<リプレイ>
●戦場作成 業の刻印・ヴァイス(a06493)は町長に住民避難の協力を頼むべく役場を訪れていた。 「町中にキマイラが出ている。住民が危険なので避難の許可が欲しい。お願いする」 「キマイラ、ですか」 キマイラと聞いて町長の顔が青くなった。町長はキマイラについて知っているらしい。 「この町に私たちを見捨てた冒険者の方が潜んでいたなんて……。いやいや、もちろん冒険者殿の活動しやすいようにしてください。道具が必要ならば力及ぶ限り手配致しましょう」 町長が知っているキマイラとはグリモアを裏切った冒険者のこと。今起きている事件のキマイラとは異なるが、ヴァイスはそれを否定して正する気はない。協力が取り付けられるならばそれで構わないのだ。 ヴァイスは道を封鎖するためのロープや看板を頼み、人手につけてもらった役人一人を伴って仲間たちの元へ戻った。
「この広場付近はこれから戦場になる。しばらく何処かに避難するんだ」 広場に面した数件の家屋。その一つを汚れた手のひら・レイ(a69323)は訪れ、住民に避難を文字通り指示した。 「え。戦場ってあんた何言っ……」 「ぐだぐだ言ってないで死にたくなかったらさっさと避難するんだ。死にたいのなら勝手にしろ」 レイの押しに負けた住民は荷物もほとんど持たず家屋から離れる。 「先の住民、ぶつぶつと不満を言いながら広場を去ったようじゃぞ?」 「バジヤベルか。細かく説明するよりこのほうが手っとり早いだろ」 片側の通りへの通路をロープで塞いだ玄鱗屠竜道士・バジヤベル(a08014)が、先の住民と入れ替わる形で広場に戻り、丁度家屋から出てきたレイに怒りながら去った住民の様子を話す。 「ナサローク様のようにじっくり説得を試みるか、レイ様のように即退去を促すか、交渉にもいろいろやり方があるのですね」 「そちらも封鎖が終わったかの」 「はい。あと数件の退去を行えば準備完了ですね」 反対側の通路に対する封鎖を終えた一輪の花・オリヒメ(a90193)。やがてそれぞれの家を担当した他の冒険者たちも合流を果たす。 「しかしまたキマイラか……。残念だな、たくさんの男どもを魅了したという歌声を俺も聞いてみたかった」 「歌姫さんの家の前で耳を澄ますと綺麗な歌声が聞こえますが、気持ちが籠っているようには思えませんでした。人である時ならばどんなに人を動かせる歌だったのでしょう」 レイの言葉にオリヒメもまた同意する。 「歌姫は……モンスターに似ている。なってしまった以上、元には戻せない。やれる事をやろう」 ヴァイスは今回のキマイラが元々グリモアに誓った守るべき民であったことを心の中に閉じ込め、苦い思いを口や顔に出さずに努める。 「今は迷わず、じゃな」
●誘い 中から歌声が聞こえるのを確認し、猪突妄進・スズ(a02822)、重鎧・トビー(a72634)、約束の場所・レイザス(a66308)の3人はオリヒメから、ピースメーカー・ナサローク(a58851)は自前の防御アビリティを用い、キマイラと化した歌姫がいる家屋に入った。 歌姫が籠る家屋の中で戦うのは一部屋2人が限界。そこで冒険者たちが取った作戦はナサロークの大挑発とトビーのタクティカルムーブでの怒りの感情付与による、屋外への連れ出し。先の一般人退避や通路封鎖もその下準備である。 「すごく甘ったるい匂いだな……」 玄関を開けた途端に香る百合の蜜の匂い。チャドルを通してもなお匂いはスズの鼻孔をなぶる。 洗い桶には水に浸けられた皿が数枚、テーブルは綺麗に片づけられている。桶の水は濁っていたが、ただ匂うは蜜の香りのみ。 スズとトビーは不測の事態の為に台所で待機し、ナサロークとレイザスは歌声が聞こえる奥の部屋の扉を開けて突入する。 部屋の中、寝台の上に彼女はいた。肌を琥珀色の蜜に変えた歌姫。その周囲には数人の人が倒れている。中には虫が沸いているものもあるが、すべての腐臭は彼女自身が放つ芳香に閉じ込められ、外に漏れる事はない。 歌姫は一度歌を止めて部屋の入口から押し入ってきた侵入者に目を向け妖しく微笑む。 