恋慕の旅籠



     


<オープニング>


●恋慕の旅籠
 朱塗りの格子は世界を隔てた。
 舞い散るものを想わせる宿は明々とした檻のよう。
 深々と降る白雪の陰が闇夜の綺羅星と身を交じらせた。

 囚われ人は逢瀬の夢。
 現の狭間に想いを浸して小夜啼鳥を永くと望む。
 終わらなければ良いのにと囁き願う閨所の瞬き。
 暁鐘の告げし朝こそ愛しき時間も果てる合図。

 許された関わりを、恋人以外の名で呼べようか。

●終宵の嬉戯
 宿の当ては雪の先にある。
 東方より刻まれた楓華の文化を色濃く残す街角。
 持て成す者の消えた瓦屋根の旅籠が今もひっそり佇んでいる。
 石床の玄関で靴を脱ぎ、上がる間には小さな庭園が客人を迎えた。
 緋毛氈を敷く園遊床が揃えられ、眠れぬ者をも許している。望むなら漆の杯に清酒を注ぎ、秘めやかな宴を催すことも、老いた紅楼の主は声も出さずに認めるのだろう。
 さて、辿り着いた先には密やかな世界。
 互いの他に存在を許さぬ絹の褥で何をしたものか。

 夜半を過ぎれば冬も降ろう。
 ちらちらと踊りながら、ささめ雪が静かに揺れる。


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参加者
NPC:荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)



<リプレイ>

●恋慕の旅籠
 白雪が舞い落ちた夜は、深い眠りに満ちていた。
 来客の続く玄関の戸は、がらがらと音を鳴らして開かれる。
 澄んだ水盆には色硝子が、蓮の花のような、天に向かう佇まいで咲いた。
 蝶の影絵が浮かぶ行燈が夢見心地の小さな小さな世界を照らす。清浄な部屋の空気に身が慣れる頃、飾り棚から漂う甘やかな香さえ肌に滲んだ。互いが好ましく思うものでなくとも、片割れが良いと思えるものであれば、手を伸ばしたくなるのも自然なのだろう。想いの重ねられた竪琴の弦に触れ、互いにさえも聞こえぬような、指先だけを震わせる音を夜に放つ。
 重ねられる歌を感じるのは、やはり彼我の肌のみで、視線が合わされば頬も緩んだ。
 瞬きの間にも潤む瞳を覗き込み、ジェイドは酒に濡れた唇を戯れに重ねる。口付けがとても甘いのは、花弁を模す上等の砂糖菓子を、舌先に溶かしていたせいだろう。花魁風に整えた髪は崩さずに、彼の解かれた髪と覗く素顔を、ハニエルは何より恋しく想う。擽るような肌の熱に身を委ねて、ただ甘い声で密やかに紡いだ。
 襖戸に鍵がなくとも、求めたものは既にある。
「この夜が、どうか夢ではありませんよう――」
 部屋の片隅に竜胆が咲く。
 呼び寄せた女に杯を向ければ、彼女は中てられた花のように緩めた姿で頷いた。
 青紫の裾が畳と触れて音を立て、今宵の戯れは始められると静かに告げる。戦に明け暮れる定めを抱き、深い疲労ばかりを纏って現れた彼に、限られた安らぎが運ばれるようアセルスは望んだ。木枠が囲う四角い提燈は、ふたりの影を色濃く映して炎を揺らす。浮世の憂きをお忘れなさいと促せば、レイは注がれた酒を飲み干して、もっと近くにと彼女を望んだ。慰みで溺れる時間の前に、教えて欲しいこともあると、彼女は朱塗りの格子の向こうを見遣る。
 通された部屋の闇に沈むような静けさは感嘆の息を洩らさせた。
 楓華風の場を見惚れるほどに好ましく思えても、想いが定まれば徐々に手首が痺れるような、緊張が戸惑いとなって少女の身体を包んでいく。柄にもないことだと我に返れば気恥ずかしさも増すようで、ロッカは瞬きを繰り返した後に僅かばかり視線を下げた。
「……夜は、冷えるから」
 彼女は幼い言い訳をして、そっと彼に身を寄せた。
 可愛い彼女が緊張するのは至極当然と思えたから、セイルは彼女の肩を抱いてにっこりと穏やかな笑みを見せる。急かす言葉を紡ぐよりも、流れる時間が解すまで、ただ寄り添って待ち続けたい。これからずっと一緒なのだから焦る必要はないのだと彼は言う。少女は少しだけ身を震わせて、本当にずっと隣に居られたらどんなにか、と目映いほどに煌く今日の一夜を胸に刻んだ。
 傍に居るだけで至福なのだから、このまま優しい夢を見ようと青年は誘った。
 かけられた布には紫陽花の刺繍がされている。
「呼んだ理由は特になくて」
 その呟きにも彼は気を悪くした様を見せず、やはり変わらず微笑んでいた。
 きっと何に映しても優しい姿をしているから、喩え束の間でも独り占めして、及ぶものを知りたがったのだろうけれど、とリンクスは本意を隠すように笑みを浮かべた。確かめるように褐色の肌へ手を伸ばして、人らしい温かみを感じれば彼女はその表情を苦笑に変える。
「……君も好きにしてくれたら良い」
 意味は紡がずとも自嘲の欠片を覗かせた。沈んだ陽光の名残空を思わせる紫の袖で、齧れるような塩昆布の載せられた陶器とただ暖かな茶を勧める。彼は相変わらず眼鏡の裏で瞳を細め、朱塗りの檻の先に見える雪の演舞を愛しんでいた。
「今日は音がないのが良い」
 それはそれで愉しげに、彼は唇の笑みを深める。

