しんくのかなた



<オープニング>


●しんくのかなた
 ――辛苦。真紅。深紅。
 撒き散らされるのはあなたの紅、あなたの苦しみ。
 壊れたように笑う笑う男が笑う、あなたの命を啜って笑う。
 真紅を。深紅を。辛苦を!
 行きなさい、生きなさい、逝きなさい。男が笑う、血塗れて炎を抱いた魔物が歌う。
 深紅の真紅の深紅の歌を!

「ああ……」
 今この瞬間、死に行こうとしている村娘は見た。
 残酷な人形劇にうたわれる真っ赤な魔物を見た。
 娘は震える。そして祈る。脳裏に浮かぶしんくのうたを振り払い――消え行く命の最後の力を振り絞り、襤褸屑のようになった身を川へと投げる。焼き焦がされたこの身を見れば、引き裂かれたこの身を見れば、常ならぬ事があったとすぐに下流へ伝わるはずだ――この身が、ひとの形を保ったまま流れ着けたならば、の話だけれど。

 誰か。誰か。誰か。誰か!
 気付いて、気付いて、気付いて、誰か!

●討伐
「歌う魔物――炎を撒き散らす、人の形をしたモンスターか」
 かつり、かつり。
 白と黒の駒が交互に行きかう盤の上で、黒い男と青の青年は互いに視線も交わさず声を重ねる。
「そう。……今のところ遺体が見つかったのはたった一人。命を賭けて、下流の村に異変を伝えた女の子ひとり」
 勇敢な子だねと、青の霊査士は痛ましげな声で言う。
 黒い医術士は答えずに、掌に乗せた銀の指輪を弄び笑う。
「成る程、それで今此処にある指輪はこんなにもくすんで傷ついてるというわけか」
「そう。……その子が伝えてくれたことを話すよ。今も壊れて燃え続ける村に居る魔物のこと」
 飛藍の霊査士・リィは冒険者達に目をやり、澱みなく魔物の性を語る。

 ひとつ、見目麗しき男だと。
 ひとつ、歌声に乗せて見えぬ刃を撒くと。
 ひとつ、歌声に乗せて源なき炎を撒くと。
 深紅の瞳に狂気を湛え、真紅の色した辛苦をばら撒く、さながら残酷劇のように理不尽な、滑稽な、そんな魔物であると。

「歌声に耳を塞いでも意味はない。刃は見えず、炎は傷から這い登る。――成る程、成る程。残酷劇に理不尽な終焉と滑稽な恐怖を齎す、破滅の化身そのものだ」
 魔物の力はグリモアの齎す冒険者の力に似て、物理的な対抗手段では対抗し得ぬ。
 抗する手段はただひとつ。揺るがぬ精神、あるいは頑健なる肉体――即ち己自身のみ。
 黒漣の医術士・セレノは笑って最後の駒を転がした。盤面に散ばる白と黒には最早目もくれず、愉しげに冒険者達を見やる。
「さあ諸君、準備は良いかね? 此処から先は我々の仕事だ。我々の力であれば難事ではない、そんな仕事だ。無論、容易くもなかろうがね――」


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参加者
暗黒火竜・デスペル(a28255)
咲き初めの・ケイカ(a30416)
灰燼・ティーフェ(a35938)
倖せ空色・ハーシェル(a52972)
蒼天を往く烏羽・ラス(a64943)
緋色の娘・ルビィ(a74469)
春告げの風・リト(a75409)
花唄テンポ・レッティ(a76328)
NPC:黒漣の医術士・セレノ(a90102)



