ファーナ・ミランダの硝子の真珠



<オープニング>


●ファーナ・ミランダ
 深く凍れる夜の涯て、黒玻璃の夜空と彼方まで続く雪原の境界に、ほんのりと光を孕む瑠璃の色が揺蕩い始めた。幽けき光は音もなく緩やかに、夜の黒玻璃を瑠璃と群青の色に透きとおらせていく。
 静謐な闇に沈んでいた雪原は淡やかな薄群青に染められて、時折きらきらと清冽な光を踊らせる。雪原と空の境界には朝靄をひとしずく溶かしたような優しい群青色が揺蕩い、その上にはまるで紗を重ねるようにして、淡い桃花色が流れていた。
 薄らとした光の層を挟み、天頂は限りなく優しい淡藤色に染まる。
 雪原の彼方に眠る陽の目覚めにはまだ早く、空には柔らかな真珠色の月が輝く狭間のひととき。
 薄群青に染まる雪原の片隅に佇む落葉松の樹林は不思議な色の揺らぎを抱いた。
 澄んだ白に煌く霧氷を咲かせた樹林は、黎明の空と真珠の月を映して淡く甘やかな桃花と群青の色に揺れる。風流れ雲流れるたびに渡る光の波は何処か絹の光沢すら思わせた。落葉松たちの根元を抱く雪も同じ色を孕み、緩やかな起伏が生む影が更なる色の揺らぎで世界を彩っている。
 振り仰げば黎明の空を背に、氷の華を咲かせた落葉松の梢たちが透かし織めいた精緻な模様を描き出していた。薄らとした青に染まる梢の片隅に暖かな陽の色を見えた気がして手を伸ばせば、指先に触れるのは柔らかな金色真珠の色を宿した硝子の小鳥。
 慎重に辺りを見渡せば落葉松の洞には桜真珠の色を溶かした硝子の貝が抱かれて、木陰には半ば雪に埋もれるように銀真珠の色をした硝子の雪結晶が眠っていた。真珠色をした硝子たちはいずれも容器になっていて、蓋を開けばやはり淡く真珠めいた艶を帯びた蜜蝋のクリームが覗く。
 指先に僅かな蜜蝋を取り手首に馴染ませれば、肌のぬくもりで穏やかな花の香りが咲き綻んだ。
 優しい香りに知らず目元を和ませ顔をあげれば、樹林の奥に黒茶色の木で作られたコテージが見える。落葉松の樹林を庭に持つこの山荘の主の名は、ファーナ・ミランダ。
 揺らめくような濃淡が美しい色を生み出すことを得意とする――硝子職人である。

