紅の花を摘み取りに行こう〜美しき紅の郷〜



<オープニング>


 ほんの少し前までその里には異形のモノが居着いていた。折り悪く、花の収穫の時期であったので不用意に近づいた村人が惨殺された。同盟諸国の冒険者達の手によって異形のモノは退治され、村人の骸は家族の元に戻り滞っていた花の摘み取りも終わった……筈であった。

「アロンさん! わたくし、紅の花を摘み取ってくださるようお願いしましたわよね?」
 エルフの霊査士・マデリン(a90181)は両手を腰にあて、少し前のめりになるようにして哀れなドリアッドの吟遊詩人を凝視した。
「確かに言われた。さすがに俺だけでは手にあまる仕事であったが、共に異形のモノを退治してくれた仲間達や村の人達も手を貸してくれた」
 真面目な顔で碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)は言う。まるで上役に仕事を任され、その報告をする役人か商家の下働きの様だ。
「村の古老、ザイファさんの花畑は村はずれにありますのよ。そこもちゃんと摘んでくださいました? ザイファさんは紅の花を育てる名人でいらっしゃって、少し山間にある広大な花畑からはとても良質の紅がとれるのだそうですわ。勿論! そちらの花も摘んでいらっしゃいましたわよね?」
「……むっ」
「山間の花畑ですから、他の花畑とは摘み取る時期が少し遅れますのよ。もう一度出掛けて下さいましたわよね?」
「……い、いや、それは……」
「なんですって? よく聞こえませんわよ、アロンさん」
 耳に手をあて聞き返すマデリンに観念したのか、アロンはガバッと頭を下げた。
「すまない。その様な名人の花畑があることは知らなかった。急いで今から行って来よう」
 身体を起こすときびすを返し大急ぎで走り去るアロンの背に、マデリンは少しだけびっくりしたかのように目を見開いた。
「まぁ、アロンさんの癖に行動力はありますのね。でも……今からですと、とても1人では全部の花を摘み取ることは出来ませんわ。どなたか手伝って下さる方がいるとよろしいのですけれど……」
 マデリンは冒険者の酒場にたむろする冒険者達を期待のこもったまなざしで見つめた。


マスターからのコメントを見る

参加者
NPC:碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)



<リプレイ>

●今年最後の花摘み日
 まだ朝も明け切らぬうちから村人達はもう動き出していた。紅の花を摘む仕事もおそらく今日が最後になるだろう。明日からはもう花の色が変わり、紅の原料となる色を取る事は出来ない。村の者達が総出で摘み取っても取りきれないほど、山裾に広がるザイファの花畑は薄暮の中でどこまでもどこまでも黄色味がかった花を揺らす。
「……間に合ったか。よかった」
 すっかり村人達と同じ紅染めの作業着を着込んだ碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)は、朝靄の向こうから続々と到着する冒険者達の姿にホッとした様な笑みを浮かべた。

 アロンとともに異形のモノを退治した者達もまた村に再来してくれていた。
「晴れてる……よかった」
 ダナイは胸の上に右手を添えて、安堵のつぶやきを漏らす。雨では作業は中止となり、この広大な花畑の花も今年は駄目になっていたかもしれない。
「みんな早いね」
 もうすっかり作業着に着替え大きなかごを背負ったエッシェは、朝露にぬれる紅の花へと伸ばした手を止めた。そのかごの中にはもう細かい黄金の様な紅の花が降り積もる様に摘み取られている。
「まだこんなに咲いてたんだ。確かにアロンさんだけじゃ大変だ。最後までお手伝いしないとだね」
 さっそく作業着に着替えたヨハンはもうすっかり慣れた手つきで花を摘む。
「アロン様が何だか完全にマデリン様の使いっ走……いえ、何でもありません。えーっとぉ……私も頑張って前以上にお手伝い致しますので、アロン様ふぁいとです!」
「お、おぅ。オウカにもまた来てもらって済まない」
 快く手伝いに来てくれたオウカにアロンは頭を下げる。
「アロンさんのせいではありませんよ。だってこんなに山に近い場所に花畑があるなんてちっとも……いえ、なんでもないです。なんでもありません。なんでもありませんから」
 花を摘みながら話すクオンの口調は徐々に勢いをなくし、徐々に声の大きささえ小さくなっていく。

