木漏れ日綴り



<オープニング>


●木漏れ日綴り
 濃淡揺らめく薔薇色の紅葉に、鮮やかな紅色珊瑚にも似た小さな果実。
 庭の花水木は華やかな色彩に彩られ、梢から落ちる木漏れ日さえも何処か可憐な雰囲気を纏う。
 風が梢を揺らし木漏れ日が踊る様に瞳を細めた湖畔のマダム・アデイラ(a90274)は、硝子ペンに薔薇色のインクを含ませ花水木の梢と木漏れ日を手元の羊皮紙に描き出していた。紅葉と果実、そして木漏れ日を絡ませ意匠化して、秋の物語を彩る飾り枠を綴ってみよう――と思い至ったところで、傍らの寝椅子で読書をしていた藍深き霊査士・テフィン(a90155)が勢いよく跳ね起きる。
「やられましたの……!」
「誰に?」
 最近この子やられてばっかりやんね、なんて埒もないことを思いつつアデイラが訊けば、テフィンは「この本に」とたった今読み終えたばかりらしい本の巻末を開いてみせた。――なるほど、題名にも表紙にも『一巻』とは書かれていないのに、物語の最後にはしっかり『二巻へ続く』と書かれている。よくある悲劇だ。
 続き物だなんて思いもしませんでしたのと小さくむくれる彼女をよしよしと宥めつつ、アデイラはふとあることに思い当たって瑠璃の瞳を瞬かせた。
「あれ。この本の続き……マリオンちゃんのところで見かけたような気ぃするんよ」
 先日とある依頼で知り合った令嬢の名を口にして、「一緒に行く?」とアデイラは問い掛ける。
 森の館で本を綴りながら暮らす彼女のもとへ――丁度皆を誘って遊びに行こうと思っていたところだった。

●綴り姫の森
 昔々、樫や水楢が綺麗な木漏れ日模様を描く森に。
 深山の湧き水のように澄んだ美しさを持つ娘が暮らしていました。
 これだけ聞くと大抵のひとは首を傾げます。
 娘の顔かたちはそれなりに整っていますし、身形もこざっぱりとしていて感じがよいのですが、わざわざひとに話して聞かせるほど特別に美しいわけではないからです。
 けれど娘の手元を覗きこんだひとびとは、皆そろって「ああ」と優しげに瞳を緩めて微笑みます。
 際立った美しさを持つのは、羊皮紙の上で流麗に綴られる、娘の筆跡のことなのでした。
 優しいせせらぎのように柔らかに流れる娘の文字は、ただ読みやすいだけでなく、読むひとの心へ書かれた内容を鮮やかに映し出す力を持っているかのよう。
 彼女が綴った鳥の物語を読めば、胸に愛らしい小鳥のさえずりが響きます。
 彼女が綴った海の物語を読めば、胸いっぱいに濃い潮の香が広がるのです。
 それはまるで、清らな水が辺りの音や匂いを抱いて、景色をその身に映して流れていくみたいに。

 娘は大好きな物語の本を読みながら、一文字一文字を丁寧に書き写して新しい本を作ります。
 彼女の手によって、古い書物は美しい新本へと生まれ変わるのです。
 そんな娘のことを――ひとびとは『綴り姫』と呼んでいました。