そして再び歌を紡いだ。彼女目当てに駆けつけてくれた2人のセイレーンの男性の為に。 (「この感情は……怒りか!?」) ナサロークは心の中から沸き起こる感情の種類が何かを察する。元の姿すら知らないはずの歌姫への羨望、独占欲、嫉妬。無理矢理ねじ込まれる感情。だが彼はその感情を叩き伏せ、歌姫と対峙する。 一方レイザスは頭の中が怒りで真っ赤に染まっていた。歌姫の魔歌に飲み込まれまいと抗うレイザスの精神の衝突はほぼ拮抗していたが、ほんの僅か、歌姫の魔歌の呪力が上回っていた。 「表に出てもらうぞ」 レイザスを正気に元に戻す手段を持たないナサロークが仕方なく予定通り歌姫に剣を突きつけ大挑発を叩きつけると、歌姫の微笑みが消え、口から奇声が流れる。 「!? ……うまく、いったか」 レイザスが怒りにまかせて切りかかる直前に彼は自我を取り戻し、歌姫の様子から誘い出し作戦の初手が上手くいったことを理解する。 歌姫は怒りに身を任せて接近し、ナサロークに衝撃波を叩きつける。衝撃波そのものを防ぐことができなかったが、強固な鎧が衝撃の力を半分以上和らげる。 「このまま外へ連れ出すぞ」 部屋の扉をくぐり台所に出るナサローク。歌姫も彼に続いて部屋を出る。レイザスは逆に歌姫が戻らないように部屋の入口を塞ぐように立ち回り、気合に満ちた熱い歌声でナサロークを治療。スズが突き出した両腕から野獣の如き叫び声と共に気の塊を歌姫にぶつけ、体を泡立たせた。 「殺すことでしか君を救ってやれん……許せ」 歌姫の斜め前方から謝罪の言葉と勢いを乗せた大型剣でトビーは彼女を切りつける。蜜の肌は鈍い波紋と飛沫を上げ、剣を受けた箇所から湧き出る汁が部分的に琥珀色の体を橙色に変えた。 ふと歌姫の足が止まる。まさか謝罪の言葉に赦しを与えるためかと一瞬ありえない理由を思いつくトビー。 直後に歌姫の喉から魔歌が奏でられる。魔歌はスズとトビーを術中に捉えるもののレイザスが捧げる清らかな祈りが2人を開放。再び放たれる大挑発により、歌姫は広場へと引きずり出された。
●もう一つの力 オリヒメは役人と手分けして封鎖した道の監視を行っていた。 冒険者は文字を読めるものが多いが一般人の識字率は低い。ロープを張り看板を立てたからと言って無人にしていては入ってくる人がいないとは限りらないからである。案の定、先程も一人の子供がロープを潜ろうとしていたのでそれを止めて他で遊ぶようにと笑顔で追い払った。 彼女には一つ気がかりなことがあった。それはキマイラ化した歌姫の力。 霊視では相手を引きつける歌を歌うのみのように感じたが、果たしてそれだけだろうか。 一応はアビリティを封じることにはなるが、引きつけ自らを攻撃させる先に何かあるのではないか。 (「……考えすぎでしょうか?」) オリヒメはただ、広場で戦う仲間の身を案じることしかできなかった。
「来たようじゃぞ」 歌姫の家屋から広場内で離れた所にいたバジヤベルが家屋から出てきたナサロークを見て広場で待機していた全員に警告。ナサロークが一度バジヤベルがいる辺りまで駆け抜け、続いて歌姫が家を出て中の仲間も外に出られるところまで引っ張り込む。 広場の石畳はぼんやりとした光に包まれていた。中で作戦が始まった際にバジヤベルが展開したヘブンズフィールドである。これにレイザスの静謐の祈りも加われば、彼が術中に落ちさえしなければ歌姫の呪力に囚われて妙なことを実行するはめにはそうそうならないだろう。 真っ先に飛び出したのは半分幻の辻斬り・ジョセフ(a28557)。剣の一太刀を歌姫に浴びせ、彼女の体をより橙色に染め、割れた表皮から染み出る赤い汁を見てジョセフは致し方あるまいかと誰にとはなく一言呟く。 ヴァイスが気の刃を次々と歌姫に投げつけ、バジヤベルが虹色に輝く炎で焼き、レイが二刀の太刀を振って蜜の肌を通り越して内臓を傷つける衝撃波を飛ばす。屋内にいた3人も広場へと布陣した。オリヒメは役人と共に広場への出入り口となる通路の見張りに出ているためこの場にはいない。 