桜菫のサーシュレーヴ



<オープニング>


●旅のしおり
 澄んだ青を淡い春霞が優しく染める空から、暖かな陽射しが降りてくる。
 陽だまりの中、旅のしおりと題された小さな冊子を開けば、ほのかな花の香りがふわりと広がった。
 花の香に想うのは、桜色に咲く菫たちが一面に咲き零れる光景だ。
 一般的に『桜菫』と呼ばれている花とは別の種で、明るい桜色と菫の中でもひときわ優しげな香りを特徴とする、ある湖のほとりにだけ咲く菫。サーシュレーヴと呼ばれる地にだけ咲く可憐な菫を思い浮かべれば、ハニーハンター・ボギー(a90182)の尾が楽しげに揺れた。
 桜菫のサーシュレーヴと呼ばれるとおり、春を迎えた彼の地は今あの花が満開のはず。
 冬のある日に楽しく旅の計画を練ったとおり、皆を誘ってサーシュレーヴへ遊びにいこう。

●桜菫のサーシュレーヴ
 明るい色合いの若葉を纏った春楡や水楢の木立を抜け、涼やかな朝靄を纏ったみたいな白樺の木立が途切れれば、瑠璃色に透きとおった湖が現れる。澄んだ湖のほとりに咲き誇る桜菫の絨毯は湖の中まで続き、深い青に透きとおる水の下にも桜色の菫が咲き水とともに緩やかに揺れていた。
 明るい桜色をした菫に抱かれた瑠璃の湖を擁するこの地が、桜菫のサーシュレーヴ。
 湖のほとりにあるのは、茜色をした三角屋根の可愛らしい家々が並ぶ小さな村だ。
 澄んだ水と花の香りの風流れる村を歩けば、桜菫を使った様々な土産物が目に映る。
 花の香りのクッキーに、桜菫の花が浮かぶソーダゼリー。
 桜菫の蜂蜜で作られたキャンディは陽光を透かしきらきらと光のかけらを踊らせて。
 紅茶に落とすとお茶の中で花開く桜菫の砂糖漬けは有名だけれど、桜菫の蜜を使い花弁で染めた桜色の金平糖をお茶に入れるのだって心が躍る。桜菫のコンフィチュールを入れるのも綺麗だし、桜菫の花弁を使ったフラワーティーならお茶そのもので桜菫の色と香りを楽しめる。
 湖を一望できるテラスカフェは、サーシュレーヴ独特のお茶やお菓子、そして食事をすぐその場で楽しむことができる場所。桜菫の花で染めたクロスが広げられたテーブルで湖から吹く風を感じながら寛ぐひとときは、きっとこの上ない幸せをくれるはず。
 昼食ならお勧めは、木の実をたっぷり食べた山鳩の胸肉をスモークして木苺ソースを添え、桜菫の香を移した蜂蜜酒を練り込んで焼いたパンに挟んだサンドイッチ。湖から流れ出す小川の水車や小高い丘にある風車で挽かれた小麦で焼かれたパンは絶品で、勿論クッキーなどの焼き菓子だって飛びきり美味だ。
 桜菫の菓子作りや料理体験もできるから、自分で作ったものを食べるのだってきっと楽しい。
 花と水が香るテラスカフェでのんびり湖の絵を描いて過ごすのもお勧めだ。人気の画材は桜菫を使った透明水彩。花の色だけでなく花の香りまで閉じ込められているから、透明水彩を水に溶き筆に含ませ広げれば、紙の上にも桜菫の花が咲く。
 お腹を満たしたなら湖へと遊びに行こう。
 優しい桜色の菫達が咲き誇る水のほとり、花の中に寝そべれば、きっと全身で春が味わえる。