「すごく綺麗なお花なぁ〜ん、ポムちゃんと一緒でピクニックみたいで楽しみなぁ〜ん」
「チョコちゃん一緒にお花摘み頑張りましょうねぇ〜」
「頑張って摘んじゃうなぁ〜ん!」
 村の古老ザイファから手ほどきを受けたポムとチョコは仲良く並んで紅の花を摘む。ひとつずつ、丁寧にそっと摘んでいるのでそれほど手早くはなかったが、背負ったかごにはどんどん紅の花が降り積もっていく。2人は誰に気兼ねすることもなく他愛のない話を続ける。話しても話しても、話題が尽きる事はない。
「やっぱりこの紅の花で冠とか作ったら怒られちゃうなぁ〜ん?」
 チョコは摘み取った花をじっと見つめる。うずうずとする気持ちが押さえきれない。
「わからないですぅ〜でも、摘んだ花は茎がないから冠は難しいですぅ。もう色が変わってしまった花なら怒られないかもしれないですぅ」
 考えながらゆっくりとポムは言う。
「ポムちゃん、頭いいなぁ〜ん。ちょっと名人さんに聞いてくるなぁ〜ん」
「あ、チョコちゃん待ってですぅ。一緒に行くですぅ〜」
 2人はじゃれ合うようにして名人の家へと走っていく。

 紅染めの作業着を着たライカは大きく体を伸ばした。ずっと前屈みで花を摘んでいたので、体のあちこちが気持ちよく伸びる。あたりはすっかり夜明けとなり、差し染めたばかりの太陽の光を浴びて花が輝く。長い髪は絡まったりしないようまとめて結い上げ、背に負ったかごには開ききっていない濃い色の花ばかりがもうずいぶんと集まっていた。
「あ、痛っ」
 村の少年が手を引っ込めた。
「怪我した?」
 遠慮して尻込みする少年の手をぐいっと引き寄せ、ライカは目を閉じた。森の奥深くに湧く清水の様に、ライカの中から淡く光る治癒の力が溢れて広がり、少年は不思議なその光景に声も出ない。
「痛み、消えた?」
 3度目の問いに無言で大きく何度もうなずく。
「あ、アロン!」
 ぼーっとしている少年の向こうにアロンを見つけたライカは大きく手を振り駆け寄っていく。
「ライカも来てくれたのか」
「可愛いアロンのためなら一肌脱ぐよ」
 ライカはニコニコしながら背伸びをし、姉の様にアロンの頭を撫でる。

 シーナとティターニアは2人並んで紅の花を丁寧に摘み、背負ったかごに入れていた。最近のティターニアは少し気がかりだった。ため息が多くなったし、屈託のないそれこそ花の様な笑顔を浮かべる事が少なくなった。どんな悩みを抱えどんな思いにとらわれているのかはわからない。せめて気分転換になれば、と半ば無理矢理連れ出してしまったのだがどうやら気に入ってくれた様だった。以前の様に朗らかに笑い、鼻歌混じりに花を摘んでいる。
「花ってのは、いつでも女性を引き立てる味方だな。この花で作られたルージュも、きっと素敵な物なのだろう」
「せやけど、これだけ綺麗に咲き誇ってると摘んでえぇんかちょっと躊躇うなー」
 どこまでも続く花畑を見つめ、ティターニアは首を傾げる。シーナは摘んだ花の横にあった開ききった花を茎から手折り、ティターニアの髪に挿した。
「尻込みして無いで、自分の思った通りに行動してみろよ」
「尻込み……かー。うん、せやな。悩んでる暇があったら走りながら考えたらえぇって教えてくれたんはシーナはんやし。おおきになー。また、忘れて立ち止まってまうところやったわー」
 髪を彩る花を手で確かめ、ティターニアはコクンとうなずいた。

「紅の花摘みか。そういえば子供の時以来だなぁ……」
 イツキは手袋をはめながら思い出す。大人にほめてもらいたくて、いっぱしに役に立つのだと認めてもらいたくてよく手伝いをした。場所が場所だけにもっと豪快にどデカイ大きさの花だったが、性質は同じだろうと思う。
「わーい! 紅花摘み紅花摘み〜一度、摘んでみたかったんだ!」
 甘酸っぱい追憶に浸るイツキを中心に大きく円を描きながらリンは花畑の周りを駆け回っていた。感動と感激と気合いと情熱がリンをひとところに留めておかない。衝動の赴くままにとりあえず……走る。
「あんちゃん! あんちゃんは紅の花摘み得意なんだっけ? 郷じゃ村一番の花摘み名人だったんだよね。もしわからないことがあったら教えてね」
「リン殿、紅の花は可憐だがトゲがあるので……って手袋、もうしてるのか」
「え?」
 揃いの作業着を着たリンの両手にはしっかりと手袋で保護されている。
「さすが楽しみにしていただけある」
「紅の花って餅にしたら少しになっちゃうんだよね。それって、美味しい?」
「あ、いや、紅の花餅は食べ物ではないぞ」
 リンの動きがぴたっと止まった。
「あ、あれ〜小腹が空いたな。もしやリン殿は弁当は……」
「あ、あるよ。自慢の出汁巻き卵とおにぎりだよ」
 なんとなくぎこちない笑いを浮かべ、2人はお弁当が楽しみだと語りつつ紅の花を摘んだ。

