ルーシャンデルの王女 破滅の乙女



<オープニング>


 ねぇ。

 思ったことはあるかしら。
 願ったことはあるかしら。
 噛みしめた唇から血が流れるほど強く。
 声の嗄れた喉から血が迸るほど激しく。

 こんな世界など、滅んでしまえ――と。

●ルーシャンデルの王女
 深き緑の彼方、淡き蒼の谷間に、今は流れる時の狭間に埋もれてしまった都が眠る。
 春の芽吹きの色をうっすらと溶かしたような不思議な銀と、柔らかな生成色をしたなめらかな石に彩られた都の名はルーシャンデル。永き繁栄の間に清廉を享楽に塗り替えて、訪れた変化の兆しと、穏やかに緩やかに忍び寄る滅びの兆しから目を背け続けた人々の街。
 都を緩やかに絡めとるはずだった滅びを手繰り寄せたのは破滅の乙女。
 華やかに咲き誇るカトレアにも譬えられたルーシャンデルの王女は、滅びを望み破滅を願い、壮麗な神殿のもとに広がる都を一夜にして火の海の底へと沈めた。
 破滅の乙女の齎す滅びから逃れられた者はなく、今はただ、時の流れに晒され輪郭を曖昧にした言い伝えが、旅の詩人たちによって古詩の合間にうたわれるのみである。

●破滅の乙女
 泡立てられたミルクの風味が優しい抹茶オレを勧めた藍深き霊査士・テフィン(a90155)が冒険者たちに齎したのは、ある広い河の砂州で巨大化してしまったエリカの退治依頼だった。
 冬の時期に愛らしい花を溢れるように咲かせる、ヒースとも呼ばれる花木。それがエリカだ。
「砂州で可愛らしい淡桃色の花を咲かせていたエリカがある日突然大きくなって、近づく者を攻撃するようになったのだそう……。花吹雪の如く振りまかれる花は弓でなければ届かぬ距離にまで飛んで、触れたところで爆ぜ癒えがたい傷を齎しますの。戯れに伸ばされる枝は後ろを護る者にまで届いて、死角を見極めたかの如く正確に急所を貫いてくる……そう『視え』ましたの」
 厄介な能力を得てしまったよう、と霊査士は小さな吐息を洩らす。
 河は広いが水深は踝あたりまでと浅く、歩いての渡河が可能らしい。
 件のエリカは砂州いっぱいに広がってしまっているようだから、河の中に位置取って戦うことになるだろうと霊査士は付け足した。
「確りと策を練り、万全の態勢で臨めば負ける相手ではないと思いますの。けれど敵を侮り油断して臨むなら……敗北は、必至。全力で臨んで頂くよう、お願い致します」
 そして、エリカを退治した後に少し砂州を探ってきて欲しいのだと語る。
 エリカを調べるのではなく――砂州を、だ。
「実は最近になって、砂州のあたりからルーシャンデル銀の細工物が見つかるようになりましたの」
 霊査士は何処か楽しげに瞳を細め、まずはルーシャンデル銀の説明から語りだした。

