【食卓に潤いを】鍋の巻



<オープニング>


「今年も寒ぅなってきたのぅ」
 皺だらけの顔をクシャクシャにするように笑う老人が、小さな籠を片手にゆっくりと山を登っていく。
「鍋が、楽しみじゃなあ」
 湯気の立ち込める鍋を囲い、酒に舌鼓を打ちながら心身ともにポカポカとした様子を連想している老人を、ゆっくりと秋から冬の色へと変化し始めている寒風が追い越していく。どこか無邪気さすら感じさせる顔で、ほほ、寒い寒い、といいつつ枯れ木のような腕で体を抱き寄せる老人。
 恐らくは今年取れる山菜も今日あたりでお終いだろう、と見切りをつけた老人は、最後の採集じゃ! と意気込んできたわけなのだが……。
「な、なんじゃあ……あの丸太みたいな猪は……!」
 思わず近くの木の影に隠れる老人。ちらちらとその影から覗く先には、老人が形容したように丸々とした巨大な猪が1匹と、それに付き従うように普通サイズの2匹の猪がいた。
「あ、あんな猪がいるんじゃったら、危のうて山になんざ入れん……」
 すっかり怯えた様子を見せ、急ぎ足で下山していく老人。その背後では、猪達が山に生えた野草やキノコを食い漁る咀嚼音が響いていた。

「とある山に巨大な猪が現れたらしい。至急行って退治してきてくれ」
 何故か土鍋をテーブルの上に用意しているエルフの霊査士・セルフィ(a90389)が、集まった冒険者達に説明を始めていく。
「猪が出た山のすぐ下には小さな料亭があるらしくてな、山菜鍋などの評判がいいらしく――って、そうじゃなかった。料亭の人達は山に入れないと困っているようなんだが、それ以上に放っておいた結果猪達が山を降りてきたら危険だ、早めに退治して欲しい」
「猪達?」
「そう、達だ。といっても巨大な猪は1匹で、後2匹普通の猪がいるだけだけどな」
 今日も一日・ランティ(a90391)の質問に、なんでもないというように答えるセルフィ。
「戦う場所は山になるだろうから……少々足場に注意したほうがいいだろう。あと巨大な猪はとても腹をすかせているようだから、好物である山菜やキノコを持参するとあちらからよってくるかもしれないな」
「ふむふむ……ところで、ちょっと質問なんだけど」
「どうした?」
「料亭の料理は……美味しいの?」
 有無を言わさぬような真剣な表情のランティ。その瞳を真っ直ぐに見つめながら、こちらも何時にもなく真剣な表情のセルフィ。
「――ああ、美味しいらしい」
「――そっか」
 そして2人の視線は、テーブルの上の土鍋に注がれた。


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参加者
奇爵・レーニッシュ(a35906)
天地を裂く黒炎の重戦車・ナムール(a40973)
星槎の航路・ウサギ(a47579)
高空の戦娘・エミルリィル(a52732)
断章・グリフォス(a60537)
バカサバイバー・グレッグストン(a63039)
星を集めた音色・チユ(a72290)
淡い影・ルジット(a75997)
NPC:今日も一日・ランティ(a90391)