●硝子の真珠
「陽が昇る前、空に真珠色の月が残る黎明のひとときに……霧氷の樹林で宝探しをしてみません?」
 酒場を訪れた藍深き霊査士・テフィン(a90155)は居合わせた冒険者たちに声をかけ、こんな宝物が見つかりますの、と可愛らしい硝子の小鳥をテーブルに乗せた。
 深い湖の底に眠るような、瑠璃色がかった真珠色をした硝子の小鳥。
 光に照らせば、淡いラベンダー色を帯びた虹が柔らかに揺らめいた。
 檸檬よりもひとまわり小さなこの硝子の鳥を作ったのは、ファーナ・ミランダという硝子職人だ。先日大口の仕事を終えたばかりの彼女は今、綺麗な霧氷が見られる落葉松林の中に建てた山荘でひとときの休暇を楽しんでいる――はずだったのだが。
「……どうやら早々に、休暇に飽きてしまわれたよう……。新しい硝子を見て欲しいから冒険者を誘って遊びに来い――とミランダ様から連絡がありましたの」
 最近のファーナ・ミランダは新しい硝子を作るたびに冒険者を招いている。目の肥えた冒険者たちに新しい硝子を見て貰うことは、彼女にとっても有意義なことであるしい。
 今回作られた新しい硝子というのが、この真珠色をした硝子だ。
 珪砂を焔で融解させ骨灰を混ぜ込むことで、淡い乳白色に虹を溶かした半透明の硝子ができる。宝石のオパールに似ていることからオパールグラスと呼ばれているのだが、ファーナ・ミランダはこのオパールグラスの技術に手を加え、艶やかな絹を溶かし込んだような真珠色の硝子を作りあげた。
「……で、それを聞いて面白がったのが、クリームパフューム――つまり練り香水を扱っている商人の方。真珠の粉を加えた練り香水があるのですけれど、それを真珠硝子の器で売り出したいと言って来られたそうですの」
 こんな感じと硝子の小鳥にテフィンが触れれば、瑠璃色真珠の翼が開いて淡く艶めくクリームが現れた。ほんのり揺らぐのは花の香り。指先に取って手の甲に広げれば夏の水辺に咲く花が香り立つ。
 銀真珠の色を纏った硝子の雪結晶には高貴で涼やかな百合の香が秘められて。
 桜真珠の色に染まる硝子の貝の中には春の甘やかさを抱いたスイートピーの香が眠る。
 金色真珠の色を帯びた小鳥の中には溌剌とした柚子の香――と、硝子の器も中の香りも様々だ。
「霧氷の樹林に隠されたそれを見つけたなら、是非持ち帰って欲しい……とのことですの」
 黎明の不思議な色に染まる氷の森で、硝子に秘められた香りを探す。
 見出したパフュームを肌に乗せれば、その温もりで優しい香りが立ちのぼるだろう。
 好みの硝子、好みの香りを見出したなら、ひとつだけを自分のものにすることが叶う。
「ただ……『花を意匠した硝子』だけは別ですの」
 僅かばかり声の調子を変えてテフィンが言を継ぐ。
「ファーナ・ミランダの硝子の花は、硝子の花が何の為に存在しているのかを理解した者だけが手に入れられるもの……。硝子の花を望むなら、ミランダ様と交渉して頂く必要がありますの」
 たとえば、鮮やかな椿を模した硝子の器。
 たとえば、桜の花を蓋に咲かせた硝子の瓶。
 揺らめくような美しい色に咲く真珠硝子の花を望むなら、硝子の花が何の為に存在しているのか己の考えを述べ、そして何故己が硝子の花を望むのかを、ファーナ・ミランダに語ればよいとテフィンは紡ぐ。そして――答えはきっとひとつではないから、真摯に向き合えば大丈夫、と囁いた。


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参加者
NPC:藍深き霊査士・テフィン(a90155)