「……っていう綴り姫の昔話、知ってる?」
 花水木の庭を後にして酒場を訪れたアデイラは、温かな湯気を立ち上らせる花梨茶の杯を取りつつ冒険者たちに話しかけた。流麗な文字で物語を書き写し、新たな本を綴っていく娘の物語。
 ある街の傍にある森の中で、その綴り姫のように暮らしている娘がいるのだとアデイラは語った。
 綴り姫のように暮らしている娘――マリオンは、街の名士の令嬢で、静養のため数人の使用人と森の館で日々を過ごしている。患っていた病気そのものは快癒したのだが、街での暮らしに戻るにはまだ少し時間が必要なのだとか。
「で、そのマリオンちゃんの日課って言うのが……森に面したテラスで書物を書き写しながら午後を過ごすことなんよ」
 暖かな木漏れ日が降るテラスで香り高いお茶や甘い菓子を楽しみながら、マリオンは気に入りの書物を真新しい紙に書き写していく。春の小鳥の物語は柔らかな芽吹きの萌黄色をしたインクで綴り、南国の焔の祭の物語は微かに金が入り混じった濃い橙色のインクで綴る。淡い初恋の物語を綴った書物の頁はライラックの意匠の飾り枠で彩って、雪の散る冬の物語の頁は雪結晶を意匠化した飾り枠で縁取って。荘厳さを帯びた歴史物語には落ち着いた色の革表紙をつけ金の箔を押し、優しい風渡る春の花園の物語は淡い菜の花色に染めた麻布で包み萌黄色のリボンで飾る。
 好きな物語を好きな色で綴り、好きな装丁を調えて新しい本を作り出す。
 綴り姫のような、と言われるのはそれが所以なのだとアデイラは微笑んだ。
「冒険者の皆と会うのが楽しかったってマリオンちゃんが言ってたから、また遊びに行くつもりなんよ。あたしはのんびり飾り枠描いてマリオンちゃんのお手伝いするつもりやけど、お茶しておしゃべりするだけでも、本を読ましてもらうだけでも、物語の書き写しのお手伝いするんでもあの子は喜ぶと思うんよね。やから、もし暇があるんなら……一緒に行こう?」
 森の館のテラスはとても居心地がよくて、ただお茶を楽しむだけでも、マリオンが書き写した本を読むだけでも柔らかに心満たされるひとときを過ごすことができる。好きな物語を好きな色のインクで書き写してみたり、心躍る意匠の飾り枠を描き綴ってみたりするならば――なおのこと。
「頼んでみれば……自分が書き写した本か、マリオンちゃんが作った本を貰えると思うんよ」
 丁寧に綴られた本は、きっと素敵な宝物になると思うから。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
こんにちは、藍鳶カナンです。
森の中にある館のテラスでお茶や読書や本作りを楽しもう、というイベントの御誘いに参りました。

シナリオ『綴り姫の森』の成功を受けて派生したイベントです。事前に雰囲気を掴んでおきたいという場合は、リプレイを御覧下さい。

【行動】
OPに書かれている事柄を参考に、常識の範囲内でお好みのままにお過ごし下さい。
本を読む、書き写す、といった行動を取る場合は、プレイングで『幸せな恋の物語』のように大まかな本の内容を指定して下さい。世界観に合わない内容の場合は修正・変更させて頂きます。

※本を書き写す、飾り枠を描く、といった行動は可能ですが、製本作業までは出来ません。(自分で書き写した物語を本にして持ち帰りたいという場合は、後日マリオンが製本してお届けするという形になります)

※一般人であるマリオンの知識は冒険者の知識と異なります。冒険者なら常識として知っていることでも、マリオンが知らないことは多々あります。マリオンの書物の内容も同様です。
(たとえば、『エンジェルの物語』等はマリオンの蔵書に存在しません)

【リプレイ】
雰囲気を重視した描写をさせて頂く予定です。
OPの内容や舞台の雰囲気を確り理解していると判定されたプレイングを優先的に採用させて頂きます。
迷惑行為や、著しく雰囲気を乱すようなプレイングをかけられた場合は、描写量を削減させて頂くかリプレイでの出番そのものをカットさせて頂きます。
予めご了承下さい。

【お土産】
本をお土産に持ち帰りたいという場合は、プレイングに【本希望】と記載して下さい。
本の内容については、『革表紙の詩集』『海の物語』といった大まかな指定のみお願い致します。
アイテムの名称・設定は此方で設定させて頂きます。

※『NPCに選んで貰う』という行動も可能です。(NPCに断られた場合は本の入手不可・一律のお土産アイテム発行となります)

※本の希望がない方へは一律のお土産アイテムを発行させて頂く予定です。

【NPC】
アデイラ、テフィン、ボギーがおります。
何かあればプレイングでお声をかけてやって下さい。
プレイング次第ではマリオンに絡むことも可能です。

★注意書き★
・未成年者(外見年齢が未成年の方含む)の飲酒喫煙行為は描写しません。

・一緒に行動する方がいる場合、【プレイングの最初】に相手のお名前とIDを記載して下さい。

それでは、皆様のご参加をお待ちしております。

参加者
NPC:湖畔のマダム・アデイラ(a90274)



