<リプレイ>
● 広大な草原を、そこに住まう生き物達を、燦燦と輝く太陽が容赦なく照り付けている。 ここは常夏の大地、ワイルドファイア。正面から吹き付ける風も、また暑い。ましてや戦いが始まる前に敵に出来る限り近づく為にその目を欺くべく、皆で寄り集まってこの大地と同じ色合いに似せた布を頭から被っている状態では尚更の事。 顎を伝う汗の一滴を拭い去り、終わりなき刻を行く蒼焔の翼・フォンティウス(a72821)が見せる憤りはしかし周囲の気候よりも一段高い熱を孕んだものだった。 (「……奴らもどんどんやり方が卑怯になってくるな。とうとう罪の無い動物達まで、操ろうというのか……!」) (「合理的だけれど、許せる事じゃないよね」) 深緑の枝を撫でるそよ風・ミユリ(a74301)が小声で示す同意にも、同じ熱が篭っている。 己の意識は己自身のもの。例え怪獣のものであろうと、他者が操り、意のままに従えていいはずがない――ミユリはそう信じているからだ。 (「ワイルドファイアを眠らせる儀式があれば、目覚めさせる儀式もあるんだな……」) 紫穹の医術士・パナム(a58767)が、かすかに布の端を上げて前方の状況を窺い見る。 この大陸と同じ名前を関した偉大な存在。それを深い眠りに留めるための儀式は、今まさにここから続く大地のどこかで執り行われているはずだ。 そして、今彼らの正面を埋め尽くすのは、大小様々なハムスター怪獣の巨大な群れだった。大運動会と相反する目覚めの儀式の場には、ドラグナーガールに支配された数多の怪獣が集う。己の本来の意思とは無関係に、儀式を成立させる為の道具、ドラグナーガールを守る為の防具としてそこに集められるのだ。 彼らの主は、その群れの只中にいる。その布陣の薄い場所、そして主の在所を確かめようとして焔をはらむ風と共に・セルシオ(a29537)は遠眼鏡を覗き込み――、 「……もう、気付かれていますねぇ」 思わず、やや強張った呟きを漏らした。順繰りに怪獣の群れを眺め渡す筒先が一点で止まる。 その丸く切り取られ、拡大された視界の中に、角を持つ異形の少女が軽やかに舞い続ける姿があった。隠れるものもないこの平坦な草原の真っ只中、彼らの姿を一望できると言うことは、その逆もまた真なのだ。 ましてや、あの存在が従えるのは野生怪獣の群れ。気付かれないよう接近する事がどれほど難しいか。一瞬こちらへと向けられた眼差しの中に嘲りの色を読み取って、セルシオの穏やかな表情にふと翳りが差した。 「あはっ! 無粋だね、キミ達。踊り子さんには手を触れちゃダメってのは、どこでも同じお約束でしょ?」 舞いは止めず、眼差しもくれず、だがはっきりとこちらの存在を知覚した様子で響かせるのは、愛らしくもはつらつとして透き通った少女の声音。だがその愛くるしい声や外見に包まれた本質が如何におぞましいものかを、冒険者達は骨身に染みて知っている。 「……美少女なのは、今度のドラゴンロードの趣味なのかな?」 「さて、それはわからないけれど……大切なのは言葉巧みな話術や美しい外見ではなく、内面だと思うけどね」 セルシオに遅れて『美少女』の姿を見出し、蒼空の魅惑娘・ミル(a57067)とフェイクスター・レスター(a00080)が、被った布をかなぐり捨てた。 それを見たドラグナーガールが、踊りを止めぬままにころころと笑って周囲に告げる。 「きゃー、みんなーっ。アブナイ人達があたしに意地悪しようとして押し掛けて来ちゃったの。みんなの力で追い返してあげて、ね?」 ――ぞわり。おどけた調子の少女の声が響いた次の瞬間、蠢動する毛皮の山が劇的な反応を見せる。 望んだ事前の猶予を得られることなく、もう戦いが始まってしまう。身構えた冒険者達が一様に渋い顔を見せた時、寄り集まった怪獣達が弾けるようにして闖入者を押し潰すべく動き出したのだ。
