<リプレイ>
●フリーベル・ハウスの秘密 薔薇色の実をつけたラズベリーの垣根に囲まれ、甘やかなアプリコットオレンジの薔薇咲くアーチから望むフリーベル・ハウスは、今日も穏やかに冒険者たちを迎え入れた。 蛇退治を終えて受け取ってきた鍵を冒険者たちから手渡され、柔らかな輝きを湛えた白髪を品良く結い上げたフリーベル夫人は、ありがとう、お帰りなさい、と温かな微笑みと感謝を彼らに向ける。 「お初にお目にかかる。わしはエルヴィン、異形異貌の身なれどよしなに願いたい」 初見となる砂塵の騎獅・エルヴィン(a74826)や獣哭の弦音・シバ(a74900)の挨拶には、お会いできて嬉しいわと顔を綻ばせた。彼らソルレオンに会うのは恐らく初めてだろうが、客商売が長い夫人は旧同盟領の民には見慣れぬ風貌やエルヴィンの仮面にも動じた様子はない。 背に翼を持つわたゆきのはね・フィリシア(a71294)や、チキンレッグの自分を珍しがる様子もありませんでしたしね、と先日のことを思い返しつつ、無限の旋律を奏でる七色の音階・クロウ(a38657)は緩やかに開かれた玄関扉を潜る。 柔らかな色調で彩られた吹き抜けのホールは、今日も暖かな光に満ちていた。 「この場所があんまり素敵で──もっと知りたかったんです」 「あらあら、嬉しいこと」 顔馴染みとなった冒険者たちからの挨拶に笑顔で応えていた夫人は、空言の紅・ヨル(a31238)の言葉にも声を弾ませた。だがまずワイン蔵の探索から始めたいと伝えれば、夫人はあらあらまぁまぁと困ったように瞳を瞬かせる。 「私としては、まず硝子燈探しを手伝って貰えると嬉しいのだけれど……」 「大丈夫、そっちは俺たちが頑張りますから」 すかさず柳緑花紅・セイガ(a01345)が口を挟めば、みんなワイン蔵に行ってしまうかと思ったわ、と夫人はほっとしたように頬を緩めた。全員がワイン蔵探索を優先させていたら少し厄介なことになっていたかもしれない。夫人は改めてヨルへ笑みを向け、素敵なものを見つけてきてくれると嬉しいわと鍵を手渡した。葡萄畑の絵画から秘密のワインバーへと至る鍵だ。 「素敵な秘密、見つけてきますね」 「夢の宿を作るお手伝い、頑張ってきます!」 鍵を大切そうに握りしめてヨルが微笑めば、駆け昇る流星・フレア(a26738)も溌剌と笑ってみせる。 素敵なものが見つかればとっておきのお茶をお出しするわね、と微笑み返す夫人に頷いて、ワイン蔵の探索を担う冒険者たちは応接間へと足を向けた。 穏やかな陽の降る葡萄畑を描いた絵の前に立った風任せの術士・ローシュン(a58607)は、今度は手抜かりせんよと瞳を細めて薄手の布手袋を嵌める。 「では、館のご主人との知恵比べに挑むとするか」 絵画を開き、その後ろの壁に造られた樫の扉を開け、秘密の場所へと足を踏み入れた。
●秘密のワイン蔵 深い飴色の樫材で設えられたワインバーに射し込む光は、蜜を溶かしたような色を帯びていた。 隠れ家の風情を多分に纏った秘密の空間は、心をほっと和ませつつ期待感で浮き立たせるといった相反する作用を持っている。絨毯を端に寄せ市松模様に配された床板を動かし始めたヨルを手伝いながら、フレアはふふっと口元を綻ばせた。幾つもの小さな板をスライドさせていくこの作業は、何だかパズルめいていてとても楽しい。 「ここって夢が詰まっている感じがして、とっても嬉しくなっちゃう」 「何が見つかるのか……わくわくしますよね」 二人はあっと言う間に地下へと続く扉を見つけ出す。初めてここを訪れたエルヴィンが「なるほどの」と顎鬚を捻りつつ頷く様に微かに笑んで、持ち込んだカンテラに火を燈したローシュンは先頭に立って地下のワイン蔵へと降りていった。 