過ぎ去りし日 繰り返す悪夢



<オープニング>


●過ぎ去りし日 繰り返す悪夢
「トリック オア トリート!」
 夕暮れとともに、何軒かの家の玄関を訪れる影。
 魔物……? いや、それはごく普通の村の子供。仮装と呼ぶにはあまりに簡素な、黒いフードを目深に被った姿。
「ど、どうぞ……これが今日の分です……」
 にも関わらず、家から出てきた大人は脅えるようにお菓子の入った袋を差し出した。
「ありがと♪」
 子供は意気揚々と帰路につく。そんな光景が村の随所で見られるが、この時期、似たような祭りをやっている村は多く、特に珍しいものでもなかった。
 ――このときだけの事ならば。

 そう。この村では明くる日も、そのまた明くる日も、祭りの日が過ぎ去っても尚、まったく同じやり取りが繰り返される。子供たちは自分の家になど帰っておらず、数日前までは居た『村長』の家で暮らしながら。
 もちろん、大人たちも初めは脅えてなどいなかった。説教と共にお菓子の差し出しを拒否する者や、子供を抱きしめ、帰さぬようにする者。
 だが、そのいずれもが翌日を迎えることはできなかった。お仕置きという名目の下に、無数の飛礫のようなものに身体中を穿たれ、穴だらけの無惨な姿になり果てていたから。
 そんな事件が繰り返されるうち、いつしか大人たちの間に『恐怖』が生まれる。
「子供たちが訪ねてくるのがコワい……」と。

●依頼
「新たなドラグナーが確認できたわ。とある村で子供たちを籠絡し、その子たちを利用して、手出しできない大人たちを恐怖に陥れているらしいの。大人たちは皆、いつ訪ねてくるか分からない影に脅え、お菓子を用意する。子供たちは良いように利用され、命を弄ぶ理由を作らされている……隠れ潜む邪悪な存在の享楽のために」
 語気に微かな怒りを滲ませながらそう言うと、運命を信じてる霊査士・フォルトゥナ(a90326)は、地図の1点を指し示しながら、霊査の様子を一通り語って聞かせた。
「だけど肝心のドラグナーについては、はっきりと姿を確認することが出来なかったの。ただ、子供たちだけを籠絡した手口から見て……親しみ易い姿なのか、そうでなくとも、あからさまな異形ではない事だけは間違いないでしょうね。村に入るタイミングを始め、村での行動はそれを念頭において頂戴」
 フォルトゥナが念を押すように告げた。
「それから、敵の能力だけど……話したとおり、広範囲に散る飛礫のようなもの。何故か後には何も残らないから、実体のない攻撃かも知れないわ。いずれにせよ姿も見せない卑怯者の技なんて貴方たちにとっては大した脅威じゃないでしょ? それより、ドラグナーは常に傍らに村の子供たちを幾人か侍らせているみたいだから、半ば洗脳されているその子供たちが、どういう行動にでるか……そっちの方が重要な問題かも知れないけどね」
 それと最後にもう1つ……そう言ってフォルトゥナが言葉を付け加える。
「敵は逃げの算段だけは早そうね。要はドラグナーを逃さず倒せればOKなんだけど……戦う場所によっては難しいかも。それと……全員とは言わないまでも、できれば子供たちは1人でも多く助けてあげて。後でどうなるのかは、村の大人たちの判断だけど、少なくとも心根まで悪に染まった訳じゃないんだから。悪夢の連鎖から救ってあげて!」
 と。
 それだけを伝え終わると、彼女は……黙って冒険者たちに背を向けたのだった。


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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
蒼首輪の猫・ルバルク(a10582)
白竜の語り部・ラト(a17147)
天黎月蒼・ラピスラズリ(a23356)
空白の大空・マイシャ(a46800)
漆黒の暴渦・キョウ(a52614)
常夜をひらく鈴の音・クルシェ(a71887)
陽炎稲妻水の月・フォンゼイ(a74521)


