音楽を愛するもの



<オープニング>


●音楽を愛するもの
「さぁ、弾いてみろ!!」
 3mを越し、雄牛を思わせる巨大なツノを携えた異形のドラグナーが、拒否を赦さぬ厳しい口調で命じた。
 ――村の中心部にある集会場。
 そのドラグナーの前にいるのは村でも比較的美人の範疇に類する女性。彼女は村に唯一の酒場で竪琴などを爪弾く生業を営む娘だった。しかし、そんな彼女の前に無造作に投げ出されたのは、これまでに見たことも無い、奇妙な形をした楽器。
 だが、そんな事を言えばたちまち多くの命が奪われる。だって、ドラグナーの周りには、どす黒い鎖で繋がれた村の仲間たちの姿があったから。
 その珍しい楽器は、皮を張った円筒形のボディに長い柄がついたような形。柄の先端とボディの端とを結んで、2本の弦が張られている。なんとなく、弦を弾けば音が出るのだろうというくらいは誰にでも想像つくだろうが、実際に指で弾いたところで、出てくる音には広がりもなく、楽器と呼ぶのもおこがましいほど味がなさ過ぎる。
「早く弾け!」
 鎖で繋がれた村人の1人から、耳をつんざく悲鳴が上がる。
「やめてー! お願い!!」
「ならば、早く弾いて聴かせろ!」
 女性は懸命にさっきまで見たこともなかった楽器を奏でようと試みる……しかし、メロディと呼べるほどの音色は出ない。そう……どうも何かが足りないような。
「そうか、弾けぬか……ならば去ね!」
 それを眺めていた異形のドラグナーが何とも落胆したように告げると、その足許からから闇色をした鎖が地を疾り、女性の腹部を一息に刺し貫いた。
「えっ!?」
 その身に走った一瞬の衝撃に、女性が驚いて見下ろす。その視界を埋めたのは止めどなく滴り落ちる赤。それが何なのかを理解した時、彼女の魂は今生との永遠の別れを告げたのだった……。

●依頼
「またしてもドラグナーによる事件よ。どこで手にしたのか知らないけど、珍しい楽器を手に、とある村でそれを演奏しろと難題をふっかけては、無理なのを理由に凶行に走ってる……かなり性格の悪いドラグナーみたいね。弾いて聴かせた所で、どうせ音楽を理解する心なんて持ち合わせちゃいないくせにね!?」
 と、運命を信じてる霊査士・フォルトゥナ(a90326)は、霊査の様子を話しながら、次第にキツい口調になる。
「それでも、無駄に知恵だけは廻るみたいで人質代わりに村人を数人、絶えず鎖に繋いで引きずり廻してるみたいなの。もし村人の中に弾ける者が誰もいないと分かったら、一気に皆殺しにされ兼ねない。そうなる前に何とか……」
 当然とばかりに頷く冒険者たち。それを見て安心したようにフォルトゥナは、もう少しだけ詳しい説明を始める。
「一番シンプルかつスマートに近付くには、やっぱり件の楽器を演奏してみせるのが良いでしょうね。上手く弾いて見せられれば、それに乗じて歌の先制攻撃くらいは出来るかも知れないし。ただ、その場合、指で弾くのではマトモな演奏は出来そうにない……かと言って何が足りないのかはドラグナー自身にすら分からないくらいだから、同じような魔楽器を持ってるとかじゃなければ別の品で代替しないといけないでしょうね」
 そう言うと、更に続けて、
「勿論、楽器を演奏してみせる以外の手もあるとは思うけど、いずれにせよ、村人の犠牲をゼロに抑えるのは難しい気がするわ。その場合は……そうね、何とか頑張って頂戴」
 と、少し困ったような顔で微笑んでみせる。
 そして、思い出したようにそうそう……と、ドラグナーについての話を付け加えるフォルトゥナ。
「敵は雄牛のようなツノを持つ巨漢というのは言ったと思うけど、その力は巨躯に見合うだけの腕力な体力なりが自慢かと思いきや、『鎖』がキーワードの力をいくつか持ってるみたい。たとえば、先にあったような地を這いながら槍のように攻撃するとか、もしくは暗黒縛鎖みたいな技もあるかも!? ただ、最後のは確認できた訳じゃないから、あくまで予測ね」
 そして最後に、
「依頼の目的はあくまでドラグナーを倒すこと。もちろん、出来る限り村人に犠牲がないように尽力はして欲しいけど、やむを得ない場合だってあるでしょうから、そっちはあくまで期待だから」
 と、付け加えてフォルトゥナは、冒険者たちに語るべき話を終えたのだった。