 春の芽吹きを思わせる、淡く優しい萌黄色を溶かし込んだ――不思議な銀。
 麗しい春の森の輝きを映したようなその色は、銀に混じる何かの物質によるものなのか、それとも失われた精錬技術によるものなのかは判然としていない。
 判っているのは、長い年月の間アンティークとして好事家たちの間で遣り取りされているその銀が、然程有名ではない古詩にうたわれる都、ルーシャンデルの名を冠されていることだけだ。
 何処にあったのかすら定かではない滅びの都、そして、都の名を冠された美しい銀細工。
 そう、ルーシャンデル銀はすべて『細工物』として出回っていた。
 聖杯や燭台に、錫杖といった形でた。不思議なことに装身具の類は一切見つかっていない。
 その事実が神秘性をも帯びるのか、あまり広くは知られてないわりにルーシャンデル銀を熱心に愛好する好事家の数は多い。古詩をたどりルーシャンデルの都そのものの研究に熱中する好事家も決して少なくはないのだとか。
 古に滅びた不思議な銀の王国。
 都に破滅を齎した、花にも譬えられる麗しき王女。
「……と、浪漫主義の方々の心を躍らせる要素は揃っているのですけれど、『滅亡した伝説の王国』なんてそうそう簡単に転がっているわけありませんの」
 自分だって陶然と瞳を潤ませ語っていたくせに、霊査士はあっさりそうぶった切った。
 だが、微かに落胆した様子の冒険者たちを見回して、彼女は「けれど」と微笑みながら言を継ぐ。
「けれど……『古に滅亡した王国』ではなく『昔滅んだとある街』なら充分現実的だと思いません?」
 都だの王女だのは長い年月の間に言い伝えに加わった装飾的な形容で、実際のルーシャンデルは『特殊な銀を産する街』であった、というのが今では研究家たちの間での定説となっているらしい。
 そして、ルーシャンデルの街は天災か人災で滅んだのであろう、とも。

「で、例の砂州のあたりから見つかるようになったという銀細工が……こちら」
 霊査士はそう言って、冒険者たちに掌ほどの大きさをした薄い銀の皿を披露した。
 実用的とは思えない流麗で繊細な細工に縁取られた美しい銀皿だが――何よりも目を惹くのが、高熱に晒され焼け爛れたような、無残な跡だ。
 砂州で発見されたルーシャンデル銀にはすべてこのような跡がある。
 古詩にうたわれる『破滅の乙女が齎した滅び』を示すものではないかというのが研究家たちの見方だ。何しろルーシャンデルは『火の海に沈んだ』のだから。
 ならばその砂州の辺りがかつてのルーシャンデルであったのかと言えば、そうでもないらしい。
 砂州で見つかっているのはこの薄い銀皿のように、水に流され易いと思しき形状のものばかりであるという。つまり、これらの銀細工は上流から流れてきたものである可能性か高いのだ。
 霊査士はゆっくり冒険者たちを見回して、再びその口を開いた。
「ルーシャンデルを追い求めている、その研究家の方々が、今回の依頼人。……皆様には、砂州のエリカを退治し、砂州からルーシャンデル銀の細工を持ち帰って頂くよう、お願い致しますの」
 無論――ルーシャンデルへ至るためのしるべとして、だ。

 破滅の乙女が滅びを齎した、春の萌黄を映す銀を抱く――古の街。


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参加者
哭きの・カイエ(a14201)
流れゆく聖砂・シャラザード(a14493)
護りの蒼き風・アスティア(a24175)
月夜に咲く希望の花・エリザベート(a24594)
暁闇・カナエ(a36257)
祈りの花・セラフィン(a40575)
蒼銀の風謳い・ラティメリア(a42336)
闇の檻で蒼月を仰ぐは艶紫蝶・アーウィン(a50036)
風薫月橘・メレリラ(a50837)
黒き焔を灯す者・イルディン(a71216)