煉瓦の壁に囲まれたワイン蔵はひんやりとした独特の空気を漂わせ、緩やかなアーチを描く天井の下には年代物のワインボトルを抱いた棚が並ぶ。だがそれは入口付近のごく一部で、蔵の殆どは樽で占められているようだった。 薄暗い中に幾つもの大きな樽がずらりと並べられている様は壮観だ。 「まさに樽を隠すなら樽の中と言う事なのかのぅ」 「違いない」 感心したように呟くエルヴィンに相槌を打って、ローシュンは「ふむ」と思案気に辺りを見回した。先の探索でヨルが見つけ出したコルク栓は、瓶でなく樽に使う大きさのものだ。樽が扉になっているとするなら中身は空だと思われるから、揺すったり傾けたりしてはどうかと提案したが―― 「いえ、それよりは……」 「この栓が樽に嵌めるものなら、『その樽』は栓が開いているのではないのかね?」 不思議そうにエルヴィンが首を傾げれば、何かを言いかけたヨルが「ですよね!」と瞳を輝かせた。 前回見つけた様々な仕掛けを思えば、フリーベル・ハウスの秘密は『見つけてもらうこと』を前提にしているような気がする。つまり、具体的な推測をもって探せば然程労せず見つかるはずなのだ。 「この形がぴったり嵌まればいいんだよねっ」 矯めつ眇めつコルク栓を眺めていたフレアの言葉に頷いて、冒険者たちはまず栓の開いた樽が並ぶ一角へと向かった。全ての樽が空だとしても扉になっている樽ならやはり反響音が違うはず。端々に散った彼らはタイミングをずらしつつ樽を叩いて音を確かめ、後で消せるよう白墨で印をつけて目標を絞りこんでいく。ひときわ深く音を響かせる樽が幾つか見出せたが、肝心のコルク栓がぴったり嵌まる樽はひとつだけだった。身体の大きなエルヴィンでもすっぽり入れそうなほどの樽。 栓を嵌めて捻ってみれば、大きな鏡板がごとりと音を立てて外れ落ちた。 樽そのものは固定されていて動かせなかったが、中を覗けば樽底と接している壁がくりぬかれ、暗い地下道が先へと続いている。奥も探ってみるかのと呟いたエルヴィンは灯りを借り受けて、樽を潜り土の匂いのする地下道へと足を踏み入れた。 暫し進んで行けば――道の先から陽の光が射してくる。
●琥珀色の硝子燈 「ワイン蔵の隠し扉の先で秘密の葡萄畑が見つかったそうですの〜!」 「……そ、それは驚いたな」 突然暖炉の中から現れたフィリシアに、大理石のマントルピースの飾りとなっていた硝子燈を取り外していたシバは一瞬言葉に詰まり大きく瞳を瞬かせた。そういえばこの談話室の暖炉には何故か厨房へ続く隠し扉があるのだったか。判ってはいてもやはりこの手の仕掛けには驚かされるものだ。 秘密のワイン蔵から続いていた地下道の先には、四方を深い生垣で囲まれた小さな葡萄畑があったという。あらあらと瞳を瞬かせた夫人は、とっておきのお茶をお出ししなきゃと破顔したのだとか。 「と言う訳で、テーブルセッティングに来ましたの〜」 「お願いしますね、僕はこのハープシコードの調子を見ないといけませんので」 暖炉から出てきたフィリシアに、窓辺に置かれた大型の鍵盤楽器の前に座っていたクロウがぺこりと頭を下げた。二人は主に掃除で夫人を手伝うつもりだったのだが、元よりほぼ完璧に清掃の行き届いた館だ。掃除の後は銀器磨きに励むつもりだったフィリシアは兎も角、クロウはカフェのテーブルを磨き終えれば他にやることが思いあたらず、吟遊詩人さんは楽器に詳しそうだからと夫人に請われるままに今こうしてハープシコードの前にいるのだった。 流麗な蔓花模様が描かれた、美しい化粧張りのハープシコード。 簡単に弾いてみれば、調律が必要なのは明らかながら、暖かみを帯びた豊かな音色が流れ出す。 伸びやかに響く音がいずれ訪れるであろう宿泊客の耳を楽しませる様を思えば心が弾んだ。 