<リプレイ>

●悪夢の繰り返す村
 ――ドラグナーが現れたという件の村。
 到着した時のあまりの静けさに冒険者たちは、晩秋という時期が示す以上の薄ら寒い感覚を覚えた。
 家から立ち上る煙もあり、決して生活感が無い訳じゃない。ただ真っ昼間にも関わらず、誰も外に出ていないだけ。
「皆さん、夕刻を恐れて……」
 お菓子は買ってくるものじゃない。日中に作って子供たちの訪問に備えねば、自身の命がない。想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は、それに思い至るや、切なさと共に瞳を伏せた。
 一方でラピス(天黎月蒼・ラピスラズリ(a23356))、光明の詩を紡ぐ・クルシェ(a71887)らは同様に意味を察しながらも、逆に憤りを募らせる。
「赦しがたい非道ですね」
「ええ。子どもを利用してのこの非道ぶり……決して許せるものではありません、ね」
「これまで亡くなられた村人の為にも、必ず討ち倒します」
 グッと拳を固める2人。その様子を見、持ち前の正義を燃え上がらせる陽炎稲妻水の月・フォンゼイ(a74521)が大仰に頷いた。
「まったくだ……だが、その悪行も今日まで」と。
 そんな彼らは、人がいないのを良いことに、易々とかつての村長宅と思しき邸の近くに陣取ると、息を潜めて時を待つ。
 中の音は聞こえないものの剣呑とした気配もないことから、中は至って平和……いや、今も悪意の種が蒔かれている最中なのだろう。

 やがて、すっかり日も傾き、辺りが次第に薄暗くなってきた頃、ついに悪意が蠢き始める。
 目深なローブを被った幾人かが、バスケット片手に相次いで邸を後にした。背格好からは明らかに子供。しかしその中にドラグナーが姿を潜ませている可能性を念頭に、冒険者たちは邸の捜索と尾行の二手に分かれる。
「じゃ、敵を見つけた方が『呼ぶ』で良いね?」
 漆黒の暴渦・キョウ(a52614)がラピスと互いの得物を取り替える。手元から消えたら、相手の元へ向かえば良い。
 そうやって受け取った剣『黒耀』の感触を確かめつつ気配を断つキョウ。同様に二振りの剣・マイシャ(a46800)もまた、沸き上がる怒りを内に抑え込むようにして身を隠した。
「それじゃあ、よろしく頼むのなぁん」
 村長邸前に残る面々に一声掛けると、白竜の語り部・ラト(a17147)もまた、子供たち同様にフードを目深に被って姿を消す。子供たちの列に加わって勝負を賭けるために。
 しかし……ラトが加わるより先に、子供たちは二手に分かれる。
(「でもここじゃまだ、邸からの目が届くかも……」)
 今すぐ手を出すわけには行かなかった。

●敵はどっちだ?
(「どうしよう……!?」)
 僅かな沈黙を真っ先に打ち破ったのは蒼首輪の猫・ルバルク(a10582)。
(「猫はあっちを追いかけるにゃ!」)
 唇の動きでそれを伝えると、分かれた一方を追いかけてゆく。裏目に出れば各個撃破というリスクはあったが、それでも価値ある決断であった。

 そうやって追跡班が分かれた頃、邸のメンバーも行動を起こしていた。万一に備え、ラジスラヴァとクルシェが外に待機。あとの2人が邸の中へ。
「さて、と……どこにいるやら」
 慎重を期して気配を探りながら進むラピスとフォンゼイ。だが、邸とは言え所詮は小さな村。日の入りと共に明かりが灯ると、扉の隙間から光がこぼれ、それを見つけるのは極めて容易いことであった。
(「さて……では行くか」)
 フォンゼイが先に立ち、部屋の前へ。楽しそうにはしゃぐ子供の声が聞こえる。
 合図役のラピスと視線を交わしてから、一気にノブを引く。と同時に全身から眩いばかりの閃光を放つ。
「わぁっ!」
 突然のことに驚きの声が挙がったのも一瞬。1人残らず、そのままの様子で硬直してしまう。
「見る限り、みな子供のようですね……」
「だが、油断はできん。この中に紛れているやも知れんからな」
 部屋にあってもフードを被ったままの子供たちを訝しみつつも、緊張を解かぬ2人。
 明らかに早く回復する者がいれば、そいつがドラグナー。瞬きすらもが命取りになりそうな……部屋は極度の緊迫感に包まれていた。

