極楽鳥の殺し方



<オープニング>


 悠々と青い空を泳ぐ一つの人影。背より生やすは、極彩色の無数の翼。
 遠目には巨大な鳥のように見える。だが、それは鳥ではない。
 人……に似ているが、人ではない。高みから下界を見下ろし、自分以外の全てが敵だというのか、目につく生き物をことごとく手に掛ける、禍をなす存在だ。
「――見た目はなるほど、美しいという形容がよく似合う。清純にして豊潤な女性の姿をしている。ただ、見てくれはそうだとしても、正体は単なるモンスターにすぎない。間違いなく始末して」
 女は事もなげに言い切ると、かたく閉じられていた口唇をわずかに開け、葉巻を咥えた。女の名は、暗夜の霊査士・ジナイーダ(a90388)。霊査の術で見えた光景を、冒険者に伝える役目を負った女。
「ひとたび戦闘となれば、それは空を舞う。そう高度は出せないみたいね。せいぜい十メートルがいいところ。それでも、接近戦をしかけるならば、まず地に落とす必要があるわ。相手の攻撃は長い射程を誇る光の柱……収束して一人に的を絞ることもできるし、雨の如く広範囲に放つこともできる。厄介なのは前者ね。その貫通力は特筆に価するわ。避けにくく、そして防ぐことも難しい。生命力に乏しい者ならば、そう幾度と耐えしのげるものではない」
 それは山道を通った隊商を襲撃したが、飛行速度はそう速くないらしく、幸いにも一行は森林に紛れ逃げることができたという。それを聞き、安堵の表情を見せる冒険者。だが女は、犠牲は決して少ないものではなかったが、と冷めた口調で言い添えた。
「今からこの高原へ向かって頂戴。遭遇するのはおそらく明け方になるわね。その時間帯なら、空を見上げながら戦っても太陽に目を射ぬかれる心配もないでしょう。あとはみんな次第……完遂を期待しているわ」
 女はそう締めくくると、ふたたび葉巻を口元へと運んでいった。


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参加者
白狼の傭兵騎士・シーナ(a02280)
冰綴の蝶・ユズリア(a41644)
暁の音律・オルガ(a41868)
花魁・ハナ(a46014)
湖月・レイ(a47568)
漆黒の暴渦・キョウ(a52614)
緋色の娘・ルビィ(a74469)
銀眼の射手・ヴァルデマール(a74568)


<リプレイ>


 煮詰められた夜の色が追いやられていく。濃密な藍に塗りつぶされていた空は、登りくる太陽に払われ、次第にその色調を淡いものへと変えつつあった。
 まだ夏とはいえ、早朝の山地ともなれば空気は冷え込む。強く吹き降ろす山風を受けるたびに、冒険者たちは身体を小さく震わせていた。
「いました」
 花魁・ハナ(a46014)のたおやかな指先が、空の一点をさした。未だ黒に近しい色を湛えたままの空に、幽かに浮かぶ極彩色の影があった。それもまた、暁の逆光に浮かぶ八つの人影に気づいたのか、所在なげに空を漂っていたのをやめ、ゆるやかに旋回をはじめた。
 冒険者たちは散開し、陣形をなしていく。鞘より抜き去った剣の刃紋にしばし目をやった冽月の蝶・ユズリア(a41644)は、長い睫毛を伏せ、そして彼方の高みを見据えた。
 極楽鳥、と称された敵は、すでにその容貌が見えるほどの近さまで迫っていた。彫刻や絵画のなかで見る、豊麗な女人像をそれは思わせた。甘やかな曲線を誇る体躯は悩ましく、壮麗な翼に彩られた肢体は、扇情的ですらあった。
 斧槍を構えながら、白狼の傭兵騎士・シーナ(a02280)は明瞭となった敵の姿を見とめ、頬を緩めた。それはこれから始まる戦に高揚しているようにも見える。だが、左隣に展開していた湖月・レイ(a47568)に横目で見つめられると、彼は慌てて顔を引き締めた。
「人ならざる者の美しさか……」
 瞳にかかった前髪を払うと、レイは腰を落とし迫り来る敵に備えた。事前準備を冒険者たちは施そうとしていたのだが、開戦前に完全に整えることはできそうにない。
 暁光に照らされ、その鮮やかな色彩を人の目に晒した極楽鳥。たしかに、麗しい姿だ。しかし、いかに外見を華美な仮面で取り繕うとも、秘めた禍々しさは隠せない。それまで沈黙を貫いていた銀眼の射手・ヴァルデマール(a74568)は、わずかにその目を細めた。


