約束の木〜白と黒のコンチェルト〜



<オープニング>


●白と黒のコンチェルト
 天の箱庭に点在する村のひとつ。
 平穏な毎日が過ぎるその地に、ふたりは行き先を定めて立ち寄った。
 事情を聞いたエンジェルたちは来客の訪れを歓迎し、無邪気な笑みと共に大急ぎで小奇麗な空家を見繕い、ふたりのためだけの小さな仮宿を拵えてくれる。地平から陽光が降り注ぐ頃には、バルコニーに朝食を用意しておくと約束し、他にも何か不便があれば言ってほしいとまで主張していた。
 やはり純真な種族なのだろうなと常闇の牧師・エリク(a45543)は笑みを零しながら、世話を焼くのが好きなのは彼女もかとまだ眠る恋人を想う。寝顔は本当に無防備なもので、彼女が自身にすべてを委ねながら安らぎを得ているのだと感じられた。向けられたものが与えてくれるのは、単純な喜びとも違う胸の奥底に届く何かだ。
 朝陽を浴びて煌いた金髪が、太陽より目映く感じられる。彼女の存在こそ自身を照らす光だから、そう想わざるを得ないのだろうとエリクは淡い空色の瞳を細めた。
 ふたりの朝食を楽しんだら、少し歩いた先にある湖へ向かおう。
 エンジェルたちの話では虹色硝子の小舟が置かれているそうだから、淡い翡翠色の水辺に漕ぎ出して冷えた風を頬に感じるのも良いだろう。きっと平和な情景を存分に楽しめるはずだ。
 次に『約束の木』を目指して、虹の円環を眺めながら話でもしよう。
 それから――。

●星の国から空を見上げ
「ん……」
 誰かの指先が繊細な動きで頬を撫でたから、太陽抱く光の乙女・ミレイナ(a39698)は僅かに睫毛を震わせた。目蓋の裏からも光に満ちた世界を感じ取り、朝の訪れを知りながらゆっくりと意識を覚醒させる。まだ朦朧としたまま目を開けば、自分に向けられる淡い笑みを眼前に見た。
「……おはよう、ミレイ」
 落とされた口付けに息が詰まる。
 一挙に眠気を飛ばしつつ、寝顔を見られていたのだ、と悟った彼女は気恥ずかしさを覚えて視線を彷徨わせた。さらりと流れる金髪を弄りながら、彼は幾らか笑みを深めてその様子を見遣る。
 互いの心はとても晴れやかだと確信できた。
 何故なら今日はとても素敵な日になるのだから。
 日々時勢は厳しくなる一方で、戦いの予兆ばかりが肌に感じられる。
 だからこそ、今日はホワイトガーデンでふたりきりの時間を過ごそう。
 恋人たちを祝福するかのように花を咲かせる樹を目指し、ミレイナの生まれ故郷でもある幻想的な大陸で得るものを満喫するのだ。空に浮かぶ虚無のことも忘れて、互いのことばかりを想うのだ。
 窓から覗く青空を見遣って、ミレイナは少しだけ考えてみた。
 夜、ここで再び星を眺める頃までに何が変わるだろう。
 答えはもちろん、ふたりが紡ぎ出すものだ。


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参加者
太陽抱く光の乙女・ミレイナ(a39698)
常闇の牧師・エリク(a45543)


<リプレイ>

●星の国から空を見上げ
 仮宿の家具は牧歌的なものが多い。
 背は低いながら広々とした寝台にふんわりと温かな毛布が掛かり、空っぽの小さな戸棚は木から切り出した柔らかさを持つ。地上の海岸沿いに建った豪奢な別荘群とは似つかないものながら、白い庭園に点在する村の人々が住まうにはそれらしく思えるものだった。
 今朝は自らが生まれた大地に居るのだという思いが、太陽抱く光の乙女・ミレイナ(a39698)の心の奥で微かに音を立てた。ひとりで生きることが出来るように、他に向けるものだけを手に進んでいた日々を瞬きの間に振り返る。
 もし恋を求めてしまったなら、強さが崩れるのではないだろうか。弱さが生まれるくらいなら、誰かを愛すなんて選択はしない方がいい。変わらないために何も求めずにいたい。
 内包したはずの不安は、いつしか彼によって拭われていた。
 ミレイナは常闇の牧師・エリク(a45543)に寄り添って、左頬まで掛かる顔の傷跡へそっと頬を寄せる。苦痛の痕が肌の至るところに残されていたから、彼女はまるで愛しむかのように彼の指先が示すまま口付けを落とした。やがて無言のまま紡がれる意地悪な要求に、彼女は恥じらうように頬を染めて少しばかりの恨み言を呟く。エリクが引く様子を見せずに微笑み続けたから、ミレイナは小さく溜息を吐いてから素直に唇を重ねる。
 優しい風がそよいでいる露台に出れば、何処か甘い朝の香りを間近に感じた。
 望郷とも違う喜びで満たされる彼女の横顔を見つめ、エリクもまた「約束の木」を目指すまでの道程を幸福に思う。可愛らしいバルコニーに用意されたテーブルには、きっとエンジェルの子らには飛び切りのご馳走なのだろうと察せられるような朝食が並んでいた。
 五段も重ねられたパンケーキには切り分けた苺を乗せ、その上から更に白砂糖が花模様のヴェールを掛けてる。その横にはこれでもかというほどの蜂蜜、ブルーベリーのジャム、そして柔らかく練られたバターが自分の出番を今か今かと待ち望んでいた。
 ふっくらと焼きあがったオムレツの中には、蕩ける山羊乳のチーズと共に色取り取りの野菜たちが小さな角切りで詰まっている。熱が逃げないようにカバーを被せられた下では、薔薇の香りがする甘酸っぱい紅茶がポットになみなみと注がれていた。
 食べ切れるだろうかとふたりは笑って朝食の席に腰を下ろす。