 ――その頃。子供たちの追跡班の一方。
 改めて周囲に人の目がなくなったのを見計らい、ラトが子供たちに近付く。
 そして一定のところまで近付き、柔らかく包み込むような歌を紡ぎ始める。
「誰……!?」
 突然近くに現れた彼女を問いつめようと、子供の1人が声を上げる。
 が、その答えを聞く間もなく、他の子供と一緒にバタッとその場に倒れ込む。
「……では」
 いつの間にか傍に忍んでいたマイシャが、1人1人の身体的特徴を確かめるべく、子供たちのフードをまくってゆく。無論、覚醒時にはすぐに跳び退けられるよう、構えながら。
「どうやら違うようです。皆、ただの子供たちですね……」
 しかしながら何らおかしな所は見あたらず、2人はすぐに仲間との合流を目指すのだった。
 ――それと同じ頃。もう一方の追跡班では。
「あの子たち、ろくな事を話さないにゃ」
 物陰を慎重に選びつつ、節々で耳に届く子供たちの会話に耳を澄ますルバルク。
 しかし、子供たちは遊びのことやら今日のお菓子の予想など、取り留めのない会話ばかり。到底、ドラグナーに繋がりそうには思えなかった。
 そしてそれは、ハイドを駆使してギリギリまで近づいたキョウも同様。
(「さすがにドラグナーはいないようだけどね……!?」)
 などと思いつつも、ドラグナーが子供に馴染んでいる事実からすれば、それすらも疑わしい。
 その後も少しだけ耳を澄ますも、話のレベルが変わらぬところを確かめるや、息遣いが分かるほどにまで間合いを詰め、一瞬で当て身を食らわせてゆく。
 子供たちは一言呻いた程度でその場に崩れ堕ち、ルバルクと2人で特徴を探るも、特に何も変わった所は見受けられなかった。
「ハズレかにょ……!?」
 と残念そうにため息をつくルバルク。が、その瞬間……傍らにいるキョウの手元から預かっていた剣がフッと姿を消した。
 ……それは、勿論ドラグナー発見の合図。村長邸に踏み込んでいる筈のラピスからの報せだった。

●子供たち
 『それ』は唐突に起こった。
 邸の一角にある部屋で、スポットライトの光に眩んで硬直した子供たちと対峙するフォンゼイとラピス。彼らの緊張の糸は、ある瞬間、ブチッという耳障りな音と共に断ち切れた。
 痺れを切らし、子供たちのフードを取って確かめようとフォンゼイが1歩動いたその瞬間……子供と思われたうちの1人が突然動いたのだった。
(「ドラグナー!」)
 真っ先に回復した者がそうと決めていたフォンゼイが、今度は怒りで敵を抑えるべくタピオを構える。同時にラピスも、自らの愛剣を手許に喚び戻す。
 が、残念なことに敵は彼ら2人よりもほんの僅かばかり早かった。
「僕に刃向かう大人が居たんだ!? でも村人じゃないんだね?」
 ドラグナーがその背格好同様に子供みたいな口調で呟き両手を翳す。そのターゲットは2人の侵入者ではなく……子供たち。掌から無数の光る飛礫が飛び散り。すぐ脇の子供が1人、甲高い最期の悲鳴と共に無惨な姿に変わり果てる。
「キミたち……冒険者、ってやつでしょ? 力じゃ敵わないんだったら、ね♪」
 フードが滑り落ち、ドラグナーの顔が露わになる。髪が薄く、首から上がところどころ鱗に覆われた異形。しかし、それされ見えなければ周囲の子供と何ら変わりはない。その姿でヤツが言うのは、子供たちを盾にする……という意味の台詞。
「どうすれば……?」
 ラピスが短く呟く。が、先手を取られた2人には為す術もない。更なる犠牲を避けるため、武器を落として投降の意を示し時間を稼ぐフォンゼイとラピス。今、彼らに出来るのはただ祈ることだけ……。
(「間に合ってくれ……」)と。

