年初めのベジスイート



<オープニング>


 フローベル村の自慢は裏山の斜面に広がる段々畑と、美味しい野菜。
 日当たりよく、水はけもよい肥沃な畑は、1年を通して多くの恵みをもたらしてくれる。
「……あれ?」
 村から畑に向かう坂道の途中。村の青年は、足を止めて首を傾げた。
 道を横切るように、激しく薙ぎ倒された茂み。
 まるで、イノシシや熊が猛進したような……。
 ガサササッ!
 ブモォォォォッッ!!
「うわぁぁぁっ!!!」

「そのにーちゃん、雄叫び聞いて慌てて引き返したから、無事やったんやけどな」
 彼女が冒険者の酒場に現れたのは、雪のフォーナ感謝祭も終わった年の暮れ。
 あんまりに霊視の腕輪が久しぶりのせいか、落ち着かなさげに両手首の円盤を繋ぐ鎖がカチャカチャと音を立てている。
「うちに『視え』たんはでかい野牛や。それも2頭」
 村から畑に通じる一本道を陣取る突然変異の野牛が2頭。大きな図体の方は突進して吹き飛ばすのが得意で、もう一方は猛烈な勢いで角を振り上げ力づくで投げ落とす。
 確かに一般人には脅威だ。
「……で、ベジスイートが作られへんさかい、急いで何とかして欲しいゆうんが、今回の依頼や」
「ベジスイート?」
「えっと……簡単に言えば野菜で作ったお菓子、なんやけど」
 集まった冒険者達の疑問に答えた明朗鑑定の霊査士・ララン(a90125)は、フワリとリス尻尾を振った。
「フローベル村は、年の初めに冬野菜のお菓子を食べるのが習慣なんよ」
 曰く、新年の祝いとして。又は、厳寒の折の恵みへの感謝を込めて。
 だが、畑への道が閉ざされていては肝心の材料が手に入らないし、いつ大事な畑が荒らされるか、村人達も気が気ではないだろう。
「牛さんらは……まあ、倒しても追い払ってもどちらでもいいかなぁ。けど、気はたっとるさかい、下手な手加減は危ないかも。魅了の歌も通じそうやけど」
 細かな段取りはお任せという事らしい。ちなみに、変異野牛は畑に通じる坂道を歩いていれば、茂みを派手に薙ぎ倒して現れるので、不意打ちの心配はなさそうだ。
 坂道の幅も、ノソリン車が通れるだけのゆとりはある。
「冬野菜がちゃんと手に入ったら、村の人らと一緒にベジスイートを作ってきたらどうやろか。宿の厨房を自由に使ってええそうやし」
 一口に冬野菜といっても、ダイコン、カブ、白菜、ニラ、ネギ、ホウレン草、ゴボウなどなど……種類も豊富だ。
 獲りたてのみずみずしい野菜を使えば、ちょっと変わったお菓子作りが楽しめるのではないだろうか。
「という訳や。皆よろしゅうな」


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参加者
赫風・バーミリオン(a00184)
語る者・タケマル(a00447)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
朱陰の皓月・カガリ(a01401)
泰秋・ポーラリス(a11761)
流れゆく聖砂・シャラザード(a14493)
黎旦の背徳者・ディオ(a35238)
ミナモのおだやかおばあちゃん・リメ(a37894)


<リプレイ>

 農村の朝は早い。収穫の時期ならば尚更、厳寒の最中でも日の出と共に働き出すものだ。
 しかし、その日。フローベル村から段々畑へ向かう坂道を歩いているのは、武装を整えた8人ばかり。
 冬の晴天は却って冷え込む。冒険者達の吐く息は、白い。
「……何か、イイな」
 遠眼鏡を覗きながら、赫風・バーミリオン(a00184)はポソリと呟いた。農村の景色や匂い、感触さえも。この頃は地獄の冒険に掛かりきりだから、素朴な大地の恵みが嬉しい。
 けれど、一見長閑な光景に、変異野牛という脅威が確実に潜んでいる。
「年の初めの初仕事、ですねぇ」
「可哀想とも思うけど、後顧の憂いは絶たないとね」
 程々に頑張るつもりの語る者・タケマル(a00447)はリラックスムードだが、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は、坂の入り口から痕跡や物音の警戒に余念がない。
「少し心配です。畑が荒らされていなければ良いのですが」
「せやね。畑で待っとる野菜さんをお迎えに行けるように頑張らな」
 気懸りそうな流れゆく聖砂・シャラザード(a14493)に、相鎚を打つ朱陰の皓月・カガリ(a01401)。
 今回は後にお楽しみがあるけれど、まず目の前のお仕事が先。
「ああ。生じた不安や憂いを除き、村人が晴れやかに年初め出来るようにせんとな」
 同じく頷いていた秋楸・ポーラリス(a11761)の足が、ふと止まる。
「……来るぞ」
 黎旦の背徳者・ディオ(a35238)とミナモのおだやかおばあちゃん・リメ(a37894)が武器を構える暇があればこそ。
 ガサササッ!
 ほぼ同時に左右の茂みが派手に薙ぎ倒されたかと思うと、鼻息荒く大小2頭の野牛が現れた。

