<リプレイ>
●オーロラピンク 澄んだ水をふんわり広げたみたいな空に、鮮やかな青の絵具をひとしずく。 優しい光を孕む春空には朝のミルクでかけた靄みたいな雲が流れていた。淡い雲の影は春草の草原に落ちて、萌黄色した春草達は流れる雲の影を追うように、大地に光の細波を渡らせていく。 春の風と光の波が至るのは草原の真ん中に生まれた花の街。軽やかに吹き抜けていく風に春の夢あつめて咲いたアザレアは優しい色の花弁を震わせて、花の色を淡く残した影を石畳に揺らした。 草原の続きみたいな草地に敷かれたアイボリーとエクルベージュの石畳を踏みながら、春らしい色合いの布と白木で設えられた画材市を見て回る。春の陽に艶めく真新しい絵具も陽光を透かして煌きを落とす硝子瓶入りの色インクも心を弾ませたから、ルーテシアは弾むような足取りで色と光の踊る画材市の探索に勤しんだ。 陽だまりの匂いに淡く溶ける、絵具やパステルの匂い。 暖かなそれに浮き立つ心地を覚えるのは絵描きの性だ。 溢れる色彩は様々な美しさに満ちた世界そのものを写し取ったみたいで、ルーテシアは優しい色合いの絵具を詰め合わせた水楢の箱を手に取り口元を綻ばせる。早速アザレアを描こうかしらと見渡せば、街のあちこちで咲き零れるアザレア達が流れる風にさざめいた。 真白なキャンバスに落ちる花の影も、綺麗な世界のひとしずく。 「お。少年なかなかいい目してるじゃない。そのパレットナイフすんごい使いやすいのよー」 「……ふうん」 妙に質の良い鋼が使われた刃先の丸いナイフを眺めてシエロが思案を巡らせていると、店番らしきお姐さんが明るく声をかけてきた。自分にはそもそもこれが何なのかすら解らなかったけど、此処に居ない誰かなら瞳を輝かせてこのナイフを手に取るのだろうかとふと思う。 無意識に彼女を思い浮かべてしまったことに眉を顰めたけれど、零れる溜息は己の心がままならぬからか、認めたくはないが物足りなさを覚えているからか。自由奔放な彼女に振り回されぬよう距離を置こうとしていたはずなのに、傍にいなくても振り回されている気がするのは何故だろう。 普段なら興味を抱くはずもない画材市に惹かれたのも。 鮮やかな色の中を今こうして歩いているのも、きっと。 狂戦士しか持てないとかいう巨大なペインティングナイフや、まるで角材みたいなパステルにもきっと大いに興味を示すだろうけど、彼女は戻れば真っ先に絵筆を取るだろうと思うから、鮮麗な青を取り揃えた硝子瓶入りの顔料に手を伸ばす。 此処より近い天上の青を、飽かず眺めて来るだろうから。 空に向かって咲き誇るアザレアは様々な色合いに満ちていた。 暁の空に流れる桃色を映した花もあれば、艶やかに熟した苺を思わす深紅の花もある。花弁を透かし淡く色づいた影がアイボリーの石畳に揺れる様も実に春らしくて心地好い。あっと言う間に姿を消した義姉も飽きるなりお腹を空かせるなりすれば戻ってくるだろうと、カルアは何処か悟りの境地で辺りのアザレアを眺めていた。彼の予想通り、安寧の時間はすぐに破られる。 「見ろ義弟! この人形を!」 街路を彩る石畳を蹴散らさんばかりの勢いで駆けてきたカロアは、花の傍に佇む義弟を発見するや否や彼の眼前にばーんと木製のモデル人形を突きつけた。 「余りにキモイので、貴様の顔なぞ描いてみた! するとホラこの通り……キモさ2倍!!」 枕元にでも飾るが良いと誇らしげにふんぞり返る義姉に極北の風を纏ったかのように冷たい眼差しを向け、カルアは春の草原をアハハウフフとスキップする乙女を彷彿とさせるポーズを取らされた人形(男性タイプ)を素直に受け取った。こんなこともあろうかと、確り返礼の品も調達済みだ。 