 そんな2人に最も近いのは、先ほどの悲鳴を聞きつけ、即座に邸へ潜入したラジスラヴァとクルシェ。
「まさか……!?」
 最悪の展開を脳裡に浮かべ、手を分けたことを少し悔やむラジスラヴァ。
 声のした方へ急ぐと、すぐに明かりが漏れた部屋を見つけた。
「あれですね」
 希望を失うことなく、黒き炎を纏いながらクルシェが急ぐ。2人が駆け付けたその先に広がるのは……、幾人かの幼き遺体と、それらに手を伸ばすように倒れ伏す2人の仲間の姿。そして残る子供たちを後ろに集め、狂喜を浮かべるドラグナー。
 抵抗もせずに攻撃に曝されたラピスとフォンゼイ。彼らを嘲っては更に子供たちを殺め、意を挫くドラグナー。希望を踏みにじるその姿は、子供たちにとっての『友達』から『恐怖』の対象に成り果てて……。
 それでも力尽きる寸前まで、子供たちを救うべく這うように近付く2人。しかし、それも及ばず……そんなやり取りが容易に浮かぶ様だった。
「許せない!」
 即座に歌を紡ぐラジスラヴァ。冷静に……。溢れる怒りを胸の内に抑え込むよう言い聞かせつつ、静かな眠りを与える歌を。
 それに気付いたドラグナーが再び人質を取るより早く、部屋を新たなる眠りが支配した。途端、部屋は安眠空間へと変わり、残った子供たちをドラグナーの視界から消し去る。
「良かった。じゃ、今のうちに……」
 すかさず、仲間たちを救うべく駆け寄るクルシェ。今ならまだ助かるかも、という一縷の望みを抱きながら、2人を外に運び出す。ラジスラヴァが歌で無理やり抑えつけている間に。
「ラピス! フォンゼイ!」
 そして何とか運び終える頃になって、追跡班の面々が到着し、無数の飛礫に穿たれた仲間の痛ましい姿に少なからず衝撃を受ける。
「すぐに……すぐに決着をつけてくるなぁ〜ん」
 怒りを滲ませたラトが、キッとドラグナーに目を向けた。その気持ちは皆も同じ。皆、怒りを隠そうともせずドラグナーに対峙した。
 目覚めたと同時に目の前でヤツを挑発するキョウ。そして怒りに包まれた敵の不幸を増長させるべく、不吉の描かれしカードを投じるマイシャ。
 そのまま怒りに囚われたドラグナーを、部屋から遠ざけるべく慎重に外へ誘き出す。
「もう、退場して構わないにゃ!」
 玄関ホールに達したのを機にルバルクが振り向き、無数の木の葉でドラグナーを縛る。屋外まで出ては逃亡の恐れがあることからすれば、最善と言えた。
 そして、それに続いてキョウは動けなくなったヤツを狙い澄まし、限界いっぱいまで闘気を凝縮した修羅廼罷此華を叩きつける。
 さらにクルシェも宙に描いたエンブレムを火球となし、ドラグナーの全身を灼く。
「ぎゃああぁぁっ!」
 姿に似合わぬ叫びを上げるや、一転して逃げに走るドラグナー。それも、再び人質を取るために奥の部屋へ。
 しかし、それをラトが体当たりで阻止してのける。
 その次の瞬間、怯んだままのドラグナーの心臓を、ルバルクの描いたエンブレムが一息に焼き切ったのだった。

●過ぎ去りし日は戻らない
 ドラグナーは倒したものの、幾人かの幼き命を散らせてしまった。助けられなかった子供たちを振り返り目を伏せるしかできない冒険者。もしかしたら助けられたかも――そんな後悔の念が脳裡をよぎる。
 しかし、時は戻らない。過去をやり直すことは出来ないのだから。
「それより……問題は子供たちです。子供とは言え、やったことが悪いことだと教える必要がありますよね」
 ラジスラヴァが未来に向かってキッパリと言ってのける。操られていたからと言って罪がない訳じゃない。目を逸らせてばかりは居られないのだ。
「そうなぁん。子供達に、何があったかちゃんと理解して貰うなぁ〜ん」
 ラトが力強く同意する。そこで2人が主導となって、子供たちに一連の事件を説明し、同時に犠牲となった人たちが居ることを教えた。
 ――子供たちの中には、そこで初めて親を亡くしたことに気付く子も居た。
 危ういところで一命を取り留めたラピスは、そんな子供たちの様子を黙って見つめていた。
(「つらい、ですね。でも僕らに出来ることはドラグナーやモンスターを倒すことだけ。あの子らの心までは癒しきれません。せめて生き残った人々で強く生きてもらえたらと思います……」)
 そうやって事の重大さに気付いた子供から順に、親元へ送り返しにゆく。マイシャやクルシェ、フォンゼイまでもが手分けして一緒に回り、大人たちに許しを乞う。
「この子らもまた被害者なんだ。頼む。許してやってはくれないか……」と。
 同じ村のことゆえ素直に納得する者や快く受け入れる者の方が多かったが、中には納得できない者だっている。その多くは今回の件で身内を亡くした人たちで……、子を失った親に至っては冒険者たちを非難する者まで出てくる始末。
「……それにしても、久々にキツイにゃな」
 戻った仲間たちの口からそれを聞き、ルバルクは思わず本音を零した。
 が、それでも冒険者たちはすべてを受け入れるしかなかった。亡くなった村人たちへの鎮魂歌を紡ぎながら。

 【終わり】


マスター:斉藤七海 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2008/11/12
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