●輝く湖水に包まれた微睡
 唇に触れた砂糖を舐め取るような朝食は、彼らの心に何の影も落とさず終わった。
 戯れのひとときは愛しくもあり、ふたりきりだからこそ出来る、距離を狭めた時間が喜ばしくもある。彼女が抱え込む不安の気配も知っていたけれど、その本質は何も揺るがないと知っていたから、エリクは笑みを絶やさず彼女の傍に居続けた。安らぎを知り得ながらも決して甘えるばかりではなく、人として生きる以上に冒険者としての歩みを緩めない彼女はとても強い。
 その輝きが眩しく思えると共に、何より愛しい彼女の証だとも思われた。
 散歩がてら湖のほとりへ辿り着いたふたりは虹色の光を目に留める。七色の煌きを宿した小舟は、淡い翡翠色の湖面に漕ぎ出してなお、その美しさを増すように感じられた。輝くものに囲まれながらの遊覧は何故か、常と変わらぬ彼女の白い法衣を引き立てるようにも見える。きっとミレイナが自分のためにめかしこんでくれたからだろうと、都合の良い結論を出しながらエリクは彼女を掻き抱いた。
 背後から伸びてきた腕に驚きながらも、その暖かさが愛しくてミレイナは素直に身を任せ、互いの手を絡めながらに広い湖を見渡す。その耳元では湖水よりなお深い翡翠が揺れていたし、恋人に触れようとする腕には心を揺らすような銀が嵌められていた。エリクは触れてきた手の甲にキスを落としてから、この優しい光が絶えず自身を向いているよう静かに願う。
 他の誰にも触れさせないものにも彼女の指先であれば招き入れたいし、彼女もまた自分にだけすべてを許してくれるのだと知っているから、たとえ傍目からは傲慢に映ろうとも自らの望みを伏せてしまうつもりはない。魂の片割れが求め合うかのように永久の絆を結ぶことでこそ、彼女が秘めたものを本当の意味で安らぎに変えることが出来るのだろう。言葉にすることを戸惑うようだから、こちらから伝えるための用意もある。
 今日の日をあれこれと考えるエリクの耳に、彼女の歌が聞こえてきた。
 音に満ちた喜びが感じられて、彼もまた微笑みながら声を重ねる。
 彼女に贈られた優しい抱擁は過去の重みすら癒すようだから、エリクは黄金の煌きを指先に絡めて愛しい人の髪を撫でる。風のない湖で浮かんだまま、行き先を定めずに微睡んでしまおうか。言葉はなくとも互いの望みが聞こえたようで、彼らはどちらからともなく小さな舟の中に寝そべった。水辺の冷気すら感じない距離から動かずに、ミレイナは嬉しそうに瞳を細める。
 今なら偽りのない笑顔を浮かべて、自分が幸せだと伝えられるだろう。