 花を摘み花冠を編むのも良いし、森からやってくるリスたちと戯れるのだって楽しいはず。いっそ紅茶やサンドイッチをバスケットに詰めて、湖畔でピクニックと洒落込むのもいいだろう。具材たっぷりのサンドイッチもいいけれど、焼きたてのパンにフレッシュチーズと桜菫のコンフィチュールを塗るだけでも、桜菫の蜂蜜に漬けた果物のジャムを乗せるだけでも春の幸せに満ちた味がする。
 湖へ小舟で漕ぎ出して、舟の上で食べるのだってきっと素敵。
 舟底を硝子張りにしたグラスボートなら、澄んだ湖中に咲く桜菫を眺めることだってできる。薄藍や瑠璃に透きとおる水を透かして見る桜色の菫たちは、春の夢と幻想を溶かし合わせたように美しく揺らぐだろう。水が香る風を感じながら花を眺め、空を仰ぎながら春の夢に揺蕩うのも幸せだ。
 心と身体に至福が満ちる頃には、世界が淡い朱金の光に満たされる黄昏がやってくるだろう。
 淡い金の細波揺れる湖を見渡せば、村の対岸にまるで童話の中から取り出して来たような可愛らしい館が見えるはず。茜色の三角屋根に白い壁と胡桃色の木枠が映える館は、サーシュレーヴを訪れる人々が滞在するためのホテル。
 晩餐にはこのホテルのテラスレストランがお勧めだ。
 森と湖の恵みを存分に活かした料理の数々が振舞われるそのテラスでは、夜の湖だけでなく満天の星空も楽しめる。濃藍の夜空に流れる星の輝きを探すも良し、瑠璃の湖面に映る星の軌跡を探すも良し。桜菫を使ったデザートには、星になぞらえたアラザンを願いの数だけ綺麗に乗せて。望むなら氷室の雪と桜菫のリキュールやシロップで作られたフローズンゼリーカクテルが、春の宵に幸せを添えてくれる。
 晩餐の後には、温かな飲み物を手にロビーで過ごすのがよいだろう。
 中央に据えられた大きな暖炉は煉瓦を円く組んだ形のもので、丸太を割ったテーブルと柔らかな布を張った木の椅子に囲まれている。暖かで居心地の良いこの場所が談話室の代わり。この暖炉をそのまま小さくしたものは部屋にも据えられているから、気心の知れた者達だけで語らいたいのなら部屋に戻るのも良いだろう。夜更かしを楽しみたいという面々のためには、可愛いバスケット入りの夜食が提供される。
 桜菫の蜂蜜とミルクを添えた温かな紅茶に、春の果物をたっぷり練りこんだ焼きたてのスコーン。
 そしてふかふかの毛布が入ったバスケットは、夜の散策に出向きたいという面々にも人気の品だ。
 春の宵には湖のほとりを燈火が彩って、桜菫を抱く湖の水面は甘やかに滲む燈火の輝きを映す。
 涼やかな夜風にさざめく水面のしたでは瑠璃の影に染められた桜菫の花が時折光を抱きながら、覗き込む者の心を深い幻想の世界へと誘い込む。湖畔から望む光景も、夜の湖に浮かぶ舟の上から望む光景も、きっと心蕩かすような春宵の夢。
 春とはいえ水辺の夜は冷えるから、心ゆくまで春宵の夢に浸ったあとにはたっぷりとお湯を満たした風呂でゆるゆると身体を温めよう。温かな湯には桜菫の花をたくさん浮かべ、更に香りが欲しければ澄んだ水に桜菫を浸して作ったフラワーウォーターを落とし、桜菫の花弁入りソープを使うと良い。
 心と身体すべてが桜菫の香りで満ちたならきっと、柔らかな褥の中でも花の夢が見られるだろう。

 桜菫のサーシュレーヴで過ごす、幸せな幸せな春の休日。


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参加者
NPC:ハニーハンター・ボギー(a90182)



