<リプレイ>
●神秘の森へ 「きっと妖精さんの世界の入口に違いないよ。妖精さんの世界で歌っている声が漏れてるんだよ」 それが、「歌うキノコ」に関する看板娘の妖精さん・フェリス(a01728)の仮説であった。いわく、キノコの輪は妖精の踊った跡。その輪をくぐって妖精の世界へ行くことができるかもしれない――。 その真偽はわからねど、不思議な現象には違いない。 「フラウウインドじゃ今さら驚くほどのことでもないんだろうが……あいかわらず、面白い土地だ。しかし、キノコが歌うって、一体どこから声出しとるんだ?」 波寄・ズイメイ(a69144)の疑問に、鈴花雪・ソア(a32648)は、もしや人面キノコ……と、いささか怖い想像をしてしまった。たとえば低い歌声は厳めしい男の顔で――と、なんとなく、海風の追人・モーリ(a90365)へ目を遣る。その仏頂面似のキノコを思い浮かべてしまった。 「?」 なにか? と、モーリと目が合う。 「あ。いえ……。そういえば、天候はどうでしょうか?」 とりつくろうように訊ねると、モーリはフラウウインドの空を眺めた。 「雨は降らんと思うが」 なら安心だ。今宵は月夜。キノコの歌声を聞くことができるだろう。 幾多の探索チームが分け入ってもなお、まだまだ未踏地の残る森の中を、理の記憶・エニル(a74899)の方位磁針を頼りに、一行は進んだ。 霊査士の話では、この地の危険生物の一種であるスカイタキシードがかれらを待ち受けているだろうという。 かつて同盟の冒険者で初めてその生き物に遭遇し、博物誌に記録した冒険者の一員であるズイメイが加わっていたのは心強い。かれらがどのように木々の間を泳ぐのか、どんな鳴き声だったかを、ズイメイは先の冒険を思い出しつつ語った。 空中を泳ぐシャチの姿をもとめて、太陽と大地の狭間に・ミシャエラ(a66246)が遠眼鏡をのぞきこむ。 不意打ちを受けることのないよう、警戒しつつ進むことしばし。 ふいに、鳥の声がやんだ。 かすかな木の葉のざわめきは、風か、それとも――。 冒険者たちは目を見交わす。木々の間に、垣間見える白と黒。 「すこし戻れば、開けた場所が」 ズイメイが囁いた。 足早に移動する。あらかじめ打ち合わせたとおりの陣形へ。敵襲に備え、笑うっきゃねえな・オウオウ(a73949)が愛用の弓に手をかけた、まさにその瞬間、空を泳ぐシャチたちが梢より躍り出てくるのだった。
●空泳ぐ牙 かッと開けたあぎとに、ずらりと並んだ牙を見るまでもなく、それが獰猛な生物であることはあきらかだった。いかなる力によってか、波間をくぐるように、艶のあるツートンの肢体がしなやかに宙を舞う。 その中空に、輝く紋章が浮かび上がった。 迸る幾条もの光線は、穏かに流れ往く・マシェル(a45669)によるエンブレムシャワーの先制攻撃だ。 光の雨の中を、きらめく狼が奔る。エニルが気高き銀狼で、先頭の1体をねじ伏せた。 「ここは通してもらいます!」 ソアの紅蓮の雄叫びが、フラウウインドの森に響き、前列のスカイタキシードの動きを封じた。彼に背をつけるようにモーリが立ち、身構える。宵闇悲譚・エーベル(a57840)が鎧聖降臨の加護を身にまとい、防具を変化させた。冒険者たちは円陣を組み、空中からの攻撃に備えている。 マヒや拘束を受けなかった、あるいはそれを振りほどいたスカイタキシードが、大きな口を開けて、甲高い声で鳴いた。思わず耳を覆いたくなるような声だ。そしてそれはただ不快なだけでない。エーベル、ミシャエラ、モーリは、声を聞くなり、自分の体の自由が奪われるのを感じた。 敵をマヒさせ、一気に攻撃を仕掛けるのがスカイタキシードたちの狩りの方法だ。かれらは最初の獲物にエーベルを選んだ。 「落ち着いて。すぐ解きます」 エニルが静謐の祈りに入る。 そして、そのときすでにオウオウは、弓を引き絞っていた。 「攻めも守りもタイミングが肝要ってヤツさ……なっ!」 放たれるはヒーリングアロー。癒しの矢は、敵の攻撃を受けたエーベルに助けをもたらす。先に自身で用意した鎧聖降臨の効果もあり、怪我は軽い。 さらには、フェリスのヒーリングウェーブがあって万全である。 マシェルはエンブレムシャワーを降らせ続ける。 容易に仕掛けられず、シャチたちは冒険者の円陣の周囲をぐるぐると隙を求めてめぐってばかりだ。 一匹が、合図でもするように鳴く。 すると指揮されたかのような動きで、流れるように踏み込んでくる。かれらは生まれながらにして優れた狩人だった。それを侮るものがいたら、そのものはフラウウインドの森に無残な骸をさらしたことだろう。 だが、その牙が冒険者たちに届く前に、桃色の矢が飛来する。ミシャエラの射かけたハートクエイクナパームである。 