「さぁ、狩りをはじめましょうか」
 高く掲げた弓を下ろしながら、暁の音律・オルガ(a41868)は張りつめた弦を解放した。彼女の持つ通り名どおり、放たれた矢は朝焼の空に風を切る小気味よい音を響かせた。狙い違わぬ一矢ではあったが、牽制の矢は空中で急降下した極楽鳥を射止めることができず、虚空で爆散してしまった。
「これが限界か……しばし足を止めてもらおうか」
 まだ仲間達が守りを固めきってはいないことを考慮し、漆黒の暴渦・キョウ(a52614)は迷うことなく前進した。緩やかな歩みから次第に駆け足に、間合いに捉えるのと同時に携えた戟を突き出すと、空を泳ぐ極楽鳥目掛けて雷光が走った。
 強烈な一撃を真正面から受け、極楽鳥が体勢を崩す。よろめきながらも飛行は止まらず、極楽鳥は再び浮上すると、きらめく数多の翼をいっせいに羽ばたかせた。
「来るぞ!」
 誰かの叫び声が上がった。それと同時に空が猛った。瞬く星が落ちてくるかの如く、幾条もの光の驟雨が暁を焦がす。
 ユズリアの掲げた銀の盾が、林立する光の柱に焼かれ白熱する。攻撃の勢いが緩んだのを見計らい、彼女は盾の陰より半身を出すと、腕をしならせ白刃を空に向け斬り上げた。光の残滓の合間を雷が駆け登り、滞空していた極楽鳥の腹を深々と穿つ。
 朝露を跳ねさせながら、レイが一足で距離を詰めた。直に光撃を受けた身体が痛むが、屈するような怪我ではない。濃紅の残像を残し、得物を狙い駆ける彼女の指先が生み出したものは、姿おぼろな蜘蛛の糸。放たれた拘束のすべは極楽鳥の鉤爪を備えた足に絡むが、振り払われてしまう。
「……?」
 まだ開戦より幾時も経ってはいないが、かすかな違和感を幾人かの冒険者たちは覚えていた。
 守護聖の加護を施し終えたシーナが、自身の流した血でぬめった穂先を払い、複雑な回避飛行をみせる極楽鳥に向けて、白光の一撃を見舞った。まばゆい雷光は薄闇の空を裂き、なんとか防ごうと身を包んだ極楽鳥の翼を容赦なく焼き焦がした。
 冒険者たちは、敵の能力を『弓矢の如く技巧をこらした能力』と仮定していたが、どちらかといえば魔法的な力を得意とするタイプだったらしい。
 ハナが纏う防具と呼ぶにはあまりにも儚い白紗は、光の暴力をよく和らげており、致命的な怪我を防いでいた。とはいえ、彼女は決して体力のある娘ではない。無傷で済んだわけではなく、それは他の者も同様であった。ほぼ全ての仲間が苦痛を受けている様を見とめ、彼女は癒しの術を施した。純白の更紗に曙に染められた白梅が煌き、柔らかく温かな光が朝靄に溶けていく。
「まずは小手調べってところか? オレの歌はまだいらねぇようだな」
 目映く朝陽に照る極彩色の羽を目にし、緋色の娘・ルビィ(a74469)は疼き始めた指先を誤魔化すように握りこむと、そううそぶいた。ふいに彼女は傍らのヴァルデマールの胸に槌をこつりとあて、目を閉じ精霊の加護をもたらす祝福の言葉を告げた。相変わらず仏頂面のヴァルデマールの瞳を真っ直ぐに見つめ返し、彼女は「あとは任せるぜ」と不敵な笑みを浮かべてみせる。
「……」
 言うまでもない、といった様相でヴァルデマールは弦を引き絞った。いかな手段を用いるか、自身の得手を考えわずかに躊躇するが、当初の作戦どおりに影を縫いとめるべく、矢を放つ。緩い放物線を描き飛来する矢は、しかし宙を切るに留まった。