<リプレイ>

●桜菫のサーシュレーヴ
 新緑と光に満ちた木立を抜ければそこは、咲き誇る桜菫に抱かれた瑠璃の湖だ。
 流れる風は甘く優しげな花の香を抱き、透きとおる水のしたにも桜色の菫を咲かせた湖を渡る。
 穏やかな風波は光のかけらを散らしながら湖のほとりへ届き、硝子の小舟に触れてひときわ眩い煌きを振りまいた。
「燃料は持ってきたさかい、漕ぐのは任せた!」
「うん、力仕事は任せろー!」
「わーい頼もしいのです!」
 涼やかな朝の風に輝く水飛沫を散らしてバーミリオンが小舟に飛び乗れば、大きなバスケットを二人で抱えたカガリとハニーハンター・ボギー(a90182)が駆けてくる。まだ誰もいない湖へ漕ぎ出せば、澄んだ水のしたに咲く桜菫が水の波紋と共に揺らめいた。
 花と水香る風が渡る湖の真ん中でバスケットを開けば、中には蜂蜜酒を練りこんだ焼きたてパンに春キャベツとベーコンのあったかミルクスープ。遅めの朝食を満喫したあとは、桜と抹茶が優しい春色のマーブルを描くロールケーキをバーミリオンへ特別大きく切り分けて。
「カガリもボギーも、本当ありがとう」
 彼が本当に幸せそうに笑うから、朝からホテルの厨房借りた甲斐があったと二人も笑い合った。
 小鳥のさえずりも風や水の歌も楽しくて、湖に張り出した樹の枝に腰掛けたリラは心のままに春の歓びを歌声に乗せた。瞳を閉じていても感じられる陽の光や花の香は命芽吹く春の息吹。流れる風も揺らぐ光も生まれる歌も、すべてが世界へ優しく広がる春の波だ。
「捕まえてごら〜ん……って、親分何か目ぇキラキラしてないかっ!?」
「いやだ、気のせいですの……!」
 森のリス達を一緒に追いかけるつもりが、気がついたら自分が追われる役になっていた。
 楽しげに藍の瞳を輝かせたテフィンがリス達と一緒に逃げる彼を追いかける。駆けるたび舞いあがる花が甘い香を振りまくのも彼女が嬉しそうなのも楽しくて、クリスも思い切り笑いながら駆け回った。
 影縫いさえ使えればなんて響いてくる声に小さな笑みを洩らしつつ、イザは春空を映して揺らぐ湖のほとりに腰をおろす。贅沢ですねとフィルフィスがふんわり顔を綻ばせたから、遊ぶ時は限りなく贅沢するのが大切なのですよと湖を思わす髪を柔らかに撫でた。
 焼きたてのパンには桜菫のジャムを挟み、紅茶入りクッキーには桜菫の蜂蜜漬けを乗せて。
 風に揺れる桜菫を見遣り、イザさんには一輪花も似合いそうですとフィルフィスが微笑めば、あなたには控えめで清らな、そして心弾ませる優しい花が似合いますよと微笑みが返る。
 これからも一緒にと紡ぐ、春の日の優しい約束。
 洗い立てのピクニックシーツに揺蕩う木漏れ日は、桜菫の花冠に彩られた水の髪にも揺れた。
 柔らかな膝に頭を預け、花冠作るん上手くなったねと囁く声に目元を和ませ、頬に触れる水の髪に指を絡めてハルトは胸の裡を語る。小さな花冠を編む手をとめたアデイラは幸せそうに笑みを咲かせ、彼の手に掌を重ねそっと身を屈めて愛おしげにキスをした。
 俺はこの上なく幸せだよと囁けば、あたしも、と再び唇が重ねられる。
 緩く伏せた目蓋を開けば、約束の花の周りを舞う黄色と白の蝶々が見えた。
 咲き誇る花々を思うままに描き出すのは難しい。
 風景画を諦めたヨルは紙を傍らに置き、此方を覗き込んでいたスノーの手を取った。優しい桜色を含んだ筆で桜貝みたいな爪をなぞり、しなやかな指の先に桜菫を咲かせて。
「ね、綺麗でしょう?」
 桜菫みたいに咲き綻んだ唇が自然に指先へと触れたから、スノーは大きく瞳を瞠る。指から離れ午後の予定を語り始めた唇を追いかけて、ヨルの腕を取り柔らかな唇に自身のそれを押しあてた。
「見て、貴女の腕を捕らえたせいで桜菫が滲んでる」
 水彩が滲んだ指先を見せ、もう一度塗りなおしてと彼女の瞳を覗き込む。
 桜菫の色に頬を染めたまま頷いて、ヨルは再び筆に色を含ませた。
 淡やかに重なる花の色は初恋の色。
 肌に心に染みついて、ずっとずっと残ればいい。

