≪コルドフリード北辺調査隊≫氷原を遠く離れて



<オープニング>


 コルドフリード北辺調査隊が氷の大陸での冒険を終えて、すこしの日々が流れた。
 その後に起きた目まぐるしい出来事については、あらためて記すこともないだろう――。
 聖域での苛烈な戦いを経て、轟音とともに甦った古代の艦隊は、フラウウインド大陸より飛来したドラゴンロードを滅ぼすに至った。同盟諸国にはタロスたちが加わり、もうすでに、希望のグリモアの街にも機械の躯をもつ盟友たちの姿が見られる。
 吹雪舞う氷原を歩いた日々は、まだ昨日のことのようでいながら、遠い昔のまぼろしのようにも感じられるのだった。

「ん……」
 鏡をのぞきこめば、髭面の男がひとり。
 すっかり髭に覆われた顎をなで、鍛錬の霊査士・ジオ(a90230)は、すこし考えてから剃刀を置いた。まあ、いいか――と、呟いて。
 上着をひっかけ、裏庭へ出る。
 ランドアースの冬は、かの地に比べればまだ暖かいが、それでも、帰ってくれば身体はあっという間にこの気候になれて、風が冷たいと感じられてしまうのは不思議なものだ。
 荒れ放題になってしまっていた庭から、それでも茂り続けていたたくましい野菜たちを引っこ抜く。どうにか足りるだろう。
 さほど広い家でもないので、庭に面した戸を開けて、外にもテーブルとイスをセットした。やがて陽がゆっくりと傾き、暖炉の火にかかったスープがいい匂いを漂わせ始める頃、ジオは軒先にランタンを吊るす。
 そして、ともに旅した顔ぶれが、招待状を手に訪れるのを待つのだった。


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参加者
NPC:鍛錬の霊査士・ジオ(a90230)



<リプレイ>


 招待状に同封されていた地図を片手に、ヘルムウィーゲは町はずれにぽつんと建つその家を訪ねる。ちょうど一足先についたらしい、ふたりの影が、玄関の灯りの中に立つのを見れば、ホカゲとドライザムだ。
「お久しぶりですね。あれからすぐにドラゴンロードとの戦いがあって、みなさんと旧交を温める時間もありませんでしたが」
 と、ホカゲ。今日は同窓会のような気分です、というのへ、ドライザムも頷く。
「会えて嬉しいな。あの冒険の日々が鮮やかに蘇る。……む、髭は有り。揉み上げ長めもいいかも」
 最後のはドアを開けたジオへの挨拶のようだった。
「いらっしゃい。さあ、入って」
 髭面の霊査士に案内されれば、暖かな暖炉が燃える室内に、いくつもの慕わしい顔が。
「お久しぶりです。あれからずいぶんと経ったような気がします」
「でも解散してひと月ほどなんだよな……」
 ケラソスとハーゼだ。
 やがて――
 次々と、かつて氷の大陸を旅した面々がやってくる。
「本日はお招きいただきありがとうございますっ」
「やあ、バドくん。そんな大層なものじゃないよ。宮廷に招待されたような挨拶しなくても」
「赤ワインとジュース持ってきたぞー。外の冷気でいい具合に冷えてる……ような気がする」
「おお、ありがとう。クィンクラウドくんの差し入れは……、テラスに出しておこうか」
「と言う訳でいろんなダシになるもの持ってきましたー」
「む、これはなかなか。……って、ラスくん、いつ来たっけ?」
「暖かい、素敵なお宅ですね」
 ラスが持参した香辛料やら調味料やらの検分をしているジオをよそに、シスは宅内をぐるりと見渡した。やもめにしてはわりと小ぎれいな住まいだ。家具類は簡潔素朴なものであった。壁には、飾りがわりに、ひとつの大型盾が掛けられていた。表面はよく磨かれていたが、近づいて見ればいくつもの傷が刻まれている。
「良い匂いがしますね。ジオさんの手料理ですか。楽しみですね」
 ケラソスが、にこりと微笑んで言った。
「ランドアースも寒くなったからねぇ。温かい料理が嬉しい」
 シエルリードが言葉を添える。
「アザラシ料理なんだって? つくり方を盗んでいかなくっちゃ」
「よし、じゃあ、みんな座って」
 どうにか数をかき集めたので、バラバラの椅子に、それぞれがかける。
 隅の席にそっと腰をおろし、ハジは、晩餐の場を見回すのだった。
 酒や果汁が、それぞれの杯に注がれ。
「では団長」
「乾杯の音頭をお願いしますな」
 ドライザムとゼオルに促され、ジオが酒杯をとった。
「忙しい中、ありがとう。いろいろ話したいことはあったけど……みんなの顔を見たらもうそれだけでよくなっちゃったな。今夜は楽しんでいってほしい。――乾杯!」
「「「乾杯!」」」


