氷鱗宮の妖姫



<オープニング>


●氷鱗宮ソリュルコテュール
 涼やかな風に揺れる若草色の梢からは、柔らかな色合いの木漏れ日が零れて落ちる。
 蒼く霞む高峰から雪解け水が流れ込む湖は、澄んだ薄藍の水面に穏やかな細波を立てていた。
 夏の避暑地として近隣の人々の愛される高原の地、ソリュルコテュール。
 彼の地が愛される最たる理由は、湖畔の山肌に口を開けた美しい洞窟にあった。
 氷鱗宮という名を冠されたその洞窟は、凛と透きとおる氷に包まれた天然の氷窟である。
 避暑に訪れる人々は氷窟から採掘される氷を楽しみ、また氷窟そのものの美しさをも楽しんだ。
 洞窟を形成する艶やかな黒を帯びた岩壁幾重にも重なり合った薄氷に覆われている。一片一片が薄い扇の形をしたそれは『氷鱗』と呼ばれ、灯りを燈せば無色透明なはずのそれが蒼とも翠ともつかぬ光を帯びるのだ。氷が齎す凛と澄んだ冷気の中、幻想的な輝きが揺れる様は、夢の如くに美しい。
 氷鱗宮の奥には美しい遺跡が眠っている――そんな噂が、まことしやかに囁かれるほどに。

 氷窟奥の厚い氷壁の一部が崩れ、その先に大きな空洞が発見されたのは、夏のある日のこと。
 けれどその空洞で真っ先に見出されたものは、氷で形作られた乙女の姿を持つ魔物。
 魔物討伐の依頼はすぐさま霊査士へと齎されたけれど――。
 氷鱗宮へ向かった冒険者達は、氷上に舞う氷の乙女に敗北を喫した。

●氷鱗宮の妖姫
「――腕に自信のある方を」
 依頼に関するものと一目で判る羊皮紙の束を抱えた藍深き霊査士・テフィン(a90155)は、酒場を訪れるなりそう告げた。冒険者を退ける程の魔物に再度挑むのだ。生半可な腕では務まらない。
「相手は……とても、とても強力な魔物。その能力の特性もあって、力や経験の足りない方では足手纏いにしかなりませんの。経験と研鑽を重ね腕を磨き上げた方が揃い、充分に策を練って全力で臨むことで初めて――『確実に勝てる』と言える、相手」
 この依頼を請けるか否か。
 説明を聞き、先日の依頼の報告書を読んだ上でじっくり考えて欲しいと霊査士は語った。
 依頼を請けるだけでは意味がない。それを成功させて初めて、冒険者は民の盾たり得るのだ。
 己の力量に合った依頼を見極めること。
 それも――冒険者として最も大切な資質のひとつなのだから。
 霊査士は冒険者達の顔を見回し、再び齎された依頼の説明を始めた。