<リプレイ>

●吹雪
 薄氷が張ったような空は仄かに薄群青の色を透かし、指先を痺れさせるような寒風は限りなく淡い浅葱色に澄んだ水面を吹き渡る。清冽に透きとおる水の流れる河は浅く広く、河の中ほどには水底に広がる銀鼠色の砂がそのまま隆起したようにも見える砂州があった。
 銀鼠色の砂の上には細い深緑の枝葉がいっぱいに茂り、淡い光の粒にも似た桃色の小花を満開に咲き誇らせている。砂州を覆うまでに育ったエリカ――ヒースとも呼ばれる花木――は、冬の陽射しを求め天へ差し伸べていた枝葉を震わせて、辺り一帯に淡桃色の花々を振りまいた。
「そんな……!」
 迸った叫びは誰のものだったろう。だが声の有無に関わらず、自然の理から外れたエリカに挑まんとした冒険者達は、突如襲い掛かってきた光景に等しく驚愕した。
 寒々しい冬空のもとを一瞬にして春の色に染め上げた花吹雪は、次々と花雪のかけらを爆ぜさせ冒険者達の血の華を咲き誇らせる。河に入る前に祈りの花・セラフィン(a40575)が招来した羽毛の天使も弾けて消え、冒険者たちはこの日二つ目の誤算を知ることとなった。
 冒険者達はエリカの花の攻撃を、飛んできた花が着弾点で爆発しその爆発によって周囲に痛手を齎す、ナパームアローに似たものと想定していたのだが――実際の攻撃は想定とは異なるものだった。『淡桃色の花が弓でなければ届かない距離の一帯に振りまかれ』、『降り注ぐ花が手や足など其々触れた場所で爆ぜる』攻撃だ。攻撃範囲でいうならばナパームアローよりはジャスティスレインに近い。三組に分かれ散開すれば一度に全員が被害を蒙ることはないだろうと冒険者達は考えていたのだが、読みが甘かったようだ。
 だが思い起こせばそもそも霊査士は――「花吹雪の如く振りまかれる」と語ってはいなかったか。
「こっちの攻撃で相殺……ってのも無理みたいね!」
 衝撃で水に手をついた風薫月橘・メレリラ(a50837)が全身から血を滴らせながら身を起こす。花が『ばら撒かれる』という光景を正しく読んでいた彼女は、エンブレムシャワーで花吹雪を相殺できればと考えていたが、確りと心結ばれた仲間とならともかく、自身よりも反応が素早い『敵』に行動を合わせるのは至難の業だ。それが叶ったとしても、恐らく花吹雪の威力軽減は叶わないはずだ。
 花が爆ぜて穿たれた肌の傷がじくじくと痛む。皆の身体から血を滴らせる傷に癒しの力を拒む穢れを見て取って、流れゆく聖砂・シャラザード(a14493)は冷涼たる冥き輝きを宿した儀礼剣を掲げて祈りを捧げた。清らな波動に包まれていく様を感じつつ蒼銀の風謳い・ラティメリア(a42336)は水を蹴り、シャラザードを背に庇いながら熱い闘志を滾らせた旋律を歌いあげる。
「次のに備えまする……!」