「みな集まっての食事……、それもリラックスして、というとあのクレバスで鍋を食べて以来かもしれぬの」
 サタナエルが笑った。
「食事のバリエーションは乏しかったよな」
 と、ワスプ。
 極地での行軍では、切り詰めた物資の中での食事にならざるを得なかった。かの地の自然はランドアースのようなゆたかな恵みを与えてはくれなかった。そう思えば、この食卓にならぶのは佳饌である。
 前菜の皿には、新鮮な野菜や魚介によるマリネや、自家製のピクルス、素朴な味わいのキッシュなど。ハーゼの手土産のピッツァに、カルマ持参のサラダもそれに加わっていた。
 野菜だけをコトコト煮込んでつくったコンソメスープをすくって口に運び、ハジは、やさしい滋味がじんわりと身体にしみわたるように感じて、息をついた。
「ん――。これも美味しいよ」
 シュウは、ひとつの皿を隣に勧めた。それは、ラトレイアとタケルから白菜の差し入れがあったので、ジオがさっと炒めてつくった温サラダだった。
「人数多いからメインは大皿にしたよ。適当に好きなのとりわけて」
 そういって、ジオがテーブルの上に持ってきたのは、アザラシ肉のブラウンシチュー。雪花の意匠の鍋敷きのうえに、寸胴鍋ごと置いた。続いてパイ包み焼き。そして大量の茹でたジャガイモ、オリーブオイル香るパスタ、切り分けたパンなどであった。
「人数ぶんのお料理大変じゃなかったですか?」
 メリーナが気遣うのへ、こういうのは鍋に放り込むだけだから、とよそったシチューを差し出す。
「音楽と一緒でさ。料理もどれひとつとしてまったく同じってのはなくて地域によっても人によっても違うってのが面白いのな。まるで、調査隊の集まりみてぇ」
 いろいろな料理を少しづつとりながら、ハーツェニールが言った一言に、誰もが、最初に集まった日のことを思い出した。
 それから旅は4か月にも及んだ。
「俺はみんなと一緒に部隊に入れてよかった」
 ぽつり、とラスが言った。
「ずっといてもいいくらいだ。みんなと一緒に冒険できたこと、誇りに思うよ。ありがとうな」
「今思うとあっという間だった気がするな〜。こうしてしみじみ話せるのも、皆無事に帰って来れたからなんだけどね」
 と、ラトレイア。
 さまざまな困難や危機があり、発見や出会いがあった。
 いつしか食卓の話題は冒険の日々の思い出へ。
「セイウチ狩りを手伝ったタロスたちは息災かの。向こうの生活もこれから変わるのじゃろうな」
 サタナエルが言った。タロスたちが居住区としていた遺跡はコルドフリード艦隊として機動している。同盟の冒険者としてランドアースに移り住むタロスも多いことだろう。
「トンネルに侵入したあとが緊張のピークだったよ」
 バドがその時のことを思い出したように身を縮ませた。
「偵察に行ったみんなが戻ってきたときは泣きそうなくらい嬉しかったな」
「状況が見えない中、多数のドラグナーがいて心臓に悪かった。竜の巣へ向かうのに、蜘蛛糸で天井に張り付く作戦は、ちょっとやってみたかったな」
 ドライザムが笑った。
「トンネルを抜けてからの雪山の下山も、厳しくも楽しかったのです」
「雪に埋まったりしたよな」
「そして北辺遺跡を見つけた時――」
 シスの瞼の裏には、最北の空を背景に遺跡がそびえる光景がまざまざと浮かぶ。
「庭園の美しさには目を見張りましたし、まだまだ調べてみたかったですね」
「うん。グリモアは獲得できたけれど謎も残ったから。あの遺跡、本当に不思議だったね」
 シスとシュウが話すのを聞いて、
「あの庭園、艦隊が浮上しても、まだありますよね?」
 ペルレが、そう言って霊査士を振り返った。
「あるだろうね。ただ、内部のギアたちは艦隊起動とともにすべて停止してしまったそうだよ。園丁が働かなくなったら、荒れちゃうかもしれないな。誰か気の付くタロスさんが世話をしてあげてくれているといいけど」
 庭園が機械の園丁に整えられた様子を最後に見たのが一行だったなら、まるであの場所は、悠久の時を越えてかれらを迎えるために存在していたかのようだ。
「不可侵領域に最初に入った時のことを思い出します」
 カルマが言った。最初の到達時は、守護者たちの猛攻に撤退を余儀なくされた。
「本当に、全員帰還できてよかったです……」
 過去、危険な地に赴いた特務部隊の中には、仲間を失った部隊も少なくないのだから。
「通気口を滑り降りるのもかなりのスリルでしたな」
 とゼオル。
「そのあと、コルドフリード艦隊を起動させてドラゴンロードと戦って、よもや天空に裂け目をつくることになるとは……人生何が起こるかわからんものです」
「コルドフリード艦隊を見たときはやっぱ驚いたぜ」
 ワスプが応じた。
「ゼオルさん、あれから尻尾がすこし短くなったのではありませんか?」
 イアソンが冗談なのか真顔なのか判然としない口調で言ったので、皆が笑った。
「俺、こっそり日記を書いてたんだが」
 クィンクラウドが、使い込まれた赤い革表紙の帳面のページを繰った。
「どんな時でも『ドキドキだー』とか『楽しみだー』とか書いてあってさ」
「その時大変だったことも、今となればぜんぶ楽しい思い出になってるんだな」
 ハーゼが頷いた。
 過酷の旅の中でも見た、美しい極光や、目を見張る自然の風景もまた――。
「振り返ってみると、戦いよりも、みなで話した時のこととかのほうがよく覚えてるな」
 言ったのはトワイライトだ。
 たとえば、アザラシ肉の味も、そう。
 あの夜、みなで囲んだ鍋のような料理が食べたいと思っていたんだ、とアザラシのシチューを楽しむ。
「私にとってコルドフリードは故郷のようなもの……そして、探索隊と北辺調査隊は家族、のようなものかもしれません」
 そう言ったヘルムウィーゲは、二度にわたり氷の大陸への特務部隊に参加した一人。
「本当に……ありがとうございました」
 浮かべた微笑は、風に舞う粉雪のようにかすかで、清かで――。