(「新年1番、対決! 干支の牛……の巻?」)
 とか何とか、タケマルの頭に浮かんだようだが、まあそれはさて置いて。
 左に大牛、右に小牛。坂道の両側からの挟み撃ちだが、警戒を怠らなかった冒険者達の反応は早かった。
 ガキィィッ!!
 大牛の突進を、バーミリオンの巨大剣『Le baron de cheveux noirs』がガッチリ受け止める。その長身の後ろで、ディオがほっと息を吐いた。
「何か怖いけど、バーミリオンが居るから安心だー」
 同時に、彼女の大鎌のような両手杖『蔓薔薇の嘆き』から撃ち出された銀狼が、大牛を組み伏せる。
 一方の牛を抑えつつの短期決戦、それが冒険者達の選択だった。
「坂の傾斜でバランスを崩さないようにな」
 ポーラリスが腰を据えた体勢から疾風斬鉄脚を小牛に浴びせ、リメのデモニックフレイムが弾ける。
 ブモォォォォッッ!!
 辛うじて追撃を逃れた小牛が激昂した雄叫びを上げ、思わぬ素早さで振り上げられた角が武道家を投げ落とした。
「いかせへんで!」
 カガリの粘り蜘蛛糸が、纏めて2頭を拘束出来たのは幸いだっただろうか。
 初手の激突で削られた前衛の体力を、ラジスラヴァの高らかな凱歌が癒した。
「変異しなければ普通の動物として生きていけたのに……」
「可哀想ではありますが、退治するしかなさそうですね」
 ポーラリスが衝撃でまだ痺れているのを見て取り、シャラザードは癒しの聖女を使った。
 今回は前衛専門が2人と少なく、二手に分かれた都合で、それぞれ野牛とサシで対している。
 ペインヴァイパーの力を借りた拘束のアビリティは強力だが、完全に野牛を抑えるには至らず。結果、バーミリオンとポーラリスが攻撃を一身に受ける事になってしまったが、医術士のシャラザードのみならず回復アビリティも十分用意している。
「私、する事ないかも……て、やばっ!?」
「……っ!」
 黒炎を纏いながらもいっそ呑気な風のタケマルだったが、拘束を振り払った大牛の突進がバーミリオンを直撃。唯一の前衛がふっ飛ばされれば、ディオの前はガラ空きだ。カバーに走るも、小牛寄りに立っていたタケマルには後一歩が遠い。
「む……」
 思わず焦った所為か、ディオの気高き銀狼も野牛に届く前に霧散する。
 ブフゥゥッ!
 大牛の蹄が大地を掻く。あわや彼女に突進かと思われたその時。
「お前の相手は俺だっ!!」
 バーミリオンの叫びが響き渡る。大音声に込められた大挑発に、大牛の目の色が変わった。
 ブモォォォォッッ!!
 怒りに我を忘れ、遮二無二攻撃する大牛。だが、狂戦士が盾であれば持ち堪えられる筈。
「こっちも急ぐぞ!」
 ポーラリスの脚が光の弧を描く。カガリの粘り蜘蛛糸が再び野牛を諸共に縛り上げるや、回復中心に動いていたタケマルのブラックフレイムが、ラジスラヴァのスキュラフレイムが、シャラザードの慈悲の聖槍が次々と小牛に殺到する。
「万一、何かあってからでは遅いのです。倒させて戴きますよ」
 リメの瑠璃色の連珠『想いの絆』が黒炎を生み出す。小牛を撃ち抜いたデモニックフレイムがクローンに変身した時、冒険者達は漸く勝利を確信したのだった。

 戦闘の後、残ったのは変異野牛の骸が2つ。
「いただきます、御馳走様、は命をいただく感謝の言葉なんですよね……鍋とか、いいですね。丁度、新鮮な野菜もありますし」
「……ぇ、食べて平気なのか? 変異的な意味でお腹壊しそう」
 ちょっと怖いカモ、とタケマルの呟きに頭を振るディオ。
 冒険者達の意見も埋葬が大勢だったので、結局、道端に穴を掘る事に。
 ポーラリスとラジスラヴァが野牛を埋めて簡単な石塚を作る間、手分けしてもう一仕事。荒らされた茂みを直したり、畑の収穫を手伝ったり。
 坂道の所々で茂みが薙ぎ倒されていて野牛の暴れっぷりが窺えたが、幸い畑まで被害は及ばなかったようだ。
「栄養たくさんの根菜と葉物は、鍋良し煮物良しで大好きや♪」
 ニンジン、ゴボウ、ダイコン、春菊……お宝の山を前にカガリはうっとり。
 冒険者になる前は農村を纏めていたリメは、昔取った杵柄でダイコンを抜く手も堂に入っている。
「土や緑の匂いは、直に大地の恵みを感じられて、とてもいいな」
 シャラザードから受け取った白菜を一輪車に積みながら、バーミリオンの横顔は心なしか浮き浮きしていた。