 真珠の輝きを紡いだ術手袋に覆われたセラフィンの手が宙を滑る。
 彼女が皆のもとに新たな護りの天使を招来するのを待たずして、翔剣士ならではの足捌きで花吹雪から逃れていた闇の檻で蒼月を仰ぐは艶紫蝶・アーウィン(a50036)は水底の砂を蹴ってエリカへと迫る。鋭い刃の軌跡から衝撃波が奔ると同時、グランスティードを駆りエリカの懐へと踏み込んだ暁闇・カナエ(a36257)が、黒塗りの刃の一撃で生命力に満ちた花木の意気を削いだ。
 気勢が沈んだ様を示すように、砂州を覆うエリカ全体の枝葉が項垂れる。
 複数の敵を巻き込めるよう焔矢の術も用意してきたが、敵が単体であるなら此方を、と蒼き刃の軌跡から護りの蒼き風・アスティア(a24175)は音速の刃を撃ち出した。エリカの『群生』でなくて良かったと安堵の息をつくが、思えば霊査士が『敵の数が複数であることを伏せる』はずもない。複数であるなら複数であると告げるし、単体か複数か不明であれば『不明』だと知らせるはずだ。どうやら考えすぎていたらしい。
 何かが噛み合わなかった。
 通常、冒険者達は霊査士が語った情報を確り吟味した上で依頼に臨む。
 現場で戦闘が始まってから霊査士の話を思い出すなど――そうそうあることではないはずだ。
 敵が弓と同等の長射程を持つのに対し、冒険者側には弓の射程での攻撃手段を持つ者はいない。
 距離を詰め此方の射程に捉えて攻撃するまでに一度相手の攻撃を喰らうのは必然で、敵の反応速度の方が速ければ此方の攻撃の前に二度目の攻撃が来る。華やかなレースに彩られた術手袋に覆われた手を差し伸べた哭きの・カイエ(a14201)が禍き鎖を放つよりも速く、沈んでいた意気を取り戻したエリカが再び淡桃色の花吹雪を吹き荒れさせた。
 薄氷の蒼を抱く冷たい空を背に、何処か優しさすら感じさせる淡桃色の花々が辺りを包み込む。髪に肌に鎧に水に触れた春色の可憐な小花は次々に爆ぜ、河底や冒険者達の身体に次々と穴を穿っていった。
 体力の半分近くを一気に奪われた黒き焔を灯す者・イルディン(a71216)は冷たい水に倒れ伏し、歯を喰いしばって身を起こす。範囲攻撃の威力を半減させるグリモアの加護と、アーウィンが事前に施してくれた鎧聖降臨の加護をもってしてもこれだ。エリカが可哀想なんて言ってる場合じゃないね、と唇を濡らす水と血を舐めた。
 清麗な波として紡がれるシャラザードの祈りが穢れを払い、月夜に咲く希望の花・エリザベート(a24594)の凱歌が皆の傷を拭い去っていく。力ある炎と清楚な花咲く術手袋に包まれた指先を組み合わせながら、エリザベートは古の街の滅びの手がかりを得ることを願って歌を紡ぎ続けた。
 そう。
 冒険者達は、ルーシャンデルへのしるべとなる銀細工を未だ手にしてはいないのだ。