「セラフィン、来てくれていたのか?」
「アロン様、ごきげんよう」
 手袋をはめた手を止め、セラフィンは少し離れて花摘みをしていたペテネーラを呼んだ。
「アロン様、わたくしの姉にござりまする」
「ペテネーラよ。初めまして。いつも妹がお世話になりありがとうございます」
 少し改まった口調と態度で丁寧に礼をすると、ペテネーラは手袋を外して白くたおやかな手をアロンへと伸ばす。
「そんなことはない。俺がセラフィンに世話になっているのだから」
 アロンも手袋を外して握手を交わす。
「紅の花は黄色のお花なのですね。お話を伺ったときは赤い花なのだと思っておりました。でも、少しだけ赤みを帯びてとても綺麗」
「本当ね。それに朝の空気も清々しくて気持ちがいいわ」
 すっかりコツを覚えたのかペテネーラの背負ったかごにはもう一杯紅の花が摘み取られている。
「昼まであまり時間がない、申し訳ないがよろしく頼む」
 アロンが立ち去るとセラフィンとペテネーラはもう一度手荒れ防止の手袋をはめ直した。

 揃いの作業着を着るとなんとなく気合いが入る。村人達と同じ物だが、褪せた色の具合も慣れて生地が柔らかくなった様子も一着ずつどれも違う。ユディールが借りているものは比較的新しいが、洗って適度に色が落ち着いた感じがある。
「トゲに気をつけるようにとの事だが、大丈夫か?」
「あたしの心配か? まだ朝露にぬれて柔らかいからこうして摘んでも痛くはないよ」
 よかったと返すアロンに視線を合わせると見つめ合っているようになってしまい、ユディールは無理に花へと向き直り、ことさら真剣に花を摘む。けれど摘んでいると少しずつ波打つ心も平静を取り戻していった。素朴で野趣あふれる花には華麗な花にはない美しさがあるとユディールは思う。
「アロンってさ、頭にくっついてるのは薔薇だけど中身は紅の花っぽいよな」
「……そうだろうか? ユディールも花の様だと思うが、巧くたとえが思いつかない」
「無理すんなって。あ、おばちゃん、それお昼のお弁当?」
 照れ隠しの様にユディールは走り出した。

 村で用意した作業着に着替え、摘み取り方の手ほどきを受けたセラは広大な花畑へと向かった。何かを探しているかのようにあたりを見回す。
「セラ! こっちこっち」
 他の冒険者達や村人達と花を摘むヨハンが大きく手を振り、それからセラを手招きする。
「仕事帰りで遅くなりました」
「そんなことはないよ。忙しいのに手伝いに来てくれただけでうれしいよ。ね、アロンさん」
 ヨハンに言われアロンも『その通りだ』とうなずく。
「前にも紅が名産の村へ来たことがあるけれど、この村もすごいのね」
 広大な紅の花畑を見て感嘆の声をあげたセラは腕まくりをして気合を入れる。

 一心不乱に花を摘み、気がつけば秋の柔らかな光を注ぐ太陽は空高く昇っている。村の女達が花畑のあちこちに作業の終わりと食事の支度が出来たことを告げて回ると、あちこちに散っていた冒険者達が少しずつ集まってくる。

 花摘みは皆と一緒に固まって作業をしたが、昼の食事は花畑の隅にヨハンとセラ、2人だけで並んで座った。
「重労働ってわけではなかったのかもしれないけれど、一生懸命だったから時間はすぐに過ぎたけれどお腹も空いてしまったわ」
 素朴な村のお昼ご飯は少し味が濃いけれどそれも暖かくておいしい。
「名人の花畑だけあって、花の数も色も見事なものばかりだったね」
 目の前の花畑に残るのはもう開ききって紅にはならない花だけだ。セラの髪に挿したら似合うだろうか……ヨハンは思い描く。
「いい紅になるといいわね」
「あぁ、いい紅になるといいね」
 優しい日差しが降り注ぐ。