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参加者
楽風の・ニューラ(a00126)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
想唄の日晴猫・ファミリア(a03208)
猫又・リョウアン(a04794)
紅翼の騎士・セラ(a38962)
風に祈る楽師・ルウティア(a70638)
白花に捧ぐ・ルミ(a76520)
彷徨える幼霊・レイノルド(a77113)


<リプレイ>

●旅芸人の一座
(「昔は森で良く弾いてたな……。今回の珍しい楽器っていうのは、どんな音を奏でるんだろ……」)
 白花に捧ぐ・ルミ(a76520)は、村に向かう道程、故郷の森に想いを馳せていた。
 ーーでも、音は心を映すもの。無理強いしても……出てくる音は悲しい音色だけ。
 戦いたい訳じゃない。ただ悲しい音を止めるためだけに、ルミは此処に居る。
「それにしても……」
 少しの感傷に虚ろな様子を見せる彼女に、紅翼の騎士・セラ(a38962)が声を掛けた。
「ドラグナーにも音楽を解する心があるのだろうか?」と。
 しかし、それに応えたのは楽風の・ニューラ(a00126)。いいえ、とキッパリ言い切った後で、
「楽の音は楽しいからこそ音楽なので。人を苦しませる音を音楽と呼んではいけません」
 と続けると、
「そうよね。人質を盾に、弾けない楽器を強制するなんて惨いこと……許せない!」
 想唄の日晴猫・ファミリア(a03208)も糾弾口調で後に続いた。
「そうだな。出来もしない事を強要した挙句に殺すなど、外道極まりない」
 強く頷くセラ。そんな、幾重にも重なる思いを胸に、冒険者たちは件の村へとやって来た。
 到着と同時に単独で影に潜む猫又・リョウアン(a04794)。
 彼を見送り軽く息をついてから呼吸を整えると、残る7人は冒険者であることを悟られぬよう、思い思いの格好で村へと入ってゆく。
 ――パッと見、村人の様子はない。たぶん今も集会所に集められているのだろう。
 が、敢えて最初に訪ねたのは、入ってすぐの民家。
「ごめんください。誰かいませんか?」
 風に祈る楽師・ルウティア(a70638)がノック。当然ながら返事はない。
 それを確かめてから改めて集会所へと向かう。
「ごめんください」
 すると、ひそひそと聞き取りづらい会話のような声がした後で、集会所の扉が大きく開け放たれる。
 すると、村人たちの合間から中の様子が窺えた。
「きゃっ!」
 思わずルウティアが声を上げる。なぜなら鎖に囚われた幾人もの村人たちと、それらを束ね持つ異形の巨躯が見えたから。
 あわてて口を塞ぐも、時既に遅し。1人残らず連れてこいとの怒声が響き、あっというまに村人たちに取り囲まれ集会所に連れ込まれてしまう。
(「我慢、我慢……じっと我慢の子なのぜ」)
 乱暴に引きずられるのにもジッと耐える彷徨える幼霊・レイノルド(a77113)。恐怖に彩られた村人らは、見た目が子供だろうと容赦ない。
「何者だ?」
 異形の主が尋ねる。
 その問いに、ぼそぼそと喋り恐怖する様子を醸すファミリア。その様子には恐怖を糧とするドラグナーも満足気。
「わ、私達は旅芸人の一座……今宵、こちらで芸をお披露目したく参りました」
 それでも続けて怪訝さを増す前にと、声を震わせながら答え直すルミ。だがその瞬間、周囲の村人たちの間に安堵と期待の色が垣間見えた。
「ほう……旅芸人とな? ならば証明して見せよ! その言葉に偽りあらば、この者らの命はない!」
 突然の訪問者を信じる謂われもない。ドラグナーは手にした鎖をぐんと引っ張ると、繋がれた村人たちが皆して床に打ち倒される。
(「……くっ」)
 頭を打ち付け血を流す人もいるというのに……。すぐに動けぬ様に唇を噛む、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)。
「……これで証明するのは如何でしょう?」
 ルミが笛を手に進み出る。
「私たちは音色で魅せることが出来ますから」
 そう言って笛の音を響かせ始める。森の動物たちが集まって、楽しく遊ぶ様を思わせる楽しいメロディ。
「ほう……興味深い。では、そっちの包みは何だ?」
 怪訝そうにニューラの持ち込んだ武具の包みを指すドラグナー。好奇心ゆえか用心深いのかの判断が難しい。
 しかし……そこまでは織り込み済みで。もう1つ同じように包んだ楽器の包みを開け、
「この通り、どれも皆、私たちの商売道具です。楽器というものは背デリケートですから、こうして保護しているのです」
 などと、いずれも楽器であるかの如く説明してみせる。
「ならば……それを弾いて見せよ! 」
 床に広がる血溜まりの、すぐ傍に置かれたままの楽器を指し示す。
「わかりました。では私が……」
 ラジスラヴァが楽器を手にとってみる。暫く眺め、たった2本しかない弦を軽く爪弾いてみるも、やはり良い音を出すことはできない。
「どうした? 村人の命では真剣になれぬか……ならばこれで少しは気も入ろう!?」
 異形の主がそう言った途端、新たな鎖が1本現れ、一瞬にしてレイノルドの首を掴む。
 驚いたものの、ここで抵抗するわけにもいかず大人しく捕まりジッとするレイノルド。わざと不安そうな表情を醸すあたりは悪くない。
 更にそれを見て不安を煽られたように、ルウティアが酷く脅えた様子でラジスラヴァの後ろににしがみつく。
「いやっ! おねえちゃんに何かあったら、ルウは一人ぼっちになっちゃう……」
「大丈夫。そこで静かに聞いててね……ではこれより弾いて魅せましょう」
 ルウティアの頭を一撫ですると、さっそく持参した道具からリラ・ヴィオールの弓を取り出す。
 そして名も分からぬ楽器にあてがい、弓を滑らせてゆく。独特の深く優しい音色が響き、誰もが思わず聞き入る――村人たちも、ドラグナーまでも。
 演奏が続いているうちに、ドラグナーの背後からリョウアンが音も無く忍び寄る。その接近を注意深く見守るニューラが、仲間への合図にそっとハンカチを落とす。それを受けたルウティアが演奏に入り込むラジスラヴァの服の裾を軽く引っ張り、時を同じくしてファミリアの心話が仲間たちに響く。
(「始めましょう。討伐を!」)
 いよいよ、時が訪れたのだった……。