<リプレイ>

●山菜を守れ
「最近、本当に寒ぃだ……暖かい鍋の美味い季節になったよなぁ」
 時折かじかむ掌に、はぁーっと息を吹きかけながら歩く斑椿の翔剣士・ルジット(a75997)。寒さもいよいよ本格的になってきた今日この頃、秋の山菜が取れるのもお仕舞いであると老人が判断したのもよく分かる。冷たくなってきた指先で山菜を摘んでいくルジット。
「コホンッ! 何故牡丹鍋とゆーのか知っとるかね。それは猪の肉を牡丹の花に似せて皿の上に盛り付けることから来とるんやよ。以上、グレッグストン先生の薀蓄講座でした。……これを酒場で女の子相手に披露したら『ス・テ・キ』と言われること間違いなし!」
 バカサバイバー・グレッグストン(a63039)の薀蓄に、何人かの仲間達から、そうだったのかー、といった感じの声があがる。なお毎回のことではあるが、後半部分は皆優しく聞かないことにしたとか。
「……聞いとる、みんな?」
 ハーイ、キイテマース。――前半は。
「ううむ、牡丹鍋は是非食いたいもんじゃな゛ぁ〜ん」
 ぐううぅぅ〜! と豪快に腹を鳴らす天地を裂く黒炎の重戦車・ナムール(a40973)。腹が減っては戦が出来ぬというが、ナムールの場合は腹が減ったから戦をしよう、と言ったところか。山菜回収班の摘んでいく山菜を、物欲しそうな目で見つめている。
「遠眼鏡、使っちゃったりします! あ、あのキノコなんて良さそうですね!」
 はい、どうぞ使ってください。微妙にテンションの高めな断章・グリフォス(a60537)に、淡い笑顔を贈る仲間達。そんな状態にあったことを、遠眼鏡を覗いていたグリフォスは知らない。あと、良さそうなキノコと言いつつ、なんで毒々しいまだら模様のキノコ持ってるんですか、見るからに毒キノコですよそれ、といった仲間達の視線も、グリフォスには届きはしなかった。
「あう……ウサギの山菜を食べるなんて――」
 所々食い散らかされた跡を見つけては、悲しそうな表情を浮かべる星槎の航路・ウサギ(a47579)。この山に生えている山菜は、自生のものと料亭の人達が植えたものがあるのだが……そのどちらもウサギのものではない。まあ、あまり細かいことを言っても仕方ないような気もするのだが。
「なーべなべ、ぐーつぐつなぁ〜ん♪」
 楽しそうに即興の歌を口ずさみ、周囲を見張る高空の戦娘・エミルリィル(a52732)。一見気楽にやっているようなのだが、実はその裏には聞くも涙語るも涙な努力があった。
(「山菜見ちゃダメ、見ちゃダメ、見ちゃダメ、見ちゃダ……なあぁぁ〜ん♪」)
 必死に食い気を抑えているエミルリィル。上記の歌は後でいっぱい食べることが出来るから今は我慢しろ私、といった意味合いを持っているのだとかいないのだとか。
「うむ、なかなか大量であるな!」
 山菜回収班の摘んだ山菜を入れた背中の籠を、量を確かめるかのように軽く揺らす奇爵・レーニッシュ(a35906)。その山菜の確かな質量に、帰ってからが楽しみであるな、とレーニッシュはにんまり笑う。
「でも、ちょっと重いぐらいかもですぅ〜……」
 同じく籠を背負っている星の音色・チユ(a72290)が、予想以上の山菜の量に少々疲れたような声をあげる。見ればチユの背負った籠にも、様々な種類の山菜が詰め込まれている。一つ一つの山菜は軽いものだが、こうも大量に詰め込まれていては、重みを感じるのも仕方がないかもしれない。
「でも、もう十分な量が集まったんじゃないですか?」
 手にしていた食用可なキノコをチユの籠に放り込む今日も一日・ランティ(a90391)。確かにおびき寄せをするにも、帰ってからのためにも、十分な量の山菜を集めることが出来た。むしろ、これだけ集めている間に猪達に出会わなかったことに驚きすら感じてしまう。
「……はふぅ、ただ山菜の入った背負い籠持ってぼんやり立っていたいですねぇ」
 冷たく澄み切った風を身に浴びつつ、チユがそんな希望を口にするが……何時までもこんな状況が続くわけもない。何せ今ここには、大量の『餌』が集まっているのだから。
 ガサガサガサ、と草木が擦れるような音が、段々と大きく近づいてくることを感じ取った冒険者達は、ゆっくりとその方向へと目をやった。