「氷鱗宮と呼ばれる洞窟の奥、厚い氷壁が崩れたことで繋がった大きな空洞に、氷の彫像を思わす乙女の姿をした魔物がいますの。皆様には、この魔物の討伐をお願い致します」
 氷壁が崩れて出来た穴から入るその場所は、高い天蓋と広い空間を持つ空洞だ。
 氷鱗に覆われ天蓋にある亀裂から淡い陽射しが入るその空間は、そこに至るまでの洞窟よりもひときわ美しい場所であるという。空洞の主であるかの如く振舞う氷の乙女は、空洞の外にいる者に興味は持たず、空洞の外に出ることもない。――少なくとも、まだ今は。
「平時は攻撃性を持たず、己のテリトリーを侵す者にのみ攻撃性を向ける……そういう性質を持った魔物。今は空洞のみが氷の乙女のテリトリーですけれど、空洞が外部と繋がった今、いつそのテリトリーが外へ『拡大』されてしまうか判りませんから……出来うる限り早期の討伐が、必要ですの」
 未だ被害が出ていないことこそ僥倖なのだ。
 空洞から出て来ない相手とはいえ、早急な討伐が求められていることに変わりはない。
「この魔物の能力は……とても厄介で、とても強力なもの」
 相手の力量を確り見極め、充分に策を練って全力で臨んで欲しい、と霊査士は繰り返した。
 厄介なのは、敏捷性と回避性に極めて優れていること。
 余程反応力を磨き上げた者でなくば先手を取ることは叶わず、生半可な攻撃では乙女の肌をを掠ることもできないだろう。
 強力なのは、状態異常を齎す範囲攻撃と鎧をも貫く単体攻撃だ。
 風に舞う如き軽やかな動きが生み出す力の波は、敵の命を削り術の行使を封じ込めるもの。
 齎される痛手は経験を積んだ冒険者なら然程の脅威ではないが、この波の強みは弓と同等の長射程にある。空洞の中央で乙女がこの技を使った場合、攻撃範囲は空洞全体に及ぶのだ。
 そして、乙女が氷上に舞うことで降る氷の雨は、敵を貫きその体を深い氷に閉じ込めるもの。
 射程は術士の術と同等程度だが、攻撃範囲が絞られるためか力の波よりも威力は強い。心も体も閉ざしてしまう氷の縛めもかなり深いものであるという。
 最後に、雨で凍りついた者を容赦なく貫く乙女の腕。
 範囲攻撃であればグリモアの加護で威力は半減されるが、単体を狙うこの攻撃ではそうは行かない。乙女は氷の腕を錐の如く変化させ、深い氷ごと敵の身体を貫くのだ。この攻撃に鎧は意味を為さない上、余程耐久力に優れた者でなければ一撃で戦う力を奪われる程に――鋭い。

「侮ってかかることは命を捨てるようなもの。相応の覚悟と力量を持ち、全力で臨んで頂ける方にお願いできればと思いますの」
 相手は非常に強力な――冒険者が一度敗北を喫した魔物ですから。
 霊査士は声音を強めてそう告げて、改めて冒険者達の顔を見回した。


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参加者
魔戒の疾風・ワスプ(a08884)
錦上添花・セロ(a30360)
終焉を綴る少女・テルミエール(a33671)
灰燼・ティーフェ(a35938)
物語・メロス(a38133)
光纏う白金の刃・プラチナ(a41265)
ペトルーシュカと三つの断章・ラグゼルヴ(a51704)
白い珍獣・メルルゥ(a51958)