勝手は違っても、雫石の聖域傍に造られた温泉旅館で働いていた頃と同じく、心をこめて。 「……譜面を見るための灯りがあるかもしれませんの」 ふと思いついたように呟いたフィリシアがめぐらす視線を追えば、壁に飾られた灯りが目に留まる。布張りの覆いを取れば、琥珀色に透きとおる硝子燈が現れた。 探索前に皆でその形を確認したが、件の硝子燈は美しく磨かれ花の意匠を凝らした銅の燈篭に丸い琥珀硝子の覆いをつけたもの。落ち着いた色合いはこの館の調度や装飾にしっくり馴染んでしまっているが、確り場所を定めて探せば見つけ出すのは簡単だった。 お茶の用意が調いつつあるテーブルで花器となっていた硝子燈を目敏く取り上げ、発見場所をメモに書き付けたシバは、この分だと庭にもたくさんあるのだろうなと窓の外に瞳を向ける。 クマ型のトピアリーが目についた。 予想通り、如何にも蜂蜜壷ですと言った風情でトピアリーのクマが硝子燈を抱えている。 「…………シバさん?」 名を呼ばれて振り返れば、馥郁と香る紅茶と焼き菓子を乗せたカートと共に暖炉の中から現れたらしいハニーハンター・ボギー(a90182)と目が合った。肩には今日もクマぬいぐるみが乗っている。 二人の間に奇妙な沈黙が訪れた。
●秘密のダリア 薫る香気は芳醇に立ち上り、秋の花園を思わす甘やかで落ち着いた花の香が仄かに入り混じる。 鮮紅色に透きとおる紅茶はミルクを入れるのが惜しいほど美しく、口に含めば上品な渋味とこくのある風味が広がった。 茶請けは甘味をおさえたミルククリーム入りプチタルトに葡萄のコンポートを乗せたもの。 無論、見つかった葡萄畑で摘んだばかりの葡萄だ。 程好い酸味にこの葡萄でワインを造るのも良かろうなと思いつつ、ローシュンは飾り棚の細工になっていた硝子燈を披露する。客室で見つけたのだと語れば、そういうことか、とセイガが呻いた。 「食堂の壁飾りになってたのは幾つも見つけたんだが、使用人通路には一個もなかったもんな〜」 「そうそう、応接間のテラスから庭に降りる石段の手すりの柱にも仕込んであったよ」 お客さんが見られるところに隠してある感じだよねと印象を述べ、フレアはタルトを頬張った。 暖かな午後の陽が射す談話室でのお茶は、硝子燈探索の中間報告にもってこい。 紅茶と菓子で一息入れながら、探索場所の重複を避ける意味も兼ね皆で其々の戦果を語り合う。 遥か昔、フリーベル家がこの辺りの荘園主だった頃。 館の主に招かれた客たちも、やはりこうやって秘密探しを楽しんだのだろうか。 「客に見える場所なら、やはり庭のトピアリーは狙いめかの」 「だと思う。そうだ、薔薇のアーチの根元辺りの確認頼んでいいかな。俺そろそろダリア行くんで」 紅茶の香を楽しんでいたエルヴィンが頷いてくれたのに笑みで応え、お先にとセイガはシバと共に席を立った。慌ててタルトを飲み込んだボギーも連れて、夫人に借りた鍵を手に図書室へと向かう。 談話室同様に暖かな陽が射す図書室の様相は圧巻だった。 重厚感漂う年代物の大きな本棚が壁を埋めつくし、飾り彫りを施された棚には確りとした装丁の本が整然と並べられている。部屋の奥には床から天井に至る大きな窓が並び、絢爛たるダリアが数多咲き誇る庭が一望できた。 美しく艶やかなダリアたちの中に、フリーベル・ハウスで作られた『秘密のダリア』があるという。 手がかりは『深く豊かな実りの色と、真冬の煌きの色』を持つダリアだということ。 秘密のダリアを求める冒険者たちは、まず図書室の蔵書を調べ始めた。 ――が、意外なほどに手応えがない。 鍵の複製が仕込まれた『面白い本』に手がかりがあるかと推測したのだが、面白い本とはあくまで『読むのが面白い本』という意味であるらしく、ダリアに関する記述などは特に見当たらなかった。 「やっぱ直接見て探すのが一番ってことか」 「……だな」 蔵書探索を切り上げたセイガはシバを促し庭へと向かう。 窓の一部となっている硝子扉を開けば、鮮やかな色彩溢れる花の庭から秋風が吹き込んでくる。 これは確かに気持ちいいなと笑んで、幾つものテーブルが並ぶガーデンカフェへと踏み出した。