 食事が済み、場はいっそうくつろいだものになる。
 甘いものは多くの差し入れがあった。
「フォーナ祭は過ぎたが、自信作じゃよ」
 サタナエルはケーキとプディングを焼いてきた。
 ケラソスからは紅茶葉と蜂蜜を用いたロールケーキ、レミールはいろいろな形のクッキーを。
「あ、あの……イアソン殿は、好きなお菓子は何ですかっ」
 カルマが、唐突に訊ねた。
「……? 何でも好きですよ。特に好きなのは、ぷりんでしょうか」
 ゼオルがテーブルに積み上げたプリンをすでに、ひとつ空けている。
「ぷ、ぷりんですね。……深い意味はないんですけど――、その、鍛錬の一貫です」
「???」
 誰かが淹れてくれたお茶の香り。
 酒を飲みたいものには、葡萄酒の余りや、タケル持参のよく熟成した蒸留酒が。ちょうどいいつまみに、ピヨピヨが探索にも携帯したワイルドファイア産の木の実がある。
「ところでみんな……これからはどんな冒険をするつもり?」
 琥珀色の酒をグラスの中で転がしながら、ジオが訊ねた。
「ま、普通の冒険者だな」
 とワスプ。
「グレスターもまだ戻せないし。あの艦隊を一隻くらい回せりゃいいんだが……。それはともかく、どっかの誰かのために戦い続けると思うぜ。依頼のあとは一生すれ違うこともないような誰かのためにさ」
「私も……他愛のない依頼も、ひとつひとつ着実に。最後にみなが笑顔になれるようなものだと力が入りますわね」
 オーロラが言った。
「冒険者はすごい力を持つようになった。一方で、強力な敵も。世界にあふれる圧倒的な力は、日々を懸命に生きる人たちの生活や幸せを簡単に奪っていく。……僕はそんな人たちを守りたいと思うんだ」
 シエルリードは言ってから、ちょっと照れたように微笑った。
「僕はグレスターがなくてもワイルドファイアの地図を完成させたいよ」
 とピヨピヨ。
「タロスさんたちがくれたアビリティを使って、探索を続けたいな」
「私は大陸のみならず、この『世界』がどんな姿をしているのか――、世界の果てがあるなら見てみたいですな」
 オーロラたちの弁が地の塩のような素朴だがかけがえない日々へ目を向けなおしたものだとしたら、ピヨピヨやゼオルが言うのは冒険者の本分ともいうべき未来への視線だった。
「私は……しばらくはすぐ帰れる場所での冒険をしていきたいです。……コルドフリードにいるあいだ、とても寂しい思いをさせてしまった人がいるから……」
 とはペルレ。
 もっとも、コルドフリードになにかあればそのときは――、と不敵に笑って付け加える。
「今までと同じような……モンスター退治やグドン対策や……そうした依頼を、あの太陽の下で続けるのも、すこしおかしな気がしますね」
 ホカゲが言った。
「天にあらわれた魔石のグリモア……世界をかつてのような姿に戻すことができるのでしょうか」
「一般人の中からキマイラがあらわれたなどとも聞く。人々の平穏を守っていかねばな」
 ドライザムの言葉に、みな同意を示すのだった。
「……私は戦中に身を置くのは性に合わないようです。人々の暮らしに近いところで頑張っていければ、と」