<リプレイ>

●氷鱗宮の妖姫
 淡く透きとおるような緑の香と、凛と涼やかな水の香を纏った風が高原の地を渡る。
 清涼な秋の気配を帯び始めた風にさざめく湖のほとりには、夏と変わらぬ洞窟の姿があった。
 氷鱗宮と呼ばれるその洞窟の奥、崩れた氷壁の先に広がる空洞には――氷の乙女の姿をした魔物がいる。夏の終わりに見出され、討伐に訪れた冒険者達をその力で退けた魔物は、美しい氷鱗に覆われた空洞に今も変わらず佇んでいるはずだ。
「このまま、だなんて……とても癪でしょ?」
 幾重にも重なる薄氷が淡やかな光を孕む洞窟の中、囁くように紡がれたペトルーシュカと三つの断章・ラグゼルヴ(a51704)の声音は、深山の泉に広がる波紋の如く密やかに響く。
 蒼とも翠ともつかぬ氷鱗の輝きが波打つように揺らめいて、その様がまるで彼の言葉に応えるかのようだと思いつつ、錦上添花・セロ(a30360)は「ええ」と小さく相槌を打った。先日の討伐依頼で苦汁を嘗めたのは彼も自分も同じ。けれど魔物に対する腹立たしさよりは、依頼を果たせなかった己に対する自責の念の方が強かった。
 今度こそは必ず――彼女に、永遠の眠りを。
「もうそろそろ……かのぅ?」
「そうですね、もう間もなくかと」
 氷鱗宮を知る者へ光纏う白金の刃・プラチナ(a41265)が確認を向ければ、やはり先日の討伐依頼に参加していた灰燼・ティーフェ(a35938)が浅い頷きを返す。彼の言葉どおり冒険者達は程なく洞窟の奥へと辿り着き、厚い氷層の一角に崩れた箇所を見出した。
 氷壁に開いた穴の奥には、天蓋の亀裂から淡い陽射しが幾条も射し込める氷の空洞。
 蒼と翠を帯びた虹色に氷が仄光るその空間に――乙女は、いた。
「……大丈夫、みたいだね」
 警戒しつつ空洞内の様子を窺ったラグゼルヴが短い安堵の息をつく。氷の乙女は未だ空洞のみを己のテリトリーとしているらしい。つまり、空洞に入らなければ彼女は攻撃を仕掛けてこないのだ。
「引き受けるぜ、セロ」
「はい、此方も」
 魔戒の疾風・ワスプ(a08884)とセロが互いに守りを誓い合い、猪突妄進・スズ(a02822)とプラチナが手早く皆に鎧聖降臨を施していく。戦闘開始前に支援の術を準備万端整えておける機会などなかなかないが、この状況でならそれは可能だ。
「どんな冒険も恐れない、それがメルルゥなぁ〜ん」
「頼りにしておりますのじゃ」
 白い珍獣・メルルゥ(a51958)とプラチナも互いに守りを誓い、黒炎覚醒を用意した者達が力ある炎を纏う。終焉を綴る少女・テルミエール(a33671)が誓いを持たぬ者達の傍らに守護天使を降ろした。
 氷壁の穴から空洞を見遣れば、射し込める光の中で凍れる乙女が天頂へと腕を差し伸べている。