●肉、肉!
 ガサッ、と一際大きな音を立てて、1匹の大きな猪がその丸太のような巨体を現す。その巨体に隠れるようにして、2匹の小さな――といっても、比較するからそう見えるのであり十分大きいのだが――猪も追従する。
 ぐもーっ!
 まるで地響きでも起きるのではないか、と思えるほど大きく、そして低い音で唸る猪が、地面を強く蹴り一目散に冒険者達へと突っ込んでいく。
「これでも喰らうといいべ!」
 わき目も振らずに突っ込んでくる巨大猪に向けて、ルジットが不吉な絵柄の――牡丹鍋の風景の絵であった――カードを投げつける。
 鼻っ面に強く刺さったカードの場所から、じわりと黒く変色していくのが分かったが、それを意にも介さずにひたすら突っ込んでくる猪。その進路の直線上に居たウサギが、慌てて横へと飛びのく。
「あ、あう! 危なかったのですよ。でも猪だから横には――」
 ぴょこん、と飛びのいた先で安堵の息をつくウサギ。その隣を高速で猪が通り過ぎる――かのように見えたが。
「ウサギさん、それじゃダメです!」
「ほぇ? ――あう!」
 猪の頭突きを喰らい、ひゅーんと後方へと吹っ飛ばされるウサギ。茂みの中に突っ込んだようで、大量の落ち葉塗れになってしまっている。
「い、猪は、前にしか進めないはずじゃ、なかったの、ですよ……?」
 猪突猛進という言葉がある。これは猪が獲物目掛けて真っ直ぐ追っていく様子を元に出来た言葉と言われており、猪が前にしか進めないようなイメージを与える。しかし、だ。実際のところ猪はかなり小回りのきく動物であり、急に曲がったりすること程度ならば造作もなかったりするわけで……。
「だ、大丈夫ですか?」
 数人がかりで巨大猪の突進をなんとか食い止めているランティが、ウサギの安否を心配する。
「あう……へ、へっちゃらなのですよ!」
「で、でも何だか……足元が覚束ない感じですぅ〜」
 そう言って普通の猪の方へと向かっていくウサギ。ちょっぴりふらつきながら走っていく後ろ姿に、チユが慌てて癒しの力を放つ。少なくともこれで大丈夫……なはずである。
「重……いっ、ゆーとるやろが!」
 盾を翳しながら猪の突進を防いでいたグレッグストンが、少しではあるが押し返すのに成功すると、僅かに出来た隙を狙って手にした刀を滑らせる。
 無駄なくある種の流麗さすら感じられるその動きに遅れるようにして、猪の体にばっくりと大きな傷が加わる。その一撃は威力もさることながら、明確な意思を持たないであろう猪にすら恐怖心を植えつけるほどであった。
 怯えたように後退りする猪に、巨大な斧を構えたナムールが立ちふさがる。
「この山菜はワシらのじゃな゛ぁ〜ん。お主達に恨みはないが、生活を脅かすなら退治せねばならんな゛ぁ〜ん。いざ、覚悟じゃな゛ぁ〜ん!」
 力の限り斧を叩きつけるナムール。それと同時にふわふわした羽毛のような守護天使が、ナムールの周りに出現する。
 巨大猪の窮地を見てか、2匹の猪が慌てて冒険者達に突っ込んでいく。……が、その途中で、なにやら粘着性の強いものに絡まり、身動きをとれなくなってしまう。
「すみませんが、邪魔されるわけにはいかないので」
 蜘蛛糸を操り猪の突進を止めたグリフォスが、してやったり、といった顔で笑っている。その後ろから、双剣を構えたウサギも現れる。
「さ……今のうちに絞めておきましょうか」
「あう、血抜きとか出来るか心配なのですよ……」
 ゆっくりと近づいていく2人。その目は明らかに『肉』を見る目であったという。
 ぶも、ぶもー……!
 自分を助けに来て捕まってしまった2匹を悲しそうに見つめる巨大猪。そして何かを決意したかのように一声叫ぶと、萎縮する心を奮い立たせ、前に立ちふさがる冒険者達の間を突破する!
「あ、こら――!」
 グレッグストンの怒声を背に受けながら走る猪の先にいるのは……山菜籠を抱えたレーニッシュである。
「フッ、この我輩にかかれば猪の攻撃など痛くも痒くも……ってギャー!? こっち来てるー!?」
 自作のカッコイイポーズを決めながら、何かの余韻に浸っていたレーニッシュが、自分の方へと捨て身で特攻してくる猪をみて慌てて逃げ出す。その際に銀狼などを打ち出していたりするのだが、残念ながら動きを拘束するには至らない。そしてこの追いかけっこは、レーニッシュが山菜を抱えている時点で勝敗が決していた。
「さ、山菜だけは、山菜だけは死守ー!」
 先ほどのウサギ同様、すごい勢いで吹っ飛ばされていきながらも、山菜籠を抱え込み必死に守っているレーニッシュ。それに追撃をかけようとする巨大猪であったが、グレッグストンの傷に加え、ナムールの斧の一撃が今になって効いてきたのか、たたらを踏む。そんな猪の顔に、1つの影がさす。
「愛用の肉包丁が今日も光って唸るなぁ〜ん!」
 ぶんぶん、と景気よく包丁を振り回すエミルリィル。その表情は至極楽しそうである。
「もうお腹がすきすぎて我慢できないですなぁ〜ん! 早く終わらせてお鍋タイムですなぁ〜ん♪」
 猪にとってはこれ以上ないほどに理不尽な理由で包丁を振りかざすエミルリィル。そして無慈悲にも振り下ろされた包丁の切れ味と、それに付属する爆発によって呆気なくその生涯を終えた。
「あ、血抜きはこうやるんだべ。ここを……こう」
「うぅ……ちょっとグロテスクです……」
「我輩は、我輩は無事に山菜を守り通したのである……! 何だかあちこち痛いけど!」
 何だかとても報われない最後であった。