「アザレアの紅に魅せられて買ってみた。可憐で艶やかな色合いだから、華やかなお前の笑顔にきっととてもよく似合うと思う。……自画像を描く時にでも、使ってくれ」 含みのあるような無いような笑顔で差し出されたのは、穏やかに艶めく深紅の色インクで満たされた可愛らしい硝子瓶。良い心掛けだな褒めてやろうとカロアは彼の手からインクを奪取して、じゃ、とさり気なく彼がその場を去るのを不思議に思いつつ瓶をひっくり返してみる。 硝子瓶同様に可愛らしいラベルに書かれていた色の名は―― 鼻血。 「あ、あの野郎、地味に強烈な嫌がらせをして来やがる……!」 「……はっ!」 何処からか聴こえてきた乙女の咆哮で、画材に見入っていたセリハはようやく我に返った。 腕に携えるのは花を漉き込んだスケッチブック。折角だからこれに色を乗せるための透明水彩をと思っていたのに、柔らかにしなりそうなリス毛の絵筆や透きとおるように真白な陶器のパレットやらを見ればどうしても目移りしてしまう。僕も何か描きたくて仕方無かったのでしょうかと小さく笑みを洩らし辺りを見回せば、誰かと一緒の湖畔のマダム・アデイラ(a90274)の姿が目に留まった。 観たものを見せてねと笑って画材を選んでくれる彼女に語るのは、眺めているのが矢張り己の性に一番合っている様だという話。景色だけでなく、ひとについてもそれは同じ。 ――最近なんて特に、楽しくて仕方ないんですよ? なんて囁けばアデイラは幸せそうに破顔して、彼女の戦利品を持ってやっているらしい誰かは「聞こえてる」と呟いた。おや聞こえましたかと態とらしく肩を竦め、序に我儘をもうひとつと言を継ぐ。 「アデイラさんも、いつか描かせて下さいね」 「……好きな子に我儘言って貰うんがね、すごく幸せ」 嬉しげに頷いて、彼女はセリハの頬にそっと口付けた。
●アクアスプレー 真新しいスケッチブックを風が繰れば、春空を流れる雲と風に揺れる花の影が真白な紙に落ちる。 瑞々しいレタスとオレンジクリームチーズ、そして香ばしく炙られた厚切りハム入りのサンドイッチを傍らに置き、エニルは何処か浮き立つ心地で辺りを見渡してみた。萌黄色の草原にぽっかり生まれた街には微睡みに見る夢にも似た花が満ちている。瞳に映した風景を心に透かし、感じたままの色をまっさらな紙の上に乗せていけば、そこにはきっと自分だけの小さな世界ができあがるはず。 最初に乗せる色は何にしようかと悩むことすら楽しくて、胡桃材の箱に並ぶ絵具を眺めてまずは胸の裡で色と戯れる。心に優しい世界が生まれたなら、光と水を溶かした絵具を含ませた絵筆を真白な世界を撫でるようにそっと滑らせて。 鮮やかに澄んだ色を広げれば、紙の上だけでなく胸の裡にも春の花が咲き綻んだ。 優しい春色の薄紗を重ねて咲くアザレアを見れば、心を満たす光が扉を求めて弾みだす。 春の幸せを纏って咲き零れる花々を、輝く命に満ちた世界を描き残してみたいけど、心に映した素敵な世界そのままを甦らせるにはまだ手の動きが追いつかないようで、難しいですねとアスティアは淡やかな吐息を風に溶かした。 絵を描くのが難しいと感じるのは、世界がそれだけ奥深いからか、自分には世界がまだ見えていないからか。それとも――絵を描くことを純粋に楽しめていないからなのか。澄んだ水に溶けて透きとおる透明水彩ならそれを教えてくれる気がして、絵具を含んだ筆先で紙に触れてみる。 薄らと桜色に染まる春の花が、紙の上に咲き初めた。 「シラユキ殿シラユキ殿、これは何に使うのじゃ?」 「ん、これはこうやって……デッサン用の木炭を挟むんだ。ペン軸みたいなものかな」 見たことない物なのじゃウラが持ってきた木炭ホルダーに、シラユキは細長い木炭を挟んで見せてやった。