<リプレイ>

●彩の綴
 優しげな色合いの黄葉を残した森には、梢の天蓋の隙間から暖かな温もりを孕む陽光の紗が降りていた。淡黄や胡桃色の落葉織り成す絨毯に光が踊る様は、この季節にも暖かみを齎してくれる。
 緩やかに踊る陽光の紗は森の館のテラスにも等しく降りた。けぶるように優しい若菜色の紙に春の芽吹きの色を綴れば、手元に揺れる木漏れ日が物語を柔らかに辿っていく。胸に燈るあのひともこんな風に読んでくれるだろうかと思えば、エニルの胸の裡にも暖かな陽光の紗が触れた。
 綴り写す物語の中、荒れた土地に丹念に手を入れ花を咲かせた老翁は、心荒んだ人々にも笑顔を咲かせていく。丁寧に物語を綴るマリオンの様子が重なるようにも思え、誰かの笑顔を生み出す優しさに顔を綻ばせた。
 歳月を重ね荒れ地に花を咲かせた老翁の物語は、淡い勿忘草色をした花の飾り枠で彩って。
 柔らかな紗に包まれる穏やかさは、護らなければあっと言う間に崩れてしまうと知っている。
 訪れつつある戦の気配を心の片隅に留めつつ、暖かなひとときで胸を満たしたくて、セラフィンは仄かに真珠色を帯びた優しい桔梗色で丁寧に文字を綴っていく。明け方の海に溶けていく花の童話は、天の故郷では当然知りえなかったもの。物語を読み綴るうちに呼吸すら忘れていたようで、一頁綴り終えれば深く長い吐息が零れた。
「ほら、ここに『マリオン』てあるのが読めるでしょ?」
「本当……!」
 流れるような筆致で描かれた絵の中に意匠化された文字を見出して、小さく声を上げたマリオンが楽しげに瞳を瞬かせる。葦手絵っていうんだけどと語り、これで飾り枠を描いてみたいと願ってみれば、彼女はキョウのために水鳥戯れる湿原の物語を選び出した。優美な鳥の姿を思い意匠を決め、澄んだ水を映したみたいな白藍の色で筆を滑らせる。
 会心の出来に尾を振って、見て見てと湖畔のマダム・アデイラ(a90274)を呼びとめれば、楽しそうで良かったと彼女は彼の頭を撫で、葦手絵の飾り枠を興味深げに覗き込んだ。
 翡翠の流れる川を越えれば、淡い蒼銀色の氷が煌く谷へと至る。
 探究心に満ちた青藍の鱗の主人公が谷の守人の試練に立ち向かう場面に至れば、読み手のラグも張りつめる緊張に鱗をさざめかせて固唾を呑んだ。彼が試練を乗り越えられたならきっと、自分までも勇気を得られたような心地になるだろう。