<リプレイ>

●響
 淡い群青と桃花の薄紗を重ねた空に、真珠色の月が浮かぶ。
 薄群青に染まる雪原の片隅、霧氷の樹林から空を仰ぎ見れば、梢が織り成す氷の透かし織が空と光を映し薄桃や薄水の色に煌いた。
 凍える風を吸い込めば森や氷の香が胸に満ちる気がして、アクラシエルは細やかな光散る樹々の合間で深呼吸をする。淡く霞む呼気すら仄かな桃花や群青色に揺れる様に小さく笑んで、雪と氷の樹林を心の赴くままに。誰かに呼ばれた気がして落葉松達の間に分け入れば、薄らと青を帯びた雪の上に小さな月を見出せた。
 彼が手にした真珠硝子の輝きに瞳を瞬かせ、エレストは空の月が落ちてきたみたいと空を振り仰ぐ。淡やかに群青の光を透かす霧氷の彼方に本物の月を見出して、思わず笑みを零して瞳を細めた。見渡せば氷の梢は幻のように色を変える。花の雫を閉じ込めたみたいな桃花色に煌く梢に曙光の色を見つけ、白い指にそっと金色真珠の小鳥を止まらせた。
 優しい青が揺れる衣装の上に暖かなマントを纏って、エルノアーレは好奇心に輝く瞳で木立の合間を覗いていく。ミランダ様だって見つけて欲しいはずと確かめるよう頷いて、硝子が綺麗に見えると思える場所をひとつひとつ確かめた。
 薄群青の梢の影揺れる雪の合間でめぐり逢ったのは、新雪に月光を溶かし込んだような真珠色の小さな兎。
「おおう! 色が変わって見えるで……」
 氷に彩られた枝と幹の間に煌く硝子の星は、光の加減で蒲公英色から菜の花色に揺らめいた。
 ひとの手がなければ生まれ得ぬ輝きからはひときわ深い想いが感じられる気がして、光の結晶を両手で包み込むように掬いあげる。ネジちゃん発見と誰かに抱きつかれてわぁと声を上げ、綺麗なん見つけたねと後ろから覗き込んできたアデイラに「この前はおおきに」と笑いかけた。
 黎明の光に淡藤色に映える樹々の陰に身を潜めていると、背中からすっぽりと雪色の外套に包まれる。瞳を瞬かせて振り返れば「隠れんぼ?」と訊かれ、バノッサはこくこくと頷いてみせた。
 今日の目的をこっそりアデイラに囁けば、ほなこのまま探そっかと外套の中に抱き寄せられる。
 明け初めを映す雪の波間に、眠れる真珠の硝子を探して。
 淡やかな光を纏う樹々の先、山荘の前に目当ての人影を見出して、イストテーブルは花の守りに手を添え丁寧に礼をとった。硝子の花は不変の想いを示すためにあるのだと思ったから、選び取った言の葉を重ね囁くように硝子の主へ明かす。
「――貴方はきっと、考えすぎるのだね」
 彼の言葉に穏やかな笑みを浮かべ、ファーナ・ミランダは差し伸べられた手を取った。
 少しずつ花を咲かせていくのも良いだろうと、薔薇の花弁ひとひらの約束を結ぶ。
 振り仰げば凛冽な美しさを帯びた氷の花が、空に精緻な紋様を描き出していた。
 荘厳な美しさに圧倒されて視線を落とせば、木陰にひっそりと咲く硝子の薔薇がロゼッタの瞳に映る。青い真珠の虹を抱く花が自分を待っていた気がして掌に包み込めば、愛しいひとの髪に咲く薔薇が思い起こされた。硝子職人の姿を探し、彼女の許へ足を向ける。
 手品はお好きと訊ねれば、ひとの手の技を見るのは好きだよと返された。
 嬉しげに顔を綻ばせたアクアリスは、大切なひとから贈られたカードを取り出して見せる。髪に椿を咲かせる彼にずっと寄り添うことは叶わないから、変わらず傍に在れる硝子の椿が欲しいと語った。
 愛しいひとの花と同じ花をと願う二人に、硝子の主は困惑滲む笑みを浮かべる。
「真摯に望んで下さるのは解ったけれど、それだけでは差し上げられない」
 望むだけではファーナ・ミランダの硝子の花は得られない。
 硝子の花が何の為に存在しているのか理解した者だけが、花を得ること叶うのだ。
 花を得るのも簡単ではないのですねと瞳を瞬かせ、オウカは雪に抱かれた樹林を静かに見渡した。
 刻一刻と移ろっていく空の色と朝の光を映し、雪はきらきらと細かな光を躍らせる。落葉松が薄らと菫色の影を落とす雪の合間に桜色の柔らかな輝きを見出せば、自然と口元が綻んだ。
 淡い菫色の雪に埋もれた、真珠硝子の雪結晶。
 雪と氷の輝きを受け、真紅の薔薇の花弁に虹が渡る。
 想いを受け心を託されるからこそ硝子の花は一層煌くのだろうと微かな笑みを口元に敷いた。
 それは人と人が心を重ね合わせる様に似て、だからこそ煌きに癒され励まされるのだと思う。
「……命に希望を咲かせるための、花だよな」
 大切な人に、笑顔が絶えぬ事を祈って贈りたい。
 ユールが願えばファーナ・ミランダは、是非とも、と穏やかな笑みを彼に向けた。

