<リプレイ>
降り注ぐ日差しは温かく、吹く風さえも爽やかで気持ちいい。小春日和に自然と気持ちも浮き立つよう。 「まあ、呑気に構えている場合ではなさそうだが」 「そう?」 風任せの術士・ローシュン(a58607)の生真面目な呟きに、深緑・メロス(a38133)は小首を傾げた。 「何というか……色々な意味で対処に困る相手ですよね」 「確かに和み系だよな。でも、生活に差し障りがあると困る、し……穏便に済むといいんだけど、な」 白銀の剣舞・セルフィ(a09437)が少し困ったような笑みを浮かべれば、肩を竦める黒蓮華・バジル(a64496)。幾星霜の輝ける薔薇・ローザ(a48566)も静かに頷く。 「どうして変異してしまったのか分からないけど、被害が出ないのであれば説得したいわね」 突然変異のふわもこ羊の対処が今回の依頼だが……冒険者達の間に流れる空気は、何となくホノボノしている。 「どんなに魅力的でも我慢我慢……。ひたすら我慢の子、的な素敵な獲物……もとい、対象を前にしても、冒険者としては冷静に対応しなきゃ、なんだよね」 さっきからブツブツ呟いていた琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)だが、とうとう、ふにゃりと緩んだ顔でがっつぽーず。 「実地経験OKって素敵だねっ!」 今回はふわもこを堪能できそうで、とっても嬉しそうだ。 クスリと小さな笑い声にハッと我に返ったミルッヒは、声の主を振り返る。 「ネイネちゃんはいつも冷静、だ、ね? ふわもこより、やっぱり羊皮紙の方が魅力的?」 「ふわもこは好きですよ」 放浪する地図士・ネイネージュ(a90191)は穏やかに応じた。 「羊皮紙については……そうですね、地図を描くのが私の仕事ですから。好き嫌いとは別格のようにも思います」 「地図は冒険の記録、なんですよね」 (「自分達の歩みで未知を切り拓き胸躍る経験を得る充実感が、冒険者を続ける原動力と思いますから……今回も頑張りたいです」) 自身の心に新たな地図を描く為にも――考え深い表情の温・ファオ(a05259)。 やがて、丘のあちこちに散らばる白から「ベェ〜」と鳴く声が聞こえてくる。 「まずは確認、ですね?」 初級店長・アリュナス(a05791)の言葉に頷いて、冒険者達はパルシュ村の村長の家に向かった。
「どうしたいかって?」 村長宅の前に集まった村人達は、顔を見合わせた。 「退治が希望なら、そのようにするけど……変異するまでは、普通に面倒を見ていた訳だし」 「退治の他にも、変異羊だけ離して飼う、村から引き離す、と選択肢は色々ありますので」 メロスとセルフィに、村長はそこまで考えていなかったと頬を掻いた。 「冒険者さんに任せておけば、何とかしてくれると考えていたでなぁ」 「そ、そうだったんだ……」 いっそ呑気にも聞こえる言葉に、皆が生きていくのに妥協点を見つけられればと考えていたミルッヒも苦笑い。 「変異羊は今の所は凶暴でないですし、能力からして人を襲う事もなさそうですけど……」 尤も、これからずっと変わらない保証もないが。 「まあ、隔離しておけば、場合によってはモンスターや狼への防壁にもなるとは思います……おっと」 様子を窺っていた子供達の何人かが、アリュナスの現実的な言葉に涙目になる。 羊は村の糧だが、どうやら可愛がっている子も少なからずいるようで。 「隔離したいなら柵も作るし、小屋も必要なら私達で作るが?」 冒険者で対策はするとローシュン。村人達はウーンと考え込む。 (「出来れば、退治の選択でなければ良いわね」) そんな彼らを見守るローザは、穏便に事が収まればと考えている。 (「体が大きくてフワフワモコモコなら、たくさん羊毛も採れそうだし。本当なら村の財産として失いたくないんじゃないかなぁ……」) 思う所のあるバジルだが、ここは村人達の意見が優先。口を挟むのは差し控える。 「毛さえ刈れて隔離出来れば良いのでしたら、今回は私達が毛刈りしますよ」 ファオがそう申し出たが、真冬の毛刈りは流石に可哀想だと返される。 「かと言って、毛刈りの度に冒険者に依頼するというのもなぁ……」 暫く、村人達と話し合っていた村長だったが、やがて冒険者に向き直った。 「今のままだと、周りの羊に近付く事も出来んでな。兎に角、羊の群れから引き離して貰えるなら、それでええ。けど、また戻って来られるのも困るでな。もし、確実に引き離せないなら、退治してくれんかね?」 パルシュ村は羊皮紙作りが盛んな村。つまり、羊はいつか命をも刈り取る存在で。羊毛だけの為に1頭離して飼う余裕などないのだ。 「判りました。では、そのように」 ネイネージュの返答は、いつもと変わらない穏やかなものだった。
