身体を満たし、潮騒が指先にまで満ちてくる様な心地になるのが……とても好き。夜の潮騒は特に深く心へ響いて、何だか潮騒に酔ってしまいそうにもなりますけれど、心があちらへ行ってしまう前に、冷たい波が意識を引き戻してくれるのが……あの場所の、良いところ」
 繰り返し寄せてくる潮騒に心を委ねれば、意識はきっと何処までも緩やかに広がっていく。
 けれど荒く岩穴の縁を洗う波を頭からかぶれば、世界に溶けかけた心もすぐに身の裡へ還るはず。
「穏やかに想いに浸れて、けれど、深く考えすぎてしまうことはない……。夜のあの温泉は、そういう意味で……想いをめぐらせるのに向いた場所ですの」
 柔らかな声音で語りつつ、細い硝子杯に注ぐのは――細かな気泡がきらきらと輝く発泡米酒。
 ほのかに甘く香る酒に口を付け、テフィンは幸せそうに瞳を緩めた。
「静かに想いをめぐらせ、発泡米酒を味わって……マグロの目玉の煮付けに舌鼓を打つひとときが、とても好き」
「……目玉?」
「ええ、マグロの目玉」
 訝しげに聞き返した冒険者に、テフィンは事も無げに頷いてみせる。
 彼女の中では『潮騒に心を委ねて想いに浸る』ことと『マグロの目玉の煮付けに舌鼓を打つ』ことは全く矛盾しないらしい。ついでに、『温泉に身体を浸してのんびり温まる』ことと『岩穴の縁に腰掛けて冷たい波を浴びる』ことも矛盾しない。
 口の中でとろりと溶けるのが幸せと目玉の煮付けを語りつつ、マグロの胃袋の酢味噌和えや皮の湯引き、醤油と酒と大蒜に漬けて軽く焼いた頬肉や胃袋の天麩羅についても言及するテフィン。
 彼女は潮騒と波に温泉だけでなく、酒と肴も堪能する気満々だ。
 幸せそうな笑みを変わらず零しながら、テフィンは再び誘いの言葉を向けた。
「世界に触れて、温泉に浸かって……美味しいお酒と料理を、楽しみましょう?」

 月光降る海から寄せる波の飛沫も、温かに柔らかに身を包む淡い色の湯も。
 細かな気泡で舌先を擽る豊かな味わいの酒も、海辺ならではの鮮度を活かしたマグロ料理も。
 すべてが、心地好く寛げるひとときを齎してくれるはずだ。


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参加者
NPC:藍深き霊査士・テフィン(a90155)