流石おねーさんの知恵袋なのじゃと感心したように頷くウラは既に確りと戦利品の画板を抱えていたから、そろそろ自分のものも買わねばなと絵具を扱っている一角に足を向ける。 彼女と並んで歩きつつ、ウラは何だか嬉しくなって買ったばかりの画板を抱きしめた。堅くて丈夫で盾にもなるという触れ込みの画板は風合い豊かな古木で作られていて、手触りも何処か暖かだ。 似顔絵を描きっこするのじゃと声を弾ませる彼女に頷いて、シラユキは杏色のアザレア咲く傍の店に飾られたスケッチボックスを覗き込む。揃えられた絵具も絵筆も見るからに上質な品で、それなりに値も張りそうな気がしたけれど、大富豪たる身に怖いものはない。 綺麗な模様の布を張られたスケッチボックスを手に入れて、行こうかとウラに笑いかけた。 彼女に贈られた落書き帳を、楽しい絵でいっぱいにしよう。 「アデイラが絵を嗜まれるとは存じ上げなかったわ」 「あれ。そんな意外やった?」 瞳を瞬かせたアデイラに「うーん?」と小首を傾げてみせながら、クールは弾む足取りで街を行く。歩くたびに視界を流れていくのは画材やアザレア達の鮮やかな色。溢れる色の中で自分の心に響いたのは、やっぱり大好きな青だった。 青空を切り取ったみたいな青い表紙のそれは、魔法のスケッチブックという触れ込みだ。 「いいか? 魔法の呪文は『りりかるマジカルらんらんるー♪』だ」 鹿爪らしい顔で店主が語る言葉に噴き出して、この子を連れ帰ることに決めてみる。何やら魔道書っぽいこのスケッチブックを手元に置いたなら、いつか冒険者を退いた日にもかつての自分を幸せな心地で思い出すことができるはず。 花咲く丘に腰掛け存分にスケッチブックを眺めたら、まずは最初の頁にこの子自身を描いてみよう。 明るい薔薇色を真珠色が縁取る花がアデイラのお気に召したようだった。 真新しい透明水彩を渡してやれば案の定、ありがとねと頬に口付けをくれた彼女は早速画材を広げ始めたから、柔らかな光が散る春草の上にクッションを置き、春の陽射しを頬に感じながら寝そべってみる。波模様が彩る書物を開いてはみたものの、視界の片隅に踊る色も気になって、静かに身体を起こし彼女の手許を覗き込んでみた。 淡い生成り色の紙に優しい色が乗せられて、指先と筆先が踊るたび魔法のように花が咲く。 柔らかな光と澄んだ水を含んだ色が広がる様に既視感を覚えるのはきっと、自分の世界が色を持ち始めて広がっていくのを感じる様に似ているから。 彼女に出逢って、自分の中に生まれた色。 「このスケッチブックのように、貴女の色で俺の中もいっぱいにしてね」 囁けば顔をあげたアデイラが、咲き綻ぶような笑みを見せた。 「指先までいっぱいになって、零れて溢れて――溺れるくらいに、ね?」 目元を和ませ笑みで応え、再び春草に寝そべれば、ハルトの頬に水の髪がふわりとかかる。 花と水の香る唇が、そっと唇に重ねられた。
●ヘブンリーブルー 空と草原を軽やかに渡る風は、穏やかな光と春の息吹に満ちている。 頬を撫でていく風がこんなにも優しく暖かに感じられるのは、凍てつく冬を越えた後だろうからか。 春の光を抱いた青空や春の夢をあつめて咲く花を瞳に映し、空を旅する雲や葉ずれの囁きを歌う花々に風を感じつつ、ハジは澄んだ水を絵筆に含ませ絵具を溶いた。 指に手に頬に感じる春の陽は泣きたくなる程に暖かで。 春の香りは優しく励まし慰めてくれるかのように柔らかだ。 まっさらな紙に描かれていく絵は拙いけれど、空と花と風の歓びと輝きに満ちていた。 春の香りと陽射しを運ぶ風が彼のもとにも届けばいいのにと願えば、胸奥に微かな痺れにも似た痛みが走る。