●約束される樹の下で
 穏やかな午睡を終えた後、ふたりは再び岸辺へ戻る。
 まだ眠気の取れきれない様子でいたミレイナの身体を、エリクは喜んで抱き上げた。幾らでも甘やかしたいと思われるのだから、こんなふうに無防備な姿を晒してくれることも嬉しい。ミレイナは突然のことに驚いたように目を瞬いたが、やはりぬくもりを幸福に感じる想いが強いようで、そのまま素直に彼の胸元へ頭を預けた。
 ホワイトガーデンの美しい情景がふたりの前を通り過ぎる。
 淡彩色の花々が咲き乱れ、青々とした緑の合間から、小さな動物たちが顔を見せた。時折は遠くからエンジェルの子らが遊ぶ声も聞こえ、空を見上げれば今日も変わらぬ虹の円環が、まるでこの楽園を見守るかのように浮かんでいる。満たされた丘を幾つも越えて歩めば、やがては伝承で語られる「約束の木」が見えてきた。
 優しい春の世界で揺れている梢には、枯れることのない純白の花が開いている。
 彼らは此処で交わされた恋人たちの誓いもすべて知っているのだろう。
 今日も訪れたふたりのことを歓迎するかのように、その木は甘く柔らかな香りを纏いながら、悠久を感じさせる幹を真っ直ぐ天に聳えていた。
 彼の手を離れ草原に降り立ったミレイナは、その木のさらに上空で煌いている虹を見つめる。護衛士としてこの大陸を護るために勤しんだ日々を振り返り、同盟の手が届くまでの間に滅んでしまった故郷を想った。人に告げる機会などないような言葉を口にする間も、彼はミレイナの語りをただ静かに聞いている。返すように胸の裡を明かすため、エリクは彼女の髪に手を伸ばした。
 空色の瞳を真っ直ぐに見つめたまま、指先で持ち上げた光の髪に唇で触れる。
 その意図までは察せぬままに、ミレイナもまた応えるように流れる水のような彼の髪を手に取った。当然のように口付けを落とせば、今度はまるで誓うような接吻が愛を示すように返される。見開いた彼女の瞳の先には、自らの薬指に嵌められた白金の煌きがあった。
 息が詰まるほどの喜びが溢れてきて、彼女の頬を熱い涙が濡らしていく。そっと囁かれた言葉の意味が、何より自分の求めていたものだと知ったから、ミレイナは声を出す前に手を伸ばした。彼が求めている黒銀の指輪を受け取って、今度もまた応えるように嵌めてやる。
 それから彼の身体を抱き締めて、同じものを与えられるようにキスを贈った。これで足りないものは何もかも埋められたように思われる。告げる必要のあるものはなかったから、ただ愛しさだけを込めて互いの名を呼んだ。

●白と黒のコンチェルト
 部屋の天窓からは星明かりが差し込んでいる。
 彼らが再び仮宿に帰りついたときには、すでに日暮れも近付いていたけれど、空に近い場所だからなのか今宵は随分明るくて、部屋のランプに火を燈すのが勿体無くも思えたほどだ。彼らはエンジェルたちの用意してくれたミントの香りがする湯で入浴し、夜に触れて冷えた肌の熱を取り戻す。そしてきっちり畳まれた様子が羊の姿を思わせるほど、ふかふかと沈むようなバスローブへ袖を通した。
 疲れを取るためだからと互いの身体に触れてみるも、心が晴れやかに澄んでいるから身の重たさなんて感じない。マッサージはくすぐったいだけの戯れに変わって、笑みを零さぬ間がないうちに冴え冴えとした月の光が蒼さを増した。
 身を動かすたびに肌を撫でる空気が涼しくて、湯上がりを覚ますような薬草の気配が鼻先に届く。エリクは彼女が広げる白い羽根を愛しげに撫でて、まだ少し濡れた金の髪の合間に見える白いうなじにも唇で触れた。こうして接している間は、すべてのしがらみが消えてくれる。
 光と闇を互いの心に見い出しながら、ふたりはお互いを愛しいと思った。
 すべてにも絶望してしまった彼の心が闇に満ちているのだとしても、彼の持つ優しさはまるで光のようにも見える。彼の纏う気配の色は黒いのだとしても、そこに優しい夢で包んでくれる安らぎがあるとミレイナは既に知っていた。
 エリクの瞳にもまた輝く光の如き彼女が秘めている悲しみが見えている。胸に痛いほど注がれる輝きは、ただ純粋なだけでは持ち得ないものなのだと気付いていた。彼女とて命あるただの人なのだから、エリクはそれすらも愛しいと思える。もし彼女が光の移ろいを案じることがあったとしも、彼はその存在が身を焦がす太陽そのもので在り続けると確信できた。
 平穏の豊かさを象徴するような暖かいミルクを、人々が求めることで生み出されたショコラに注ぎ、白と黒とを織り交ぜるように安らかな眠りの支度をする。じきに終わってしまう今日だけは、次にいつ訪れるとも知れぬふたりだけの時間。その瞳に自分しか映らないように、愛しい人を独占したいと思うから、ふたりは幾度となく交わした口付けを飽くこともなく繰り返す。
 この幸せを続けたいと願いながらも、短い夜に絶えず愛を囁いた。
 夜空の虹は月を抱いて、今日も煌きを降らせている。


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