<リプレイ>

●風波
 深い闇が満ちる中に、眩い橙に輝く篝火が燈されていた。
 天然の岩回廊を成す黒い岩壁に触れれば、微かに硫黄が香る湯気にしっとり濡れていることが判る。洞窟の道標となる篝火を辿り進めば、少しずつ硫黄と潮の香りが濃くなってきた。静かなさざめきの如く響いていた波の音も徐々に大きくなってくる。
 湧き上がる高揚感に心逸らせ洞窟の先へ抜ければ、一気に世界が広がった。
 幾つもの篝火に照らされて広がる、宮殿ひとつを抱え込めそうなほどの大空洞。その奥には壁ごと抜け落ちたかの如く大きな岩穴が口を開けている。岩穴から望む絶景は――月に荒波立つ大海原。
 深い濃藍の海から大きな波が寄せてくる様は圧巻で、凄いなと興奮気味に尾を揺らしたグリュエルは岩穴の縁に腰掛ける藍深き霊査士・テフィン(a90155)の姿を見つけて駆け寄った。間違いなく其処が一番派手に波を被れる特等席のはず。
 一緒に波被りしようと声を掛れば途端に大きな波が打ち寄せて、頭から思い切り海水を被る。冷たく威勢の良い波の心地好さに弾けるように笑えば、生きる為の勇気が湧いてくるような気がした。
 仄かな乳白に淡く翡翠を溶かし込んだような色を不思議に思いながら、ラルドは恐る恐る湯の中に入ってみる。鱗に触れる湯は何処か柔らかく、温かな湯に身体が包まれれば思わず吐息が洩れた。
 岩を噛む勢いで激しく砕ける波も、濃い潮の香を振りまきながら散る波飛沫も変わらない。
 けれど、以前訪れた時と違うのは――
「今年こそ私も発泡米酒を頂けるってことですよ!」
 春に成人を迎えたテルミエールは感極まった声をあげ、めくるめく発泡米酒の世界へようこそと嬉しげに微笑むテフィンと杯を鳴らす。差し入れた鮪のボッタルガを幸せそうに摘む彼女と杯を傾ければ、細かな気泡の刺激と華やかな米酒の香気がふんわり口中に広がった。
 翡翠がかった乳白の湯に浸かって岩に背を預ければ、目玉の煮付けを楽しげにつつく二人の姿が瞳に映る。そういえばテフィンさん、目玉を食うのだよな……と一昨年を思い出しながら、ガルスタは米酒の揺れる杯に口をつけた。何食わぬ顔で蜂の子料理でも出してみれば、虫嫌いな彼女も案外平気で食べてしまうのではなかろうか――なんて埒もない思考を巡らせて、微かな笑みを口元へと刻む。
 香ばしく炙った鮪の頬肉は絶品だ。
 醤油と大蒜が香る頬肉を摘みながら、お刺身よりは焼いたのが好きなんだよね〜とミルッヒは上機嫌で酒杯を傾けた。杯にはきりりと冷えた淡麗辛口の米酒が揺れる。
 一回チャレンジしてみたらと勧められ、物珍しげに目玉の煮付けを覗き込んでいたチキチキータも少しだけ米酒を酌んで貰う。唇を湿す程度にひとくち呑めば、ほんのり身体の中から温かくなってきた。
 体もお腹もぽかぽかしたらきっと不安も溶けちゃうよと明るく笑って、ミルッヒは穏やかに揺れる湯にアヒルちゃん人形をそっと浮かべる。妙に眉が凛々しいそれにチキチキータも笑みを零し、アヒルちゃんもいいけど偶にはこうやってオイラの方も相手してやってくれると嬉しいな、と目元を緩めた。
 波飛沫と共に吹き込む潮風に誘われ瞳を巡らせれば、真珠の月光に照らされる夜の海。
 頬に手を遣りうっとり感嘆の声を洩らすシアーズの様子に口元を綻ばせ、今だけは胸奥に燻る想いを忘れて過ごそうとヨハンは寄せてくる潮騒の響きに心を委ねる。
 時の流れの違いが齎す、何処か後ろめたさにも似た気持ち。
 興味津々に目玉の煮付けと見つめあっていたシアーズは、とろりと蕩けた部分を匙で掬い、思い切ってぱくりと口に入れてみた。仄かに生姜が香り立つそれは甘辛く煮付けられていて、豊かな旨味と磯の香りがじわりと口中へ広がっていく。
 美味しい〜んと感極まった風情で瞳を細める彼女を微笑ましく見遣っていると、ふるふるの煮付けを乗せた匙が差し出された。屈託ない笑みを見せる彼女に釣られて笑い、ヨハンは素直に口を開く。
 心まで蕩けそうな、幸せの味がした。