再び怒りを打ち破った歌姫は広場を一瞥して踊るように体を一回転させる。先の戦いでボロボロになったスカートが一度ふわりと広がり百合の蜜の香りが振りまかれた。 「今の踊り、何だ」 嫌な予感がスズの脳裏を横切る。香りによって誰がの様子が変わったり、ヘブンズフィールドが何かに上書きされたようには見えない。だが。 スズのほかにも何人かが香りに何かの力を持っている危惧をしていた。霊査で見えた攻撃以外にも力があると踏んでいるためだ。そして霊視にはなかった踊り。 だが危惧していても始まらない。理性を失っているからこそ意味のない踊りを踊っただけかも知れない。 ジョセフが剣に稲妻の光を伴って切りつける。苦しむ歌姫。だが何もない。ナサロークが儀礼用長剣を振って衝撃波を飛ばす。耐性があるのかジョセフの一撃程ではないものの傷つく歌姫。特別な反応はない。 ヴァイスが再び気の刃を投げたところで異変が起きた。 「ぐっ」 苦悶の声を上げたのはヴァイス本人。歌姫の触手の鞭が細かい刃のように別れてヴァイスの体を刺していた。まるで本人が放った飛燕連撃による傷を受けたかのように。 (「カウンターか」) レイは歌姫の能力を知るが、躊躇することなく彼女の死角から旋空脚で叩きつける。どろりと糸を引く蜜を引きながらレイは体勢を整えた。知ったところで対応できるものでもないなら、気にせず全力で叩くのみ。 「カウンターは実力差がかなりないとそうそう決まらないんだぜ」 「そして俺達は、弱いつもりはない」 再び放たれるスズのワイルドキャノン。それに合わせトビーにより振り下ろされる、大上段からの一撃。 歌姫の体はぐずぐずに崩れ、微笑みを浮かべたまま体の真ん中から左右に真っ二つに割れて地面に転がった。
●歌姫 キマイラを討伐した冒険者たちは、事後処理や調べものとそれぞれ思うところに従い町を歩いた。 家の中で倒れている男たちは全員息がなかった。それについて冒険者たちの間に落胆した様子はない。冒険者にとってはガッツソング一回で治療できるような一撃でも一般人に殴られれば即死であることは重々承知していたからだ。 犠牲者の身元調査も、歌姫が舞台に上がっていた酒場の店主を呼んで顔を確認してもらうことで全員が店のボーイと常連客であることがわかり、役所に届けられた行方不明の連絡も相まって簡単に済んだ。 キマイラが酒場で働く歌姫であったことに町長は衝撃を受けていた。キマイラに対する認識が異なっていたという理由で。 「……」 ジョセフが瞳を閉じ黙祷を捧げ、他の者も各自追悼を行う。その後スズが百合の花束を墓標に捧げた。 一方でトビーは犠牲者の男たちに加えて歌姫の身元を調べていたが、この町に家族はいないようだ。 ただその中で歌姫の舞台外、つまり日常生活についてはあまり良い噂は無かった。歌姫という可憐な称号には似合わない人付き合いをしていたようだ。
『この町に私たちを見捨てた冒険者の方が潜んでいたなんて……』 トビーの話を聞いたヴァイスの中で、役所に最初に足を運んだ時の町長の言葉がなぜか反復する。 冒険者のキマイラはグリモアの誓いに反した者がなる。しかし一般人にグリモアの誓いは関係ない。だが歌姫が道徳に沿う人間であったわけではなさそうだ。 (「一般人のキマイラ化。フォーナが言っていた魔石のグリモアの話、神が封印した筈なのに開いていた地獄への道……。俺達がヴァンダル一族の末裔である可能性は0とは言えないか?」) 理屈や理論で構築された考えではない。故に答えは出せない。 ただ不安に近い感情が彼の中に生まれた。

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参加者:8人
作成日:2009/03/18
得票数:冒険活劇1
戦闘4
ミステリ7
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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