 熱心に読み耽る彼の前に置かれた菓子皿から、マリアは杏を練り込んだフィナンシェを手に取った。今書き写している物語では、夜の港から船に乗った深窓の令嬢が若き冒険者と干し杏を分け合ったところ。駆け落ちてゆく恋人たちの物語には杏の甘酸っぱさが相応しい。ほんのりと漂ってくる甘い香りにぱたりと尾を揺らし、けれどお菓子よりも物語の先が気になって、ニンフは優しい薄群青で綴られた本の頁を繰った。澄んだ泉から溢れ出した水は、翠玉の光降る森へ旅立っていく。
 光と水の踊る飾り枠を描けば、きっと素敵。
 咲き初める薔薇のようなほんのり濃い目の桃色で綴るのは、優しい言葉で辿る恋の詩句。
 甘い言葉を綴るたび誰かの初々しい笑顔が目の前を過ぎるようで、妹みたいな彼女にこの本を手渡す時を思いながら、知らず綻んだ笑顔でシアは幾つもの詩を書き綴っていく。けれど薔薇とレースを意匠した飾り枠を、と思ったところではたと手が止まった。
「アデイラさん〜、助けて……」
「そろそろかなって思ってた〜」
 甘えっ子とこめかみに口づけ、ふに、と頬をつついてから、想いが流れるままに描いてみてと紡ぐ。
 意匠に恋をして、柔らかな軌跡を丁寧に綴るのが飾り枠を描く秘訣。
 ――愛しいひとの頬の輪郭を、指の先で辿るように。
 新品の銅貨を思わす色の飾り枠に抱かれた秋の物語が、同色の麻糸でかがり合わされていく。
 外からは見えなくなってしまう場所にも物語への想いが篭められている様が嬉しくて、こうやってひとつひとつ思い入れが重ねられていくんやねとエンディートは柔らかに瞳を緩めた。マリオンの邪魔をせぬようこっそり林檎のクッキーを差し入れて、真珠色を帯びた淡い瑠璃から薔薇へと移ろう波の意匠を綴るアデイラの手元を覗き込む。
 想いをこめて生み出された物語に、更なる想いが重ねられていく。
 木漏れ日の中で育まれた物語は、だからこそひときわ愛おしくなるのだろう。
 凛と輝く絆を抱いた物語は、大切な宝物のひとつになった。
 宝物をくれたマリオンと再会し、宝物みたいな冒険の思い出をたっぷり彼女と語らってから、誰かを探してテラスを歩く。淡桃色のブーツで歩む先に目当ての人影を見出し、柔らかな抱擁を受けとめた。
 内緒なんだけどね、と胸に燈る秘密を囁けば、温かな掌で頬を包まれる。
「きっとそれが……キヤカちゃんをもっと大きく、綺麗にしてくれるから」
 大切に抱きしめていてと囁いた唇が、両の眦に優しく触れた。