<リプレイ>

●燻る村
 そこは最早、跡地とも呼べぬ焦土だった。
 未だ火と煙の支配し続ける、黒い黒い更地が「村」であった場所の全てだった。
 生きた人の姿はない。名残を残す骸さえない。瓦礫もなく、木材もなく、ただただ黒く燻る何とも知れぬものが広がっているばかり。焼けて煤けた空気に漂う血臭にも、溶け爛れたものが靴底に絡む感触にも数歩進めば慣れる、そんな場所。
「――早く出てきてくださいませね」
 勇敢な娘が愛しただろう村の面影は最早、何処にも無い。けれどこれ以上、この村が辛苦の深紅の炎に包まれる由縁もあろう筈が無い。
 囁くように灰燼・ティーフェ(a35938)が零した声に応えたわけではあるまいが、深紅の魔物は探すまでもなく黒い舞台で悠々と佇んでいた。
 地獄の大釜の底を思わせる惨状の中、一人真紅の絢爛な衣装を纏う男の足取りは、さながら大劇場の舞台を歩むよう。指の一本までも洗練された仕草は、万人を虜にするだろう稀有なる美貌は、舞台の上で我が物顔に物語を謳い上げる役者のよう。
 自らを半ば囲むように並び、各々の力で舞台を整える観客を視界に捕らえた魔物は、花香るような笑みを浮かべて一礼してみせる。
 そして朗々たる歌声が、人の身には理解できよう筈もない呪わしい言葉が、一瞬にして冒険者達の身へと襲い掛かった。
「苦しめる歌も破壊の炎も必要ありませんなぁ〜ん!」
 身を投げ危急を報せた少女の為にもと、決意を秘めて倖せ空色・ハーシェル(a52972)は最後の一人に鎧聖降臨の加護を授ける。後尾で祈りを捧ぐ姿勢は崩さぬまま、顔を上げた黒漣の医術士・セレノ(a90102)は身に降りた加護を確かめ微笑した。祈りは傷に這う炎を拭い去り、後方から花唄テンポ・レッティ(a76328)の齎す暖かな光が傷を塞いでいく。
「私はこんな苦しい歌なんかより、楽しい歌が大好きですのっ――素敵な娘さんを苦しめた罪は重いですわよ。覚悟なさいませ!」
 初撃は大事無く防ぎきれたようだと密かな安堵を胸に、レッティは魔物を睨みつける。
 命を賭して一矢を放った娘は最早還らず、常ならば私情を挟まぬ蒼天を往く烏羽・ラス(a64943)の胸にもその事実は重く響く。けれど彼の感じるものは怒りではない。哀れみでもない。ただ賭けられた命と込められた命に等しいもの、願いそのものの重み。
「……依頼は必ず達成させる」
 呟いて紫眼に魔物を映し、青年は黒銀の巨大な剣を振るう。その軌跡を追うようにして、後方から緋色の娘・ルビィ(a74469)が放つ黒い炎が奔る。
「歌で人を殺す、か。心底ムカつくね」
 鮮やかな緋色の瞳は鋭い光を湛え、言葉と裏腹の静かな声音には荒げた声よりも深い怒りが滲む。儀礼用の華麗な剣を強く握り、ルビィは仲間達と敵の様子を見つめる。攻めるか癒すかの見極めが、彼女の担う役目において最も重要であるからだ。
 短期のうちに全力を以て叩き潰す、それが今回彼らの選んだ作戦だった。