●奏でるは 眠りに誘う 安らぎの調べ
 そんな合図を受けたラジスラヴァは、演奏する曲調を徐々に変え、これまでの優しい音色に、春の訪れをイメージした温かなメロディを載せてゆく――子守唄などではない、たしかな眠りへと誘う安らぎの力を。
 本当に分かっているのかどうなのか、演奏に心を奪われかけた様子のドラグナーは、彼女の脇に三つ首の蛇が姿を見せても気付かぬまま、やがて眠りに堕ちていった。
「(私たちは冒険者です。今のうちに……。捕まっている方々は私たちが)」
 ルミが小声で周囲の村人を誘導。その間はニューラとセラが防具を強化してドラグナーの前に立ち、目覚めた場合に備える。そして何とか人質たちが離れたところで、ようやくリョウアンの出番がやってきた。
(「この鎖を持って投げてやりたいところですが……ここは捕まってる人たちの事もありますから、素直に……と」)
 軽やかに踏み込んでから床を蹴り、頭上高くまでの弧を描く光の軌跡を疾らせる。その一瞬だけ、キンという甲高い音を立てたかと思うと、ドラグナーの手元で束ねられていた鎖がスパッと断ち切られていた。
 その途端、10人にも満たない人々ながら、堰を切ったように集会所の戸口に向かって一斉に走り始める。勿論、逃げる代わりに土塊の下僕を呼び出したレイノルドら冒険者たちを除いて――何故なら鎖を断ち切った振動はドラグナーをも覚醒へと促したから。
「貴様ら……」
 断ち切られた鎖の断面を見ながら、ドラグナーが怒りで顔を紅潮させる。
「怒るのはこっちなのぜ。鎖で繋がれるなんて、かなりの屈辱なのぜっ!」
 レイノルドがピシッと指を差す。
 その途端、ファンファーレが鳴り響き、ルウティアの元から飛んだ衝撃がドラグナーの顔面を打つ。
 突然襲った衝撃に慄きつつも、ドラグナーは放った主を次の標的と見据える。が、そんな決定を根本から覆すニューラ。
「あなたの相手は私が努めましょう」
 と、香り立つ淫靡な紫煙。煙はドラグナーから回復力を奪い、そして自らの元に視線を集める。すると、それに乗せられたようにドラグナーの足元から闇色の鎖がまっすぐに伸び、ニューラの足元で撥ねるように突き上がってその身体を貫いた。
「くっ……」
 霊査にあったような滴り落ちる赤。鎖の前に防具は役に立たないようだったが、それでも致命になどはなり得ない。
「それ以上、好きにはさせないっ!」
 セラが癒え切らぬ身で刀を上段から振り切った。が、それも決め手には程遠い。
 そしてさらにラジスラヴァが歌を凱歌に代えて、仲間の傷を癒す。
「力で音楽を穢すなんて許せないわね。音楽は……楽しむものよ! 決して強制するものじゃない」
 と、強い口調で告げながら、狙い済ました一矢を放ち、鎖を持つドラグナーの右手を貫いた。
「屈辱返しは、三回まわってワンッ! なのぜ」
 更にレイノルドの放った銀狼がドラグナーを組み伏せ、その間にルミが仲間たちの頭上に天使を召喚。それぞれの護りを請う。
 「鎖で人を縛る貴様こそ、もう逃れる術はない!」
 リョウアンの蹴り足が再び光の弧を描く。さらに続いてルウティア、ニューラが入り乱れるように舞い、ナイフと小太刀それぞれの刃が無数に切り刻む。
 それでも雄牛に似た角を持つドラグナーは、斃れない。それどころか再び地を這う鎖を以て、今度はセラを付け狙う。
 闇色の鎖が彼女の身体を刺し貫いた……かに見えた。が、その身を包む障壁が寸前に構えた盾を強化し鎖を弾く。そうやって逸れた鎖の先は彼女の肌を浅く切り裂くに留まった。
「その程度の攻撃……私には効かないね」
 返す刀で再び振り下ろすセラ。その一撃で雄牛の角の一方が砕け落ちた。そしてトドメの一撃を放ったのはファミリア。
「音楽の持つ力……それは命を弄ぶ手段にしてるあんたにはわからないけどね」
 一直線に胸の中心を正確に貫いた一矢。それを逃れる術は『鎖』しか持たぬドラグナーに在りやしなかった……。