●岐路
 冒険者達の一つ目の誤算は、事前の探索では銀細工を発見できなかったことだった。
 砂州の上流と下流、エリカの花吹雪が届かぬ辺りからでも銀細工が見つかるのではないかと彼らは考えていたのだが、一帯を人数分に区分けし其々丹念に捜索を行ったにも関わらず、得られたものは何もなかった。水辺で遊ぶ鳥たちに歌で問い掛けたメレリラが得た答えは――上流から流れてきた光る物は大分前に人間達が持ち去ったというもの。
 つまり――エリカの攻撃範囲を除いた辺り一帯はすべて探索しつくされている、ということだ。
 思えば、だからこそ霊査士は『砂州を探し』、『砂州からルーシャンデル銀を持ち帰って欲しい』と語ったのだろう。今でも砂州以外から見つかるのであれば、依頼人達も霊査士も砂州に拘ったりはしない。今までに発見された物からでは大したことは解らなかったが、未だ砂州に埋もれる銀細工を手に入れれば、そこから何かしらの情報を得られるかもしれない――という一縷の望みに、ルーシャンデルを求める研究家達は縋っているのだ。
 事前の探索は戦闘と戦闘後の探索に支障ない程度で切り上げてはいたが、それでも全く消耗していないわけではない。微かな落胆を帯びた曰く言い難い感情が胸に蟠るのを感じつつ、其々に三つ頭の蛇を従えたカイエとイルディンは散開したまま二方向から禍き鎖をエリカへ放つ。一方の鎖は花咲く枝に振り払われたが、もう一方の鎖は砂州を覆うエリカ全体を絡めとリ、蛇の息吹を孕む強力な縛めでその身の自由を奪った。
 けれど、胸の内をざらりとした鮫皮で撫であげるような不安は消えない。
 自分達は、霊査士が望んだ『万全の態勢』で臨めてはいないのではないだろうか。
 何処がどうとははっきり言えないまでも自分達の策に綻びがあるような気がして、焦燥が胸を灼いていくような感覚を堪えつつ、シャラザードは皆の傷の穢れや鎖の術の反動を祓うべく祈り続けた。
 縛められた花木に冒険者達が攻撃を加えるたび、細い枝葉が揺れて淡桃色の花が散っていく。
 散っただけの花は爆ぜることなく、水の流れに従いゆるゆると下流へと向かっていった。
 霊査士に見せられたあの皿も――このようにして流れてきたのだろうか。
 流麗な細工を施された銀皿は実用に向いた物とは思えなかった。
 飾り皿にしても細工が細かすぎると思えば、ふとセラフィンの脳裏に古詩の一節が浮かび上がる。
 ――壮麗な神殿のもとに広がる都。
 神殿、或いは神殿の力が大きかった街なのだろう。だとすると『装身具』が見つかっていないという事象にも説明がつけられるような気がした。ルーシャンデル銀は、祭祀に用いられる神器のみに使われていたのではないだろうか。確信めいた想いを胸にセラフィンは眼前の花木を見据える。
 古に滅びた街へ至る、しるべを手にするために。
 真珠の光沢を抱く術手袋に覆われて、たおやかな手が魔力を編み紋章陣を織り上げていく。生み出された燃え盛る火の球は、虹色に流動しながら宙を翔け、深緑の枝葉と淡桃の花々を激しく灼き焦がした。
 鮮烈な炎が花々を焼く様にルーシャンデルの滅びが重なる気がして、アスティアは知らず唇を引き結びながら刃を揮う。
 こんな世界など、滅んでしまえ――。
 かつてそう願ったという、ルーシャンデルの破滅の乙女。
「それが……彼女の本当の願いだったんでしょうか?」
 固く結ばれた唇からそれでも洩れた言葉に、アーウィンの瞳が何処か痛ましげに細められた。
 彼女は何に絶望し、破滅をも望んだのだろう。
 鎖の縛めを振り払い宙で大きく撓ったエリカの枝を、鋭く風を裂いたアーウィンの刃が弾き、闇夜に射す光条をも思わすカナエの刃が切り落とす。
 落とされた枝は銀鼠色の砂を巻き上げ濁り始めた水に沈み、砂の中に埋もれていった。
 時に埋もれたルーシャンデル。
 全ての破滅を願う乙女の言葉からは、激しい憎悪と大きな虚無感を感じずにはいられない。
 銀が枯渇し始めた際に乙女を神へ捧げ――なんて想像が浮かび上がったが、それは真実の一端に触れているだろうか。だが、狂おしいまでの絶望すら思わす言葉からは、乙女が『何らかの犠牲を強いられた』のは間違いないような気がしてならなかった。
 深緑の枝葉と淡桃の花々をさざめかす、大きなエリカの茂み。
 このエリカの下、砂州の何処かに霊査士の言うとおり銀細工があるのだろう。
 今にしてそれらが見つかるようになったということは、上流で土砂崩れか何かが起こり、それで銀細工が河に流れ込んだというこか。恐らくはこの河を遡った地にあるのだろう滅びの街を想い、カイエは小さな身の内から自我を凝らせた鎖を解き放つ。
 だが――迸った魔力の鎖は花咲く枝を捉えはしたものの、そのすべてを縛めることなく霧散した。

