水晶のラクリマ



<オープニング>


「向かって欲しいのは北方にある白い林ね」
 ストライダーの霊査士・レピア(a90040)は酒場の冒険者たちを見回して言う。
 そこは、うっすらと降り積もった雪が皓々と煌いている銀世界なのだ。
 近くの村からほんの少し離れただけでも、寂寞とした空気が漂っている厳かな場所。木々を包み込む雪が音を吸い込むため、耳に届くものが殆ど存在しなくなる。小さな湖が湛えている水は、この林へと小さな流れを注ぎ込んでいた。木の根が張り巡らされたその空間に、微かな水音は静かに沈み込んでいく。
 けれど白く化粧を施した木々の中に、鮮やかな色彩を纏う木が1本だけ存在した。
「それが『ラクリマ・アルボー』……人々に愛された木よ」
 林の広場を訪れた人々は来訪の印にアクセサリーを吊るす。
 此処は自らの想いを約束する地なのだ。
 抱いている誓いを決して忘れないよう、もしくは譲れない願いが叶えられるよう、心を籠めた水晶を『ラクリマ・アルボー』の枝にかけていく。アクセサリーはどんな形をしていても構わないのだが、胸から溢れ出したものは涙と同じだから、水晶の形は必ずティアドロップに整えられる。それも、ひとつの水晶から全く同じ形にふたつに削り出すのだ。
 その水晶を嵌めたアクセサリーのひとつは『ラクリマ・アルボー』に吊るし、もうひとつの片割れはそのまま持ち帰ることになる。自ら身につけたり、誰かに託したり、想いを忘れない印にするのだ。
「恋人たちが愛を誓い合うときには、それぞれの水晶をシルクのリボンで結ぶらしいわ。2人の想いが離れないように、なんて……」
 だけれど、とレピアは少し表情を厳しくした。
「その『ラクリマ・アルボー』に巨大な怪鳥……モンスターが棲み付いてしまったようね。吊るされた水晶たちの輝きに惹かれたのかは知らないけれど、まるでその木を守るみたいに傍から離れようとしないわ。しかも樹木に近付いた人間から順番に襲ってくるようなの」
 怪鳥は大人2人分ほどの身の丈に、煌びやかな7色の翼と不釣合いに危険な鉤爪を持つ。
 大きな翼を羽ばたかせることで凄まじい闘気の渦を作り出したり、時には滑空して力任せに鉤爪や嘴で攻撃したりするのだとレピアは説明した。
「さっきも言ったように怪鳥は木から離れないわ。だから、自分から上空へ逃げ出すことはないの。けれど近接攻撃が届く場所にいることより、滞空していることが多いでしょうから、離れていても攻撃する手段がなければ少し手間取るかもしれないわね」
 広場を悠々と飛び回る怪鳥の存在に人々は怯えている。
 現状で被害に遭った人間はいないが、モンスターを放置するわけにもいかない。
 最悪の事態が起きる前に危険を取り除くのも冒険者の務めだろう。


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参加者
蒼翠弓・ハジ(a26881)
愚者・アスタルテ(a28034)
月夜に舞い降る銀羽・エルス(a30781)
緋閃・クレス(a35740)
幾星霜の輝ける薔薇・ローザ(a48566)
未完の奏鳴曲・ティトゥーラ(a56786)
朗らかなる花陽・ソエル(a69070)
春夏冬娘・ミヤコ(a70348)


<リプレイ>

●ラクリマ・アルボー
 春めく陽気に照らされながらも、此処はまだ一面の冬に包まれている。
 彼の鳥の心も雪に閉ざされたままなのだろうか、と月夜に舞い降る銀羽・エルス(a30781)は林の中を歩きながら目を伏せる。その怪鳥がラクリマ・アルボーの傍らに居座っている理由は分からない。けれど、暖かな春は目前だ。いつまでも冬に囚われないよう、此処から解放して休ませてやりたいと思う。
 滑り止めの付いたブーツで雪道を歩み続けながら、愚者・アスタルテ(a28034)は林に向かう前のことを思い出していた。近くの村の長に面会したが、地図は得られなかったこと。けれど迷うような場所ではないと太鼓判も押してもらったこと。若干の不安はあるが、兎にも角にも被害が出る前に退治しなければならないと気を引き締める。
 そして、冒険者たちは村からそう遠くない位置に、水晶をまとってきらきら輝く樹木を見つけることが出来た。それがラクリマ・アルボーである。太陽と水晶と雪の光が調和した雅やかな様を見やり、春夏冬娘・ミヤコ(a70348)はその美しさに感嘆の息を洩らした。もし怪鳥が込められた想いに呼応しているのだとしても、占有するのは許されることではないと鳥の様子と周囲の地形を確かめる。
 遠眼鏡を携えた蒼翠弓・ハジ(a26881)がラクリマ・アルボーとそれに寄り添う怪鳥の姿を観察した。冒険者たちに気付いた様子もなく、怪鳥はゆったりと木の周りで羽根を休めている。
 そのモンスターは単なる鳥とは呼べないほどに大きな姿をしており、吊るされた水晶よりも富んだ鮮やかな極彩色の翼が異様な存在感を放っていた。尖鋭なくちばしや鉤爪もまた、閑静な空間では異物でしかない。
 冒険者たちは広場に至る手前の林に身を隠し、ハジとミヤコはそれぞれ仲間の防具に強大な力を注ぎ込んでいく。更にミヤコとエルスは黒炎をまとった。その最中、漆黒のマントを身に付けた未完の奏鳴曲・ティトゥーラ(a56786)と、羽毛を織り込んだマントを羽織った朗らかなる花陽・ソエル(a69070)は、守護天使たちを呼び出そうかと相談する。全員に守護を与えてくれる天使たちは、仲間たちがもたらしている防具の強化を打ち消さずに冒険者たちに加護を与えてくれることを再確認してから、彼女たちは安心して白い天使たちを呼び出す。
 ダークネスクロークを己の陰に潜ませたまま、緋閃・クレス(a35740)は仲間の様子を窺った。戦場に赴くに足る支度が完了したことを確認し、彼らはついに広場に躍り出る。
 怪鳥は生きた者の姿を見るが早いか、両翼を大きく広げて威嚇してきた。そのまま素早く空へ羽ばたき、先陣を切っていたクレスのもとへ飛びかかる。怪鳥は鉤爪を閃かせ、彼の片腕を切り裂いた。しかし、クレスは怯むことなく敵を挑発し、怪鳥に激しい怒りを抱かせることに成功する。
 しかし、それで全てが上手く行ったわけではなかったのだ。

