なげきたまひそ



<オープニング>


 鮮やかな血にまみれた怪物の醜い手のひらには、かわいらしい小さな心臓がひとつ。
 愛惜しむように、慈しむように、怪物はその小さな心臓を懐にしまった。面に覆われた怪物の顔は見ることが叶わないが、その面は涙顔。
 泣いているわけではないのだろう。悲しんでいるわけではないのだろう。
 それはただ、そのような姿をしただけの、モンスターなのだから。

「早急に赴き、始末して欲しいモノがいる。道化師めいた格好をした、一体のモンスター。人に似るけれど、人と見間違うことはない。地につくほど腕は長く、爪は異様に発達し、毒を孕む。離れた相手にその手は届かないけれど、その腕の間合いに入るには……死の覚悟すら必要」
 よく手入れされた指先を宙にとどめたまま、女は用件のみを手短に口の端にのせた。軽く握られた指の間からのぞく葉巻の吸い口は、未だ女の口唇を彩る紅の色を移していない。
 女の名は、暗夜の霊査士・ジナイーダ(a90388)。霊査の術で見えた光景を、冒険者に伝える役目を負った女。
「とある村に現れたソレは、少女を一人その手にかけたあと、途中で遭遇した村人たちには目もくれずに、そのまま村を立ち去った。ソレはどうやら、手にかける対象を選定するみたい」
 若い女性を狙うのだという。特に、少女と呼ばれる年頃の娘を。
 たなびく紫煙を見つめながら、女は言葉を続けた。
「ソレはいま……原野に通された一本の道を進んでいる。その先には、町がある。原野は草木まばらで、岩がちな場所。見通しは悪くはないから、道沿いに追いかければすぐに見つかると思うわ。でも、夜が明けてからでは手遅れ。太陽が昇る前に、確実に仕留めて頂戴」
 完遂を期待してる……女はそう締めくくると、手にした葉巻を口元へと運んでいった。


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参加者
夏休みは昆虫採集・チグユーノ(a27747)
鈴花雪・ソア(a32648)
熱風を纏いし者・ハイレディン(a48378)
花酔い・ラシェット(a53996)
賢鷲侯・セラシオン(a62546)
朗らかなる花陽・ソエル(a69070)
銀眼の射手・ヴァルデマール(a74568)
暁に荒ぶ・タユ(a75218)


<リプレイ>


 真っ白に冴えた月が、夜の帳にぽかりと浮いている。寒空にひときわ大きく輝く月は、あまりに美しく、どこか作り物めいた嘘くささすら感じさせる。
 虫の音も響かない初冬の原野を、冒険者たちは駆けていた。荷車がどうにか一台通れるように地面をならしただけの、簡素な道を駆けていた。
「心を奪う……その意味をはき違えるのは、所詮紳士とは言えぬ道化ゆえか」
 白くかすんだ息が、風に千切れて後ろへと飛んでいく。賢鷲侯・セラシオン(a62546)は、真っ直ぐに前を見据えたまま、誰に言うともなく呟いた。
「それを判じること叶わぬのが、モンスターという存在よな」
 一拍置き、すぐ隣に並んでグランスティードを駈っていた、銀眼の射手・ヴァルデマール(a74568)が相槌を打った。彼はそれ以上口を開くつもりはないらしく、用心深く弓を抱えなおすと、黙々と走り続けた。
 煌々と地面を照らすホーリーライトの灯りの外は、暗闇だ。月明りのおかげでかろうじて物影くらいは見えるが、静まり返った原野はまるで海のただなかのようで、心を冷え冷えとさせる。
 寒さですっかり赤らんでしまった指先に息をはきかけると、朗らかなる花陽・ソエル(a69070)は同乗した召喚獣の主である同い年の少年――鈴花雪・ソア(a32648)の夜風ではだけた外套を、かじかむ手で掛けなおした。彼は振り返って礼を言う代わりに、白い尾をゆらりと揺らせてみせた。
 もう出立してから何刻経ったかわからないが、月も中天から下りはじめている。ふと、ぽわぽわ製造中・チグユーノ(a27747)は、遥かな高みに鎮座する、ぎらつく月を振り返った。血なまぐさいことは無粋な、美しい夜だ。それとも、だからこそ怪物は血を欲するのだろうか。
「……! 止まろう、見えたわ」
 夕焼け小焼けの・タユ(a75218)が、彼方を指差しながら仲間に伝えた。その手には遠眼鏡が握られているが、ケースにしまわれたままだ。夜中では少々使い勝手が悪かったらしく、結局一度覗いただけでしまったらしい。
 うなだれたような格好で、異様に長い腕をひきずりながら、怪物は道を歩いていた。奇妙に大股で歩くさまは滑稽だが、得体の知れぬ不気味さもある。視界の悪さゆえ思った以上に接近してしまったが、まだだいぶ離れている。
 加護をもたらす祈りを、或いは黒炎を纏い、冒険者たちは戦の準備を進めていく。と同時に、ヴァルデマールがまず弓を携え忍びよると、怪物の動きを止めるべく影縫いの矢を放った。
「止めるに能わぬか」
 心の力に左右される一矢は、狙い外れて終わる。しかし、この攻撃で怪物の足が止まった。光を宿さない目が、冒険者たちを見据えた。
「簡単に足を止めてくれる様子はないですね」
 剣を鞘から抜きつつ、ソアが一歩前に進み出た。足を止めた怪物は、それ以上の追撃に移らない冒険者たちを無視して、再び歩き始めたのだ。後ろに控えているためか、ソエルやチグユーノら、少女たちの姿も判別できていない様子だ。
「いささか心苦しいことではあるが、ご令嬢方のご助力賜れば、あれを止めることも容易いというもの」
 槍の柄を握りこみながらセラシオンが苦笑する。怪物を止めるには、やはり少女の姿を見せるか、力尽くしかないようだ。
「構いません。守ってくださると信じていますから……私も、此処から守ります」
 柔らかな微笑をこぼし、ソエルは腕にかかえた杖を心持ち掲げてみせた。