変異羊のいる牧草地は、村から徒歩で数分。むくむくもこもこと羊が何十頭も集まっているので、すぐに判った。 (「……ふわもこ……」) そんなむくむくもこもこの中でも、真っ白なふわもこはよく目立つ。心惹かれないでもなかったが、ここでもまずは情報収集。 総じて召喚獣は待機状態。加えて武装はマントの内側なので、さして警戒されずに羊に近付けた。 「あそこにいる大きな羊さん、あなたは好き?」 ローザの魅了の歌を使った問い掛けに、羊は少し考える素振り。 「これからも、一緒にいたいかしら?」 『うーん……一緒にいたら犬も吠えないし、狭いお家に連れ戻されないから。もっと遊びたい時は、傍に行くんだよ』 変異羊と普通の羊の関係は、仲良しこよし、とは少し違うようだ。 「変異羊と引き離しても、普通の羊達が怒り出す事はなさそうだな」 「じゃあ、まず変異羊を群れから離して、説得ね?」 「アリュナスさん、移住先は?」 「一応、村から離れた山の麓に草地を見付けています。そこまで連れて行って、柵を巡らせて警告板を立てれば、多分……」 素早く段取りを打ち合わせる冒険者達。そうして、大きな物音で怯えさせないよう、ゆっくりと変異羊に近付いていく。 ――? 小首を傾げて冒険者を見詰めていた変異羊だったが、遠距離のアビリティが届く距離まで間が縮まった時、突然「ベェ〜」と鳴き声を上げた。 その円らな瞳が切なげに潤む。 「う、そんなに見詰めないでっ……いや、うるうる攻撃やめちゃやだー!」 最初に術中にはまったミルッヒは、羊の群れをかき分ける勢いで変異羊に抱き付いた。 「ふっかふかー♪」 だきゅっともふっとすりすりと……それはもう、至福の表情でうっとり。 「こ、これは……」 「……いいよな? 最初はふわもこ堪能しても。ちょっと楽しみにしてたんだ」 顔を見合わせ、次にローシュンとバジルがバフッと抱き付く。 「瞳の円らさでは、私にはわんこさんがいますから! で、でも……」 「えっと、状況が許すようでしたら少しだけ……」 迷う様子もあったファオとセルフィだが、思い切ってからは潔く。 「嗚呼、若いっていいなぁ」 そんな彼らを微笑ましく見守るメロス。隣のネイネージュもにこやかだ。 「……うん。ふわもこに夢中な皆を見ていても、癒されるわ」 「和みますね」 どちらからともなく笑みを浮かべる見た目は三十路を往くドリアッドと永遠の19歳なエンジェル。縁側じみた雰囲気なのは気の所為ではないだろう。 やがて周囲の羊を宥める方に回ったファオと入れ違いに、メロスも撫でぎゅうを愉しんで。心ゆくまでふわもこを堪能した冒険者達は、漸く本題の説得に取り掛かった。
最初は魅了の歌で周囲の羊を誘導しようとしたローザだが、魅了の歌の対象は単体。それで、その場で眠らせる事にする。 「では、始めるわ」 ローザのハープの調べは幸せの運び手と共に羊達を充たし、ファオの眠りの歌が午睡みを誘う。 ドンッ! 「おっと、皆で一緒にいれば何も怖くないよ。ちょっとお昼寝してようよ〜♪」 ファオが歌い始めた時、勇ましい音と共にタイラントピラーが現れたが、羊が騒ぐ前にミルッヒが重ねて眠りの歌を歌い、やがて群れ全体が夢の中。 「じゃあ、お話しようか」 『……なーに?』 一斉に眠る羊達をキョトンと見ていた変異羊は、メロスの魅了の歌に乗せた言葉に小首を傾げる。幸い、言葉は通じるようになったようだ。 「ここは羊が多過ぎる。あっちで話さないか?」 『うーん……ここの方があったかいのに』 「美味い干草をやるからさ」 万が一に備えて、パニックを起こし易い羊の群れから引き離さねば。だが、ローシュンの誘導を渋る変異羊。すかさず、バジルが極上の干草(ファオが村人から分けて貰った)をちらつかせる。 『ふーん……おいしそうだねぇ』 「私も静かな所で話したいね」 『そう? あなたがそう言うなら』 早速干草をもぐもぐしながら、魅了中のメロスの口添えに頷く変異羊だった。