●虹色の翼
 作戦通りラクリマ・アルボーから引き離そうと冒険者たちは後退する。
 けれど鳥はすぐに我に返って、木の元へ舞い戻ってしまった。何度繰り返してもいたずらに冒険者が体力を削られるばかりで、完全に敵と木との距離を広げることは難しく、各々でラクリマ・アルボーを傷付けないよう注意して戦闘を行うしかないようだ。
 クレスは木へ意識を一瞬向け、あの木に想いを託した人々は飾られた水晶と手元に残した水晶を心の拠り所としているだろうと思った。そのような場所だからこそ、気合を入れて守らなければならないのだ。
 冒険者たちはそれぞれ己の立ち位置をしっかりと把握し、二重の円陣を敷いて怪鳥と相対する。
 連携を取る心構えは出来ているから、もしも陣が崩れるようなことがあれば、誰からともなく声がかけられるだろう。
 内側の円陣に佇むミヤコは手袋を填めた手を翳し、彼女の足下から禍々しい虚無の手を中空へと伸ばした。隣に立つ幾星霜の輝ける薔薇・ローザ(a48566)も同様に、力を凝縮した手の形の影を向かわせて怪鳥を攻撃する。彼女は怪鳥から視線を逸らすことなく武器を構え、鳥は誓い合った相手と分かれ分かれになってしまったのだろうか、と思いを馳せるも想像に答えは出なかった。
 ハジは彼の背丈ほどの大弓の弦に矢筈をかけ、怪鳥が冒険者たちに向かって滑空して来ることを視認して追尾の矢を放つ。矢は鳥の身を覆う羽を貫いて深々と突き刺さり、怪鳥の身体を揺らがせた。けれど気勢を削ぐことは出来ず、冒険者たちのほぼ頭上に滞空する鳥は翼に闘気を込めて何度も大きく羽ばたく。それは周囲に竜巻を起こし、彼らの身体を深々と裂いていた。
 怪鳥は猛々しい恫喝の鳴き声を上げている。
 ソエルはモンスターが冒険者の成れの果てであることを思って僅かに眉を寄せた。この鳥もラクリマ・アルボーに願いを託した者だったのかもしれない。けれど、自分たちはこれから託される願いを護るのだと、淡い金色の蔦と花のような紅の宝珠があしらわれた杖を構える。そして、すぐさま戦場に癒しの波を生み出し、仲間の傷を塞いだ。己の体力を考えて常時警戒を緩めないティトゥーラも、同じように光を重ねることで、自らを含む陣の内側にいる深手を負った者たちも持ち直させる。
 幾度神経を逆撫でされようと、怪鳥はすぐに冷静になってしまう。
 それを承知で、少しでも木から離すことが出来ればとクレスは行為を続ける。鳥が激昂すれば仲間との攻撃のタイミングをずらし、漆黒の刀身を持つサーベルを振るって衝撃波を放った。
 黒手袋の甲に配された青い宝石が太陽の光に煌めくと同時、エルスは無数の呪われた鎖を体内から放出して怪鳥を絡めとる。しかし彼女もその反動に捕らわれ、身動きひとつ取れなくなってしまった。その姿にアスタルテが心地良い風を素早く呼び起こし、僅かでも早く異常を取り除こうとする。
 中空の怪鳥は黒鎖に縛りつけられながらも、冒険者たちに殺意を向け続けていた。