 雨を模した光が、あるいは雷光が、矢が、蕩けた天地の合間を飛び交う。ただの人間や動物ではおよそなしえない圧倒的な力の応酬に、朝霧は消し飛び、高原を彩る草花たちは吹き飛んだ。
 極楽鳥の操る灼けつく雨から身を守るすべを持つ者は少なく、雨は容赦なく冒険者たちの肉体を傷つけていた。
「クッ……! なかなかキツい攻撃だな……」
 そうぼやくシーナの表情にはまだ余裕がある。電光を纏った斧槍が大気を焦がしながら紫電の尾を曳き、極楽鳥に突き刺さる。水蜜桃の唇が、白い喉が、人ならぬ絶叫を奏でた。
「だが、キツい女は嫌いじゃないぜ!」
 雷に打たれ、わずかに静止し緩やかに自由落下に身を任せる極楽鳥。このまま地面に落ちるかと思われたが、ふいに明星のような光が一瞬だけきらめき、それは一筋の光条となった。
 警告するいとまも避ける余裕もない。目映いばかりの光柱はハナの身体を貫き、身の自由を奪われた娘はその場に膝をついてしまう。
 ユズリアは逡巡した。空を往く敵を相手にするのは初めてではないが、やはり地上にいる相手と相対するのとは勝手が違う。確実に仕留めるためには、空から引きずり落とす必要があるだろう。
「……オルガ!」
 彼女は目を敵に向けたまま、後方にいる仲間の名を叫ぶと、大回りに召喚獣を走らせながら、得物を振り払った。大気をも焦がす疾雷が空中で爆ぜ、極楽鳥へと襲いかかる。だが放たれた雷を極楽鳥は空を下り難なく回避してしまった。
 極楽鳥は肉感的な唇を吊り上げ、狙いの甘い攻撃をくり出したユズリアを見下し嘲笑った。
 しかし――。
「言われずとも、すでに」
 オルガの冷えたまなざしは空へと向けられており、残心のまま、細く長い指は弦から離れていた。雷撃を避けた極楽鳥の白い喉元には、一本の矢が深々と突き立っていた。他者の攻撃から回避することがわかっていれば、予測射撃することなど容易い。文字通りの狙撃だ。
 予想外の攻撃に恐慌をきたした極楽鳥は、他の冒険者たちの動きも気に止めず、不用意に旋回しようとした。
 横手より忍び寄ったレイが、迂闊にも高度を落とした極楽鳥の後を取り、その背に再び鈍く光る蜘蛛糸を投げ放った。翼といわず脚といわず絡みつく蜘蛛糸から逃れようと激しくもがく極楽鳥を、レイは強引に抑えつけ、力尽くで地面へと引きずり下ろす。
 重い衝撃音と共にしなやかな体躯が草地で弾んだ。がむしゃらに身を捻る極楽鳥に向け、華美な甲冑を纏ったキョウが押し迫る。裂帛の気合を発し、美しくも禍々しい刃を薙ぎ払えば、防ぐことすら致命傷となりうる一撃が肩口までを吹き飛ばした。
 極楽鳥の残した血飛沫が朝露に溶け、草地に消えていく。地に落ちた空の暴君の顔は憤怒と屈辱に醜く歪んでいた。
 いますぐにでも、かつて冒険者だったこの哀れな者に永遠の終末をもたらしたかったが、ハナの身体は未だ主の命を受け付けようとはしなかった。
「おい! しっかりしろっ」
 ルビィは無防備なハナを後方まで引きずると、深く深く息を吸い込んだ。不思議な造形をした槌を固く握りしめ、腕の中の青白い顔をした娘を元気づけるように底抜けに明るい笑顔を見せながら、彼女は声高々と歌を唄った。歌唱は戦場を覆いつくして、仲間達の身体に鋭気を与えていく。
 刻一刻と様相を変えていく戦場に合わせ、ヴァルデマールは騎乗している召喚獣を駈り、巧みに射線を捉えていた。手にした弓は重く、並みの者であれば前線で扱うには適さぬ代物ではあったろうが、馴染んだ得物を彼は易々と取り扱う。極楽鳥を正眼に捉えてから僅か二秒、放たれた矢は吸い込まれるように敵の右胸を貫いた。
 白鳥は死の際に美しく鳴くというが、これもその類なのかもしれない。響く悲鳴は、おぞましくもなぜだか心地よい。血にまみれた裸身をくねらせ、極楽鳥は逃れんと激しく身悶える。
「なるほどね、これはなかなか……」
 油断なく穂先を突きつけつつ、キョウはじりじりと間合いをつめていく。間近でみる極楽鳥の容貌はなるほど、ただの人間であれば美人と言えた。彼は肌を刺す緊張のなかで、知らぬうちに口元を綻ばせていた。
「ばっか、ソイツもう動けるぞ! 気をつけ……ろっ!?」
 徐々に包囲陣を狭めていく冒険者たち。そこへルビィの声が響く。彼女の警告が消え入るよりも前に、極楽鳥は地を蹴って空へと逃れ――そして、代わりに忌むべき光の線条が大地に残された。
「そんな所にいないで、こっちで俺と遊ぼうよ」
 巨大な円を描き振り下ろされたキョウの羽刃が、極楽鳥の片脚を砕いた。極楽鳥は体勢を崩すが、それでも浮遊は止まらない。身を穿つ光柱から身を翻したキョウの後を補うように、シーナが駆けつけ雷火を抱く槍の先端を突き込む。
「さんざん焦らしてくれたんだ、もう少しゆっくりしてけよ」
 研ぎ澄まされた刺突は確かに手痛いダメージを与えたはずだが、動きを抑えるには至らない。
 暁光に満ちる空へと昇りつめる極楽鳥。このまま逃してしまうのか、と冒険者たちの心中に焦りが浮かぶが、いま再び煌いた薄紫の空がそれを阻んだ。流星の如く落ちゆくそれは、オルガの放った光矢の雨であった。
 一度地に足をつけた段階で、すでに勝敗は決していたのかもしれない。往く手を塞がれ、極楽鳥は地表を滑空しなんとか追撃を逃れようとする。視線は前だけを見つめ、追撃してくる漆黒の影に気づかない。ユズリアの薄桃の口唇から短い気が漏れ、鋒鋩が朝靄を乱すことなく宙を裂き、極楽鳥の翼を切り飛ばした。
 声にならぬ声とでも言おうか。悲鳴が山間に木霊し、大気を震わせる。舞い散る色鮮やかな羽の合間を縫って、ヴァルデマールの射た追尾の矢が、艶かしい稜線を描く背を貫いた。彼の目には喜びも悲しみもなく、それは言うなれば、ただ冷徹に獲物を見据える狩人の目であった。
「逃がしゃしねーっての」
 そう、それはすでに敵ではなく、獲物であった。
 縦深した前線に追いつくべく、ルビィは傍にいたレイを召喚獣に同乗させると、狩るべき獲物目掛けて真っ直ぐに駆けた。彼女らの先を駆ける者がもう一匹。
 ハナが紋章術で呼覚ました魔が律する銀の狼だ。奪った命の償いを、か細い娘の代わりに執行する獣は、今まさに崖より人の踏み込むことのできない絶壁の彼方へと逃れようとしていた極楽鳥を捕らえ、地面へとひれ伏せさせた。
 召喚獣より飛び降りたレイは、振り返った極楽鳥の瞳を見た。そして、化生の瞳の中に映った自身の姿を見た。幻影にぶれた槍の突端が、細い喉を打つ。先端を覆われた槍は血を生まぬが、彼女は自身の手が目の前の存在の生命を砕いたことを知った。
「……」
 慣性に従い、極楽鳥の身体は急勾配の山麓へと落ちていく。それが残したものは無数の極彩色の羽。舞い散るそれは山稜の彼方より顔をだした陽光に照らされて、光の雨の如く冒険者たちの頭上に降り注いだ。