●揺の綴
 可愛らしい桜色と暖かな陽だまり色に咲くプリムラは、押し花にすれば素敵な栞になるはずだ。
 優しい気遣いで選ばれた贈り物はことのほかマリオンを喜ばせ、その様子にシュウも顔を綻ばせた。物心ついた頃から戦場に暮らしてきた身には本作りそのものが新鮮で、折り重ねた紙の端を裁ち落とすだけの作業でも見ていて楽しい。ふと思いついてアデイラに願いを紡げば、うん、と嬉しげに抱きしめられた。
 熟れた柿の雫を、搾りたてのミルクに落としたような。
 柔らかな色合いと流れるような筆跡で綴られる黄昏の物語は、いつか別の書物で見た時よりも優しく胸に響く心地がする。黄昏が深まるにつれ綴られる色も少しずつ深みを増して、やがて物語が夜を迎える頃には、頁を彩る森の飾り枠の中にこっそり梟が顔を出した。
 可愛らしい演出に思わずくつりと笑みを洩らし、章が変わったところでヴィアドは視線を上げる。
「どんな話写してるん?」
「えっと……世界で一番の陽だまりを探しにいく小鳥のお話ですよー♪」
 萌黄色の草原に咲く桃色の花を描いていたソウェルも顔を上げ、マリオンに貰った本を読んだ時はまるで自分が小鳥になって春風や花とふわふわ飛んでいる気持ちになったのだと、陽だまりの橙色をしたリボンを揺らしつつ懸命に語った。
 頑張れと優しく呟かれた言葉に頷いて、心に映した物語を再び紙の上に綴りだす。
 暖かな風に抱かれ春の夢を見ているような、自分だけの本ができあがりますように。
 焼きたてビスケットみたいな色の本には、レタス畑の丘が見える草原を旅する兎の男の子の物語。
 恋人に贈るのだと知った彼女がらぶらぶですねと囁くから、クリストファーは耳まで朱に染めて小さくむくれた。ふわふわ揺れる白銀の髪にもからかわれているようで、何だか少しくすぐったい。
 可愛い飾り枠を描いてあげますねとソウェルが片目を瞑れば、余計な事はしなくて良いよ、と拗ねたような応えが返る。けれど迷うように揺れる眼差しを見れば、弟のように想っている彼の本心はすぐに知れた。礼には及びませんと微笑めば、今度は暖かな陽だまりで一息つくような笑みが返される。
 家族みたいに想えるひとと笑って過ごす時間は、胸の裡に柔らかな光を満たしていくかのよう。
 暖かな胡桃色をした三角屋根の家が並ぶ、可愛らしい村での物語。
 読み進めればすぐに笑みが零れてくるような、優しく幸せな日常を綴った物語をたどりつつ、淹れたての紅茶にたっぷりミルクを落としたような色で文字を綴っていく。ほんわり幸せの花が咲き綻ぶような心地でほうと息をつき、リューシャは飾り枠を描いて頂けませんかとアデイラにねだってみた。
 頬へのキスと一緒に何描こっかと返されて、新しく齎された楽しい悩みに笑みを咲かせる。
 南の大陸で伝説を辿れば、巨大樹の森の天辺に広がる楽園へ辿りついた。
 肩を並べて駆けた日の思い出話に花を咲かせ、ランドアースにもまだそんな伝説の場所があるんじゃないかな、とミルッヒは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。きっとありますよねと尾を振るボギーを連れて、伝説を求めて書架へと向かった。
 心躍る何かを探し求める冒険へ、皆で出向くことができたなら。
 陽だまりを思わせる本の匂いに満ちた書架の合間、淡い金を帯びて射し込める陽射しに軽く瞳を細めつつ、ローは深い濃藍の天鵞絨で包まれた書物を開く。星明りにも似た繊細な銀の箔押しで題を綴られた物語は、月光めいた金真珠の色をした飾り枠に縁取られていた。
 紺青の色が綴る文字に心躍らせ、妹のような彼女に見せられればと丁寧に頁を繰っていく。
 春楡の葉を映した模様が型押しされた革表紙の本を手に取れば、優しい手触りに頬が緩んだ。
 淡萌黄の遊び紙を捲り頁を繰れば瑞々しい翡翠色で綴られた森の情景が広がって、シルスは歓びいっぱいに瞳を見開いた。鮮やかで、けれど優しい色で綴られた詩句からは、森の梢や鳥達の歌が聴こえてきそうな気さえする。懐かしい森の情景をやはり森で育った愛しいひとと分かち合えたなら、どれほど幸福な心地になれるだろう。
 物語に篭められた想いが心に残るように、貰った想いは自分の中でとても暖かなものとなって残っていると緩やかに語りかける。あの時はあれくらいしか出来なかったけれど、安心して泣けるくらい頼れるようになりますからと紡げば、テイルズの向かいで瑠璃の瞳が揺れた。
「……肩、濡らしてもええかな」
 見られたくないんよと囁き、戸惑うように伸ばした手で抱きしめる。
 彼の肩に顔を埋め、一年前の分を少しだけ泣いた。
 海が自身の世界のすべてだった頃に貰った百科事典は、何故か森の章の一冊しかなかった。
 今は深い海の底で眠っているけれど、事典に描かれた森の情景は今でも胸裡に残っている。書物も綴られた文字も心に残るものだから、ウィーはかつて海図を綴っていた者として心からマリオンに敬意を抱いた。
 優しい陽だまりで溺れるように読み耽るのは、透きとおる闇揺れる深い深い海の物語。
 深い海の懐を、恋焦がれるように揺蕩って。