 吐き出される息は焼けつくほど熱く、乾ききった肺と喉を焦がしていく。手足のみならず、身体全体に疲労はのしかかり、熱風を纏いし者・ハイレディン(a48378)と、仮初の帳・ラシェット(a53996)の体力を奪っていた。
 できうる限り早く敵を捕捉するために先行していた仲間たちから、グランスティードに同乗せずに駆けてきた彼らは、やや遅れて戦場に着いたのだ。
「待たせたな!」
 すでに、彼らが追いつくほんの数分前に、戦闘は始まっていた。追う者と追われる者の立場は変わらず、しかし追われる者の力量のほうが、わずかに上。
 槍を持たない手を逆上げに払えば、開かれた手のうちから無数の細糸が宙に舞う。迷わず前線に飛び込んだハイレディンの放った抜き打ちの一手は、はかなくも霧散してしまう。
 彼の乾いた舌打ちの音を聞きつつ、ラシェットは闇色の刃を鞘走らせた。先まで長距離を駆けてきたとは思わせない様子で彼女はソエルの前に立つと、その肩に手を置き守護の力をもたらしていく。
「下がって」
 道化の怪物が、声も立てずに猛っていた。それまであらゆることに関心を抱いていない様子だったのに、後衛の少女らの姿を見とめるなり反転し、狂うたが如く襲い掛かってきたのだった。
 わずかな時間とはいえ、前衛二名を欠いての戦闘はやはり負荷が大きかったか、後衛に位置する者にもその凶手は幾度か届いていたようだ。
 ラシェットの構えた盾ごとはじき、怪物の爪がまとめて冒険者たちを薙ぐ。今まさに術を施さんと扇を開いたタユの顔に、ばっと血がはねた。
「ちょっと、何てことするのよ、もう!」
 呆気に取られたのも束の間、彼は両の手指を組み目をつむった。そして口中で何ごとか呟くと、力を持つ祈りの言葉が夜に広がり、身体を蝕む毒素を清めていった。
 その声に、歌声が重なった。いつものとろけた口調とは違う、澄んだ歌声をチグユーノが響かせた。祈りと歌声が絡みあい、冒険者たちの怪我を、そして失われた体力を癒していく。
「Bonsoir、暫しお付き合いいただこう」
 怪物の腕が地面を擦り、土をひっかく音が立つ。相対する時間を惜しみ、セラシオンが槍を携え突進した。遠くより撃つこともできるが、怪物が今なお少女たちを狙っていることを見て取り、彼は危険を冒し至近より雷撃を見舞った。
 ホーリーライトとは異なる白光が瞬き、そしてすぐに消えた。無造作に振るわれた怪物の腕が恐ろしい唸り声をあげる。だが、再び辺りが暗くなる合間に、ソアは怪物の懐深くに到達し、手にした刃を深々と突きたてていた。
 引き抜かれた刃についた血のりを見て、ソアは一瞬動揺した。もしや、怪物が懐に呑んでいるであろう少女の心臓ごと貫いてしまったのでは、と思ったからだ。しかしそれを気に掛けて戦えるほど甘い相手ではないらしく、飛び込みぎわに放たれた怪物の爪に、彼の腕は深くえぐられていた。
 間合いを取ろうとする怪物の横手より、ラシェットが踏み込む。薄明りを裂く黒刃が縦横に切払われ、防ごうと掲げた腕を、後退ろうとする足を、的確に刻んでいく。
 当初の作戦どおりに、冒険者たちは怪物と剣を交えつつ、徐々に陣形を動かしていた。仮に怪物が逃走を図ったとしても町へと近づかせない、反対側のほうへと。
「ご武運を」
 深海を思わせるソエルの瞳が、ハイレディンを見つめる。手にした錫仗を肩にそえれば、堅牢たる守護を約束する祝福がもたらされる。戦が始まる前に彼女が告げた通りに、彼女は前に立つ者を守るために、その力を惜しみなく揮っていた。
 加護を得たハイレディンは駆け、不敵な笑みを見せた。身をひねり、しなやかな長身のバネを力に変え、不運の絵札を狙いたがわず投擲する。弧の軌道を描いた札は、怪物の首を穿ちその身に残された幸運を奪い去った。
 札を払い落とすものの、訪れた不運はそれだけでは払拭できない。冷静に戦況を見据えていたヴァルデマールの弓が、動きを止めた怪物の隙を捕らえた。放たれた矢はおいそれと避けることもかなわない追尾の矢だ。流れをこちらに引き込むため、彼は攻の一手を打ったのだった。
「力を貸してね、可愛い天使さん」
 広げた扇を払えば、純白の守護天使達が冒険者たちにそっと寄り添う。仲間から守られる立位置を取りつつも、確実に仲間を援護できる距離に身を置いているタユは、前に立つ仲間の動きをよく支えていた。直に怪物を葬る力こそないが、その矜持は、強い。
 ふと気づけば、地平線の彼方がぼんやりと滲んできていた。夜が終わりかけていた。


