その思い現と成れ



<オープニング>


 辺境の地で旅人がモンスターの被害に遭っている。
 酒場に持ち込まれた話に、冒険者たちは静かに耳を傾けた。
「被害に遭ったのは遠方で出稼ぎをしていた者だ。家族の元へ帰る途中、だったのだろうな」
 瞳を眇めて語る霊査士。手元に落とされたままの視線が、羅列された文字を読み取り告げる。
「モンスターの姿はすまないが判別し切れていない。ただ、森の中に潜んでいると思われる。そして通りがかるものに幻覚を見せ、捕食するようだ」
 場所は森を横切る形で作られた道。鬱蒼とした森に出来た道は視界も悪く、歩きにくい。旅人が選ぶには適さないながら、急ぎの道として、誰かが発見したのだろう。そこがモンスターの住処であるとは、知らず。
 これを見過ごすわけにはいかない。その言葉に冒険者は頷いた。
「霊査した限りではモンスターに幻覚以外に特筆すべき能力はない。だがこの幻覚こそが非常に厄介なものだと認識して貰って構わない」
 曰く、事例となったのが旅人対モンスターが一対一での状況下であったため、その効果は魅了と呼ぶべき状況だったようだ。
 被害者は何かに引き寄せられるようにふらふらと道を外れ、モンスターに捕らえられたのである。
 だが、冒険者が出るとなれば一対多数。その状況変化が、幻覚能力の影響にも変化を及ぼす可能性は否めない。
「魅了だと思っていた能力が、実際は混乱をきたす能力であるかもしれない、と言うことだ。それだけは頭に入れておけ」
 仮に――。
 仮に、その能力が魅了であるのだと、すれば。
 そう前置いた上で、霊査士は一度口を閉ざし、己が視たものを思い起こすように視線を落とした。

 疲れきった体でいながらも、長く別れた愛しい家族に会える喜びを表情に湛えた旅人は。
 道の途中で何かに気付き、驚いたような顔をしながらも。
 最後には破顔し、一層の喜びを湛えた表情で何かにつられていく。
 そうして、幸福の中で、その命を奪われた――。

「見せられる幻覚は、己の大切な存在なのかもしれないな……」
 静かに、静かに。紡がれた言葉には、悲壮が宿っていた。


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参加者
フェイクスター・レスター(a00080)
エンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)
残骸・トウヤ(a21971)
刻の白露・セッカ(a45448)
倖せ空色・ハーシェル(a52972)
花酔い・ラシェット(a53996)
砂の孤城の・リオン(a59027)
南の星・エラセド(a74579)


<リプレイ>

 薄暗い森の中に、きらきら。クリスタルインセクトがかすかな光を反射させながら進む姿が見られる。
 最前衛の偵察隊兼囮として呼び寄せられたこの生物は、召喚主である砂の孤城の・リオン(a59027)と視覚を共有し、強い警戒の元、道を行く。
 狙うは森に潜むモンスター。旅人に幻影を見せて捕食する奴の与える幻とは一体何なのか。
 定かではない現状は、不安と危険性を伴う。だが、それを理解しながらも、冒険者たちにあるのは共通する、思い。
 許せない怒りと、惑わない信念。
「――もし」
 ぽつりと。縦に編成された陣形の最後尾、本隊と称した位置取りで進む一行の中で。仮初の帳・ラシェット(a53996)は呟く。
「霊査士の言うとおり、見せられる幻影が自分の大切な存在なのだとしたら、それは一体、誰なんでしょうね」
 自分はそんな者を持った覚えはない。仮に深層に思う存在がいるのだとしたら。いっそそれを教えて欲しい、なんて。
 不謹慎を自覚しながら、期待によく似た思いを心内に潜めて薄く笑うラシェットに、フェイクスター・レスター(a00080)は同意を示すように小さく笑んだ。
「気にはなるが……きっと何であれ、代わりはしないだろうね」
「そうですね。ここにその人はいない。それを、十分理解してますからね」
 集中しているリオンを背に負った状態で。エンジェルの重騎士・メイフェア(a18529)も力強い頷きを返す。
 ピィ――。前方から聞こえる笛の音。インセクトに続き囮として位置している刻の白露・セッカ(a45448)と南の星・エラセド(a74579)からの定期連絡。
 無事を告げる音色に、同じく音を返して。月臥残光・トウヤ(a21971)は静かに息を吐く。
 不愉快極まりない敵を打ち倒すために。その表情からは僅かな慈悲も、消されていた――。