●崩壊
 少しずつ、少しずつ何かが狂い始めていく。
 攻撃範囲の読み違えこそあったものの、花吹雪による攻撃への備えはほぼ完璧だった。かなりの威力と癒しを退ける穢れを齎す能力を持った攻撃だが、穢れはシャラザードの祈りやエリザベートの凱歌で殆ど即座に拭い去ることができている。万一穢れが払えなかった場合も、花吹雪にあわせてセラフィンが招来する天使が確りと冒険者達を護り、願いの力を重ねたラティメリアの力強い歌声が一気に痛手を拭い去る。
 だが問題は、枝の攻撃の方だった。
 想定よりも術に耐性のあるらしいエリカは、カイエやイルディンの鎖、そしてメレリラの緑の縛撃を二度に一度は防いでしまう。命中はしても拘束効果が発揮できないのだ。精鋭たる域にまで自身を高めたセラフィンの術なら痛打をも浴びせられているようだったが、彼女は拘束術を持たない。
 吹雪の合間に伸ばされる枝は時にラティメリアの腿を貫き、時にアーウィンの肩を掠めと勝手気ままに宙を舞いつつ冒険者たちを苛んでいた。急所を貫くと評されただけあり、その威力はかなりのものだった。
 霊査士が「戯れに」と言ったとおり、枝の攻撃はその標的の選択も動きも不規則で読みにくい。それでもその軌道が読めればとアスティアは目を凝らし、揮われた枝が自身の脇をすり抜けたことで安堵の息をついたが――、
「イルディン!」
「イルディンさん!!」
 アーウィンとカナエの声が響くと同時、アスティアの後方にいたイルディンの脇腹から胸にかけてを花咲く枝葉が貫いた。壮絶な衝撃に彼の四肢は硬直し、口元からは声の代わりに鮮血が溢れ出す。
 枝が自身に届くことを想定していなかった彼は、最悪に近い形でその攻撃を細い身体に受けた。
 視界すらも真紅に染まる中思うのは、ルーシャンデルの滅びのこと。
 緩やかに忍び寄る滅びの兆し――これが銀鉱山の枯渇を示していることは間違いないという確信があった。そして「破滅の乙女」が街に火災を齎したのだろうということも。
 だが、破滅の乙女は火山を指すのだろうかという考えは違っているように思えた。目の前に優しい春の色を宿した可憐なエリカの花が舞い降りる。咲き誇る花に、カトレアに譬えられた乙女が火山だとは、思えない――そこまでで少年の意識は途絶え、彼は冷たい水に倒れ伏した。
 三班に別れ散開していたのがここに来て響く。
 ラティメリアは祈りを紡ぐシャラザードを身を挺して護り、アーウィンとカナエも術士たちを徹底して護るよう心がけ、自身の後方にいるカイエとメレリラへの攻撃を防いでいたが、軌道の読みにくい枝の攻撃から別班の術士までをも庇うことは難しかった。
 アスティアは共に行動していた術士達よりは自身の回避に注意を割いていたし、彼女の後方にいたイルディンとセラフィンは、枝の攻撃へ備えようという心構えがまるでなかったのだ。
「固まって下さい!」
 咄嗟に皆へ叫びながら、カナエは裂帛の気合を凝らせた一撃をエリカへ叩きつけてその怒りを自身へ向ける。花咲く枝が撓る前にカイエが撃ち出した鎖がその動きを縫いとめて、その間に冒険者達は密集隊形を整えようとしたが、散開して戦うことを念頭に置いていたためか僅かばかり手間取った。銀細工の探索に意識を割き過ぎ、戦闘への策の練り込みが甘くなってしまったのだろうか。
 改めて陣を整え皆で攻撃を仕掛けるが、それでも相手を仕留めるには至らない。
 その内に――エリカが怒りと深い縛めを振り払った。
 淡く春の色に辺りを霞ませる花吹雪が吹き荒れる。髪に肌に鎧に水に触れた花が次々爆ぜて――
「……しまった!」

 戦う力を失い、水面に倒れ伏したイルディンの身体にも血の華を咲かせていった。

「退こう! お願い退いて!!」
 次々と飛沫を咲かせる鮮血にラティメリアが絶叫した。
 花吹雪は倒れている者を避けてなどくれはしない。このままでは彼の命が尽きてしまう。
 一旦退いて花吹雪の届かぬところに彼を置いて再戦を挑むことも可能だろうが、冷たい水と自身の血に塗れた虫の息の少年を寒空のしたに放置しておくなど論外だった。
 読みの甘さと備えの甘さ。
 それらを敗因として心に刻み、彼らは撤退を決断する。

 ルーシャンデル銀を手にしたい。
 ルーシャンデルの真実を知りたい。
 けれど滅びた街には、誰かの命を引き換えにするほどの価値などありはしないのだ。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2008/12/29
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