哀愁のプリムローズ



<オープニング>


 とある丘にプリムローズが咲いていた。
 なだらかな丘一面に広がる濃桜色は八重咲きの小花。
 その上には碧空が何処までも広がり、ふわふわと柔らかな白い雲が長く伸びて流れていく。
 風が運ぶ花の香りはハニードロップのように甘やかで、その丘だけは一足早く春が訪れているかのような華やかな佇まいであった。
 まるで少女が描いた夢そのもののような景観だが、何故か辺りには子供なら易々と入り込めるくらいの穴がぼこぼこと開いている。
「今回の敵はプレーリードッグの頭を持ったグドンの群れよ」
 ストライダーの霊査士・レピア(a90040)は微笑んで冒険者たちに告げた。
 グドンは寒さを凌ぐため、丘に幾つもの穴を掘って住んでいる。今のところ、グドンは近くの動物たちを食料にしているが、いずれ村にまで狩りの手を伸ばすだろう。人々が遠からず危険に晒されてしまうことも想像に難くない。
「冬の間は穴の中で暖を取っているけれど、もう少し暖かくなれば自分たちから出てくるでしょうね。勿論、悠長に待っていれば村に被害が出る可能性が高くなるし、このまま放置しておいて良い問題でもないわ」
 更に、グドンが巣食っている丘は墓地なのである。
 プリムローズの花に囲まれて彼らの家族が眠っている。
 村にとって大切な場所をグドンたちは蹂躙しているのだ。
「群れの規模は全部で40匹程度ね。ピルグリムグドンは2匹いるわ」
 ピルグリムグドンのうち1体は頭に1対の羽根を持ち、空中に留まりながら雷を放ってくる。もし直撃してしまえば、身体を思い通りに動かすことが出来なくなるだろう。もう1体は腕にあたる部分から無数の触手を生やしている。触手は荊のような刺を持っており、それによって付けられた傷は長の出血を齎してしまうらしい。
「グドンたちを誘き出すのは簡単よ、丘に近付くものがいれば狩りに出てくるから。でも、全てが狩りに出てくるわけじゃないの。だから仲間の不利を悟れば逃げ出すグドンも出てくるかもしれないわね」
 グドンが使う穴はあちこちに点在しているが、丘の外に繋がるものはない。勿論、グドンたちの動きを警戒していればという前提でだが、気付かぬうちに逃亡される心配しなくても良いだろう。
「依頼の成功条件はグドンを丘から追い出すこと。冒険者同士で一箇所に固まっていると取り逃がすかもしれないわね。全て始末出来なくても構わないけれど、全部倒すつもりで行くなら作戦が鍵を握るわ。色々考えてみて頂戴」
 殲滅させずとも、グドンが人里から離れれば十分に人々の安全は守られる。
 濃桜色の花々もきっと平穏な春を望んでいることだろう。


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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
アイギスの黒騎士・リネン(a01958)
桜雪灯の花女・オウカ(a05357)
流れゆく聖砂・シャラザード(a14493)
紫眼の緑鱗・ボルチュ(a47504)
リザードマンの武人・ユウテ(a49610)
色褪せる紅紫・アルカス(a74407)
耀う祈跡・エニル(a74899)


<リプレイ>

●プリムローズの丘
 澄んだ碧空には果てがないように見える。
 ところどころにふんわりとした白雲が細く棚引いており、一面の青い世界を明るく彩色していた。雲ひとつない青空とまではいかないものの、今日は充分にうららかな冒険日和である。
 そんな空の下、冒険者たちは濃桜色の丘へと向かっていた。
 グドンの群れだけでも危険であるのに、ピルグリムグドンまでがいるとなれば人々には度が過ぎる危険である。見逃すことは出来ない、と紫眼の緑鱗・ボルチュ(a47504)は気を引き締める。
 墓地と言う常に安寧でなければいけない場所に巣を作ることも、いずれ村を襲いかねないと言うことも到底見過ごせることではない。リザードマンの武人・ユウテ(a49610)が意気込む一方、流れゆく聖砂・シャラザード(a14493)も村人たちの家族が眠る土地やプリムローズの花も傷付けないよう努めなければ、と気を引き締める。
 そうしているうちに、目的の丘が見えてきた。濃桜色はグドンたちの巣穴のためにところどころ茶色く途切れており、冒険者たちの胸に痛々しさを感じさせる。けれども、手つかずの一部を切り取って見れば、元はまさしく絵に描いたような場所だったであろうことが容易に窺い知れた。風に揺れるプリムローズを見つめ、桜蒼灯の斎女・オウカ(a05357)は生者にも死者にも安らぎを与えてくれる丘の本来の姿を取り戻さなければならないと思う。
 極力グドンたちに気づかれないよう、気を配りながら丘に近付いた冒険者たちはまず観察を開始した。アイギスの黒騎士・リネン(a01958)が遠眼鏡を取り出し、幾つも開けられた穴を確認していく。穴は霊査士が言っていた通り、どれも子供なら易々と入り込めるくらいの大きさだが、それらの開いている間隔はまちまちだった。接近するに適切な個所を探しているうちに、冒険者たちが見ている丘の側とは反対にも穴が存在するだろうことに思い当る。穴と穴は土の中で繋がっているのだろうから、グドンたちが逃亡する可能性を考えれば気をつけなければならない事柄だろう。
 死者の眠りを阻害するなどと言うのは許せないことだ、と感じながら藤色の遍歴・アルカス(a74407)も周囲を大まかに把握しようと動き出した。しかし、獲物の接近に気付いたグドンたちが丘の穴からわらわらと這い出て来る。
 そのグドンの中にピルグリムグドンが2匹、並ぶように出てきたことを視認して耀う祈跡・エニル(a74899)が全員で対応に当たるよう指示を飛ばした。
 グドンたちは獲物を逃がすまいと、一斉に冒険者たちへと殺到する。