●恋人の盃饌
「何処に連れてくださるのかしら」
 ベアトリーチェは柔らか過ぎるくらいの微笑みを浮かべて、まるで少女がするかのような仕草で小首を傾げた。初めて見る所作に目を瞬きながら番傘を閉じれば、はらはらと湿り気のない雪が隙間から靴先にまで落ちていく。
「……私に口説かれてみたいと思って頂けますか」
 腹を括りながら問いかければ、彼女は楽しそうにくすくすと笑った。エニルが紡ぎ出す言葉をひとつひとつ耳に留めて、傷の定義を見い出せなければ距離を測りようがないのかもしれませんわね、といかにも悩みながら選んだ言葉という風情で告げる。
 行為の理由と彼女の想いを掴みあぐねて、彼は残されるものに意識を向けた。
 踏み出した足を何処に置けば良いのか。
 ふと枝の先の花が落ちた。
 壮麗に咲き誇る白牡丹の花が落ちるなんて、まるで恥じらう素振りにも見えて少しおかしい。
 着流して羽織りをかけた恋人の姿が、なかなか様になっているようで、アッディーオは堪えきれぬ風に喉を鳴らした。黒という艶で染め上げた彼女の衣装は、夜の闇よりもなお凛とした輝きを宿す。
「もっとこっちに寄れよ。ふたりの方が断然あったけえ」
 互いの肩が触れる位置ですら遠いような、寒さを首筋に感じながら傾ける酒は実に旨い。空から大地へと通り過ぎて行く白い雪は、何者にも触れず染められぬ間こそ、本来の美しさを見せているのだろう。長い沈黙の間にも心が解けるような、ふたりだけの時間の先にエーベルハルトは互いの視線を不意に合わせた。
「好きだ、アディ。愛してる」
 流石に照れを滲ませて瞳を揺らすけれど、彼女は小さな声で「嗚呼、判ってるよ」と応える。笑って見せるのは彼の言葉が及ぼした、影響の大きさを気恥ずかしくも思うからだ。
 流れに身を任せながら、ふたりだけで過ごそう。
 ふたりで、ずっと、朝まで――。
 絹の褥に倒れてしまえば、余計なものが見えなくなる。
 互いの他に求めるものはないのだから、ただ愛しいとだけシーナは只管に想いを向けた。抱く感情は似ていながら大きくふたつに別たれて、エフェメラの眦からは涙が一筋零れて落ちる。怖くて堪らなくて嗚咽を洩らせども、彼は意に介す余裕もないようで、すべて重ねて愛すことにだけ心が注がれた。
 逃げ出したいほど怖いのに、愛しくて堪らないから、傍に居られるように縛りつけて欲しい。すべておまえのものだからと彼の耳元に囁いて、彼がそうするように彼女もまた恋しい人を求め続けた。
 部屋の中を漂うのは桜の香りか。
 濃い春色の液体に火を燈せば、ふわりと鼻先を思い出が掠めた。
 鮮やかな花弁を散らした布地を、臙脂色の市松模様できちりと締めれば、まるで彼女自身が冬に咲いた桜のよう。柔らかな黒髪を留める簪は蜜色の玉を揺らし、時折しゃらしゃらと囁くような音が響いた。雪の果てには隠れがちな月が見えて、刻一刻と変じる景色の色合いが不思議なほど胸に深く触れるのだ。
 雪見酒は楽しいけれど、より気を惹くのはやはり彼女自身の方。
 黙っているのが辛くなればディートリッヒは、素直な想いで彼女の身体に口付けを降らせた。そっと唇で触れるだけの、愛しさを募らせる行為は、唇にも頬にも瞼にも注ぐ。肌が朱に染まり始めれば尚更耐えるのが苦しくもなって、細い明かりに目を向けながら「……消す?」とだけ彼は問いかけた。
 リュシータはこくりと頷くと身体の力を素直に抜いて、精一杯の意識を添えた指先を向けて彼の左手を強く握る。微かに声を震わせて、愛しい彼の名を呟いた。きっとこの夜は一瞬で過ぎてしまうだろうけれど、少しでも長く感じられるように夜を徹して互いを見詰め続けていたい。