 意思など持たぬはずの舞姫の顔にふと翳りの色を見た気がして、プラチナは小さく頭を振った。
「――それでは、氷の姫に平穏なる眠りを」
 彼女の合図と同時に、冒険者達は氷の舞姫の待つ空洞へと突入する。
 途端、空洞の中央に立つ乙女が冒険者達へ向け氷の薄紗を翻した。
「来たわね!」
「大丈夫、行けます!」
 空間全体に及ぶ封術の力の波を受け、深緑・メロス(a38133)が反射的に瞳を眇める。
 だが空洞の片隅に立つ塔の召喚獣の加護でテルミエールが即座に意識の集中を取り戻した。
 心を研ぎ澄まし戦況の把握に努める彼女の反応は仲間の誰よりも早い。彼女の祈りで封術を振り払ったメロスがすぐさま力強い癒しの旋律を響かせる。
 氷上の乙女を目掛け真っ先に駆けたのは、ダークネスクロークで力をいなしたセロと突入直前に整えた足捌きで波を回避したティーフェ。皆も即座に続いたが、此方の攻撃が届くよりも先に第二波が来ることは前回の経験で判っている。
 氷の薄紗が再び宙を舞い、封術の波動が冒険者達を呑み込んだ。
 だが間髪入れずテルミエールが祈りを捧げメロスの歌声が痛手を拭い去る。既に乙女の間近にまで迫っている者達にまでは彼女達の力も届かなかったが、距離を詰めていた紫晶の泪月・ヒヅキ(a00023)が幸運の力で空間を支配し、スズが癒しの歌を最前衛に響かせた。
 咄嗟に盾を構え波を払い除けていたセロとワスプが、機を併せて乙女へ襲い掛かる。
「仕掛けます!」
「頼むぜ!」
 槍を突き出したセロが大きな弧を描くように穂先を揮えば、それを避けんとした乙女が後方へと跳躍、その一瞬の隙を掴んだワスプが指の間に生み出した禍く札を奔らせ――透きとおる乙女の脚に黒々とした不幸の烙印を刻み込んだ。
 この衝撃で乙女は体勢を崩したが、彼女は荒ぶる気合と共に叩き込まれた巨大なメルルゥの刃を紙一重で躱し、力ある炎を纏ったプラチナが撃ち出した炎の直撃を氷の薄紗で阻む。
「ラグゼルヴ様! 銀狼で挟み撃ちを!」
「了解、試す価値はありそうだね!」
 幸運の領域と祈りの加護で封術を退けたティーフェとラグゼルヴが、其々輝ける紋章陣を中空に描き出す。僅かにタイミングをずらして、銀光纏う二頭の獣が解き放たれた。
 右方より飛び掛ってきた狼を乙女が薄紗で払い除けた刹那、もう一頭の獣が彼女の左脇腹に深々と喰らいつく。三つ頭の蛇の息吹を纏った狼は、そのまま氷の乙女を氷上へと組み伏せた。
 衝撃でひび割れた氷から細かなかけらが舞い上がる。
「先手はあげたけど……もう翻弄されてあげる積もりは無いよ」
 輝きながら散る氷のかけらを薔薇咲く手套に覆われた手で払い除け、ラグゼルヴは薄い笑みを口元に刷いた。