●水波
 濃藍に沈む海原に立つ波は銀に煌いて、岩穴の縁に砕ける波頭は篝火を受け金に煌いた。
 岩の縁を乗り越えてくる波の激しさと、波と混じって揺れる湯の様は以前訪れた時と変わらない。
 相変わらずだなと口の端を擡げたゼロは温かな湯に身を沈め、身体の芯に凝る疲れをゆるりと溶かす心地好さに息をつく。杯を満たす淡い金を帯びた発泡米酒は一昨年此処に来た時の土産物だ。
 潮騒の響きも風情があるが仲間の声も楽しくて、鮪に負けない肴が揃っているなとくつくつ笑う。
 仰ぎ見る岩の天蓋は想像以上に高く、潮風に揺れる篝火が幻想的な光を映し出していた。
 岩を枕にしつつぼんやりと湯に浸かっていたシーナは、黄昏てないでお話しましょーとレイに湯を掛けられて瞬きをする。すまないと苦笑しつつ身を起こせば、隣で同じように岩枕をしていたミリアがぶくぶくと湯に沈んでいって、きゃーと声を上げて彼女を助け起こしたミヤコにも「ちゃんと見ててあげて下さいですの」と湯を掛けられた。
 謝罪を口にしつつ湯が滴る前髪をかき上げるうち、何だか可笑しくなって思わずシーナは破顔する。持ち込んだ様々な酒を酌み交わしつつ、このひとときを心ゆくまで楽しもう。
 楽しげに杯を掲げた彼に合わせて乾杯すれば、皆も自然と笑顔になった。
 薄らと金色を溶かしたエルダーフラワーコーディアルの炭酸割りにはきらきら輝く気泡が揺れて、深い琥珀色に透きとおる黒豆茶からは香ばしい香りが立ち上る。
「お酒の呑める大人の方が羨ましいのです……!」
「大人な皆はずるいなぁ〜ん!」
 憤然と頬を膨らませつつもミリアとニノンは互いの杯を交換し、黒豆茶とコーディアルの飲み合いっこをして笑い合う。口に入れるのは勇気が要りそうですと目玉の煮付けを恐る恐る覗き込むミリアの様子に瞬きをして、ニノンは「食べないなぁ〜ん?」と首を傾げつつぱくりとひとくち食べてみた。
「凄くトロトロで美味しいなぁ〜ん!」
「う〜ん、この『ぷるつるにゅるん♪』が最高ですの〜」
 お肌もプルプルつるつるになるなぁ〜んと声を弾ませるニノンと笑顔で頷きあいながら、この美味しさを知らない方は可哀相ですわとミヤコは蕩ける目玉料理を堪能する。実はもともと好物だ。
 酢味噌和えにした鮪の胃袋を摘んでいたレイも、鼠尻尾を揺らし煮付けの器に手を伸ばした。
「栄養あるって言いますよね、鮪の目玉」
「鮪の目玉、か……。まさに目玉料理って奴だな」
「……!」
 団長の呟きに思わず咽せたイブは、霊査士に背中をさすられながら眦に滲んだ涙を拭う。そして自身も目玉の煮付けに箸を伸ばしつつ、気泡が星の如く煌く発泡米酒の杯を改めて傾けた。
 少し苦味がある方がお酒も美味しくなるのよねと語りつつ、華のような塩の結晶を振った鮪の胃袋の天麩羅を口へと運ぶ。美味しい料理も大切ですけど、楽しく話せる相手もお酒には大事とくすくす笑う霊査士に同意して、軽く杯の音を鳴らした。
 肌馴染みのよい湯の中で手足を伸ばせば、自然とかつての仲間のことが思い起こされた。
 過ぎた日にやはり温泉でのひとときを共にした仲間を思いつつ、目の前で楽しげに笑い合っている今の仲間達を見遣ってレンは知らず口元を綻ばせる。目玉の煮付けで盛り上がっている皆の中に加わりひとくち食べて、目が良くなる気がする味だなと皆で笑った。
 体は湯が温めてくれるけど、心はきっと、仲間と過ごすこんなひとときが温めてくれるのだろう。