●紅い歌
「みなさまとご一緒なら、きっと遂げられます。――遂げてみせます」
 咲き初めの・ケイカ(a30416)は闇色の炎に包まれた手に曲刀を掲げ、一呼吸の後に振り下ろす。歌はしあわせの音。魔物がどうして歌うのかなど知らないけれど、これ以上歌で傷付く人を増やしたくなどない。
 強い意思に招かれて蠢き湧き出す虚無の手を見た赤い男は、それを振り払いかけて目を瞬いた。
 男の肩には、ケイカが虚無を呼ぶ僅か手前にティーフェが投じた禍々しいカードが刺さっていた。それは瞬時に溶け消えるように薄れ、後には黒く不運のしるしが広がる。同時に男を包む豪奢な衣装から感じる常ならぬ力が薄れたような、視覚では捉えきれない微妙な変化が現れた。
「炎を操るモンスターと聞いては黙っていられねぇな。俺の炎とどっちが強いかやってみようじゃねぇか!」
 悪魔染みた姿を象る炎に乗せた黒曜の邪竜導士・デスペル(a28255)の叫び声にも、狂える者は哄笑で答えた。蛇の吐息を含んだデスペルの炎は一度侵されれば易々と逃れられぬ力を秘めてはいたが、当たらねば当然ながら効果は齎せない。
 軽々と炎を避ける魔物を見て、恐らくは魔物が得意とするであろう属性を悟ったデスペルは眉を寄せる。それに加えて彼自身の力量や、話し合いで決めた作戦通りに、という認識――その中において、具体的に自分がどのような位置でどのような役割を果たすのか、という理解の欠如――もまた、大きな要因であっただろう。
「手短にお願いしたいものですね……」
 仲間の齎した異常を感じ取り、春告げの風・リト(a75409)は紫電纏う刃を手に魔物に肉薄する。切っ先が抗う力をなくした真紅の衣装に食い込んで易々と深く肉を抉る。しかし守りの力を失っていようとも、魔物は魔物。彼の一撃はそれなりの痛手を与えたものの、攻撃時以外はできるだけ距離を取る、といった行動が、やや集中力と命中率を削いでいた。
 魔物はぐらりと一瞬揺らいだものの、すぐさま反撃の歌を黒い焦土に響かせた。
 空気が肌が心が引き裂かれるような歌声。切り裂かれた傷口は熱を持ち、比喩でなく炎に焦がされてじりじりと嫌な痛みを伝えてくる。
「ちっ!」
「この程度の炎……!」
 唇を噛むデスペルとリトを見つめて魔物は笑う。真紅の瞳が喜悦に歪む。リトはすぐさま魔性の炎から逃れる事が出来たが、デスペルは捕らわれて小さく苦悶の声を上げた。それに気付いたルビィがすぐさま大きく息を吸い込む。
「殺すだけが歌じゃねぇって事、教えてやるよ!」
 響き渡る魔歌を押し返すように、高らかな凱歌が傷と炎を拭う。
 目まぐるしく移り変わる攻守、攻手。黒い舞台の上で10の影がくるくると立ち位置を変える。魔物を追い、囲みながら奮戦する前衛たちは勿論のこと、後方で回復にあたるレッティやルビィらも、他の癒し手達と範囲や効果が被りすぎないよう焦土を駆ける。
 さながら円舞のように群舞のように。
 刃と魔力の奏でる音は、呪歌と凱歌の双方を彩る伴奏の如くに。
 戦いが熾烈を極めれば極めるほど、舞台が力と血の極彩色に彩られるほど、高らかな狂笑に似た歌声は喜悦に満ちた。