 残された白い吐息がかき消えた。ほんの一秒前まで己の首のあった空間を、怪物の爪が切り裂いていた。爪が盾を掻き、勢いよく爆ぜた火花の只中を、ラシェットは刃を振り下ろす。
 怪物が纏うには妙に派手な衣は、すでにぼろのようだ。幾重にも太刀を浴びせられた腕もまた、血とも泥ともつかぬ汚れにまみれている。
 ほぼ、陣は成されていた。怪物と対しながら、同時に後ろの少女たちを守りつつ移動するのは難儀したが、町はもう背後にある。前衛の合間より垣間見えた少女らの姿を思わず目で追った怪物の肩口に、彼女らの姿を秘するかの如く、セラシオンの斧槍が打ちつけられた。
 声なき絶叫があがり、守りを砕かれた怪物は数歩、よろめいた。
 そして、見た。月明りに浮かぶ翼もつ少女の姿を。
 ――吾の所へおいでませ。
 チグユーノの口唇が声をたてずに形を描く。彼女の両の手のうちに生まれた灯りなき黒い炎が形を成し、無防備な怪物の涙面を焼き焦がす。怪物の望んだものは、彼女の内にも秘められている。ただ、そこには河より深く広い隔たりがあった。
「渡しません」
 進むことも、奪うことも、持つことも、認めない。横手より間合いに踏み込んだソアの両手が、怪物の不恰好な体躯を捉え、瞬きする間も与えず勢いよく地面に叩きつけた。なにかが砕ける音が響き、彼はわずかに顔をしかめた。
 その状態でもまだ動けるらしく、身体をひねり跳躍した怪物の腕が猛威を振るう。間を狭めていた冒険者たちの幾人かが巻き込まれ、文字通りの血風が夜を汚した。
 凄惨な光景だが、ソエルは目をそらすことなく、前に立つ者たちの姿を見つめ続ける。華奢な細腕を飾る腕環の装飾が小気味よい音をこぼし、鮮やかな輝石が祝福の光を宿せば、彼女の強固な願いが辺りを覆い、傷つけられた肉体を癒していく。
「後幾人、其の穢れた手に無辜の命を握り締めれば事足りるのだ?」
 霞んでいく療術の光に照らされながら、ヴァルデマールが厳かに問うた。無論、怪物相手に答えを期待しているわけではない。諭すわけでも、ない。言葉に次いで宙に放たれた矢は、彼の心根を映すかのように、真っ直ぐに怪物の腹を射抜いた。
「少女を狙うたぁ……卑しい根性の奴だな」
 ふいに後ろからかけられた声に怪物が反応するより早く、その腕はハイレディンに封じられていた。大道芸も終わりだぜ、と彼は言放つと、手に巻いた蜘蛛の糸をしめあげた。
 とうとう、終幕が見えてきたのだ。一気に決めるべく彼は顔をあげたが、突如嘔吐感に襲われ怪訝そうに眉をひそめる。
 毒だ。先の苦し紛れの一撃を受けたときに、前衛の幾人かの身体を蝕んでいたらしい。
「待ってね」
 こらえがたい毒の症状に苛まれ、怯んだ仲間たちにタユが声をかけた。余裕をもった口ぶりは、天性のものか、それとも演技であろうか。十も数えぬ少年とは思えぬ様子で彼は印を結ぶと、祝詞を口にした。とたんに、体内に残されていた毒がたちまち消え失せていく。
「幸運の女神が微笑みますように」
 タユのどこか艶のある笑顔に、ラシェットはかすかな微笑で応えると、地を蹴った。縛りあげてからいくらとかかっていないというのに、怪物は拘束をといていたのだ。もう互いに余裕もなく、これより先は、戯れという名の仮面を被った、生の奪い合いだ。
 迎撃せんと伸ばされた腕をラシェットの剣がいなし、怪物の半身が無防備に開かれた。そこへセラシオンが押し迫り、裂帛の気合と共に槍を突き出す。
 だが深々と刺し貫かれた槍を引き抜くのに、わずかな隙を生んでしまう。回避するためにのけぞるが間に合わず、怪物の間合いに踏み込んでいた者は手痛い一撃を喰らい、もんどりうつ。
 飛び散った血肉にまみれるのも構わず、ソエルは前に一歩踏み出すと、再び癒しの術を用いた。水面を走る波紋のように柔らかな光が広まり、弱まった冒険者たちの生命を燃えたたせる。
 この期に及んでも、まだ怪物は少女の姿を求めているのか。おぼつかない足取りで包囲を抜けた怪物は、数多の血を吸ってきた爪に力を込めていく。
 その爪が唸る前に、地を縮めるが如く一足で踏み入ったソアの両の掌が、そっと怪物の腹に押し当てられた。鈍い音とともに気が弾け、怪物が吹き飛ばされる。
 地面に投げ出された怪物の腕が、何かを掴もうと掲げられ、しかしそれは、何も掴めぬまま、粉々に砕け散った。朝焼けの逆光のなか、チグユーノの足元から伸びた長い影は虚無の腕となり、怪物の命を摘みとっていたのだ。
 ――結局、なに一つ貴方のモノにはなりませぬ。想いも、たった一つの心の臓とても……、と彼女は声にださず、囁いた。そして、どこか惜しむような吐息をひとつ、こぼした。