「う〜ん……やっぱり女性は清純で清楚なほうが好みかも」
 自身が派手好みゆえの嗜好か、それとも共に戦った女性陣への配慮か、包帯を巻かれた腕を撫でさすりながら、キョウは白い歯をこぼした。
「そうだな。せめてモンスターじゃなかったらなぁ……別の形で出逢いたかったものだ」
 手袋を外した手で前髪をかきあげると、シーナが同意した。汗で冷えた身体を暖めるために焚いた火に、枯れ枝を放り込みつつ、大人二人は苦笑いをする。
 が、「おまえらナニ鼻の下伸ばしてんだよ……」と、ルビィがわざとらしく咳払いしてみせると、彼らは肩をすくませ縮こまった。
 焚き火の傍らに腰を下ろすと、ルビィはその場に落ちていた羽を拾い上げ、朝陽に透かした。
「……でも、ま。たしかにな」
 相手はモンスターであり、自分たちは冒険者。逢えば命のやり取りをせねばならない関係に、彼女も少なからず思うところがあるのかもしれない。影のない笑みを浮かべたその顔からは、心中を探ることはできなかったが。
「次に生まれ変わることができたなら。今度は自由に風を切れる鳥になれたら……いいね」
 オルガもまた、黄金色に輝くひとひらの羽を手にし、空を見上げた。表情は穏やかで、そしてどこか憂いを帯びていた。手を伸ばせば届きそうな近しい蒼穹には、彼女の瞳と同じ色をした大きな鳥が悠々と泳いでいる。
「さ、もう帰ろうぜ。朝に寝るのも乙なもんだ」
 大きく伸びをしたルビィが笑う。そして、いい夢見ろよ、と小さく口の中で囁いた。
 帰路についた冒険者たちを迎えるのは、暖かな陽光。偽りならざる光のなかを、冒険者たちは各々の帰るべき場所へと、戻っていった。


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作成日:2008/09/04
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