●鳥の墜落
 怪鳥を怒らせ、束縛し、また畳みかける。
 常に全てが上手く行くわけではないが、順調に怪鳥の体力を削った。
 激情に駆られた怪鳥の攻撃は単調なものになり、拘束が成功すれば怪鳥は攻撃することも出来ない。そのような異常にしばしば侵されていなければ、怪鳥は連続して苛烈な竜巻を作り出し、経験の浅い者や打たれ弱い者であればやがて倒してしまったのだろう。
 短い矢を番えながら、ハジはラクリマ・アルボーも周囲の木々も傷付けないよう気を配る。狙いを定め、次々と矢を放った。怪鳥は木からそう遠くない位置にいるが、下手に突風を吹かせれば木にぶつかってしまうかもしれない。
 安全策を取り、アスタルテは両手で構えた杖の先端から銀色に光る狼を打ち出した。近くで怪鳥と対峙するクレスも、怪鳥が拘束されているうちにと全身の力を込めて衝撃波を生み出す。彼が鳥の攻撃を避けず、盾を用いて防御に専念することで怪鳥の突進は周囲を傷付けていない。怪鳥の竜巻は少しばかり林を害したが、ラクリマ・アルボーには何の変わりもないようだ。
 なかなか倒れも逃げもしない侵略者に、怪鳥は苛烈な渦を連続して発生させる。
 戦場の把握と鳥の動きに注意を払っていたミヤコが、翼を大きく動かすのを見て声を上げた。彼女は回復の手が足りるかどうか、仲間の様子を見やって逡巡する。間に合うと判断して仲間に呼びかけながら、再び不吉な黒い手を怪鳥に伸ばした。彼女に応えてローザは仲間を励ます力強い歌声を響かせ、朗々と歌い上げる。続いてソエルも癒しの波を生み出して彼女たちの負傷を癒していった。
 鳥を捕まえては自由を失い、仲間の癒しで攻撃に転じると言うことを繰り返していたエルスは、先の攻撃でまたその状態に陥っている。傷の様子を見たティトゥーラは光り輝く聖女を作り出して、彼女の身体を癒すと共にその異常をも取り去った。攻撃の手を無駄にしてしまわぬよう、癒し手とは欠かさずに連携を取っている。自由を取り戻したエルスはまたも漆黒の手を伸ばし、翼のぼろぼろになった怪鳥を屠った。
「もう、おやすみなさい……」
 影の手が消え、自力で宙に留まれなくなった怪鳥の骸が広場に落ちる。
 その音を最後に、林は静寂を取り戻した。

●クォーツの涙
 結局、鳥は木からは離れているがその煌めきが見える丘に埋められた。
 事前にアスタルテらが村長らに聞いたところでは、やはり人を殺す怪物を大切に想われている木の傍に埋めるなど気が進まぬ様子だった。彼らの怯えは予期していたもののひとつだから、冒険者らはすぐに次の候補を『木の見える場所』としたのである。
「安らかな眠りの中で今度こそ、貴方の願いが叶えられますように……」
 跪いたソエルは小さく祈りを捧げ、ゆっくりと立ち上がる。
 ローザはハープを取り出し静かに鎮魂歌を奏で始めた。
 雪に覆われた丘を下ったティトゥーラはふと振り返り、あの木は人だけでなくモンスターにまで愛されていたのかもしれないと考える。今日の出来事はなんとなく不思議なことだと思えて、溢れる感情が彼の鳥にもあったのかもしれないが、このような結果になってしまうのは悲しいことだとも感じた。共に在ることは難しく、それが叶わなければ奪うか諦めるしかないのだろうか。綺麗にまとまらない思考を振り払うように、彼女は緩やかに首を振る。
 その後、工房に向かった冒険者たちはそれぞれ職人に教わったり、既成のアクセサリーを眺めたりしていた。吊るす者はアクセサリーを手にして林の中の広場に向かう。討伐を完遂したことを報告してから、ミヤコは職人の話を聞いていた。
「職人さんたちは、今まで多くの方の祈りを形にしてきましたのね」
 会話の中で、そう述べる彼女に職人たちは「願いを抱いた人の言葉に従っただけ」と朗らかに笑う。そして水晶を鳥の手向けにしたいと彼女が告げれば、「水晶は1人1組と言う決まりだから、お嬢ちゃんの分はなくなるけど良いのかい?」と心配そうに問いかけられた。想定していなかった言葉を受け、ミヤコは答えに悩んでしまう。
 そして、髪飾りを手にしたクレスは誓いをこめる。
 いつか歩みを止めるその日まで、交わした約束を違えることがないように。
 作り上げた銀の翼を涙の木に吊るし、エルスは黙したまま誓約する。無数に吊るされた輝きは、それぞれが誰かの何らかの願いをこめられているのだろう。この誓いを破ってしまわぬようにと、彼女は片割れとなった外套の留め具にそっと触れた。
 静かに木を見上げ、ハジは怪鳥に思いを馳せる。
 水晶に惹かれて離れなかったのか、それとも、こめられた想いから離れられなかったのか。
 それを知る術はないけれど、あの鳥がかつて吊り下げたアクセサリーも何処かにあるのかもしれないな、と想像しながら彼は閑寂な広場の中でラクリマ・アルボーを眺めていた。


マスター:雪白いちご 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2009/03/15
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