●凛
 氷花を咲かせる樹々が勢いを和らげるのか、凍れる風も優しく頬を包み込むように吹いていく。
 風を追って振り返れば、そこには誰も足を踏み入れていない無垢の雪。
 新雪に足跡を記していくのは未知なる冒険に出る時の気持ちに似ていて、テルミエールはわくわくとした心地で樹林の奥へと向かう。きっと昨日には硝子の主の足跡があったのだろうけど、雪の薄紗が世界を塗り替え新たな未知を生み出したのだと思うから。
 世界が変わり続ける限り、はじまりは終わらない。
 硝子の花は自然を尊く愛しく思う心が枯れない様を表すのでしょうかと紡げば、貴女はそう思われるのだねと柔らかな声音が返された。続きを促されているのだと察して、ファオは思うままを言の葉に織り成していく。濃淡揺らぐ様は世界の移ろいや揺らぎの心を抱えた人の営みで、花を象徴としてそれらが描かれているように思えたから。
「描かれた日常を、自身の日々でも忘れず大切に共に歩む日用の……実用品として」
 手元に置きたいと語れば、貴女に使って頂けるなら喜んで、とファーナ・ミランダが微笑んだ。
 ルバーブと苺の紅茶から立ちのぼる湯気も、朝の光を映しほんのり桃花色に照り映える。
 甘酸っぱい香りがとても素敵と藍深き霊査士・テフィン(a90155)が瞳を細める様に胸を撫で下ろし、ファリアスも硝子の主へ声をかけた。紅茶用の砂糖入れとしてと望む言葉には首を傾げられたが、貴方の手元に渡るなら幸せだと紡がれれば心が躍る。
「生きる喜びと輝く命の象徴、か。……貴方の言葉は、とても嬉しい」
 樹の洞に咲くカンパニュラを掬いあげれば、硝子の花弁はエニルの掌上で極光の煌きを帯びた。
 本物の花は自身の為に咲くけれど、この硝子の花は人の為にこそ咲く花だ。
 想いで息衝き、心に触れて咲き綻ぶ花に――心を託して、あのひとへ。
 手にした人の胸に生まれた想いがいつまでも咲き誇るようにとの願いを形にしたもの、と自身の感じたままを語れば、ならばこの花は既に貴方の想いを咲かせているのだろう、と硝子の主が頷いた。
 咲き零れる花々に引き出される人々の笑顔は、喜びを携え煌く光そのものだ。
 光に触れ綻ぶ硝子の花は笑顔のもとで咲き誇る為のものだと思う、とカイトは硝子の主の瞳を見据え揺るがぬ声音で語る。大切な人に必要とされたくて、けれど笑顔を曇らせることが怖くて。
「あるがままの光を感じて輝く硝子の花のように、心を真直ぐに見据えていたいんだ」
「あるがまま……ね」
 不意に瞳を緩めたファーナ・ミランダは、貴方の標となれるような花を選ぼうと口元を綻ばせた。
 光を受けて硝子が輝くように、自身も光の中で輝くものだと人に感じさせるために咲く花だと思うと紡げば、硝子の主は「なら貴方は何の為に花を望む?」とギイナに問い返す。
 自分の為に。いつか出逢う大切なひとに渡す為に。
「――それまで、自分も器も輝き続けられるように」
 祈るように望めば、ならこの花は貴方のものだと硝子職人の指先が真珠の鈴蘭に触れた。
 朝靄を溶かしたような群青と桃花の色が溶け合えば、空は優しげな紫に咲き初めるだろう。
 硝子に包み込まれた光と想いはきっと、闇すらも透かす希望と同じもの。
「硝子、か……」
 紡がれた言葉を考え込むよう顎へ手を遣る硝子の主に、朝とともに花が咲くように希望が心に咲き続く事を願って硝子の花を贈りたいとリアンシェは望んだ。
 咲くたびに儚く散るけれど、大地に確りと根ざし春がめぐるたびに必ず花を咲かせる。
 春が訪れるたび命を謳う桜が想いと愛しさを現してくれると思うから、リラは重ねゆく幾つもの春を共に迎えるための硝子の桜を望んだ。
 けれど硝子の主は二人に緩く首を振ってみせる。
「花でない硝子なら、硝子でない花ならば……喜んで差し上げたいけれど」
 硝子でなく、花でなく――『硝子の花』の存在の意味を、ファーナ・ミランダは問うていた。
 花の一番美しい瞬間を一刻でも長く留めるための。
 そんな存在だろうかと硝子の花に思い馳せつつ、エルスは雪の合間に目を凝らす。大切な人の心に己の美しい姿を留めたいと思うのにも似てると思いつつ、春の芽吹きの如き煌きに手を伸ばした。
 見出したのは翡翠と真珠の色を秘めた硝子の蝶。
 花よりもきっと、此方が己には似合うだろう。
「呼べば出てくるかもしれないぜ?」
「名前を、か?」
 少女のように瞳を輝かせて硝子を探すエフェメラの様子も愛しくて、シーナは笑みを含ませた声音で促してみる。楽しげに笑みを零した彼女が目を留めた樹の根元を覗けば、洞の中に真珠の虹の煌きが見出せた。蓋を開けば、淡い薔薇色を帯びた練り香水。
 首筋に馴染ませれば、甘やかな薔薇の香が立ちのぼる。
 良い匂いだとシーナは白い首筋に鼻を寄せ、心のままにこのままお前を、と掠れた囁きを落として笑みを洩らした。肌にかかる吐息と熱を帯びた薔薇の香が心蕩かす様を感じながら、エフェメラは彼の胸にだけ響くよう吐息で言葉を綴る。
 このまま、香りとともに溶け合えたなら。