● 「短期決戦ですね……準備は良いですか?」 ジィジィと鳴き交わす甲高い声、殺到する巨体が立てる圧迫感に満ちた地を揺らがす足音。 月下黎明の・アオイ(a68811)の呼びかけが、即座に楔型の陣形を整えた仲間達の耳へと切れ切れに届く。 「存亡の危機に鼠ねぇ……何とも緊張感のねぇ話だな……」 辺りを圧する足音の主を見た愛煙家・ビリー(a03028)の呟きは、ひょっとして他の皆にも共通する感慨だったかもしれない。 「想定したより早く見つかった、か。だがしくじるワケにもいかん……」 本来ならば、この鏃型の陣形でドラグナーガールを囲う敵中に突っ込むはずだった。だが今、実際に押し寄せてくるのは敵方だ。 「これは、正面を固められましたねぇ」 目指す標的の姿は、正面に幾重にも重なる分厚い毛皮の壁の向こうに見えた。だが、セルシオが求める布陣の薄い部分は見当たらない。見当たったとしても、選んで当たれる状況ではない。 巨体に似合わぬすばしっこさで一息に迫った怪獣達の姿に、ミルは一瞬自分が小さくなるような錯覚を覚えた。それは遠近感だけの問題ではない、それが左右に大きく展開する相手の動きにもよるものだ。 「両サイドからも来るよっ!」 それは明らかな包囲の動きそれと気付き、しかし警告のみ発して左右の敵はひとまず捨て置き、ミルは正面、進行方向より襲い来る敵に向けて黒い炎に包まれた繊手を差し向けた。 「邪魔だから、退いてねっ!」 叫ぶや否や、頭上に形成された輝く紋章から無数の光線が正面へと降り注ぐ。壁の七から沸き起こるのは、幾つもの「ジジッ!」と言う小石をこすり合わせたような苦悶の鳴き声。その悲鳴がビリーが放つエンブレムシャワーによって更に数と度合いを増す。 「……すまないな、お前達が傷つき倒れるものが少なくて済むよう少しでも早く元凶を取り除こう」 侘びの言葉と共にレスターの手に生まれた木の葉を交えた突風が、今しも突進しようと身構える一帯をころころと数メートル向こうへと転がした。 「しかし。この数はさすがに多いですね……!」 だが、例え悲鳴の数が増えようと、轟音と共に早々大地にくず折れる仲間が出ようと、彼らに怯む様子などなかった。たちまち崩した壁が数メートル後ろに下がっただけで再建される様を目のあたりにして、アオイの愁眉がふっと曇った。 両側面に広がった怪獣達が、更にアオイの陣取る最後尾までその両翼を延ばそうとしている。幸い、ハムスター怪獣達自身のサイズが障害となって、一度に相手取らなければならない数はせいぜい七、八頭という所だろうが……。 「でも、この子達の数は問題じゃないよね。多少強引に突き進んで……」 どんどん補充される彼らを律儀に相手にする言われはないのだ。怪獣達は単に主敵にたどり着くまでの障害に過ぎない。正面から側面へ流れるように囲ってていく怪獣達の圧迫のただ中。ミユリが呟きと共に正面のハムスター怪獣へと気の刃を投げた。 「うん……強引にでも、ドラグナーガールにさえ追いつけば……」 彼女と肩を並べるフォンティウスは魔炎、魔氷をまとった斬撃で手向かう怪獣を切り伏せる。止めをわざわざ刺したりはしない。捨て置けば、魔氷を振りほどくまでの間は新手の接近を妨げる障害物になり得る。 内心「ごめん」と倒れた怪獣に謝りつつ、彼は怒りに満ちた眼差しを元凶たる妖女へと向けた。 その怒りに満ちた眼差しを一身に受けて、しかし異形の少女は楽しげに嘲笑う。 「あははっ。あたしに夢中なんだ? でもでも、ここまで辿り着けるのかなぁ……色々と、お留守になってるんじゃない?」 そんな嘲りがまだ消えぬ内。 