●禍つ火
 結果から見れば、短期決戦という選択は非常に適したものであったと言えるだろう。
 魔歌が齎す炎は蛇のように絡み、易々とは離れぬものであったし、グリモアの加護があって尚も受ける傷は決して軽くなかった。もしもティーフェの操る蜘蛛糸の拘束やケイカの呼ぶ鎧剥す手が無ければ、もう少々苦戦させられたであろうが――たとえそれがなかったとしても、充分に目的を達しうるだけの火力、そして何よりも優れた連携の前には些細な事。
 分の悪い事を悟ってか、後ろを気にする素振りを見せだした魔物に対し、冒険者達の取った対応は実に迅速だった。
「絶対に……!」
「逃がしませんなぁ〜んっ!」
 響く歌に心折られぬよう、強く地面を踏みしめてケイカが業火の炎球を降らせれば、間をおかずグランスティードの突撃の勢いを乗せたハーシェルの岩砕く一撃が魔物に迫り、半身を吹き飛ばす。その隙に静謐満ちる祈りの圏内から抜け、ティーフェが魔物の背後へと回り込んだ。気付いて振り向いた魔物を見つめ、青い瞳が微かに細められる。
「次に撒き散らされる朱は、貴方の赤い血で十分でしょう?」
「逃がさねぇぜ、色男」
 凛と通る声に別方面へと視線を投げれば、炎色の瞳で睨みつけるルビィが。更に別の方面には、透る紅色の瞳で見据えるリトの姿が魔物の視界に映る。グランスティードを顕現させたメンバーが多い事――逃げられようともすぐ包囲しなおせる事は、今回の作戦において大きな強みだと言えるだろう。
「ラス様、皆様っ……あと少し、あと少しですわ!」
 レッティが励ましと共に癒しを齎せば、呼ばれたラスは振り向かず剣を振るう事で返礼とした。
 最も魔物に近い場所で傷も炎も厭わず、狂戦士の戦い振りで大きな打撃を与えている彼は傷を受ける回数も圧倒的に多い。
 ラスの紫眼と魔物の紅眼が交差しては離れ、どちらのものともつかない鮮血が散る。けれどその回数も段々と減ってきた。ハーシェル、リト、ラスの三名は魔物が苦手とする力技に優れた冒険者であり、三人ともが戦闘開始時点からほぼ攻撃のみに専念してきたのだ。更には後方からの援護もあり、いかに強大な魔物であってもそう持ちこたえられるはずが無かった。
「過ぎた恐怖は歌劇の中だけで良い。これで終わりだ」
 青年が低く零した言葉の意味など最早、魔性と成り果てた男には分からぬに違いない。
 それでも、黒銀の刃で腹から断たれた男は血塗れた貌で哂って見せた。
 白皙の美貌が罅割れるように歪む。
 人に似たそのかたちの殆どを失いながら、残された胴と首で音を紡ごうとした瞬間、火の粉が爆ぜるように男の体は爆ぜて消えた。

●還る祈り
 燻り続ける焦土に、清めの水が降り注ぐ。
 焼け跡から見つけた器を使い、あるいはフワリンを召喚してなんとか消火と瓦礫の撤去を済ませ、冒険者達は村の外に簡素な墓碑をひとつ作り上げた。
 殆どのものが焼け崩れ、僅かでも人の形を留めた遺体は片手の指で足りるほど。それさえも五体全て揃ってはおらず、残された手足が繰り広げられた殺戮の凄惨さを訴えていた。とても一人一人の墓を作る事はできず、けれど家族と共に葬ってやりたいと考える者が殆どであったから、結果としてはこれが最も適した形であろう。
 危急を知らせた娘の体は既に川下の村で丁重に葬られ、此処には移せない。だからせめてと、冒険者達の要望に応じて霊査士から渡された銀の指輪が、共に真新しい墓に埋葬される事になった。

 魔物の埋葬を終えたリトが戻ってくるのを待って、一同は思い思いに墓に祈りを捧げた。
「……気づきましたよ。貴女の行動があったからこそ」
 ティーフェは小さく囁く。もう二度と朱い歌は響かない。
 全てが消えた後には青く蒼く碧く、やさしい空が広がるばかりで。
「さぞや無念だったでしょうね……」
 呟くリトの傍らで、レッティは黙祷を捧げる。無念さと恐怖に竦むのではなく、抗った女性を想う。
「……もうこの村が無慈悲な炎に曝される事はないです」
 ケイカが両手を合わせて報告すれば、倣うようにセレノも一歩墓碑に近付いた。緩く目を細めて「お休み、美しい人」と労いの滲む言葉を落とす。
「今度は優しい歌が響きますように。おやすみなさい、なぁ〜ん」
 最後にそう告げたハーシェルの声に、傍らで立っていたルビィが目を瞬き空を見上げた。
 祈りを捧げ終えたラスが目で問うと、捧げるならば鎮魂歌だろうけど、と前置いて彼女は唇を吊り上げる。
「ガラじゃねぇし。歌うなら生命の歌を、真救の歌を……ってな」

 優しい歌が。華やぐ歌が。寿ぐ歌が。
 またこの地に響く日が来る様にと、真新しい墓碑と祈りだけを残して冒険者達は帰路につく。


マスター:海月兎砂 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2008/12/21
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冒険結果:成功!
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