●華
 熱い焔と珪砂に骨灰、そして色を生むための金属と、人の手から生み出される技術。
 様々なものを熔け合わせて咲く硝子の花は、脆いようで案外丈夫で、幾つもの挫折と成長を繰り返していく人間の姿のよう。
「暖かい心と強い生き様を感じさせてくれる為に咲く花……かなぁ〜ん?」
 照れを滲ませラハイナが笑えば、成る程、と硝子の主が頷いた。
 花を望む想いを紡げば、貴方の想いを伝える役に立てるなら、と微笑みが返る。
 冬の海辺を思わす氷青の雪に見出したのは、瑠璃色を秘めた硝子の蛤だ。
 甘やかに溶け込む乳白の虹は確かに以前触れたオパールグラスのもので、それが流れる絹にも似た柔らかな光沢をも得ていることにハーウェルは深い感慨を抱く。
「……また、貴女の煌きを分けて頂けて……幸せです」
 虹を抱き心のまま微笑めば、その笑顔を見られることこそ幸せだと硝子の主も頬を緩めた。
 薔薇色を溶かし込んだ真珠硝子の苺を手に取れば、そこから幸せが満ちていくような心地になる。
 優しいあの子の喜ぶ顔が浮かべば、自然とレインの顔にも優しい笑みが広がった。
 ミランダさんの硝子はとても優しくて、でも強い輝きが宿っているからと口にすれば、そう見えるのは貴女の手にあるからだよとファーナ・ミランダが笑う。
「その硝子にはもう、貴女の想いが宿っているのだから」
 仄かな紫の虹を秘めた硝子のクロッカスをそっと掌に包み込み、雪の中から花を見つけてみたかったのですけれど、とエリンシアは控えめな笑みを硝子の主へ向ける。貴女になら喜んで差し上げるのだがと彼女は瞳を瞬かせたが、二つあれば迷ってしまうからと紡げば、成る程と静かに頷いた。
 何時かの冬に得た硝子の花は、私にとっての心の導。
 後で花を見せて下さいなと微笑んで、言葉はきっと隠すのでしょうと少女は囁きが聴こえぬ位置まで下がる。彼女の心遣いが嬉しく、けれど見ていられるのも何処か面映くて、セリハは梢に伸ばした腕で隠すようにして自身の考えをそっと紡いだ。
「貴方の言葉は、とても……とても面白いね」
 そんな言い回しをしたひとは初めてだと破顔して、ファーナ・ミランダは彼の望みに承諾を返す。
 梢に煌くのは、海の雫の名を持つ――記憶の花。
 雪と氷の静謐は祈りに通じるものがあると思えて、静かに心を満たしていく何かにセラフィンは安らぎを見出した。氷粒を纏う樹々に耳を当てればきっと、命の音が聴こえるはず。
 既に硝子の桔梗を得ている少女に言葉は不要。
 此度は別の虹を差し上げようと連れに笑む硝子の主に声をかけ、ペテネーラは慎重に言葉を紡ぎ始めた。腕の撓りひとつ爪先運びひとつで魂を表せる踊りと違い、言葉とはなんと迂遠なものなのだろう。けれど、一瞬の中で命の花を咲かせるのが硝子の花、と表現した彼女に、硝子の主は得たりといった風情で満足気に笑ってみせた。