「……そう容易く行くとは思うな」 振り向き様に、パナムは牽制のエンブレムシャワーを背後に放った。側面から後背へ、さらに流れた怪獣達。いつしか包囲を完成していた彼らが、光に打たれて威嚇と苦痛が混じった声を上げる。 ● ざんっ、と横なぎに放たれた一撃が、二頭のハムスター怪獣をまとめて大地に這い蹲らせた。 「あと、もう少し……っ」 空いた空間に新手が進出するより早くその身を滑り込ませて、セルシオは額にじっとりと張り付いた血と汗を拭う。 (「ここで禍根を断っておきたいものですが……」) 次から次へと身体に刻まれる咬み傷は、決して無視できない深手になっている。癒し手の残りの手数とてそう多い訳ではない。 破れた穴へ鏃の尖端たる前列が強引に押し込み、後衛から繰り返し降り注ぐ光の雨が壁を少しずつ削り取る。戦いは、ずっとこの手順の繰り返しだった。 最後尾のパナムとアオイは、執拗に追撃を掛けられる自分自身に半ば追われるような状況だったが――、 (「半分以上、抜いたか……」) 後ろに展開する怪獣の数はほとんど減っていない。むしろ、行動不能になったものは打ち捨てて来る事もあったから、若干増えてさえいたかもしれない。 だが少なくとも正面に限って言えば、もう随分毛皮の壁はその厚みを減じていた。それに比例するように、つい先ほどまであからさまな嘲笑を見せていたドラグナーガールの表情からも、随分と余裕の色が薄れている。 (「なら、そろそろかもな……」) 彼女達は、弱小ではあるが愚かではない。引き際は心得ているはず……だからこそ、その引き際を好機にしようと、ビリーは周囲のハムスター怪獣の動きに気を配る。 それを知ってか知らずか。戦況を見守っていたドラグナーガールが動きを見せたのは、まさにその時のことだった。 「……嫌ね、ただの踊り子相手に本気になっちゃうなんて」 「あんたの本質は踊り子なんて無邪気なものではないだろう?」 そう、彼女達はドラグナー。古代ヒト族がその内なる欲望のままに変じた、真性の邪悪な存在。 双方の距離は、大声でなくとも聞こえるほどに迫っていた。不機嫌と焦慮を見せて黙り込んでいた彼女が不意に口にした言葉を、聞きとめたレスターが警戒も露に切り捨てる。黒い少女はその口の端を笑う形に歪め、心外だとでも言わんばかりにそれに応じた。 「ふふっ。やだわ、何でも決め付けてかかるのって。この子達みたいに素直なほうが可愛げがあるのに」 口元に湛えた邪な笑みを一層深めて、ドラグナーガールは足元のハムスター怪獣の背中に無造作に座り込むと、その巨躯が冒険者達が迫るのとは逆方向にじりじりと進む。 「でも、ま……言う事聞く子は可愛いけれど、さすがにこうも役に立たないんじゃね」 「何をするつもりですか……」 わざとらしく、異形の少女がため息をつく彼女に、また一層壁を削り取ったセルシオが懸念の色を浮かべる。すると、案に違わずと言うべきか。それまで包囲して冒険者を攻め立てていた怪獣達の動きが唐突に変わった。 「次に会う時は、もうちょっと使える子を連れてきてあげるわ」 「あっ――!」 包囲陣が解け、冒険者達とドラグナーガールを隔てる壁に再構成される。そしてその主たる少女自身は戦場にくるりと背を向け、逃走を――、 「頭は抑えてやる……行けっ」 「わかった!」 「……っ!?」 図ろうと、した。だがその背中に沸いた不穏な気配が、彼女の首を反射的に振り向かせる。 「逃がさないよっ!」 「絶対に……逃がしはしない!」 「ぁっ、がぁぁぁぁっ!?」 視界一杯に広がったのは、ミユリが投げた蜘蛛の糸と、フォンティウスが打ち出した強烈な雷。自分と、乗騎たる怪獣と、まとめて絡め取られた上に雷の一撃に命の半ば程も削られた彼女は、今度こそ狼狽の色を露にした。 「がっ……!? ま、守れっ!」 