●無辜なる魂に永遠の安らぎを
「さぁ、ルウティアさん。お願いします」
 ニューラが促す。場所は村の中央にある広場。数多くの命が失われた集会所は取り壊すことに。新たな場所が出来るまでは……ここが集会所の代わりだから。
 そうやって受けたリクエストに応えるかのように、ルウティアが1歩前へ。集まってくれた村人たちの前で、古道具屋で入手したサムシングブルーを弾き始める。
 それに併せるはニューラの埋もれ木のチェロ。いずれも件の楽器に劣らぬ深い音色を奏で村人たちの心に幸せを運ぶ。
 そんな美しい音色たちは、音楽に造詣の深い他の面々をも自然と促すきっかけに。旅芸人を称するだけに、皆、劣らずの演奏家であったから。
 セラの蒼穹の提琴、そしてルミの笛、さらにはファミリアが歌を添える。
「せめて……天への旅路の餞を」
 亡くなった人へ――その無辜なる魂に永遠の安らぎが訪れんことを願いつつ。
「ところで……この楽器は引き取らせて戴いても宜しいでしょうか?」
 楽器に罪は無いから、とラジスラヴァが申し出る。村人からすれば忌まわしい楽器な訳で、その申し出には一も二もない。
 音楽は恐怖の象徴なんかじゃない。人々の恐怖が拭い去られ、本来の癒しの力となるように。
「どうか、村に平和な歌が戻りますように……」
 そんな願いと共に、冒険者たちは村を後にしたのだった。

 【終わり】


マスター:斉藤七海 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2009/01/01
得票数:冒険活劇11 
冒険結果:成功!
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