●湖花のサーシュレーヴ
 花と水の香に抱かれ湖上で広げたバスケットには、桜菫の蜂蜜を塗って炙った厚切りハムと春の若菜を挟んだサンドイッチに、桜菫の花咲く蜂蜜酒のゼリー。幸せいっぱいのお弁当をミルクと蜂蜜入りの紅茶で締め括り、二人のシファは並んでグラスボートに寝そべった。
 硝子の舟から覗く花は、湖の色を重ね桜色と菫色の合間に揺らぐ。
 空を仰げば水の揺らぎを感じて、空色の瞳を和らげたシファはそっと傍らに囁きかけた。
「ね、また一緒に遊びに行こう」
「あなたが望んでくれるなら、いつでも……」
 雪色の髪かかる頬を穏やかに緩め、シファが嬉しげに囁き返す。
 優しい春陽と湖の揺らぎに誘われ、二人は至福の眠りへと包まれていった。
「お、これ食っちまうんが勿体ねぇくれえかーいいぜ」
「でも、此方も捨て難いと思わない?」
 湖を渡る風が優しく流れる村を散策しながら、アトリとドナは楽しげに笑みを交わし桜菫の菓子を見て回る。微かに緊張気味だった彼女の表情が次第に和らいでいく様に心を弾ませつつ、アトリは綺麗な菓子を見つけては感嘆の声をあげた。
 選んだのは桜菫咲くチョコレートの詰め合わせ。
 喜びそうだと破顔する彼に頷いて、可愛い友人へとドナは菓子を買い求める。
 瑠璃の湖と桜色に咲き乱れる花々を一望すれば心が躍った。
 心地好い風に焼き菓子の香りが混じり始めたのに気づき、テラスから厨房に戻ってみれば、窯から焼きあがったクッキーが取り出されたところ。刻んだ桜菫を加えたクッキーは優しい桜色に染まり花の香を漂わせ、力作の完成にキュアルは満足気に顔を綻ばせた。
 美味しそうな香りに満ちたテラスを後に、パナムは湖への道を急ぐ。
 胸に抱えるのは焼きたてのパンと桜菫のコンフィチュール。今日くらいは日頃の憂いも忘れて花と水の香りに包まれよう。湖中に咲く花を眺め水のほとりに咲き乱れる桜菫に埋もれ心を空にして。
 きっとそれが、明日へ向かうための力になる。
 穏やかな風に揺れる木漏れ日の中から望む湖はひときわ綺麗。
 愛する者と居るから感動も一入だと笑んだゼロが眠たげに瞳を細めたから、シキヤは頬を染めつつ彼を己の膝に手招いた。頭を預けてくれた彼はすぐに寝入ったようだったから、起こさぬよう気遣いながら身を屈めてみる。
「愛してます、ゼロの事」
 実のところ目を瞑っていただけだったゼロは、額に感じた優しい感触に口元を綻ばせた。
 彼女が眠る頃には柔らかな身体を抱き寄せ頬にお返しをしよう。
 愛しているのは、自分も同じ。
 桜菫の紅茶を手にして流れる風を吸い込めば、胸いっぱいにサーシュレーヴの春が満ちた。
 さて餌付けするかとファリアスが張りきってサンドイッチを差し出せば、外で食べるのって楽しくて美味しいよねと顔を綻ばせたイーグルがぱくりとそれを頬張った。お返しと差し出されたサンドイッチを齧れば桜菫のジャムがぺとりと頬につき、舐めてやれと楽しげに笑ったイーグルの唇が頬に触れ――。
「……おかしいなぁ、全然動揺してない!」
「なんだね、いつぞやの仕返しかねコレは」
 雪の夜を思い起こしながら、春の至福の中に二人戯れた。
 お風呂じゃ御一緒できないものねなんて囁けば、もぎゃーと叫んだボギーの尻尾がぷるぷる震えた。
 ちょっと意地悪だったかしらと笑みを零しつつ、メイフィルフィは透明水彩を含ませた筆を紙に滑らせる。想うまま描くのは難しくて、けれど桜菫の色彩と香りが紙に広がる様は楽しくて。
 彼がお姫様のためにと隅に筆を加えてくれたから、お礼にと桜菫の花冠を頭に乗せてあげた。
「春の日の幸せを有り難う、大好きな王子様」
 透きとおる硝子のしたに揺れる桜菫を眺めつつ、湖を渡る春の風に瞳を細めた。
 花と水香る風の中で焼きたてスコーンを頬張れば、甘く蕩けたチョコレートの香りが身体中に満ちる。幸せの味に頬を緩め、アスティアは愛しいひとへと思いを馳せた。
 彼とこの地を訪れ湖の上で将来を語りあったなら、きっと幸せな未来を作ることができるはず。