 本隊とインセクトに挟まれる位置に立つ、第二囮部隊。その場所で、エラセドは聞こえてくる笛の音を確かめるように頷いて、手の届く位置にあった枝を折った。
 被害者の足跡を辿りながらの道程。十二分に注意を振りまきながら歩く二人は、ふと、進む道に薄霧がかかっているような気配に、一瞬だけ、足を止める。
「モンスターの領域……かな」
「さぁ、どうだか。判らない以上、進むしかないな」
 その為の囮だ。顔を見合わせ頷きあって、進む。
 ぱしゃん、と、足元で水の跳ねる音がした。
 ぬかるみ。足をとられるほど不安定ではないながら、注意はしておいた方がいいかもしれない。
 霧は相変わらず薄く、視界はうっすらと白むだけ。
 術中に陥るのなら。果たして何か、機会が……?
 思案を重ねながら進む道。そろそろ笛をもう一度。そう思いオカリナを手にしたセッカの目に飛び込んできたのは、居るはずのない、人物。
 いるはずがないと、理解している人物。
 一瞬ぼんやりとした目でそちらを見つめていたが、特に、意識が揺るがされることもなく。
 その姿に森の中を示されても、ついていきたい衝動などは起こらなかった。
 けれど。それをまやかしと見なし、意識の中から掻き消そうと緩く頭を振った瞬間、目の前にいた人物は、つい、先ほどまで傍らにいたはずのエラセドに転じていた。
「……これは、幻影……?」
 目の前の姿は、何も言わず森の中を示す。そんなことはありえない。だからこれは幻影。
 自身の中で結論付けた瞬間、納得が沸いた。
 仮に、魅了だとすれば。そう前置いて語った霊査士の言葉通り、モンスターは対象の大切な存在を幻影として映すのだろう。
 つまりそれは、常に心に思い描いている、強い思いの存在。
 そしていま、それに対する注意を喚起され、意図的に意識内から排除している心内にあるのは、ただ依頼の完遂と言う思いだけ。
 即ち。最も近い位置で同じ任に当たる彼の姿こそが、今のセッカにとって大切な存在だということだ。
「セッカ?」
 立ち止まり、一点をぼんやりと見つめているセッカの様子に、エラセドは怪訝な顔をして立ち止まる。
 だが、二言目をかける前に森へと向かって歩を進めた彼女の背に、はっとしたように伸ばしかけた手を引いた。
 恐らくは幻覚にかかっているのだろう。その示す方向に、敵はいる。
 自分が彼女を覚醒させるのは、敵を、見つけてから。
 己の役目を言い聞かせ、エラセドもまた、セッカの後に続くように森へと踏み入った。

 笛の合図は、その時点で途切れた。

「出た、ようですね」
「どうやら、そのようだね」
 耳を澄ましても聞こえない音。それを、十分に、けれど素早く確かめて、トウヤは自らも楽器をしまい、レスターの頷きに促されるように駆け出した。
 応じ、ほかの仲間たちも各々に現場へと向かう。
「乗ってください。リオンさんは、メイフェアが護りますの」
「ありがとうネ。宜しくお願いヨー」
 対魅了用にと、重ねてかけ続けた誓い。だが、その言葉に形式的な思いはない。
 真実、護ると誓って。メイフェアはリオンと共に召喚獣を繰った。
 同じように、倖せ空色・ハーシェル(a52972)も、己の召喚獣にラシェットを乗せ、急行した。
 囮班が残してくれた印。ぬかるみの中に残る足跡。
 情報を拾い上げながら急ぐ道程で。
 ぱしゃん。水が跳ねる音を耳にして。
 うっすらと視界を覆う薄霧に、す、と眉をひそめた。
「この霧に、幻覚効果があるなぁ〜ん?」
「でしょうね……気を引き締めないと」
 ハーシェルの問いに、ラシェットは呟くように応えて、瞳を眇める。
 視線の先に、三つの影。二つは仲間。一つは敵。それを認識した瞬間、周囲の霧が濃くなったような気が、した。
 それでも、敵の姿がまるっきり見えなくなるほどではない。そしてほの白く包まれた視界の中で、敵と認識した姿が、ゆらりと姿を変えるのは、いやにはっきりと見て取れた。
 ――幻覚。
 遠い故郷にいるはずの姿を目の前にして、ハーシェルは唇を噛み締める。
「ここにいるはずがない……ここで見えるのは全部嘘ですなぁ〜ん」
 魅了などされない。強く己を奮い立たせ、手にした武器を振りかぶるハーシェル。
 だが、それが振り下ろされることは、なかった。
「待て、それは敵じゃない!」
 張り上げられた、声。
 重騎士として、仲間への攻撃だけは断じて避けたいと願うハーシェルにとって、その制止は何よりも優先された。
 刃を引き、同時に僅かに距離を置けば、恐らくは仲間が賭けてくれたのであろう回復アビリティの心地よさに、晒される。
 緩く頭を振ったハーシェルの目に映ったのは――囮班として先行していた、エラセドの姿。
「頭数が揃えば混乱になる、ということかな……」
 追随するように攻撃を仕掛けようとしていたレスターも、苦々しげに呟いて、振り切れずに宙に残されたままの武器を、胸元で構えなおす。
 それと、同時だろうか。彼らが視線を向けているのとはまったく別の方向から、悲鳴があがった。
「きゃぁっ!」
「え……メイフェア……?」
 驚いたように目を剥いたセッカが、慌てたように銀狼を退かせる姿。
 囮までもが味方に対して攻撃を仕掛けてしまう現状は、敵の姿を見失った現実を示していて。
 冒険者たちは、一瞬、手を出す手段をも、見失ってしまっていた。
「これは、参ったネ……」
 嘆くように、リオンは呟く。不用意に同士討ちなどしないようにと。大切な者を見てもそれを無闇に攻撃はしないと決めた彼らの判断は、冒険者らしく冷静であった。
 だが、逆に。その判断は隙を作る。
 そしてその隙を、モンスターならば当たり前に突いてくる。
 それを、理解していたけれど――。