●泡沫の逢瀬
 今宵の空は妙に揺らいで、姿をひとつに留めていない。
 不安を掻き立てられるではなく素直に美しいと思えるのは、ふたりで過ごす時間が笑みを消す暇もないほど嬉しいものだからだろう。互いが同じように触れられるものとして暖かな茶を求めて、自らを取り囲むものをすべて楓華風の世界に仕立て上げた。ミレイナは腕を交わらせて相手の口元に湯呑みを寄せ、当然のように湛えられた優しげな微笑みを見詰める。彼の頬は少しだけ冷えていて、茶の暖かさが確かに伝わるよう願われた。
 返杯の折、本当に心が交じり合うようだと彼が囁く。
 彼女の顎を指先で持ち上げて、愛しげにその唇から潤いを拭う。
「……もう離しませんから」
 光そのものとも思える最愛の女性が、こうして自らの傍に居てくれる。
 見詰め合える場所で微笑む彼女にエリクは譲れぬ内情を吐露した。
「私を縛る大切な貴方……」
 これからも愛を注いで欲しい。
 交わすばかりでも満たされるほど、彼に包まれているのは心地が良いから。
 部屋に立ち入った瞬間、此処は花のようだと目を見開いた。
 作られた空間に対して静かに咲き誇る生命を感じたのは、彼が森に生まれた者だからだろうか。けれど本当の意味での「花」が愛しい女性の他には居まいと、藤の色で自らを包んでいるマリンローズの姿から思い直された。彼女の髪に咲くものがなくとも、彼女自身は誰より美しく咲き誇っている。
「いつまでも、永久に共に在りたい」
 願いを零した唇はすぐに彼女の唇に触れた。
 彼女は潤んだ瞳でクロイツを見詰め、深い喜びを感じて頬にも熱を滲ませる。ふたりが同じ夜を過ごして、同じ朝を迎えられると意識しただけで、この瞬間が何よりも幸福なものと思えた。ぬくもりが与えてくれるものは多過ぎるくらいで、すべて委ねたまま離れずに居たいと願われてしまう。
 彼もまた愛しい花を抱いて眠れる喜びに、深い安らぎで瞳を染めていた。いつまでも彼女の笑顔が咲いているよう、そして、その花に触れられる存在が唯一自分ひとりであるよう。何よりも大切な祈りを、彼女と共に胸に抱いて眠りの縁に身を寄せた。
 雪が屋根を白く覆う頃、旅籠は冷えた気配で満ちる。
 何の音も耳に届かず、何の色も目に触れぬ、雪にすべて攫われるような息の詰まる間が厭わしい。凍えぬようと抱き寄せて、イドゥナはつるりとした杯に濁りのない酒を注ぐ。ひとつの器が交互に唇へ触れると、まるで契りのようね、と荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)が綻ぶように微笑んだ。
 微かな衣擦れの音、長い髪の流れる音、杯を持つときの癖、酔いの進む素振り。眼差しに時折混じる困惑めいたものと、何を原因にしてか不意に浮かぶ嬉しげなものと、言葉にせぬ間にも揺らいでいる想いの波が見て取れる。 他に何もないようだと洩らし、彼は不意に酒の味を残した唇を奪うと、戯れに身を離して手の中の杯を呷った。
 彼女は幼子のように唇を引き結び、離れていたくないからとすぐに彼へと手を伸ばす。
 驚くことにその仕草すら望ましいから、今度は強く抱き締めながら首筋に口付けた。
「此処に居る時間のすべてを君にあげるから」
 望むものを教えて欲しいと何も離さず願いを紡ぐ。理由が判らないほど彼の許可が嬉しくて、彼女は躊躇いも持たず甘えることを選んだ。導きの何もかもが好きなのは知られていると判るからか。
「夢なら消えても構わぬほどに――」
 現の境目で蕩ける甘さの宵を綴る。