「守ってくれるハムスターさんは、もういないよっ!」 尚も諦めず、叫び、自由になる上半身だけを背後に向けた黒衣の少女の前で、命令に応じようとした一頭の怪獣がミルのエンブレムノヴァに打たれて倒れ伏した。それを見た少女は舌打ちし、改めて周囲に目を配り、状況を察した様子で臍を噛む。己の逃走を支援させるため、包囲を動かしたのが失敗だったのだ。 彼女の視界の片隅に、ビリーが決して浅くない傷を負って後方に取り残されていた。恐らくは怪獣どもが大きく位置を変える間隙を衝いて、強引に得たその猶予の内に仲間を突破させたのだろう。 「行かせない!」 「傷付きし者に癒しの加護を!」 そしてビリーからやや距離を置いて、パナムとアオイ、それにミルが怪獣達がすぐさま彼女の元に駆けつけるのを妨げている。 どう転んでも、怪獣がこの状況に間に合う事はない。白い粘糸に縛られ、未だ動けぬ我が身の前にミユリが立ちはだかるのを待つまでもなく、ドラグナーガールはそれを自覚したようだった。 「ボク達の勝ちみたいだね。鬼ごっこは終わりだよ」 そう、呼びかけると同時に怪獣達の抵抗がやむ。これ以上、実力による抵抗をドラグナーガールが諦めたのだ。 今や、異形の少女は周囲を取り囲む冒険者達に怯えた目を向け、小さく震える敗残者に過ぎない――外見上は、そのように見えた。そして彼女は集まってきた冒険者達の哀れみを請うようにおずおずと彼らを見渡し――、 「待って! わかった、力の差は分かったからさ! 降参する、降参するって。あたし程度の存在、あんた達ならどうとでも出来るでしょ!?」 竜の眷属に対する対処は、一つしかない。三度に渡り竜の脅威に襲われてきた同盟の冒険者を、必死の哀願を続ける彼女は知らなさ過ぎたのだろう。 「さようなら、罪深き愚か者……」 フォンティウスの別れの言葉が、刃が風を切る音と共に耳朶を打つ。それが、ドラグナーガールがこの世で耳にした最期の音だった。 ● 「やれやれ、終わったな……」 肺腑を満たす煙草の煙が、傷付いた身体にどうにも心地が良い。深い吐息と共にそれを吐き出すと、ビリーは名残を惜しむようにその紫煙が宙に溶け込むまで見送っていた。 「煙草もあまり、身体に良いものではありませんよ」 怪我を癒してくれているアオイが少し困ったような顔をしていたが、この一服ぐらいは構わないはずだった。 すでに、蜘蛛の子を散らすように生き残りの怪獣は逃げ去ってしまっている。戦いは完全に終わったのだ。 「この前は『時間』で、今度は『支配』か。次がいたらどんな力を持っているのやら」 無論、すべての戦いが片付いたわけではない。ドラゴンロードのたくらみを、ひとまずはくじいただけなのだ。それを思ってミルは呟いて、「でも」と思い直したように顔を上げる。 「まあ、先のことを心配するより、目の前の敵に全力をあげないとね」 「そのためにも、あとは大運動会を成功させるだけ……ですね」 大運動会を成功させれば、パラダルクは眠れるワイルドファイアを支配する事は出来ない。それもまた戦いという訳だ。 パナムの微笑みながらの言葉に皆、一様に力強く頷いた。 後は大運動会を成功させるだけ。その楽しい『戦い』に思いを馳せ、戦いの疲れも忘れた冒険者達は意気揚々と会場への帰路につくのだった。

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参加者:8人
作成日:2008/08/31
得票数:冒険活劇15
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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