●蒼波
 盛大に打ち寄せた荒波背負って、フォルテは清々しいまでに爽やかな笑顔できっぱりと宣言する。
「目玉は食べ物ではない!」
「髪の毛一本頂いても宜しゅうございます?」
 偶々近くにいたテフィンがにっこりと笑みを浮かべた。
 あははうふふと見た目だけ和やかに笑い合う二人の様子にフィーはがくがくと身を震わせる。ぼんやりフォルテさんを眺めてたらのぼせちゃうかも、なんて思ってたのに何この緊迫感。
「ほ、頬肉! 炙った頬肉美味しいですよう!」
 緊張に耐えかね無理矢理話題転換を試みれば、フォルテに背中から抱きこまれた。行ってらっしゃいませと何故だか楽しげに微笑むテフィンに見送られつつ、空洞の片隅で温かな湯に浸かり、フィーは胸を撫で下ろしつつ優しい温もりと潮騒の音に心を浸す。
 穏やかな揺らぎはまるで世界の息吹のよう。
 ほうと吐息を洩らせば、潮騒を肴に過ごすのも一興かとくつくつ哂ったフォルテの唇が頬に触れた。
 潮風に瞳を細めて空を仰げば、濡れたような漆黒の空に金真珠の月が輝いている。
 今日は良い天気のままでいて下さいっと空に願えば、応えるかのように大きな波が打ち寄せた。
 岩穴の縁を乗り越え冷たい飛沫を散らした波の音は、高い岩の天蓋に反響して余韻を響かせる。何だか大陸の呼吸みたいとイルガが瞳を瞬かせれば、世界は生きてるんですものと霊査士が口元を綻ばせた。
 硝子の中で曙光を思わす淡金に透きとおるそれは、爽やかな果実に似た花の香を漂わせている。
 煌き瞬きながら揺れる気泡を黒の双眸に映し、花の香に瞳を細めたレイは微発泡の炭酸水で割ったエルダーフラワーコーディアルの杯を口へと運んだ。清しい花の風味を溶かした甘味が気泡と弾けながら喉を滑る様が心地好い。温かな湯に浸かりながら飲めばひときわ清涼感が増した。
 他愛もない言葉を交わしているうち、誰からともなく口を閉ざしていって――なんて思っていたのに、見遣ればイルガやレイは霊査士を巻き込み波被りに良い場所やら目玉の煮付けの話やらでまだまだ盛り上がっている。現実って想像どおりにはいかないんだねとアセルスが溜息をつけば、勢いよく寄せた波が頭から彼女を洗っていった。虚を衝かれた心地で瞳を瞬かせ、なるほどねと小さく洩らす。得心がいったというようにくすりと笑んで、仲間達の会話へと加わった。
 天真爛漫な笑顔であーんしてあげるなぁんとナンナに匙を差し出され、フィズは一拍間を置いてから目玉の煮付けをぱくりと食べる。生姜の利いた甘辛い味はきっと酒に合うのだろうと羨望の眼差しで彼女を見遣れば、ナンナは来年一緒に飲もうねと笑ってくいと発泡米酒の杯を乾した。一年半の差は小さいようで大きい。
 傍らにそっと寄り添えば、普段は殆ど露にすることのない彼の肌の感触にナンナの鼓動が跳ねた。ついつい肩や鎖骨に目を遣る己に気づけば更に胸は高鳴って、もっと触れてみたいと思えば頬には熱が上る。頬が火照るのはお酒のせいと自分に言い聞かせ、思い切って彼の腕に抱きついてみた。
 柔らかな温かさを湛えた湯の中でも伝わる互いの温もりは、意識の芯をも蕩かすような心地。
 岸壁に穿たれた大きな穴から遥かな夜空と大海原を望むのは不思議な心地だった。
 温かな湯の中を歩きつつ涼やかな潮風や冷たい波飛沫を浴びられる感触に二人笑い合いながら、人気の少ない空洞の片隅でアオトはほんのりと翡翠の色を秘めた淡い乳白の湯に身を浸す。発泡米酒と炭酸割りのコーディアルで静かに乾杯し、いちゃいちゃしましょうねと囁く恋人のおねだりに負けて膝の間にユルを招き入れた。
 背中で感じる彼の鼓動は優しくて、触れ合う肌の温もりと潮騒の響きに心を委ねれば微睡みの海へ揺蕩うような心地になる。「いつか一緒に酒を飲みたいって言うのは、俺の我侭か?」と掠れた声音で囁かれる言葉も胸を擽るように響いたから、ユルは肩越しに綻ぶような笑みをアオトへ向けた。
 満ちていくような幸せは、彼にも伝わっているだろうか。

