あの日の景色へ



<オープニング>


「依頼よ。ちょっと急ぎの依頼でね、手が空いている人は話を聞いて」
 冒険者の酒場に霊査士リィーンの声が響く。
 幾人かの冒険者が視線を向けるのを確認し、リィーンは説明を続けた。
「依頼内容は護衛、ね。依頼人の男性を、時間までに目的の場所へ送り届けて欲しいの」
 向かうのはある小高い山、その中腹にある草原だという。
 この時期はコスモスが咲き誇り、一面が淡い桜色に染まる幻想的な光景が見れるという。
 そしてそれは、依頼人にとって楽しかった幼い頃の思い出であり、そして忘れることの出来ない戒めの光景でもあった。
「依頼人はこの場所にね、お墓参りに行きたいそうなの。毎年決まった日、決まった時間までに行く。それが数年間続けた彼のルール」
 当然のように今年も行こうと思っていた。晴れやかな心持ちには決してなれないが、それがせめてもの償いだと。
 だから、その話を聞いたとき男性は目の前が真っ暗になった。
「その山でね、最近グドンの姿が頻繁に目撃されているの。とても一般人一人じゃいけないわ、そして時間もない。だから依頼ね、依頼人の男性を護衛して山を登り花園に無事連れて行くこと」
 障害はグドンの群れだけではない、霊視ではピルグリムグドンの姿も見えた。
 赤い、カマキリの刃のような腕が左右に三本づつの六本腕のピルグリムグドンだ。
 鋭い斬撃は衝撃刃を生み、動きもすばやい、容易くはない敵だ。
「タイムリミットは日が沈むまで。あまり猶予はないわ、敵との戦闘は早期決着を心がけて、できるだけ早く山を登って」
 依頼の話はこれで終わり。と一息ついて、リィーンはもう一度口を開く。
「一応情報として伝えておくけどね、お墓で眠っているのは依頼人さんの幼馴染の女の子。かつて同じ場所でグドンに襲われ、逃げ切れずに……ね。依頼人さんは一人だけ助かったことを気に病んでるみたいね。今回の依頼には関係のない話だけど、一応気にかけといて」


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参加者
太白・シュハク(a01461)
涓滴岩穿・ローカル(a07080)
月星風歌姫・セレネ(a30868)
夜のガスパール・カトレヤ(a45156)
言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)
灰色の守護騎士・ヴィクス(a58552)
凍魂誓護・レンフェール(a71055)
白き大鴉・セシル(a72318)


<リプレイ>

●あの日の景色へ
 日が傾きかけた山の斜面を、数多の足音が駆け抜けていく。
 重い音、軽い音。
 金属が石を蹴る音、靴が土を跳ね上げる音、裸足が地面を蹴る音。
 そこに時折混ざるのが、爆発音と剣戟の音だ。
「体力は、大丈夫か?」
 今、三体のグドンを流れる太刀筋で切り倒し、朝と夜の剣士・ヴィクス(a58552)は背後に言葉を飛ばした。
「は、はい……大丈夫とは言えませんが、走れます」
 太白・シュハク(a01461)と月星風歌姫・セレネ(a30868)の間から、頼りない声が返る。
 今回の依頼人。まだ年若い青年だ。
 答えにヴィクスが頷く。無闇に大丈夫と返すのではなく、己の現状を知った上で走るというならまだいけるだろう。
「新手です!」
 殿の涓滴岩穿・ローカル(a07080)が上げた警告に、反応したのは凍魂誓護・レンフェール(a71055)。
 長い銀髪を風に舞わせつつ、迫った数匹を一振りで薙ぎ払う。
「私達がお守りします……絶対、何者にも貴方様の決めたルールを破らせたりはしないのです」
「ご安心ください。あなたの思い出の場所に、これ以上立ち入らせはしません」
 木陰から飛び出した一体を一突きにし、戦場の白き大鴉・セシル(a72318)も凛とした声で宣言する。
 ここに集まった八人の冒険者。彼らが来たからには、不敬の輩に安息はない。
 数を頼りに一気に間合いを詰めてきたグドンは、陣の中心から響いたセレネのファナティックソングに襲われ倒れこむ。
 山を登り始めてから幾度めかの遭遇戦。すでにどれだけの火の粉を払ったか。
 依頼人は怯えながらも、道中にセシルから伝え聞いた冒険者の作戦を信じ、ただ足を前に出し続ける。
 冒険者の二重の円陣、その只中で。
「……急ごう」
 先頭。刃についた血を払いながら夜のガスパール・カトレヤ(a45156)は強く一歩を踏み出した。
 言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)が土塊の下僕をその場に召喚し残せば、後ろから来る敵への牽制になるだろう。
 九人はただ先を急ぐ。目の前、木々の合間からもれる光が強くなっていく。
 目的の中腹まで、あと少し。