 タケルの弁に、ハジが続いた。
「戦いだけでなく、日常の些細なことからも一つ一つ学びたいですね。……もうすこし気軽に会話できるようになるとか……」
「平和になったら、のんびり旅でもしようと思ったが」
 トワイライトが言う。
「それはまだ先かな。……この世界を去って行った仲間たちが護ったものを、俺も護り続けるだけさ」
 それぞれに、冒険は続く。
 コルドフリードでまじわった道は、再び、それぞれの見据える明日へと。
 ラトレイアが、静かに口を開いた。
「けれど……あたし自身、力不足だって思い知らされたよ。皆に頼ってばかりで……だからまずそこを鍛え直したい。いろんな壁を乗り越えて、いろんな敵と戦って。仲間から安心してうしろを任せられる冒険者になりたいな」
 同じようなことを、思うものも多かったのだろうか。
「私も助けてもらってばかりでした」
「いや、俺こそ、タケルの旦那やメリーナの姐さんにはいつも……」
「入団届け通りに行動できず、恥ずかしい限りでしたわ」
「今でもやっぱり、私は団員の誰より未熟だと思います……」
「わかったわかった」
 ジオは笑った。
「今日は反省会じゃないよ。反省はいいことだけどね。得たことをこれからに生かしてくれればいいんだ」
 レミールは頷いた。
「はい。だから……これからもがんばるんです。また酒場でお会いしましたら……、よろしくお願いしますね」
 そして、皆へ笑顔を向けるのだった。
「あ、そうだ。俺、ジオの旦那に聞きてぇことあるんだ。なんで入団の許可をくれたのかってこと、聞いてもいいかな」
 ハーツェニールの問いに、ジオは穏やかな微笑で応えた。
「よく覚えているよ。ハーツェニールくんはね、『どうしても行きたい』って書いただろ」
 すこし可笑しそうに。
「そう書かなかった人のやる気を疑うことはない。でも、『どうしても行きたい』なんて言ってしまう正直さは、どこかできみの力になるだろうと――、そう思ったわけさ」


 助けられた礼を言い合ったり、思い出を語り合ったり。話は尽きず、夜はゆっくり更けてゆく。
 トワイライトはすこし離れて何をしているのかと思えば、皆の様子を絵に描いている。
 その絵の中でも、ジオは髭面であって……。
「解散を記念して『髭剃り式』をやったら?」
「私たちにしてみれば不精髭のジオさんが見慣れた姿ですけどね」
「いいんじゃないですか? 私の養父も髭をたくわえてました」
 ピヨピヨやホカゲらが口々に感想を言い合う中、レミールは幼いころ、頬ずりする養父の髭の感触に幼心に辟易したのを思い出す。

 メリーナは、心地よい喧騒を後ろに、テラスへと。
 飲み物のグラスを手に、ほう、と一息ついて夜空を見上げた。
 コルドフリードの氷原はすでに遠いが、見上げる星空はかの地にも続いている。同じように、仲間たちとの絆は、この夜が終わっても消えることはなく……見上げればそこにある極北の星のように、そこに輝いているだろう。


マスター:彼方星一 紹介ページ
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