「混乱……それとも、魅了されている……?」

 誰知らず。漏れた呟きは疑念に満ちていた。
 仲間がモンスターに見える幻覚で同士討ちを誘うか?
 それともモンスターが依頼参加者に見える幻覚で攻撃されにくくするか?
 打ち立てた推測はどちらも正しくあり、どちらも間違っていた。
 敵も味方も関係なく。場にいる全ての者が、別の誰かに、見えていたのだ。
 傍らに立つ者が、仲間を攻撃する者が、自らに攻撃を仕掛けた者が、本物なのか幻影なのか。
 それさえも、判断できない。
「っ……」
 歯噛みするトウヤ。この場にはエラセドが張ったヘブンズフィールドが存在する。自身も静謐の祈りをかけ続けている。
 それでも、その効果は必ずしも味方を回復させるわけではないのだ。
 そして回復したとして。自身が正常であると認識する術は、ない。
 一度。そう、一度でも敵の幻にかかった冒険者らにとって、陥る疑念は致命的なまでに、自らの隙を生み続ける。
 この場にいるものを全て戦闘不能にすることでしか疑念を打ち消せないほどに。
 ふと、目の前に降りる影。はっとしてそちらへ視線をやれば、表情なく武器を構えた、仲間の姿――。
「……トウヤ、だよな?」
 確かめるように、かけられた声に。一瞬目を丸くしたトウヤは、けれどすぐに表情を引き締めて、頷いた。
「はい、確かにトウヤですよ、エラセドさん」
 問いに、応えて。その瞬間、こびりついていた疑念が薄れるのを感じた。
「聴覚までは影響しないみたいネー。これはいい情報ヨ。ね、セッカさん……?」
 目の前の姿に問いかける。
「リオン……? 良かった……僕には、敵に見えてたよ……」
 確かな情報を掴んでいく。
「メイフェアの目の前にいるのは、ハーシェルさんで間違いないですか?」
 疑いは全て晴らし。
「残念ながら、私はラシェット。彼女の所在は判らないわ」
 信じられる現実を与え。
「ハーシェルはここですなぁ〜ん! 隣にいるのはレスターさんですなぁ〜ん」
 敵の姿を、いぶりだす。
「それは間違いないよ。それじゃあ……あそこの孤立してるのが、敵ということで間違いないかな」
 ちらり、と。見やったレスターの視線の先には、誰の問いにも応えない仲間の姿がある。
 ふわりと心を救う感覚にゆるゆると頭を振れば、その姿は禍々しい敵へと、転じて。
 その瞬間、張り詰めていた疑念が、晴れた。
「素早さも高が知れてる敵……場所さえ判れば、畳み掛けられるわね」
「存分に借りを返しますなぁ〜ん」
 言うや地を蹴るラシェットに続き、ハーシェルも思い切り振りかぶった武器を薙ぐ。
 更にレスター、メイフェアが続いた時点で、特化すべき個体能力を持たない敵は、容易く、散った。
 本当に、呆気ないほどに。
「同士討ちなんて寝覚めの悪いことにならなくて、良かったな」
 ほっと息をついたエラセド。周囲の霧が瞬く間に晴れていくのを見るに、やはり、幻覚はこの霧でかけられていたのだろう。
「モンスターの体から出た体液カシラネ? 霧にはならないけど、凄い勢いで蒸発してるヨ」
 横たわる躯を遠巻きに眺めて考察するリオンだが、その実は、定かではない。
「なんにしろ、これで偽りの幸せに魅せられることは、なくなるでしょうね」
 旅人が通るには不適な道ではあるけれど。せめて犠牲になったものの無念が、晴れればと願い、トウヤは小さく微笑む。
 幸福な幻の中で死んでいった旅人の心もまた、定かではないけれど。
 それでも、魅せられただけの幸せに、救いがあるはずは、ない。
「幸せな最後……それは、誰が決めるのかな……」
 呟きながらも、問うまでもないことをセッカは理解していた。
 幸せとは、己が手で掴み、己が心で決めるものだと――。


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