●猪肉×山菜鍋=牡丹鍋
「はふっ、はふっ、体の中がぽかぽかしてくるだよ……!」
 口いっぱいに猪肉を頬張るルジット。熱々で新鮮な猪肉は、まるで口の中で蕩けるような旨みを噛み締めるたびに伝えてくれる。
「お肉ばかりではだめですよ」
「うっ……わかっただよ……」
 そんなルジットの椀に山菜を入れていくグリフォス。しぶしぶといった様子でルジットもそれを口に運んでいく。それを確認したグリフォスは、満足そうにルジットの持ってきた生麩を口にする。
 無事に猪を退治した冒険者達は、巨大猪はその場に埋葬し、それに付き添っていた2匹の猪を鍋の食材として捌いてきたのであった。そして料亭の人達から振舞われた山菜鍋とはまた別に、持ち寄りの食材で作った鍋を作らせて貰っていた。勿論両方の鍋に猪肉は入っているが。
「もともと美味しい牡丹鍋が空腹でさらに美味しくなる! まさに空腹は最高の調味料や〜! ――やっぱええこと言うなぁ、俺」
 ぐつぐつと煮える鍋を前に、自らの名言にほろりと感動の涙すら浮かべるグレッグストン。これはもう色んな人に伝えていかんなあかんね! とか考えつつ、肉のみをお椀に取っていく。
「あう、あひゅ、あひゅいのれふよ!」
 熱々を口に放り込んでしまったためか、舌を火傷してしまうウサギ。だが、それを気にせぬ様子で、猪肉と誰かの持ってきたはんぺんを一緒に口に放り込んでは、あうあう、と悶えている。
「うどん入れてもいいですか?」
「いや、まだまだ具が残ってるからダメじゃな゛ぁ〜ん。うどんとご飯は最後の方じゃな゛ぁ〜ん」
 ナムールの持ってきたうどんを入れたそうにしていたランティであったが、そう言われてしまうと仕方がない。お肉と山菜ばっかりの口直しに、というように鍋に浮かんでいた餅を掬い取る。一方ナムールはというと、愛用の取り皿を持参してきており、大量の肉や山菜を山盛りにし、嬉しそうに尻尾をビタンビタンと動かしている。
「料亭のお鍋は一味違うなぁ〜ん♪」
 出汁の味を確かめたりしながら、ひょいひょい、と鍋の中身を平らげていくエミルリィル。持参した鷹の爪の辛味が、ピリリとした刺激と熱を与え、鍋の旨みを引き出してくれているようにも感じた。
「さささ、皆さんどんどん山菜どうぞですぅ〜♪」
 自分の椀を見られないようにキープしながら、他人に山菜を勧めていくチユ。その椀の中は勿論大量の肉が盛り付けられており、お肉だけを食べようという魂胆である。
「グリフォスさんも、美味しい山菜どうぞですぅ〜」
「おや、ありがとうございます。――では、チユさんもどうぞ」
「え、あ、わたしはいいで――だ、だめ、わたしはいいですぅー!」
 もっともそんな考えなどグリフォスにはお見通しであり、大量の肉の上には、更に大量の山菜を盛られてしまうのであった。
「我輩にかかれば、人参を紅葉型にするのも、キノコに×印つけるのも容易いことであるよ!」
 要するにそれぐらいしか出来ないのであるが。
「よっ、ほっ!? 我ながら惚れ惚れするような出来!」
 紅葉型の人参を片手にやり遂げた顔で汗を拭うレーニッシュ。思わずうっとりと人参を見つめている。
「肉っ、肉やっ! 普段食えんからばりばり食うんや〜!」
 なおそうしている間にも、肉に飢えたグレッグストンを始め他の仲間達もドンドンと食事を進めているわけで……。
「ああっ……我輩は自分の才能が恐ろしいっ!」
 卵の溶かれたレーニッシュの空のお椀が、寂しげに自己主張をしているのであった。
 最後に雑炊までつくり、隅から隅へと余すところなく鍋を楽しんだ冒険者達。季節は寒い寒い冬へと移ろうとしていたが、この鍋の暖かさで乗り切れるような気が、確かにしたのだった。


マスター:原人 紹介ページ
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作成日:2008/12/02
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