「やれやれ、まったく笑っていられない芸って奴だよな」
 ハイレディンは汗を拭うと、近くの岩の上に立って辺りを見渡した。意外と近くまで町に近づいていたのか、煙突から立ち昇る数多の煙が見える。
「芸の押売りも、花開く前の蕾を摘むというのも、どちらも野暮なこと。今宵が最期の晩となり、なによりだ」
 乱れていたスカーフを締めなおしたセラシオンが相槌をうち、彼のエスコートで再び同乗したチグユーノが、少しだけ寂しそうに、追いやられていく月と星を見あげた。
「夜が明けますわね……」
「そうね。夜更かしして頑張った甲斐があるってモノだわ」
 髪をとかしながら、タユが微笑んだ。おつかれさま、という言葉と共に。その様子を見てソエルは微笑むが、ふと涙顔の面を見て、表情はまたぞろ曇ってしまう。これが見せかけの涙であれなんであれ、命を奪った罪は許されるものではないのだから。
「何処かに残された良心かしら、ね」
 そんなソエルの肩に手をおき、ラシェットが隣に腰掛ける。はっとして振り向いた彼女に、「そう思うほうが、なんとなく物語的でしょ?」と微笑みかけた。
 ソアは怪物のそばで身を屈めると、懐のなかに包まれていた心臓を探しだし、それを丁寧に布で包んでいった。鼓動は聞こえない。当然のことだ。それでも、怪物はこれを欲した。無意味なことだと知ってか、それとも知らずか……それはわからないが、彼は心のなかで「確かに、返してもらいました」と呟き、怪物の傍から離れた。
 ヴァルデマールは無言でそのさまを見つめていた。目が合うと、彼はゆっくりと頷いた。
「しからば、参ろうか……」
 最後に少しの間だけ、彼は黙祷を捧ぐと、帰路についたみなの後に続いた。


マスター:扇谷きいち 紹介ページ
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