●終宵の嬉戯
 赤い椿が見事に飾られる小さな部屋で、彼ら夫婦はぴたりとその身を寄せ合っていた。
 宿る色が異なるだけの感情と時間がふたりを優しく包んでくれる。提燈に描かれた花は内側から光に照らされて、息を呑むような儚い影を伸ばした。紅花の咲いた簪を取り上げて、淡い亜麻色に輝く髪を指先で梳く。
「着物に穴を空けるのは勿体なくて……」
 互いを尊重する末にセラが辿り着いた選択は、肩を出して翼を自由に広げること。
「うん。何か違う気はするんだけど」
 僅かに幼さを湛えた衣装を気にしつつ、ヨハンは素直な感想を口にする。
「でも綺麗で、そそられる」
 その言葉に彼女が目を瞬いたとき、傍の火鉢から弾けるような音が聞こえた。仕返すように彼の耳を軽く噛んで、本当は閉じ込めてしまいたくなるくらい、と底に蟠るものを吐き出す。冷えてしまわないように晒された素肌を撫でて、喩え身体が離れようと心は常に此処にあると彼は微笑んだ。
 ずっと見張っていると言いながら口付けを降らす彼女に、命の短さが変な縛りを生まなければ良いのにと、喜びの影で限りあるものが少しばかり案じられる。腕を絡めてくる彼女を抱き留め、彼らは倒れ込むようにして褥へ落ちた。
 格子の間から淡雪がはらりと部屋に踊り込む。
 掲げた杯に落ち込む様を見て、溶け行く様にも深い感慨を得た。紬糸織りの正礼装は身に馴染むものだけれど、出逢いを振り返れば今という時間はまた新鮮なものに思える。髪の白さが溶けるような雪の重ねと、髪に飾った翡翠の花とが今宵のカガリを実に美しく包んでいた。触れ合うぬくもりが冬の寒さからも心をすべて守ってくれる。
 最初、にはまだ酒を飲めなかったはずの彼女が得意げに笑う様がとても愛しい。
 タケマルは妻の身体を抱き寄せて、唇を寄せて交わす口付けを深くした。
 彼が一緒に居てくれたからこそ、出来事は心を震わせたのだと確信できる。言葉の重みに負けてしまいそうで不安だった大切な想いを、自らの幼さを想いの深さで埋めながら紡いだ。
「……愛してる」
 掠れた声は続く口付けに滲んだけれど、どうかこれからも傍にと願う想いは決して消えない。
「悪くねェよ、その格好」
 温めた檸檬水を舐めながら彼が言うだけで、普段通りの装いで現れた点に対しての不満まで何故だか少し薄れてしまう。選んだ唐草紋の衣装は濃紺の地で、雪色の絹で縫い留めた羽織に併せたから、彼女そのものが夜空の煌きを映すかのようだ。
 ふわりと肩に落ちる胡桃色の暖かげな髪を掬い上げ、きちんと結えよと彼は嘆息混じりに簪を持つ。それだけで彼女は機嫌の悪さを忘れたようで、ころころと楽しげに笑んでいるのだから困ったものだ。手櫛で梳くように纏めてやれば、まるでお母様みたい、と良くも悪くも神経を逆撫でする柔らかさで感想が紡がれた。
 生けられた花と揃いの白い水仙が、彼女の髪にも咲いている。
 彼は逡巡を挟んで再び嘆息を吐いた後、顕わになった細い首筋へ唇を寄せた。
 途端に彼女は慌て出して、身を震わせると共に倫理や年齢を説き始める。
 クローチェは齧りつく真似をしながらルーツァの手首を捕まえた。
「俺、後何百日待てば良いの」
 突きつけられた命題は難解で、口を開けば堰を切ったように零れてしまう。自由な片手が自ら彼の手を捕まえて、ぽたぽたと頬から雫を落とした。
「私で良いの、後悔しないの」
 最初から悔やむ予定の恋愛をするわけがないと、彼は見定めた今に訴える。
「貴方は――」
 頷いてくれるなら自惚れてしまえそうな大切な願い。
「私を置いていなくならない?」
 夢と覚めてはしまわないのか。
 手を握り返して、溢れる涙を舐め取って、嗚呼と顔を歪めて吐き捨てる。
「馬鹿げた卑屈さえ愛しいんだから重症だ」
 暁鐘までに伝えたいものが多過ぎて、冬の夜の短ささえも今は酷く憎まれる。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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わからない
参加者:25人
作成日:2009/01/11
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冒険結果:成功!
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