 冬の陽射しの下で額に汗した後は、いよいよお楽しみの菓子作り。
(「べじべじ」)
 宿の厨房は、右も左も獲れたて野菜でいっぱい。それでついつい、頭の中でもエンドレスリフレイン。
 そんなディオが選んだ野菜はゴボウ。
「あまり聞かない気がするし……チップスならよくあるけど、他に何か作れるだろうか?」
 料理は普段からしているつもりだけど、初めて作るベジスイートに思わずドキドキ。
 聞けば、ゴボウはチョコレートと相性がいいらしい。チョコ生地にゴボウをたっぷり加え、風味の軽いピーナツ油で揚げれば、甘さ控えめだけど風味豊かなドーナツの出来上がり。
「ベジスイートとは珍しい言葉ですね。野菜を材料にお菓子を作った事がありませんので、とても新鮮です」
 楓華からランドアースに来てそれなりに長いリメだが、野菜の菓子作りは未知の体験。
「ニラやネギには、独特の臭いがありますよね。それが苦手な方も美味しく頂けるようなスイートが作れますか?」
 出来れば、あまり時間のかからない物で……リメの質問に、村人が勧めたのはプレッツェル。生地にニラやネギのみじん切りを練り込み、固く焼きしめれば出来上がり。味付けは素材を引き立てる岩塩のみ。独特の臭いは食欲をそそる香りに変わり、酒のお供にもなりそうだ。
「皆さん、どのようなお菓子を作ったのでしょう」
 プレッツェルが焼き上がるまでの間、他を見て回るリメ。シャラザードも同じくメモ片手に皆の作業を見学している。
「野菜のお菓子はキャロットケーキくらいしか知らなくて……どのような物があるか、勉強したいですわ。後で、皆さんで食べ比べるのも悪くないですね」
「上手く出来たら、お裾分けするわね」
 満面の笑を浮かべたラジスラヴァは、村の娘さんと相談しながらせっせと野菜を裏漉し中。
 今年、特に出来の良かったカボチャとニンジンを使い、ムースを作っているようだ。
「お野菜そのままは苦手やいう人も、甘味にすれば食べられる事もあるからええね」
「カガリさんが好きな冬野菜は何でしょう?」
「そうやなぁ……旬の物やったら、栄養もあるし美味しいし♪」
「そう言えば、イチゴは野菜だったり果物だったりー、ですねぇ」
「イチゴの季節は春やし」
 夫婦並んで他愛ない応酬も睦まじく。タケマルが挑戦するのは、生地に色んな野菜を練り込んだクッキー。カガリはホウレン草をシフォンケーキに。
「ホウレン草って、霜が降りると甘さが増すんよね。普通にお浸しでもバターソテーでも美味しいけど、ケーキにすれば独特の青臭さものぅなるもんな♪」
 旦那様が好きな野菜を使って、鮮やかな緑のケーキを焼き上げたカガリは終始上機嫌。続いて、ニンジンのクリームを詰めたチョコタルトを完成させ、タケマルのフォローにも回るのだから、流石に手慣れている。
「……やっぱり、凝ったのはカガリみたいに得意な人にお任せだな」
 そんな彼女を横目に、バーミリオンはホットケーキに悪戦苦闘。ホウレン草の綺麗な緑を活かしたいけれど、すぐ焦げ目が付いてしまうのだ。
「火が強すぎるんですよ。もう少し遠火にしましょうか」
「あ、うん……」
 村人に助言されつつ、漸く焼き上げた緑のホットケーキ。カブを葉ごと使った淡い黄緑のクリームを添える。
「へぇ、奇遇だな」
 振り返れば、前髪をバンダナで覆ったポーラリスが覗き込んでいる。
「ポーラリスも、ホウレン草とカブなんだ?」
「ああ、パウンドケーキをな。普段は甘味作りなんて無縁だが……野菜でも、色んな菓子が作り出せるんだな」
 興味深そうに厨房を眺めるポーラリス。そうして、ふと思い付いたように手を叩く。
「そうだ……折角、冬の恵みを活かした菓子だ。犬が食えるのも作れないかな?」
 如何にも犬好きらしい言葉に、バーミリオンもほんわり笑顔。
「砂糖やクリームを使わなければ、犬用のもできそうかな」

 クッキングの後はお待ちかねのティータイム。ラジスラヴァの歌と音楽が新年の祝いを盛り上げる。
「一度に色んな味が楽しめて、何だかお得♪」
「皆で食べると、より一層美味しいですね」
「ラランはんへもお土産にできたらええな」
「少々保存がきく……クッキーなら大丈夫でしょうか?」
 冒険者達だけでなく村人の作ったベジスイートも所狭しと宿のダイニングテーブルに並べられ、お祝いのお裾分けは今は墓の下の野牛にも……今年も無事に、新年を菓子と共に迎えられた村人達は幸せそう。
 宿のダイニングルームは、甘い香りと楽しげな笑顔で溢れていた。


マスター:柊透胡 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2009/01/08
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