●墓を荒らす害獣
 柄に宝石をあしらった長剣を手にした想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が、跳びかかって来たグドンたちを慈愛に満ちた歌声で深い眠りへと誘い昏倒させる。
 グドンたちの後ろから丘を下っているピルグリムグドンはどちらも眠りに囚われることはない。浮遊するピルグリムグドンを眠らせることで大地に落とせればと思うが、その特性は意識の有無で失われるものではなさそうな点が厄介だ。
 グドンたちが倒れ伏した機を逃さず、ボルチュは出来うる限り多くのグドンを視界に収めながら武器を掲げ、宙に描いた紋章から幾筋もの光線を放った。彼に続いてユウテも二振りの刀を振るい、宙に留まるピルグリムグドンへと強烈な電撃を放った。身体を駆け巡る稲妻に苛まれながら、そのピルグリムグドンは冒険者たちとは少しの距離を開けた位置で接近を止める。低く唸り声を上げながら戦場に大きな雷撃を落とし、近付いていた彼を負傷させると共に痺れと言う異常をも付与した。
 もし自分が身に受けていたなら、召喚獣の加護をもってしても意識が途切れるかどうかの瀬戸際だったろうとアルカスは表情を厳しくする。それでも退かずに、黒羽の装飾が施された大鎌のような形状の杖を両手で握り締め、先のピルグリムグドンを狙って3つの頭部を持つ黒い炎を撃ち出した。どんなに後ろへ下がろうとも彼の攻撃が届く以上は、敵からの攻撃が届く位置でもある。万一の被弾は覚悟せねばならなかった。だが、漆黒の火炎を纏ったエニルは仲間の様子を的確に見て取り、必要があれば素早く力強い歌声を紡いで冒険者たちの傷を癒すと同時に自由を齎した。
 もう1体のピルグリムグドンは堂々と距離を詰めて来る。
 あちこちに開けられた穴による足場の脆さと、背後に立つ仲間を庇えるよう留意しながら、リネンは深紅の紋様が刻まれた黒鉄の斧に氷の力を込めて振るった。その場に局地的な氷結領域を生み出したものの、ピルグリムグドンの動きを停止させるまでには至らない。しかし、彼の近距離にいたグドンたちは瞬時にして凍りつき、砕け散る。
 冷気を受けたピルグリムグドンは、無数の茨のような触手で出来た腕を緩慢な動作で持ち上げ、仕返しとばかりにリネンへ振り下ろした。獲物を逃がさないよう、纏まっていた触手がばらばらに解けて襲いかかる。一瞬の挙動に反応が遅れ、彼に刺が食い込んだ。傷自体はそう深くはないようだが、痛みはじわじわと彼の身体を蝕むだろう。
 そのピルグリムグドンと距離をしっかり開けたシャラザードもまた、黒炎を身に纏ったまますぐに清らかな祈りを捧げる。その祈りは、十分な余裕を持って彼の異常を取り除いた。
 オウカは常にグドンたちの様子を警戒しつつも、逃亡を図らせないよう動く方法を思索している。
 今のところ逃走するグドンは見受けられないが、いずれピルグリムグドンが倒れれば戦況は傾くだろう。浮遊するピルグリムグドンの飛行を阻めればと思うものの、敵は攻撃を受けても異常を受けても墜ちる素振りがない。苦々しく思いながら柔らかい煌めきを放つ銀の杖を翳し、黒い炎を身にしながら淡い光の波を放った。
 僅かずつとは言え蓄積されていた傷が癒されていく。