「確かに、貴女のように鮮やかな感性をお持ちの方には真紅の薔薇が相応しい」
 緩やかに淡い金の輝きを帯び始めた霧氷の彼方、淡藤色の空を白花色の雲が流れていく。
 空と雲を溶け合わせた色合いの雪の洞を覗けば、鮮やかな桃色真珠の色を咲かせた硝子の雲間草が見出せた。花を貰えるとは思わなかったけれど、見られただけでも嬉しくて、ラクシュミーはとってもきれいと声を弾ませる。
 自分の心も、あんな風に咲けたなら。
 少しずつ色濃くなっていく淡藤色の空に、真珠の月が溶けていく。
 砂浜に見出した真珠を波間に見失うのにも似たその様が惜しくて、ウィーは口元に僅かばかりの笑みを敷く。明けの狭間に揺蕩う霧氷の樹林を歩みながら、消えないといいなぁと淡い望みを抱いて気紛れに振り返る。夜明け色纏う少女がマントの裾を引っぱって、触れぬよう気遣いながら背伸びをし、ありがとう、と囁いた。
 流れた時はきっと、本当ならもっともっと長く感じられたのだろう。
 幾度も機会は重ねられるけれど同じものはふたつとなくて、次を共にと望んだひとにはもう逢えない。だから望みが生まれたならその時は引きずってでも来ようとチグユーノは心を決める。
 縁の連なりを求め瞳を向ければ、硝子の主が応えるように目元を緩めた。
 会えて嬉しいと目尻に皺を刻む彼女と向き合って、今日はちょっと訊きたい事がと緊張気味に声を上擦らせたモニカは、真面目な顔つきで問い掛ける。
「何て呼んだら良いですか」
 硝子の主は榛色の瞳を大きく瞬かせ、一拍の間を置き、声をあげて笑い出した。
「ファーナでもミランダでも好きに呼んでくれて構わないよ。二つひっくるめて私の名だから」
 長いから区切っているだけだと、ファーナミランダは軽くモニカの肩に手を触れた。

 硝子は花と違って永い時を耐えるけど、花は硝子と違って手折られても再生する。
 強いと思えば脆く、弱いと思えば逞しく。
「誰かの中にそういうのを見たことがあって、だから……あれ? 纏まらない」
 言葉を探しあぐねてリュウが首を捻れば、困ったねと硝子の主は可笑しげに笑う。
 今日のところは差し上げられないが、良ければまた話をと紡ぎ、それから、と言を継いだ。

「硝子はね、再生するものなのだよ」


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:33人
作成日:2009/02/12
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