 陽射しに煌く湖までは手を繋がずにやって来た。
 傍について歩くだけになったナーテュの姿に、僅かな寂しさと彼女の成長を喜ぶ想いを胸に抱く。
 硝子の舟で湖へと漕ぎ出せば、湖中の花が覗ける硝子の舟底にお菓子やサンドイッチを広げた少女が「お誕生日おめでとうですなぁ〜ん」と幸せいっぱいの笑顔でアルファルドを祝ってくれた。
 ありがとうと頭を撫でてやれば、擽ったそうに目を瞑ったナーテュが小さく唇を開く。
 ……『おとうさん』。
「ずっと、一緒ですなぁ〜ん」
「……うむ、ずっと一緒だぞ、我が最愛の娘よ」
 初めての呼びかけに至福を噛みしめて、アルファルドは再び娘の頭を撫でた。

●燈花のサーシュレーヴ
 澄んだ夜の匂いを含ませていく風をホテルのテラスで感じ、桜菫の香をつけた赤葡萄酒で乾杯を。
 山鳩のパテとアスパラガスのブルスケッタを摘みつつメロスが語るのは、この日眺めた人々の姿。
 幸せそうなひと達を見るのが好きで。
 これを護りたいんだなと思えるのが幸せで。
 囁くように言葉を付け足せば、私は貴女と語らっていると幸せ、とテフィンに頭を撫でられた。
 桜菫のムースに苺ソースを添えたデザートには、星になぞらえたアラザンを願いの数だけ乗せて。
 ただ一粒乗せただけのシーナにエフェメラが小首を傾げれば、願いはひとつで充分だと笑んだ彼は、二人で桜菫の湯に浸かることと囁いた。頬を染めて視線を逸らすも匙を差し出されれば笑みが零れ、彼のムースをそっと口に含んで自身のデザートにも銀の星を一粒だけ乗せる。
 願いを訊きたがる彼にはやはりムースを一口返し、眠る時まで内緒と囁いて。
 ただひとつの願いは――ずっとこの幸せが続きますように。
 雪解けの風と、風に溶けた花の香り。
 春のサーシュレーヴそのものを閉じ込めたみたいなフローズンゼリーカクテルを匙で崩し頬張れば、優しい香りと冷たい甘さがテルミエールの口中に広がった。思わず細めた瞳に一日遊び回っていたらしい誰かのリス尻尾が映ったから、桜菫のリキュールでなくシロップで作られた物を頼んでやる。
 互いが見てきたサーシュレーヴを語りあってひとつにすれば。
 きっと、もっと此処を好きになる。
 聴こえてきた誰かの声に食いしん坊さんなのは相変わらずっぽいですけどと笑みを零して、夜食と毛布を詰めたバスケットと白銀の雄猫を供にハルは深い瑠璃を湛えた湖へと向かう。橙色に輝く燈火に彩られ、桜色の菫に抱かれた湖は不思議な色合いに揺らめいた。
 胸に平和を抱いて、次の春にも皆でこの景色を眺めることができたなら。
 涼気を孕む夜風が音もなく湖を渡っていく。
 落ち着いた静けさが好ましく思えて瞳を緩めたヒルトは、両手の親指と人差し指で作った四角い枠から湖を覗くロイナの姿に微かな笑みを洩らした。この風景を切り取って持ち帰れたらと彼女が吐息を零すように、舟から望むこの眺めは確かに幻想のように美しい。
 深く澄んだ瑠璃と紺青揺蕩う水の底、桜色に咲く菫が燈火の明かりと春宵の闇に揺れる。
 暖かな毛布にセラフィンを包んだまま、キョウは器用にお茶の準備を調える。熱い紅茶に桜菫の砂糖漬けを落とせば、魅入られたように湖中を見つめていた少女が我に返ったように瞳を瞬かせた。
 桜菫のお風呂頼んであるからねと尾を振って、燈火の届かぬ場所を目指し櫂を握る。
 深い瑠璃に揺蕩う湖の中央に辿り着き、硝子に桜菫咲くランプの焔を消した。
 濃藍の夜空から降る月明かりは思っていたより明るくて、柔らかな毛布に包まったアテカはわぁと嬉しげに声をあげる。こんな夜に貴女の舟謳が聴けたら最高ねとオルーガが笑みを向ければ、舟の櫂を握っていたヴェルーガが任せてと片目を瞑ってみせた。
 月の光に浮かびあがる湖と花に抱かれて歌えば、きっと春の妖精になる心地。
 湖に響く彼女の歌が終われば温かな紅茶を入れて、この日の戦利品を語り合おう。
 桜菫の香りがするクリームをたっぷりスコーンにつけて、心ゆくまで春宵の湖のお茶会を。
 深い水の揺らぎは、流れを異にする時の揺らぎと何処か似ているような気がした。
 暖炉の傍でゆるりと語らった部屋を出て、湖中に咲く花を見るため湖へ。花と水香る風に純白の翼を揺らしたロレンツァが湖畔に至れば、半歩遅れて後ろを歩いていたローもその隣に腰をおろした。
 久しぶりにゆっくりと過ごせたとローが礼の言葉を紡ぐから、普段は秘めている想いをロレンツァも言の葉に紡ぐ。誘ってくれてありがとうと心からの感謝を篭めた笑みを彼に向け。
「……嬉しかった」
 出逢えたことへの喜びをも含めて、そう囁いた。
 絶品クッキーを抱えた誰かを引きずりながら、気配を消してそっと湖を覗き込む。
 月明かりのみが照らす深い瑠璃の水面に目を凝らせば、湖中に咲く桜菫の合間に幽かな光が瞬きながら舞う様が見えた。仄かな輝きはすぐに姿を消したけれど、チグユーノは幸せな満足を得て吐息を零した。
 春の夜をこのまま漂って、明け方に朝靄が見られたなら――もっと素敵。