 緑の残る草の上に真っ白で大きな布を敷き、カナエとカイは靴を脱いで足を伸ばして座った。午前中の仕事で疲れた身体に微風が心地よい。バスケットからは紅茶とベーグルサンド、一口大のマロンパイがたっぷりと詰まっている。目の前に見えるのは、ゆらゆら揺れる紅花の茎。手元には一掴みだけもらってきた小さな紅の花びら。
「不思議ですね。この可愛い花から赤が生まれてくるなんて」
「この土地の花々が美しいのは過去を昇華させようという心があるからなのですね。その想いが伝わって来るようです」
 日傘を掲げ、うっとりとカイはほとんどの花の消えた花畑へと視線を投げる。
「紅の花からは染め物も出来るんです。深い紅から柔らかな桃色まで本当に綺麗な色に仕上がるんですが、情熱という花言葉もそこから来ているのかもしれませんね」
「染め物などの体験できるような催しがあればよろしゅうございますのにね」
 カイの言葉にカナエは小首を傾げる。
「体験? そうですね。もしかしたら誰かが染め物をしているかもしれません。後で村の方に聞いてみましょうか」
「是非わたくしも拝見したいものです」
 2人はニッコリと微笑みを浮かべる。

 アルセリアスとアンジェリカは名人の家から離れた場所にある木陰に敷物を敷き、持参してきた弁当を広げる。アルセリアスは紅茶用の茶器一式を広げ、高価で希少な茶葉を取り出す。
「猫さん茶器、とっても可愛いです〜、使うのが勿体無い位ですね〜」
 アンジェリカはうれしそうにアルセリアスが並べる可愛らし茶器を手にとった。猫の絵が描かれた薄い磁器は美術品の様にも見える。
「ダージリンでよかったか?」
「うれしいです〜ダージリンは大好きです〜」
 胸に茶器を抱きかかえたままアンジェリカは満面の笑みを浮かべる。アルセリアスが見たかった可愛らしいほほえみだ。しばらくの間あれやこれやと茶器を眺めていたアンジェリカだが、ふと思い出したようで荷を探り大きな包みを取り出した。中から出てきたのは2種類のサンドイッチだった。
「今度は切っただけじゃないですよ〜?」
 冗談っぽく言いながらアルセリアスへと勧める。薫り高い茶を淹れたアルセリアスはタマゴサンドを取った。
「美味いな」
 一口食べてアルセリアスはアンジェリカに微笑みかける
「そんな……」
 アンジェリカは両手で頬を挟むようにしてうつむく。頬は熱を持ったかのように熱くて、きっとピンク色に染まっているだろう。

 昼まで真剣に働いてペテネーラ渾身のミートパイを食べたセラフィンは不意に睡魔におそわれた。秋とはいえ真昼の太陽は心地よく何もかもを照らし降り注ぐ。
「ちょっとだけ……」
 こてんとセラフィンの身体が傾き、頭がペテネーラの膝に落ちる。
「こうやって外でのんびり過ごせる季節も、もう少しね」
 セラフィンの頭を撫でながらペテネーラはつぶやいた。

「えっとぉ……お疲れさまでした。お仕事の後にいただくお食事はおいしいですね」
 膳の上にはパンやうどん、ソバが並び、大きな食卓には総菜の大皿が所狭しと並んでいる。オウカはあれこれと皿に取り分け、皆に配る。
「アロンも皆もお疲れさんだ。どれも地物の野菜や魚らしい。なるほど美味い」
 濃いめの味付けをした野菜や魚の煮物、漬け物、炒め物、どれも凝った料理ではないが新鮮でおいしい。
「しかし紅の美しさには驚かされる」
 凝縮された紅は光をはじき緑掛かった玉虫色に見える。相反する色が混ざり合ってとても綺麗だとエッシェは思う。
「アロンさん、マデリンさんに此処の花の紅、持って帰ってあげたらいかがですか?」
 きれいな紅が嫌いな女性はいないだろうとクオンは言う。
「紅は食べられないのにか?」
「なんてことを! し、しー黙ってください」
 言ったアロンよりも聞いたクオンの方があわてている。
「アロンさん、その……アロンさんの物語、聴かせてもらえますか?」
 ダナイは真剣な顔でそう言った。
「俺の、物語?」
「はい、そうです」
 怪訝そうなアロンに期待を込めてダナイは言った。

 広大なザイファ老の花畑からも紅の花が消えた。摘み取られた花は花餅となり様々な行程を経て、紅となる。それにはもう少しだけ時間がかかりそうであったが、今年も村は無事に冬支度を整える事が出来そうであった。


マスター:蒼紅深 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:20人
作成日:2008/11/02
得票数:冒険活劇1  ほのぼの15 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。