●不敬なる乱入者
 幻想的な光景がそこにあった。
 秋の青空の下、大地には風にそよぐ桜色の絨毯。
 だがその幻想を打ち砕く現実が、その只中に立っていた。

「申し訳ありません。少しだけお休みください。目を覚ました時には安心してお墓参りができるようにしますので」
 花園を目の前に立ち止まった一行。
 セレネが申し出たお願いに、しかし依頼人は首を縦には振らなかった。
 申し出は好意からだ。これから戦えば、もちろん配慮はするが、大なり小なりの被害が花園に出るだろう。
 そんな光景を、見せたくない。
 それに眠ってくれれば、『安全な寝袋』の効果で護ることも容易くなるのだ。
 眠ることの優位性、それを聞いた依頼人は理解こそしたが、しかし頷かない。
「目を背けるのは、嫌なんです。自分は何も出来ませんが、皆さんだけに全てを任せるのも違う気がして……」
 依頼人の意思は固い。そうであれば、強要など出来ない。
「分かりました。ただ後少しだけここで待って頂けませんか? すぐに終ります。私たちを信じて下さい」
 だからローカルはそう譲歩する。
 僅かな間を空けて頷きを返す依頼人を見届け、六人の冒険者が背を向けた。
「ピルグリムグドンは皆さんにお任せ致します。その代わりに、依頼人さんの警護はお任せください」
「命懸けで護りますから」
 残るセレネとローカルにそれぞれがそれぞれに応え、六人の冒険者は駆け出した。

 いつもと変わらないと思っていたその日、ピルグリムグドンは異常に気づいた。
 コスモスの花園を駆け抜けてくる複数の足音。慌てて振り向けば六人の冒険者の姿がある。
 その中の一人、シュハクが白水晶の刃を振るえば、全員に付く護りの天使達の加護。
 ピルグリムグドンもこちらが脅威であると悟ったのだろう。振るわれる赤い刃が空を切り裂き、凶刃を放つ。
 最前線を駆けていたカトレヤが左肩に受け、天使の加護は一瞬で消えた。冒険者達の表情がゆがむ。
 敵の攻撃を受けたからではない。凶刃が切り裂き宙に舞った、数多のコスモスの花を思ってだ。
 敵が第二刃を用意する前に、距離を詰めたカトレヤとヴィクスが気合の篭った声とともに一撃を叩きつける。ただの斬撃ではない。デュエルアタック、相手との決闘を望む宣誓の一撃。
「そこは、お前の居場所じゃない。さあ、ついて来い」
 ヴィクスの挑発に乗るように、怒りも露に駆け出すピルグリムグドン。
「さあ、速やかに退去願いましょう」
 加えてセシルのソニックウェーブの一撃が加えれば、敵は怒りに染まりきる。
「行きましょう」
 シュハクへ鎧聖降臨ほどこすレンフェールの言葉に、
「じゃのう」
 カトレヤをヒーリングウェーブで癒しながらヨウリが応え、走る。