「しおりを持って〜もじゃっと行こうー♪」
「もじゃっと行こうー♪」
 道中でも歌っていた歌を口遊むシュウとボギーの後について、アーケィは大きめの暖炉が備えられているという大部屋へ向かった。ロビーもいいけど、部屋なら皆で寝そべることができるというのが魅力的。引率お疲れ様〜とボギーに渡してやったのは、塩漬け桜菫が咲く温かな葛湯だ。
 皆の掌に桜菫の金平糖を乗せてやり、この日の話を存分に語り合ってから、シュウはこっそり内緒の質問をぶつけてみる。ボギーはもぎゃーと尻尾を逆立て、う〜んと考え込んでから口を開いた。
「ボギー、何処からがそういうのなのか、まだよくわかんないのです」

 煉瓦を円い形に組んだ暖炉に揺れる焔の中で、水楢の薪が音を立てて爆ぜる。
 薪の音に釣られるように皆の笑声が部屋に響き、今日一番印象的だったのは桜菫をいっぱい付けて湖から出てきたカイトさんです、と楽しげにキヤカが語る。風邪などひいてはいらっしゃいませんかと額に手を当ててくるヘルムウィーゲの様子にくつくつと笑みを洩らし、ヘルムウィーゲが落ちなくてよかったよとカイトは昼間の出来事を思い返す。
 湖に落ちかけた彼女を庇い、代わって彼が湖に落ちたのだ。
 澄んだ水を満たした器に桜菫のフローティングキャンドルを浮かべ、今度は出逢う前の思い出話を聞いてみたいですとキヤカがねだる。日々修練だけでしたが師には恵まれていたと思いますと語るヘルムウィーゲが淹れた紅茶を受け取って、働く以外は気侭に旅をしていたなぁとカイトは遠くを見遣るように瞳を細めた。

 春の香りをたっぷり練りこんだ焼きたてスコーンを頬張りながら。
 目蓋が降りてくるまで、尽きぬ話を。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2009/04/23
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