●華の綴
 暁にひととき珊瑚の色を流し、黄昏には薔薇や菫の色を咲かせて。
 鮮やかに澄み渡る青空に真白な雲が流れる様も、薄墨を流したような空に鉛色の雲が渦巻く様も、等しく心を躍らせた。厚く垂れ込めた銀鼠色の雲の彼方に金の稲妻が閃く様が見えたような気がして、思わずバーミリオンは瞳を瞬かせる。
 見知らぬ誰かが綴った空への想いをたどっていくのは、想像以上に楽しいことだった。
 誰かが見た空を、誰かが抱いた空への想いを、陽だまりの中で追いかける。
 深い赤銅色の革の四隅を金の留め具で縁取った歴史物語に、優しく透ける桜色の麻布で包まれた子供向けの昔語り。ひとつひとつ異なる装丁とその丁寧な細工にハーゼは瞳を瞠り、見知った物語を見つけたらしく楽しげに頁を繰っているラズリオに、この本すごい綺麗だと深緑の天鵞絨に金刺繍の題字が綴られた一冊を差し出してみる。
 彼には今手に取っていた物語を薦めて、ラズリオは深緑に抱かれた書物の物語を開く。どんな話、と手渡した本について訊ねてくるハーゼに幾つか言葉を返してはいたけれど、気づけば二人とも物語の世界に深く惹き込まれていた。綴られた世界に没頭し、時の経つのも忘れ、物語の軌跡を辿っていく。
 愛する恋人を残して旅立ち、夢破れて山賊に身を落とした青年がいた。
 彼に会う機会を得て、荒れた山を女神の力で生まれ変わらせることで彼の夢を綴りなおした冒険の思い出を語りつつ、彼らのように懸命に生きるひとの物語に飾り枠を添える手伝いをしたいのだとアクラシエルは申し出た。
 連れがマリオンに語る話を聴きながら、ソロは幼い頃義母が読み聞かせてくれたものと同じ物語を開いてみる。柔らかな筆跡で綴られた文字と空に羽毛が舞う意匠の飾り枠に、嗚呼、と感嘆と感傷を綯い交ぜにしたような声が小さく洩れた。物語の紡ぎ手の想いを書物の綴り手が浮かび上がらせて、読み手の心を豊かにしていく。
 僕も飾り枠を描くお手伝いがしたいなと呟けば、こんな風にすると上手く描けたよとアクラシエルの指先がそっと頬をなぞっていった。
 飾り枠を描くコツは、意匠に恋をすること。
 何時か聴いたその秘訣は、とても素直に胸に響いたから。
 似合わないことをしているような気がしないでもなかったから、澄み渡る空を映した湖みたいな表紙の本を手にした時は思わず周囲を見回してしまった。知り合いに見られたら何だかアレだ。
 偶にはこういうのもいいよなと己に言い訳しつつ本を開けば、シルヴァの瞳に穏やかな苔色の文字が飛び込んでくる。綴られた物語は森の中を駆け回るリス達の物語で、ポプラの葉で作った舟で湖への旅に出る彼らの冒険譚には胸が躍った。
 剣を握り盾を掲げ、戦場を離れれば額に手を遣り思案に暮れて。
 現にあるうちはそんな日々ばかり重ねられていくけれど、一日くらいは物語の世界に惹き込まれて過ごすのも良いだろう。今ユズリアの手に触れるのは剣でも盾でもなくて、暖かな焔みたいな色をした天鵞絨に包まれている物語。
 剥き出しの心は時に刃のような鋭さを持つけれど、互いに傷つき傷つけあっても、物語の最後には皆で手を取り合い優しい幸せを抱きしめる。皆が幸せであれるよう願い望むことは、決して許されぬことではないはずだ。
 喜びも哀しみも切なさも悔しさも、きっと恋が内包するもの。
 ひとを愛する過程が恋だから、想いを繋ぐ道程と結びつきがかけがえのない愛になるのだろう。
 俺の好きな本、と冬の街を舞台に姿を変えていく恋物語を見せて、お薦めの本があれば教えて貰えるかなと問い掛けた。どんな話が好きで、どんな場面で笑って泣いたのか。
「……物語が綴れるくらいに、貴女のことを知りたいから」
 瞬いた瑠璃の瞳が彷徨い選び出したのは、南の海の夏祭りの物語。
 七つの夜を重ねる祭に恋を紡ぎ愛を重ね、歓喜も苦悩も鮮やかな光と影の揺らぎに呑み込まれ。祭の後に恋が成就したのか破れたのか、読む者ごとに解釈が異なる物語。
 祭の後の余韻と切なさが好きと抱き寄せられ、恋の行方をどう感じたか聴かせてねと囁かれた。
「あたしにも、ハルトちゃんを……教えて」

 何時かの春にも、皆と広げたお茶や菓子の上に優しい光が揺れていた。
 木漏れ日の下で幾つもの物語を綴り、合間の息抜きにとテルミエールは持参した本を開いてみせる。藤の姫と呼ばれる娘の恋を追うその本は、書物だけでなく御話そのものを皆で作りあげた物語。
 きっと拙くて、話に綻びもあるだろうけど。
 それでも、皆と一緒に紡いだ大切な思い出の物語だ。
「……貴女ならどう綴るか、お伺いしたかったの」
 綴り姫の想いを聞いて、自身の想いを重ね、新たにこの物語を書物に綴る。
 いつか後の誰かが書物を手に取って、この物語を気に入ってくれたなら。

 私も、この物語も、きっと幸せだから。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:29人
作成日:2008/12/22
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冒険結果:成功!
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