●思い出の開放
 道中で、巣くうグドンの全てを討伐したわけではなかった。
 今もリーダーが気になるのか、山を上ってきたグドンにローカルの放ったジャスティスレインが降り注ぐ。
 その攻撃でほとんどが倒れ、残った一匹も牙を届かせる前にセレネの衝撃波に打たれ倒れ伏した。
 依頼人の表情は恐怖で引きつっている。思い出しているのだ、かつてこの場所でグドンに襲われた時のことを。
「大丈夫です。あなたには指一本触れさせませんから。だから、諦めないで下さい」
 震える手に、セレネが触れた。
「いざとなったら担いででも避難させますから」
 自前のマントを青年にかけながら、ローカルは冗談めかしてそう言う。もちろん、冗談ではないのだが。
 新たに見えた一匹に、ローカルはすかさず射掛けて絶命させる。
 青年の震えは少しだけ治まっていた。

 花園の端で、六人と一匹の戦いは続いていた。
 怒りで我を忘れさせたとしても、その六本の刃は脅威だ。
 繰り出される一撃一撃を、羽のように身軽に、時に刃とダークネスクロークで受け流していくのはセシル。
 そうして敵の攻撃を殺しながら、隙を見ると高速の突き、ミラージュアタックを放つ。
 レンフェール、カトレヤは兜割りを中心に上段より攻め、ヴィクスは電刃を幾度を振るう。
 時折、怒りから醒めた敵は思い出したように衝撃波を放つ。鎧強度を無視するその一撃は、しかしシュハクが展開する護りの天使達による減衰され致命には至らない。
 傷つけば、速やかにヨウリがヒーリングウェーブで癒した。
 焦った様子を見せるピルグリムグドン、その懐に入り込みセシルの斬撃が剣閃を描く。一筋の線を引かれた敵の腕は、鋭利な断面を残して落ちた。
「その厄介な腕、順に貰い受けましょうか」
 彼女の言葉にならうように、冒険者の一撃一撃が敵の力を奪っていく。
 思わず数歩下がった敵にシュハクのエンブレムシャワーが放たれ、降り注いだ光条の一つが腕を折る。
 光の雨を目くらましに、左右から迫ったレンフェールとカトレヤの一撃がさらに二本を奪った。
 さらに数歩下がる敵に、ヴィクスは正面から挑む。必死の形相で残った二本を振るう敵だが、その両方を左の盾が受け止めた。
 僅かな痛みも、ヨウリのヒーリングウェーブが届けば消えていく。
「……来世では、お前も幸せになれるといいな」
 殺すことは避けられない。だからせめて、次の生では――。
 一閃。長剣が振るわれ、残った腕と頭部が切り裂く。
 何とか耐えたかに見えたピルグリムグドンは、しかし続いたレンフェールの一撃を止められない。
 両断され倒れるピルグリムグドンを見届け、冒険者達は得物を収めた。