炸裂する爆発は、ダメージを与えない。そのかわり――、シャチたちの2匹ばかりが、その身を翻して仲間に襲いかかったのである。魅了による同士討ちだ。 魅了を免れたタキシードが、まるでその仕打ちに憤るかのようにまっしぐらに向かってくる。エーベルが影縫いの矢を放って、その一匹を空中に縫い止めた。 「仲間を傷つけたくなければ――」 食らいついてきた一匹の攻撃を受け止め、ソアが剣に闘気を込めた。 「どいてください!」 破鎧掌の一撃に、敵が吹き飛ぶ。 ズイメイが、天頂へ向かって矢を放つ。それに応えて降り注ぐジャスティスレインに、シャチたちの体が射ぬかれていく。魅了された個体は、まだ同志討ちを続けていた。ペインヴァイパーの力を得て放たれたアビリティの効果は振り払うのが難しい。 オウオウのナパームアローが、爆炎に敵をまきこみ、最初の一体を屠った。 傷つきながらもかろうじてながらえた一匹へ、モーリが腕をふりあげる。ワイルドキャノンの構えに入ったところで、 「待って」 と、マシェル。 見れば、その一匹は、ほうほうのていで逃げ出す体勢のようだ。 「大勢は、決しましたか」 エニルが言った。 倒れた一匹に、満身創痍の一匹。そしてあとはいまだ攻撃してくる仲間から逃げて、森の、別の方角へと……。強い結束で森のハンター集団として勇名を馳せるスカイタキシードは、その連携を崩されることで瓦解した。 冒険者たちは、探索の途上の障害を、かくして、退けたのである。
●月下の合唱 「オゥ、こんなもんでいいか?」 オウオウが、テントを張り終えると、仲間たちを振り返った。 スカイタキシードを撃退した一行は、さらに森の奥へと歩みを進めた。 そして、ついにその場所へたどりついたのである。 直上は開けてはいるが、周囲を高い木に囲まれた森の中――子どもの背丈ほどもあるキノコの群れが群生していたのだ。 なるほど、ヒトヨタケに似た、ほっそりしたしなやかな柄で立ち上がり、その上に山型の笠が乗っている。色合いは、赤みがかった灰色だ。 ほっとしたことに、少なくとも人面ではなかった。 しかしそうなると、どこからどうやって声を出して歌うのかという疑問がわき起こる。 その謎を解くには――月の出を待たねばなるまい。 かくして、野営の準備が行われているのであった。 マシェルとエーベルが事前に準備し、持参した野営用の食糧を配ってくれた。 エーベルが持ってきたのは魚の干物。用意周到なことに酒も(そして果実水も)あるのだった。ついでだとばかり、彼はあたりを見まわって、木の実や山菜まで集めてきた。長年、森に暮らしてきたせいか、手慣れたものである。 あらかた野営の支度がととのい、日が暮れるまで休憩するか、となった頃――。しかし、フェリスだけはひとり、熱心に、キノコとその周辺を調べ回っているのだった。 「ん〜、どこかに……どこかに妖精さんの世界の入口があるはず……!」 その情熱はどこからくるのか。這いつくばるようにして、草をかきわけ、キノコが生える土の様子まで調べる。日が傾くまで泥まみれになって頑張ったフェリスだが、残念ながら目的のものを見つけ出すことはかなわず、肩を落とすことになった。 そのかわり、キノコが生える環境については、詳細な記録ができたのはもっけのさいわいというやつか。 やはりキノコらしく、木陰のじめっとしたところを好むようで、周囲の樹木が影を落とすあたりに円を描くようにキノコたちは列をなしていた(そのキノコの輪こそ妖精の世界の入口を示す証だとフェリスは力説していたのだが)。地面はやわらかな腐葉土で、水を含んでいる。キノコが育つにはふさわしい土壌だと思われたが、そのくせ、完全に頭上が木の枝に遮られている場所にはあまり生えていないのは、やはり月光を求めるからなのだろうか。その答えは、じきにわかるだろう。……フラウウインドの森に、夜がやってきたからだ。
日がくれると、ミシャエラは燭台に火を灯し、ソアもランタンに火を入れた。 草むらでは虫がすだきはじめ、どこかでフクロウの声がする。 気がつけば、空にぽっかりと月が昇っていた。 ソアはランタンの火を絞る。すると、キノコたちが、まるで月の光に呼応するように、ごくうっすらと、青白い燐光のようなものをまとっているのが見えた。 そして――。 「あ……」 誰かが声をあげた。 しっ、と、別の誰かが制止する。 虫や鳥の声に、木々のそよぎも……、その瞬間、どこかに遠のいた気がした。 歌だ。 歌っている。 「なんて……」 うたれたように、マシェルは呟く。 これを神秘と呼ばずになんと呼ぼう。無数のキノコたちから、まぎれもなく声が聞えるのだ。 オウオウは近づいて、じっとキノコを観察した。 口はもちろん、音を出すような器官は見当たらないのだが、笠の内部からだろうか、音が聞こえてくるのである。 