●氷鱗宮の光影
 遥か高みにある天蓋からは淡い陽射しが光の帯となって射し込める。
 空洞の岩壁を覆っている幾重もの氷鱗が帯びるのは、蒼と翠に透きとおる虹色の光だ。
 夢幻を誘う光に満ちた氷の空洞の中央で、氷の彫像としか見えぬ華奢な乙女が銀に輝く狼に組み伏せられている様は、神話の一場面を描いた荘厳な絵画を連想させる。
 黒き烙印を捺され、蛇の息吹を纏った獣に組み伏せられた乙女の縛めは深い。
 だがその光景に見入る余裕などないことは、この場の誰もが弁えていた。
 乙女が縛めを振り払った瞬間に――恐らくは本番が始まるはずだ。
「今の内に……!」
 終末への鍵たる杖に導かれ、テルミエールの魔力が守りの誓いを持たぬ者達の傍に天使を喚ぶ。
 術の数が心許なくなってくれば祈りの継続を優先させる心積もりであったが、未だ余裕のある今なら皆の護りを厚くすることを最優先にする。
 万全な護りを受け、攻撃手達は機を併せて乙女へと襲い掛かった。
 だが、拘束されていても全ての攻撃が命中するわけではないのが厄介だ。
 セロが繰り出した槍と螺旋の力を乗せたワスプの突撃は乙女に当たらず、プラチナの撃ち込んだ炎の蛇も然程の手応えは得られない。しかし、炎の蛇が爆ぜた瞬間を狙ったメルルゥの一撃は乙女の肢体で強大な闘気を爆裂させた。爆発を目眩ましに奔らせたラグゼルヴの虚無の手も、確り乙女を捉え氷の肌を深く抉る。
 確実な連携を整えた上での波状攻撃の手応えは確かだ。
 冒険者達は気を緩めることなく攻勢を重ねたが――やがて、その時が訪れる。
 凛と透きとおる氷の脚に刻まれた黒き印が、まるで何事もなかったかの如く掻き消えたのだ。
「不幸状態、解除されました!」
 誰よりも早くそれを見て取ったテルミエールが鋭い声を上げる。同時に揺らめく黒炎を紡いだ炎撃を撃ち出し、波状攻撃の起点を生み出した。蛇の息吹を融合させた銀狼と虚無の手の効果は未だ健在だが、不幸の烙印が消えればそれらが解かれる可能性も高くなる。
 乙女の脇で炎が爆ぜた瞬間にワスプが禍き札を放つが、天蓋から降る光を切り裂き奔った札は乙女の上腕を掠めて霧散した。だが彼女の意識がそちらへ逸れた隙にセロが繰り出した槍の穂先が、氷上に鮮やかな薔薇を咲き誇らせる。
 硝子めいた氷のかけらと鮮麗な花弁が舞う中、メルルゥが渾身の力を込めたナタを叩きつけた。
 純然たる闘気とプラチナの炎撃の爆発が立て続けに起こり、そこへラグゼルヴがすかさず虚無の手を奔らせる。冷たい影の爪が乙女の滑らかな肌を裂く合間に、ティーフェは気の刃を練り上げた。
 氷の舞台で眠りについていた舞姫。
 静寂の眠りを二度も妨げられて、彼女がこのまま再び眠りに戻ってくれるとは思えない。
 ――だからこそ。
「舞姫の舞台の幕を、下ろしに来ました」
 淡く射し込める陽射しと冷たい虹色の輝きを切り裂いて、飛燕の翼が氷の身体を幾重にも抉った。
 透きとおる乙女の身体に僅かな亀裂が走る。
 だがその刹那、凍れる舞姫は大きく薄紗を舞わせて銀の獣を払い除けた。
 宙に煌きの軌跡を描く薄紗と共に乙女が舞えば、陽射しの中に忽然と現れた氷の雨が冒険者達へと降りそそぐ。全身を鋭く貫いた氷の針は、その魂ごと獲物達を凍りつかせていった。
 けれどテルミエールの従えし獣の柱が、深い氷を打ち砕く。
「ワスプさん!」
「行けるぜ!」
 氷を振り払った彼女が即座に祈りに入ったのを感じつつ、氷の雨の凍気を防いだセロと蒼き外套を翻す召喚獣に護られたワスプが真直ぐ乙女へと向かった。細かなひびが幾筋も奔る氷の床へセロの槍が突き立ち、間一髪で氷を蹴った乙女の身体が宙を舞う。美しく撓る華奢な肢体が一回転して着地した瞬間、鋭く光を切り裂いたワスプのカードが乙女の胸元を深く抉るように突き立った。
 滑らかな曲線を描く氷の胸に不幸の印が刻まれて、透きとおる肢体に放射状のひびが生まれる。
「手応えあり……ってことか」
 敵が受けている痛手の蓄積があからさまになったことで、メロスの口元にも微かな笑みが浮かんだ。だが無論気を緩めるつもりはない。皆を確実に支えるべく、槌を握り深く深く歌声を響かせていく。
 天へ響かせるような常の声音ではなく――
 皆の足元から力を奮い立たせるような、大樹を支える大地の響きにも似た、声を。
 願いの力を重ねたメロスの歌は圧倒的なまでの癒しで皆の傷を拭い去る。
 だが気合を癒しに乗せるこの術では、テルミエールの祈りで砕けなかった氷を払う力はない。
 ラグゼルヴの意識は氷に閉ざされ、メルルゥもまた深い氷の縛めから逃れられずに居た。
「いかん!」
 乙女の挙動を悟ったプラチナが炎の蛇を放ち、ティーフェが紋章陣から銀狼を撃ち出すも、それらの攻撃はあっさりと払い除けられる。メルルゥ以外と心を重ねていない彼女とでは、微妙に連携が取りづらかった。
 氷の薄紗で炎と狼を散らした乙女が、透きとおる腕を鋭い錐へと変化させる。
 揺らめく光を払うように腕を揮った乙女は、氷上の舞台に立つ誰よりも速く地を蹴った。