●銀波
 岩穴の縁に手をかけ身を乗り出せば、岸壁に打ち寄せた大きな波が頭からざぶんとリシティアを呑み込んだ。波の冷たさと濃い潮の香の心地好さに尾を揺らし、滴る飛沫を散らして瞳を開けば、ひときわくっきりと澄み渡った視界に夜に抱かれた空と海が映る。
 夜空の月はあえかな光を投げかけて、濃藍に沈む海に優しい銀の煌きを齎していた。
 幸せなぁ〜んと瞳を細めて霊査士と笑みを交わし、月光の揺らぎと潮騒の響きに心を浸す。
 月夜にお酒なんてお姉さまにぴったりですとクーヤが発泡米酒を注げば、お誕生日のお祝いですとユウノも彼女の杯に煌く酒を注ぎ返した。擽ったいような心地で笑い合い、乾杯と杯を合わせて寿ぎの酒を乾す。
 持ち寄ったお手製の摘みはしっとりした百合根饅頭と百合の花弁を模した花びら餅。互いの味を褒めつつ舌鼓を打てば自然と酒杯も重なって、ほろ酔い気分で吐息を零せば微かに視界も潤む。
 暫くこのままで、と肩に頭を預けてきたクーヤが幸せそうに紡ぐから、ユウノは何も言わずに身を寄り添わせる。心を包み込むような潮騒に耳を傾けて、湯と家族の温もりにそっと瞳を閉じた。
 澄んだ夜闇に包まれた海から波が打ち寄せて、淡く色づく湯と混じりあう。
 波打つ湯の上でも凛々しく浮かび続けるアヒルちゃん人形に感嘆しつつ、アーケィは機嫌よく発泡米酒の杯に手を伸ばした。香ばしく炙られた鮪の頬肉を摘めば魚とは思えないようなコクと旨味が広がって、思わず己の頬を押さえてしまう。吹きつける潮風に酒気と興奮で火照った頬を晒せば、夜の涼やかさと細かな波飛沫を孕んだ風が優しく頬を撫でていった。
 霞の如く色づく乳白の湯は仄かに翡翠の色を抱き、不思議な色合いに揺れる。
 温かな湯に浸かって呼気を洩らし、ダナイは潮騒響く夜の海へと瞳を向けた。
 何処か懐かしいような、けれど忘れ去りたいような複雑な想いを抱いて、淡く月光を透かす発泡米酒の杯を静かに傾ける。透きとおるような一条の光に瞳を細め、胸裡で密やかに誓いを新たにした。
 琥珀色に煮付けられた目玉はふるふるのとろとろだ。
 間違いなくこれが秘訣のひとつだと確信しつつ、アリシアはテフィンを誘って岩穴に近い湯の中へと腰を下ろす。縁に腕を凭せて頬を寄せれば、潮騒の響きが直接身体へと伝わってきた。
 夜の海へと漂う心地で問いを向ければ、そのままだと帰るのを忘れてしまうから、とテフィンが笑みを零す。深遠なる悩み等ではないらしい。なるほどと笑みを返せば、大きく打ち寄せた波が思い切り冷たい海水を浴びせてきた。
 弾けるように笑い合い、夜空を仰いでそっと耳打ちすれば、瞬きをした彼女が幸せそうに微笑んだ。

 寄せては返す波に、満ちていく潮。
 大きく緩やかな世界の鼓動に心を傾けて、命のめぐりに思いを馳せる。
 陽光色に透きとおる花の命で杯を満たし、鮪の命の凝る料理に箸を伸ばしつつ、かつての夏にめぐり去った命を想って募る寂しさにファオは知らず僅かに瞳を細めた。
 夏がめぐるたび想いは募り、心は迷宮へと迷い込みそうになるけれど、冷たい波の飛沫がそれを引き戻してくれる。
 真摯に生きて、日々を積み重ねて行こう。

 何時の日か、大いなるめぐりに自分の命が加わるその時に。
 満ち足りた充足感を得ることが出来るよう。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2008/08/28
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