エーベルは、なにか意味のあることを歌っているのかと耳を傾ける。しかし、それはハミングのような、コーラスのような、あえて文字するなら「アー」とか「ラー」とかいった感じの声であって、言葉を発しているわけではないようだ。 ズイメイはあたりを歩きまわり、面白いことを発見した。 背の高い、のっぽなキノコからは高い声が、背の低いずんぐりたものからは低い声が発せられているのである。形によって出す声に違いがあるらしい。 そう思うと、大小さまざまなキノコが立ち並ぶ様子は、天然の楽譜だと言えたかもしれない。 エニルは、木箱からスケッチブックと色鉛筆一式を取り出し、やわらかな土の上に腰をおろして、傍らのキノコを描きとめようとする。不思議なその声までも、紙面に落としこむことができたなら――。 ほう、と息をついて、マシェルは夢から醒めたように、あたりを見回した。 青い月明かりの降る森の空き地に、群れ集うキノコたち。それらが一斉に、月光を受けて、歌声を夜空へと響かせている……。何を思って歌うのだろうか。この声は、誰に向かって放たれているのか。 リュートを手に取ると、彼女はそれを爪弾き始めた。 まるでキノコの歌に伴奏を添えるように。するとどうだろう。まるでその音を聞き取ったように、微妙にキノコが発する声の調子が変わるではないか。 「こりゃすげぇ……」 感心して、オウオウが言った。 「まるで声を合わせているようです」 ソアも驚きを隠せない。 発する声は、形状によって高さが変わるのはすでに見たとおりだが、そのとき、周囲の音を感じとって微妙に調子を変えるらしい。だから、群生するキノコたちの声は互いにハーモニーになって聞こえるし、伴奏が加わればあたかもそれに合わせて歌うかのようにも聞こえる。 「ずいぶん永く生きてきたが……自領の森では歌うキノコなどついぞ見なかった」 エーベルが感慨をこめて呟く。 これなら冒険者も悪くない。……戦乱により森を追われ、冒険者になった身を振り返り、彼は思った。 「どうだ、海にはこんな不思議なものがあるか」 モーリに訊ねる。 「いや……。こういうものは俺も……」 見たことがない、と言いかけたモーリの傍らを過ぎて、フェリスがキノコの輪の中へ。 「やっぱり妖精さんだよ!」 さきほどの落胆もどこへやら。不思議な歌声に、妖精の存在をあらためて確信したらしい。 「ね、まわりで踊ってみよう〜」 妖精が輪になって踊った足跡に、キノコがはえるのだという。 フェリスは踊った。月明かりの下、歌うキノコの声に導かれるように、心のままに踊った。 「きっと妖精さんも見てるよ」 屈託のない笑みに、ミシェエラも笑みで応えた。 「そうね。きっとそうだわ。……みんなもいかが?」 ミシャエラはモーリの手をとる。 「お、俺か。俺は……」 「これも調査の一環よ」 いたずらめいた表情を残し、月下へと――。 手を引かれては致し方なく、ぎこちなく、ミシャエラのステップを追うモーリ。 誰かが見ていたら、それこそ妖精の宴に出くわしたと腰を抜かしただろう。月の下、青白く光るキノコはどこか艶めいて。リュートの調べに重なる歌声。そしてその間を踊る影。 エーベルは酒を抜き、オウオウに勧めた。 ありがたく盃を受け、月に献杯。 それは秋の夜の、一睡の夢のような光景だった。
その夜は――遅くまで、酒宴のような有様になってしまった。 翌朝……、木漏れ日と鳥の声に起こされ、テントを這い出してきたエニルは、あっと驚いて、皆を起こした。 なんと、昨夜、あれほどたくさんあったはずのキノコの姿がまったく見当たらないのである。 文字通り、昨夜の出来事がすべて夢だったとでもいうように。 フェリスはむろん、これこそ妖精さんの仕業だと息巻いているが、そういえば、ヒトヨタケなら、成熟したあと、一晩で溶けて消えてしまうことがあることを、植物知識のある冒険者は思い出す。 そしてそうやって土に還り、再びまた生え出すのだと思い至り、あの歌は、キノコたちの命の賛歌であったのかもしれない、とエニルは思うのだった。
● 一連の調査結果を博物誌に記録するにあたり、命名の案が出された。 さまざまな案が出たすえに、この不思議なキノコは、月下の合唱隊――「ムーンクワイア」と名付けられることになった。

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参加者:8人
作成日:2008/09/24
得票数:ほのぼの13
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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