●追う者と逃げる者
 冒険者たちが戦いを始めてからと言うもの、確実にグドンの数は減り、ピルグリムグドンの損傷も深くなっていた。それはつまり、巣穴に潜んでいたグドンたちが戦況を不利と察し、冒険者たちの目に見えない位置から逃走を始める合図にもなるのだ。
 これまで何があろうと浮遊していたピルグリムグドンが、ボルチュの放った火球に包まれて耳障りな悲鳴を上げながら地面に墜落した瞬間、グドンたちに大きな動揺が走る。けれど、もう1体のピルグリムグドンが残っている以上、グドンたちの戦意が完全に消えてしまうことはなかった。
 しかし、ピルグリムグドンの片割れが倒れてからの形勢はあっという間に冒険者たちへと傾く。堅実に敵の体力を削り、傷付いた仲間を癒していくことで、彼らは充分な余裕を持って戦えていた。
 オウカが杖を構え、後方から援護のために墨色の針を無数に撃ち出せば、シャラザードが淡く輝く波を生み出して冒険者たちの体力を万全にする。その続けざまにリネンが大上段の構えから強力な一撃を打ち下ろし、触手を持ったピルグリムグドンを一刀両断に伏せる。
 姿を見せたグドンたちはほぼ倒し、これで一段落つくかと思いきや、戦況と戦場に注意を払っていたエニルがあることに気付いて声を張り上げた。丘の裏側では既にグドンたちの逃亡が始まっているのである。咄嗟に駆けた彼は、水晶を囲むように祈りの呪印が刻まれている白金の手甲を填めた両手から、白い蜘蛛の糸を作り出して近くのグドンを絡め取る。それらのグドンを片付けようと、ラジスラヴァは長剣を手に、許多の黒い針を放って敵を一掃した。
 冒険者たちから見て反対側の穴から、数匹のグドンが一目散に走り去っていく。
 戦闘を開始する前からその点に関して気にかけていたため、追撃の役割を負っていた2人は何の注意もしていない場合と比べて素早く動くことが出来た。
 ユウテが駆るグランスティードの背に乗ったアルカスは、その一群との距離を詰めたところで再び地に降り立ち、蜘蛛の糸を伸ばすことでグドンたちを縫いとめる。しかし、ぎりぎりのところで逃れたグドンたちは、散り散りに茂みへと飛び込んで行った。流れるような動きで行われたユウテの攻撃、そしてアルカスが放った漆黒の鋭利な針は糸に捕らえられたグドンたちの息の根を止める。
 完璧な殲滅には至らなかったが、冒険者たちは充分な戦果を上げることが出来た。
 逃げたグドンたちも暫くは人里に近寄らないだろう。

●魂の眠る場所
 冒険者たちの手により、丘には静寂が取り戻された。
 踏み荒らされた濃桜色の花たちも、変わらず健気に天を向き続けている。
 お騒がせしました、とシャラザードは墓所であるこの丘に一礼した。冒険者たちは丘に開けられた穴とそこから続く通路を全て確認したが、丘の中に残っているグドンはおらず、あとは戦闘の痕跡を消し去るばかりかと考える。
 傷付けられた墓地を整えるためユウテが動き出した。
 風が吹き抜ける丘を眺め、この場所に眠る人々の安らぎがもう二度と妨げられることがないようにとオウカも願う。プリムローズを覆い隠すほど剥き出しになった土たちの有様は本来の姿とは異なるものの、穴の多くを塞ぎながらボルチュは出来るだけ戦闘が起こった痕をなくそうと尽力している。
 生者と死者を繋ぐ場を、人々がこれからも安心して訪れることの出来るよう。
 自分もまた、いずれ死すべき運命にあることを忘れてはならないと黙考した。
 村人たちを丘へ連れて来たラジスラヴァは回収した墓に眠る者たちとその遺物を示し、これから埋葬する際の立ち会いを求める。村人は土の中から掘り起こされたものたちを見て悲しげに眉を寄せたが、早く墓を元に戻してやりたいと彼女の要請に応じて自らも土に手を触れた。
 それからラジスラヴァやリネンは、子供が穴に入り込んで事故が起こらないよう、村人たちの墓から最も遠い穴にグドンたちを埋めるつもりだとも伝える。すると村人たちは「自分たちが遺骸処理をするから」と頑なに首を振った。気遣いはありがたいが、そこまでしてもらわなくて良いと言う。
 彼らの複雑な心境が率直に伝えられることはないが、恐らく墓を荒らした害獣たちを大切な丘に葬ることは気が引けたのだろう。かと言って、冒険者たちに離れた場所に埋めてきて欲しいなどと厚顔なことは言えずに、真意は話さずただ申し出だけを断ったのだ。
 結局、冒険者たちは穴を塞ぐ作業のみを終了する。
 また、村人から許可を得たエニルが傷付けられた花々の手入れを行い始めた。
 手慣れた様子で花々を慈しむ彼は村人たちに感謝されながら、プリムローズの花がその彩りと香りで死者の眠りを優しく包んでくれるだろうことを祈る。以前と全く同じ状態にこそ出来なかったものの、いずれ時間が丘のあるべき姿を取り返してくれるはずだ。
 彼らの眠りもどうか安らかであるように、と願いながらエニルはプリムローズの世話を終える。
 そこには冒険者たちが訪れた際と変わらずに青空が広がっていた。
 甘い香りを漂わせる濃桜色の小花たちが咲き誇り、風にそよいでいる様子は平穏な日々の情景となんら変わらない。その丘から奪われていた眠りも、確かに取り戻されているのだろう。
 晴天の下、冒険者たちは静かにその場を去って行った。


マスター:雪白いちご 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2009/03/20
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