●明日へ向かって
「お参り、僕も一緒にしていいかな?」
 シュハクの申し出に、青年は少しの間を置き頷きを返した。
「正直、少し怖いので、あり難いです。この光景は、あの日に似すぎていて……」
 大量のグドンを見た、花園もちらほらと花が散っている。
 青年の息は荒く、顔色は悪い。
 無力だったあの日、圧倒的な脅威として襲ってきたグドン。冒険者が護ってくれているとはいえ、そう簡単に恐怖を乗り越えられるはずもなかった。
「……じゃあ俺は向こうで見張ってるぜ」
「私も。護衛はしっかり務めますのでご安心を」
 ヴィクスとレンフェールは青年に、そして簡素な墓石に一礼して場を離れた。
「あ、私も……」
 少し慌てた様子でセシルも礼をすると二人を追った。
 その背に頭を下げ、青年は振り返る。
 墓石。大切だった、いや今でも大切な少女が眠る事を示す目印。
 膝を付き、深く頭を下げる。
 まるで懺悔のように。人体で弱点といえる頭部を、無防備に晒す行為。
「謝っているのかな?」
 長く続いた静寂を破ったのは、シュハクの一言だった。疑問の音を持たせたが、確信はあった。
 自分だけが生き残ったという後悔の念を抱き、毎年お参りに来る理由。分からないわけではない。
「だったら、やめてあげてほしい」
 続く言葉に、青年はゆっくりと振り向いた。目が、死んでいるようだ。
「亡くなった人に謝るだけのお墓参りは、亡くなった人も辛いよ」
 だが言葉は終わらせない。自分も大切な人を失った辛さを、知っているからこそ――。
「時々、思い出してあげて。会いに来た時は、この一年の楽しかったこと、話してあげて。それが、生きてる人に出来ることだと思うから」
「自分に、そんな権利があるのでしょうか?」
 青年の目に、涙が浮かんでいるのが分かる。
「生きる権利すら、在るかどうか分からないのに……」
「この光景を思う心も償いも……生きていてこそ。……今在れる事を、後悔してほしくはない」
 カトレヤの言葉に、青年の視線が向く。彼は遠くを見ていて、
「前を向く事は決して、……裏切りではない筈だから。そう、教えてくれた人が居る」
「人の存在が本当になくなるという事は、世界でその方の事を憶えていてくださる方がいなくなる事だと思います」
 再びうつむいた青年の方に、セレネは優しく手をおく。
「でも、彼女はまだ消えていませんよね。あなたが、覚えていてくれるから」
「ボクもね。冒険者になってから、守れなかったものは決して少なくないけど……それを忘れないって、立ち止まらないって決めたから。あなたも、そうであって欲しい」
 ローカルは微笑む。
 冒険者など有事の際には自ら危険に飛び込む存在だ。
 大切なもの、自らの命すらも失われる事がある。だけど、それに怯えて立ち止まることはしない。
 力尽きる最後まで、笑っていけるように、全力で生きるのだ。
 そんな存在を身近に感じ、青年はついに溢れ出た涙を拭うことなく何度も頷いた。
 墓石に向き直り、それを真っ直ぐ見つめながら、報告する。
 自分が生きていること。辛いこともあるけど、笑えることもある事。思いと思い出の全てを吐き出し、
「こんな時を、キミと一緒に生きたかったよ……」
 その言葉を最後に、あとは慟哭だけが彼の口から漏れ続けた。
 ヨウリが、その背中をゆっくりと撫でた。

「やるべき事は終わったか?」
「はい」
 どこか晴れ晴れとした青年の答えに、ヴィクスは小さな笑みを浮かべて頷いた。
「では、帰りましょうか。帰りつくまで、しっかりとお守りします」
 レンフェールがそう言って道を空ける。安全を確約できるまで護る覚悟だ。
 青年は一度だけ墓を振り返り、歩き出した。
「あの……」
 ふと、セシルが声を出す。だが続ける言葉が思いつかず、黙ってしまう。
 大切な人をなくす気持ちは分かるから、何か言いたい。だけど……困った。
「自分、忘れませんから」
 そうしていると、青年のほうが口を開いた。冒険者が疑問の表情を浮かべる中、その全員の顔を見渡して青年は微笑む。
「皆さんのこと、忘れませんから。自分なんかの為に、一生懸命になってくれた人たちが居るって」
 セレネの言葉を思い出してか、青年は一生懸命に言う。
「もう会うことがなくても、自分は覚えていますから」
 誰かの心にある限り、存在が失われる事はないというなら。
 今、青年の心の中、八人の冒険者の存在は確かに刻まれたのだ。
「だから、自分も頑張って、生きていきます」
 心に在る人たちを殺さない為にも。青年は力強く一歩を踏み出した。


マスター:皇弾 紹介ページ
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作成日:2008/10/26
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