●琥珀迷宮のガーデンカフェ 幾何学模様を成す複雑な形のトピアリーに囲まれた庭は、確かに秘密めいた雰囲気を纏っていた。 庭に出てみれば、咲き誇るダリアたちが緻密な計算のもとに植えられ、細かく区分けされていることに気づく。ダリアの中に作られた細い道を通ってテーブルに向かうようになっているのだ。 「真冬の煌きの色ってのは白だよな」 「それ以外に思いつかんよ。後は『深く豊かな実りの色』だが……」 花の色を区画ごとに記した互いのメモを確認しつつ、セイガとシバは其々の思う『深く豊かな実りの色』の花を探す。秘密のダリアが二種あるとはきいてないから、恐らくは白の入った二色咲きのはず。そう当たりを付けて探してみれば――シバの求めていた葡萄色のダリアの中に、深い葡萄色の花弁の先に白を宿した花が見つかった。 丸みを帯びた花弁が幾重にも開き、円蓋のような形を成す可愛らしいダリア。 然程珍しいものとも思えなかったが、慎重に根元を探ったシバは真鍮のプレートを見つけ出す。 真鍮に刻まれていたのは、庭に飾る硝子燈の配置図だった。
珊瑚朱色に照り映える空の雲に透きとおる瑠璃の色がかかり始めた頃。 館のあちこちから見つけ出された硝子燈がダリアの庭に集められた。 一番数が多かったのはシャンデリアから外されてきたもの。シャンデリアをよくよく見てみればずばり真ん中に硝子燈が仕込まれていて、召喚したフワリンを足場にしつつ皆で館中のシャンデリアから硝子燈を掻き集めてきたのだ。 硝子燈に火を入れ、ダリアの根元から見つかったプレートのとおりに庭へ並べれば―― 澄んだ夜闇に染められ始めた花の庭に、琥珀硝子を透かした淡い金の光の迷路が浮かび上がる。 秘密の光景が綺麗で、この場に流れる時間が優しくて、フィリシアは幸せな心地で吐息を洩らした。 館や庭を彩る楽しい悪戯心が愛しくて、光の景色を見渡したヨルは小さな笑みを零して瞳を細める。 誰かを笑顔にする、優しい秘密に満ちた場所。 初めての冒険で素晴らしい機会を頂いたと礼を述べるエルヴィンにあらあらと上機嫌で微笑んで、折角だから秘密のダリアの傍のテーブルで晩餐にしましょう、と夫人は皆に呼びかける。給仕するより楽しく食べたいからと、南瓜と舞茸のマリネや栗のポタージュ、香草と炙ったスペアリブに蜂蜜ワインソースを添えた皿を皆で纏めて運んでしまい、其々が席に着けば、雪のような煌きが視界の隅で瞬いた。 見渡せば、深い葡萄色を湛えたダリアの花弁、燈火に照らされた白の部分がきらきらと光を放つ。 「ああ、これこそが『秘密のダリア』なのだな」 確かに他では見られない花だと笑んで、シバは葡萄酒で満たされた杯を手に取った。 嘗て館を訪れた者達もこの秘密に胸を躍らせ、館の主たちもそれを嬉しく思っていたのだろうか。 「ここにはわくわくが沢山詰まってるもんな」 楽しかったと夫人に語る彼の様子に破顔して、セイガは皆に酒杯を掲げてみせた。
楽しい秘密の数々に、乾杯。

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参加者:8人
作成日:2008/10/13
得票数:ミステリ1
ほのぼの15
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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