 冷たく輝く氷の錐が、魔氷ごとメルルゥの胸を刺し貫いた。

●氷鱗宮の解放
 鮮やかな紅の血飛沫が散り、氷の上に真紅の華を咲かせていく。
 鋭い錐と化した乙女の腕は未だメルルゥの身体を刺し貫いていたが、氷に包まれた彼女の身体は未だ力を失っていなかった。守りを誓ったプラチナが、痛手の一部を引き受けたからである。
 即座に状況を把握したテルミエールは、残る魔氷を砕くべく清らな祈りを天へと捧げた。
 身体の自由を取り戻したメルルゥは得物を握り締め、自身の胸を貫いている魔物へと一瞬の躊躇もなく、瞬時に闘気を凝縮した刃を叩き込んだ。
「敵が強ければ強いほど、全力でぶつかるだけなぁ〜ん!」
 至近距離で揮われた骨のナタは乙女の肩へと叩きつけられて、氷の空洞全体をも震わせる程に凄絶な爆発を巻き起こす。鍛え上げた鋼を打ち合わせたような音が大きく響いて――錐と化した氷の腕が、乙女の肩口から、砕け散った。
「行ける……!!」
 砕けた乙女のかけらはまるで水晶の如く光を弾きながら氷上に散る。
 その様に確たる勝算を見たメロスは、高揚する心のまま更に力強く癒しの歌を響かせた。
 凍てつく雨にも鋭き氷槍にも、戦友達の意志を凍てつかせ打ち砕くことは叶わない。
 私が叶わせない。
 不屈の身を癒し、熱き魂を讃える歌を。
 揺るがず――謳い続けてみせる。
 互いに誓いを守り合った二者のうち一者が攻撃を受けた場合、互いに受ける痛手は半々とはならない。攻撃を受けた者がより大きな痛手を受けるのだが、圧倒的なメロスの癒しなら、両者の傷を一度で癒すことが可能だ。回復の手間が一度で済むというこの利点は、大きい。
 間髪入れず繰り出されたセロの槍を乙女は身を捻って避けたが、その際彼女に生まれた死角をワスプが見逃さない。一瞬のうちに地を蹴った彼は、身の内に漲る生命力を螺旋へと変え、強大な威力でもって乙女の脇腹を大きく抉り砕く。
 氷の肢体へ瞬く間に無数のひびが奔り、乙女の上体半分が崩れ落ちた。
 真直ぐに迫り来るプラチナの炎撃を乙女は跳躍で避けたが、跳躍の瞬間を狙って放たれた銀狼に左右から襲い掛かられて、乙女はそのまま氷へと叩き付けられる。獣に組み伏せられた乙女の肩胸には、未だ不幸の烙印が息づいている。
 勝利を確信したティーフェが、嗚呼、と吐息を洩らした。
 護りを確り整え波状攻撃の担い手の減少を防いだことも大きいが、何より違うのが火力だ。全身に螺旋の力を与え突撃するワスプや、限界まで闘気を凝縮した刃を叩きつけるメルルゥのように、積極的に大ダメージを狙っていく者がいたことが戦況に大きく貢献している。
 再び天使の護りを得て、冒険者達は容赦なく乙女へ攻撃を畳み掛けた。
 幾重にも揮われる技が確実に乙女の身体と命を削っていく。
 砕けた氷のかけらが光のなかに散り、ひときわ眩い虹の輝きを残して落ちていく。
「……此処に留まる間に早く倒れてほしいな。外は君には不釣合いなんだから」
 綺麗な場所で綺麗に散って欲しくて、ラグゼルヴは影から虚無の手を奔らせる。
 異界の力を凝らせた影の手が乙女の片足を握りつぶした――が。
 刹那、最早身体半分を残すのみとなった乙女が銀の獣を払い除けた。
 残る片腕が、美しい弧の軌跡を描き出す。
 同時に、これまでにないほど凄まじい氷の雨が冒険者達に叩き付けられた。
 だが、乙女が最後の力を振り絞ったような雨の中からもテルミエールが即座に氷を払い除ける。
 たった今降った雨は体力に劣る者を昏倒させるほどの威力を持っていたが、彼女の招来した守護天使がそれを救った。そして、乙女の動きの直後に捧げられる祈りこそが、何よりの福音となる。
 魔氷に捕らわれても、祈りが即座にそれを砕けば皆の行動にロスはない。
 すぐさま響き渡ったメロスの歌声が、倍の威力で身を抉った氷の針の傷をもたちどころに癒していく。即座に地を蹴ったワスプの攻撃を乙女は渾身の力を振り絞って回避したが――
 一瞬生じた隙を尽き、残像を従えたセロが乙女の死角から鋭い槍を繰り出した。
「……お休みなさい」
 永遠の眠りの中は、きっとこの氷の舞台よりも暖かだから。
 乙女の脇から喉を貫いた穂先に淡い陽射しが落ちて、鈍い煌きを奔らせる。
 一瞬の間を置いて、氷の乙女の身体は粉々に砕け散った。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2008/09/12
得票数:冒険活劇1  戦闘16 
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