春の陽や風が彼の凍りついた心を溶かしてくれれば――どんなにか。 彼にも春が訪れて、この絵を見て笑ってくれたなら。 春楡にアザレアを彫りこんだスケッチボックスを開けば、花の色をあつめた水彩絵具が並ぶ。 優しい色合いにオーディガンは瞳を細め、先程買ったそれではなくまずは持参したパステルを手に取った。スケッチブックにパステルを踊らせ描くのは、咲き誇るアザレアを幸せそうに見て回る少女の姿。暖かな風に花々が揺れる様も、風に散る彼女の髪が陽を透かして煌く様も綺麗で、至福の心地で笑みを洩らす。 花に囲まれたセラフィンを描くこと。 何時日にか天上の楽園で思ったことがようやく叶う。 好きに動いてくれていいと言う彼に微笑みながら頷いて、セラフィンは様々に咲き誇るアザレアを心のままに愛でた。星の形をした白のアザレアには薔薇色の花芯が覗き、淡紫の花弁を八重に咲かせたアザレアには内から真珠色の暈しが入っている。振り返れば風にそよぐアザレアの枝が彼の頭上にかかっていて、まるで花が絵を覗きにきたかのようとセラフィンは笑みを深めた。 春に満ちた胸に抱く気持ちは、アザレアの花が抱く言葉そのままだ。 溢れてくる幸せな想いは、彼にも届いているだろうか。 「どんな音色がするんだろー?」 虹の色をあつめたバステルを鍵盤に使った楽器を弾いてみれば、まるで虹の光そのものが弾むかのように楽しい音色が飛び出した。買ったばかりの楽器が紡ぎ出す鮮やかな音色にユリウスが顔を綻ばせれば、花蜜を溶かした香草茶を飲んでいたキスイも嬉しげに笑みを浮かべる。 大切なお姫様の笑顔があんまり可愛くて、折角辺りに誰もいないのだからとユリウスは愛しい少女を抱きしめる。耳まで薔薇色に染めた彼女に「本当はいつだってこうしたいって思ってるんだよ?」と真剣な声音で囁けば、少女はそっと頬に口付けをくれた。 優しく柔らかなキスは花と蜜と香草の香り。 可愛いなぁと破顔する彼の胸に頬を寄せ、キスイは吐息めいた囁きを紡ぐ。 「愛しい人とこんな時間を過ごせると、まるで自分が一番世界で幸せって気持ちになるな」 咲き零れるアザレアは幸せな言葉を抱く。 ――貴方に愛されて幸せ。
振り仰ぐ天頂は優しくも鮮やかなヘブンリーブルーに染まる。 けれど空の際に近づくにつれ、天上の青はまるで光と水を含ませたかのように少しずつ淡やかに移ろっていく。揺蕩う雲も絶えず流れていくから、空の姿は決して一様なものではない。 今日のこの空をどうしても描いてみたくて、バーミリオンは身体を起こして買ったばかりの水彩紙と透明水彩に手を伸ばした。上手く描こうとするのではなく、思ったままを好きに表せばそれでいい。 空の広さと高さを両方描いてみたくて、思いきって紙は斜めに置いてみる。 真白なパレットに置くのは色合いの異なる青の絵具達。 透きとおった水を露草色の絵具に落とし鮮麗な青を生み出して、水彩紙に乗せた青にはたっぷりの水に一滴落とした菫色で作った淡い淡い色を少しずつ重ねて深みを出す。 紙の色をそのまま残し、綺麗な水で滲ませ表すのは白い雲。 瞳に映して心に広げた空が紙の上に広がれば、胸には暖かな至福が広がっていく。 「いつも貰ってるおいしい幸せのお返しに、幸せな空をお裾分け」 心そのままの空を渡してやれば、わあと瞳を輝かせたボギーの尻尾が揺れる。 尻尾にぽふぽふと叩かれた春草からは陽だまりと緑の香りが広がって、春風の中に溶けていった。

|
|
参加者:18人
作成日:2009/03/26
得票数:恋愛1
ほのぼの19
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
|
|