「ミルッヒさん、あそこの羊が起きそうです」 「あ、ホントだ……ちょーっと早いけど、春の良い夢みていてね〜♪」 セルフィの注意に頷き、再度羊を眠らせるミルッヒ。ファオも油断なく眠り続ける羊達を見回している。 3人から少し離れた所で、ローシュンが羊の群れと変異羊に気を配る。更にそこから暫く離れた丘の外れに、変異羊と残りの5人がいた。 「貴方には、ここから離れて暮して欲しいの」 アリュナス、バジル、ネイネージュの男性陣は、マントの下に武器を隠して遠巻きに。話すのは専ら女性陣だ。 『どうして?』 「どうしてって……」 だが、ここでメロスは困惑の表情を浮かべた。元より話術に長ける彼女だが、漠然と説得しようとしか考えてなかったような。 「それは……」 色々と考えが頭の中を回るが、言葉にはならず。そんなメロスに代わり、ローザが口を開く。 「貴方を退治するつもりは無くて――」 『退治? ボク、殺されちゃうの!?』 俄かに怯えた声を上げ、双眸を潤ませる変異羊。 「待って、私達の言う事を聞いてくれるなら……」 『嫌! 死ぬのは嫌! ボク、皆と一緒にいたいよ!』 変異羊はオロオロと、逃げ道を探すように頭を巡らせる。まだ、魅了が効いているので攻撃しないが、明らかにパニックに陥っている。 バジルは眉を顰めた。メロスとローザは何とか宥めようとするが、曖昧な言葉では難しい。このまま羊の群れに飛び込まれればパニックの伝染は必至だ。 止むを得ず、バジルが粘り蜘蛛糸を放とうとした時、背後から流れる低い歌声。次いで、変異羊がゆっくりと蹲る。 「トラブルが起きたように見えたんでな」 ローシュンの眠りの歌だった。一同の渋い表情を見回し事情を察したのか、溜息を吐く。 「失敗なのか?」 「だと、思います……」 瞑目するアリュナス。メロスとローザも目を伏せる。退治のみならず、説得も考えていたなら、語る言葉はもっと考えておくべきだったかもしれない。ここでまた目覚めた時に、群れにいたがる変異羊の翻意は難しいように思えた。 「……せめて苦しまないように、ですか」 重い沈黙の中、最初に吹っ切ったのはネイネージュだった。引き絞った弓に稲妻の矢が現れる。 「仕方ない、か」 バジルが鋼糸を取り出し、アリュナスも拳を握る――そして、変異羊は目覚めの前に、永久の眠りについたのだった。
誰もが穏便な解決を望んだだけに後味の悪い結果となったが、ともあれ依頼は果たされた。 「そうですか……ありがとうございました」 変異羊を埋葬し報告に来た冒険者達に、村長はただ感謝して頭を下げた。 お礼と勧められた羊皮紙の工芸品は、村の名物だけあって見事な物ばかり。バジルとミルッヒは、熱心に見て回る。 「羊皮紙はよく見ると、元となった動物の毛や皮膚の傷まで残っているんだな」 ふと1枚を手に取り、光に透かし見る。実際に生きていたものの息遣いを感じるローシュン。 「じゃ、まっさらが欲しいかな。何度でも使えるのが便利らしいけど、そうする前の新品を」 メロスの希望は出来上がったばかりの真新しい羊皮紙。初心忘れるべからず、という言葉を自分に向けて。 (「ホントはラム革のジャケットがいいんですけど」) 内心はさて置き、アリュナスが頼んだのは羊皮紙の付箋。ローザは革装丁の日記帳を選んだ。 (「羊皮紙って改めて見ると手がかかっているんですね……何だか作っている方々を尊敬します」) 革装丁の手帳をパラパラとめくるセルフィが顔を上げた時、丁度、ネイネージュが大判の羊皮紙を丸めていて。 「やっぱり地図用にでしょうか?」 彼女の言葉に目を細めて頷くエンジェル。 「ええ、地図を作るのが私の仕事ですので……冒険の証でもありますし」 それがどんな結果であろうとも……古地図のレターセットを手に、無事の便りとして冒険の記録や感想を綴ろうと思うファオだった。

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参加者:8人
作成日:2009/02/22
得票数:冒険活劇6
ダーク1
ほのぼの1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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